木曜日の放課後、一夏……ついでシャルロットの次に千早の元を訪れたのは、彼と同じく銀の髪を持つ少女、彼を医務室送りにした少女のラウラだった。「貴女がここに来るだなんて、一体どういう風の吹き回しですか?」 これまでのラウラの態度から、自発的に医務室に来たとは考え辛い。 よって、千早は怪訝そうにラウラに訊ねた。「……教官から貴様宛の言付けを預かった。 今回の私との試合、私の反則負けで貴様の勝ちだそうだ。」 ISによる戦闘は、建前に過ぎないとはいえ一応スポーツのような競技という扱いになっている。 当然といえば当然の話で、ISの他の兵器とは隔絶した超戦闘能力を無制限に振り回せば、恐ろしい事態に発展する。 その為、競技としてのISによる戦闘は、最強のIS装着者を決める大会であるモンドグロッソでも採用されているルールが厳密に適用される。 今回はラウラが「エネルギーシールドではなく敵IS装着者の肉体を破壊目標とする攻撃を禁ずる」というルールに抵触した為、彼女の敗北となった。 ラウラには不満の色が見られるが、ことIS戦闘においてルールは絶対である。 兵器を用いて行われるルール無用の戦闘は、通常は殺し合いと呼ばれるものだからだ。 その話を聞いた千早は辛辣な表情を浮かべて言う。「そうですか。それは良かった。 いくら実力差を考えれば当然の事だったとはいえ、貴女のような甘ちゃんに負けてしまう事は屈辱でしたからね。」「なっ……私が、甘ちゃんだと!?」 まさか自分にああも痛めつけられた相手から「甘ちゃん」呼ばわりされるとは思ってみなかったラウラは仰天する。「ええ、貴女は兵士としてあまりに甘すぎます。」「ほう、ならばあのまま引き裂いてやっといた方が良かったか?」「……僕が言っているのはそういう問題じゃありませんよ。」「……どういう意味だ。」 千早は軽く息を吐いてから、ラウラの質問に答える。「貴女には協調性というものがまるで見られません。 大方クラスメイト達のような素人などとは馴れ合うつもりはないと言った所なのでしょうけれど、より低難度の馴れ合いすら出来ない人に軍隊に求められる高度なチームプレーをこなす事は不可能なのではないんですか?」「チームプレーだと?」 ラウラは鼻で笑う。「そこで小馬鹿にした笑いが出てしまう所を甘いと言っているんです。 古来より、軍隊の歴史とはチームプレーの歴史です。 15歳という若年でプロの、しかもベテランの兵士をしている貴女ならば、英才軍事教育を受けて育っている筈。 ですからこの位の事は、貴女にとって自明の筈ですよ。 それなのに、あの見下げ果てた協調性。 貴女はこれまで、一体何を学んでいたんですか?」 千早の舌鋒は鋭い。 かつて一夏に見た一面とは違う、別の見たくない自分をラウラに見てしまっているからだ。 協調性がなく、他人を見下す自分が嫌い。 ラウラは、まさしくそんな千早自身の一面を鏡に映したかのような少女だった。「はっ、何を言い出すかと思えば下らん。 私は兵士ではない。兵器だ。 最強の戦力たれと生産され、トライアルを潜り抜け、最大の戦果を挙げるべくあらゆる軍事技術を投入された。」「……分かっていませんね。 貴女が兵士だろうが兵器だろうが関係ないんですよ。 いずれにせよ、貴女が軍隊組織に所属する一戦闘単位である事に変わりは無いんですから。 それに兵器だって、他の兵器や運用する兵士達との連携を考えて運用しなければタダの無用の長物です。 単機で高い戦果を上げてしまえるISが幅を利かせているこのご時世でさえ、前衛に守られてこそ光るブルーティアーズのようなISが存在するというのに、貴女は言うに事欠いてミーハーな素人とは馴れ合えないとでも言うつもりなんですか? 常に味方戦力のえり好みが出来るだなんて、ご大層なご身分な事で。」 