やっぱり、ひとつのけじめはつけておくか。
「院雅さん。メドーサのことはともかく、おキヌちゃんに関してのことなら、ひとことでもいいから事前に話しておいてほしかったですよ」
「おキヌちゃんのことは、今日思いついたの。ごめんなさいね。横島さん」
「えっ? 今日? じゃあ、おキヌちゃんのことがメインではなくて、メドーサと会わせることが今日のメインだった?」
「ええ。まさか、すでにメドーサが、横島さんがここにいることに気がついていたのは知らなかったわ。けれど、横島さんとメドーサが平安時代に修行したなら、いずれ気がつくと思って、今日会うことをセッティングしたのよ」
「気がつくねー?」
たしかにGS試験でのことに気がつけば、芋づる式に院雅さんへ魔装術を与えた相手が、メドーサだとは気がつくかもしれないな。
なんか、それだけでは理由として弱い気がするんだけどな。
「メドーサとあわせたのって、他にも理由があるんじゃないんですか?」
「まあね。そこは秘密よ」
「そんな秘密だなんてもったいぶらないで」
「だって、横島さんだって、文珠で『伝』えたのは全部ではないでしょ?」
「たしかに全部じゃないけれど、重要なことは『伝』えたつもりですよ」
「それにしては、肝心のアシュタロスを倒すまでの過程が公式発表みたいな感じで、横島さん自身がかなりかかわっていたはずなところが、ほとんど無かったでしょ」
きついところをついてくるな。
「そのあたりは、事件と直接は関係ないから、はぶいただけなんだけどね」
「直接はねぇ……それなら、私もそうよ。それに女性には秘密がつきものでしょう」
こんなときに女を武器にしてきやがる。まったく院雅さんってのはもう。
「はい。俺の負けです。しかし、地竜である里目で死津喪比女に対抗できるって、本当ですかね?」
「地竜て、地脈を栄養源にすることもできるんでしょ? メドーサの言い方だと、そのあたりにヒントがあるんじゃないかと思うのよね」
「地脈ね。今の里目じゃ無理だと思うんだけどな」
「それは、横島さんの霊力とほぼ同じまで成長したらという意味だと思うのよね」
「そうかもね。たしかに、地上にでてしまえば死津喪比女って弱点があるからな。地上にださせるまでが、大変なんだけど」
「今から、現地で対策をしておくっていうのは?」
「仲間が必要だけど、あてはある?」
「残念ながら、私のつてでは、それだけの力がある上に、恒常的にそこまで相手にしてくれるGSはいないわね」
やっぱり、ある程度はでたとこ勝負か。
「そういえば、今後の心配ごとってやっぱりあるのかしら?」
「結構な数の霊障があるからね。世間的に影響が大きいのは確実におこるだろうけれど、個別のものはどこまでかかわるかが、やはり不明だよな」
「たとえば、フェンリル狼は?」
「あれも、どうなのかな。フェンリル狼としてから活動されていたら影響は大きかっただろうけれど、その場でなんとかなったからな」
「人狼族のシロちゃんだったかしら。あまり情報は『伝』えてはもらっていないけれど、ずいぶんとなつかれていたようね」
うーん。そんなに細かい情報を伝えたつもりはないんだけどな。
「まあね。50Kmの散歩だったからな」
「それだけの情報で、付き合いが良かったのはわかるわよ。横島さん」
「もしかして、俺の情報って、かなり推測しやすい?」
「普通、50Kmも一緒に毎日散歩をつきあうなんてしないわよ。それだけでも、大事にしていたってのはわかるわよ」
俺が『伝』えたと思っていた情報よりも、院雅さんで補間している情報が多そうだな。
「わかりました。また金曜日のミーティングにきます」
「そうね。負け狼は、とっとと帰るのね」
「俺はシロじゃないぞ」
「ほれ、すぐ情報がでてくる」
「はい、はい」
結局、死津喪比女の対策ははっきりわからないが、里目をはやめに成長させるのが良さそうってことか。
しかし、わかっていて、静観する以外の選択肢が無いってのはつらい。
メドーサの裏にいるのは、前と同じくアシュタロスでいいんだろうか。
だとしたら、なぜ行動が1年はやいのと以前と行動をかえているんだろうか。
メドーサが人間を30年も殺していないというのは、俺の過去の時にはなかったことだ。
俺が過去に行った影響では無いだろう。
キーはアシュタロスか。
魔族が時間移動能力者をおっているかどうかだけは、老師に確認できるかな。
あのアシュタロスが時間を飛ばされたはずの時点で、もう一人のアシュタロスがいたことから、多分おってはいないんだろうけどな。
そうして普通の平日をおくりつつ、金曜日の院雅除霊事務所でのミーティングでは、
「今週は、分室ではこれをお願いね」
「事務所も霊力レベルAが受けられるようになったのに、仕事は霊力レベルBなんですね」
「霊力レベルA以上の相手となったら、やはり有名で、実績のあるところに行きやすいから」
