「3年か。 経ってしまえば早いもんだよな」 一夏はそう言いながら、千早の部屋でくつろいでいた。 本物の一夏との死闘……と呼ぶにはあまりに一方的な蹂躙劇から3年。否、2年半。 自我を取り戻した本物の一夏に見逃してもらう、という判定勝ちを辛うじてもぎ取った一夏は、千早の世界に移住していた。 当初、千早は一夏を束同様、家に居候させるつもりでいたが、家長である父・邦秀の猛反対を受け、やむなく一夏を一人暮らしさせる事になった。 この際、邦秀の「ウチの娘に近寄るな、この馬の骨が!!」という一言を聞いてしまって、父親にすら性別を誤認されたショックに自失状態に陥った千早は、その隙を狙った母・妙子や従姉妹のまりやの暗躍によって彼女らの母校である聖應女学院に放り込まれてしまうのだが、それは余談である。 なおこの性別誤認は、邦秀が千歳の死やそれに伴い精神を病んでしまった妙子と向き合うことが出来ず、仕事に逃げてしまっていた結果、家族と疎遠になってしまったがために起きてしまった事態であり、ある意味では父親とマトモに向き合おうとしてこなかった千早の自業自得とも言える。 一方の一夏は、こちらの世界の翔陽大附属高校をこの3月で卒業し、春休みがあけてからは翔陽大学に通う事になっていた。 そして、今。4月1日。 一夏が千早の部屋に来ているのは、2年半ぶりにどこでもドアを起動させ、IS世界を覗いて無事千冬の死亡フラグを回避できたのかを確認する為だった。「3年って過ごしてみれば短いけど、『インフィニット・ストラトス』みたいな高校生活を描いたお話にとっては3年で何もかもが終わり。 3年が全部なんだよ」「まあ、そうですけどね」 どこでもドアの調整をしている偽の束が、一夏の言葉に一言添える。 彼女もまた、元のIS世界にいては本物の束に破壊されてしまう恐れがあった為、こちらの世界に移住している。 平行世界間移動は偽の束自身が開発した技術であり、完全上位互換であるはずの本物ですらおいそれとは真似出来ない代物だ。 そうでなければ、恐らく一夏も彼女も本物の束に殺害されてしまっている。「でも、決着がついてしまっているから、様子を見に行けるってもんですよね」「まーね」 さて、何故一夏や束が今日IS世界を覗こうと思ったのか。 それは『インフィニット・ストラトス』が高校生を主役にしている話である以上、高校卒業時に終了していると考えられるからだ。 つまり、『インフィニット・ストラトス』という物語が終わってしまえば、その舞台装置である主人公補正や死亡フラグも役割を終え、消えてしまうだろうと予想されたのである。 実際、少なくとも一夏の主人公補正は、こちらの世界に移住した時に消滅しているのが確認されている。 IS世界での彼の生活を考えれば信じられないほどに、女性との縁がまったく出来なくなってしまったのだ。「にしてもちはちゃん、悪いね。 お部屋の中に、こんなでっかいものをでーんと置いちゃってて」「今更良いですよ、そんな事は。 どの道、こっちに戻ってきてからの高校生活も、ずっと寮生活でしたしね」 女子校に通い、しかも寮生活をする羽目になっていた千早は遠い目をする。 幸い女体化のおかげで性別がバレずに……すまなかったが、それでも何とか卒業までは漕ぎ着けた千早は完全に達観していた。「ま、まあ、綺麗な彼女も出来たんだから良いんじゃないか?」「確かに香織理さんは美人だけれどね」「にしても、すっごいよねー。 女体化していたちはちゃんの正体を見破るなんて、束さんの想像を絶する眼力の持ち主だよ」「うん、それは俺もそう思う。 彼女以外にも千早の性別を見破ってる人がいるとか、想像できねえ……」「ほっといてよ」 束や一夏の言葉にすねる千早は、相変わらず美しい少女以外の何者にも見えない。 ちなみに、今千早が名前を挙げた神近香織理は、千早の聖應女学院でのクラスメートでもあり、1年から3年までずっと同じクラスだった。 他にも、クラスが一緒になった事こそなかったものの同じ寮に住み、仲の良かった皆瀬初音や、後輩の柏木優雨、クラスメートである七原薫子の兄貴分である竜造寺順一といった面々が、千早の性別を見破っている。 中でも順一は、環境が環境である為に同性の友人に恵まれなかった千早にとっては、得がたい友人でもあった……喫茶店で薫子の話をしている光景は、どうみてもデートだったのだが、本人達はソレに気づいていない。「……と、いっくん、ちはちゃん。 ようやく、あたし達が元いた世界とのリンクに成功したよ」「これで向こうの様子を見に行く事が出来るんですね」「うん、そういう事!!」