おキヌちゃんをつれて、あと数日で別れる予定のアパートの部屋に戻ると鍵が開いている。
貴重品は、事務所の方に預けてあるから、とられて困るようなものはないはずだ。
「おキヌちゃん。たしかきちんと鍵を、かけておいたよな?」
「ええ、私も鍵をかけるところは見ていましたから、かかっているはずですよね」
部屋の中の気配を探ると霊力はほとんど感じないが、なんとなく霊格が高そうな感じの人らしきものを感じる。
院雅さんは入る必要もないだろうし、誰だろうかと思っていたら、
「わ――っ!! おふくろ!!」
「母親がはるばる来たっていうのに、何日も留守にしているっていうのは、どういうことだい!」
「ま、まさか、夏休みそうそうに来るなんて思っていなかったし」
「電話を何回いれたと思っているの? どこかに行っていたのだったら、あらかじめ教えておきなさい」
「GSになったので本格的な修行のために、妙神山っていうところへ3週間ばかり行っていたんだ」
以前と違うのか、たしかに今の俺には、おふくろの霊格が高そうだと感じられる。
霊力と霊格は直接関係ないらしいから断定はできないが、これなら殺気だけで令子の霊圧に対抗できたわけだ。
それにしても、なぜこの時期にくるんだ?
前だと核ハイジャック事件の直前までは、電話ぐらいしかきたことがなかったのに。
「それで、どうして、こっちは夏休みだというのにきたんだ? おふくろ」
「そのGSになったって聞いて、さらに、もう実質上の独立をするそうだからよ!!」
「耳が早いな。まだろくに宣伝もしていないのに」
親父が勤めている会社のクロサキさんあたりが、情報をながしたのかな?
「なぜか、六道家の当主から、電話がわざわざナルニアまできてね。娘さんのところに『時々でいいから手伝ってもらってもいいかしら~』なんていわれたら、気にかかるじゃないの」
六道夫人がおふくろに電話?
「六道家って知っているのか?」
「昔ちょっと知り合ったことがあってね。それよりも、六道家に目をつけられるなんて、一体何をしたのだい?」
昔知り合った? 初耳だぞ。
それはともかく、目を付けられるとしたら考えられるのはGS試験と、臨海学校での魔装術もどきじゃなくて霊張術かな。
「GS見習いとして、六道女学院の臨海学校での除霊実習で、冥子ちゃん……六道夫人の娘さんだけど、その式神の力を借りることができたからかな」
六道夫人には、他の所も見られていたのかな。思いつかん。
「女学院の臨海学校? そんなところにおまえをGS見習いとしてつれていった? セクハラはしていないの? 本当にあの忠夫なの?」
「仕事だし」
「あんたが、そんな殊勝なわけが無いでしょう」
「高校1年生ばかりだから、純粋に好みの年上の子がいなかっただけだよ――っ!!」
「あら、そう。少し好みがかわったのかしら。六道家の冥子さんは好みなの?」
あのぷっつん娘のそばにずっといられるのは、鬼道ぐらいだろう。
俺は首を横に思いっきりふりながら、
「年上かもしれないけれど、なんか、幼くて好みじゃないな」
「……そう、それならいいけれど」
今の間はなんだ?
