きっと雪之丞が角の形態になった小竜姫さまをもっているだろうし、ぎりぎりまで表にはださないつもりなんだろう。
地下から入るのはピートがいないから無理だろうし、ケルベロスの像を相手にするのも面倒だしな。
「結局のところ出入りの目撃ができているのは、林のなかの一軒家なんだな?」
「ああ、その通りだ」
「その屋敷から入る以外の道が無いか、確認するのが先だろう?」
「おおざっぱにいうなら、地盤の中にいくつかキレツが走ってるさ!」
「そこをどうやって入るかは、先に調査だろう?」
「ねずみの使い魔のことを忘れていない?」
西条と雪之丞の話は、水掛け論に陥りかけているな。
令子は西条の意見に同調している。
俺はというと、前回と違うが、地下にも罠があったのだから、地上から入るのにも罠があるだろうと思っている。
しかし、前回よりメンバーが多いので、少しは安心している。
「結局2回目の突入って、ありえるんですか?」
そしらぬ顔をしてたずねると西条が、
「1回限りだろうね。2回目の突入は1回目より厳重に警備されていると考えて良いだろう。だからこそ、金の針の到着を待つべきだと僕は思う」
「わたしも西条さんと同意見だわ」
「俺もそうだな。明日で満月になる前の時間に、金の針が届いたら突入するのが最善だと思う。ただし、金の針がこちらにわたったと、パイパーに知られないうちにだけどね」
「パイパーが、もうその情報をにぎっていると?」
「このホテルのねずみ対策は万全かもしれないけれど、道路までは完璧じゃないと思う。それで、金の針はどこあてにしているかというところだけど」
「こちらには超常犯罪科こそ無いが、ICPOの支部はある。そこに届けてもらうつもりだよ」
このホテルと、そっちのICPOの両方を見張られている可能性もあるな。
こればかりは、でたとこ勝負だよな。
多分だが、パイパーは金の針が必要なのは人界だからであって、魔界ならその能力を発揮できるだろう。
もしかしたら、金の針を待つ必要はなかったかもしれないが、チャンスは一度きり。
どちらにしても賭けか。
ただし、この件にメドーサがかかわっていないらしいのが、以前と違うので気にかかる。
GS試験の試合途中はあまり気にかからなかったが、事の顛末を聞き及ぶと、俺の記憶とかなり食い違っている。
この事件もそうなんだろうか。
院雅さんに言わせると、過去の記憶に頼りすぎるなって言われるんだろうな。
結局、翌日は令子と西条のチームと、雪之丞とひのめちゃんと俺の2チームにわかれて、調査することになった。
屋敷のまわりは令子と西条で、地下からの通路発見は俺たちが組んでいる。
雪之丞が俺の言うことを比較的素直に聞くことをみたようで、西条がこの編成をくんだ。
おキヌちゃんは幽霊だし、俺が保護しているので俺の方のメンバーだ。
まあ、顔を知られている雪之丞が、屋敷のまわりには行くわけにもいかないが、この地下めぐりにはたまにねずみをみかける。
使い魔かどうかの見分け方を、魔鈴さんに教えてもらえばよかったな。
この日は地下をめぐったが、霊気がもれているキレツはいくつもみつかったが、壁が薄そうなところはみつからなかった。
さすがにこの事件の時、どこから入ったなんかっていうのはもう覚えていないからな。
昼食は少し遅かったので飲茶とかをたのしみながら、おキヌちゃんが幽霊だとしても巫女姿であることから珍しげに見られる。
半分は、陽動の意味もあるらしいからいいんだけどね。
ねずみの監視をさけるようにタクシーをのりついで、ホテルへと戻ったが、令子たちも、特に屋敷の外部からの侵入ルートは発見できないかった。
一応ねずみには気をつけているが、このホテルを監視されているとしても、ICPOの香港支部まで手が伸びているかが、勝負の分かれ目だな。
まあ、それさえも雪之丞が奥の手をつかってくれれば、メドーサと違うから楽勝だろうけど。
そう思っていると令子が、
「そういえば、雪之丞の今回のクライアントって小竜姫さまよね。いったい、どれくらいせしめられるかしら」
「日本に帰ってから、交渉するんだな」
「へっ? 日本?」
「横島クンは知らなかったんだ。小竜姫さまは、妙神山にくくられた神様なので、日本からでられないんだよ」
おいまてや。どうやって、雪之丞は小竜姫さまとコンタクトをとったんだ。
手紙があるか。けれど、大幅に計算がずれたぞ。
なんで、小竜姫さまがこの事件にかかわらないんだ――っ!