「じゃあ早速……」 と、どこでもドアが起動し、一夏がドアを開けようとした瞬間。 一夏は反射的に白式朧月を身に纏い、雪片弐型を出現させ、構える。「ちぇすtぶべらあっ!!」 次の瞬間、ISを身につけたもう一人の束がドアを切り裂いて一夏に切りかかってきた。……が、その斬撃を雪片弐型の刀身で受け流した一夏によって、雪片弐型の柄頭を顔面にねじりこまれるというカウンターを受け、一瞬にして轟沈する。「ぐ、ぐぐぐ、よわっちい偽者の分際で……」「いやあ、それが異常に強い本物の俺と戦ったおかげで、『敵とのレベル差があると入る経験値が多くなる』って言う、たまにRPGに出てくる現象が実際に俺の身に起きたみたいで……それより、俺達がそっちの様子を覗きに行くタイミングが分かってたんですか……」「『インフィニット・ストラトス』が終了したと考えられるこの4月にこっちの様子を見に来るなんて、ちょっと考えれば誰にだって分かるよ!」「確かに」 どこでもドアを切り裂いて出現したもう一人の束は、本物の方の篠ノ之束だ。 彼女がここにいるという事は、無事どこでもドアはIS世界につながったという事らしい。「しかしいきなり斬りかかってくるなんて……俺の一番の被害者である本物が俺の事を見逃してくれたんですから、束さんだって見逃してくれたっていいでしょうに」「ぐぐぐぐぐ、そ、そんな理屈……」「つーか、まだ痛いんですか……」 一夏と本物の束の会話に、千早が割って入る。「どうでもいいですけれど、束さん、ISを仕舞ってくれませんか?」「やだ、偽者をぶっ殺してやるんだから!!」 千早はその返答を聞いて、ため息をつく。「うわあ、3年も経っているのにこの反応。 やっぱり帰らなくて正解だったなあ」 自分と瓜二つの束のかたくなな反応に、偽の束もまた千早同様ため息をつく。「だってねえ……あんた達のおかげで、あんた達のおかげで、ちーちゃんが、ちーちゃんが……っ!!」「ちーちゃんが!?」「千冬姉がどうしたって言うんだ!?」「赤の他人がちーちゃんを姉なんて呼ぶな!! あんた達のせいでちーちゃんが死んじゃったんd……ぶっ!!」「……勝手に殺すな」 倒れたままの体勢で一夏に凄んでいた束を、彼女に続いてどこでもドアから出てきた千冬が踏みつける。「ひ、酷いよちーちゃん。 いーじゃん、4月1日なんだし」「エイプリルフールのネタとしては悪質すぎるわっ!!」「あ、ちーちゃん生きてたんだ」「当たり前だ。 そもそも死亡フラグなんぞ、コイツとお前達の妄想なんじゃないのか?」「あー、でも俺に主人公補正があったのは確かだし、やっぱり念のため俺と本物の俺が戦う必要はあったと思うぜ?」「どーでもいいけど、ちーちゃんどいて」「分かったから、お前もそのIS仕舞え」 束の抗議を受けて、千冬は彼女の上からどいて、千早のベッドに腰掛ける。 と同時に束は装着していたISを仕舞い、一夏もそれに習う。「それにしても久しぶりだな、3人とも」「はい、千冬さんもお元気そうで何よりです」「それじゃあ千冬姉の無事も確認できた事だし、もうどこでもドアを閉じちゃいましょうか」「いや駄目だっていっくん。 ちーちゃんと本物の私を向こうに帰してからじゃないと」「まあそう急ぐな、一夏。 束ほどではないにしろ、私にだってお前に言いたい事の一つもあるんだからな」 その千冬の一言に、一夏の表情が神妙になる。 自覚が無かったとはいえ千冬を年単位で騙し続け、本物の一夏を救出しようという気を起こさせなかったのは、間違いなく彼だからだ。「俺に、言いたい事、か…… 本物の俺に関する事、なんだよな」「ああ」 その千冬の返答に、よりいっそう表情を硬くする一夏。 そして千冬は重々しく口を開く。「一夏……貴様、本物の一夏に何をした? お前達がいなくなった後、アイツがどういう事になったのか、知っているのか?」「……へ?」 一夏は予想しない形での千冬の糾弾にキョトンとしてしまう。 当然ながら、自分達がいなくなった後の事など、一夏が知るはずも無い。「えーと、本物の俺ってどうなったんだ? 人格が回復して、俺の記憶も転写されたんだから、問題なく織斑一夏として社会復帰できたと思ってたんだけど」「……それがな、『織斑一夏が平穏に生活する為には、恋愛感情や性欲など不要。だから切り捨てた』とかほざいてな……」「……え?」「早い話が自発的にEDになったんだよ、アイツは。 