メドーサもとい中竜姫は、夕食の用意と言って修行場を離れていったので、俺は普段からおこなっている霊格の隠行に、さらに霊格をおさえる瞑想をおこなっている。
徐々に霊格を抑えていけるのを感じとっているが、このペースだとあと何ヶ月かかるだろうか。
やっぱり妙神山修行場で本格的に1日コースとか、老師と2ヶ月あまり一緒にいないといけないのかな。
ひのめちゃんは全身石化されてもう動けなくなったので、今度は目隠しをしながら小黄竜に発火をかけているようだ。
まるっきりあたらないな~
火竜を出すまえならしっかり相手の位置を読めているのに、霊波を感じるのに外部に何か出す必要があるのかな?
そうするとネクロマンサーに弱くなったりする危険性があるから、どっちもどっちだな。
こちらの修行はついでだけど、あのひのめちゃんの石化はきちんととけるんだろうな、とちょっと心配。
一応、昼食の準備ができたので、食堂にこいと中竜姫さまに呼ばれる。
ひのめちゃんの石化は表面だけで、中竜姫さまには簡単にとかれた。
自分の眷属の能力の制御くらいはできるということか。
中竜姫さまは食事の用意をするが、おわんにもったり、食卓へ運んだりするのは修行者である自分たちで行う。
白米なのね。けっこういい物を食べさせてくれるじゃないか。
肉料理もあるし小竜姫さまほど、仏道にそまっていないのね。
そんな中、
「そういえば、ヒャクメはいつくるんでしょうか?」
「まだ、そこに、依頼書があるからいつになるやら」
「えっ? その依頼書ってどうやってヒャクメまで届くのですか?」
「明日あたりにでも、韋駄天がとりにきて、届けるはずだよ。彼らのとりえったらそれぐらいしか無いからね」
ひどいことを言うな。
まあ、俺も韋駄天にはひどい目にあわされたけれど、きちんとそういう仕事をしているんだな。
そういえば、妙神山で韋駄天がきたことやみたことは無いけれど、同じシステムなんだろうか?
機会があったら小竜姫さまに聞いてみよう。
こんな感じでこの奇神山修行場での修行は1日目をすすんでいる。
しかし、ヒャクメ対策は頭がいたいな。
この奇神山修行場での修行は、午後一は休憩してからの瞑想に入る。
その間に食料の調達へ、中竜姫さまが食事のための狩りや、野菜類の調達をしているようだ。
ここは、そんなに標高も高くはないし、まだ自然が残っているというよりは、木々ばかりだから、色々ととれるのだろう。
この午後の休憩っぽい感じのところは、妙神山と奇神山でも修行としてはかわらないな。
時計は、現代の時にあわせたままだったから、このままだとよくわからないから、昼食開始の時間を12時としてあわせたのだが、今は午後2時半くらい。
午後の本格的な修行を開始するといっても、ひのめちゃんの小黄竜とのおいかけっこは一緒で、俺も中竜姫さまと霊波刀を使った修行だ。
午前中で、ようやく、刺又(さすまた)の剣筋というのが正確かは不明だが、わかりだしてきたので、それでさけられるようになっている。
老師の棍術に比べれば、どうってことは無い。
問題は、こちらもあてられないんだけどな。
「横島って言ってたな。午前中は手を抜いているのかと思っていたら、私の刺又(さすまた)の筋をみてたのか。対人相手ならそれでもいいが、魔族相手なら長期戦は無理だね。もっと短い時間であいての技術を見抜けるようになるまでは、そういうのはやめておくことだね」
別な意味で午前中はみていたけれど、手抜きといえば手抜きともいえるから、中竜姫さまの言うことはあっているんだよな。
「はっはっはっ、しっかりわかっていましたか。かないそうにないと思う相手からは当然ながら逃げ出します!」
「なに?」
「逃げ出すという表現が悪いなら一時撤退して、相手に合わせた準備をしていくんですよ」
「その間に相手が逃げるだろう?」
「それならそれで、俺たちにとっては好都合です。俺たちGSがおこなっているのは、妖怪や魔族を退治するのではありません。依頼人に頼まれた範囲で仕事をするだけですから、依頼人の依頼内容を達成したら、それでいいんですよ」
