ラウラは一夏の蓄積データ相手に訓練を行い、対一夏戦の予行演習を繰り返していた。 一夏がその事を知った時、傍らにいた千冬は「一夏、自分のISのデータを守る事も専用機持ちの重要な仕事だぞ。 それを怠った報いだ、反省しろ。」 という辛辣なコメントを述べた。 考えてみれば、IS学園内でのみISに関する情報を機密として公開しなくても良い事になっているのだ。 そのIS学園において、自分のISの情報を可能な限り秘匿する事は、専用機持ちに科せられた当然かつ重要な責務なのである。 よって、戦闘データを利用されてしまう事など言語道断。 一夏はこの話を聞いて、自分の迂闊さを呪うのであった。 それはそれとして、ラウラは油断しきっているとはいえ、千冬には忠実である。 敵を知り己を知れば百戦危うからず。 その千冬の教えを忠実に守った彼女は、一夏の戦い方を癖レベルまで分析していた。 そもそもの技量差が大きい事もあり、これで一夏がいくら刀を振るってもラウラに命中する事は天地がひっくり返っても有り得ない話になってしまった。 それでもなお、一夏は勝ち筋を模索しつつ訓練に明け暮れる。 土日でも昼間はラウラを含めた女生徒達にシミュレータを取られてしまう為、その間は少しでも昔日の勘を取り戻すべく無心に素振りに励む。 とはいえ、鍛錬していた期間より長期に渡って放置された為に錆付いたを通り越して、完全に朽ち果ててしまっている一夏の腕を復旧させる事など不可能である。 かつては小学生でありながら女子中学生剣道日本一である現在の箒さえも凌駕する稀代の名刀だった一夏の武術は、今や単なる錆の山。 千早との訓練で多少は感覚が戻ってはいるものの、そこまで回復した事自体が奇跡だった。 その事を、一夏は痛いほど実感している。「ここにいるのがガキの頃の俺なら、ラウラ相手でもそれなりに良い勝負が出来たんだろうけどなぁ……」 とはいえ、失われてしまいもう戻ってはこない力に思いを馳せても、タダの無い物ねだりでしかない。 その為一夏は新たに鍛えなおさねばならないが、小学生時代の強さを取り戻すためには最低でも10年はかかるだろうと、一夏は踏んでいる。 伸び盛りの小学生と、もう成長しきる直前である高校生では伸びシロや成長速度があまりに違いすぎるからだ。 指導者がいない事も非常に痛い。 千冬に頼み込めば可能かもしれなかったが、彼女の立場と忙しさを思えば到底頼めるものではない。 そもそも家族とはいえ、彼女と一夏では身分が違いすぎる。 世界唯一の男性IS装着者とされる以前は単なる一般人に過ぎなかった一夏にとって、千冬は家族と言いながらも雲の上の人間である。 いや……現在でも男性という性別さえ度外視すれば、一夏はただのザコIS装着者にすぎない。(ただの凡人の俺と、最強の戦士・ブリュンヒルデとして全世界規模で支持を集めている千冬姉。 ……普通、家族として成り立たねぇよな、こんな組み合わせ。 ……ラウラがあんな事を言いたくなる気持ちは、痛いほど分かるんだよな。) それに仮に当時の実力を取り戻せたところで、他の代表候補生よりも本格的な軍事訓練を受けているラウラの前では文字通りの児戯にすぎないだろう。 現在の非力なド素人に成り下がった一夏よりは良い勝負になるだろうが、それでも地力はラウラの方が上だと思えた。 それが一夏の自分自身に対する評価だった。 また、一夏には自分の戦闘能力に対してもう一つ懸念がある。 シミュレータにある上級プレイヤーの戦闘データと言う比較対照に触れる機会があるせいだろう。 自分の、正確には自分の戦闘データのあらゆる動きが、上級プレイヤーの戦闘データが操るACやOFのそれに比べて余りにも読み易いのだ。 言うなれば渾身のストレートから牽制用のジャブに至るまで、全てのパンチがテレフォンパンチという状態でボクシングをしているような物。 「これから攻撃に移る」という気配が丸見えなのだ。 これではいくら速かろうが、ラウラが被弾する筈がなかった。 かつて小学校時代の一夏は、武術の奥義である「無拍子」や、その更に上を行く「零拍子」をも使いこなせていた。 現在のド素人に変わり果てた一夏には不可能な芸当である。 しかし、仮に現在の一夏にもこれらの技を使えたとしても、ただの曲芸の域を出ないだろう。 唐突に、何の脈絡もなく打ち込まれる攻撃だからこそ、「無拍子」や「零拍子」は強力な奥義とされているのだ。 