元々人格を根こそぎ破壊され尽くした経験があるから、不必要な感情を切り離して抹消する事は簡単だといっていたぞ」「いや、それって俺のせい?いや俺のせいではあるんだろうけれど、主犯は誘拐犯じゃないのか?」「更識が工作員としての名誉に掛けてあらゆる手練手管を駆使して、アイツのEDを治そうとしてくれたんだがな……」 千冬はそこまで言うと、ため息と共に手のひらで顔全体を覆う。「『何をやっても全く反応しなかった』と女の魅力を全否定された絶望に泣き崩れる更識と、その隣でサムズアップするあの馬鹿者の姿を見た時の私の心境が貴様に分かるか!?」「それは……その……」「うわあ……そんな事になってたんだ……」「しかも私が『分かったから、その自発EDをとっとと止めろ』と言ったら、あの阿呆はなんて答えたと思う?」 そこで千冬は一呼吸おく。 その一呼吸が、感情の篭った叫びの前兆である事は明白だった。「『一度切り離した感情は、もう元には戻らないからそれは無理。大体、俺の人生には異性間交遊なんて不必要なものだから問題ない』だぞ?」「ええと……」「お前のせいか? お前が『織斑一夏として生きていくには、女など不要』とかって、記憶と共にアイツに吹き込んだのか?」 つかみ掛かる千冬に、ろくな抵抗も出来ない一夏。 確かに言われてみれば、一夏にも思い当たる節はあった。 一夏は千早から『インフィニット・ストラトス』の存在を知らされて以降、「織斑一夏」という立場の危険性をよく意識するようになっていたからだ。 そうして自分で出来る範囲の危機回避術として、ハニートラップ対策の為に唯一の同性である千早と行動を共にするよう心がけていた。 どうもそれが、少なからず本物の一夏のこの極端な反応に関係していそうだった。「えーと、ちーちゃん。 もしかして本物のいっくんって、男色に走っちゃった?」「そんな訳ないだろう。 あの馬鹿、『男色向けの男性ハニートラップだっているはずだから、男にも興味ないよ』とかぬかしていたからな」「あらー……」 想像もしていなかった本物の一夏の惨状に、一夏は言葉も出ない。「あ、あのー、とりあえず「織斑一夏」という立場がそれだけ危険な立場である事は事実ですから、本物の一夏一人をどうこうしようとしても、根本的な解決にはならないと思いますよ?」「うーむ……」 千早の一言に、千冬は頭を抱える。 確かに「織斑一夏」という立場が、非常に危険なものである事は事実だからだ。 本物の一夏の圧倒的な実力を持ってすれば、降りかかる火の粉を振り払う事も出来るだろうが、その彼には非力な偽の一夏の記憶が転写させられている。 よって、危機管理の大前提として「自分は無力である」というのが無意識に設定されてしまっており、それによって「君子危うきに近寄らず」という方針になってしまうのだろう。 千早はこれらの事を、千冬に話して聞かせた。「うーむ、やはりコイツのせいか」「いえ、一夏に「織斑一夏」という立場の危険性を吹き込んだのは僕ですから、そもそもの元凶は僕ですよ。 もっと言ってしまえば、「織斑一夏」という立場を危険な立場たらしめているそちらの世界の状況こそが根本原因とも言えます」 「世界そのものを変えない限り、本物の一夏に嫁を取らせる事は不可能」 千冬はそう宣告されたように感じ、がっくりと頭をたれてしまった。「あー、やっぱり女尊男卑のままなんだ……」「ああ。その辺は、男性用ISでもないと本当にどうしようもないからな」「えー? いいじゃん、女尊男卑。 いっくんの事だって、変なのが寄って来ないようになって箒ちゃんが独り占めできるようになってるんだし」「……その箒も恋愛対象外になっているんだぞ」「あ……うーん、箒ちゃんには「いっくんはお友達」って事で我慢してもらおうかなあ」 「絶対、箒は納得しないだろう」 本物の束以外の4人の心は、この瞬間一つになった。「それで千冬姉、俺と本物の入れ替わりに気付いていた奴っているのか?」「私が把握している範囲では箒と鳳、五反田兄妹くらいのものだな。 お前の記憶を転写されているせいもあって、異常に強いのと恋愛感情が欠落している以外はお前とほとんど変わらないから、付き合いの短い奴には見破られていないみたいだったぞ」「裏を返せば、高校に上がる前から付き合いのあった奴にはバレちまってたのか……」「色々と騒動もあったんだぞ。 お前にしてみれば、本物と入れ替わってこちらの世界とオサラバした時点でメデタシメデタシだったんだろうが、こっちの方はそうも行かなかったんだからな」「ああ……それは分かってるよ」 とはいえ、一夏としてはああする以外になかったのも事実である。