束と史がIS学園を後にした後のハンガーにて。「束の奴め、何のつもりなんだ?」 千冬が漫画の単行本を手にして首をかしげている。 どうやら束に渡されたものらしい。「どうしたんですか、千冬さん。」「いや、束の奴がな、帰る前に向こうの世界からの土産だと言って、これを置いていったんだ。」 千冬はそう言って、箒に手に持っている漫画を見せる。 タイトルは「魔法少女 プリティ☆ベル」。 表紙には魔法少女らしき女の子の絵が描かれていた。 どうやら彼女が「魔法少女 プリティ☆ベル」らしい。「……まあ、姉さんが好きそうな気がしないでもないですが。」「まあ、好きそうではあるな。」 ちなみに千冬が受け取ったのは4巻までである。 中身はまだ見ていない。「それでだ。どうする?」「どうすると言われても……」 見た所、普通の魔法少女物のようである。 だが、2人とも束の愉快犯的な性格を嫌と言うほど知っている。「……千冬さんはコレがマトモな代物だと思いますか?」「う~~~ん、何しろ束の奴が置いていった代物だからな……個人的には怖いな。」「……やっぱりそう思いますか。」 なんとなく。 本当になんとなくなのだが、ページをめくるのが怖い。 見た所、可愛い女の子が活躍する魔法少女物である。 だというのに、何故自分達はこんなに不安になるのだろう。 考えるまでもない。束が絡んでいるからだ。 こんな風に二人が考える辺り、束の人望の程が窺える。 とはいえ、何時までも警戒していて中身を読まないのでは何も始まらない。「ま、まあ死にはせんだろう。」 千冬は意を決して、ページをめくり始めたのだった。「あ、アイツは何を考えているんだあああああああああああああああああっ!!!!!」===============「な、千冬姉、どうしたんだ?」 千冬の絶叫を聞きつけた一夏と千早、簪が彼女の元にやってくる。「い、いや何。 今度あの阿呆が来た時に小一時間ほど問い詰めたい事が増えただけだ。」「……何されたって言うんですか。」「いや、そのだな……うん、思い出させるな。 一刻も早く記憶から削除したいんだ。」 千冬はそう言って有無を言わさない。「ところで、先生が持っているソレ、何ですか? 見た所、魔法少女物の漫画本みたいですけれど。」「うん、これか。魔法少女か……ん……魔法、少、女?」 一夏達が見守る前で、見る見るうちに千冬の身体に蕁麻疹が浮かんでくる。「……箒、これは束からの土産だからお前が持っておけ。」「ちょっ、待ってください千冬さんっ!!」 千冬は一刻も早くその漫画本を手放したいと言う感情を隠しもせずに、箒に手渡す。 さしもの箒も、よりにもよって千冬をあんな風に絶叫させた内容を確かめるつもりにはなれない。「な、何が描いてあったんですか、千冬さん。」「箒。知らん方が良いと思うが、見たいなら私は止めんぞ。」「………… 姉さん、一体何を考えているんですか……」「いや本当に、今回ばかりは私もそう思う……」 千冬は頭を抱えだしてしまった。「千冬姉があんな精神的ダメージを食らうなんて……」 普段からは想像し辛い千冬の様子に呆然とする一夏達。 と、その時。「一夏。コレを読んでくれないか?」「俺かよっ!!」 正直言って怖い。 見た目、愛らしい小学生くらいの魔法少女が描かれている表紙と、千冬に大きな精神的ダメージを与えたという事実のギャップが、内容を知る事への躊躇いと恐怖を生んでいる。「良いから読めっ!! 千冬さんをこんな風にした代物を、まさか千早さんや簪さんに見せるわけにもいかんだろう! お前も男なら腹をくくれ!!」「……あの、箒さん。 その理屈はこっちの世界じゃ通用しないと思うんですけど……」 千早がため息交じりで、男性の立場から箒に突っ込む。 このIS世界では「ISがあるので女の方が男より強い」とされて女尊男卑になっている。 そして千早と一夏はIS学園に来る事で、ISを使う為の最長10年の鍛錬の蓄積を持つ女性とそうでない男性の差を、普段の授業や武道を嗜む者としての皮膚感覚などを通して、嫌と言うほど思い知らされている。 IS学園がエリートしかいない特殊な環境である事を考慮しても、IS学園の入試倍率が1万倍という話が本当であるのなら、入学を果たした一握りの少女も含めて100万人以上の少女が入試に臨んだ事になる。 それは、幅がわずか12ヶ月という狭い範囲の年齢層に、100万人もの鍛えに鍛えた少女が含まれる、という事だ。 いくら母集団が全世界の少女達だと言っても、年齢層の幅の狭さを思えば、100万という数字は驚異的である。しかもそれが毎年。 これでは「女の子を見たら、その子は長期間に渡る鍛錬の日々を隠し持っていると思え」などという風に考えても、さほど間違いではあるまい。 