おふくろがナルニアへ戻るため、早朝にでていった。
そのあとは、普段のトレーニングをおこなってから院雅除霊事務所に向かう。
「院雅さん、ちょっと話があるんですが」
「美神ひのめのことでしょう?」
俺は頷くと、応接室の方で二人きりで話すことになった。
「それで、来るべきにそなえて、自分自身を鍛えておきたかったんですが、このあとひのめちゃんの面倒を見るとなると、自分の修行にはちょっと……」
「そうね。普通に考えるとGSの修行にGS見習いがつくと、自分の力をつけることはできないわね。けれど、横島さんの忘れていることがあるわよ」
「えっ? 俺が忘れていること?」
「そうよ。六道家ね。以前は美神除霊事務所を一旦独立したあとに、六道冥子の面倒をみるはめになったのでしょう?」
そういえばハイラの魔装術もどきともいえる霊張術って、その時にしてもらえたんだよな。
「そうですね。それと、ひのめちゃんを俺の弟子にするのとどう関係するんですか?」
「あくまで想像だけど、昔の横島さんの立場って美神という名の元に護られていた面があると思うのよね。こっちでは、美神美智恵も生きていることだし、美神ひのめを弟子にしているっていうだけで、同じような効果があると思うわよ」
「けれどひのめちゃんは、六道女学院霊能科の生徒ですよね? 立場に差がありませんか?」
「いないよりも良いと思うわよ。私のところにも横島さんを借りたいというのが、六道家から来ているけれど、各種理由をつけて行く回数を減らしてはいるけれど限界もあるわね」
「色々とすみません」
「まあ、例の事件がおこると思えば、横島さんに最低限、例の能力は必要だと思うのだけど……」
「残念ながら、今回の修行では早すぎたのか無理でしたね。俺も死にたくは、ないですし」
「最難関コースね。時期は、ずれるとしても、それまでには必要な能力よね?」
「ええ、あの能力がなければ、情報があっても、さすがに人間だけでは無理がありますね」
俺の記憶の一部に、未だアシュタロスの記憶の一部が残っていて、外からはわからないように老師からプロテクトはされている。
けれど、それは、魔族には使える記憶であっても、神族や人間では無理なんだよな。ベースが魔力を必要としているからな。
さすがに、この情報は院雅さんにも渡していないけれど。
事件そのものをおこさせないなら、今のうちに妙神山へでも連絡すれば事件そのものはおこらないだろうが、別な形での何らかの霊障が発生することはたしかだろう。
それならば、俺はルシオラを救える可能性のある方を選ぶ。
「その例の事件がおこる時期は?」
「多分、俺が過去へ飛んだ後でしょうね。一番可能性が高いのは、平安時代。次はカオスが若い頃の中世ヨーロッパへ行ったあとですね」
「その結論は変わらないのね」
「ええ。ただ、美智恵さんが今いるってことは、令子の命に危険性が無いせいかもしれないのがちょっと」
「そこは、今考えてもわからないわね」
「そうですね」
「じゃあ、元々の予定であった唐巣神父のところへ、行ってらっしゃい。妙神山への紹介状を書いてもらってから、無事に修行から帰ってきたことと、美神ひのめを弟子入りさせるのに挨拶ぐらいはしておくのね」
「そのことですけど、ひのめちゃんを俺の弟子入りさせるのって、院雅さんのアイデアじゃないでしょうね」
「あら、違うわよ。面接にきたのは美神ひのめからよ。多少は、知恵をつけてあげたけど」
俺は頭が痛くなってきた。
昨日の話の流れが、俺を追い込むようになっていたもんな。
しかし、六道家から借りたいと言っているということは、冥子ちゃんがらみだろうから、仕方が無い面もあるか。
「ええ。わかりました。ありがたく好意としてうけとっておきます」
「六道家の面もあるけれど、美神ひのめと公私ともある程度関係をつくっておけば、美神令子とも近くにいる機会は増えるでしょう?」
「そこまで計算してたんですか?」
「美神ひのめが来た時の思いつきよ」
「わかりました。どちらにしろ、今日は唐巣神父のところに行って、挨拶してきます」
「ついでだから、GS協会によって美神ひのめの師匠変更届けを提出してくるのね。変に六道家から茶々がはいらないうちに」
「そうですね」
そして、唐巣神父の教会で神父には、妙神山で修行するための紹介状を書いてもらって、無事に帰ってきたことと、紹介状を書いてもらったことに再びお礼をする。
さらにひのめちゃんの、GS見習い師匠替えについての挨拶をすると、
