火曜日の昼休み。 五反田 弾は親友からの電話で、血も凍るような内容の相談を受けた。 ラウラ=ボーデヴィッヒという少女が昨日やらかした事。 その少女が、何故自分が千冬に怒られたのかサッパリ分かっていないという事。 そして彼女が千冬が怒った理由をクラスメイトを始めとする女生徒や教員に訊ねて回っているが「貴女自身、女の子なんだからそんなの分かりきってる筈じゃない。」 と返されて要領を得る事ができず、それならばと男性である一夏に相談してきたとの事。『と言うわけでだ、弾。 ラウラの奴になんつったら納得してもらえると思う?』 普段の一夏の女性がらみのトラブルならば、いつものごとくにべも無く突っぱねていただろう。 だが、今回ばかりはラウラという少女のみならず、一夏の命にも関わりかねない。 千冬が担任を務めるクラスで、千冬を激怒させかねない爆弾がクラスメイトというのは恐ろしく胃に悪いからだ。「ははははは、この野郎、怪談にゃあまだ早えぞ。」 弾は既に汗びっしょりになっている。 怖い。 冷や汗が止まらない。『そう言うな。 マジで死活問題なんだ。』「つか、なんで俺に相談してんだよ!?」『ラウラの奴が、この件に関しては女は頼りにならんっつってな。 千早に相談しようかとも思ったんだが、ラウラはアイツの事女の子だと思っててさ。』「……男でも役に立たんわっ!!」『分かってるよ、そんな事。 だけどな、今、俺のすぐ傍でそのラウラが正座して、俺達の結論待ってるんだ。』 弾と一夏は電話越しに、同時に頭を抱える。 心なしか、頭が痛い。「ええと、一夏。確認良いか?」『? なんだ?』「そのラウラって娘、もしかして無茶苦茶世間知らずか?」『ああ。 なんでも赤ん坊の頃から「戦闘力が高い」とか「指揮能力が高い」とかっていう軍事に関係する能力だけが評価対象って環境で生活していて、それ以外の価値観がサッパリ分からないんだと。 辛うじてお金と食料品なんかの価値は分かるそうだが、それにしたって食えなきゃ戦えないとか、お金がないと物資の補給や拠点建設、新兵器開発や兵員への給与支払いが出来ないとかって、軍事に結び付けて考えてるし。』「ずいぶんミリタリーな箱入り娘だな、おい……」 光明は見えたような気がするが、頭痛はかえって酷くなった。「つまりだ、その世間知らずが問題なんだろ? IS装着者にとっては「女らしさ=強さ」なんだから一般的な意味での女らしさなんてどうでも良い、なんておっそろしい事を平然と言えたのは、彼女には一般的な意味の女らしさが世の中の女性にどれだけ重視されているかっていうのがサッパリ分かってなかったからだろ? つまり常識が無いわけだ。」『そこまでは俺も分かってるんだよ。』「社会勉強でもさせるか? IS学園から連れ出してバイトでもさせてみるとか。」『俺が提案したらお目付け役やらされるぞ。 休日が潰れちまうから、それだけは勘弁だ。 大体お前、俺とラウラ達代表候補生とでどんだけ差があると思ってやがる。 オリンピックの強化選手とそこらの小学生くらいの差、いやそれ以上の差があるんだぞ。 こちとら休日返上どころか夏休みとかの長期休暇返上で訓練漬けにならなきゃどうしようもねえんだよ。』「でも鈴は一年でそのオリンピックの強化選手になったって聞いてるぞ。 ずぶの素人からたった一年でなれるくらいなんだから、お前が言うほど凄くないんじゃないか?」『そりゃ、鈴の才能が化け物じみてただけだ。 一年で代表候補生になっちまうような奴を、俺達常人の基準に当てはめるな。 大体代表候補生っていうのは、熊鍋食う為にナイフ一本持たされて腹すかした熊と同じ檻に入れられる連中なんだぞ。 ただの女の子からたった一年でそうなっちまったアイツの才能が化け物だっていうだけの話だよ。』「……マジか?」 ちなみに熊鍋の話はラウラから聞かされた話である。 一夏は他の代表候補生、つまりセシリアや鈴、シャルロットも当然同程度の訓練を受けているものと思っている。 