「まったく、毎日毎日毎日毎日、よくもまあ飽きもせずに一夏の事ばかり報道してくれるものだ。」「仕方がないですよ先輩。 男の子がISを動かしたっていう事は、ソレくらいの大事件なんですから。」 千冬は後輩の山田と共に、職員室でテレビを見ていた。 報道される内容は、あいも変わらず「男性IS装着者出現」つまり一夏の事ばかり。 その状況がもう半月も続いて、千冬はもうウンザリしていた。 ちなみに千早については、ほとんど報道されていない。 何しろ彼は見た目がアレである。 男というよりも御伽噺のお姫様といった方が遥かに納得できる容姿をしている為、千早が男性IS装着者として報道される事はない。 もし仮にそういった報道がされた場合を想定してみても……「あいつを見せられて「これが男性IS装着者です」等と言われて、信用する奴などいるものか。」 という結論に達してしまう。 現状、千早が男性であるという事を知っているのは千冬と一夏、束の3人のみ。 一夏は始めて千早と出会った日の帰りに、千早と共に公園のトイレに行き、千早が男性用トイレで用を足す所を見て、彼が男である事を知ったという。 その後、織斑姉弟はショックの余り丸一日寝込み、それを見た千早が自分が男だという事はそこまでショックな事なのかとへこんでいたのだが、そんな事は最早過ぎたことでありどうでもいい。 千早が男性である事を知る者はごく少数だが、別に千早が男性であるという事は機密でもなんでもない。 初対面の時の千冬と同じように、正直に白状したところで相手が信用してくれないだけである。 千冬は弟だけでなく千早のためにも男性用の制服やISスーツを用意しようとしているが、業者の方が何故に千早に男物が必要なのかと首を捻るばかり。 千冬としてもその気持ちは痛いほど分かるのだが、千早は散々女の子に間違われてきた……というか実際には男として認識してもらった頻度の方が遥かに少ないくらいだったせいか、女物を身につける事にはかなりの拒絶反応を示している。 いかに男物より似合っていようと、本人にしてみれば女装である。確かに苦痛ではあるだろう。 千早曰く、「何故にまりや姉さんがいない所でも女装させられなきゃならないんだ……」との事らしい。 千冬が「まりや」なる女性について千早に尋ねた所、自分と又従兄弟の瑞穂を好んで女装させてくるパワフルかつ傍迷惑な従姉妹なのだという返答が返ってきた。 なお、千早と同じようにまりやの被害に遭っている又従兄弟の瑞穂の方も千早と変わらない位女性として美しいらしく、まりやは「なんで女のあたしより、男の従兄弟2人の方が可愛くて綺麗で女らしいのか。」と、よく愚痴っていたという。 ……千冬は同じ女として、まりやという女性の気持ちが痛いほど理解できた。 なのだが、どうも当の従兄弟2人には彼女の慟哭が余り届いていないらしい。 いかに見た目が美少女でも、一応彼らは男性である、という事なのだろう。 その千早の男性的な側面を最近ようやく目にするようになった。 いや、ある意味では容姿よりも更に女性的な側面か。 ISが使用できるようになってから、度々千早は一夏に攻撃的な態度を示すようになった。 それまでは「一夏という人命を保護すべし」という立場から一夏の味方として振舞っていた千早であったが、彼は自分自身が男であるにもかかわらず、かなりの男嫌いだったのだ。=============== 事の発端は、一夏が「いずれは千冬姉の事を守れるくらいにはなりたいよな。」とのたまったのに対して「そんな事は一生かかっても不可能ですよ。」と、千早が冷たく反応した事だった。 少なくとも千冬はそう聞いている。 二人は口論を始める。 誰かを守れるくらい強くありたい、強くなりたいという一夏に対して、千早は誰にも勝てない最弱の力で誰かを守る事など出来はしないと斬り捨てる。 そして続ける。 そもそも出会った当初から一夏がIS学園に来るのは反対であり、一夏はどう足掻こうとも誰かに一方的に守られる弱者という立場から一生一歩も動く事は出来ない、と。 それからはもう売り言葉に買い言葉。 そして丁度ISを身につけているのだから模擬戦で決着をつけようという事になり……一夏の凄惨な惨敗で決着した。 惨劇は模擬戦の終盤、一夏が白式に装備されたIS用の刀、雪片弐型を振り下ろした時に始まった。 