「千早ちゃん、帰って来ていたのね。」 千早達が彼の部屋で話をしていると、千早の母親である妙子が部屋に入ってきた。「あ、母さん、すみません。 帰宅の挨拶も碌にせず、こんなにバタバタと騒がしくしてしま……って……」 千早は妙子が持っている物体を見て硬直してしまう。 なにやらフリフリの装飾が施してある衣服のようで、どうみても女物である。「か、母さん、僕ちょっと学校でやる事思い出しましたから……っ!!」「もう千早ちゃんったら、何も逃げようとする事はないんじゃないかしら?」 反転してどこでもドアから離脱しようとした千早の腕を、妙子が握る。 どこでもドアの前にまりやがおり、彼女が邪魔でどこでもドアに直行する事が出来なかった為、運動能力で大きく千早に劣る筈の妙子から逃げ切れなかったのだ。 その千早の様子を見て、瑞穂も慌てだす。「そ、それじゃ、僕もう失礼しますねっ!」「はいはい、瑞穂ちゃんも逃げないの。」 予め瑞穂の反応を予期していたまりやが瑞穂の首根っこを捕まえてしまう。「せっかく千早ちゃんと瑞穂ちゃんが揃ったんですもの。 とっても素敵なお洋服を用意しましたからね。」「ちょっ、まっ、母さんっ!! 一夏っ、千冬さんっ、たす、助けてっ!!」 そう言われても、まさか妙子に手をあげるわけにも行かず、また彼女に対して説得は不可能であることを他ならぬ千早本人から聞かされている織斑姉弟は、黙って妙子とまりやに連行されていく千早と瑞穂を見送ることしか出来ない。 彼ら姉弟の脳裏にドナドナが流れた事は言うまでもない。「……そういえば千早や瑞穂さんを女装させるのが好きなんだっけか、あのまりやさんって人。 妙子さんも同類ってことか……」 以前、千早からまりやについて聞いた事のある一夏はそう呟いた。「ま、まああの2人の場合、素材の良さが異常だからな。 気持ちは分からんではないが……」「……で、どうするよ? 千冬姉。」「うーむ……」 千冬は暫く唸った後、「久しぶりに家でくつろぐか。 あの3人はまだ精神的に不安定だろうから、様子を見に行くにしてもしばらく経ってからだな。」「んじゃあ、久しぶりにマッサージでも行ってみるか、千冬姉。 ここんところ精神的にきつかったみたいだから、疲れも相当溜まってるだろうし。」「ん、ああ、頼む。」=============== 2時間後。 そろそろ頃合かと思った織斑姉弟は、妙子達に連れ去られた千早や瑞穂とショックで寝込んでいる3人の様子を見に御門家に戻ってきた。 千早達と箒達はそれぞれ別の所に居るので、二手に分かれて千冬は箒達の方に行き、一夏は千早達の様子を見に行く。「あっ、ちーちゃん。」「束、箒達の様子はどうだ?」 千早が和室に入ると束が一人で箒達の様子を見守っており、史の姿が見当たらない。 トイレか何かで席を外しているようだ。「んーとね、起きてお話できるけど、まだ頭がグワングワンって言ってるみたいな感じ。」「……そうか。」 見ると一様に頭を押さえている3人の姿があった。「あれで男……うぅっ……あ、有り得ない……」「3人とも、随分ショックを受けているようだな。」 そう言う千冬だが、彼女達姉弟も丸一日寝込んだのである。 あまり人の事は言えなかった。 また、千早が男性である事に衝撃を受けたのは束も同様だったらしく、こんな相槌を打ってきた。「束さんも、ちはちゃんが男の子だって始めて知った時には口から心臓が飛び出るかと思う位びっくりしちゃったもんね。」「……そもそもお前はどうやって御門が男だと知ったんだ?」 千冬にそう訊ねられた束は小首を傾げると、当時の状況を思い返しながら答えた。「んーとね、私がこっちの世界で歩いているとね、ふーちゃんを連れたちはちゃんとすれ違ったの。 周り中黒髪ばっかりなのに一人だけ銀髪だから、何だか目立っててね。」 いくら千冬・箒・一夏・両親以外の他者を認識できない問題人物とされている束でも、別に視力が低くて他者を認識できないわけではない。 