院雅さんの言葉を聞いた俺は、
「院雅さん、おキヌちゃんと一緒に住むなんて聞いてないっすよ!」
思わず、泣きが入りかけていたかもしれない。
「横島君、おちつきなさい。本人の目の前で言う話じゃないでしょ!!」
そういえば。おキヌちゃんの方をチラッと見ると、迷惑そうだったかなという顔つきをしている。
「俺なら、おキヌちゃんみたいな美少女と一緒なのは大歓迎だぞ」
あー、こうやって俺ってまた人生を間違えるんだなと、思いつつもこのアリ地獄から抜け出す気にも中々ならないんだよな。
「そういうわけでGSの正規の免許が届いているから、事務所によった際にもっていきなさい」
「はいっ? なんですかそれは? 聞いていないっすよ」
「あれ? 横島君って見習いから正規のGSになるためのルールを、知らなかったの?」
「えーと、悪霊100体を退治した上で、GSの師匠から独立の承認をもらったらですよね?」
「うーん、ちょっと違うのよね。2年ぐらい前にちょっとした規約改正があったのだけど、横島君は知らないみたいね」
「2年前?」
うかつだったが、俺のいた未来とGSの規約も多少かわっていたらしい。
「どんなことですか?」
「除霊した複数の霊体全体の霊力レベルも、除霊の数のポイントにカウントされるわ。しかも六道女学院の臨海学校の相手は、通常は総合霊力レベルAと認定されているって知っていた?」
「ええ、一匹一匹が雑魚とはいえ、あれだけの数の霊を除霊するのは、普通1人では無理ですからね」
「けれど今年は霊団とかがでて、総合的に霊力レベルSとして認定されたのよね。それでその霊団相手をするのに中心にいたのは?」
「……俺っすね」
「結局過去の実績とあわせて、六道女学院の除霊の件でレベルD以上の霊を100体以上の倒したのと同じ換算数になっているのよね。そして、師匠として横島君のGSとしての評価は、言われなくてもわかっているわよね?」
霊能力の方向性が違うので、一概にどうとはいえないが、ほぼ院雅さんと同格レベルの除霊は、単独で実施することは可能だ。
「そうすると、俺の院雅除霊事務所での立場は?」
「それは、立ち話もなんだから、部屋の中ででも話しましょう」
除霊の前に迷っていたままなら、本来なら軽い相手でも失敗することになる。
それで俺の方の部屋に入るが、夕食まではまだちょっと早い。
座椅子にすわりながら、ておキヌちゃんはふわふわと浮いてテレビをみていたが、俺の今後のことを院雅さんは軽い感じで話だしてくる。
「横島君、院雅除霊事務所の第二事務所を、担当してもらうというのを考えているんだけど」
「なんで、わざわざ事務所を2つにするんですか?」
「外れるかもしれないけれど、竜神の子どもがくる事件はおこっていないのでしょ?」
「おお、すっかり忘れていたな。天龍童子っすね」
「その時、貴方ならどうする?」
「小竜姫さまが訪れそうな事務所につれていくっすね」
「それで今度の夏休みには、妙神山に修行しに行く予定だったわよね?」
「ええ」
「そうしたら、唐巣神父も美神令子もたまたまいなかったら、横島君のいる事務所へ、天龍童子を探すための依頼があるかもしれないでしょう」
「結論は、事務所が壊される恐れを心配していると」
「身も蓋もないけれど、それね」
確かに可能性としてはあるけれど、そんなことを考え出す院雅さんが、魔族になるかもしれない魔装術になんか手をだしたんだ?