もし今の一夏がこれらの技を使えた所で、放つ直前に「今から攻撃するぞ」という気配が丸見えでは、これらの技の強みが完全に消滅してしまう。 早い話、今の一夏にこれらの奥義が使えた所で何の意味もないのだ。「ホント、色々歴然としすぎていて嫌になるな……」 とはいえ……千早を無為に傷つけたラウラを放置する事など出来ない。 また、ここで一夏に負けた方がラウラの為でもある。 それに、一夏の助けなど必要ないはずの千冬がラウラを救う為にと、一夏にラウラ打倒を頼んできたのだ。 いくら洒落にならないほど格上の相手だと分かっていても、勝つ事を諦めるわけには行かなかった。 一夏は対ラウラの作戦として様々な状況を想定した策を何パターンも考えたり、シミュレータでの訓練を繰り返すなど、出来る限りの事をして月曜日を迎えたのだった。=============== 月曜日には、千早の容態もベッドから立ち歩ける程度までに回復した。 もっとも、ISを使っての戦闘行為をするとなるとまだ厳しく、水曜日を待たねばならないらしいのだが。 そういうわけで千早は、一夏対ラウラを観戦する為にアリーナに来ていた。 と、1年1組の少女達が集まっている辺りに千早が姿を表すと、少女達は次々と千早の元に駆け寄ってくる。「御門さん、もう大丈夫なの?」「ええ、おかげさまで。 もっとも、ISを使うのは水曜日に治療が完了するまで無理ですけどね。」 そう答える千早が周囲を見渡すと、専用機持ち達の姿が見当たらない事に気付いた。「あれ、箒さんやセシリアさん、シャルロットさんはどうしたんですか?」「……シャルロットって、誰?」「へ?」 どうもシャルロットの学籍は未だに「シャルル・デュノア」のままだったようだ。 自分が寝込んでいる間に彼女の学籍の修正は終わっているだろうと思っていた千早は、自分の迂闊さに気付いた。「あー、それは、その……」 思わぬ少女の反応に千早が口ごもると、千冬が助け舟を出した。「デュノアの本名だ。 事情があって偽名を名乗らされていたらしい。」「シャルロットって……本当は女の子だったっていう事ですか?」「まあそういう事だな。 水曜日辺りのSHRで正式に話す。」 と、その千冬の言葉を聞いた少女達はニヤついた笑みを千早に向ける。「へ? あ、あの、皆さん? 今の話が僕と何の関係があるんですか?」「いや、シャルル「君」がシャルロット「ちゃん」になったんだから、次は千早「君」が千早「さん」になる番なんだよねって。」 その彼女の一言に周囲の少女達が一斉に頷く。 千早はそれを見てガックリと項垂れてしまったのだった。=============== 千早が気にしていた1組の専用機持ち達は、他の生徒とは違う場所、ピットで待機していた。 ラウラは一夏に対して過度に攻撃的な態度を取っており、また先日の千早の一件もあった事から、不測の事態に備えてピットで待機しているよう千冬に指示されたからだ。 そのピットから、今まさに一夏が出撃しようとしている。「おい、大丈夫か? 一夏。」 箒が心配そうに話しかける。 「インフィニットストラトス」での「織斑 一夏」対「セシリア=オルコット」の時のクラスメイト達の、女尊男卑による「男は弱い」という先入観に基く心配ではない。 ラウラの方が一夏より圧倒的に強いという厳然たる事実に基く心配だった。「無理だと思うなら引け。 先日の千早さんの二の舞、あるいは……」 箒はそこから先を言う事を躊躇う。「いや、マトモにやったら勝ち目がないのは重々承知だよ。 でも、千冬姉はここにきて棄権だなんて真似を許してくれるようなタマじゃないからな。」「だがっ!」「そんな道理、私の無理でこじ開けるってな。 まあ何とかしてみるさ。 じゃ、行って来る。」「……ああ、行って来い。」 箒は素直に一夏を行かせる他なかった。「一夏、大丈夫なのかな……?」「一夏さん……」 ラウラと一夏の隔絶した実力差を身をもって体験しているセシリアとシャルロットは、ラウラの勝利を疑う事が出来ない。 ただ、一夏の無事の帰還を祈るのみだった。=============== ラウラはシミュレータでの一夏の動きを反芻しながら、試合開始の合図を待っている。 一夏の基本的な戦闘方針から癖に至るまで、ほぼ完全に把握出来ているはずだった。 一夏が繰り出しうる攻撃は全て把握でき、それらに対する対策も全て立てている。 そもそもの実力からして自分の方が圧倒的に上であり、なおかつ対策・攻略法も万全を期している。 