目が悪いわけではないので、当然他の人々についての視覚情報もキチンと知覚出来ているのである。 ただ、彼女にとってはそれらの人々が路傍の石と同程度の価値しかない、というだけの話なのである。 また束が自分の世界の人間をマトモに認識できないのは、女性しか使えないISに完全に屈服して抵抗しようとする素振りさえ見せない男性諸氏と、彼女からの借り物の力でしかないはずのISの力でもって威張り散らしている女性諸氏が彼女から見て下らない存在だと感じられてしまったからであって、彼女がISを発表していないこちらの世界の人間は対象外である。 もっとも、束がこちらの世界の人間に対しても同程度に辛辣であったとしても、千早の事を認識できた事は間違いない。 全く同じ色の石ばかりがある所に、一つだけ全く別の石が混ざっていれば酷く目立つ。 それと同じ理屈で、ただでさえ輝かんばかりの美貌を備えている上に黒目黒髪の者ばかりの日本で銀髪と菫色の瞳を持つ千早の存在もまた目立ち、他者を路傍の石としか認識できない者でも千早の事を他の人々とは区別して認識する事が出来るからだ。「それで、ふーちゃんがね、ちはちゃんが男子校に入るのにはちょっと抵抗を感じてるみたいな事話しててね。」 その一言で布団の中の3人が凍りついた。「……はい?」「…………千早さんが……」「……男……子…………校!?」 新たなる衝撃に目をむいた3人がギョッとした表情で束の顔を見る。「そうそう、こんな感じにギョッとしちゃったんだよね。」「……お前、もうちょっとリアクション見せても良いんじゃないか……」「今の箒ちゃんと違って偶然ちはちゃんとすれ違った時の事で、ちはちゃんが男の子だって聞かされてなかったからムッチャクチャビックリしたよ。 それで何かの聞き間違いだろうと思ったんだけど、私と同じようにギョッとしている人が沢山いて、聞き間違いじゃない事が分かってね…… いやあ、この時の衝撃ったらなかったなぁ。」 束が達観した表情で遠くを見る。 千早が男性であるという事実は、彼女にとっても相当な衝撃だったようだ。「それでね、箒ちゃんみたいにどうしてもちはちゃんが男の子だって受け入れられなかった私は、否定する材料が欲しくて手を尽くしてちはちゃんの性別を確かめたんだよ。 ……完全に逆効果だったんだけどね。 動かぬ証拠を見ちゃった時には、口から心臓が飛び出すかと思ったよ~~。」「ね、姉さんがそこまでショックを受けるなら、私など普通にショック死しかねないのですが……」「……お前は、自分の姉を一体なんだと思っているんだ。」 千冬はこめかみを押さえながら、ジト目で箒を睨む。「……姉さんが千早さんの事を認識できるのは、その時のショックが原因ですか。」 とはいえ自分の姉ほど異常な存在もないと思っている箒は、そんな千冬の視線を受け流した。「まーそーかな?」「それにしても千早さんが男子校って……」 鈴音が呻くように呟く。「御門は自分自身が男性でありながら男嫌い、というより男性不信らしいからな。 男子校入学はそれを直すための荒療治のつもりだったらしい。」「……男性不信って、千早さんは本当に男なんですか?」「あまり深く考えるな。」 実の所、千冬は千早が束によって彼女達の世界に拉致されて良かったと思っている。 何しろ千早を男子校に入れた時に起こる事態など、千冬には悲惨な出来事しか想定できないからだ。 そんな中、弾は一人で何かを考え込んでいた。「あの、千冬さん……」「? どうした?」「いや、さっき女体化がどうのとか言ってたような気がするんですけど。」 その弾の言葉に反応したのは千冬ではなく、鈴音だった。「……ああ。 何故だかは知らないけど、千早さんのISである銀華には性転換機能がついてるって話よ。」「うんうん、それをこの天才・束お姉さんがその機能だけを抜き取って再現してみたのがこの女体化の腕輪なのだよ~~。 ……もっともちはちゃんとかみーちゃんとか、元から女の子同然の相手にしか効果がないんだけどね。」 研究者のサガか、自分の開発した物についての自慢をする束。 こういう時には、「身内しか認識できない」という事は障害にはならないらしい。「……何を考えてそんな機能を開発したんですか、姉さん。」「いや、これは銀華に偶然くっついた機能で、お姉ちゃんが開発したわけじゃないから。」 その束の言葉を聞いて、弾がさらに唸りだす。「それがどうしたというんだ?」 千冬が怪訝そうに弾に訊ねる。「いや……それってつまり、その機能を使っている最中は中身はどうあれ生物的には女の子って事ですよね?」「まあ、そうなるな。」 とはいえ、千早は元からあの外見である。 千早の任意で元に戻れる可逆変化である事もあり、千冬には取り立てて大きな変化だとは思えなかった……次の弾の言葉を聞くまでは。「だが、それが一体何だと言うんだ?」「……いや、一夏の奴って理不尽な位モテますよね……女の子を惹き付ける妙なフェロモンでも出してるんじゃないかっていう位の勢いで…………」 その弾の言葉は、まるで雷撃だった。 少なくとも千冬、箒、鈴音にはそう感じられた。 しばし箒や鈴音と共に硬直していた千冬は搾り出すようにして弾に言う。「……あまり怖い事を言ってくれるな。」「……はい。」 その短いやり取りで、弾と千冬は分かり合ったのだった。「結局、千早さんがとんでもない強敵だって言うのは変わんない訳ね……」===============「……それでずっと千冬さんの事、マッサージしてたんだ……」 千早は一夏に恨みがましい視線を送り、一夏はバツが悪そうに視線を逸らす。「いや、まさかここまでの惨状になっているとは思ってなくてよ……」 一夏の言う惨状とは…… バニーガール姿の瑞穂とビキニの水着を着た千早の事である。 当然2人は女性の身体になっており、その胸元にはたわわに実った大きく美しい乳房があった。 露出度の大きい服のために良く見えてしまう2人の素肌は瑞々しくきめ細かい。 顔の造詣など言わずもがな。 本当は男だと思わなければ、そこにいるのはあられもない姿の絶世の美少女2人である。 千早達を着せ替え人形にして遊んでいる女性達も、相当な美貌の持ち主ばかりだ。 その事も、一夏がバツが悪そうにしている理由だった。「いやあ、あの機能のお陰で瑞穂ちゃんや千早君を女装させる時にパレオやスカートで誤魔化さなくても良くなったんだもの。 フル活用しなくっちゃ、ねえ叔母様。」「まりやちゃんの言う通りね。 ささ、写真にとっておきましょうね。」「ですがまりやさん、スカートにはスカートの趣がありますわ。 ですから、次はイブニングドレスなんてどうでしょう?」「おっ、流石紫苑さま。良いチョイスじゃないですか。 って、貴子、あんた何時まで鼻血出してぶっ倒れてんのよ。」「……きゅう。」 何やら千早と瑞穂を着せ替え人形にして遊んでいるメンバーの中に、一夏の知らない女性が混じっている。 妙子やまりやと一緒になって千早達を着せ替え人形にして遊んでいる大柄で長い黒髪が印象的な女性の名前は紫苑、鼻血を出して倒れている女性の名前は貴子というらしい事は、まりやの台詞から分かった。 一夏は、この2人の名前を以前聞いた事があり、紫苑に関しては瑞穂や千早にも劣らぬ美貌の持ち主と聞いていた。 確かに彼女の美貌は千早、瑞穂と並ぶ、一夏がコレまで見た事のある女性達の中でも最上位の美しさだ。 瑞穂が優しい印象で愛らしい、千早が神秘的で可憐という方向性の美少女ならば、紫苑は優雅にして高貴という方向性の美しさを持つ女性だった。 ……もっとも、妙子やまりやと共に千早達を着せ替え人形にして遊んでいるという行為が、その印象を完全に裏切っていたのだが。 と、俯いていた瑞穂がハタとある事を思いつく。 