まあ、聞いても答えてくれそうにないからいいだろう。
それに正規のGSになったからといって、新人GSがすぐに独立するのは経営的にかなり厳しいのは、過去に一時期独立していた経験で知っている。
除霊助手を雇うのが通例で、そいつの賃金分さえかせげないというか、依頼がこないとか、GS協会の紹介を受けるのも厳しい。
俺は、空中でテレビ番組に見いっているおキヌちゃんをちらりと見てから小声で、
「その事務所はともかくとして、おキヌちゃんとあのアパートで一緒に暮らすって、押し倒さないという自信がないんですけど」
よっぽどなさけない声にきこえたのだろう。
「中身はそれなりの年齢だろうに……その事務所と同じアパートでもう一室を、従業員用の社宅として用意できるわよ?」
「そ、そ、そんな先まで考えていたんですか?」
「いやね~、売り損ねただけよ」
偶然か。ちなみに売り損ねたって……
「もしかしたら、あの個人オーナーが除霊代金を払えないからと言って、ルームシェア用の3部屋ぐらいを代わりに提供していたアパートですか?」
「勘はするどいわね。3室中2室は売って、1室はさっきの第二事務所として、準備しておこうかなと思っていたのだけど、この不景気でまだ1室しか売れていなくてね」
「あそこなら、確かに、今の事務所からは少しはなれているけれど、学校に行くのは逆に近くなるからな」
「電気や水道とか手配に数日かかるけれど、キヌさんだけ先に住んでいてもらえば、問題ないでしょう?」
「えーと、それなら、俺がアパートをひっこさなくてもすむのでは?」
「私も慈善事業をしているわけじゃないんだから、おキヌちゃんのためだけに部屋をとっておくなんてしないわよ?」
あそこなら一応個人のプライバシーはたもたれるが、おキヌちゃんは幽霊だから自由に入ってくる。
まあ、そこは入る前にノックなどの習慣をつけてもらえばいいか。
ちなみに小鳩ちゃんはすでに貧乏神から開放されているので、多分、今のアパートにはひっこしてこないだろうからあそこに住んでいる必要っていうのはあまりない。
「面倒なのは両親というよりは、おふくろの方か……」
「それも大丈夫じゃないの?」
「へっ?」
「幸い、ルームシェアタイプの部屋よ。しかもシェアするのが女性といっても、幽霊だし普通の人なら大丈夫じゃないの?」
「俺のおふくろは普通じゃないから……」
「家族のことは自分で考えてよね」
そりゃ、ごもっとも。
「まずは、除霊を開始しますか」
「そうね。来たようね」
男の幽霊だが一見すると気安く話しができそうなので、話を聞こうとして声をかけるといきなり、
「俺の行動の邪魔をするなー!」
霊圧がいきなりあがって、悪霊化して霊力レベルがCまであがる。
これが事前の除霊依頼書にあったレベルCからDっていう意味か。
フォーマット通りだけじゃなくて、きちんと備考欄にも書いてほしいな。
院雅さんはおキヌちゃんをつれて、結界の中に閉じこもっている。
同時にこの悪霊がにげられないよう、部屋そのものも出入りができないように、院雅さんが結界を起動している。
今回は、おキヌちゃんに見せるための除霊になったからな。
俺は右手に霊波刀をだして、左手にはサイキック小太刀をだしておく。
多少残酷だがわざと浅く斬りつけて、悪霊が痛がるシーンをしっかりおキヌちゃんに覚えてもらって、俺に除霊されると痛いものだと覚えてもらう。
そして悪霊は無事に退治をしたが、おキヌちゃんはちょっとおびえているかな?