「そんなわけで、100体までは、約37体だね。ひのめちゃん」
「思っていたより退治した数が多いですね」
「ああ、六道女学院の臨海学校での除霊実績があるからね」
「あれって、GS見習いとかになると、正規のGSになるためのカウントになるんですか?」
おっ、ユリ子ちゃんか。
「ああ。きちんと、六道夫人……六道女学院の生徒の前では理事長って言った方がいいかな。あの人がきちんと数えていたからね。けど、六道女学院からGS試験にでるなら、それなりの力がやっぱり無いとね。ユリ子ちゃん」
「あまり、横から口はださないでね、横島君。内容はあっているけれど」
「すんまへん」
「ユリ子は、ある意味完全なオールラウンダーだから、総合的に力を伸ばす以外は手が無いっていうことで、地道な訓練が一番なのよ」
臨海学校では霊波砲をつかっていたのに、結界札が中心として助手を募集していたところにきたわけだったよな。
神通棍もあつかうし、霊体ボーガンもあつかうしな。
ユリ子ちゃんは院雅さんが見るだろうからいいとして、問題はひのめちゃんだよな。
「ひのめちゃんには、明日の晩、霊力レベルBの悪霊が研修相手になるよ。今日は特に除霊も無いからかえっていいかな」
「えーと、横島さんに、訓練をつけてほしいんですが……」
「俺か。師匠だから当然だといえば当然だが、ひのめちゃんの場合すでに基本ができているから、あとは応用だからなー。ここまでくると実戦に勝る訓練はないぞ?」
「けど、それって、あくまで悪霊レベルまでの話ですよね」
「そうだけどね」
「よこ……お姉ちゃんやお母さんみたいに、妖怪や、魔族ともまともに戦えるようになりたいんです」
潜在能力だけなら俺以上だと思うんだけどな。
なんせ、最高級の念力発火封印札を赤ん坊の時から、完全に封印できるのは1週間だったからな。
こっちでもあまり事情はかわらなかったらしいし。
「そうしたら、やっぱり妙神山だな。今度の10月は体育の日があるから、うまいこと3連休になるだろう? その時に集中特訓をさせてもらわないかい?」
「そんなに待つんですか?」
「本格的な修行だったら、下手にそのあたりの空き地ではできないからね。今使えるところだと、制御の訓練レベルだし」
ひのめちゃんは存在的な霊力は高いのに、発火レベルの霊力にくらべて比較的霊力を消費しないものとかが多いしな。
逆に火竜のように通常の霊能力者がだせる霊力の限界のものだと、溜めに時間がかかるし、未だ直線的な動きしかできないから、この中間がほしいところなんだよな。
「平日に訓練とかできませんか?」
「うーん。考えてはみるが、あまり期待しないでくれな」
「期待しています。横島さん」
料理の特訓はしないのかね?
それとも、特訓を口実になし崩し的に、俺といる口実を考えだそうとしているのかな。
純粋な思春期の少女の気持ちはわからないな。
帰りは、ぶらぶらと商店街をおキヌちゃんと一緒に買い物に行くと、おキヌちゃんってここの商店街でも人気者になっているのね。
人に好かれる幽霊って、これも才能だよな。
しかも俺が一緒についてあるいているというのに、値引きまで勝手にしてくれる。
八百屋のだんなよ。後ろにいる奥さんに後で怒られてもしらんぞ。
翌日の土曜日の晩は、GS見習いとしての研修をかねた除霊だ。
霊力レベルBなのは、霊力の測定器を使用しなくてもわかる。
たいして、ひのめちゃんは発火で対抗しているが、やっぱりおいかけっこ状態だな。
火竜を使う為の、溜めに必要な時間がないんだろうが、この狭いオフィスで火竜をつかったら、冥子ちゃんなみとはいわないけれどそれなりの惨事だからな。
俺は院雅さんの結界札の中でひのめちゃんと悪霊の戦いをみていたが、やっぱり発火の一回あたりで使える霊力が低すぎる。
だせる速度ははやいんだけどこれより高いレベルだと、他の術だと溜めの時間が必要なわりには、霊力が低いものばかりなんだよな。
そんなんでも走っておいつかれないから、お札も使わないで悪霊を退治したのはいいだろう。
メドーサがいた奇神山での修行前なら、きっとお札をつかっていただろうからな。
「お札もつかわずに、よく最後まで、がんばり通したね」
「けど、ちょっと時間のかかりすぎです……」
「一般の霊力レベルBの悪霊レベルを一人で対処できるだけでも、中堅GSレベルより上にいるんだ。それくらいは自信をもっていいと思うよ」
「だって、お母さんや、お姉ちゃんはすでに妖怪や、魔族と戦えるし……」
「うーん。あせりすぎじゃないかな。ひのめちゃんのお母さんのことはよく知らないけれど、令子さんなら高校1年生でまともに霊能力を開花させていたかな?」
以前は『時空消滅内服液』を俺が飲んで逆行した時に高度な霊力がはっきできるようになっていたが、こっちの令子はどうだったんだろうか?