彼にはそれがとてつもないナイスアイデアのように思え、その実行の為に一夏に話しかける。「ね、ねえ一夏君で良いんだっけ。 君って強くなる為に鍛えてるんだよね?」「え? ああ、確かにIS学園に来てからは鍛えてますよ。 まあ鍛えてるったって、周りの連中と比べると隔絶して見劣りしますけどね。」 一夏は遠い目をする。 IS学園の生徒は無理やり入らされた一夏と、彼とほぼ同じ事情の千早を除いて、全員が全員1万倍とも言われる入試倍率を潜り抜けたエリート中のエリート達なのだ。 鈴音やラウラのような代表候補生達にいたっては、地上最強の生物ブリュンヒルデになり得る各国の国家代表を選定する際の候補に挙げられる実力者達である。 いうなればオリンピックの強化選手といった所である。 しかも彼女達が行うのはパワードスーツであるISによる戦闘行為である為、彼女達は生身でも恐ろしく強い。 何しろ素手でマシンガンやショットガンを征圧し、ナイフ一本で熊殺しをやってのけるほどだ。 まして、地上最強の生物とされる千冬や「候補生」とつかない正真正銘の国家代表たる楯無など、人間ではなく「人の皮を被った大怪獣」という評価が適正だろう。 所詮は常人に過ぎない一夏と彼女達では、生物としての格が違いすぎる。 また、IS学園で習う内容がISによる戦闘である事を思えば、他の女生徒達も非力な女の子である筈がなかった。 例外なく幼い頃から強くなる為の血の滲むような努力を積み重ねてきた事は、想像に難くない。 一人かつ生身で百人規模の暴走族を全滅させられる生徒も、そう珍しくはないと考えられる。 より小規模な暴走族を壊滅させられる、という所までハードルを下げれば、ほぼ全校生徒が該当するに違いない。 一夏の前でそんな素振りを見せないのは、「可愛らしく思われたい」という女の子としての見栄による猫被りなのだろう。 対して一夏は、小学生の頃こそその若年からは想像も出来ないほど強かったとはいえ、IS学園入学直前の時点では長らく放置していた腕は錆付いたを通り越して完全に朽ち果ててしまっており、ほぼ完全なド素人と化していた。 現在は流石にIS学園入学当初に比べればいくらかはマシな状態になったとはいえ、それでも所詮はド素人から「ド」が取れた程度の上達に過ぎない。 僅か2ヶ月足らずでそれ以上の上達をする、などというムシの良い話などあるはずがないからだ。 まして、将来千冬と同等の超生物の称号たるブリュンヒルデを手にするかもしれない代表候補生相手に、マトモな戦闘が成り立つ筈がなかった。 達人の領域にいるであろう彼女達に武術で追いつくには、キチンとした師による指導を継続的に受けられたとしても10年、そうでなければ2、30年はかかると考えられる。 一夏は、化け物じみた才能と主人公補正により、彼女達に追いつく将来が約束されている「インフィニットストラトス」の主人公「織斑 一夏」ではないのだから。 しかし、彼はそれでも足掻かねばならない。 その割にISでの戦闘でそこそこ代表候補生相手に戦えているのは、ひとえに一夏のISである白式が彼女達の物とは比較にならないほど高性能だからだろう。 一夏は白式や銀華と代表候補生達が持っている第三世代ISの性能差を、大体「太陽炉搭載型MS対ヘリオン、あるいはリアルド」程度と考えている。 たとえがガンダム00なのは、ISの台頭によってロボット物が駆逐されてしまっているIS世界の住人である一夏にとって、初めて見た千早の世界のロボットアニメであるガンダム00はインパクトが強く、印象もまた強いからだ。 これが一夏の認識である。 僅かながら復旧した武術家としての目から見てみると、IS学園の少女達はここまで強くはないのだが、それでも一夏は「偽装技術高いな、おい。」としか思っておらず、猫被りをしているだけだと考えている。「でも、それが何か?」 一夏は瑞穂との話を続ける。