金曜から土曜にかけての夜、千冬は夢を見ていた。 夢の中で、彼女は自分とよく似た幼い少女と遊んであげていた。 と、そこに一夏がやってくると、少女は一夏を「お父さん」と呼び、彼の元へと駆けて行った。「千夏、ちゃんと千冬姉と仲良くしていたか?」「うんっ!!」 少女は元気良く一夏の問いに応じた。 千冬はもしかしたら、この千夏と言う少女は自分と一夏の間に生まれた子どもなのではないかと思う。 千冬の「千」と一夏の「夏」を組み合わせた名前だったからだ。 だが……「千冬姉、千夏を預かってくれてありがとうな。」(…………は?) 一夏は一時的に少女を千冬に預けていただけらしい。 そして。「千夏、今日の晩御飯は千早の手料理だぞ。」「やったーっ!! 私、お母さんのお料理だーいすき♪」「…………ちょっとまてぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」 千冬はこの時の、自分の絶叫で目を覚ましたのだった。=============== 一夏は夢を見ていた。 夢の中で、一夏は……世界唯一の女性IS装着者だった。 その夢の中では、ISとは「男性にしか使えない兵器」だったのだ。 男共の視線が体中に絡みつく。 むさ苦しい男所帯の中に一人放り込まれた少女である一夏に、熱い視線が集中する。 嫌悪感の余りに挙げた自分の叫び声によって、一夏は目を覚ましたのだった。===============「ってな夢を見てな。」「なんでそんなけったいな夢をみたんだ。」(昨日意識を失う直前に、「お前が当初の予定通り男子校に通ってたらどんな目に遭ってたんだろう?」って思ったらこんな夢を見た、だなんて本人に言えるわけがねえ……) 項垂れる一夏に、千早はなんとも言えない視線を送っていた。「それににしても夢、ね……」「そういやお前の夢も前に見たな。 なんかお前と一緒にいたお前ソックリのちっちゃな女の子に「お父さんって言ったら普通は男の人なのに、何で私のお父さんは女の人なの?」って聞かれる夢なんだが……」「いや、流石にそれは無いから。 ありえないから。」 一夏は今でこそ千早の事を男性と認識しているとはいえ、初対面の時には千早の事を少女と認識していた。 ならば、このような夢を見る事もあるだろう。 とはいえ、千早にとっては受け入れがたい話ではある。 と、そこに千冬がやってくる。 彼女は一夏と千早が談笑している様子を見て、微妙な表情を浮かべる。「? どうしたんだ千冬姉?」「……一夏。 私は男の妹などいらんからな。」「…………は?」 一夏は小首をかしげる。 千冬がなんでそんな事を口走ったのか、全く分からなかったからだ。(いくら御門が女になれるからといってアレは…… 正夢にならん事を祈るのみだな……) 千冬の脳裏には今朝方見た夢の様子がくっきりと浮かんでいたのだった。「まあとにかく千冬姉も来た事だし、行こうぜ。」「ああ。」「まったくあの阿呆は……」 千冬は銀華の機能のおかげで、これまでの人生でも指折りの恐怖体験をする羽目になったのだ。 いくら銀華が勝手に作った機能だと説明されても、やはり元凶は束という事で、束に文句の一つくらいは言いたかった。 そういうわけで、彼女は一夏と千早と共に、束がいるであろう千早の家に向かったのだった。=============== 自宅の最寄り駅で降りた織斑姉弟と千早は、思わぬ相手に遭遇した。「ん? 弾に……鈴? 妙な組み合わせ……でもないか。」「ふぇ、い、一夏? あ、あんた一体なんでこんな所に来てるのよ?」「いや、そりゃこっちの台詞だって。」 と、そこで千冬が話に入ってきた。「私達姉弟は少しこちらで用事があってな。」