「ところで後ろの女の子は?」
「幽霊のキヌと申します。今は除霊されないように、横島さんに保護してもらっています」
そう言って、おキヌちゃんはGS協会の保護証を懐からだす。
これでおキヌちゃんはなんとかなりそうだが、幽霊をみて単純に女の子は? と聞くおふくろも大概だな。
「根性無しだと思っていたけれどGSにはなるし、その上幽霊を保護して夏休みそうそうから修行ねぇ」
冥子ちゃんの件はつっこまないんだ。
「男子三日会わざれば刮目して見よ、ていうじゃないか。きっとそれなんだよ」
「ふーん。おキヌちゃんだったわよね。この子ともう1ヶ月以上いっしょにいるみたいだけど、どんな感じだい?」
頼む、余計なことをいわないでくれと願っていたら、高校3年生の女子更衣室の覗きで、おふくろから一発いれられて、おキヌちゃんがおびえている。
さらに妙神山でのお風呂場での覗きの件を、途中まで話されたところで、さらにもう一発たたきこまれた。
『安普請なのにこの壁はよく壊れないな』と思いながら、気が遠くなりかける。
「いえ、違うのです。お風呂場の覗きは、その修行場での修行なのだそうです」
「覗きが修行?」
ようやっと復活した俺は、
「覗きは特殊な術を授かるために、そこでは許されたんだよ。その修行場のお風呂場以外ではしていないよ」
おふくろは首を横にふりながら信じられないように、
「全くGSっていうのは、あいかわらず常識が通用しないね」
そういえば以前の美神除霊事務所をやめさせようとしたときもGSや、ロボットのマリアや元貧乏神のことも気にしていなかったな。
GSのことはある程度知識があるんだな。
「それで、電話しようと思っていようと思っていたんだけど、このアパートから引越しをしようと思っていたんだ」
「えっ? 引越し?」
「いや、幽霊とはいえ、女性と一緒では、この部屋だとせまくて……」
あとは、おそってしまうかもしれないなんて言えないしな。
「ふーん。おまえのことだから、確かに危ないかもしれないわね」
「危ないって、何が危ないのですか?」
「おキヌちゃんは気にしなくていいから。ちょっと家族内だけの話をするから外にでていてもらってもいいかな?」
俺はあわてて、ごまかしに入る。
「気がつかなくて、ごめんなさい。ひさしぶりの親子ご対面ですものね。ちょっとでかけてきます」
ちょっと違う方向に勘違いしたみたいだが、身の危険の方向を感じていないようでよかった。
「いってらっしゃーい」
俺は安堵しながら返答したが、危険はすぐそばにあった。
「ところで、引越しって、どうするんだい? 保証人とかいきなり頼まれても印鑑とかは、ナルニアの家よ」
「いや、今の事務所……院雅除霊事務所っていうんだけど、そこの社宅なので、そういうのは不要なんだ」
「どれくらいの大きさの部屋なのかしら?」
「ルームシェア用のアパートで、共有のリビング兼キッチンと約6畳の部屋が2つだよ」
「そうね。そこも見せてもらおうかしら」
「まずは、明日院雅除霊事務所に行く日なので、その時に部屋の鍵とか借りるよ」
「今日はまだ、時間が早いのだから、その院雅除霊事務所へ行きましょう」
「今日は仕事でいないかもしれないし、明日にしない?」
「何言っているのよ。今日だからこそいいのよ」
「へっ?」
「わからなければ、それでいいのよ」
いくら待っても帰ってこない息子に業を煮やして、あちこち下見などはすでにすましてあるが、人と人の関係はそれだけではわからない。
普段の様子はいきなり行ってこそわかるからね。
「じゃあ、さっそく、その院雅除霊事務所に行ってみましょう」
こうなると無理だというのはわかるので、電話をかけようとするとそれもとめられる。
「あなたたちの業界では、飛び込みで顧客はこないの?」
「大手の事務所ならあるらしいけれど、院雅除霊事務所だとほとんど無いよ」
「わずかでもあるなら、突然いっても大丈夫でしょう!」
おしきられて、行くことになった。
すまない、院雅さん。また、迷惑をかけるかも。
おキヌちゃんは、まだ遠くに行っていなかったので、呼んで院雅除霊事務所まで一緒に行くことになり、おふくろは後ろからついてくる。
特別な対策を考えられずに、院雅除霊事務所についてしまった。
入り口には特に鍵もかかっていなかったので、いつものように
「ちわーっす。院雅さん。ちょっと事情ができて、一日早く来ることになりました」
こういう場合は、一気に情報を伝達してしまうに限る。
ところが居たのは、院雅さんではなくて、ここには居ないはずのよく見知っている美少女だった。あれ?