「ん? いや、僕も少しは武術を齧っているから、鍛えているって言うならどの程度やるのか見せてもらいたいなって思ったんだけど、どうかな。」「いやでも、俺って本当にド素人同然ですよ。 俺の実力なんか見たって参考にならないと思いますけどね。」「そんな事言わずに今すぐ胴着なり防具なりを着て……」「ふぅん、一夏君との訓練にかこつけて、女装を止めるつもりなんだ、瑞穂ちゃん。」「はうっ。」 瑞穂の目論みは、まりやによって看破されてしまった。「まあ一夏君と稽古なりなんなりするのは良いけど、本気で一夏君蹴っ飛ばしたらダメよ。 瑞穂ちゃんの脚力って尋常じゃないんだから。」 それを聞いた一夏は、かつて瑞穂が100mを6秒台で走ったという話を思い出す。「そういや前に瑞穂さんは100m6秒台で走れるって聞いた事があるんですけど……あれ、マジですか?」「大マジよ。 100mリレーでね、女の子とはいえ陸上部にトラック半周、つまり50m先行された状態でスタートして追いついちゃった事もあるんだから。」 100m走で50m先行されている。 相手が女子とはいえ陸上部という事を考えれば、彼女の足が遅いなどという事は考えられない。 しかも100m走で50mを既に走っている走者はスピードに乗っており、かつ全力疾走中なのだ。 スタート地点、つまり速力0から彼女以上に加速し、向こうが残り50mを走る間に100mを走り切る。 確かに6秒台を叩き出せなければ不可能な芸当である。「あんたも直接瑞穂ちゃんと組み手するのは止めたほうが良いわよ。 瑞穂ちゃん相手に戦ったら、この強靭すぎる足腰を発射台にしたパンチやキックが容赦なく飛んでくるから。」「……骨の1、2本、簡単にへし折られそうですね…… でも、実際に見てみないと、瑞穂さんが6秒台で100m走れるなんて信じられませんよ。 100mの世界記録って、9秒台なんですよ。 それとも、こっちじゃ6秒とか5秒とかになってるんですか?」「いや、こっちでも9秒台だけど……」「じゃあ実際に100m走って見せてあげるよ。 運動できる服に着替えてくるね。」 そこで着替えにかこつけて女装を止められると嬉しがる瑞穂。 そんな瑞穂に紫苑が話しかけてきた。「勿論ブルマですわよね、瑞穂さん。」 そんな彼女の隣には、ブルマを手にニコニコと笑っている妙子の姿があった。「……違うに決まってるじゃないですか……」「はあ、残念ですわ。」 妙子と紫苑は本当に残念そうにした。 瑞穂の経験上、ここでまりやが妙な助け舟を出して結局瑞穂を女装させてしまうのが分かっていたので、瑞穂は先手を打った。「そうだまりや、着替える前に男に戻してよ。 走っている時に胸がなんか邪魔になりそうで……って、まりや?」 怨念の篭ったまりやの視線が瑞穂に突き刺さる。「瑞穂ちゃん、男の子の癖にあたしよりリッパなもんくっつけといて、邪魔って何よ邪魔って。」「……いや、まりやさんもスタイルは良い方だと思いますよ、俺。」「ただ、比較対照が瑞穂ちゃんだものねぇ。」 一夏のフォローを妙子が台無しにする。 一方、千早もまた瑞穂に便乗して着替えようと画策する。「母さん、まりや従姉さん、紫苑さん、僕も運動できる服に着替えようと思うんですが」「わかったわ千早ちゃん。 それならブルマは千早ちゃんに着けて貰うという事で、良いわね?」「へ、か、母さん!?」 妙子はまりや、紫苑と協力して千早を取り押さえる。「はいはい、一夏君はちょっと出てってね。 一応、今の千早君は女の子だから、男の子に生着替えを見せるのはちょっとね。」 まりやにそう言われると、一夏は慌てて部屋から出て行った。===============「とまあ、向こうはそんな感じだったぞ、千冬姉。」 一夏は千早達の様子を千冬に話す為、和室で千冬達と合流した。「……そうか。」 千冬としては一夏が女性と化した千早の色香に迷ってはいないか、女性にされた千早が女性としての性質に引っ張られて一夏に魅力を感じてはいないかと気が気ではない。 