「あ、そうなんですか。 あたしはこっちにいた頃の友達の所に顔出しておこうと思って来たんですよ。」「それで、出迎えに来れたのが俺一人だったんです。 基本みんなヒマ人なんですけど、今はゴールデンウィーク中ですんでちょっと間が悪かったみたいで。」「ふむ。」 そういう事であれば、この2人が一緒なのは納得できる。 と、そこへ箒がやってくる。 どうも一夏達と同じ電車の大分離れた車両に乗っていたらしい。「一夏に千冬さん、千早さん、こんな所で会うなんて奇遇ですね。 ……? お前は……?」「? な、何よ。 あたしの顔なんてマジマジと見て。」 箒は鈴音が一夏でない少年と並んで一夏と相対していた事を見て、内心喜びながらこう言った。「なんだ。お前にはもう恋人がいるというわけか。 なら一夏の事は……」「あのね、コイツは単なる友達よ。 五反田 弾って言って、あたしと一夏の中学時代の友達なの。」 鈴音は「あたしと一夏の中学時代の」という部分に力を込めて言う。 中学時代、一切一夏との接触が無かった箒に対する彼女のアドバンテージを示した形だ。 なにやら張り合おうとしている少女達だが、一夏には彼女達が何で張り合おうと思っているのかが分からなかった。 無論、千冬、千早、弾には彼女達が一夏の取り合いをしているのは丸分かりだったが。 そして今まさにヒートアップの第一歩に踏み出そうとしている少女2人に、弾が冷や水を浴びせた。「いや……でも、コイツの彼女ってその銀髪の……千早さんだっけ? 彼女じゃないのか?」 その弾の一言で、2人の少女は思い出したかのように愕然とし、千早は女の子座りで項垂れてしまい、一夏が千早の肩に手を置いて彼を慰めた。「弾……前にもコイツは男だって言っただろ? 女の子に間違われまくってて、ISコアにすら間違えられてコンプレックスになってんだから、そのコンプレックス抉るような真似すんなよ。」 一夏が千早の肩に手を置いた状態で弾にそういうと、弾は唖然とした表情でこういった。「……お前、それ、マジで言ってんのか?」 その弾の一言で、千早はさらに沈み込んでしまう。「……なんでみんな信じてくれないんだ……はぁ……」 千早が弱弱しくため息をついた。 しばらく後。 愕然としていた少女達2人は、弾と共に彼の家である五反田食堂へと向かう事になった。 鈴音の場合は、元々彼女の元クラスメイト達と五反田食堂で会う事になっていたので予定通りだったが、かつて住んでいたこの町そのものを訪ねてきた箒にとっては予定外である。 しかし、鈴音や一夏の元クラスメイト達の中には箒の小学生時代の友人もいくらかは含まれていた為、彼女も鈴音と共に五反田食堂に行こうという話になったのだ。 一夏も五反田食堂に行きたそうなそぶりを見せると、千早はクスリと笑って言った。「千冬さんのストッパーは僕がやっておくから、一夏も一緒に行って来たらいいんじゃないか?」「ん……でも、千冬姉をお前と二人きりにするって言うのは……」 千早は「このシスコンは……」と頭を押さえる。 どうも一夏は千冬を自分以外の男、つまり千早と二人きりにする事に抵抗を覚えているようだ。「大丈夫だって。 大体、僕なんかが千冬さんに手を出そうものなら、命が幾つあったって足りやしないさ。」「むう、まあそれもそうか。 じゃあ弾、俺もそっち行くわ……って、どうしたんだ3人とも。」 一夏が弾達の方を見ると、彼は箒と鈴音と共に呆けた表情をしていた。「一夏……お前にはマジで今の笑顔が男の笑い顔に見えんのか……?」「「……勝てない……」」 どうも今の千早の笑顔に3人してやられてしまったようである。「おい、一夏、御門。」「ん? なんだ千冬姉?」