「お2人さん、ちょっとご一緒させてもらっても良いかしら?」「え? ええ、どうぞ。」 一夏と千早が昼食を取っていると、彼らの先輩に当たるであろう女生徒がトレイを持ってやってきた。 食事をしている一夏と千早に女生徒が声をかけ、同席の許可を求める光景は珍しい物ではない。 何しろ一夏は世界唯一の男性IS装着者として、今や全世界規模の有名人。 IS学園の生徒達は、超人的な知性の持ち主達とはいえ十代の少女達であるため、ミーハーな者がかなり多い。 その彼女達が、超有名人である一夏に群がってくるのは当たり前だった。 しかもその彼女達にとって、一夏とマトモに接触できるのは食事時のみ。 食事以外では一夏はずっとアリーナで千早と共に訓練を行っており、そこにやってきて話しかけても指導を請われるだけで、他の話は訓練中の雑談が精々なのだ。 また一夏達はISと自分を馴染ませる事にも熱心で、座学に関してもIS装着状態で行い、くつろぐ時もISを装着したまま、就寝すらIS装着状態で行っているという徹底振り。 その為、本当に食事以外では滅多にIS装着自由のアリーナから出てこない。 ある少女が「疲れない?」と尋ねた所、「ISを装着して寝ても普通に疲れが取れるようになる位には慣れてますんで、大丈夫」という返事が帰ってきたという。 その為、食事時には必ず誰かしらIS学園の少女が一夏達に話しかけ、一緒に食事を取ろうするのである。 一夏がこんな訓練漬けの生活を送っているのには、圧倒的に足りていない経験値を少しでもマシな状態に持っていく為という理由もあるのだが、ミーハー根性丸出しで突貫してくる女生徒達をかわす為、という理由もまた一夏の中では大きかったりする。 千早のほうは何故自分が男性IS装着者として報道されないのか釈然としない物を感じながらも、自分がもう1人の男性IS装着者と広く知れ渡った時に降りかかってくるであろう火の粉にも対処できるよう少しでも強くなっておきたいと思い、一夏の訓練漬けの生活に付き合っている。 女の園の中心で、もう1人の男と訓練漬けの灰色の青春を送る男、織斑 一夏。 本人は「こんな所にいるけれど、俺は色恋沙汰と無縁の灰色で訓練漬けの高校生活を送る事になるんだろうな」と本当に真面目に考えている。 彼とて思春期男子である。異性との恋愛に興味が無いわけではない。 だが、彼の前には電話帳の姿をした絶望と、いくら素質に恵まれ誰よりも強くなる速度が速くても、そもそものスタートが遅れすぎたために誰にも追いつけないもう1人の自分、「インフィニットストラトス」の主人公「織斑 一夏」という懸念材料が存在する。 オマケにあてがわれた専用IS:白式は、燃費は悪いわ、接近戦しかできないわ、千冬のような人外でなければ不可能な高機動での運用を前提としてるわと、玄人仕様にも程がある代物。 それなのに非常に高性能で、白式を使っていながら勝てないのは中の人の責任、つまり一夏の責任というのが明白だからタチが悪い。 そんなこんなで、一夏には「これからの3年間を色恋沙汰と無縁の訓練漬けの毎日にしなければ、俺は本気で千早がなじっているような役立たずに成り下がってしまいかねない。」という危機感がある。 その為には、訓練以外のお誘いなどには反応してはならないと、一夏は思っている。 勿論彼とて娯楽は欲しいが、デートで一日が潰れるのはちょっと勿体無いと思うのである。恋人が欲しいと思うのは思春期男子として当然の欲求だったが、デートにも応じられない以上は、当面は無理だろうと考えていた。 娯楽なら漫画などのインドア系やスポーツ、あるいはちょっと趣向を変えて料理などで充分だった。 これはつまり、「インフィニットストラトス」劇中でヒロイン達が度々行い、今ここにいる彼に対しても行われるであろうデートの誘いは確実に失敗すると、既に確定しているという事。 千早との出会いは、一夏の朴念仁レベルを少し上げてしまったのだ。 そのため、一方で彼はこう思っていた。「みんな物珍しさで俺に声をかけているだけで、俺がモテるなんて事は無いだろう」 と。 彼の親友、五反田 弾が知ればこう言うだろう。「それはひょっとしてギャグで言っているのか?」 と。 そんな彼だから、自分は色恋沙汰とは全く無縁だと本気で思っている一夏だから気付かない。 自分と千早が何時も一緒に行動しているというのは、御伽噺のお姫様のように見える千早と唯一の男性IS装着者と思われている自分が常時行動を共にしているというのは、外から見るとどう見えるのかという事に。「にしても毎日毎日、いつも一緒でアツアツよねあなた達。 ほんっとうに羨ましいなぁ。」 だから、同席した少女にこう言われた時、彼女が何を言っているのかサッパリ分からなかった。 ちなみに彼女が何を言っているのかサッパリ分かっていないのは、千早も同様である。「「へ?」」「あら~~、驚く声もハモるなんてもう身も心も一緒って感じかしら?」「あ、あの~~、何の話でしょうか、先輩?」「いや~~、もうすっとぼけちゃってぇ。 初々しい恋人同士ってこういうものなのかしらねぇ??」 コ イ ビ ト ド ウ シ 2人の脳は一瞬フリーズ状態になる。 千早は20秒経っても復帰しない。 一方、一夏は5秒ほどで復帰し、千早との初対面を思い出す。 あの時、自分は千早をどう思っていたのか。 見た事も無いほど美しい、銀の少女。 