「うう……またやってしまった……」 千早は銀華を着た状態で膝を抱えてうつむく。 どうにも一夏に憎まれ口を叩く事が止められない。 そして今回の模擬戦も、その暴言がきっかけに始まったものだった。 少し離れた所には、シールドエネルギーを切らした白式を着た一夏が何事かと様子を窺っている。 初めての模擬戦の時と異なり、千早は空間操作を応用した衝撃拳で戦っている為、一夏は関節を破壊されるほどの激痛を与えられる事無く敗北している。 千早に散々なじられ、ボコられてもへこたれず、ましてその千早の様子を心配そうに見つめているのは、彼の人の良さや精神的強さの証拠か。 千早は一夏がやたらモテる理由が分かったような気がした。 それにひきかえ、千早自身ときたら……「おい、大丈夫か?」「負けた方が勝った方に言う台詞じゃないですよ、それ。 はあ。 自分の性格の悪さがいつになく嫌になる……」 千早はそう自己嫌悪しつつ、ため息をついた。「直せば良いんじゃないか?」「性格なんてそうそう直る物じゃないでしょうに……はあ。」 千早の精神状態は余りよろしくないようだ。 一夏はそう判断して、千早に何か話題を振る事にした。 そうだ、千早の自己嫌悪といえば。「そうだ、千冬姉に聞いたけど、お前って男の癖に男嫌いなんだよな? でも俺を助けようとしてくれたよな?」「いや、あれは人命救助ですから。 流石に男なんて皆死んでしまえとか、そこまで男嫌いじゃないですよ。」 千早の声は沈んだトーンのままだった。「でも、なんで男なのに男嫌いなんて難儀な事になったんだ? それじゃあ自分の事も嫌になってこないか?」「いや、それは順番が逆ですよ。僕は男嫌いになる前から自分が嫌いです。 それと家庭を顧みなくなった父への反発が合わさって、範囲が広がって男嫌いになったんです。」「……本気で難儀だな、お前……」 一夏は膝を抱える千早の陰鬱なフィールドが、薄闇になって具現化する幻覚が見えたような気がした。「ああ……もうこんな女の子だらけのところで、助け合わなきゃいけない唯一の同性に対して弱虫だのなんだの…… 孤立するのも当たり前だよ、僕は……」「おーい、千早ー、帰ってこーい。」 どんどんどんどんネガティブ思考になっていく千早に対して、一夏は気遣いの声をかける。 一夏にとっても、唯一の同性である千早と分かれて女性ばかりのIS学園で孤立するという事態は避けたい。 なんというか、強烈な物量の好奇の視線の圧力が凄すぎる。 だが、千早といるとその好奇の視線が心なしか分散するのだ。彼の事を男と知った女性が幾らかいるのかもしれない、と一夏は考えている。 それに千早といると精神的にも本当に楽になる。 何しろIS学園で異性として気を使う必要がない相手は千早しかいないのだから。 「インフィニットストラトス」の一夏を、一夏は尊敬する。 あんた、千早がいないこの孤立状態どうやって乗り切ったんだよ、と。 ちなみに一夏は、「インフィニットストラトス」がハーレム物のライトノベルだという事を知らなかったりする。 さらに一夏が知らない方が良い情報が一つ。 千早はIS学園のほぼ全ての人間から女性と思われており、その千早と一夏が常時共に行動している為……千早は一夏の恋人だと思われている。 これは、一夏以上に千早にとって知らない方が良い情報であった。「おい千早、お前さ、なんで自分が嫌いになったんだ?」 何でも良いから千早と話さないと、と思った一夏が思わず出した話題が千早の自己嫌悪について。 これを訊ねた瞬間、一夏は「やっちまった」と心の底から思った。「え? ええと……僕の双子の姉が死んでしまったのが切欠だったのかな。」 千早は一夏の質問に反応し、応えた。「は?」「……家族が死んでしまったというのに、父は仕事ばかり。 母様は悲嘆にくれて、僕はその悲しみをどうにか紛らわせないかと思って…… ほんと馬鹿な事をしたものです。 僕は娘を失った母様の悲しみを紛らわせる為に、姉の服を使って女装したんですよ。 姉と僕はとてもよく似てましたから。」「な……」 女装を嫌がり、女の子に間違えられてへこむ千早が、自分から女装? 一夏は耳を疑った。「最初は効果があったと思いました。 でも……母様の精神を、僕は歪めてしまっていたんです。 母様はいつしか姉と僕を混同するようになって……今では自分の娘である姉の事を忘れ、しかもほんの少しですけれど精神を病んでしまった。 そんなふうに母様を歪めたのは……僕なんですよ。 確か、これが僕が自分の事を嫌いになった切欠だったと思います。」「そ、そうか……話し辛い事、話させちまったな。」 千早自身の精神を更に鬱にさせるような重い話を千早から引き出してしまい、一夏は後悔した。「人の世話を焼きたがるのは良いですけれど、大きなお世話にはならないように注意してくださいね。」「……善処します。」 千早の言葉に、一夏はそう応えるしかない。 一夏は別の話題を探す事にした。 共通の話題が中々見つからない。 そもそも好きなアニメやゲームなどの話をしようにも、千早は異世界の住人だったのだ。 同じ作品についての話題で盛り上がる事が出来ない。 一応、向こうにもこちらにもある作品はあるらしいのだが、自分が挙げる作品がソレに該当するかどうかは分からなかった。 いや……これなら確実だ。「なあ千早、「インフィニットストラトス」の俺ってどんな奴なんだ?」「え? いや、基本的にあなたと同じと思って良いと思いますけど……」「いやそういうなよ。なんかあるだろ?」「まあ、ああいうお話の主人公の常として、素質はあるみたいな事は言われているみたいでしたよ。 ただ、昔から鍛え続けているヒロインたちとの差が大きすぎて、いくら素質に恵まれているといっても、そう簡単には追いつけない。 彼女達との差は確かに縮まってはいるけれど、並んだり追い抜いたりするにはまだまだ長い時間が必要って感じだったと思いましたけど……違ったかな?」「へえ、なるほど。」 一夏は気付かない。 千早が「ヒロイン達」と言っていても、「インフィニットストラトス」がハーレム物である可能性に考えがいかない。 ヒロインといっても、そもそも一夏でないIS装着者という時点で女性なのだ。 一夏はそう思って違和感を全く感じなかった。 その代わりに一夏は、千早のテンションがひとまず回復してくれた事には気付いた。 千早はあまり「インフィニットストラトス」について一夏が知るのはあまり良くないと思うとして、「インフィニットストラトス」についての話題はここで打ち切った。 しかし……「そういえば「インフィニットストラトス」の織斑一夏は、家事能力の無い千冬さんに代わって料理洗濯掃除といった家事が出来るとあった筈ですが……」「ああ、千冬姉はそんな感じだし、俺も家事全般が得意だぜ。」「そうですか。僕も料理は多少心得があって……」 料理という共通の話題に繋がっていったのだった。==FIN== 千早お姉さまに比べるとあまりに脆いちーちゃんですが、まあ3年と1年の違いとでも思っといてください。本編中でもエルダーとして成長してますし。 この2人は主に模擬戦の他に、機体の高機動性についていく為の訓練をしています。具体的に言うと反射神経・反応速度の強化。 そもそも常人が使う事を全く無視した玄人仕様ですからね、白式にしろ銀華にしろ。 ちなみに、まだ4月じゃなかったりします……幼馴染ヒロイン二名とちーちゃんの遭遇が怖いな……