「正直なところひのめくんが、横島クンに師匠となってもらいたいと、最初に聞いたときには耳をうたがったんだがね。六道夫人が君のことをえらく高く買っているらしいことと、冥子くんと組まされるのではと聞いたら、私では六道家には対抗できなくてね」
「いえ、わざわざ、そのようなことまでお話いただかなくても」
「これは、私のザンゲだとでも思ってきいてくれないか。今後の君とひのめくんの将来に幸のあらんことを」
「えーと、結婚式でないんですけど」
「……私もどうかしているようだ」
またこれぐらいのことでこの人悩んでいたんじゃないだろうな。
あとありそうなのは、
「令子さんがいなくなったとたんに栄養失調とかじゃないですよね?」
「……」
うーん、あやしい。
令子へ独立の支援もしてたようだからな。
「GS見習いのバイト代をはらったら、自分の手元に残らない程度にしか、相手からもらっていないことなんて無いですよね?」
「きちんとバイト代を払えるだけは、もらえるところからもらっているよ」
「ええ。なんとなくわかりました」
はあ、ここでも頭がいたい。
ピートの金銭感覚もまともじゃないし、ここで残りは芦八洋か。
「八洋さん。ちょっと話したいことがあるんだけど」
「なんだい?」
「少し裏手で話せるかな?」
ちょっと疑問に思っているようだけど、場所的に問題のあるところでも無いのでついてきてくれた。
「さっき唐巣神父と話していたら、GS見習いのバイト代程度の金額はもらっているみたいだけど、唐巣神父自身が食べていくだけの金銭をもらっていないかもしれない。ちょっと、金銭交渉の場にもつれていってもらった方がいいよ」
「なんで私がそんなことを?」
「神父が栄養失調で倒れたら、GS見習いのバイトもできないじゃないか」
「……そうね。独立を考えるなら、確かにそういう場面をみておくのもいいかもね」
八洋は、ここにきてからの感じだとある意味おおざっぱだが、本質を理解すればその分、行動もしっかりする感じだ。
「じゃあ、そういうことで。後ろからつけてきているひのめちゃんは、このあとGS協会ね」
「あら、ばれちゃいました?」
「隠行の修行をしていない、霊能力者が相手ならわかるさ。普通のGSは、隠行の修行をおこなう必要も無いけどね」
しかし、霊能力のある人間の霊格ってさっぱりわからん。
霊能力の無い一般人の方が逆に霊格がわかるんだよな。
霊力のせいで、霊格がみえづらいんだろうな。
俺はひのめちゃん、おキヌちゃんと一緒にGS協会に向かった。
師匠変更の手続きからいうと唐巣神父も一緒の方がいいのだけど、神父に仕事がはいっているのと、GSとして格下の俺がくるので充分だからな。
書類は整っているので、入ってから出てくるまで30分ばかりだ。
その場でひのめちゃんとはわかれて、アパートに戻り引越しの準備をする。
おふくろが整理してあったので、引越しの準備も簡単だった。これなら、明日の朝からでもよかったなという感じだ。
翌日は実際の引越しだが、もともと4畳半の部屋にあったものを5倍以上の大きな部屋にきたから、広いこと、広いこと。
1階の事務所は院雅さんと相談しないといけないがプランは、ほぼ完成している。
そのプランを院雅さんに相談しながら、予算との兼ね合いで削れるものは削っていった。
書物は欲しかったが、専門書は高いから無理だったよな。
新しい事務所分室の準備をすすめながら、院雅さんの除霊助手であるユリ子ちゃんとも仲良くなった。
ユリ子ちゃんは、俺よりもおキヌちゃんに興味があるようだけど。
分室ができたら俺とおキヌちゃんがユリ子ちゃんに会うのは、週に1度ある金曜日のミーティングぐらいだろうな。
院雅さんの除霊の手伝いに入ったりしながらも、新しい分室の準備も自室の引越しから1週間後に完了した。
普通のアパートやマンションでおこなっているオフィスっぽいけれど、分室だから固定客になったもの以外はこないだろう。
知り合いとなったGSや、その他、院雅さんからの紹介による単独で仕事をおこなったところには、分室開業の挨拶状をだしたが効果はほとんどないだろうな。
当面は今まで通りに、GS見習い時代のGSとなるための仕事を、院雅さんからまわしてもらうといった感じだろう。
分室の準備もおわり、ひのめちゃんも呼んだし開業だと思ったら、院雅さんから緊急の呼び出しがかかる。
院雅除霊事務所へひのめちゃんやおキヌちゃんをつれて行くと、怪しさ満点の霊波をはなっている長い包みがあった。
宛名は俺になっていて開封すると、一見大時計の針のようにも見えるが、元始風水盤の針だろう。
つい10日前までは、小竜姫さまと一緒に修行していたのに、どうしてこの時期に、しかもここに送られてくるんだ?