一応念のため眼帯も外しておき、白式の高速にも問題なく対応できるようにしている。 負ける筈がなかった。「勝てるはずがないと分かっていながら向かってくるか。 その度胸だけは褒めてやるぞ、織斑 一夏。」「だが、貴様のような軟弱者が教官の弟などという事を認めるつもりはない、ってか。 今更ドヤ顔で言われなくったって、こちとら物心ついた頃からそんなモン百も承知なんだよ。 ……とっとと始めようぜ。」「ああ、そうしよう。」 そして試合が始まり……観客は予想していなかった展開に目を疑った。 一夏の方が待ちに入ったのだ。 もっとも、ラウラという強敵を相手に迂闊に突っかかるわけには行かないという事情を考えれば、納得のいく行為ではある。 ラウラがレールガンを撃ち込んでみるが、一夏は千早と最大相対速度1790Kmにも及ぶ高速近接戦闘を度々行っている身。 単発のレールガンの弾速など見切れて当然であり、当たる筈がない。(やはり当たらんか。) シミュレータでもレールガンは当然のように避けられていた。 そしてレールガンの避け方もシミュレータと同じ。 かなり忠実に一夏の挙動を再現しているシミュレータだったようだ。 なら……予習済みの一夏の機動、戦い方、攻撃方法、そして癖についての情報はアテにして良い。 ラウラはそう判断した。(つまり、貴様がいついかなるタイミングで私を攻撃しようと、私にはそのタイミングが全て完全に把握できるという事だ。 だから……後5秒から10秒後に貴様が動く事も分かる!!) そうラウラが思った7秒後に一夏が動く。(機動も予想の範囲を出ないな。 このまま私が動かなければ私の頭上を通り、上斜め後方から強襲する筈だ。) 正に一夏がその通りに動き、ラウラは一夏が頭上を通り過ぎて方向転換した瞬間を見計らって反転し、一夏が突っ込んでくるであろう範囲目掛けてワイヤーブレードを大量射出する。 ワイヤーブレードで作ったキルゾーン直前で一夏は一瞬止まる筈なので、そこにAICをお見舞いするつもりだった。 しかし、一夏はキルゾーンの僅かに外側を通って、ワイヤーブレードのワイヤーを数本切ってあさっての方向へと飛んでいった。(流石に何もかもシミュレータのまま、というわけではないという事か。) ここからはラウラの方も動く事にした。 いずれにせよラウラはただでさえ読み易い一夏の攻撃を、癖を含めて全て把握しているのだ。 何をどうされたところで、ラウラが被弾する恐れは皆無に近かった。 (しっかり予習されてるのか、それとも動き含めて何もかもが読みやすいのか……後者だろうな。) 自分のやる事なす事全てを把握されているようで、やり辛い。 一夏はそう思った。 そもそもの実力からしてもラウラの方が圧倒的に上なのだ。 正面からぶつかって勝つことは不可能だった。 いや……正面からラウラを倒す方法はないでもない。 「インフィニットストラトス」では時折、「織斑 一夏」がその最弱の戦闘力からは考えられない戦いぶりを見せる事があるという。 一夏はその話を最初に聞いた時は単なる主人公補正だろうと思っていたが、どうもISとの同調具合が平時よりも高いような描写もされており、何らかの理由が存在することは確実だという。 ならば、と一夏はこう思う。 ド素人にすぎない「織斑 一夏」を、一時的に歴戦の勇士と同等の戦士に変える力。 恐らくは、それこそが白式の本当の単一仕様機能なのだと。 展開装甲により再現された雪片弐型の零落白夜など、千冬のIS:暮桜のそれを真似て作ったまがい物の単一仕様機能。 本物の零落白夜を解析し、普通に雪片弐型に搭載した機能に過ぎないのだろう。 零落白夜を単一仕様機能とするISは世界にたった一機、暮桜だけだからだ。 一夏はそう思っている。 この考えが真実ならば白式の真の単一仕様機能さえ発現させる事が出来れば、ラウラとの隔絶した実力差は埋まり、真正面からでも彼女と戦えるようになるだろう。 だが……(それじゃ、俺じゃなくて白式が戦ってるようなもんだよなぁ。) ここでそんな物を使う事は、互いの実力を比べあうこの場で、自分よりも圧倒的に強い代打に戦ってもらうようなものだ。 どんなに卑劣な手段でも、これ以上に卑怯な真似はそうそうない。 その為、仮に使えた所で、使うわけにはいかなかった。(だけど……まあラウラの方も、俺の戦闘データほどじゃないにしろ、攻撃の気配を見つけ易いな。 