何しろああなってしまっている千早は、千冬の知る限り最も美しい少女なので、千冬の不安は止まらない。「いやいや、なんともカオスだねぇ~~。」「……姉さんがそういう事言いますか。」 箒はジト目で束を見る。「だが、あいつ等もそこまで嫌なら何故抵抗しなかったんだ?」 そんな千冬の疑問に戻ってきていた史が答える。「千早様と瑞穂様は、『男子たる者、か弱い女性に手をあげる事などあってはならない』と言われながら育てられております。 その為、お2人とも非戦闘員の女性に対しては物理的に抵抗する事が出来ないのです。」「俺らんとこの女尊男卑とは真逆の理屈なのか……」 そして一夏の報告を聞いた箒達3人は、ようやく気付く。「ねえ一夏、ここって千早さん家なわけ?」「ああ。」「という事は……私達の世界では、ない?」「箒ちゃん、気付くの遅いよ~~。」「……へ? 俺達の世界じゃないって?」 「インフィニットストラトス」を読んだ事のある箒と鈴音はすんなりと「千早の家なのだから異世界である」と認識する事が出来たが、千早が異世界人であるという話を聞いた事のない弾は箒の台詞でキョトンとしてしまう。「ああ、そういやお前にゃまだ話してないっけ。 千早の奴はな、俺達の世界の人間じゃないんだよ。」「……は?」 目が点になっている弾に、千早の素性を説明する一夏。 トドメとして史が「インフィニットストラトス」を証拠として持ってきて弾に手渡す。「……一夏、鈴、お前らコレ読んで納得したわけか。」「あたしの方はね。 だってそれに出てくる「鳳 鈴音」や「織斑 一夏」とかって本当にあたし達そのまんまだったし、起きた出来事もまあ大体同じだったんだもの。 そりゃあ納得するしかないわよ。 でも、一夏はそれ読んだ事ない筈よ。」 まあ、「インフィニットストラトス」は到底一夏に読ませられる内容ではない事は、パラパラとページをめくっただけで弾にも理解できた。 「一夏」の一人称で書かれている箇所はまあ良い。 だが、鈴や他の少女の視点のページを一夏に読まれてしまったら、それは恋する乙女としての彼女達の悶絶を想い人たる一夏に読まれてしまう事に他ならない。 何が何でも一夏の目に触れる事態だけは避けなくてはならない代物だった。「しかし一夏、なんで私達は異世界などに……」 と箒が言いかけたところで、彼女は束の方に視線を向ける。「……姉さんがいる以上、今更か。」 そもそも千早が彼女達の世界にいる原因こそが束なのである。 彼女がいる以上、自由に行き来が出来ると考えるべきだった。「お前らこっちに来た時の事は……憶えてないみたいだな。」「そりゃあちはちゃんのことですっごいショック受けてたからねぇ。」「私達姉弟が丸一日寝込んでいた事を考えれば、これでも回復はかなり早いと考えて良いんだがな。」 と、そこに瑞穂がやって来た。「お待たせ。 それじゃあ100m走って見せてあげたいんだけど、場所はどこが良いかな?」 千早の家は豪邸と呼んで良い代物だが、流石に100m走用のトラックに類するものはない。 また、この家の周辺の地理には、一夏も千冬も全くお手上げである。 一応ここに住み着いているはずの束なら問題ない筈なのだが、研究三昧の毎日を送っている彼女もあまり詳しくはないはずだ。「いっその事俺ん家の方に戻るか? あの辺で100m走のタイムを計るのに良さげな所も結構あったと思うし。」「お前ん家の方ね……あっ、そういや鈴に会いに俺ん家にみんな集まるんだっけか。」「お前らがぶっ倒れてから2時間以上経ってるけどな。」「いや、それなら丁度時間じゃないかしら? あたし、かなり早くに行ったから。」 それに、そろそろ食事時でもあった。「ん~~、あんな騒ぎ起こしてすぐだから気が引けるけど、それじゃあ弾ん家行くか。」「ああ、五反田食堂か。結構美味しかったものね、あそこって。」 