「私の方の用事もそれほど急ぎではないからな、私も五反田食堂に行くぞ。」「は?」 一夏と千早の目が点になる。(……そーいえば、この人もブラコンなんだっけ…………) 千早はそう思いながら千冬と箒や鈴音を見比べる。 また弾の妹である蘭という少女も実物にはあった事が無いが、「インフィニットストラトス」においてはかなりの美少女として描写されていた筈だ。 千冬が警戒するのも無理は無い。「ええと、千冬さん、用事って何ですか?」 いつの間にかショックから立ち直ったらしい箒が恐る恐る訊ねる。「いや何、私達の家の方でちょっとな。」 流石に束にお礼参りしに行くなどと素直に言うわけも行かず、千冬はお茶を濁す。 まあ、束がいる千早の世界へは、彼女達姉弟の家からでなければ行けないので、嘘ではない。「? 掃除か何かですか?」「まあ、そんな所だ。」 こうなると千早の方も一人で織斑姉弟の家に入るわけにも行かないので、結局全員で五反田食堂に向かう事になったのだった。===============「「「「「「…………」」」」」」「「「「…………」」」」 一夏達が五反田食堂に入ると、そこにはメカニカルなウサミミをつけた女性が定食を食べていた。 見ると表情の乏しいヘッドドレスをつけた少女と、活発そうな少女、そして長い亜麻色の髪を持つ長身の少女が彼女とテーブルを共にしていた。 その中で織斑姉弟や箒、鈴音が見たことのない相手は活発そうな少女だけである。 長身の少女とは面識は無いが、別の所でその顔を知る機会があった。 そのウサミミの女性と千冬が呆然とした表情で見つめあい、そして「ち、ちーちゃんごめんなさいっ!!!」 ウサミミの女性、束は立ち直るや否や額をかち割らん限りの勢いで土下座を始め、更には五体投地に移行していく。「ね、姉さんの五体投地なんて、想像した事すらなかった……」「まあ、傍若無人っつー言葉が服来てうろついてるような人だからな……」 そんな束でも地上最強の生物と恐れられる千冬の逆鱗に触れるのは流石に恐ろしいらしい。 今回の一件、銀華に付いてしまった性転換機能によってIS学園の百合趣味の少女達が暴走した責任は間違いなく束にもあるからだ。 とはいえ、このような束の姿を想像した事のある人間など、この世界には存在しない。 彼女の傍若無人さと、それに見合う天才科学者としての能力とそれに裏打ちされた圧倒的武力を知らぬ者はいないからだ。 ISという圧倒的にして絶大な力の源たる篠ノ之 束という女性は、最早人間扱いされておらず、天災、人の皮を被った災害といった扱いになっている。 その彼女が他人に土下座をする様子など、IS世界の住人には想像だにしない光景である。 千冬や箒、一夏にしても、人間としての束の実態を知っているので彼女を災害扱いする事は無いとはいえ、逆に人間・篠ノ之束の事を知りすぎているが故に彼女の傍若無人さがハンパでは無い事を誰よりも良く知っている。 なのでこんなにも素直に束が頭を下げるとは思っておらず、毒気を抜かれて呆気にとられてしまう結果となった。 そんな光景を横目に見つつ、千早は束と共に食事をしていた少女達の方を見やる。 ヘッドドレスの少女は彼の侍女である度會 史。 彼女は何度かこちらの世界に来た事がある為、五反田食堂に居たからといってさして驚く相手ではない。 しかし……「まりや従姉さんに、瑞穂さん!?」「やっほー、久しぶりぃっ!!」 従姉妹である御門 まりやと、又従兄弟である鏑木 瑞穂まで一緒にいるのは完全に想定外であった。 ともあれ、千早があげた素っ頓狂な声によって、千冬を除く千早と共に五反田食堂に入店してきた面々が一斉に千早の方に注目する。「まりや……姉さん? 