「おキヌちゃん。そんなにおびえなくていいよ。俺がこういう方法で除霊をするのは、話し合いがきかない悪霊とかだけだから」
「……はい。よろしくお願いします」
ちょっと痛がるシーンを見せすぎたかな。
院雅さんの除霊タイプを見たら気がかわるかもしれないけれど、院雅さんが事前に除霊代金を請求すれば、おキヌちゃんは払うことができないしな。
そのお金を貯めるよりも死津喪比女が東京へ霊障をおこす方がはるかに早いだろうし。
それまでに、死津喪比女を倒せるようになるまで、自分の霊能力のレベルアップをしておかないといけないだろう。
除霊は済んだので、夕食はというとこの部屋で院雅さんと二人で行う。
食べるところを珍しく見られるのって、なんとなくおちつかないぞ!! おキヌちゃん。
それで、とっとと、用はすんだとばかりに院雅さんは自分の部屋にもどっていく。
さっきの除霊直後よりは、おキヌちゃんもおちついているようだ。
それで話しているうちに、おキヌちゃんの常識が、現在の常識と完全にずれていることがわかってきた。
えーっと、一人でいさせると危さそうだ。
数日だけだけど、一緒にやっぱりあのアパートですごして、現在の常識を覚えてもらうか。
除霊も終わって、東京にもどってから、自分のアパートにおキヌちゃんを、一晩とめてから高校へつれていく。
「高校ってなんですか?」
「寺子屋みたいなものだよ」
「へー、何人ぐらいいるのですか?」
「うちのクラスは30人ちょっとかな。高校全体では700人以上だと思ったな~」
「高校って、村みたいですね」
なんて会話をしながら高校の門付近に近づいたところから、
「横島さんが女の子と歩いている」
「なんで横島が」
「もしかして不純異性交遊の相手を堂々とつれてきている?」
「神は死んだー」
「けど、あれ幽霊みたいよ」
「横島なら幽霊にも何かするかもしれんぞ」
「いくら横島クンでも、そんなことは」
えーい。人のことをなんて思ってやがるんだ。この学校の連中は。
クラスにはいっても同じような反応もあるが、
「おーい、愛子。お願いがあるんだけど」
「アンミツ3杯分ね」
クラスメイトと外で飲食をしたので、また食べたいらしく、何回かお小遣い程度は渡している。
名目上は保護者だからというのもあるが、昔の愛子には勉強面で色々と世話になったからな。
本人じゃないけれど半分以上は、その時のお返しのつもりだ。
「それより大変かもしれないぞ?」
「おおかた、その幽霊のことを何か頼みにきたんでしょう?」
「そうなんだ。この娘はおキヌちゃんって言って、300年間山の中で幽霊をしていたので、現在の常識をしらないんだ。放課後の皆がいなくなった時間でいいんだけど、今の常識を教えてやってあげてくれないかな?」
昔の愛子が、生徒のいなくなった時間は、さびしいと言っていた記憶が残っている。
俺もおキヌちゃんに学校へとまってもらえば、おキヌちゃんを襲う危険性はなくなるし、その上常識も覚えてもらえる。一石三鳥だ。
「そうね、いいわよ。ただ、先生に断っておいてね」
すっかり忘れていました。
もしかして、この作戦は駄目か?
この高校は、色々とゆるい面があるので、愛子と一緒なら幽霊を泊められるかな、と淡い期待を抱いて校長室に向かう。
理事長と校長を兼務しているが、普段は校長室にいたはずだ。
「横島ですが、校長先生におりいってお願いがあるんですけど」
こちらからのお願いごとだから、ちょっと下手にでてみる。
「いったいなんの用かね?」
「えーと、この週末にGSの仕事で少女の幽霊を保護したのですが、この娘は300年前に死んだので、現在の常識をしらなくて危なっかしいんですよ」
「ほう。300年前の幽霊……それで、横島くんはどうしたいのかね?」
くいついてきた。
「ええ、それでもう少ししたら夏休みですよね。それまでの期間だけでよいので、昼間の学校の授業は俺のそばにいてもらいたいんですよ。放課後から朝までは、机妖怪の愛子と一緒に常識を教えてもらおうかなと思っているんですよ。どうでしょう?」
校長室までくる間に考えた言葉ですらすらと答えてみせる。
ただし、校長がひとつ質問してきた。
「その少女は何歳かね?」
素直に
「15歳です」
校長が少し考え込んでから