上級プレイヤーデータのACと比べてみると、やっぱ隙が大分ある。 嫌っている俺との戦いで気が立ってるのと、俺との実力差で油断してるせいだな。) そのお陰で、レールガンとワイヤーブレードがすこぶる避け易い。 しかし懐に入ろうにもAICの存在を思えば出来たものではないし、接近戦を挑めばこちらの方がプラズマ手刀で一方的に蹂躙される事は必定。 ならば……さし当たっては接近戦を挑まねば良い。 一夏はワイヤーブレードのワイヤーを斬り続けて機を待つ。(くっ、コイツ最初からワイヤーブレードが狙いか!!) ラウラは一夏が自分自身ではなくワイヤーブレードを攻撃目標としている事に気付き、ワイヤーブレードをあまり出さないようにする。(……気付かれたか。) ラウラがワイヤーブレードの使用を控えるようになって、こちらの思惑の少なくとも半分を見抜かれたことに舌打ちをする一夏。 だが……(これだけのワイヤーブレードがあればっ!!) 一夏は飛び回りながらワイヤーブレードをいくつか拾い上げる。 そしてラウラ目掛けて突っ込んでいく。「馬鹿が!!」 ラウラはAICで一夏を迎撃しようとする。(やっぱり切り札を使うって意識があるんだな。 「コレで決めてやる」っていう気配がプンプンするぜ。 おまけにこちとら千早のお陰で、見えない攻撃に対しては勝手知ったるなんとやらってなっ!!) ラウラがAICを使うタイミングを一夏が見切り、AICの力場を零落白夜で切り裂く……ワイヤーブレードから手を離して。(ちっ、こんな三下に見切られるとは、AICを見せすぎたか。 だが……大方ワイヤーブレードで私の注意を引き、自分は私の足元を通りながらすれ違いザマに零落白夜で斬るつもりなのだろうが、そうはいかん。) 一夏が手放したワイヤーブレードは時速850Kmのままラウラに向かっていくが、ラウラは容易くワイヤーブレードを叩き落す。 その途中、唐突に彼女の前方数十cmに斜めになった光の刃が出現し、ラウラは道を明けるようにその進行方向から身体を逸らせる。 その光の刃は従来の零落白夜よりも長く、全長3mほど。 一夏が零落白夜がビームソードである事に着目し、その長さを調節できないかと試行錯誤した結果だった。 エネルギー消費効率の事を考え、刃の太さはかなり抑え目にされている。(冗談じゃねえ、これを避けるってか!! この様子じゃプランBも通用してくれねえかっ!!) 一夏は時速850Kmの速度と進行方向はそのままに、身体の向きだけをラウラに向ける。 その手元には先ほどのワイヤーブレードに繋がるワイヤーが巻き付けられている為、先ほどのワイヤーブレードが一夏の動きと連動し後ろからラウラに襲い掛かろうとする。 が、ワイヤーは完全に伸びきる前にプラズマ手刀で切断されてしまった。(やっぱりかよっ!!)(所詮は素人の浅知恵、プロとの違いを思い知れ!!)=============== 両者の実力差は歴然。 だが、一夏は離れてさえいればラウラの攻撃をどうとでも捌ける為、距離を保って粘る。 ISの速度からして一夏に追いつけないラウラも、無理責めをするそぶりは見せていない。 戦局は膠着していた。 しかしそれは仮初の膠着だ。 実際には今現在でも、ワイヤーブレードと言う手札を確保しておきたい一夏と、そうはさせじとレールガンで転がっているワイヤーブレードを破壊したり、一夏がワイヤーブレードを拾う隙を突いてAICなりレールガンなりを撃ち込もうとするラウラの見え辛い攻防が繰り広げられているのだから。 また、状況が拮抗しているように見えているのも仮初にすぎない。 一夏は接近戦しか出来ず、その接近戦においてラウラの方が絶対的に強く、一夏の零落白夜が当たる事などありえないのだから。 ラウラの絶対的優位は微動だにしていない。 一応一夏は接近せずともラウラを攻撃できるようにとワイヤーブレードを拾い、振り回してみたりしているが、有効打にはなっていない。 逆にラウラ側のワイヤーブレードに絡めとられて、引き寄せてAICにひっかけられそうになっていたりもした。「織斑君、粘りますね。 こんな勝ち筋が全く見えない状況で……」「ああ。 普通なら、最初のAICを破った直後の零落白夜が通用しなかった時点で絶望していても良い位なんだがな。」 あそこでもしラウラがAICを破られた事に対して少しでも動揺していれば、間違いなく零落白夜を被弾して敗北していた筈だ。 だが、彼女は容易く反応して避けて見せた。 