千早さん、貴女にはお姉さんがいたわけ?」「……いや、彼女は僕の従姉妹ですよ。」 鈴音の質問に千早が応える。 その千早の返答を踏まえてマジマジとまりやと呼ばれた女性を観察する鈴音。 身長は余り高いほうではないようだが、活発でボーイッシュな印象を受けるエネルギーに満ち溢れた女性だ。 悔しいがスタイルの方も大分良いほうだ。 流石に箒ほどの巨乳ではないようだが、充分ナイスバディだと言える。 確かに女性としても美しくはあるが、流石に千早には及ばないようである。 髪型は千早の流麗なゆるふわウェーブとは対照的な、ショートカットである。「……まあ確かに姉妹って言うにはちょっと似てないか。」 そう言った鈴音は、残る一人、長身の少女に目をやる。 まりやとは対照的な大人しい雰囲気の女性で、上背の割には愛らしい印象を受ける。 鈴音はその美貌をISの戦闘シミュレータのデータで知っていた。「あれ? 彼女って、あのやたら突進力のあるISの装着者よね?」「……ああ見えても男の人ですよ、一応。」 千早はため息混じりに訂正するが、「……は? いや、そんな事ある訳ないでしょ。 あんなに綺麗なのに。」 鈴音はサッパリ信じない。 その様子を見て「そんな事ある訳ないって……」 長身の女性、鏑木 瑞穂はがっくりと項垂れてしまったのだった。「ん~~~、でもまあ信じたくない気持ちは痛いほど分かるけどねぇ~~。」「どういう意味だよ、まりや。」「そりゃ、女らしさと綺麗さと可愛らしさで男の子の瑞穂ちゃんに負けちゃったら、女としてのプライドはズタズタになっちゃうじゃない。 長年、女の自分自身より従兄弟の男2人の方が綺麗で可愛くて女らしいって立場にいたあたしじゃないんだからね、彼女は。 …………はぁ、自分で言ってて虚しくなってきたわ。」「まりや様、自傷行為はそこまでにされた方がよろしいかと思いますが。」「…………そうね。」 瑞穂の落ち込み具合はさらに悪化し、まりやの方もどんよりと影を背負ってしまった。「……従兄弟の男2人ってのは、お前とそこの瑞穂さんって事か?」「認めたくないけれど、そういう事なんじゃないか……はぁ。」「……いや、千早さんが男だなんてあり得ないでしょ。ねえ2人とも。」「ああ。 こんな美少女が男だなんて言ったら、俺は明日から何を信じて生きていきゃ良いんだよ。」「全くだ。 千早さんが男だなどと言われたら、私達など一体何だと言うんだ。」「お前らいい加減信じてやれよ……ほら、へこんで膝ついちまったぞ千早の奴。」 一方、束の五体投地に唖然としていた千冬はようやく再起動を果たし、改めて束に話しかけた。「なあ束、何でお前がこんな所にいるんだ?」「へ? いや、ちょっとあの2人がこっちの世界を見てみたいって言ったから、案内……」「お前はそんなタマじゃないだろう。」「え、ええとね、あのまんまちはちゃん家にいると、もんの凄く怒ってるちーちゃんがやって来そうで……」「つまり私から逃げる為に御門の家から出ていった先がここだった、と。」「あう……ご、ごめんなさい…………」 束は再び千冬に土下座した。「まあ、反省の色は嫌と言うほど見せてもらったから、後は女の私に孕ませて欲しいなどと訳の分からない事をほざく連中を黙らせてくれれば、私としては文句は無いぞ。」 流石に十二分に誠意と反省を見せてもらった千冬は、それ以上束を追い詰めない事にした。「ううっ、じゃ、じゃあ銀華の機能で性別が変わっちゃうのは、男の子なのにISが使えるのと同じ位の希少価値って事にして、私名義で発表すれば良いと思うよ、ちーちゃん。」「まー、嘘じゃないもんね。 瑞穂ちゃんや千早君みたいな男の子なんて、そうそういるわけないし。」 