ヒャクメと、ヒャクメのお婆さまは天界にもどっていったが、朝食で小竜姫さまとひのめちゃんは、ちょっとだまりぎみだ。
おキヌちゃんは、ここにいるけれど、食事はしないからなぁ。
ちょっと、雰囲気はよくないが、まあ、俺の今後の修行の方針もきかないとな。
「小竜姫さま。お聞きしたいことがあるんですが」
「なんですか?」
「俺ってこの地竜をつれていますが、今後の修行ってどうしたらよいですか?」
「霊格の隠行は今まで通りに続けてください。霊格はあがってしまったようですが、まだ、横島さんの思っている霊能力には、いたらないでしょう」
「わかりました。思ったよりも、霊格の隠行もうまくすすんでいるので、もうひとふんばりしてみます」
「横島さん。思っている霊能力って何ですか?」
ひのめちゃんが興味深げに聞いてくる。
うーん。未来が変わっていくことは見えはじめたけれど、どうするかな。
「今度の金曜日に、分室で話すかどうかきめておくよ。この世界での最高指導者に、相談しなきゃいけないレベルの話らしいから」
「この世界?」
まずい。
「いや、日本だけでなくて、この前の香港みたいな例もあるだろう? そういうのもあるから、簡単に話すかどうかはきめられないんだよ」
「そうしたら、横島さんの弟子に話す前に、師匠である私に相談するのが筋ですよね」
ああ、小竜姫さまの逆鱗にふれかかっているかな。
「まずは、小竜姫さまに相談するべきか、きめてからそのあとにひのめちゃんへ話します」
多分、話すとなったら小竜姫さまよりも老師に相談するべき内容なんだろうけどな。
それで、帰る段になって、ひのめちゃんが、鬼門の試しを受けるという。
順番は逆だけど、鬼門たちが受けるというからいいのだろう。
俺は、ひのめちゃんに一言アドバイスをする。
結果は、左右の鬼門の顔面に連続の発火をしかけたうえに、目がみえていない鬼門の身体たちは右往左往している。
平安時代でのおいかけっこという修行は、無駄ではなかったんだな。
その顔面にひのめちゃんの火竜が、それぞれはなたれたのだから、鬼族といってもただではすまない。
アドバイスというのは顔面を狙うことなんだけど、鬼門は焼けただれた顔をしながら
「次回よりこの門を通過することを許可しよう」
そういう鬼門の顔に威厳は、全くといっていいほどなかったな。
しかし、ひのめちゃんの火竜の威力が、GS試験の頃よりもあがっているな。
やはり、俺と同じく霊的成長期なんだろうか?
ヒャクメのお婆さまに俺の過去となった未来と、多分、俺が推測した未来を知られたからには、変化があらわれるだろうが、なるようにしかならないか。
まあ、今日は仕事もいれていないし、詳細な報告は来週でいいと院雅さんに言われたので、俺は別な地獄と対峙している。
それは、夏休みの宿題という名の地獄だ。
さて5日分ぐらいは残っているが10年以上前のことなんか、覚えているわけは無いしどうしようか。
夏休みの宿題が、あと5日分ぐらい残っているのを、すっかり忘れていました。
ひのめちゃんは違う高校だし、この時間から頼めるとしたらやっぱり、
「愛子、あんみつ5杯でお願いが」
そう。机妖怪の愛子を頼ることだ。
以前の過去でも3年生への進級の時にたのんだけれど、高校1年生の夏休みからお願いすることになるとはな。
「横島くん、おひさしぶりね。この時期にくるってことは、宿題が終わってないの?」
おキヌちゃんから、
「そうみたいなんです」
うー、先に言われた。
「実は、あと5日分ばかりぐらい残っているんで、愛子の中の学校で宿題をさせてくれないかなーっと」
俺の通っている学校はそんなに厳しくはないから、多少宿題の提出が遅れてもだいじょうぶだけど、
「こういうのは、そういうずるはしないで、徹夜でもしてがんばるべきよ。それが青春よね」
青春の方向がちがっていたか、ちきしょー。
「どうしても駄目?」
俺の目はチワワのようになっていたかもしれないが、
「勉強は真面目に行うものよ。だから、横島くんのお家で特訓ね」
訂正。俺の勘違いでした。愛子の青春の方向が俺の思っているのと、さらにずれているようだ。
夏休みの間は、一度も高校にこなかったもんな。
おキヌちゃんはたまに、愛子に会いに来ていたみたいだけど。
「うん。それでお願いするよ。ちなみに、今度の新しいアパートはきちんと別室があるから安心して、おキヌちゃんと寝てくれて問題ないよ」
「あら。新しいアパート見たいのに、気がつかれちゃった?」
やっぱり、こっちだったったか。
「そういうわけじゃないけれどね。ちなみに、新しい妖怪が増えたからね」
「妖怪をまた保護したの?」
「正確には、俺の守護鬼神で、こいつだよ」
そういって、地竜を影から出す。