「お姉ちゃんは、魔族はともかく妖怪は退治していました。お母さんの見ている時だけだったので、GS試験を受ける前ですけど」
母親がいなかったのと、いたことによる差がでているのか。
「それにしても、魔族はまだだったんだろう? それにGS見習いになったのはひのめちゃんの方が早い年齢じゃないか」
表の経歴を示すGS年間では、こちらの世界では令子が高校3年生になってからとっているのを確認しているからな。
しかし、六道女学院を卒業させてから娘をGS試験にうけさせるって、自分の娘にいかに自信が無いかって如実にあらわれているよな。六道夫人は。
「GSっという表だけをみたら確かにそうなんですけど、実力的にはおねえちゃんの方が上だったと思うんですよ」
「うーん。相性の問題もあるかな。今のひのめちゃんって、こういう狭い空間で霊能力を使うより、広い空間で霊能力を使うタイプなんだよね。よく思い出してもらいたいんだけど臨海学校の時の火竜が、一気に戦力を逆転させたぐらいだからね」
「けれどあれって単体でみたら、霊力レベルE以下ばかりじゃないですか」
「空間が広いというのもあるけれど、長距離タイプっていった方がいいのかな? そうしたら火竜をだすための溜めの時間もかせげるし、相手が近接タイプでも中距離タイプでも火竜をだす前の炎で霊力を吸収できるからね」
おれのサイキックソーサーでも直線でいったら、あの炎には吸収されるだろうしな。
「そうしたら、それを伸ばすにはどうしたらいいでしょうか?」
「うーん。こういう都会型よりも、郊外の除霊を引き受けるのが実戦での訓練になるかな」
「それでお願いできませんか?」
「移動の時間があるから、正規のGSになるのには時間がかかるよ?」
「いえ、いいんです。自分の長所と、短所をはっきりさせたいんです」
うーん。そうか。若いうちから、そればかりに注視するのは、よくはないんだけど、
「わかった。短所はいずれ直すとして、長所をまずは伸ばすように訓練内容を変更するよう、ちょっと院雅さんと調整するよ」
「はい。お願いします」
ひのめちゃんが満面の笑顔で答えてきたが、そんなんでいいのかね。
翌朝におきたあと、ひのめちゃんのGS見習いとしての研修を、あらためて考えてみる。
郊外型の実戦研修か。
よく考えるとひのめちゃんって、火行にあたるから水行にあたる海や湖のそばって、相対的に力が発揮できなくなるんだよな。
それに山の中の除霊だと、平気で1週間とかたつものばかりだったしな。
だから、俺ってそのあたりで取れるもので食事ができるほどに詳しくなったんだったな。
うーん。ひのめちゃんの修行方針の変更について安直に考えすぎていたかも。
しかし、俺のいた過去と少しは違うから、院雅さんに聞くと何かあるかもな。
日曜の分室開業前の時間帯に、ひのめちゃんの件で院雅さんへ電話をかけてみる。
「はい。院雅除霊事務所です」
この声はユリ子ちゃんだな。思ったより早く事務所にきているな。
「もしもし、横島だけど、院雅さんはもういるかな?」
「ええ、いますのでかわりましょうか?」
「お願い」
「はい」
ちょっと間が空いてから、院雅さんがでてきて、ちょっとひのめちゃんのための修行で郊外型の除霊をひきうけようかなと思っていることをつたえると、
「私は都会の悪霊しか相手にしないからね。分室に昼間は客も来ることもないだろうし、今晩の除霊前にGS協会でそういう依頼があるか見てきたらどう?」
「俺がですか?」
「それも、本当の意味での一人前のGSになるための修行だと思えばいいのよ」
うー。俺が一人立ちに失敗して、結局は美神除霊事務所にもどったことを知ってるからな。
「わかりました。午後にでもみてきます」
「除霊開始前までには、一旦区切りはつけるのよ」
「俺がドジをふむことがあるからって、そこまでひどくないっすよ」
「いやねー。念の為に伝えただけよ」
院雅さんって、いまだに言っていることが、本気なんだか冗談なんだかよくわからないんだよな。
「それじゃ、何かあったら、また電話しますよ」
「そうね。何かおもしろそうなのがあったら、それの除霊依頼書のコピーでもとっといてね」
「へーい」
昼食も終えて、GS協会に行こうとすると、ひのめちゃんも、
「私も行ってみたいです」
それだけならまだしも、愛子も一度見学してみたいという。
どうせ、分室に依頼人がくることもないだろうし、電話は院雅除霊事務所の方にまわしておけばいいだろう。
おキヌちゃんも一緒にGS協会の入っているビルに向かうことにするが、ちょっとしたハプニングが。
*****
次話ではGS協会内での話を少々。
2011.04.26:初出