まりやが束の台詞に合いの手を打つ。 確かに瑞穂や千早のような男性があと何人もいるとは思えない。 こちらの世界に一人も存在していないとしてもそれは当然であり、千早達の世界にさえ彼ら2人以外には存在していなくてもおかしくは無かった。「まあそういう事なら良いだろう。 御門の事を女だと固く信じて疑わん連中も、その説明ならあんな訳の分からん発言を引っ込めてくれるだろう。」 千冬はそう納得した。「……あの。」 と、箒がまりやに声をかける。「? 何かしら。」「貴女や姉さん、それに千冬さんは、なんで千早さんやそこの……瑞穂さんでしたか、彼女の事を男の子だなどと言っているんですか?」「ああ……まあ信じられないって言うより、信じたくないわよねぇ、自分より綺麗で可愛くて女らしい男の子がいるだなんて。」「こ、この二ヶ月、口をすっぱくして僕は男だって言い続けたのに、信じてくれたのが一夏と千冬さんの2人だけだったからね……」 千早は呻くように吐き捨てた。「信じられないお気持ちは痛いほど理解できますが、千早様と瑞穂様はお2人とも男性です。 銀華の性転換機能も、その後の調査で、正確には性転換ではなく女性化機能だと判明しております。 その為、銀華の機能によって元から女性の方を男性にするという事は原理的に不可能な事が分かっています。」「「「……へ?」」」 史の言葉で、箒と鈴音、そして弾の目が点になる。 そして弾以外の2人の脳裏に悪夢が蘇った。「あ、あれ? 箒ちゃん、もしかしてお姉ちゃんのお話信じてくれてなかったの!?」「いや……だって、千早さんが男性だなんてありえる筈が……」「ありえる筈が無いからお姉さんビックリして、ちはちゃんの事気になっちゃったんだよ。」 確かにそうだ。 束は妹の自分と親友である千冬、そしてその弟である一夏以外の人間をまともに認識できない筈。 両親ですらかなり怪しいくらいだ。 その束が千早には特別注意を向けている、という事はいかにも不自然である。 圧倒的なほどの美少女にもかかわらず、実は男。 その位のインパクトが無ければ姉に個人として認識されるはずがないという、その理屈は頭では分かってはいた。 しかし……「へ? え、と……姉さん? そ、それじゃあ、女らしさや女性としての容姿で千早さんに劣る私は一体なんだと言うんですか……」 段々箒の動きがぎこちなくなっていく。 その彼女の隣では「おい、しっかりしろ鈴!!」「あ、あは、あははははあはははははははははああ………… あ、あああ、あああああああああっーーーーーーーーーーーー!!!!」「だ、大丈夫かよ! おい弾、おじさん呼んで来い!!」「え、あ、う、嘘だ、嘘だろ……何、あんな超絶美少女がおと、お、おと、おと、お、お、お、おぅわあああああああああーーーーーーーー!!!」「お前もかーーーーーーーーーーーっ!!」 弾と鈴音が一足先にゲシュタルト崩壊を起こし、一夏が2人への対応に追われていたのだった。 箒の精神の均衡が崩れる数秒前の出来事であった。=============== 平和な定食屋で阿鼻叫喚の地獄絵図を展開した一団は、五反田食堂から叩き出されてしまった。 あのまま放置していれば、客足が遠のいていたのは確実なので、適切な判断ではある。 ケタケタと虚ろな笑い声を発している弾を背負った一夏と、同じく虚ろな笑顔を浮かべている箒を背負った束と、同様に壊れ果てた様子の鈴音を背負った千冬は、千早、史、瑞穂、まりやとともに織斑姉弟の家に向かっていた。 弾・箒・鈴音の様子が落ち着くまで、織斑姉弟の家で寝かせておくのが良いという話になったからだ。 