「そういえば巫覡(ふげき)に、相当するって言っていたな。陰陽師とかではないんだな?」
「ええ、陰陽師のように国の仕事ではなくて、巫覡(ふげき)のように個人相手の霊障を取り払うのが中心です。だから、魔族や妖怪が相手だなんて、普通はほとんど無いですよ」
以前の美神除霊事務所は特殊だからその比率はとんでもなく魔族や妖怪は多かったけれど、普通のGSが妖怪ならともかく、魔族を相手にできないもんな。
「そうだとしても、納得いかないところがあるんだけどね?」
「何でしょう?」
「横島が最初からそういうのを相手にするなら、最初になぜ私に話さない? そうすれば、もう少し違う修行方法もある」
ちっ、何か手はないか。
「すみませんでした。俺も霊的成長期なので霊能力は直接鍛える必要は無いし、それに対して肉体的な方が、劣っているのが今のところの問題です。けれど、これもまだ肉体的な成長期なので普通に肉体をきたえれば追いつくであろうから、今回は総合的な能力の修行をお願いしたんです」
「普通なら間違っているとは言わないが、あの娘を置いて逃げだすのかい?」
「いえ、そんなことは……」
「そうならば、味方を逃しながらの戦いかたというのがあるのさ。そっちを伸ばして見る気はないかい」
うーん。とても、勘九郎を自滅においやった魔族……いや神族とは思えない。
これが神族であることと、魔族であることの違いなのだろうか。
「そうすると、この修行場にはあまり長期間いるとは思えませんから、特殊な術になりますか?」
「その通りだね。ただし霊能力をきちんと見るのに、影法師(シャドウ)をみさせてもらう」
俺の承諾も無しに、中竜姫は影法師をぬきとられる。
こういうところは、身勝手だな。
「ふーん。この小柄な影法師(シャドウ)ってことは、圧縮・凝縮系に特化しているね」
「影法師(シャドウ)をみただけで、そこまでわかるものですか?」
「いやね。ここまでなさけな……じゃなくて、小柄な影法師(シャドウ)をみるのは初めてだが、人間の身のままでの霊力と比較すると、それしか考えられなくてね」
やっぱり、俺のシャドウって、なさけなく見えるのね……
「ちょっと調べ物をしてくるから、小黄竜の50匹抜きでもしていな」
「それって、一匹ずつですよね? 途中で休憩とかもありっすよね?」
思い出すのは、都庁地下での100匹抜きのプログラムとの対戦だ。
「あー、1匹ずつだね。休憩は無し。戦っている最中に敵が休憩させてくれるわけがないだろう。午前中とさっきまでの稽古で、だいたいの技量はわかったから、そんなもんだろう。始めるまでは4半時後でいい。じゃあ、石化していないことを期待してるよ」
そう言うと、中竜姫はシャドウを俺にもどして、50匹の小黄竜をおいていき、修行場をぬけていく。
ひのめちゃんと小黄竜のおいかけっこをみる限り、体力を考えると護手付き霊波刀と普通のサイキックソーサーを中竜姫との戦い方と同じならぎりぎりといったところか。
良くみているな。
正統な剣術なら、やはり見る眼はあるのね。
ぎりぎりまで体力をためるために、俺は修行場で横になる。
その合間、いかに正統剣術っぽくみせながら、どのように小黄竜を倒していくかのイメージトレーニングをしていく。
5分前になったらおきあがり、軽く身体を動かして準備は完了だ。
「さて行くけど、順番はどいつからだ?」
幸いにも小黄竜は50匹がかたまっている。
普段ならこんなことも聞かないで、サイキックソーサーでもなげつけて爆発させても、20匹近くは一気に減らせるのだけど、そういうのじゃないからな。
一番最初は、その集団で一番小さな小黄竜だ。
中竜姫はもしかすると、弱いものから順番に戦わせていって、」俺の実力をみるというのもあるかもしれないな。
まったくもって、計算高いところは魔族のときよりも前からもっているのか。
最初の1匹目は直線できたので、少し横にさけながら護手付き霊波刀で斬る。
2匹目は蛇行しながら空中からくるが、速度は先ほどより遅めだ。
これもかわせないわけではないが、遅いので正面から叩きつけるようにして斬る。
ちょっと、ひのめちゃんとおいかけっこしている、小黄竜とは違うようだな。
