ある日の休み時間、席に座ったままの千早にセシリアが話しかけてきた。「千早さん。 わたくし、千早さんに一つお願いしたい事があるのですが、よろしいでしょうか?」「? 僕に頼みたい事ですか? 僕にできる事で良ければ承りますけど、一体何を頼みたいんですか?」「それでは」 と、セシリアが何かを言いかけた瞬間「ああっ!! セシリアさん、抜け駆けはズルい!!」 何人もの女生徒がそんな事を言いながら千早とセシリアを取り囲んだ。 その中には「僕だって、千早さんの事を『お姉さま』って呼びたいのに!!」 シャルロットの姿もあった。「……は?」 シャルロットが口走った「お姉さま」というフレーズに、脳がフリーズを起こしてしまう千早。 良く分からない、理解したくない言葉を聞いたような気がする。「あ、あの、皆さん、話が見えないんですが。 オネエサマってなんですか?」 千早はとりあえずそう言って、少女達を宥めようと試みる。「あ、はい。それではわたくしが説明いたしますわ。 事の発端は篠ノ之博士の助手をされている度會 史さんです。 聞けば彼女は、幼い頃から千早さんに仕えており、千早さんにとっては妹のようなものだとか。」「あ゛。」 そう言われた瞬間、千早は硬直する。 この世界において、史が「千早に仕えている」「千早にとって妹同然」の「束の助手」、という認識をされている事に今更ながら気付いたからだ。 篠ノ之 束という女性を恐ろしいほど重要視するIS世界の人間がこのような認識を持っているという事は、千早自身の身柄も国家規模の争奪戦の対象になり得るという事である。 自分の立場が強烈に危うい事と、それに気付いたタイミングが余りに遅かった事に、千早の冷や汗は止まらない。「? 千早さん、お加減が悪いのですか?」「い、いえ、そういう訳ではありませんよ、セシリアさん。 話を続けてください。 それで、史が何だって言うんですか?」「え、はい。それでですね。 千早さんというとてもお美しいお姉さまにあんなに優しくしていただいているだなんて、あの史さんという方はなんて羨ましいのでしょう、という話になりまして。」「はあ。」 いい加減男と認識して欲しい千早は生返事をする。 すぐ傍に千早の事を男だと知っている筈の箒(一夏はトイレに行ったのでいない)がいて、この話を聞いている様子だというのに、彼女はこの話の展開に違和感を覚えているような素振りを見せていない。「それで、わたくし達も気分だけでも千早さんの妹という立場になってみたいという話になりまして、その為に千早さんの事を『お姉さま』と呼ばせていただこうという話になったのです。」 セシリアの話が終わると同時に、少女達は憧憬を主成分とするキラキラとした視線を千早に向けてくる。 千早はその視線に怯んでしまう。「あ、あのですね……皆さん…………」「何でしょう、千早お姉さまっ!!」 女生徒の一人がそう口走る。 そして「ああ……『千早お姉さま』って、なんて甘美な響きなんでしょう。」 口走った少女はそう言って悦に入ってしまった。「あああ、あの、そ、そもそも、僕は男なんですよっ!!」「ああ、あの変な機能で男の方になる事が出来たんですわよね。」「いや、そうじゃなくて素の性別が男なんですが……」 当然の事ながら、女性として最上級の美しさを持つ女神のような千早がいくら自分は男であると主張した所で、そんな寝言同然の話など聞き入れられる筈もない。 ましてやここは、超エリート校とはいえお嬢様学校ではなく、生徒達が女子高ノリで突っ走って行ってしまう女子校である。 ……見た目はどうあれ、男の千早は無力であった。「じょ、女尊男卑にISなんていらない…………」 突っ伏した千早はそう呟いたのだった。=============== 昼休み。 事の顛末を千早から聞いた一夏は、腹を抱えて大笑いをし、呼吸困難を起こしていた。「一夏、そこまで笑う事ないじゃないか。」「いやだってな……って、耳持つな耳!!」「ったく。」 千早は蹲る一夏の耳を摘み、持ち上げる事で一夏を立たせると箒の方に向き直る。「箒さんも、あの話を聞いていたら助けてくれても良かったじゃないですか。 貴女は僕が男だって、ちゃんと認識していた筈ですよ。」「いや、しかし、その……余りにも違和感がなさ過ぎたんだ。」「違和感がないって……」「千早さんがお姉さまと呼ばれる事が、あたかも当然のように思えてしまって。」「ちょっと、僕は男だって分かってますよね!?」「そ、そうは言われても……」 千早の家に行って以来、一応「千早は男性である」という事を知識の上では得た物の、イマイチその認識を持つことが出来ずにいる箒であった。「……千早さんは、私より綺麗で、その千早さんが男なら私は一体…… そんな考えが、未だに頭にこびりついているのです。」「いや、箒さんは凄い美人だと思いますよ、僕は。」「すみません千早さん。本心から言ってくれているのかも知れませんが、私には嫌味に感じてしまいます。」「い、嫌味って、ぼ、僕の男としてのプライドは」 ガックリと俯こうとする千早を、一夏が無理やり制する。「肩落とすな。多分もっと嫌味になるから。」「そ、そんな事言われても……納得いかない……」=============== その後、千早は一年生の殆どから「お姉さま」とつけて呼ばれるようになり、一夏にこうこぼしたという。「僕だって男だ……女の子にちやほやされてみたいなんて思った事がない、って言ったらウソになるよ…… でも……コレ違う…………」「まあなんだ。強く生きろよ。」==FIN== いい加減このネタで引っ張るのは止めにした方が良いかもな~~、と思いながらも頼ってしまう自分がいます。 まあ、男だとキチンと認識できている筈の織斑姉弟や箒、鈴音でも、千早がお姉さまって呼ばれることに違和感を覚えることが出来ていない状況なんですけどねw 千早を未だに女の子だと思っている連中にいたっては言わずもがなです。 一応、お料理教室と史を見る時の目が原因という設定なんですが、まあそれがなくともちーちゃんですから、ねえw