そこまで思い出して一夏は真っ青になった。「あれ? もしもーし。」「え、ええ!? ええええええええぇぇぇぇぇえぇええええええぇぇぇえぇえ!? お、俺達そんな風に見られてたんですか!?」 突然一夏が叫び、女生徒は耳を塞ぎ、千早はフリーズ状態から復帰する。 だが。「こ、こいびとどうし、こいびとどうしって、こい、こ、あ、あはははは……」 まだ帰ってきてはいなかった。「え、だってあんなにいつもいつも一緒にいるのに、違うの?」「あの……俺、生まれて始めてのISでの模擬戦で、コイツに肩の関節とか色々ぶっ壊されて死ぬほど痛い思いをしたんですよ? それなのに、なんで恋人だなんて思ったんですか? それともなんですか。 IS装着者っていうのは、自分の男の関節を壊すモンなんですか?」 そうだったら、あんなに美人の千冬姉に男がいないのも納得だよな。 そんな事を思う一夏。「う~~ん、あたし男の人とお付き合いした事無いから分からないけど、多分違うわよ。」 何故、そこで考え込むんだろう。 何故、普通に否定しないんだろう。 何故、「多分」をつける必要があるんだろう。 一夏の中に、IS装着者というカテゴリーに入る女性達への小さな警戒心が埋め込まれた。「って、僕が一夏の恋人って、一体どういう事なんですか!?」 ここでようやく千早が復帰した。 いかに見た目は完璧美少女であっても、彼の中身は多少女性的な側面があるにせよ普通に男なのだ。 同性と恋人呼ばわりされて気分が良い筈がない。「違うの!?」「違います!!」 ここで力いっぱい否定するのは、かえって下手な肯定よりも肯定的な意味を持つのだが、現在の千早の精神状態ではそのことに気付く事は出来ない。 とにかく否定したい気持ちで一杯の千早は、力いっぱい否定してしまった。「ふぅぅぅ~~~~~ん?」 女生徒の目がニヤついている。 彼女は確信してしまったようだ。 千早は一夏の恋人であると。 不幸にも千早はその事に気付いてしまった。「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛…… な、なんか根本的に勘違いしてませんか? 例えば僕の性別とか。」「性別? いや、こんなビックリするくらい綺麗な女の子を男に見間違えるわけないじゃない。」「……いや、それが間違いなんですが。 僕は男ですよ。」「まったまた~~♪ 彼氏に嫉妬してるのかしら? 世界唯一の男性IS装着者だもんね。 自分もそうだって言いたいのかしら?」「いや、だから、その唯一っていうのが間違いで、僕も男性IS装着者なんですけど。」「うんうん、分かる分かる。 自分だけの物だと思ってた一夏君がドンドン有名になっちゃって、置いてかれちゃうような気がしてるんでしょ? それで、自分も男性IS装着者だって嘘ついて、同じステージに立ちたいんでしょう? で・も・貴女が男の子なんて無理がありすぎよ♪」 最早取り付く島も無かった。 しかも千早は「僕が男だっていうのが、無理ありすぎって……」 テーブルに突っ伏して復活する兆しを見せない。 トドメを刺されたようだった。「あ、あの~~、先輩。 信じられない気持ちは本当に痛いほど分かるし、俺も初めて知った時には寝込むほどショックを受けましたけど、こいつ本当に男ですよ。」 選手交代。今度は一夏が、千早は男だと言う情報開示を試みる。「ああ、あなたも大変ね。 そんな見え見えの嘘につき合わされちゃうなんて。 まあ可愛らしい嘘だもんね。」「いや、本当ですから。 嘘をつくならもっとマシな嘘をつきますって。」 偽らざる一夏の本心だった。 この場で嘘をつくのなら、一夏は「おっしゃるとおりですよ。 千早が男なわけないじゃないですか。」と言うだろう。「ふぅぅうん。 じゃあこの女の子だらけのIS学園で、女の子には目もくれずその男の子の御門さんとばかり一緒にいるのはどうして?」「周り中女子しかいないって言うのは、結構重圧がかかってくるんですよ。 あと、性別が違うってことで色々と気を使わないといけない事もありますし。 そういう気遣い不要の相手が、同性が、ここには千早しかいないんですよ。」 一夏は正直に話すが……かえって逆効果だった。「そんな風に心を開けるほどアツアツなんだ。」「……人の話聞いてましたか、先輩?」 この後、一夏と千早は自爆を繰り返しながらドンドン泥沼にはまっていき、挙句「千早は男嫌い」という情報を開示してしまったが為に……「他の男はダメでも、一夏君だけは大丈夫っていう事よね♪」 より取り返しがつかない事になってしまったのだった。==FIN== ヒロイン達にとってはハードモードな一夏になっちゃいました。 なお、モブ子達は「一夏には千早という恋人が既にいる」と思っているので、彼にアプローチを書けることはありません。 アリーナでの引き篭もり生活はやりすぎだったかもしれませんが……まあ、そもそもマスコミの襲撃を警戒してIS学園に引き篭もってる身ですからねぇ。 しかしこれでは他の生徒との交流がマトモに出来ない事も事実。 妙子さん(ちーちゃんのママ)の思惑が空振りに終わってしまいますので、どうしようかと思案中。 まあ授業が始まれば、強制的にアリーナから引っ張り出されますけどねぇ。 ちなみに今回話しかけてきた先輩はモブ生徒です。 学年が上ですので、モブでも箒より強いかも。