通常、人一人背負うなどという力仕事は男性の役割なのだが、千冬は地上最強の生物なので力仕事を任せてもなんら問題が無く、束は率先して箒を背負った為、瑞穂と千早には少女達を背負う役目は回ってこなかった。 家に着く直前、一夏はこうこぼす。「鈴に会いに来た連中には、後で詫び入れておかないとな。 俺や千冬姉も丸一日寝込んだんだし、こいつ等もその位経たないと持ち直さないだろ。」「うう……箒ちゃん、戻ってきてぇぇぇぇ。」 そんな束の願いも虚しく、箒は未だに壊れていた。「さて、久しぶりの我が家……なんだが、この状態のこいつ等を背負っていると思うとくつろぐ気になれんな……」 はぁ。と千冬はため息をつく。 ため息をつく癖を千早に伝染されたのかも知れない。 彼女はそんな事を考えていた。 とはいえ、玄関の前で嘆いていても始まらない。 一同は織斑姉弟の家に入って行った。=============== 壊れた三人は織斑家の居間から千早の部屋を経由して、御門家に連れて行かされる。 元々2人暮らしで余分な布団や部屋が少ない織斑家より豪邸の部類に入る御門家の方がスペース的に余裕がある事と、どこでもドアなどという非常識な物を目の当たりにする事で、千早と瑞穂が男だったというショックを少しでも中和できないかという話になったためだ。 しかし現実は無情である。 3人ともほぼノーリアクションで、壊れたままだった。 一行は和室に向かい、布団を敷いて3人を寝かせる。 なお、千早が一夏達を伴って帰って来た事を妙子や使用人達に知らせる為、史は別行動となっていた。「……一夏と千冬さんの時もそうだったけど、僕が男だっていうのはこんな風に寝込むほどショックな事なのか!?」 元凶その一がしかめっ面でそう呟く。「御門、鏡を見ろ。」 千冬は非情にその呟きを斬って捨てる。「ま、まー、ちはちゃんは銀華やコレ使えば女の子になれちゃうから、箒ちゃん達には女の子って事にしておいてあげてても良かったかも……」「僕のジェンダーアイデンティティ全否定ですか。」「瑞穂ちゃんと並んで、ただそこにいるだけでフルオートで女のプライドを粉砕する女の敵が何言ってんのよ。」「私もまりや様と同感です。」 女性陣はさらに追撃を加えてくる。 一夏はそんな様子を苦笑いを浮かべて眺めていたが、ふと束が取り出した物が気になった。 どうやら腕輪のように見えるが、なにやらメカメカしい。 束はISの発明者なので、ISの待機状態と思うのが普通なのだが……「? 束さん、それ何ですか?」「へ? ああコレ? いっくん、ちょっと触って見て。」 というや否や、一夏の手をとった束がその手を腕輪に押し付ける。 しかし何も起こらない。「うん、やっぱりいっくん相手じゃ普通の男の人と同じで何にも起きないか。 どことなくあたしが作った対ISコア用性別偽装システムに似た感じがしてたから、ちはちゃんとかみーちゃん相手じゃないと効果ないみたいだね、女体化システム。」「…………は?」「んふふっ、いっくんコレが何だか知りたい?」 一夏は非常に嫌な予感に襲われた為、正直知りたくなかったのだが、束はそのまま捲くし立てる。「じゃーーーん、束さんが銀華の機能を解析して、それだけを切り出してみた女体化の腕輪だよ!! 使い方もゆーざーふれんどりーにも触るだけで効果を発揮と超簡単!! どう?」「………………な、何人の事性転換させようとしてんですかああぁぁぁああぁぁぁああああっ!!」 一夏が叫び声を上げ、何事かと史がやってくる。「一体どうされたのですか、一夏様。」「へ、い、いや、ただの気付けだよ気付け。 こいつら正気の戻す為のさ。」 一夏はとっさにそう言う。「はあ、そういう事でしたか。 ですがあまり大きなお声を出されると、奥様が酷く驚かれてしまいますので、ご遠慮していただけませんか?」