小竜姫さまがいないとなると、芦火多流がいない分の戦力ダウンはいたいな。
それにしてもよく考えると、小竜姫さまからの手紙だというのはおかしい。
俺は雪之丞に、
「クライアントが小竜姫さまだとわかっているのに、どうやって小竜姫さまとコンタクトをとったんだ?」
「それは僕も気にかかるね」
「代理人がきたのさ。神族のヒャクメというのが小竜姫の手紙をもってやってきた」
ヒャクメか。あいつGSのブラックリストの件を知っていて、雪之丞に頼んだんじゃないだろうな。
けれどもヒャクメも完全じゃないというか、ぼけた仕事をしてくれることもあるからなんともいえないしな。
それに、これだけ地脈が集中しているところだと、魔族を捕捉しきるのはヒャクメでも無理か。
その間に西条が話をすすめて、
「それで明日の計画だが、ICPO香港支部に金の針が届き次第、連絡がくるように先生経由でお願いしてある」
「この屋敷の図面は? FAXで届いているようだけど」
「茂流田(もるだ)が出入りしている一軒家の屋敷の図面だ。工事をした形跡がないので、元始風水盤があると思われる地下へ行くには、あまりおおがかりな通路ではないだろうと推測される」
ゾンビの出入りしてたのは地下だったはずだから、そうとは限らないんだが、
「そうすると、この地下室あたりが、地下への出入り口ですか?」
「そうだと思いたいけれどね。あとは他にあるとしても、地下のキレツからもれてきていたように霊気がもれている可能性はあるから、そこが目印になる可能性もある」
前回の時は、屋敷の地下室からでた記憶があるよな。
地下室の比較的真ん中あたり、出入り口があったような覚えがあるから、そんなに構造上大きくかわっていないといいな。
香港のGSともいえる風水師のトップクラスがいなくなっているので、香港での戦力増強は見込めず。
日本からの応援は明日の昼にはカオスとマリア、夕刻には、他に頼んだメンバーもなんとか間に合いそうなので、その時間まで待つという線もある。
しかし、満月の影響がいつの時間から始まるかは不明なので、結局は金の針を待ってカオスとマリアも含めた突入ということになった。
場合によっては戦力の逐次投入というパターンになってしまうが、このメンバーでどうなるかは、茂流田(もるだ)という奴の戦闘能力しだいだろう。
それで突入の順番もきめていかれたが、カオスとマリアが入るということで、一番各自の能力を把握している令子の案をベースにする。
それを西条が訂正をくわえてきまったのは、西条、令子、雪之丞、ひのめ、カオス、マリア、俺の順番になった。
入れ替わったのはひのめちゃんと雪之丞の位置だが、令子がいざとなったらひのめちゃんをまもろうとでも思ったのだろうな。
こういうところに、令子のひのめちゃんへの甘さがでている。
おキヌちゃんはおいていこうかという話にもなったが、失敗すれば一連托生だ。俺についてくるということで、皆も納得はしている。
俺の役割は後方の警戒と、後方から敵がきた場合には、元始風水盤から針をとりもどすまでの時間かせぎだ。
この時期に芦家の三姉妹が、親と一緒にアメリカへ行っているとのは、戦力として痛いなぁ。
変に外へでてねずみの使い魔たちに見つかるわけにもいかないから、ホテルの中のレストランで食事をする。
酒税が高いせいで、ここの店のアルコール飲料はのきなみ高い。
そんなことを気にする西条でも令子でもなかったが、俺は妙神山での二日酔いから、今回は酒を遠慮しておく。
雪之丞はもともと飲まないが、ひのめちゃんは昨晩に続いて飲みたそうにしているのを令子にとめられている。
「ひのめちゃんって、お酒類は飲むの?」
「ええ、家でならゆるされているんですけど、外では飲ませてもらえないんです」
「令子さん、ひのめちゃんは今日飲むのは駄目なんですか?」
「横島クンもひのめの師匠になるのなら、覚えておいた方が良いわね。ひのめは飲むとざるのごとしだし、大トラになる傾向もあるから、下手なところで飲ませるとあちこち火の海よ」
令子もざるだったけど、ひのめちゃんもざるか。
違いはひのめちゃんは発火能力者だから、飲酒量を間違えると文字通り火の海になるのか。
お酒は飲ませない方が安心だな。
「へい。わかりました」
「私だって、限度ぐらい知っているのよ。お姉ちゃん」
「明日仕事があるのだから、やめときなさい。飲みたいなら、日本に帰ってからよ」
「……」
ひのめちゃんが飲めるとしたら、念力発火封印の札のあるところだけだな。
そんなのは持ってきていないだろうからの、令子の言葉なんだろう。
翌日は予定時刻通りにカオスとマリアが来て、令子と挨拶をしている。
俺はこっちにきてからマリアたちと、きちんと話すのは初めてだ。
「お久しぶり。マリアにカオスのおっさん」
「GS試験の初日依頼です、横島さん」
あー、あの日か。もうどっかに記憶は飛んでいる。
「だれじゃったかのぉ。マリア」
カオスのおっさんに覚えてもらわなくてもたいしたかまわんが、今日はカオスが一番活躍する日かもしれないからな。
「今年のGS試験・最終1位です、ドクター・カオス」
「あれか。銃刀法違反さえなければ、わしが1位だったじゃろう」
あれ? 警察はきていないと思っていたのだけど、きていたのか。
GS試験1日目はなんかポカをしてるっぽいな。
それはそれとして、マリアの怪力と速度をいかし、相手をつかまえて動けなくすれば、カオスの怪光線で1位になる可能性もあったな。
あの試合のあと、以前のGS試験の時に怪光線をつかったところを見た後は、あれを使ったところを見た覚えはないんだが、カオス忘れているんじゃないんだろうか?