振り下ろされる雪片弐式のスピードは人間の斬撃とほぼ等速。振り下ろす腕の付け根が人間のものなのだから、当然といえば当然である。そして千早のIS、銀華のスピードはそれを上回っていた。 振り下ろされる雪片弐式を潜るように避けた千早は、振り下ろされている途中の一夏の右腕を掴み、振り下ろしの勢いを利用して無理に1回転させる。 これによって一夏の右肩が破壊される。 その激痛に動きが鈍った一夏の足に素早く取り付いた千早は、高速でスピンして足を思い切りねじり挙げる。それを2回。 これにより一夏は両足を持って行かれた。 四肢の内、一夏に残されたのは左腕のみ。そして他の四肢を奪われた時の激痛は引く気配を見せない。 その状態で千早と銀華を討ち果たす事は不可能であり、最終的には首を捻りあげられて絶対防御が発動し、シールドエネルギーを根こそぎ持っていかれてしまった。 辛うじて意識が残っていた一夏に、千早はこう告げる。「同じずぶの素人相手にこの体たらくで、誰かに勝てるつもりなんですか。 素人相手にこれじゃあ、誰にも勝てない。 まして誰かを守る事なんて出来るはずがない。」 それでも一夏は、これから強くなれば良いと食い下がるが、それさえも千早は「既に僕たちより遥かに強い人達も、もっと強くなる為に軍事訓練を受けていて僕達以上の速度で強くなっていっているんです。 アキレスと亀みたいなものですよ。 スタート時点が遅れた僕達は、彼女達に追いつく事なんてけっして出来ないんです。後から来た女の子達に追い抜かれることはあっても、です。」と斬り捨てた。 後になって一夏は、この時の自分の弱さをなじる言葉も、半分くらいは千早自身に向けていたようにも感じた、と千冬に話した。 その時点で、既に千冬はそれが事実である事を知っていたのだが、それはまた別の話である。 そしてこの決着の直後、2人のISの一次移行が終了する。 白式は何故か中身、一夏ごと修復され、工業機械然とした角ばった様相から流線型のフォルムを得る。 とはいえ、白式自体のダメージは軽微だった為、修復されたのは一夏だけと言って良い。白式に起こった事は修復ではなく変化だった。 通常ISの腕や足というのは人間のソレより大きな物で、とりわけ脚部パーツが本物の足よりはるかに大きくなっているのだが、白式のそれは人間用の篭手や脛当のサイズまでダウンサイジングされる。しかしソレは小さく弱くなったというよりも、洗練された力が凝縮された、むしろ力強い印象を見る者に与える。 翼はやや小ぶりになったものの、しかしその力強さはより大型だった以前とは比べ物にならない。 そして小さくなった分、数が増え、推進力が飛躍的に増大した事は疑う余地が無い。 かくして大きな手足に本物の手足を突っ込み、背中に巨大な羽根を背負うISに共通する筈のフォルムは、小さく整理され、しかし小さく纏まるのではなく力をより凝縮させたというイメージを見る者に与え、そして事実その通りだった。 凝縮されたエネルギーは、より強大な力を示す。 その身に秘めたるあふれんばかりの力を凝縮し、更なる力とした白き鎧武者、それが一次移行を経た白式の姿だった。 同様に銀華も一次移行によりダウンサイジングされる。 白式の手が篭手ならば、銀華の手は長手袋。 白式の足が脛当+甲懸ならば、銀華の足はブーツ。 腰部装甲の横にはアンロックユニットのスラスターが追加され、頭部パーツはティアラのよう。 胸を覆う胸部装甲は、しかし動きの邪魔にならないことは明白だった。 小さくなりながらもかつてより力強さを感じさせる白式に対して、一次移行によって変貌した銀華はどこまでも軽やかだった。===============「対ISの関節技なんて初めて見ましたよ、先輩。 でも御門さんって綺麗な顔してキツい事しますね。」 二人の模擬戦が行われた日、千冬は一夏の四肢が破壊されたと聞いて愕然とし、なぜそんな事になったのかと、一夏対千早の模擬戦の記録映像を見る事にした。 他にも束謹製の専用機同士の戦いを見たいと、山田をはじめ多くの生徒や職員がやってきている。 初心者同士の戦いで操縦技術的には見るべきものなど無いと思いながらも、やはり束謹製の専用機というのは興味がそそられるものらしい。 