「これ、どうしようかしら」
院雅さんがこまったように、GS協会の除霊依頼書の写しをもってきていた。
俺が目を通すとそこには『人骨温泉』と依頼元の地名が載っている。
思っていたよりも早くおキヌちゃんとあえるかもしれない、というよりは巫女の衣装をきた若い娘の幽霊が、時々見られるという情報を入手している。
多分おキヌちゃんだろう。それよりも除霊対象になっているのが、男性の幽霊としか書かれていない。
推定霊力レベルはC~Dと多少変動しているが、地方の調査した霊能者からの報告だから、あまり経験は無いらしいからな。
せめて山男風とか書いていてくれればいいのだろうが、同じ道をたどるとは限らない。
それはそれとして、もう少ししたら夏休み。
今度の依頼は夏休みシーズンをにらんだ集客で、影響がでる前に幽霊をなんとかしたいのだろう。
相場観が異なるのか、霊力の変動幅を見込んでも若干安めの除霊代金だ。
これだと一番GSが多い東京から、わざわざ行く人間も少ないだろう。
多少はほっておいても大丈夫かもしれないが、おキヌちゃんらしき幽霊が目撃されているのが気にかかる。
悪霊化がはじまろうとしている前兆なのか?
300年も自分の本当の意義がわからず、幽霊をしているという気分は、わからないがやっぱり助けてあげたい。
それよりも
「死津喪比女をなんとかする手段を思いつかないっす」
「除霊経験なら、横島さんの方が長いでしょう?」
最近は院雅さんと二人きりなら、横島君から横島さんと言うようになってきている。
まあ、肉体年齢は院雅さんよりも下だが人生暦は長いからな。
「以前は、完全に運だのみが大きかったし、おキヌちゃんを特攻させちゃったから……死津喪比女が地上にでてこないとね。それと早めに死津喪比女を倒すと、それとは異なった霊障が、東京を襲うことになるからな~~」
「それが歴史の修正力?」
「そうだけど、それも確実といえないところが悩ましくて……」
「えっ? そうなの?」
「俺の意識のみが未来からもどってきていることにより、多分平安時代か、中世ヨーロッパに行った事で、今の関係がずれていると思うんですよ。そのせいで、現在この時点では、大きな事象では変化が少ないのに、個人の差はそれなりにでています」
「そうね。美神美智恵さん、令子さんの母親がイギリスで西条さんとICPOに行っていて生きているというのがね」
「そう。美智恵さんが今いるということは、令子が狙われていないということにつながるか、美智恵さん自身が時間移動の能力に目覚めなかったという可能性がある」
「それで、まよっているの?」
「……そうなんだ」
「未来なんか、私にはわからないことなのだし、貴方もそんなこと気にするのをやめたら?」
「えっ?」
「確かに未来を知っているというのは貴方のアドバンテージでしょうけど、それにしばられすぎると、この前の臨海学校みたいなことがおこるわけよね?」
あたっているだけに痛いところをつかれたというところだ。
「まずは、貴方にとって大事なおキヌちゃんを救ってあげてから、おこることに対処してみたら?」
「……そうだな。やっぱり、それが俺らしいよな。ところで院雅さん」
「うん? なに?」
「今まで聞いていなかったんだけど、院雅さんって魔装術を使えていたんだよね」
「……そうね。今は使っても意味は無いし」
「その時の魔族と、未だに交流はある?」
「あるけれど、なぜきくの?」
「死津喪比女退治を手伝ってくれないかなと」
「無理ね。あの魔族には地中の妖怪を相手にする能力はないし、交流といっても契約の一環としての交流だから、手伝ってはくれないと思うわよ」
「まあ、普通は何か代償が必要だもんな」
うーん。院雅さんと契約した魔族の名前を教えてくれないんだよな。
真名ならともかく地上での仮の名ぐらいは、教えてくれてもよさそうなんだけどな。
小竜姫さまとかの地上に現れる高位な神族や、それに若干おとるとしてもワルキューレあたりだと魔族としての仮の名だしな。
今回は死津喪比女退治をあきらめて、なんとかできるか、はやめに検討しておくか。
今回は『見鬼くん』をもっていくことにする。
いつもは街中できまった範囲の除霊をしないから、院雅除霊事務所では中々出番の無い道具だ。
こいつがあれば霊気の強い方向をさしてくれるので、お手軽に幽霊を探すことができる。
まあ、霊波調は霊体にあわせてあるから、多少霊力のある人間がいても、そちらの方向には向かない。
ただ、雑霊にも反応するのが欠点なんだが。
それで、金曜日の夕方から向かうは人骨温泉ホテル。
念のために2泊3日でとまることにしている。
ちなみに人骨温泉の近くまではJRで移動して、そのあとはレンタカーだ。
しかし、院雅さんの運転がちょっと、怖い。
俺が変わりに運転したいぐらいだ。
だってねぇ、初心者丸出しっぽい運転だから怖くて。
そんな対した距離じゃないのに、これだけの恐怖感を覚えたのはいつ以来だろうか?