つまり最長なら10年にも渡る鍛錬の有無により、単純にIS抜きでの戦闘力においても女性の方が男性より、というより少女の方が少年よりはるかに強いのがこのIS世界なのだ。 にもかかわらず、こんな時にだけ「男なら腹をくくれ」と言われても納得が行かない。 とはいえ、一夏の価値基準は「女性は守るべき者」というものである。 このIS世界においては明らかに異常な価値観であるのだが、ここにいる一夏にも『インフィニットストラトス』の『織斑 一夏』にも共通する価値観らしい。 その一夏が箒にああ言われてしまったのなら、「魔法少女 プリティ☆ベル」のページをめくらない訳にはいかなかった。 千冬の犠牲を目の当たりにしたのがプラスに作用したのだろう。 一夏はかなり身構えた心境で読み進め始めた為、千冬のように途中で絶叫してギブアップする事無く最後まで読み終えたのだった。「うん……まあ、あれは強烈だったな。 千冬姉があーなるわけだ……」 一夏は遠い目をして1巻を閉じた。「な、なんだったんですか?」 簪がおずおずと一夏に訊ねる。「う~~ん、とな。 ぶっちゃけた話、物凄い勢いの表紙詐欺なんだよこの漫画。 表紙の女の子は確かに出てくるけど、魔法少女姿になったりしないし。」「……あの、それで魔法少女物になるんですか?」 怪訝に思った簪が、なおも一夏に訊ねる。「あー、そのだな。これに出てくる魔法少女ってな…… 35歳の独身男性で職業がボディビルダーなんだ。」「「「…………は?」」」 千早、箒、簪の声が綺麗にハモる。 魔法少女という言葉と、「35歳」「独身男性」「ボディビルダー」というプロフィールがあまりにも一致しなさ過ぎる。「まあ予備知識無しに直で絵で見ちまったら、今の千冬姉みたいに軽くトラウマになるのも無理ないわなぁ…… 筋骨隆々のおっさんが、魔法少女ルックに身を包んだり、あまつさえ変身シーンが……」 と一夏が言いかけた所で、千冬が彼の背中に圧し掛かる。「だから、思い出させてくれるなと言っただろうが……っ!」「千冬さんがそうなってしまうくらい強烈な代物だと言うんだな……」「ああ……あんま想像もしないほうが良いと思うぞ。」「しないしない。」 千早はそう一夏に返した後、素朴な疑問を一夏にぶつける。「大体、なんでボディビルダーが魔法少女になるんだよ。 男の人が魔法少女名乗るって、全然「少女」じゃないじゃないか。」「う~~ん、役職名が「魔法少女」っていう役職についちゃったからしょうがなく……っていう事みたいだったぞ。 「男の中の男じゃないか」ってつっこまれてたし。」「…………」「まあ千冬姉がこんなんなっちまったのは予備知識無しで読んじまったからだし、もう気構えが出来てるお前なら読めるんじゃないか、これ?」 一夏はそう言って、「魔法少女 プリティ☆ベル」を千早に渡す。「へ!?」「そもそもこれって束さんが持ってきたお土産なんだから、お前の世界の漫画じゃないか。 こっちの世界じゃ絶対出てこないぞ、こんな発想。」「……いや、そんなんばっかりじゃないからね、一夏。 そんな変化球じゃない普通の魔法少女もあるから。」「もしかして千早さんの世界って……」「念のために言っておきますけど、ISで歪む前までのこちらの世界とあまり変わりませんからね。」 千早は変な勘違いをされないよう、即座に箒の物言いに反応した。「ああ、そういえば保健室の先生が、見た事のないロボット物のロマンチックな話を千早さんが見ていたって言っていましたね。 「あんな話が好きだなんて、千早さんはとってもロマンチストなのね」って言ってました。」 千早の言葉に簪が反応する。「ああ、ガンダム00ですか。 あれも戦闘要員に女性が少なくて、こっちの世界で作られた話じゃないのがモロに分かりますよね。」 千早はコレ幸いにと、ガンダム00を例にとって誤解されないように努める。「……しかしお前ら、更識の前でよく異世界がらみの話が出来るな。」「いやだって千冬姉、更識さんってあの更識先輩と同じ更識家の人間なんだぜ? 千早が異世界人だなんて事は、とっくの昔に調べがついてると思うけど。」「……お前、本当にそこまで考えて話していたのか?」 どうも千冬のほうも調子を取り戻した様子なので、一夏達は一安心した。「でもさ千冬姉、これってイカついおっさんが魔法少女になるって言う一発ネタだけの話じゃないみたいだったぜ。 なんか魔王っぽいのと第一話で和解したり、話し合いで解決しようとしたりしてたし。」「魔王と第一話で和解……って、どうやって話が続くんだ!? ここに4巻まであるんだぞ??」 ここで千早が名乗りを上げてみた。「ふむ……じゃあ、僕がちょっと読んでみますね。」「千早さんが!?」「いや……僕、一応男ですからね、箒さん。 多分女の子よりは耐性があると思いますから、大丈夫ですよ。」 