「どんな特殊機能も、何度も使えば対策を立てられて通用し辛くなってしまう。」 かつてラウラにそう教えたのは千冬だ。 千冬を敬愛しているラウラは、いくら油断していても千冬の教えを忘れてはいないという事らしい。 だから、AICを破られてもいささかも動揺せずに対処する事が出来たのだろう。「一夏の目は……死んでいないか。 まだ、打つ手は考えておいてあるのか?」 とはいえ、AICを破った直後の零落白夜以上の良策は千冬でもそうそう思い浮かばない。 だが、千冬は一夏が見据えているであろう僅かな勝機を信じて、見守る他なかった。(しかし「だが、貴様のような軟弱者が教官の弟などという事を認めるつもりはない、ってか。 今更ドヤ顔で言われなくったって、こちとら物心ついた頃からそんなモン百も承知なんだよ」か…… それなのに私は……我ながら度し難いな……)=============== 一夏は攻めあぐねていた。 ワイヤーブレードが全て破壊され、残っているのは手元にある一つのみ。 迂闊に使うわけには行かず、だが雪片弐型や零落白夜による接近戦を挑めばプラズマ手刀で確実に迎撃される。 既に二度ほどそのプラズマ手刀の強烈な一撃で剣戟攻撃を潰され、その事実を確認している。 そして、既に一夏が対ラウラ用に用意していた攻略プランは1つしか残っていない。 だがそれは、余りに分が悪い賭けであった。 しかし、他には勝ち目が全くない真っ向勝負しか選択肢がない状況である。 賭けるしかなかった。 一方でラウラの方も焦れている。 圧倒的に有利な状況下でありながら、ISの速力で大きく劣っている為攻めあぐねているからだ。 また白式の速度と一夏の反射速度が余りに速い為、連射のきかないレールガンでは一夏に命中させる事は不可能。 だが距離を開けられると、そのレールガンしか使えなくなる。 接近戦しか出来ない一夏に距離をとって慎重に構えられると、向こうから攻撃が飛んでこない事もあってふと気が抜けたり、気が緩んでしまいそうになる。 一夏がそれを狙っている事が明白である以上、ラウラにとって有利な距離であると悠長に構える事は出来なかった。 対千早に比べればマシとはいえ、一夏が距離を詰めて零落白夜を振るう為に必要な時間は、1秒もないのだ。 またエネルギー自体を削ぎとり枯渇させてしまう零落白夜だけではなく、雪片弐型にもエネルギーシールド無効化による絶対防御誘発がある。 まぐれ当たりがトコトン恐ろしい相手である以上、格下ではあってもそうおいそれと気を抜く事など出来る相手ではない。 とはいえ時折、一夏からの接近を誘って迎撃する為に、わざと気を抜いたそぶりを見せてみたりもしているのだが、一夏は誘いと見抜いているのか思うように乗ってこない。 自然、絶対的なほど有利な立場にある筈のラウラの神経も、徐々にすり減らされて行ってしまう。「ええい、じれったい!!」 と、ラウラが吐き捨てた瞬間に一夏が仕掛けてきた。(やっとかかったか!) しかし、このラウラの苛立ちもまた、一夏を誘い出す仕掛けだった。 半分以上本気であったお陰で、一夏もすっかり本気にして突っ込んできたという事らしい。(後は突っかかってきた奴にプラズマ手刀を何発かぶち込んでやれば私の勝ちだ!!) と、一夏に牽制としてAICを使い、案の定切り裂かれた所にワイヤーブレードを飛ばしつつプラズマ手刀を構えて突っ込む。 ワイヤーブレードは弾かれ、プラズマ手刀は一夏が受けに使おうとしたワイヤーブレードをすり抜けて一夏の眼前に迫る。「!?」 と、プラズマ手刀が一夏の顔面に命中する直前、ラウラはその身を一夏から離す。 見れば一夏のわき腹辺りに雪片弐型が出現していた。 ラピットスイッチを応用して握っていた雪片弐型を「格納」し、改めて掌ではなくわき腹に雪片弐型を「展開」し直すという事を瞬時に行ったようだ。 あのままプラズマ手刀を振るっていれば、雪片弐型は柄を一夏に、刃をラウラに押し付ける形で「展開」し、ラウラはその一撃必殺の刃をその身に受ける事になっていただろう。(そんな小技で!!) 雪片弐型は一夏に握られていない状態でそこにあった。 ラウラは一夏が「格納」する前に雪片弐型の刃を掴み、雪片弐型を奪い取ってしまう。「くっ!!」 悔しそうな顔をする一夏。「これで手詰まりだな、織斑 一夏!!」 ラウラは勝ち誇った笑みを浮かべ、雪片弐型を構えて一夏に猛然と襲い掛かる。