そして目にする、IS戦で行われる装着者の関節への攻撃。 ソレを見たものは皆、物珍しさに目を剥いた。 しかし同時に、なぜ千早がそんな事をしたのか、千冬のみならず多くの人間が首を捻る。 そこで一同は、千早と一夏がISを使えない間に行われた二人のISについての調査データを閲覧する事にした。機密に関わる部分以外は、たとえば装備の概要などはそれで分かる筈だった。 そうして判明する驚愕の事実。 その二機のISはあまりにも軽装だった。 白式の武装は刀一本のみ。 そして銀華の武装は……全く無し。拡張領域すら存在しないため、武装の追加も不可能だった。「……つまりISの馬力に物を言わせた関節技だけが、御門の攻撃手段だったという事か。」 理解は出来る。しかし納得は出来なかった。 生まれて始めてのISでの戦闘で、四肢を破壊される。 IS同士の戦闘を甘く見ている初心者に現実を見せる為の処置としては、あまりに苛烈で過酷な処置であると思った。 彼女が弟に甘い事を考慮しても、この感想は妥当であろう。 だからその場の全員が驚いた。 両足を破壊されたはずの一夏が、千早を伴って自分の足で部屋に入ってきた事に。「なんでか分かんないんだけどさ、初期化と最適化が済んだ時に治っちまったんだ。 損傷したISが一次移行や二次移行を迎えると修復されるって話が電話帳にあったけど、多分丁度そんな感じ。」 何故動けると訊ねる千冬に、一夏はそう答えた。「いや、普通そんな事は起こらないんだが……まあ、お前が無事なら何よりだ。」「いや無事じゃ無かったって。 肩とかぶっ壊されて、とんでもなく痛いのなんのって。 ISでの戦闘って、あんなに痛いモンなんだな。」「むう、まあモンド・グロッソに出場するような奴の中には、骨折でも眉一つ動かさんようなのもいたがな。 普通は今回のお前ほど痛い思いはせんぞ。 まあ、被弾時にはそれなりに痛い思いをするが、関節をあんなに乱暴に破壊されるほどの激痛は稀だ。」 と、千冬は千早に向き直る。「……お前に、他の攻撃手段がなかったのは分かっている。 だが感情の部分では割り切りきれん。」「……でしょうね。」「それが分かっていながら私の前に姿を見せるか。」 千冬と千早の間に重い空気が流れる。「場所を変えるぞ。いいか?」「はい。」 千早は頷く。「じゃあ一夏は1人で記録映像を見ていてよ。 感想戦は後にしよう。」「ん、ああ。」 一夏はそういうと、千早を見送った。 彼は気付かない。 今この場にいる人間の中で唯一の同性を退出させてしまった事に。 また、それと同時に、この場に居る大勢の女性に対する歯止めもまた行ってしまった事に。 かくして千冬と千早が出て行った直後、一夏は女ばかりで出会いもへったくれも無いIS学園の娘さん達に詰め寄られ、結局二人が戻ってくるまで記録映像を見る事が出来なくなってしまったのだが、それは関係の無い話なので割愛する。 一方、廊下に出た千冬と千早は、人気の無い一角で話を始めた。「そもそも今回の模擬戦、お前が一夏に喧嘩を売った事が原因らしいな。 関節技しか攻撃手段がなかったことを装着者であるお前が知らん筈が無い。 ……最初から一夏の関節を破壊するつもりだったな。 何のつもりだったのか、教えてもらおうか。」 千冬が千早を威圧する。「……八つ当たりだったのかもしれません。 出来もしない守りたいという願いを持つ一夏が、母を守りたいと思ってそしてそれができない自分と重なって、どうしようもなく嫌になったんです。 どうする事も出来ないくせに、守ってもらう側のくせに、守るだなんて妄言を言う一夏が許せなかった。 知っていた筈なんですけどね、「織斑一夏」という人がそういう人だっていう事は。 でも、我慢できなかった。 それだけです。」「つまり一夏の中に見たくない自分を見て、八つ当たりで痛めつけたと。」 千早は黙って頷く。「許容できませんか?」「したくはないな。 だが、一夏がああして復活している以上、そして一夏本人がああしてお前を許容している以上、今更お前を痛めつけた所で何も始まらん。」「本当に、彼の事を大切に思っているんですね。」「……一夏はお前にとっても友人だと思っていたんだがな。」 千冬のその台詞に、千早はこう応じた。「まあ今までは彼の命や生活がかかっていたり、電話帳に圧倒されたりしていて、嫌悪の感情を見せる余裕すらありませんでしたからね。 ……実は僕、自分自身男の癖に男嫌いなんですよ。」「……は?」 千冬の目が点になる。「はは、まあ驚きますよね。男の男嫌いなんて。 最初は、そう一番最初は自己嫌悪と家庭を顧みない父への反発だったんです。 それが今では、嫌悪の対象が父と自分自身だけではなくて、男性全般に及ぶようになってしまいました。 荒療治の為に男子校に入学しようと思ってたんですけど、この世界に拉致されてそれも出来なくなりました。」「お前が……男子校……だ、と……?」 いや、鏡を見ろ鏡を。 男子校に行くなどと、お前は正気なのか。 もっと自分を大事にしろ。 ヤケッぱちで自分を投げ捨てるような真似をするな。 心に大きな傷がつくからやめろ。 そんな、千早に叩き付けたいフレーズが千冬の中で乱舞し、お陰でそれらが上手く口をついて出て行かない。 そして束に内心謝罪をする。(束、この間は誘拐魔などと呼んで悪かった。 お前がこの世界に連れてこなければ、千早の人生には拭いがたい傷がついてしまう所だった。) 千冬は男子校の内情など知りよう筈が無いが、周り中思春期の男しかいない環境下に千早を放り込んだ結果など悲惨なものしか想像できない。 千早の男子校入学がお流れになった事は喜ぶべき事だ、と千冬は思った。 それにしても。「自己嫌悪か……御門、お前は自分が嫌いなのか?」「ええ嫌いです。 全てを上から見ているように見下す自分も、周りとの壁を作る自分も、何も出来ていないくせに母様の傍にいるだけで彼女を守れているつもりになっている無力な自分も、浅はかな判断でその母様を病ませてしまった自分も、嫌いです。 ココに来た事で、上から目線の自分が以前より嫌いになりましたね。 ……「インフィニットストラトス」の事がありますから。」「……そうか。 お前は嫌いな自分を許せるか? それとも自分の嫌な部分を直せるか?」「どちらも、そう簡単に行けば苦労は無いでしょう。」「違いない。だが私は一応教師で、お前はこの4月からここの生徒だ。 多少は頼ってもらいたいな。」 この時千冬は、千早に対して、教師としての本文を全うする必要性を感じたのだった。「千冬姉、千早、早く帰ってきてくれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」==第3話FIN==ちーちゃんドSモードは男の子が基本なのに、女の子仕様の口調の方が合うような……うーん。 Sっ気タップリにする為に、わざと丁寧口調にしてみました。一応、一夏と話す時は男の子口調でも話してますが、なんかまぜこぜ。過渡期か何かだと思ってください。(言い訳) 白式もなんか原作と違いますが、まあ銀華の一次移行に引っ張られたとでも。初戦の相手自体がブルーティアーズと銀華と、全然違うISですしね。 あと、同じ初心者同士なのにちーちゃんの方が圧倒的に強かったのは、中の人の性能差がモロに出たのと、ISの相性です。 おとボク主人公は真ヒロインであると同時にかなりのチートキャラなんで、初期一夏に攻略できるほどヤワではありません。流石に人外の戦闘力を持つISヒロイン達には負けますが、例えば瑞穂ちゃんは100m6秒台と言われるほどの脅威の身体能力を持ち、瑞穂ちゃんに劣るというちーちゃんでも塀をジャンプで乗り越える事が出来ます。 それとISの相性ですが、ちーちゃんの銀華はPICを極めた運動性特化機。同じく運動性を重視しながらも火力の方にも気を使っている白式では、戦いの展開が運動性比べになってしまいより運動性に特化した銀華に負けてしまいます。 一方で、防御の硬いISと戦う際には、一撃必殺の火力と充分な運動性を持つ白式の方が有利という感じになります。 またちーちゃんが一夏の関節を破壊した件ですが、おとボク1で瑞穂ちゃんが暴漢の骨をへし折る描写があるため、その親族であるちーちゃんも必要性を感じたら躊躇無く相手の骨をへし折れるものと解釈しました。まあ今回は八つ当たりですが。 ……しっかし、ちーちゃんの態度の変貌がちと急すぎたかも。 なお、一夏の関節を破壊する怖いちーちゃんを忘れてちーちゃんに萌えたい方は、銀華装着状態のちーちゃんを妄想してみてください。 どこのお姫様だと言いたくなるような仕様になってます。