「ん~~~っ!! 一仕事した後は気分が良いなあ。」 打鉄弐式について、今日予定していた分の作業を終えた束が一人で伸びをしていると、千冬がやってきて彼女に話しかけてきた。「束、今日の作業はもう良いのか?」「あ、ちーちゃん。 うん、もう目処はついちゃってるから、ぶっちゃけ私やふーちゃんがいなくても、あの更識妹さんだっけ? だけでも完成させられると思うよ。」「……その辺のお前の見通しは正直信用できん。 手を貸してやった以上、一応最後まで付き合ってやれ。」「? そう? 私の見通しってそんなに信用できない?」「……白式と銀華のことを考えると、なぁ。 お前、よくもまあド素人相手に、あんなクセの塊みたいな代物を渡せたものだな。 紅椿にしても、あんなもん完全に扱いきれるような奴は最低でも代表候補生レベルだぞ。 どう考えても箒の手に負える代物ではない。 もう少し相手の力量とか考えろ。」 千冬はこめかみを押さえながら、束にそう言う。「う~~ん、マンマシンインターフェース的には普通のISより扱い易い筈なんだけどなあ、白式と銀華って。」「そうだとしても、あのコンセプトはないだろう。 白式は接近戦しか出来んくせに燃費が最悪、銀華に至っては、お前がブレードを後付けするまでマトモな武装がなかったんだぞ。」「でも燃費は、ある程度はいっくんとちはちゃんの責任だよ? 戦闘中ぶっ続けで個別連続瞬時加速なんてやってるから、エネルギーの枯渇が早いんだって。」「……手にしているだけでシールドエネルギーがドンドン減っていく雪片弐型についてはどう言い訳するつもりだ、お前は。」 ため息交じりの千冬の質問に、束は千冬が想定していなかった返答を返した。「いやでも、いっくんにはまぐれ当たり一発で敵がやられてくれる武器が絶対必要だよ。 マトモにしか戦えなかったら、周りや刺客との実力差がモロに出て早晩詰んじゃうもの。 だって、いっくんが使っている白式って、『インフィニットストラトス』の『白式』と違ってVTシステムが搭載されてないんだよ?」「……は? ちょっとまて、一夏の白式にはVTシステムがないのか? てっきり、対ボーデヴィッヒ戦で一夏がトドメの一撃を放った時には、あの白式のVTシステムが作動していたものとばかり思ってたんだが……」 まったくのド素人に成り下がった筈の一夏では、何をどうした所で幼少の頃から生物兵器として育てられたラウラに攻撃をクリーンヒットさせる事など不可能。 ましてや、あの時のラウラは事前に一夏の戦い方を分析してきた上で戦っていたのだ。 その為、いくら一夏がラウラから最大限の油断を引き出すためにワザと雪片弐型を彼女に奪わせたといっても、その後の一夏の攻撃にラウラが対応できない事など有り得ない。 その有り得ない事が起きた原因は、白式のVTシステムにある、とばかり思っていた千冬は、今の束の話は衝撃だった。 一応の真相、「攻撃しようと思った時点で攻撃が読まれてるようだったので、攻撃しようと思うだけ、というフェイントを行った」という事を一夏から説明されてはいるものの、そんな高度な駆け引きで生物兵器を引っ掛けるという高等技術を、全くのド素人であった一夏に可能だとはとても思えなかったからだ。 その事を千冬が束に話すと、束はこう応えた。「う~~ん、まあ小学生の頃のいっくんは無茶苦茶強かったからねえ。 今は見る影もないって言っても、どっかで当時の強さがこびりついてたんじゃないの?」「そう考えるには、あまりに一夏の劣化が激しいんだが…… まあいい。 ところで束、白式にVTシステムが搭載されていないというのはどういう事だ?」 千冬は話題を一夏から白式に切り替えた。「う~~ん、話すと長くなるんだけど…… まあ、VTシステムに関する部分だけを言うと、私ってばVTシステムを開発しようとすると、どうにも調子が崩れちゃうんだよねえ。」