「あ……ごめんなさい。」 一夏は史に頭を下げた。(そういや千早のお母さんって、精神的にキてんだっけか。 驚かして良い相手じゃないよなぁ。)「う、うん……」「こ、ここは……」「うう……」「3人とも気が付いたのか?」 今の一夏の叫び声が丁度良いショック療法になったのか、壊れていた3人が壊れていた状態から復帰する。「な……姉さん!? いや、何か悪い夢を見ていたような気がするんですが……」「あたし、何時の間に寝てたんだろう……なんか、千早さんが男だって言われてショック受ける夢みちゃった……」「奇遇だな、俺もだ……」「あたし達どーかしてるわよね、あんな美人が男の筈ないのに……」「「……僕達のジェンダーアイデンティティは」」「何も言うな。話をややこしくするな。」 どうやら3人とも五反田食堂での出来事を夢だと思い込んでいるらしい。 それほど千早の性別が男性であると知らされたショックは大きかったのだろう。 その様子に、元凶その1と元凶その2は部屋の隅っこで落ち込んでしまったのだった。「一夏、こいつらは暫くそっとしておいた方が良いだろう。 後、そこで落ち込んでいる奴等とも離した方が良い。」「そうだな千冬姉。その間の世話は……史ちゃん、頼める?」「はい、承りました。」「私も残って箒ちゃんの看病するね。」 織斑姉弟はそう言った史と束を残し、千早と瑞穂を引っ張って和室から出て行く。 行き先は千早の部屋にした。 姉弟と千早、瑞穂、まりやの5人で入るには少し狭いようにも思えたが、まあ問題は無い筈だった。 そして千早の部屋に着くなり、まりやが腹を抱えて笑い出した。「あっはっはっはっはっはっはっは!! いやぁ、千早君がすんごい美少女なのは分かってたけど、ああまでして信じたくないって、あんた向こうじゃドンだけ女の子として振舞ってたのよ。」「まりや従姉さん、笑いすぎ。 それに僕は別に女の子として振舞った覚えなんて無いから。」 千早はそう言いながら頭を抱える。 しかし千冬はそんな千早を見て(それはひょっとしてギャグで言っているのか?) と内心叫んでいた。「いや……でも、向こうってISが実在している世界なんだよね? ISは女の人の物っていう意識があるんだから、それを使えちゃってたから僕達が女の子扱いされるなんていうのは……」「そうだ、それだ、瑞穂さん!! だからあんなに口をすっぱくして僕は男だって言っても」「「ないな。」」「決め手じゃないわね。」 織斑姉弟とまりやは瑞穂と千早が縋りついた可能性を斬り捨てる。「そもそもそのゆるふわウェーブがなぁ。」「もっと根本的には骨格からして女そのものだろう、2人とも。」「っていうか瑞穂ちゃんってば、亡くなったおば様に似すぎ。 こないだなんかまるでクローンだって、アルバム見てた貴子や紫苑様が仰天してたわよ。」 言葉のナイフが次々と瑞穂と千早に突き刺さる。「ああでも千早君の場合、ISのせいで女の子に見られるって言うのは確かにあるかも。 千早君のISのデザインってば、完全にお姫様ルックだもんねぇ。」「え゛、まりや、ひょっとしてアレを見せる気!?」「アレ?」 瑞穂の台詞に、千早が不吉な予感を感じつつも怪訝に思って聞き返す。「ああ、向こうの本屋で買ったISの雑誌よ。 はいコレ。」「lkす@たhy921お1h1@!!!」 雑誌を手渡された千早がショックの余り、言葉にならない声を上げる。 雑誌の拍子には、デカデカと千早の写真が載っていたのだ。 織斑姉弟は千早の様子に驚き、千早の両サイドから雑誌の拍子を覗き込む。「……そーいや、前に鈴が代表候補生には写真撮影の仕事があるみたいな事言ってたっけな。」