しかし……ネタが割れているものの、流石に変身シーンのインパクトはこたえた様子だった。 千早はそのショックを乗り越えて、漫画の内容を吟味する。「……これは、確かに一発ネタだけの漫画じゃないみたいですね。 2巻以降を読まないとなんとも言えないんですけれど、ただ出てきた敵を倒したりするだけの話じゃないみたいです。」「んじゃあ、次の巻読んでみろよ。」「ああ。」 読み進めていく内に馴れてきたのか、千早は段々と主人公・高田厚志のインパクトに負けずに読み進めていけるようになっていく。「……「何もしないためにいるのよ、軍隊と魔法少女はね」って…………」「……一体どんな話なんですか、それは。」 千早はこめかみを押さえながら言う。「ネタでカムフラージュされてますけど、この話、交渉と平和的解決の模索の話みたいですよ。 第一話でネタで戦闘行為を破壊するとか、対立関係にある魔族達の力関係を利用して魔族達が迂闊に軍事行動が取れないように軍事同盟で縛るとか、そんなかんじのかなり理知的な話みたいです。」「……あれが、か?」「あれが、です。」 千冬は心底信じられないような表情で、千早はその千冬の心情が痛いほど分かると言った表情で言葉を交わす。「こんな悪質な表紙詐欺が……か?」「……悪質過ぎますけどね……」「悪質すぎるな…………」 意を決して「魔法少女 プリティ☆ベル」を読んでみた3人が、口々にそういう。 その様子に残る2人はどんな内容なのだろうといぶかしむが、読む勇気が沸かない。「しかしそういう事なら、このIS学園に腐るほどいる脳筋女どもに読ませて回るのも良いかも知れんな。 世の中、腕力だけではないという事が連中にも良く分かるだろう。」「……千冬姉が言うとすげー違和感がががががががががががががっ!!」「……なんでお前とラウラさんは、そうやってわざわざ地雷を踏みに行くんだ……」 千冬からヘッドロックを食らっている一夏の姿に、箒は頭を抱える。「あの、千冬さん。 流石に予備知識無しでこれを読ませるのはちょっと問題あると思いますよ。 千冬さん自身、大分精神的ダメージが大きかったじゃないですか。」「……それは、まあ、確かにそうだが……」 そんな風に千早が千冬を突っ込んでいると、話に一夏が根本的な問題を持ち出してきた。「ところでさ。」「ん? どうしたんだ?」「この漫画の形をした劇物、どこに置いておくんだ?」「「「「…………」」」」 流石に迂闊な場所においておくわけにはいかない。 さりとて自分の部屋には間違っても置きたくない。 しかも束からの贈り物である為、処分などしようものならどう祟られる事やら。 千冬、箒、簪は一斉に一夏と千早の方を見る。「あの、俺達って個室がないぞ。」「衣類等の私物もアリーナのロッカーに入れてますしね……」「漫画4冊分の隙間くらいなんとかなるだろう。 というよりな、女の身でおっさんボディビルダー魔法少女なんぞという訳の分からんネタの漫画など部屋に置きたくないんだ!!」 元より千冬に逆らえる力も立場もない2人だったが、流石に切羽詰った様子の千冬の姿に、ここは引き受けなくてはいけないな、と思うのであった。=============== その後、アリーナへの帰り道にて。「ところでさ、千早。」「ん?」「ISって女じゃないと動かせない物なんだから、男のIS装着者である俺達も男の魔法少女みたいなもんだよな。」「まあ、ISは普通は女性にしか仕えないって事を考えると、銀華のデザインがああでなくても女装って事になるんだろうね…… って、嫌な事を考えさせないで。」「わりい、俺の方もスカートはいてる俺とか想像しちまった…… 嫌過ぎる……」==FIN== 千冬さんテンパリ話はやっぱ魅力的なネタだったんで、プリベルネタで行ってみました。 束の愉快犯的な性格を考えると、予備知識無しで読ませること自体が犯罪と言ってよいプリベルは、さぞかし魅力的なイタズラアイテムに見えた事と思いますw しっかし、ボツ話の時にも書きましたけど、やっぱり変ですよね、一夏の考え方って。 ただの思い上がりにしても様子がおかしいですし、やはりボツ話で考察したようにIS学園に押し込められた箱入り娘の千冬に育てられた影響でああなっちゃったような気がします。 多分、彼女は束+箒の父親の薫陶に基いて一夏を育ててみた結果、出来上がったのが女尊男卑の世の中に適合しない事甚だしい「最弱の癖して、自分よりはるかに格上の女の子に対して「守る」という言葉を使ってしまう一夏」という代物だったのではないかと。 千冬はIS学園とか外界とは隔離された環境に缶詰にされる事も多かったでしょうし、世間一般の状況を生で見る機会が普通の人に比べて著しく制限されてて彼女自身がズレていたというのも充分に考えられると思います。 ここの一夏とラウラがああなのは、ひょっとしたら千冬の影響なのかも……