「そういえば、カオスのおっさんは、胸から怪光線をだすことができましたよね?」
「おお、忘れておった。最近、使えること自体忘れておったわい」
こんな奴だった。
「じゃが、あれはザコならまだしも、魔族にはきかんぞ。たしかそうだったよな、マリア」
「イエス、ドクター・カオス」
そんなことさえ忘れているのか。
それもハーピーとパイパー相手は、無理ということなんだな。
それでも、ゾンビども相手ならなんとかなりそうだな。
あとは西条と合流するだけだが、合流場所にいつまでたってもこない。
西条がこちらで借りた携帯電話にも、ICPOにもかけた電話に通じない。
「しかたがないわね。ICPOへ私が様子を見に行ってくるから、ここで待っていて」
そう令子が言ってでかけたが、しばらくたって戻ってくるのは令子一人で、
「やられたわ。ICPOが西条さんに金の針を渡そうとしたところで、襲われて、子どもにされてしまったみたい。かろうじてこどもにされる前に、金庫へ金の針をもどせたようで、知識ごと子どもにされたので、金の針は金庫の中に入ったままだったわ」
そうやって、金の針をだす令子だが、
「どうやって、そのことを?」
「ママに聞いてみたのよ」
ICPOの秘密保持がそんなんでいいのかと思いつつ、気にするとGSなんて商売、特に美神家とはつきあっていられないからやめておこう。
「もう午後も4時だから、とっとと入ってやっちゃいましょう」
軽く言ってくれるが、この人数でせめこむのは2台で移動するしかないよな。
1台は令子がレンタカーで、1台は雪之丞の車で移動する。
「雪之丞、車運転できたんだな」
「とうぜん、無免許だけどな」
もぐりでGSやってるぐらいだ、これぐらい気にしてたらGSはやってられないって、何回自分にいいきかせているんだろうか。
問題の林のなかの一軒家に来たが車をおりて近づいていったら、人物の気配はしないと思ったら上空から狙撃された。
若返ったぶんカンも鈍ったかな。
ハーピーが上空から『フェザー・ブレッド』でマリアと令子と俺も狙撃をされた。
マリアは服をやられたが無事だ。
令子も強化セラミックのボディー・アーマーを着込んでいたので服がやぶれたまでは、マリアと一緒だが霊波がゆらいでいる。
セラミックのボディー・アーマーって色気がないんだよなぁ。
俺は運がよかったのか、ひのめちゃんに声をかけられたのでちょっと移動したので直撃をさけたが、左腕をかすめている。
「あたいの狙撃を絶えたり、かわすだなんて」
雪之丞が慣れているのかいないのかよくわからないが、オカルトGメンからもってきている破魔札マシンガンで、
「このヤロー!! 逃げるな――っ!」
と叫んでいるがハーピーは、
「ここは直接対決をさけて屋敷に戻るのが吉じゃん!」
こちら側が一方的に被害を受けた様子を見ながら屋敷へ戻っていった。
完全に待ち伏せされているな。
「やられたわね。多分、罠があるけど時間が惜しいわ。増援をまっていたら、罠をかいくぐる前に元始風水盤が動作してしまうかもしれない。そうすると、魔族なら魔界化をはかるでしょうから、それでは手遅れだわ」
「やっぱし、このメンバーで突入ですか?」
「それしかないから、行くわよ」
そうして、屋敷に向かうメンバー全員は対パイパー用にネコを抱いて屋敷に入って行った。
俺の提案ながら、退魔に向かうところとは思えないな。
ハーピーが入って行った屋敷に向かうが、不気味なくらい罠もなく屋敷の中へは入れた。
令子はつよがっているが、霊波に乱れがあるから完調ではないのだろう。
俺の左腕には軽く包帯かわりのハンカチを巻いている。
このメンバーでまともにヒーリングのできるのが一人もいないぐらいに攻撃に偏ったメンバーだと思い知らされる。
俺の場合これぐらいの傷なら、1時間もあれば霊力をまわすことにより完治させるぐらいはできるが、そこまでの時間もないだろう。
まずは皮膚の再生だけでもイメージしながらハンカチは、はずせる程度にはしておくか。
「この独特の霊気は地下室の方からきているようね」
令子が屋敷の地図をみながら言っている。
とりあえず、屋敷の中では、いまのところ攻撃はしかけてこられていない。
はじまるとしたら、他人が入りそうにない地下室からか。
地下室に入るとネズミどもはいたが、こちらにいたネコの「ニャオン」「ニュー」の声でにげていってしまった。
とりあえず屋敷の中での第一陣である待ち伏せへの対抗は成功と。
成功はしたが、ネコで魔族を退けるというのが本当にGSのやり方か? というと無いとはいわないが、俺も以前の時間軸の美神流にすっかりそまっているんだな。
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ピートがいないので地下ルートがとれません。
2011.04.13:初出