実際には、そこまでやっている者はラウラや更識楯無などの、生まれた頃から人間ではなく兵器として育てられた正真正銘の生物兵器達くらいのものなのだが。『大体だ、お前、あいつ等がどこの誰を目指してるのか分かってるのか? 地上最強の生物、千冬姉だぞ。 一年で人間止めた強さになれる位でないと…………』 と、唐突に一夏の声が遠のく。 そして電話の相手が一夏ではなくなった。『弾、一夏借りるわよ。 あと、熊鍋がどうのだなんて与太話真に受けたら、今度あった時には三枚に下ろすから。』「いや……そのまんま持ってっちゃってくれ。 後、そんなもん真に受けないから安心しろ。」 弾には、鈴音に首根っこ捕まれて連行されているであろう親友の冥福を祈る事しか出来なかった。===============「はあ、あんた何考えてんのよ。 もう一回ISコア無しのISつけてグラウンド走りたいわけ?」 鈴音はジト目で一夏を睨む。 彼女もまたラウラから相談された一人だった。 ……実に返答に困る相談だったので、マトモに応じる事が出来なかったのだが。 そして千早が一夏に首尾を訊ねる。「で、一夏。どうだったんだ?」「ああ、弾の奴も俺らと同じ結論までは行ったんだが、そっから先がな……」「き、貴様等、この私を世間知らずの箱入り娘みたいに言いおって……」「ミリタリーの世界の事しか分からないくせに何言ってやがる。 世の中軍事一色じゃねえんだぞ。」 一夏は頭を抱えながらラウラに反論する。「まるで狼少女だね。」 千早は力なく笑いながらそう言う。「狼少女?」「教育学や文化人類学の話になるんだけどね……」 千早は狼少女についての話を語る。 それは人間ではなく狼に育てられた為に、狼の常識に従い4つ足で歩き、人間としての常識を持たなかった為に言語能力など人間の能力を得られなかった2人の少女の物語。「彼女達は普通の人間の文化の代わりに、狼の文化を学んでしまったから、狼の振る舞いや価値観を持つようになったんだ。 ラウラさんの場合、狼じゃなくて兵器の文化を学んだから、兵器としての価値観が身について、それが人間の価値観とどうしてもずれる、っていう所なんだろうね。」「……えらくムズい話を…………」「そうかい? 僕は雑学の範疇だと思うんだけどね。」 千早は優雅に話を区切る。「んで、そのぶんかじんるいがくの話ってー事は……何? どういうわけ?」「……超エリートの貴女でも専門外の事には弱いんですね。 つまり狼少女達に対して行われたような、人間としての再教育がラウラさんには必要だという話になるんですが……これ、年単位の非常に根気のいる作業になるんですよ。」「「…………」」 千早の話を聞いて頭を抱える一夏と鈴音。 話した方の千早も大きくため息をつく。「「ね、ねんたんい……」」「ちょっとまて、教官を怒らせてしまった理由を理解する為に、なんでそこまで長期に渡る再教育など必要なんだ?」「ある文化圏に所属する人が別の文化圏について学び、別の文化の価値観を実感として理解する為には結構な時間が必要なんですよ。 まして貴女の場合、人間とは異質な兵器としての文化、兵器としての価値観が根付いてしまってますから、もっと時間がかかります。 知識として教える事は可能でも、今回の場合実感を伴った価値観の理解じゃないと拙いですからね。」「むぅ……しかしだな……」 ラウラが搾り出すように呟く。「千冬お姉様のためなら死ねますとか、もっと叱って罵ってとか、でも時には優しくしてとか、そして付け上がらないように躾をしてとか……それが」「それは価値観に狂いが生じている人たちですから、参考にしないで下さい。」 とんでもない連中を基準にものを考えようとするラウラを制止する千早。 マンガチックな表現をするのであれば、彼の後頭部には巨大な水滴状の汗がついていた事だろう。 するとラウラに安堵の表情が浮かぶ。 流石にあれを自分より正常だとは思いたくなかったらしい。