瑞穂がそう相槌を打つ。「それじゃあ戻ろうぜ。」 そう言った一夏が扉を開けると、ブルマを着用した千早からの恨みがましい視線が一夏に突き刺さった。「僕をまりや従姉さんや母さんの餌食にしたまま戻るつもりなのか?」「……悪い。 てか、お前逃げてこれたのか?」「そんな訳ないじゃない。」 とまりやが答える。 千早から見ると隣にいるのだが、まだ廊下に出ていない一夏から見ると彼女の立ち位置は死角になっていた。「……おかげで、僕はまだ女装させられてるよ。」「そ、そうなのか……」 そんな千早の可憐な姿を見て、箒達は改めて混乱してしまう。「一夏……やはり千早さんは女性なのではないのか?」「いや、あの妙な機能で女の子にされてんだよ。」 そう言われて合点が行く箒。 確かに良く見れば、千早の胸は普段のまな板ぶりが嘘のように盛り上がっている。「それじゃあ早速、皆で向こうの世界に行きましょうか。」「その前に着替えさせてくれないかな、まりや従姉さん。」 まあ、どの道一夏達のIS世界に行く為には千早の部屋にあるどこでもドアを使わなければならない。 その為、千早は自分の部屋で着替えの服を調達する事が出来た。 どこでもドアという非常識な物を見た箒達は酷く驚き、「あのなお前ら、千早ん家に来る時にコレ通って来たんだぞ。」 という一夏の追撃により絶句してしまった。 そしてどこでもドアに驚いたのは箒達3人だけではなかった。「本当にどこでもドアですのね。 まさか実物をこの目で見る事になるなんて、わたくし想像もしていませんでしたわ。」「まあそうでしょうね。」「でも、とても素敵だと思いますわ。」「紫苑さま、初めてコレ見る割に動じてませんね……」 瑞穂やまりやの友人だという厳島 貴子という女性もまた、どこでもドアを見て酷く驚いていた。 この中でももっとも「お嬢様」という印象が強い女性だ。 そんな彼女が自分の家、厳島家を成り上がり者と嫌い、由緒正しい家柄のまりやに対してコンプレックスのような感情を抱いていたというのだから、世の中分からないものである。 そんなこんなで、五反田食堂に戻ってきた一行は、鈴音や一夏の元クラスメイト達からの視線の集中砲火を浴びる。 まあ総勢12人中10人が見目麗しい女性であり、中には絶世の美少女と呼んで差し支えない千早や紫苑、瑞穂もいるので、当然と言えた。 残りの一夏と弾には怨念の篭った視線が送られる。 これだけの人数の女性、しかも全員残らず非常に美しいという中に、男が2人だけなのだ。 羨ましがられ、恨めしがられるのも当然であった。 ……やはりというか当然というか、千早と瑞穂を男だと認識したものは皆無だった。=============== 一夏や鈴音にIS学園での生活についての質問が次々と出され、箒は久方ぶりに会う旧友と親交を深める。 瑞穂や紫苑、貴子や千早に声をかけようとするも、あまりにも高嶺の花過ぎて出来ない男性陣。 同じメンバーにスキンケアや化粧の仕方、スタイル維持の秘訣を習おうと声をかける女性陣。 そして、千早達に声をかけられなかったのでまりやに流れていって、まりやからツッコミを食らう男性陣。 そんな様子を千冬と束が少しはなれた席から見ており、史は給仕をしようとして「客なんだから、給仕は店の人間に任せておけ」と弾の父に止められていた。 そんな風にして宴もたけなわとなってきた頃、一夏は瑞穂に100mを走っている所を見せてもらい、そのタイムを計るという約束を思い出す。 丁度、「誰か出し物をやれ」という雰囲気になっていたので、一夏は瑞穂に100m6秒で走るのを一発芸として披露して欲しいと依頼し、瑞穂はそれを快諾する。 勿論五反田食堂の中で100m走など不可能である為、一同は問題なく100mを走れる場所へと移動する事になった。 その移動のさなか、千冬は束が俯いている事に気が付いた。「どうした束? らしくないな。」「……ちーちゃん。 