おキヌちゃんそっくりのユリ子ちゃんを見たときは、美人ときいていたけど、どちらかというと美少女じゃないか。
院雅さんよー、と思ったけれど、おキヌちゃんは、
「本当に私とそっくりなんですね」
「ええ、本当にそっくり……!!」
「ひょっとしたらおキヌちゃんて私の先祖様かも……」
「……だとうれしいんだけど、私、結婚しなかったから……」
多少は死ぬ前のことを覚えているんだ。
「でも、私に似た人が、これから私のできなかったことをしてくれると思うと、私も明るい気持ちになります!」
話すとながくなりそうだけど院雅さんが、
「話の途中だったけど、美神ひのめさん」
「はい」
「面談での条件の件は、横島君が了承すれば、GS見習いとして来てもらおうと思っています」
俺が了承だって?
「えーと、なぜ、ひのめちゃんを雇うのに、俺の了承をまつ必要があるんですか?」
「分室の方で除霊助手でもよいかと思ったけれど、GS見習いである美神ひのめさんの方が丁度組み合わせとして良いかなと思ったのよね。それにね……すでに、GS見習いの師匠変更用の届出用紙まで用意してあって、唐巣神父の許諾もとれているみたいだし」
一旦話を整理してみよう。
俺が分室に行く。
院雅さんにはGS見習いか除霊助手が必要で、すでに加賀美ユリ子というおキヌちゃんのそっくりさんがいる。
俺のいる分室は、誰か除霊助手を雇う予定だったが、いきなりGS見習いを雇う。
最後って、かなり異例だよな。
「新人GSが、GS見習いを雇うのって、そのGS見習いにとって、かなり無理になりませんか?」
「まだ二人とも高校1年生だから、本格的な活動はできないでしょう。だから高校卒業までに、知名度があがっていれば問題ないわよ」
院雅さんは、俺が将来身につけるであろう霊能力と、これからおこるさまざまな事件で、高校卒業までに一流の仲間入りすると考えているんだな。
「ここで、もし、俺がことわったら、どうなるんでしょうね?」
「事情を知らないGS協会あたりからみたら、GS見習いの師匠替えを承諾した唐巣神父の顔をドロにぬることになるし、GS協会が知っているなら、六道家もこのことをすでにつかんでいてもおかしくないわね。あとはGSとして名家でもある美神家も、あまり良い顔をしないでしょうね」
ひのめちゃんの前で聞くことでなかったし、おふくろの前でも話すことでなかったな。
「じゃあ、横島さんって、新人GSなのにGS見習いの師匠になるんですね。すごいです」
おキヌちゃん。そこでそういう天然ぶりを発揮しないでくれ。
俺の逃げ道が無いじゃないか。
「わかりました。GS横島は、ひのめちゃんをGS見習いとして、その師匠になります。 けれど、給与面とか待遇については、院雅さんと相談するからまってね」
「ええ、そのあたりは、分室がきちんと機能しだすのは、夏休みあけぐらいになるだろうっていう話で、実際に分室が稼動してから、アルバイト料はきまることになるだろうって言われています」
院雅さん、俺が断れない状況においこんだな。
あとで追求しないとな。それはそうと、
「院雅さん。すみませんが、おふくろが新しい社宅をみてみたいというので、鍵をかりていってもいいですか?」
「ああ、いいわよ。ついでだから、その美神ひのめさんに新しい分室の中身を紹介してあげるといいわよ」
俺のおふくろの追い出しにかかっているな。
都合はこちらにとっても良いか。
「了解しました。まずは、分室の見学にひのめちゃんをつれて入って、社宅の方はおふくろにみておいてもらいます」
「社宅の方は、もういつでも使えるようにしてあるから、引越しはすぐにできるわよ。分室はそろえるものが必要だから、もう少し時間はかかると思うけれど」
「はい。わかりました」
おふくろがだまったままなのは不気味だ。
しかし、そのまま新しい分室予定部屋と、その同じアパートの社宅へ向かった。
まずは分室の方だが、まだ何も用意していないから広くみえるよな。
そうするとおふくろが