「ほれ、あいさつしてごらん。里目(さとめ)」
この地竜には里目という名をつけてやった。メドーサと反対の性格になってほしいなと、逆さにならべただけなんだけどさ。
里目は影から垂直に上昇して、器用にクビらしき部分だけを前にたおしている。
「私は、愛子。よろしくね」
里目は話せさないから、それ以上については愛子もあまり興味をしめさないし、また影にもどってもらう。
アパートでは、俺一人で夏休みの残りの宿題をしている。
なんか愛子が夜食用の材料まで用意するのに、商店街に行っている。
本気で徹夜をさせるんじゃないだろうな。
そんな心配とは別に夕食の準備まではおキヌちゃんと愛子は一緒にいたが、夕食後の宿題の時間は、愛子は俺のなやんでいるところでヒントをくれるが、
「ヒントだけじゃなくて、答えを直接ってのはダメ?」
「そうしたら、私が行うのとかわらないでしょう。それにヒントをちょっとばかり教えてあげたら、すぐに解けているでしょう?」
実際、愛子のヒントが適切で、俺の忘れていた記憶からうまく引き出してくれる。
「そうだね。がんばります」
おキヌちゃんは、愛子直伝の夜食を作って、夜中までの宿題の休憩に用意をしてくれる。
リビングには、
『栄養バランスに気をつけよう』
『貴女にもできる簡単クッキング』
『受験生のための夜食の作り方』
などの本が増えているが、おキヌちゃんは味を感じられないからな。
翌朝はおキヌちゃん、愛子と一緒に高校へ登校したが夏休み前の、
「横島が2人も美人をつれている」
「こんちくしょう」
「まぜ俺はあれを邪魔できないんだ」
「一見幸福そうだけど、幸福そうにみえないのはなぜ?」
なんて状況だったのに比べると、今は単なる『日常の怪異現象』ですまされたらしい。
どうせ、俺自身はエセ少年で、怪異現象の元ともいえるから否定できないんだよな。
家の方では、宿題の方は俺の予測よりはやく3日も途中で終わった。
「じゃあ、あんみつは言った通りに5杯分な」
「えっ? 3日分でいいわよ。だって、夜、おキヌちゃんと話したりもできて楽しかったし。これも青春よね」
あい、そうですか。夏休み前のときと違って、愛子もおキヌちゃんと夜会えるのを楽しみにしているんだな。
「そういう理由ならわかった。3杯分な」
「うん。ありがとう」
「いや、こちらこそ助かっているからね。ところで、愛子って困っていることはないか?」
「私は、学校妖怪だから、学校で皆と一緒に勉強できるだけでいいのよ」
「けれど、土日とか、この夏休みみたいに休みが続く時って、そんなに皆も一緒にいないだろう?」
「そうなのよね」
「それで、おキヌちゃんなんだけどね。全部の除霊の現場にはつれていきたくは無いんだ。だから、そういう時に一緒にいてくれるなら、その分をアルバイト料だしてもきてほしいんだけど」
おキヌちゃんは、ちょっと困り気味だろうけれど、おキヌちゃんにも色々とおこなってもらっているから、だすものはださなきゃいけないんだよな。
「おキヌちゃんは家政婦みたいなことをしてくれているから、今まではあいまいにしていたけれど、その分の給金をきちんと払って行くから」
愛子は、俺の真意を気がついてくれるかな?
「ちょっと、隣の部屋で話してもいいかしら?」
「ああ」
これは気がついてくれたんだろう。
隣の部屋、つまり俺の私室になるんだけど
「もしかして、私にお小遣いをくれようとしているの?」
「うん。はっきりと言えばそうなんだ。ただ、愛子が俺の保護妖怪といっても何もしていないで、俺からお小遣いをもらうのって気がひけているんじゃないかなって思ってさ。余計なお世話だったかな?」
「ううん。夏休み前になってきてたら、皆も色々と校外へ誘ってくれるけれど、お小遣いがなくて断っていたのもあるから助かるわ。けれど、本当にいいの?」
「そのために、おキヌちゃんをだしにしちゃったんだけど、おキヌちゃんを一部の除霊には連れて行ってもよいのだけど、全部に連れて行きたくない、というのは本当だからね。同じく保護をしているのに、おキヌちゃんには家政婦かわりにお金をだして、愛子には何もさせないで、お小遣いを渡すっていうのもなんか世間体があるからね」
「理由がこじつけっぽいけれど、本当にいいの?」
「いいよ。俺の家庭教師っていう線も考えたけれど、また、学校の男どもがさわぎたてそうだからな。その点、おキヌちゃんのためにくるというのならあいつらも寛容だから」
「気にしていないように見えて、気にしていたのね。横島くん」
「……うん。まあね」
具体的な金額はともかく、基本的に土日はおキヌちゃんと愛子には一緒にいてもらうことになった。
実際のところ、除霊がなければ、俺も1階下にいるだけだから、あまり離れているっていう感じもしないんだけどさ。