「調子が崩れる、とはどのくらいだ?」「……出来上がったVTシステムが、ドイツのISに載ってたVTシステムに向かって偉そうな事が言えない位の不良品だったくらい。」「……それは確かに無理だな。」 束の異常なハイスペックを考えると異常事態といって良いほど質が悪い物しか作れないのなら、VTシステムに手をつける事自体を取り止めにするのもむべなるかな。 千冬はそう考えた。「っていうか、VTシステムって『いっくんに必要だ』って慌てて作ってたから、駄目な奴しかできなかったのかなぁ? いっくんをIS学園に入れようって考えた事自体、そんなに前の話じゃないし。」「どういう事だ?」 千冬は怪訝そうにして束に訊ねる。「んーとね、そもそも、束さんがいっくんをIS学園に入れようと思ったのってね、実は『インフィニットストラトス』を読んだのが原因だったんだよ。」「…………は?」 千冬の目が点になる。「いや、いっくんはちーちゃんに守られているから安心安心って、私も思ってたんだけど、いっくん誘拐事件が起きちゃったじゃない? だからアレ以降は「いっくんには自衛用の何かが必要だな」って思ってはいたんだけど、ISをあげるっていう発想はなかったんだ。 だって男の子のいっくんじゃ、ISなんて動かせないじゃない。 ……『インフィニットストラトス』を読むまでは、そう思ってたんだ。」「……ちょっとまて、あれはどう考えても『お前』の陰謀なんじゃないのか?」「お話の中じゃあ、そーなってるみたいだね~~。」 束は他人事のように言う。「でも、7巻まで読んだけど、ハッキリ言って私と『インフィニットストラトス』の『篠ノ之 束』は別人だよ。 あんな完璧なVTシステムを白式に搭載できたり、諜報戦で有り得ない程強かったりで、なんていうか上位互換? それに銀華を作った様子も無いし、白式だって小型に作ってなかったし……『いっくん』や『箒ちゃん』を危ない目にあわせたりもしてたし。」「? 『一夏』はともかく、『箒』にも、か?」「うん。7巻の話になるんだけど……ちーちゃん聞く?」 千冬はわずかに逡巡するが……頷いた。「ああ、聞かせてもらおう。」 と、その返答に合わせて束が話し出す。「『インフィニットストラトス』7巻は、今度やるようなタッグマッチの話だったんだけど…… 『篠ノ之 束』はね、その試合中にシールドと絶対防御を無効化する武器を使う無人機を乱入させて、『いっくん』や『箒ちゃん』、あと一緒に試合に出ていた『更識さん達』を襲わせてたの。」「な、んだ……と?」 『インフィニットストラトス』の登場人物達は、自分や身近な人間達に非常に近い存在だと認識していた千冬には、『束』が『箒』に危害を加えたという話は衝撃的だった。 まして、絶対防御が効かないISの攻撃が飛んでくるという事は、直撃すれば生身でアンチマテリアルライフルを遥かに上回る破壊力をモロに浴びるという事だ。 下手をすれば原型すら残らない。「一応、『いっくん』や『箒ちゃん』を鍛える為に、無人機を放り込んだみたいなんだけど……」「一歩間違えれば死体も残らんような洒落にならん真似をしておいて、「鍛える為」だと!? 無人機を乱入させる形でそんな事をしたいんだったら、無人機に絶対防御が通用する武装を載せておけ。」「いや、そんなこと私に言われても…… さっきも言ったけど、『インフィニットストラトス』の『篠ノ之 束』は、『いっくん』や『ちーちゃん』みたいな他の登場人物と違って、完全に私と別人なんだよ?」 千冬は釈然としないが、確かに束ならば『篠ノ之 束』のように箒に危害を加える事は考え辛い。「それに、なんていうか『篠ノ之 束』って、たかをくくっていた様子だったよ。 VTシステムが搭載されている『白式』は絶対無敵なんだから、たかをくくりたくなる気持ちも分からなくはないけど。」