元始風水盤の針そのものがこまるわけじゃなくて、この事務所を襲われるのが問題なんだよな。
ここが襲われるとしたら、天龍童子の時だと思っていたからな。
「横島君。さて、こまった品物ね」
「うん、そうですね。これって特殊な霊波を出しているから、浄化も特殊な方法が必要ですし、俺らの手じゃあまりますね。オカルトGメンにでも預けるかなー」
「GS協会じゃないんですか?」
「GS協会って、GSをとりまとめている団体なだけで、別にこういう物を直接的に預からないんだよ。行ったら別なGSを紹介されて、しかもお金はこちらもち。事務所経由とはいえ俺個人にきたものだから、とてもだけど出せる金額じゃないよ」
「じゃぁ、こわしちゃえば?」
ひのめちゃん、過激な発言だな。
「特殊っぽいから無理だと思うけど、やってみるか」
俺は妙神山で得た栄光の手と、護手付き霊波刀で壊すことを試してみたが、やはり複数人数の風水師の血をすっているだろう針を、壊すことは出来なかった。
ひのめちゃんの火竜を使う手もあるけれど、多少霊力が高くても無理だろうし、ここは街中だから火は困る。
「んじゃ、預けにいってきますよ。それから、預かり物はICPO超常犯罪科へとか、張り紙をしとくといいかもしれませんね」
「えっ? なんで張り紙なんですか?」
ここが襲われるのを回避するためというのが本音なんだが、
「いや、俺個人に届いているので、除霊事務所から人がいないときに、この針を送った人間が針の行方を知りたがるかもしれないだろう?」
「そうですね」
「そんなわけで、オカルトGメンに行ってきます」
「これも仕事のうちと割り切りなさいよ。横島君」
まあね。オカルトGメンを利用するようで悪いけれど、院雅除霊事務所じゃ令子とかを、香港まで連れて行くことができないからな。
張り紙をしておいても無駄かもしれないので、貴重品はすでに分室の方にある。
天龍童子の様子だと、また神界からデジャブーランドのために、来るかもしれないということを院雅さんへは伝えてあるからな。
「へーい。それとひのめちゃん、オカルトGメンの場所は知っているんでしょ? つれていってくれない?」
「初めて行くのでしたか?」
「まあね」
嘘ではあるが、令子があそこに引っ越してからは、まだ近づいていない。
一応しらないふりをして、ひのめちゃんにつれて行ってもらう。
「オカルトGメンっていえば、ひのめちゃんのお母さんがいるんだよね?」
美智恵さんは、お義母さんって呼ばれるのをあまりよろこんでいなかったもんな。
お義姉さんと言われるならよろこんでいたけど、こっちはつかわなかったしな。
「ええ。それにお母さんの弟子だった西条さんに、あと一般の事務職の人が一人いるだけですよ」
美智恵さんがここにいたころの最後の時よりは、さすがに人は少ないか。
ひのめちゃんに間に入ってもらった方が、話しは通しやすいだろうから、そのことをあらかじめひのめちゃんにも話しておく。
ビルの目の前にきたところで、ここにオカルトGメンがあったのも1年ぐらいだったかなと思い出すな。
俺の高校3年生になったころに引越したけどな。
さて、中には相性が悪かった西条でもいるのかな。
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次回から元始風水盤編です。
2011.04.11:初出