おキヌちゃんの件は、俺の身勝手も若干あるかもしれないが、文珠の『浄』で成仏してしまう可能性もあるし、ネクロマンサーのネズミのと鉢合わせしたら危ないしな。
逆に、ネクロマンサーとしての資質の遠因を遠ざけてしまうかもしれないが、GSの除霊方法では悪霊達が苦しむので、それをあまり見せたくないってところだ。
日常はかさねがさね無事に学校生活を歩みだしたが、この金曜日の夕方からGSとしての本格的な活動に入る。
金曜日は、俺は院雅所霊事務所の院雅さんのところへ、出向くことになっている。
ここでは院雅さんはもちろんのこと、院雅さんの新しいGS助手になるユリ子ちゃんがいる。
分室側は俺と、俺がみるGS見習いひのめちゃんも一緒にあつまって、今度の金曜日までのスケジュールの確認だ。
院雅さんは月曜から木曜日までは外にでるのは、結界札のメンテナンスで動くのを基本にしている。
除霊は金曜日の晩から日曜の晩をメインに除霊をしているのは、学生の助手なら普通よりは安く雇えるかららしい。
それゆえに危険な仕事はさける癖もあるのだろう。
まあ、俺が所属する分室も、基本は金曜日の晩から日曜の晩しか動かないようにしている。
土曜日の晩がひのめちゃん用のGS見習いの研修用にしているのだが、今週は今晩だけ本番の仕事をいれて、この週末はまた妙神山だ。
先週の仕事でひのめちゃんは、総合霊力レベルBで悪霊は霊力レベルDを5体退治したから、マイナス分を換算しなおしたら3体相当かな。
ここらあたりは、過去の奇神山で修行したし、妙神山の鬼門の試しを越えられる霊能力もあるから、普通よりは早いペースでGS見習いからGSになれるだろうとは思う。
しかし、基本的には分室では単体の悪霊の除霊が中心になるから、俺のときよりGS見習いからGSにあがるのは遅いだろうな。
霊力レベルBの仕事をつづけていけば、霊力レベルAの仕事も受けられるだろう。
すでに事務所全体としては、受けられるようになっても、おかしくは無い体制にはなっている。
あとは院雅さんのこころづもりひとつなのだが、やっぱり未来を知ってやる気になったけれど、気がかわったのかな。
ちょっと、どこかで話せる機会をつくらないといけないな。
それで今晩の仕事は、分室でのメインの仕事は俺が主に動いて、ひのめちゃんは見学で、万が一自分の方にきたらそれを対処するっていうものだ。
実際のオフィスにいってみると悪霊はいるが、それがまねきよせた霊などはいない。
悪霊は話し合いが不可能なレベルなので離れたところから、サイキックソーサーを一発なげてお終い。
非常に簡単っというか、他の平均的なGSが聞いたらおこるだろうな。
しかし、令子と一緒にいた時なんて、こんな低いレベルは1日に数件受けるとかいう無茶をするとき以外、まず受けなかったからな。
それで今日は解散ということで、方向が違うので2台のタクシーを使って帰る。
必要な金額は封筒に渡しておき、
「領収書だけはもらい忘れの無い様にね」
「はい。じゃあ、明日は妙神山ですね」
「そう。だから○×○×駅内の2号車の入り口がとまる付近で集合ね」
「はい」
こういうところは素直なんだけど、ひのめちゃんも一皮むいたら美神家の女性だからな。
そして翌日は妙神山修行場まででむいたのだが、小竜姫さまによるといまだ老師がもどっていないので、なぜヒャクメたちのことを知っていたかというのは、
「小竜姫さまは確かに俺の師匠ですが、ここでの俺の最初の師匠は老師です。小竜姫さまより先に相談するべきですよね?」
「そうですね。そういう意味では私も老師による修行中の身ですし、弟弟子と言った方が良いのかしら。仕方がないですわね」
「そういうわけで、ひのめちゃんに話すのもその後ね」
「横島さんったら、もう……それ以外ないじゃないですか」
そういうわけで、妙神山修行場にいる必要はないのだが、小竜姫さまが
「せっかくきたのだし、暇つぶしに修行をしていきませんか?」
暇なのは小竜姫さまだろう。
鬼門たちじゃ、小竜姫さまの修行の相手にならないし、かといって修行用の相手がいつも小竜姫さま用の修行相手じゃ、あきてきているのだろう。
俺はもともと1泊のつもりだったので気軽に、
「そうですね。じゃあ1泊していきます」
「メドーサとの修行で、どれだけ腕をあげたのか楽しみにしてますよ」
メドーサって名前をだしてきているということは、小竜姫さまは少しお怒りのようだ。
後悔先に立たずってこういう時に使うんだろうな。とほほ。
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なぜか、実戦的な修行シーンになりそうです。
2011.04.21:初出