あのね、箒ちゃんにもお友達がいるんだなって。」「? アイツにだって友人の1人や2人はいて当たり前だろう。 お前にさえ私がいるんだぞ?」「私にはその箒ちゃんの友達と、どこかの見ず知らずの人が全く同じに思えるの。 全然価値がないように思えるんだけど、箒ちゃんにとってはそうじゃないんだよね。」「まあその辺りは気にするな。 人間が路傍の石同然に見えるお前の場合は確かに極端だが、別にお前でなくとも兄弟の交友関係が良く分からんと言うのは普通にある話だからな。」「うん……」 それでも、束には自分にとっては道端の石のような存在が妹と親しげに話し、その妹も楽しげにしていたという事実には複雑な感情を抱いてしまう。 正直に言えば箒の友人達を拒絶したいのだが、そんな事をすれば間違いなく箒に嫌われる事は、いくら彼女でも容易に想像できる。 彼女自身、友人である千冬を悪く言われれば怒るのだから、「友達を拒絶された箒が怒らない筈がない」と想像する事が出来るからだ。 それに箒だけが知りえている美点が、その友達にあるのかもしれなかった。「と、そろそろだな。 鏑木、ここで良いか?」 まだ未熟だった頃の千冬や小学生の頃の一夏が走り込みに使っていたコースの一部。 人通りも少なく、車も来ない長い直線。 100mのタイムを計測するにはもってこいの場所である。 そして、まず前準備として100mの長さを測る。 何故かあった100m計測可能な大型メジャーのおかげで手間が少なかった。「じゃあ瑞穂ちゃん、こっからあっちの貴子がいる辺りまでが100mよ。 準備は良いかしら?」「うん、良いよ。」 クラウチングスタートの体勢をとっている瑞穂がまりやの問いに答える。「それじゃあ張り切って行ってみよっかああ!! 位置について、用意、スタートっ!!」 まりやがそう叫びながら腕を振り下ろした瞬間、瑞穂が走り出し、周囲の人間がストップウォッチや時計のストップウォッチ機能をスタートさせる。 瑞穂は信じられないほどの健脚を見せ、あっという間に貴子の傍らを走り抜けていった。 その間、僅か6秒いくつか。 コンマ数秒となると計測者によってタイムにばらつきが出てしまっていたものの、7秒に達するタイムを計測しているものは一人もいなかった。「……ほんっとうに6秒台なんですね。」 あまりのタイムに唖然とする一夏。 周囲にいる彼の友人達もこの脅威のタイムに驚きを隠せず大騒ぎをしており、IS学園の人間である箒や鈴音でさえ例外ではない。「まー、チートの塊だからね、瑞穂ちゃんは。」 まりやはしみじみと言った。「でも千冬さん辺りは僕より足速いんじゃないかな?」「確かに、5秒台どころか3秒台を叩き出してもおかしかないですね。」「……お前は自分の姉を一体なんだと思っているんだ?」「へ? 地上最強の生物ブリュンヒルデに決まってるじゃないかよ、千冬ね、いて、いてててて、痛い痛い痛いっ!!」「つまり私は怪獣だ、とでも言いたいのかお前はああああっ!!」 そうして姉から弟に対して行われる折檻を見て、周囲の人間の殆どが「キジも鳴かずば撃たれまい」と思ったのは言うまでもなかった。==FIN== 妙子さんって瑞穂ちゃんの事どう呼んでるんでしょうかね? とりあえずこのお話の中では「瑞穂ちゃん」としましたが。 今回はちょっとお話がとっちらかっちゃいましたが、次からは焦点を絞ったお話に……出来たら良いなと思います。 ちなみに瑞穂ちゃんですが、自分より千冬のほうが身体能力が高いと思っています。 ……実際の所はどうなんでしょうね。 100m6秒台を叩き出し、自分とほぼ同程度の体格の紫苑さまをお姫様抱っこした状態で1m近くの高さから飛び降りてそのまま走り去れる瑞穂ちゃんVS生身でISのブレードを振るいISの斬撃を受け止める事が出来る千冬。 う~~ん、やっぱ千冬の方が身体能力上ですかね? どちらも人間止めてる芸当ですが。