以前のおキヌちゃんに教えてもらった、落石注意の看板の場所で一旦おりる。
もうすぐで日が落ちるところ『霊視ゴーグル』でみわたしてみるが、はっきりした霊の痕跡は無し。
とりあえず、今はいないみたいだ。
まあ、普通はもっと早く温泉につくから、その人達を見におキヌちゃんはきているのかな?
人骨温泉ホテルでは、夜な夜な幽霊がでる部屋があるという。
えーと、前は単純に露天風呂だったよな。
また以前と微妙に変わっている。たしか前は昼間にもでていたはずだよな。
さすがに昔の俺でも、夜間の雪の中を進駐したいと思わないはずだよな。
男のことは覚えていないのが昔の俺らしいというか、ビバークした時は雪でまわりがくらくなってきたのは覚えているけどな。
温泉に泊まる時も俺は、
「院雅さん、温泉付きの部屋にとまらないんですか?」
「横島さんのためにとってきた仕事なのよ。自分で片付けなさいよ」
ごもっとも。
折角のホテルで温泉付き部屋なのに、一人さびしく幽霊をまっている。
『見鬼くん』で見る限り、自縛霊ではないことまではわかる。
院雅さんは隣の部屋で何をやっているんだろうか?
ちょっと興味を持ちながら温泉につかろうとしていると、バラエティ番組の音がしてくる。
「ふむ。院雅さんって、こういう趣味があったんだな」
そういえば魔装術をさずけた魔族の話もそうだが、プライベートな話題はあまりしないよな。
俺が文珠で伝えたのは、過去になることも、プライベートにかかわることはかなりさっぴいたけれどな。
煩悩が今現在一番の霊能力源だ。しかし、それだけではないということを。
あまり長く風呂につかると湯あたりをしてしまう。
適当にテレビ番組をみているが、山中のせいなのか番組のチャンネル数が少ない。
結局は、ぼーっとテレビ番組を見続けながら、でてくるという幽霊を待っていたがあらわれなかった。
一日目は、でてこなかったな。
そういえば、毎晩でるわけでないから2泊3日という予定にしていたんだもんな。
電話がなるので、でると院雅さんだ。
「どうだった?」
「幽霊はでてこなくて待ちぼうけでいたよ」
「そうね。やっぱり、最低二晩は必要でしょ?」
「そうっすね。セオリーかな。けれど、一応、こちらは高校生の身分なので」
「何言っているのよ。エセ高校生のくせに」
「まあ、それを言われるとね」
「朝食でもとって、今日のことを話し合いましょう」
「うっす」
軽くミーティングをしながら、朝食をとる。
結局、俺は午前中に仮眠をとって、午後からはおキヌちゃん探しだ。
この山を一人で『見鬼くん』を持ちながら探している。
えーい、わかってはいたけど、院雅さんはついてきてくれない。
話の相手ぐらいにはなってほしいなっと思いながらも『見鬼くん』の指さす方向にむかっていくと、雑霊だ。
霊力が低いから悪霊になりにくいのだが『見鬼くん』にひっかかる。
この山は死津喪比女がいただけあって、竜脈……地脈とも普通は呼ぶが、それがあつまってきているだけあって雑霊も多くいる。
おキヌちゃん探しを軽く考えていたが今回は無理かな?