「……ぼ、僕、代表候補生でもなんでもないタダのド素人なんだけど………… 何だコレ……」 愕然としている千早に千冬が非情な宣告をする。「新聞部の連中に目を付けられたのが運の尽きだったな。 IS学園に所属して生徒や学園での出来事を収集し、校内新聞にするあいつ等は、対象となる生徒や職員がIS関係者という事もあって独自の影響力を持っているんだ。」「なんで高校の一新聞部がそんな力を持ってんですか……」「まあ、IS学園に在籍中はIS関連技術の公開をしなくて良いとされてはいても、学園に所属する以上はどう足掻いても生徒職員の目に触れるからな。 その機能で何が出来るか位は、どう頑張っても生徒達を通して各国のIS関連会社や関連機関にバレてしまうんだ。 だから外に出る情報を制限する体制はあまり強固ではないぞ。」「あの……肖像権の侵害とか……」「IS学園は建前上日本ではないからな。 それに一夏の件を見ても分かるだろうが、IS関係で一度話題になれば肖像権なんぞあってないような物だぞ。」 千早はガックリと項垂れてしまった。「ま、まあ、俺の他にお前って言う第2の男性IS装着者が見つかりましたっていう特集かも知れないじゃないか。」 一夏はそう言うが、表紙には『特集記事:神秘のベールに身を包む銀のISと銀の少女』 と書かれていた。 現実は非情である。「あああ、ああああ、こ、こんな写真見られたら、僕のこと男だって見抜く人が沢山いる……っ!! 男の癖にこんなお姫様ルックに身を包んでいる写真を全世界規模でばら撒かれたら、僕は、女装変態だって全世界に、は、はは、う、うわああああああああっ!!」「千早の奴、普段とキャラが違うような気がすんだが……」「あの3人から不安定な精神状態でも伝染されたんだろう。」「千早君、こんな写真だけで見抜くマニアックな奴なんて殆どいないから安心しなさいよ。 そいつがどんなに周囲に千早君は男だって広めようとしたって、だーれも信用しないんだから。」「そ、それはそれでジェンダーアイデンティティがズタズタになるんだけど、従姉さん。」 ちなみに千早のあずかり知らない事ではあるのだが、千早を一目で男だと見抜ける人間の多くは裏社会の住人であり、裏社会には銀華の性転換システムの情報が既に流れている為、彼らは写真の千早を男だと見抜いた上で「男に性転換している美少女」と認識している。 ……世の中、知らない方が良い事もあるのである。 この数時間後、束が千早に「ちはちゃん、束さんがとってもいい言葉を教えてあげるね。 昔の人は言いました。旅の恥はかき捨て☆」 と言った時、千早は遠い目をしたのだった。==FIN== ええと、千夏ちゃんが千冬さんに似ているのは、一夏経由で千冬と同じ遺伝子が流れ込んでいるからです。 まー所詮は夢の中の登場人物なんで、細かい設定は不要なんですが、まんまちっちゃいちーちゃんだとすぐに千冬さんにネタが割れてしまうんでw 一方、一夏の夢の方に出てきた方の子どもは、PC版おとボク2で実際に見る事が出来ます。 ……母親のDNA混じってるんだろうか、あの子って…… で、ちーちゃんが男だという事を受け容れられない人々ですが…… 何の予備知識もない人にちーちゃんの抱き枕カバーや裸Yシャツちーちゃんを見せた後、「ちーちゃんは男の子なんだよ。」 と言った時の相手のリアクションを想像して見てください。 まして、箒達の目の前にはリアルにちーちゃんがいるわけです。 ……正直、一目で見抜いた順一さんを始めとする自力で見抜いたおとボク2キャラ達は只者ではありません。 他の人たちもすんなり受け入れすぎ。 少しオーバーすぎるような気はしますが、今回の箒達の反応の方が正常な反応だと思います。