小黄竜はどんどん戦術を変えてきて残り4匹となったところで、1回では両断ができなくなった。
体力はともかく霊力は落ちていないから、やはり小黄竜がでてくる順番は、少しずつ強いものをだすようにしているのか。
あと4匹だし、そろそろ体力温存型の戦いはやめるかどうかで、躊躇していたら小黄竜が右腹を掠めた。
そこが少し石化している。
重みはさほど感じないから、ひのめちゃんのと同じく数回程度なら大丈夫なんだろうな。
こうなったら動きまわって、相手に目標を絞らせない作戦でいって、霊波刀を複数回たたきつけるほうがよいだろう。
今までは待ちのタイプでの戦いだったが、1回で斬れないならカウンター型の戦い方は、逆に危ないからな。
なんとかラストの50匹目をサイキックソーサーで防御しながら、霊波刀で3回斬りつけたところで終わった。
「ぷはッ……」
一息ついたところに、
「思ったより時間がかかっているのと、一回石化をされているね」
「ええ。時間はカウンター……後の先の戦いかたをしてたのが1点。それと、石化は残り4匹目のところで、1回できれなくなったので、戦術の変更をするか判断でまよった時にやられました。石化は、俺の油断ですね」
「ふん、面白みの回答をして。まあ、夕食前に風呂でも入ってくるのだな。ここは地脈が集まっているので、霊的な疲れにもきく」
「ここって、男女、混浴ですか?」
「いや? そうじゃないが、未来では混浴が普通なのか?」
「いえ、そういうわけじゃないですが、そういう時代も日本にはありましたので、きいてみただけです」
うん。ひのめちゃんと一緒に入るということには、ならなさそうだ。
中竜姫のは覗いてみたいと思うけれど、今のひのめちゃんを覗いたら、なんとなく勢いでくっついてしまいそうな気もするからな。
風呂にはいったあとの夕食は昼食よりもわびしかったが、夕食を増やすと太るもとだからな。
ちなみに夕食時には酒を、そうはいってもどぶろくだが、ふるまわれていると中竜姫とひのめちゃんは、底が無いように飲んでいる。
そうする、突然発火現象がはじまった。
忘れていたが、ひのめちゃんの飲みすぎた時におこると聞かされていた発火能力の暴走だ。
「ここには、念力発火防止の札はありませんか?」
「そんなのは無い。私の神通力でおさえこむ。しかし、この娘は飲むと、こんなんになるのかい?」
「ごめんなさい。いつのまにか、飲酒の許容量をこえちゃったみたいです。ひっく」
とりあえず、寝させれば収まるらしいので、ひのめちゃんを寝かしつけるというよりは全身石化をさせているし。
「これ大丈夫なんですか?」
「表面だけの石化だから生きていられるし、皮膚呼吸にも問題は無い。さらに霊力も人間のレベルでは、やぶることができない」
「そうですか」
「私が寝るころ様子を見て、だいじょうぶそうなら石化は解いてやるし、まだそうなら明朝までこのままだな」
しかたがないだろうな。
たいして夜中はメドーサの部屋へ夜這いをかけにいったら、部屋の入り口には『横島へ 入ったら殺す』って書いてある。
ひのめちゃん、メドーサに余計な知恵をつけておいたな。
翌朝は、俺はいつもの通りのトレーニングを、修行場である異界空間でおこなっていた。
4月よりは随分と筋肉もついてきたが、まだちょっとこころぼそい。
あまり身体に負担をかけても、身体をいためるだけだからな。
肝心なところで故障していたらどうしようもないから、肉体の強化のメニューは自分の筋肉のつきかたにあわせて、微妙に変化させていっている。
食堂に戻ると、石化をとかれたひのめちゃんも無事におきている。
朝食だが、昨日の朝食なみに豪華だった。
豪華といっても現代の夕食に比べるとそうでもないが、以前この時代にきたときよりも豪華だな。
その朝食の途中で、
「横島の修行内容は今日、再度様子をみてきめるから、こころしてかかれ」
中竜姫にこう声をかけられたが、この時代の修行ってまるっきりわからんぞ。
しかし、中竜姫……将来のメドーサに退却戦を行うための術を教わるために、あらためて修行内容を変更するのか。
けど、将来のメドーサに効くのかね?