「まあ、確かにあんなにも違和感を与える事なく中身の技量を急上昇させられるなら、絶対無敵というのも言いすぎではない……か。 『一夏』はその『白式』に守られているから、何があっても絶対死なん、というわけだな。」 ISによる戦闘では、機体性能の差よりも中身の技量差の方が大きい。 性能差で圧倒的に劣るラファール=リヴァイヴで、高性能な専用機4機を沈めて見せた山田先生などは、その好例だろう。 その為、一時的に中身の技量を最強に出来るVTシステムはまさに無敵であり、それゆえご禁制品とされたのだ。「でも『紅椿』の方にはVTシステムないみたいだったけどね。」「……」「で、何の話だったっけ?」「白式には、『インフィニットストラトス』の『白式』と違って、VTシステムが搭載されておらんという話だ。」「ああ、そうだったそうだった。」 2人は脱線した話を元に戻す。「んで、まあ『インフィニットストラトス』を読んでね、ひょっとしたらいっくんもこれに出てくる『織斑 一夏』みたいにISを動かせんじゃないかな? って思って、こっそりちーちゃん家に侵入して検査してみたんだ。」「……」 千冬は無言で束の顔をわしづかみする。 いわゆるアイアンクローだ。「……ちーちゃん、愛が痛いよ。」「やかましい。」 昔から思うが、束の遵法意識の欠落は何とかならない物かと、ため息を吐きつつアイアンクローを継続させる千冬。「は、話の続きがあるから放して、ちーちゃん。」「……まったくお前は。 それで、一夏を検査してみてどうなったんだ?」「それで、結果はまあ適正Bで普通に動かせるって出たんだけど……ちょっとまずい事に気付いちゃったんだよね。」「まずい事?」「うん、いっくんを誘拐した犯人達も、私みたいにいっくんのことを検査したかも知れない、っていう事。 私がエコヒイキすれば、男の子でもISを使えるように出来るんじゃないかとか、そんな事考えて検査してみても全然不思議じゃないからね。 もしそうだった場合、いわゆる裏の世界って所じゃあいっくんが男の子なのにIS適性を持っているのが知れ渡ってる筈だよ。 誘拐してからちーちゃんのカチコミ受けるまで、結構時間的な余裕はあった筈だからね。」「ふむ、少し考えすぎな気がせんでもないが……確かに最悪を想定したほうが良い状況ではあるな。」 改めて一夏の『千冬の弟』という立場が非常に危険なものである事を再認識する千冬。 やはりISから引き離す方向で一夏を守りたいと思ったなら、以前束が指摘したように一夏と千冬の縁を完全消滅させる他なさそうだった。「それでいっくんが『インフィニットストラトス』と同じ状況になってもやっていけるように、白式にVTシステムを搭載させようとして上手く行かなくって…… もう手遅れな位よわよわになっちゃってるいっくんだけど、VTシステムに頼れない以上、少しでもいっくんの素の強さを高めておかないと物凄く拙い、って事でちはちゃんを連れてきていっくんのライバルになってもらったの。 周りとの差が滅茶苦茶開いているのに女の子と遊んじゃうようないっくんだと、間違いなくIS学園卒業前に死んじゃうもの。 自分が弱いって事を謙虚に受け止めて、ちはちゃんと同じ男の子同士で初心者同士、互いに競い合いながら精進するっていう生活態度にならないと……ね?」「う~~む。 だが、一夏の奴は真面目に訓練しているから、御門がいなくとも『インフィニットストラトス』の『一夏』と違って、謙虚かつ真摯に自分を鍛えていると思うんだがなぁ。」「でもいっくんの滅茶苦茶なもてっぷりはちーちゃんも知ってるでしょ?」「……まあな。」 となると、やはり千早は良い虫除けでもあったようだ。 それに一人だけ周りから見て圧倒的に格下という状況よりは、身近に同レベルの者がいたほうが鍛錬の張り合いがある。 そういった近いレベルの者と抜きつ抜かれつ、という状況は、千早がいなければ成立しない。 