(くっ、こうなったら一か八か、零拍子を打ち込む!!) 一夏は観念したのか、それとも自棄を起こしたのか、距離をとらずに攻撃に転じる「そぶりを見せた」。(馬鹿が、見え見えだ!!) 自然、ラウラの太刀筋はその迎撃のための物となり……(こないっ!?) ラウラが「攻撃が来る」と思ったタイミングから一瞬後れて一夏が動く。(なんてなっ!! 零拍子なんて高等技術、全くのド素人に成り下がった俺に使えるわけねえだろう!!) ラウラが振り下ろした雪片弐型のすぐ傍をすり抜けるように一夏が瞬時加速でラウラを強襲する。 ラウラが雪片弐型を手放し、プラズマ手刀を展開して一夏を払いのける直前、一夏が構えたワイヤーブレードがラウラの咽喉元に突き入れられる。「ッ!!!」 時速850Kmにも達する超高速の刃で咽喉を衝かれた事による、衝撃と激痛がラウラを襲う。 彼女は一瞬意識を手放し、その為プラズマ手刀が不発に終わってしまった。(コレが俺の最後の勝ち筋だ!! このままっ、一気に決める!!) 一夏の最後の一手。 それは……わざとラウラに雪片弐型を奪わせた後、一夏の攻撃が全て読まれている事を逆用して攻撃するそぶりだけをフェイントとしてラウラに先手を打たせて後の先を取り、彼女の咽喉にワイヤーブレードを叩き込む事。 実行する為には、いかに自然に雪片弐型をラウラに奪わせるかと、どれだけラウラの意識からAICの存在を消すかにかかっており、またフェイントにラウラが引っかからなければその時点でアウト。 AICについては何度も見切ったり切り裂いたりしていた為、ラウラにとって切り札ではなくなり、ある程度はラウラの意識から除外する事が出来た。 雪片弐型については、ラウラ攻略の搦め手に見せかけて、ラウラに疑問を持たせず奪わせる事に成功した。 また、雪片弐型を奪い取らせた事で、ラウラからそれなりの油断を引き出す事にも成功した。 AICを使う事を思いつかず、また雪片弐型を手に入れた、熱烈な千冬のファンであるラウラならば、千冬の太刀筋を真似た剣を振るう筈。この点についても案の定だった。 零拍子を放とうとするだけ、というフェイントにも見事に引っかかってくれた。 こんな薄氷を踏むような、一つでも負ければその時点で一夏の敗北が確定する幾つもの賭けに全て勝てたからこその、最後の一撃にして最初のクリーンヒット。 一夏は、この貴重な一撃を、一瞬で終わらせるつもりはなかった。 一夏はワイヤーブレードをラウラの首に押し付けたまま、瞬時加速を使ってワイヤーブレードにかける力を斜め下に向け、ラウラを首と頭から地面に引き倒す。 そしてなおも斜め下に向かっての瞬時加速を繰り返してワイヤーブレードにかける力のみでラウラを引き摺り倒して、頭から壁に激突させ、なおも瞬時加速を使い続けてラウラを壁に押しつけ続ける。(くそっ、これだけやっても絶対防御が発動しないのかよ! コイツのエネルギーシールドって、どんだけ頑丈なんだ!!)=============== 一夏がラウラに対して決定的な一撃を打ち込んだ瞬間、千冬の顔に明確な喜色が浮かぶ。 だが……次第に喜色は、困惑の色にとってかわられて行った。(? どういう事だ?) 千冬はこの最終局面に疑問を持つ。 ラウラの咽喉笛にワイヤーブレードがねじ込まれ、そのブレードへの力のみで引き倒され、地面とブレードで首をサンドイッチされた状態で100m以上引き摺られ、壁に当たった後でもしつこくブレードを咽喉に押し付けられている。 普通ならばとっくの昔に絶対防御が何度も発動され、ラウラの敗北が決定している筈の攻撃である。 にもかかわらず、ラウラの敗北が未だに宣言されていない。 何らかの不具合により、ラウラのシールドエネルギーが完全に枯渇したにもかかわらず、彼女の敗北を告げる宣言がなされないという可能性も皆無。 あまり考えたくない話ではあるが、もしそうであるならば一夏がラウラの首を切断してしまっている筈だからだ。 と、唐突に一夏がラウラから弾き飛ばされるようにして彼女から離れる。 彼女が、否、アリーナ中の人間が固唾を呑んで見守っていると、ラウラのISがグネグネと粘土のように歪みながらラウラの身体を覆い尽くしてフルスキンISに変貌しようとし……その途中で雪片弐型を回収した一夏の零落白夜を押し付けられて変異途中で止まってしまった。「一体何が起こったというんだ!?」 アリーナにいる人間の殆どがそんな感想を抱く中、唯一千早のみが事の真相を悟っていた。