「で、具体的にはどうするのよ?」「社会勉強が一番良いんでしょうけれど…… ラウラさんと同じような生物兵器は他にも何人かIS学園にいるようですが、彼女達はラウラさんと違って人間の文化に馴染んでいるようです。 そんな彼女達に、人間としての生き方を教えてもらうというのはどうでしょうか?」「私のような生物兵器?」「ええ。何しろこんな学校ですからね。 本当なら、僕や一夏みたいな単なる民間人の方こそが異分子であるべきなんですよ。」「……何気に私をハブかないでくれない?」「……代表候補生は単なる民間人とは言いがたいでしょう、この場合。」「だが具体的に言って、どこのドイツが生物兵器なんだ?」「2年の更識生徒会長なんてどうですか? 僕達と変わらない年齢であるにもかかわらず国家代表である彼女は、何をどう考えても生物兵器です。」 「インフィニットストラトス」では「一夏」絡みで折り合いは悪かった「ラウラ」と「楯無」だが、ラウラは一夏に恋愛感情を持っている様子は見られないので、良好な関係を築く事が出来るだろう。 千早はそう判断した。「お目が高いと言いたい所だが……あの女、相当な危険物だぞ。 迂闊には近寄れん。」 しかしラウラは彼女の事を警戒してしまっている。「まあ、確かに国家代表ですからね。 僕達1組の専用機持ちが束になってかかっても、30秒以内に壊滅させられてしまうくらい強いみたいですし。」「そういう意味ではないんだが……まあいい。」 何しろゲーム本編版とはいえアヌビスを撃墜する危険人物である。 万が一寝首をかかれようものならひとたまりも無く、しかも彼女は寝首をかくことも仕事の一部という暗部に属する人間なのだ。 本物の軍人であり、暗部の事情もある程度聞かされているであろうラウラが警戒するのも無理は無い。「……学園最強じゃないと生徒会長になれないっていうのは知ってたけれど、あれを30秒以内に壊滅可能って…………」「IS学園の性質上仕方が無いとは言え、バイオレンスな校則だよなぁ……」 素人である一夏、千早にあんな不覚を取っている1組の専用機持ちでは、正真正銘の国家代表には瞬殺される他ない。 分かってはいた事ではある。「でもそうすると更識生徒会長って線は無しになりますよね。 じゃあ本音さん辺りにしますか? 彼女は昔から更識生徒会長と家ぐるみのお付き合いをしているそうですから、彼女も生物兵器である可能性が高いですよ。」「は? あの女、運動神経もIS戦闘能力もあまり高くなかった筈だが?」「猫被り……偽装なんて、兵器の基本中の基本ではありませんか?」「ふむ……」 千早のあずかり知らない事ではあるが、この一言によってラウラの中では「自分より本音の方が、完璧な偽装など細やかな所に手が届く完成度が高い兵器である」という図式が出来上がってしまった。 その為……「そういう事ならば、奴が就寝時に身につける着ぐるみの中には、様々な武器が仕込まれているに違いない。 いや、それか着ぐるみ自体が着ぐるみに偽装したISだな。 なるほど、常在戦場の精神か。 見習わねばならんな。」「……何を馬鹿な事をほざいているんだ、お前は。」 千冬の出席簿の角の強襲を受ける事になってしまった。 そしてその夜、ラウラの突貫を受けた本音が、千冬に泣きを入れたのは言うまでも無い。==FIN== へ? ラウラの再教育ならクラリッサ出せ? 一応、ちーちゃんは彼女の存在を知らない事になってるんで(言ったら軍人であるラウラに「インフィニットストラトス」の事まで話す羽目になって、話がこんがらがる)、彼女の名前は出しませんでした。 原作みたいに愉快な魔改造されても困りますしね。 ちなみに本音さんの泣きが入った為、彼女にラウラの再教育をしてもらうという話は流れました。 しかしラウラより経験が少ない山田先生がラウラより強い理由…… 彼女が千冬さんの直弟子ってーのは忘れてましたね。そりゃあラウラより強い筈です。 ひこさん、ご指摘ありがとうございました。