「一応、もう三人とも今の一夏の方が本物で、お前のことは偽者だったと納得しているがな」「そっちの方がいいよ。 俺が偽者なのは事実なんだ」 もはや自分が「織斑一夏」として、向こうの世界で生きていく余地はない。 千冬の一言でその事を確認した一夏は、僅かに残っていたIS世界への未練を完全に断ち切った。「それで、とりあえず一夏の恋愛感情をどうにかしたいんだが、お前のトランザムバーストとかいうのでなんとかならないのか?」「うーん、3年前のはアイツにマトモな人格が残ってなかったからこそ出来た強硬手段みたいな所もあるし、今の人格を弄るような真似はしたくないな」「うーむ、それならやはり無理か……」「でもまあ、一応治療効果のある現象でもあるみたいですし、そっちでも白式でトランザムバーストを使って試してみてはどうですか?」「そうだな。そうしよう」 千冬は頭を抱えながらも、千早の提案に従うことにした。========================================「いやあ、嵐のようだったねえ」「束さんがそんな事を言っても、説得力ないですよ」 あの後、千冬は本物の束の首根っこをつかんで、元の世界に戻っていった。 偽者の一夏と束との別れもそれなりに惜しんでくれてはいたものの、やはり彼女にとっては偽者よりも本物の方が良いようだ。 そして偽者二人も、ソレで良いと思っている。 やはり本物と偽者がいるのであれば、本物の方が在るべき所にいるべきなのだ。 それにそもそも、身を守りきる為の最低限の戦闘力を持たない一夏にとって、IS世界は生存不可能な危険地帯でしかないし、束にしても「本物の束より捕縛しやすいISコア製造能力保持者」という非常に危険な立場にあり、IS世界で暮らすのは不可能に近い。 二人ともIS世界では生きられない以上、いずれは千冬と今生の別れを告げなければならない身なのだ。 それが、今日だったと言うだけの話である。 束は千冬達が帰った後、どこでもドアを解体し、IS世界へ行く為の座標データを抹消した。 これで、平行世界間移動が出来ない本物の束はもとより、彼女自身もまたIS世界へ移動する事ができなくなったが、束にとってはソレで良い。 彼女の唯一の心残りであった千冬の無事が確認できた以上、もうどこでもドアの役目は終わりだからだ。 IS「白式朧月」は、今もまだ一夏の手元にある。 IS「銀氷銀華」もまた、千早とともにある。 そして束は未だにISを製造する能力を保持している。 しかし、その3人が暮らしているのはISが活躍する「インフィニット・ストラトス」の世界ではない。 一夏の主人公補正ももう失われて久しい。 これからの3人の人生は「インフィニットストラトス」などという筋書きとは無関係の、それぞれの物語なのだ。==銀の戦姫 FIN==あとがき お待ちしていた方がもしいらっしゃいましたら……遅れまくってごめんなさい。 本当はおとぼく2ヒロイン達も出演させようかとも思ったんですが、最終話でいきなり新キャラがわらわら出てくる、という話になって話がまとまらなくなる上面倒になるので、さっくり削除しました。 一応、おとぼくヒロインズの中でも千早の事を男だと知っている面子は、一夏や束とも面識があります。 あと、千早が女体化できる関係上、順一(及び薫子)へのバレイベントの内容が原作と異なっており、それに伴って薫子が正ヒロインの座から転落しています。ファンの人ごめんなさい。 代わってヒロインの座を射止めたのが、千早の挙動から性別を言い当てた神近香織理さん。なので、このちーちゃんは香織理ルートになってます。 本来ならば、こんな会話だけの話で最終話を済ませるのは良くないとは思うんですが、正直「インフィニット・ストラトス」としては前回で終了していますんで…… 今回は完全にエピローグです。 尻切れトンボになってしまいましたが、数話に跨るお話を終わらせたのは実はコレが初めてだったりします。 ……物語の終わらせ方って、本当に大事で難しいものなんだなあと、コレ書いてて痛感しています。 なるほど、こりゃあエタる話が多いわけだわ……SS界隈どころか商業作家の方にもいらっしゃいますからね、話がエタる人って…… それでは、長らくのお目汚し、失礼いたしました。 銀の戦姫はこれにて終了です。 もし、もっとISを身につけた千早の活躍を見たいという方は……新規投稿のボタンを押してちーちゃんの活躍を打ち込んでみてください。 それでは、またいずれ。