(VTシステムによる変異を完了前に潰すなんて、なんて身も蓋もない……) 千早は心の中だけでそう呟いた。 身も蓋もないと評したとはいえ、一夏は既にラウラとの戦闘で消耗しきっている。 VTシステムなどとマトモに事を構えない事は、判断としてはこれ以上なく正しいと思えた。=============== ラウラは夢を見ていた。 夢の中で、彼女は一夏だった。 凡人の一夏。平凡な少年の一夏。 世界最強の生物として恐れられ、そしてブリュンヒルデというヒロインとして全世界で尊敬され、畏怖される千冬の身内と言うには余りにも平凡すぎる一夏。 自分が姉と釣り合いが取れていないことなど、物心ついた頃から百も承知だった。 幼い頃は、鍛えれば姉と同じ階梯にいけるかもしれない、と思った時もあった。 しかし、指導してくれていた箒や束の父親と別れねばならなくなった時、その望みは絶たれた。 いや……ISという女性にしか使えない絶対的な力がこの世に存在する時点で、男の一夏が千冬の弟として相応しくなる事は不可能だったのかも知れない。 それでも一夏は足掻いていた。 鍛える事を止めた後でさえ、一夏は男としての矜持は持ち続けた。 だが……月に数日しか千冬と過ごす事が出来ないという事実が、どうしようもなく一夏にある一つの現実を突きつけてくる。 一夏と千冬では根本的に住む世界が違う、という現実を。 全く違う世界に住む二人が、家族として一緒に暮らす。 それは不可能だった。 姉は出来ているつもりだったかも知れないが、それならばどうして月に数日しか会えないのだろう。 一夏が男で、そもそもISと関わりようがないはずなのに、千冬が頑なに一夏をISから遠ざけている事も気がかりだった。 そんなにも、千冬が暮らすISの世界に一夏を踏み込ませたくないのか。 ……やはり、姉と自分では生きる世界が違うのだと、そう思った。 姉が自分の事を大切に思ってくれている事は百も承知だったが、そうして愛情を注いでくれている姉が暮らす世界に近寄る事さえ禁じられ、彼女と自分が切り離されていると強く感じてしまう。 ならば、凡人は凡人らしく、平凡な人生を送り、千冬のような雲上人の世界とは別の生活を送ろう。 千冬と離れ離れになる事は辛いが、今の関係も半ば破綻しているようなものだ。 仕事について一人立ちするという形をとるのであれば、あのブラコンの千冬も文句はないだろう。 中卒で仕事につく事は止められてしまったが、彼女と家族でいるのは、家族でいられるのは藍越学園を卒業するまでだ。 そんな思いを胸に、一夏は藍越学園の入試会場へと出かけて行った……=============== ラウラが目を覚ますと、彼女は保健室のベッドに横たわっていた。 どうやら一夏との試合は、彼女の敗北で決着が着いたようだった。 と、ふと傍らを見ると、パイプ椅子に座ってラウラのベッドを覗き込む一夏の姿があった。 それを見て、ラウラはボソリと呟く。「……夢を見ていた。」「夢?」 いぶかしげに返す一夏に、ラウラは応える。「ああ、夢だ。 夢の中で私は、お前だった。 ……教官の弟と言う立場に、お前は相応しくない。 私に言われるまでもなく、お前にとっては自明の事だったんだな。」 そのラウラの言葉に、一夏が応じる。「……俺も、お前になった夢を見たよ。 俺の話をする千冬姉が、とても優しそうで、とても幸せそうだった。 俺の事、とても大切にしてくれているのが良く分かった。 一人立ちって言や聞こえは良いんだろうけどよ、俺は俺と千冬姉を見比べるなんてちっぽけな事を理由に、あんなにも好いてくれている千冬姉との縁を切ろうとしていたんだなって思ったら、どうしようもなく申し訳ない気持ちがしたよ。」「……そうか。」 2人とも、何故か自分が見た夢は互いの身に実際に起きた出来事だと確信していた。「俺達、2人して千冬姉の事を大切に思っているくせに」「2人とも教官の意思を無視して、教官を悲しませようとしていた、という事か……」 2人は同時にため息をついた。「もう少し、相手の気持ちが分かるようにならなきゃいけないんだろうな、俺達。」「ああ……今回のように、相手のためと思ってかえって傷つけるなど、マヌケも良い所だからな。」「まあ、とりあえずお前は休んでいろよ。」「……ああ。」 そう応えるラウラからは、それまでの人を遠ざける雰囲気は見られなかった。「もう一つ、夢を見て気付いた事がある。」「? なんだ?」