もうひとつは死津喪比女の居場所を探すことだが、こちらは院雅さんがついでに人骨温泉のふもとの街で聞いてくれている。
何をって?
作物がなりにくいところとか、草木が生えにくいところだ。
死津喪比女が地脈からきりはなされているということは、その周辺の土地も地脈の恩赦をうけないので草木がまっさきに影響をうける。
地脈がどうなっているかなんていうのは表面まであがってきてくれていないと、普通はわからないから、まわりくどい手だがこれでだいたいの居場所は推測できる。
だからといって、死津喪比女を地表にひっぱりだせるかが問題だけどな。
あらたに『見鬼くん』にひっかかった霊はというと未来では、この山で山の神になり、さわがしかったワンダーホーゲルだ。
そういえば、こいつもこの山の神になったときから本名をなのらなかったな。
「そこの山男風の幽霊さん、聞こえるかい?」
驚いたように振り返りながら、
「じっ…自分が見えるっスか?」
「ああ、声も聞こえているぞ! 一応見習いだけどGSだからな」
「嬉しいッス。周りの誰にも気がつかれなかったし、今の季節はいいっスけど、冬は寒いであります!!」
「ちなみに俺は横島。幽霊さがしをしているんだけど、手伝ってくれないかな?」
「手伝うでありますが……なら、条件があるっス」
想像はつくがきいておくか。
「どんな条件だ?」
「自分の死体をみつけてくれないっすか。それで供養をしてほしいであります」
「じゃぁ、目的の幽霊探しが成功したら、その条件をのもう」
いや、まるっきりもって条件を飲む気はないのだが、こう言っておかないとこいつ手伝ってくれないだろうしな。
「探すのを手伝うだけじゃ駄目っスか?」
「ああ。しかも今晩はホテルにとまって仕事があるし、明日は夕刻には帰る予定だから、今日、明日だけしか時間がないからそのつもりで」
「……わかったっス。その条件でいいであります」
よし、これでこいつと無駄にいる時間を減らすことができる。
「えーと、探しているのは、巫女姿の15歳ぐらいの女の子の幽霊なんだが」
「この辺では有名であります」
「どんなふうに?」
「あの子は姿形もはっきりしているのに、俺たち他の幽霊が見えていないみたいっスよ。それで噂になっているっす」
あの道士、そこまで考えていなかったな。
それなりに雑霊が多いのに、この場所で300年、一人ぼっちとしか感じなかったのは。
「たまにいるタイプの幽霊だな。他の幽霊は見えないか、見えづらい幽霊がいるんだよ」
「そうなんっスか?」
「もしくは……推測になるからやめておこう。まあ、そういうタイプの幽霊がいるっていうことだ」
「そうっスか。だいたいいる場所は知っているっスから、時間がないならさっそく向かうっス」
ワンダーホーゲルをついていくと、下の方にむかっている。
「横島サン、俺、嬉しいっスよ!」
「何が?」
「死んだあとも、今は降りるだけとはいえ、男同士ですごせるなんて」
ああ、肝心なことをわすれていた。
こいつも、なんとなくそのケがある奴だったな。
「勝手に喜ぶのはいいが、成仏したかったら、さっき言った幽霊さんをさがそうな」
「もう少しっスから」
そういうと、みえてきた。
うんおキヌちゃんだ。
ちょっとさみしそうにしているな。
「そこの巫女姿の幽霊さん」
「えっ? 私のことをみても逃げ出さないんですか?」
「ああ、GSっといっても通じないかな。道士や神主、宮司に近い感じで、幽霊を助けるのを専門にしているんだよ。それで、俺の名前は横島忠夫。幽霊さんの名前は?」
後ろで『自分の名前は尋ねなかったくせに』と呟きはきこえるが無視しておこう。
「私はキヌといって、300年ほど昔に死んだ娘です。山の噴火を沈めるために人柱になったんですが……普通そういう霊は地方の神様になるんです。でも、私才能なくて、成仏できないし、神様にもなれないし…」
「後ろの幽霊、今の話は聞こえていたか?」
「ええ、聞こえていたっス」