「無理だよ」
「えっ? なぜ?」
「300年前の15歳といったら、今でいう13歳から14歳だろう。ここは高校だから中学生の夜間の泊まりは問題があるのだよ」
しまった。そういえば昔もあとで気がついたんだけど、皆、満年齢で15歳として勘違いしていたんだよな。
「ただし、昼間は君たちGSの見習いがいるから問題ないだろう。離れるのも問題があるような状態ならば、特別に君がそばにいるのなら夏休みまでは、高校にいる時間だけは、高校の中にいるのは許可しよう」
そういえば、正規のGSになったのだけど、まだ学校には知らせていなかったな。
「一応、正規のGSになったんですけど、それ以上は無理っすか?」
心霊現象特殊作業免許証、俗にこの業界でいうGS免許をみせてみたが、
「せめて満年齢で15歳だったらねぇ」
「そこはきかなかったことにして」
「年齢を聞いてしまった以上、教育者としては見過ごすことはできない……」
「相手は幽霊ですよ?」
「これ以上やっかいごとをもちこまんでくれたまえ。机妖怪の愛子クンも、バンパイアハーフであるピートクンも結構PTAで問題になっていたのだよ。君に話すべきことじゃないかもしれないが、PTAを相手にするには中学生の幽霊に夜間もいてもらうというのは、ちょっと問題が大きくなりすぎてしまうんだよ」
裏でそんな事情があったのか。これ以上は無理だな。
「無理なお願いをしていたようで、すみません。昼間だけでも、幽霊の少女を高校にいれてくれるだけでもOKっす」
そう言って、落胆しながらも教室にもどっていった。
教室では、愛子とおキヌちゃんの周りに人だかりができている。
おキヌちゃんは、ここでもやっぱり明るく幽霊をしている。
しっかりと受け答えをしているが、ここのクラスメイトも大概なことになれているな。
俺はこちらに気がついた愛子にむかって、横にクビを振る。
そうすると愛子が単独でよってくるが、頭の上に机をのせて移動するのはしかたがないよな。
「駄目だったんだ。アンミツ3杯残念だわ」
「いや、まあ、それくらいは出すよ。お願い事項の内容も確認しないで承諾してくれたんだから」
「なんだ、かんだといってやさしいのね。横島クンって」
「そんなことは無いって。俺の身勝手な願いだったからな」
ちょっと愛子が考えてから、
「私が夏休みの間まで、横島くんのうちへ泊り込みで、おキヌちゃんに常識を教えるっていうのは、どう?」
まわりの男どもからはプレッシャーがかかってくる。しかし、そんなのはどうでもいい。
「本気か?」
「うん。だって、横島くんの好みって、年上っぽく見える女性でしょう? それにおキヌちゃんがねる時には、私の机の中に入っていれば、自由に出入りできないから、横島クンがその気になるとも思えないし。私も寝ているときは机にもどるから、いくらなんでも、そんな趣味はないわよね?」
昔、新幹線に欲情したなんて言えないな。
「……無い、無い」
「ちょっと、今の間が気にかかるけれど、これでアンミツ3杯確定ね」
うれしそうに愛子がいう。
たまにはこんなのもいいだろう。
男どもはともかく女生徒たちは、
「なんだ。もっとおもしろくなるかと思ったのに」
「横島クンが着替えを覗くのって、三年生だけだもんね」
「正規のGSになったなんて、すっごくもうかる商売よね」
「じゃ、じゃあ、今のうち落とせば玉のコシ」
「でも年上好みだって」
「そうね。私たちのところ覗きにもこないものね」
覗かれないのが普通なのに、ここの基準では横島に覗かれるのが美少女・美女のステータスになりかかっている……らしい。
覗かれる三年生女生徒には、当然のごとく嫌われているのだが。
おキヌちゃんの常識は、前回は令子が教えたのだろうな。
その割にはけっこうまともに、現在に順応していたようだけど、やっぱり日給30円というのが彼女の常識の中心になったのだろうか?
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六道女学院の臨海学校での、除霊実習の相手側総合霊力レベルはオリ設定です。
見習いから正規のGSへなる部分は、横島の部分はオリ解釈で、院雅の部分はオリ設定となります。
2011.04.03:初出