それだけでも聞いておきたいけれど朝食時に、
「修行内容は再度様子をみてきめるから、こころしてかかれ」
と言われた時から考え続けた内容だ。
いつもの修行場では、ひのめちゃんを追い掛け回す小黄竜が2匹へ増えている。
ただし、ひのめちゃんも発火で対応しながら逃げているから、丁度良い塩梅だ。
ひのめちゃんには才能があったのに、令子とか美智恵さんはあまやかしていたんだな。
それで、俺の方はというと、シャドウを抜き出す方円と、見たことの無い五芒星を中心に複雑な文字らしき物が書かれた方円がある。
「こっちの方円は影法師(シャドウ)を抜き出すのだすものだとわかります。けれど、こっちの方円は何をするのですか?」
「ああ、その方円は、影法師(シャドウ)の特性を厳密に視るための物さ。それで、対応した術を授けるのをきめる前準備とする」
ふーん。小竜姫さまも知っていてよさそうだけど……
「この方円って未来の修行場では見たことがないのですが、何かあるんですか?」
「ああ、この方円に入ると、苦手な相手がでてくるようになっている。おまえみたいに圧縮・凝縮系なら、広範囲系の術をおよぼす相手とか、あっちの娘だと火だから水を扱う相手とかがでてくる」
「それと戦えと?」
「あまり強い相手ではないから安心しろ。その戦いぶりをみて、どの術をさずけるか見分けるだけだから」
本格的な修行ではないといっても、広範囲系の術を使う相手とは、確かに俺は相性が悪いな。
でてくる相手の傾向がわかっただけでも良いだろう。
「じゃあ、まずはその影法師(シャドウ)がでてくる方円に入りな」
「へい」
「影法師(シャドウ)がでてきたね。その影法師(シャドウ)をもうひとつの方円に入らせな」
俺はそのままシャドウを方円に入らせると、方円のそばにある武闘場には小柄な白虎がでてきた。
「おもしろいね。通常なら圧縮・凝縮系なら土行に属するから、それに強い木行に相当する青竜の系統の、モノノケがでてくるかと思っていたんだけどね。まさか、金行に属する白虎とはね。金行がでてくるとは、土行に強いというよりは、火行に弱いのか。弟子に追い抜かれるのも早いかもな」
中竜姫はひのめちゃんをみながらニヤリと笑う。
「いや、それは現在の話でしょう? それをなんとかするための撤退戦をするんですよね?」
「うん? 一時撤退して、再戦するために戻るんじゃないのかい?」
これもニヤニヤしながら聞いてくる。
霊能力者としての修行の話のはずなのに、あきらかに俺とひのめちゃんの関係をからかっていやがる。
「霊能力での話しですよね? 次は戦うんじゃありませんでしたっけ?」
「苦手な系統といっても霊力の地力が違うから、勝てる相手だろうけど、油断だけはするんじゃないよ」
はい、はい、と思いながら武闘場へ俺のシャドウを白虎と相対する位置に移動させて、金行の特徴と先ほどの広域系の術を使うであろう相手の対応策を考える。
金行はほとんどの物質が扱えるから、攻撃の種類がわからないんだよな。
*****
ヒャクメはメフィストが知っていたので、この時代はすでにいたと解釈しています。
横島の影法師(シャドウ)は霊能力がなかったときも、文珠がだせるようになった時でも一緒なので、そのままとしています。
2011.04.18:初出