「他に幽霊がいるんですか?」
今のおキヌちゃんだと霊力の弱い幽霊は見えていないんだな。
多分、霊的システムによって地脈にくくりつけられたせいで、弱い霊を感知できないんだろう。
推測でしかないから、道士にあったらきいてみないとな。
「ああ、おキヌちゃんといったね。山から神の候補がいなくなるのはまずいことだから、後ろにいる幽霊がなりたいと言ったら、入れ替えをしてあげるけど」
「ええ、本当ですか?」
「山の神様……候補かもしれないけれど?」
「まあ、才能の問題があるかもしれないけれどな」
「挑戦するっス!! やらせてほしいっス!! 俺たちゃ街には住めないっス!!」
「後ろの幽霊は山の神様になりたいって言っているから、おキヌちゃん入れ替えわってみる?」
『うん』といってほしいのだが
「そこに本当に幽霊が居るんですか?」
「ああ。多分だけど、おキヌちゃんがこの地脈から切り離されたら、見えるようになると思う。入れ替わってみるかい?」
「はいっ!!」
「じゃあ、儀式をおこなうから、おキヌちゃんはそこにたっていて、後ろの山男はそのおキヌちゃんの横にならんでくれ」
俺の能力からいうと令子と同じ手法はとれないので、別の方法となる。
五枚の五角形のサイキックソーサーだが、黄色がかっているのを二人の周辺に配置する。
「サイキック五行黄竜陣!!」
地脈を制御できる黄竜にちなんだ陣だ。
これで、地脈に干渉ができる。
「この地の力よ。少女の幽霊より、男性の幽霊へ流れを変えたまえ…!!」
サイキック五行黄竜陣も含めてそれっぽく言葉はとなえているが、言葉はなく意思だけでも入れ替えが可能なんだけどね。
いきなり入れ替わるよりは心の準備もできていただろう。
山男は白い袴姿になって弓と矢と矢筒をもった姿になった。
一方おキヌちゃんは、
「あれぇ? いきなりとなりに男の人がいます」
「これで、自分は山の神様っスねーっ!!」
「とりあえずはね。がんばって修行してくれ!!」
「おおっ、はるか神々の住む巨峰になだれの音がこだまするっスよ~」
「いや、もうその時期すぎているから、って、とんでいっちゃったなー」
うん、後先考えずに移動する奴だな。
「ありがとうございました。これで私も成仏できます」
「うーん、できるかな?」
「えっ?」
「いや気にしないで、いいよ」
「そうですか。短い間でしたけど、さよなら……」
地脈から切り離したけれど、霊体が安定しきっているおキヌちゃんは、
「あの……つかぬことをうかがいますが、成仏ってどうやるんですか?」
「長いこと地脈に縛りつけられたから、安定しちゃったんだよ。最近ちょくちょく人が見えるところにでてくる幽霊がいるということで、悪霊化していないか調査しにきたのが、今回の目的だったんだよね。悪霊なら成仏させるけれど、そうでなかったら自分の意思で成仏してもらうんだ。俺の除霊方法って、悪霊でもかなり痛いらしいからおすすめはできないよ」
「かなり痛いんですか……そうしたら、私どうしたらいいのでしょう?」
「地脈から離れたら序々に不安定になると思うから、それで自然に成仏できると思うよ。 折角だから東京、昔でいう江戸にきてみないかい? 色々と今までできなかったことができるよ」
「それで、いいんですか?」
「うん。実際に妖怪を一人保護しているしね」
「えーと、それじゃ、ごやっかいになります」
そして、俺はおキヌちゃんと話をしながら人骨温泉ホテルに向かっている。
院雅さんにおキヌちゃんを紹介したあとに、思いがけないことを告げられる。
「それじゃ、キヌさんは横島君のアパートで一緒ね」
はいっ?
てっきり院雅除霊事務所で寝泊りしてもらうのかと思っていたが、おもいっきり違うぞ。
あの4畳半のアパートの部屋で、幽霊とはいえ女性と二人暮し?
俺の煩悩はもつのか?
*****
地脈に縛られていた時の、おキヌちゃんが(霊)力の弱い霊を見られない状態であったというのはオリ設定です。
2011.04.02:初出