「ふーん。悪くないね。どうするかプランはきまっているのかい」
「まあ、おおざっぱには」
「聞いてみたいです」
「うん。このリビング兼キッチンを普段使う部屋にして、どちらかの部屋を応接室にして、もう片方の部屋は、除霊道具とか、文献の部屋にでも……」
「このリビング兼キッチンぐらいの部屋だとオフィスにしてもちょっと広くてもったいないですね」
「GS見習いのひのめちゃんがくるなら、除霊道具はオフィスにだしておいて、片方は仮眠室になるかな。その方がGSとして、見栄えがいいかもしれないし」
「忠夫にしては考えているのだね」
おふくろはどういうふうにみているんだよ。
全く、といいたいが、俺の中学時代って、やることも特になくて結局は今の誰でもはいれそうな高校へ入学だったからな。
しかし、ひのめちゃんもよく俺のところにくる気になったよな。
やっぱり、美神家とは縁があるんだろうか。
縁といえば、美智恵さん。オカルトGメンだよな。
「そういえば、オカルトGメンって、どこにできたの?」
「それがですね。お姉ちゃんの事務所の横のビルなんですよ。お母さんはまるでお姉ちゃんを挑発しているみたいですよ」
ふーん。偶然かな?
以前なら、オカルトGメンが美神除霊事務所の横にできたのも、美智恵さんの差し金だったらしいのは後でわかったけれど、
今回は、行方をくらましていないからな。
「この部屋もたいした見るところはないけれど、中に物が入ったら雰囲気もかわるだろうさ。そうしたら事務所としての体裁も整っているからその時には仲良くやっていこう」
「そうですね。よろしくお願いしますね。横島さん……横島師匠って読んだほうがいいのかしら?」
「いや、俺も師匠である院雅さんを師匠ってよんでいないし、別に今までどおりでいいよ」
「じゃあ、横島さん。今度こそよろしくお願いしますね」
「ああ。これから、社宅の方によっていくからひのめちゃんは、帰った方がいいよ」
「いえ、唐巣神父にさっそく知らせてきます」
唐巣神父もかわいそうだな。きっと、美神家の押しの強さにまけたんだな。
せっかく育てた弟子を、新人GSの弟子入りさせることを承諾するなんて。
今度挨拶にいかないとな。
ひのめちゃんとは別れたが、社宅の方にはおふくろをつれていく。
「オフィスとかわりばえしないんだね」
「まあ、もとはといえばルームシェア用の部屋とはいえアパートだしね。さっきみてもらったとおりに事務所の分室がこの部屋の真下だからから、そんなにかわりばえはしないよ」
おふくろが、部屋はみているが、あまり興味をもってはいなさそうだ。
「そろそろアパートにもどるかい?」
「そうね」
おふくろがたいした時間もかけずに、みただけだったのは意外だ。
俺はもう少しは痛い目をあわされるかなと思っていたが、それほどでないことに気をよくしていた。
院雅除霊事務所分室予定部屋から自室のあるアパートに帰ってきて、おふくろがおキヌちゃんと一緒に台所に立っている。
「これだとマニュアル通りにしか、料理がつくれないね」
「味見できないのが幽霊の不自由なところなんです」
おふくろとしては自分の味付けを伝承したかったらしいが、味見のできない幽霊状態のおキヌちゃんじゃ無理だよな。
マニュアルどおりでもおキヌちゃんの作った料理も美味しいし、俺にとっては満足なんだけどな。
そして夕食時におふくろが、
「忠夫。おまえはあの院雅さんのことをどう思っているんだい?」
「GSしているわりには、比較的安全な除霊をこころみてるし、安定しているって感じかな」
「いやねぇ、GSとしてじゃなくて、女性として」
「うん? そんな、親に向かって堂々といえるわけないじゃないか」
と言った瞬間、頬に包丁が……ひぇー、おふくろの昔のこのくせを忘れていた。
「美人だし、色気もあるし、ぶっちゃけもっと仲良くさせていただきたいであります。お母さま」
「最初から、そういえばいいのよ! それなのに、おまえが襲っていないのかい?」
「息子をけだものだとでも思っているのか――っ!」