「私は最強の兵士というコンセプトで試作された兵器だ。 だから、地上最強の生物と呼ばれる教官になりたいと思っていた。 だが……私は私で、教官は教官。 それぞれ別の存在で、私が教官になる事など不可能だ。 それが分かった。」「……そうか。」 一夏はラウラを残して、保健室を後にした。==FIN== うまく一夏のマグレ勝ちって感じが出てると良いんですが、いかがでしたでしょうか? 戦闘描写はあんまり上手い方ではないので、そっちの意味でも心配です。 へ? ここまで気合入れて相手のことを研究したり、切り札を破られた事に対してノーリアクションの奴のどこが油断まみれだって? 絶対勝てる、待ちに徹した接近戦をしていない所が油断です。 もしラウラが油断してなかったら、ガチで一夏の勝率は0%で、一夏勝利は絶対に有り得ないという話になってました。 一応、 「ラウラ=ボーデヴィッヒ」>>(恐らく「インフィニットストラトス」完結まで埋まらないであろう経験の差の壁)>>「織斑 一夏」 なんて壁がある以上、そう簡単に一夏をラウラに勝たせるわけには行かないんで。(というか最近、「織斑 一夏」って、最後の最後まで最弱のままのような気がしてきてます。 今回一夏が存在するかも知れないと思い浮かべていた白式の本当の単一仕様機能、仮称「真VT」がもし「インフィニットストラトス」本編に存在していれば、「織斑 一夏」自身がどれほど弱くても「織斑 千冬」を打倒してしまうような強敵にさえ勝ててしまいますから。) だから今回のラウラの敗因は、全て油断の一言に帰結します。 油断ってーのは怖いですよ。 G3ガンダムに乗ったアムロですら、不意に飛んできたリックドムのバズーカでアッサリ死んじゃったりしますから。 話は変わって……前回の生徒会長CPUアヌビス撃破は彼女の別格振りを表現するにしてもやりすぎだったかも知れません。 一応彼女は水でバリアを張る事でホーミングショット・ノーマルショットを防げる為、他のキャラに比べて対アヌビスでの勝ち目が大きいんです。 なので距離を開けてショットを防ぎつつ、ゼロシフトのタイミングを掴んで迎撃し、その後急速離脱してバーストショットを避けるという事を繰り返して勝ってます。 アヌビス側のモーションと生徒会長の武術の技量、そして彼女の武器が水である事による、接近戦における絶対的優位があった事も大きいです。 まあ自分のISは高機動型ではないと、素直にハイスピードモードを止めてた事が一番大きな勝因でしたけど。 ちなみに代表候補生達の対一夏・対千早の相性ですが……ラウラ対一夏 ○ プラズマ手刀以外の攻撃が単発では全く通用せずIS同士の相性は最悪だが、唯一通用するプラズマ手刀だけで一夏を蹂躙可能なので全く問題ない。対千早 ◎ 速いだけ。AICで動きを止めれば全く怖くない。シャルロット対一夏 ◎ クラス代表選考戦と同じ戦法を取っていれば負ける要素無し。対千早 ○ 基本的に対一夏と同じ対応でOKなのだが、衝撃拳でショットガンを相殺される恐れがある上、一夏よりも機動性が高い為、対一夏ほど簡単にはいかない。セシリア対一夏 △ 「インフィニットストラトス」とほぼ同様。ラウラほどではないにしろ、IS同士の相性がかなり悪い。対千早 × もう飛び道具の使用を諦めたほうが良いレベル。マトモに戦うよりインターセプターで待ちに徹したほうがまだ勝ち目がある。鈴音対一夏 △ 衝撃砲がサッパリ通用しないものの、肝心の接近戦では鈴音の方が強い。だが一夏対ラウラほどの技量差がない為、マグレ当たりが怖い。対千早 ○ 衝撃砲が通用せず、接近戦では鈴音の方が強い事は対一夏と同様。千早の一撃必殺攻撃である顎への衝撃拳は一夏の一撃必殺より条件が厳しい為、その分一夏より怖くない。番外:箒対一夏 ○ あらゆる面で代表候補生達に劣るとはいえ、IS学園入試の為に世の女の子の多くが無茶苦茶鍛えるので女子の方が男子よりハイレベルなこの世界での女子中学生剣道日本一。加えて紅椿の鬼性能。ずぶの素人に成り下がった一夏が接近戦で勝てる相手ではない。とはいえ、鈴音と同じ理由でまぐれ当たりが怖い。対千早 △ 代表候補生ほどISを用いた三次元戦闘に馴れてはいない為、銀華ほど強烈な運動性を持ち出されると普通にかく乱されてしまう。ちなみにこの話の代表候補生達は、高運動性だけではかく乱不可能という事になっている。とまあ、こんな感じになります。