院雅除霊事務所にいた、ここにいないはずの美少女に尋ねる。
「ひのめちゃん。なんでここにいるの?」
「院雅さんと面談をしている最中に、院雅さんが緊急の要件で1時間ほどの仕事が急遽入ったそうで、ここで待っていてほしいと頼まれたんです」
俺の時と、ずいぶん扱いが違うな。
それに除霊助手がいるはずだけど、
「そういえば、院雅さんの他に、除霊助手がいるはずだけど、その人は?」
「一緒に行きました」
「院雅さんも無用心だな」
「どうも私のことを知っていてくださったみたいです。ICPO超常犯罪課日本支部支部長、美神美智恵の娘だってことを」
「ICPO超常犯罪課ったら、オカルトGメンか。日本にもできたんだね?」
「ええ。そうは言っても、まだ準備室みたいな感じらしいです。けど、そこの娘が犯罪を犯したら、ICPOの威厳も何もかも大変ですから」
ふーん。美智恵さんも大変だろうな。令子の裏帳簿対策で、早くきたんじゃないだろうな。
「ところで、紹介してもらってよろしいかしら」
予想外の人物がいたので、おふくろのことをすっかり忘れていた。
「俺の母親で、横島百合子。こちらの女性は美神ひのめさん。ここ以外で学習させてもらっていた、唐巣GSのところにいるGS見習いのはずだけど、面談って言ってたよね?」
「ええ、院雅除霊事務所で除霊助手を2名募集していたので、それを受けにきていたんです」
「えっ? だって、すでにGS見習いだから、別に助手でなくて見習い募集のところにいけばいいだろうに。それに唐巣神父なら世界でもトップ10に入るGSじゃないか」
「えーと、唐巣神父とはGSとしての相性の問題なんです。それと院雅さんとは、除霊助手でなくても、見習いでもかまわないって言ってくれたんですよね。ただ、その条件をクリアすればですけれど」
「その条件って?」
「院雅さんがもどってくるまでは内緒です」
院雅さんがGS見習いを増やすのってなんだろうな。
それに院雅さんへ師事しても、唐巣神父よりもひのめちゃんへの指導に向く要素って、少ないと思うんだけどな。
「ところで、美神ひのめさん」
「はい、なんでしょうか? 横島さんのお母さま」
「あなたぐらいの美少女だと、この子に襲われても不思議じゃないのよ。しかし、そんな感じをうけないのだけど?」
そんなこと聞くな――っ!
「全く襲ってきませんよ。私とよく似ている姉にはしょっちゅう飛びつくのに……」
一発がまた入ってきた。
アパートでのつっこみよりきついぞ。
「いえ、姉はあれで、可愛いと言われながら飛びつかれるのは、それなりに嬉しがっているんですよ。毎回撃墜していますけど」
「はぁ?」
俺は初耳だ。おふくろがまともに反応できないのも無理はないだろう。
「いえ。女の魅力は魔力のひとつ。GSなら、うんとアピールしなさいっていうのが、家のGSとしての家訓なんですよ。それにたいして、横島さんって、私に魅力を感じないのか、姉へ飛びつくようには、私にはこないんですよ」
俺は復活して、
「いや、ひのめちゃんが魅力的じゃないってわけじゃなくて、なんというか、うん、年上が好きなだけなんだよ」
「えー、年齢だけの問題ですか? 姉と私って、もう身長も5cmぐらいしか変わらないですよ」
おふくろは「この業界って全くもって」とか呟いているしな。
俺としては、俺の知っていた10歳のひのめちゃんと、かさなっちゃっている部分をまだひきずっているんだよな。
「だけど、姉には私の魅力が不足しているから、襲われないのよって挑発してきて」
余計なことを言わなくてもいいよ。
なんかおふくろから、変な気配が漂ってきているし。
院雅さん、早くもどってきてください。
「院雅さんが、いつぐらいに出ていったか覚えている?」
「そういえば、そろそろ一時間ぐらいたちますね」
噂をすれば影というのか、院雅さんが除霊助手と思わしき少女をつれて、帰ってきたそうそうに、
「あら、横島君、来ていたのね。そちらのご夫人はお客様?」
「いえ、俺のおふくろで、横島百合子です。それで、こちらの女性が、ここの院雅除霊事務所所長の院雅さんです」
「はじめまして。院雅です。息子さんにはいつも助けていただきまして」
「院雅さんこそ、うちの息子にセクハラなどされてこまっていませんか?」
いきなりそういうつっこみかよ
「いえ、そのようなことは全くありませんよ。仕事はきちんとしてくれます。外でのことは知りませんが」
そこで落とさないで下さい。
「それから、私どもの事務所のメンバーを紹介いたしますね。息子さんにはGSとして、これから分室を立ち上げて、そこの室長になっていただこうと思っています。それと今、私といっしょに入ってきたのが加賀美ユリ子で、除霊助手です。息子さんとも、今日が初顔あわせになります」
と言われた少女は軽く会釈するが、顔だけなら毎日みているおキヌちゃんと、そっくりさんだ。
そうか加賀美ユリ子っていうのね。
臨海学校では霊波砲をあつかっていたはずだけど、院雅さんの除霊助手ってどちらかというと札系の方がいいはずなんだけどな。
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ようやく、院雅所霊事務所も活動準備開始といったところでしょうか。
2011.04.09:初出