ならば、やはり千早のいるいないで、一夏の伸び方は大きく違っていたのは間違いないだろう。「それでね、VTシステムが上手くいかないなら白式の基本性能を高めておこうと思って、ISの運動性能を極限まで追求した試作機を作って、そのデータを白式にフィードバックさせたの。 その試作機が銀華なんだよ。」「……通りでマトモな武装がないと思った。 だが、衝撃砲に使われていた空間制御システムは何故積んであったんだ?」「え? ああ、運動性強化の足しにしようと思ってつけたんだよ。 一応歪めた空間を使って『近道』したりとか、色々考えてたんだ。」「ふぅむ。 だが、なあ。 やはり白式も銀華も、素人に扱わせてよい類のISではないと思うぞ?」「う~~ん、そうかなぁ? マンマシンインターフェースだってかなり素直な仕様に改良してあるし、白式や銀華の動かしやすさって、他のISとは比較にならないほどなんだけど。」「そうだとしても、やはりコンセプトに問題がある。 それに「生兵法は大怪我の元」という言葉もある。 いくら『インフィニットストラトス』と違ってVTシステムに頼りきりになれないという事情があったとしても、万が一一夏の奴が自分の力を過大評価すれば取り返しがつかないことになりかねん。 それを考えると、全く話にもならん弱さのままだった方が、結果論的には良かったという事にもなりかねん。」「う~~ん、その辺はちーちゃんの方から釘を沢山打っとけば大丈夫じゃない? 大体、確かにちーちゃんは最強かも知れないけど、その最強のちーちゃんを出し抜いていっくんを誘拐した誘拐犯だっているんだよ? いっくん本人にも、最低限工作員に狙われても一目散に逃げ切れるくらいの強さは必要だって。」「そんな高レベルに達するには時間が足りん。」「その時間を削ったのはちーちゃんだよ。」「ぐっ。」 束に痛い所を衝かれ、千冬は言葉に詰まった。 と、ここまで白式と銀華関係の話をしていた千冬は、ある事に気がつく。「と、ところで束、お前、打鉄弐式を白式や銀華のように妙な仕様にするような真似はしなかっただろうな?」「へ? いやいや、白式や銀華をあんな尖がった仕様にしたのは、女の子達から見て圧倒的に格下のいっくん達が一芸特化で食い下がっていけるようにする為だよ。 だからそうじゃない代表候補生の彼女用には、バランスが良い機体にするに決まってるじゃない。 …………流石に『インフィニットストラトス』丸写しじゃ芸がないから、本人とも相談しながら色々弄ったけど。」「……そのバランスが良いという言葉、信じて良いんだな? なにやら妙な事も口走っているようだが、バランスが良いという言葉は信じて良いんだな!?」 千冬は心底簪を心配する表情で、束に問い詰める。 そして束と一緒に帰る為に史が束を呼びに来るまで、何度も何度も問い詰め続けたのであった。==FIN== まーそんなわけで、一巻対セシリア戦のような真VTS作動というのは、この話ではありえないことになりました。 千早をIS学園に放り込んだ理由は千冬の死亡フラグをへし折るのが第一なんですが、開発できなかったVTシステムの補完という今回の理由も本当です。 ま、千冬の死亡フラグ云々を千冬当人に話すわけにもいきませんしね。 なんで束にVTシステムが作れないのかは追々書くつもりです。 あと原作の束のスタンスを、ここの束は「白式に真VTSがあるので、たかをくくっている」と解釈していましたが……実際どうなんでしょうね? セシリア戦がああいう描写だった以上、白式に真VTSないしはそれに類するものが存在するのは疑う余地がありませんが…… ちなみに一夏とちーちゃんですが、現時点でもまだ7巻時点の『一夏』より自分たちの方が弱いと思ってますw まあ、一応向こうの方が正規の訓練を受けてる感じですからねぁ。