「今日会った美神ひのめさんのお姉さんには、とびかかっているのだろ?」
「あっちは、そういう隙があって……けれど、院雅さんって隙があるようでいて、するりとかわされるんだよ――っ!」
ようやっと、包丁を頬から離してくれた。
「おまえのやることを、お見通しってところなのかねぇ」
「さぁ?」
「まあ、それはいいが、あの院雅除霊事務所に居続けるつもりかい?」
「とりあえずは、高校卒業まではやっかいになるつもりだけど。おふくろの気にする何かがあるんか?」
「……」
だまっているところをみるとあるんだな。
さて、院雅さんのどこが気に入らないんだろうか。
あの人もプライベートなことは、ぽつりぽつりと話の流れで言うことがあっても、そんなに話さないからな。
おキヌちゃんはというと、こちらを見ないようにしているし。
俺は雰囲気を変えるために、
「テレビでもつけるか」
そう言いながらテレビをつけると、ついたテレビ番組では親子喧嘩のシーンだ。
よりによって……あわてて別なチャンネルにする。
ちょっと、テレビからの音以外は静かだ。
「院雅除霊事務所を辞めて他に行く気はないかい?」
「えっ? なぜ?」
「いや、悪いとは思ったけれど、院雅除霊事務所のことは先にしらべさせてもらってね。そうすると彼女の過去の経歴があやしくてね」
「ああ、そんなこと」
「そんなことって、重要なことなのよ」
「いや、GSの実力のある人って、どこかおかしいとか、怪しい人ばかりだよ。たとえば名門の六道家なんておかしさからいえばトップクラスだし」
「六道家が?」
「表面だけじゃわからないけれど、つきあえば、つきあうほど疲れる家族だって令子さんが言ってるし」
「令子さん?」
「ひのめちゃんのお姉さん。だから、そんなこと言われても今さらって感じだし」
「いや、つきあえば疲れるのと、怪しいというのは別でしょう」
「そうなると、小笠原エミさんかな。令子さんのライバルだけど、GSになる前の経歴はさっぱりわからないらしいよ。しかも呪術師もおこなっているし」
「それだけ?」
「うーん。そうすると唐巣神父かな?」
「神父がGSをしているの?」
「別に神父がGSをしちゃいけない、てことはなかったはずなんだけど、なぜかキリスト教のどの教派にも所属していないんだよね。あの人ほど、神父らしい神父っていないと思うだけどね」
「はぁ。GS業界ってやっぱり変わっているのね」
俺はそれには返答せずに、GSをやめろって言われるかとも思ったが、
「高校卒業だけは、きちんとしなさい。もう正規のGSとなったのなら、簡単にGS自体をやめろとも言えないし」
「GSの仕事をするのも基本的には金曜の夕方から日曜の晩までだから、無理はないと思うよ」
でも、やっぱり何日か休むような事件があるんだよな。
単位は前も大丈夫だったんだから、今回も大丈夫だよな。
「おまえ悪いことを考えていないだろうね?」
もしかして考えを口にだしていた?
「いや、何も。ちょっと考え事はしたけれど」
「……それならいいのだけどね」
「ああ」
「じゃ、明日にはナルニアに戻るからね」
以外に早いな。
「そうだね。引越しの準備も必要だから、いなくていいよ」
「別にはずかしいものなんて無いよ。きちんと押入れの中は整理しといたから」
「見たんかい!!」
「何日、この部屋に1人でいたと思っているのよ。1週間よ。おまえぐらいの男の子が1人暮らしなんだから、それぐらいは大目にみてあげるよ」
うー。精神は27歳のつもりなんだけどな。
やっぱり身体にひっぱられているのか、母親にそういうのを知られるのは恥ずかしい。
そして翌日、おふくろは朝7時発の航空機にのって、ナルニアへ戻るために部屋をでていった。
しかし何が目的だったんだ?
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ひのめをヒロインとして絡めるのに、横島の弟子にしてみました。
2011.04.10:初出