千早は皮肉に笑う。 そこには普段の妖精のような神秘的な美しさではなく、妖艶で蟲惑的な魅力が溢れていた。「ふん、負け犬の遠吠えだな。」「その負け犬に余計な事をしたせいで反則負けにされてしまった方よりはマシかと。」「ほざけ。」 しかしラウラは千早の美しさの質など気にも留めない。 彼女にとって、戦闘力の高低こそが最も重要な価値基準であり、容姿の美醜を気にしたなど事など全くない。 彼女にとっては千早の美貌など、千早個人を識別する為の記号に過ぎない。 この辺り、束にも通じる所があるラウラだった。 そんなラウラでも唯一千冬のみは、気高く美しい存在であると認識している。 だが、それとても千冬の地上最強の生物とさえ言われる圧倒的戦闘能力と内面の精神性によるものであり、ラウラが千冬の美貌を気に留めた事など過去に一度もなかった。「まあ貴様には言わせておいてやろう。 貴様の次は、本番だ。 貴様の男、織斑一夏を血祭りにあげてやる。 来週月曜日が奴の命日だ。」=============== 保健室を後にした一夏は、銀華の様子を見る為ISハンガーに来ていた。 聞けば中身の千早ほどには手酷くやられていないという話で、修復には一週間もかからないと聞いているが、やはり千早が命を預けるISなのだから気にはなる。 しかし、ハンガーに着いた一夏は意外な相手に出会った。 千冬はまあいい。 既に存在していた欠陥機に束が手を加えた物である白式とは違い、銀華は紅椿同様、純粋に束の個人製作。 たとえ第三世代ISに過ぎなくても、銀華から得られるデータには彼女でなくとも注目するだろう。 恐らくは同様の理由で、箒や鈴音、セシリアやシャルロットもやって来ている。 代表候補生達に関しては、銀華について知り得た情報を報告するようにも言われているのだろう。 今回の修理は絶好の機会という訳だ。 見れば他にも野次馬はかなりいるようだ。 が、彼女達もIS学園の人間である。 整備課の2,3年生の姿も見られるし、別におかしい話ではない。 一夏が驚いたのは、今まさに銀華を整備している人間が、よりにもよって……「なんで束さんと史ちゃんがいるんだ!?」 篠ノ之 束と度會 史。 全世界から指名手配されている女性と、そもそもこの世界には居ない筈の異世界人。 束の方はまだ分かる。 彼女がここにいる理由はどうあれ、ISを扱わせて彼女の右に出る者は存在しない。 しかし、史は千早の家に仕える侍女。つまり千早と同じ異世界人である。 一応、束という世界で最もISについて熟知している人間との継続的な接触を持っているものの、彼女はISが存在しない異世界の住人だ。 そうおいそれとISについての知識を身につける事などできないはずだった。 にもかかわらず、彼女は束と共に銀華を弄り、それを束が拒絶している様子も見られない。 束との共同作業ができていると見るべきだった。 と、作業がひと段落着いたようで、銀華に取り付いていた2人は作業の手を止め、辺りを見渡す。 そして。「ああ~~、いっくん見っけ!!」 束はそう言って一夏に飛びつき、彼女の後ろで史がぺこりと頭を下げたのだった。「って、俺ですか!? 箒でも千冬姉でもなくて?」「いや、ちょっといっくんには白式用の追加装備についてお話しとこうって思ってたから。」「それと千早様と一夏様には、私からお渡しする物もあります。 ……今回の千早様のように、お怪我をする事を防ぐための物です。」 史の表情を読み取ることは難しいが、彼女が暗くなっていて、そして怒りを感じている事に一夏は気付いた。「あ……」「何もおっしゃらないで下さい。 このような学校ですので、私どもも千早様がお怪我をされる事もあると思っておりました。 それに千早様はああ見えて、武術を修めておいでです。 その為、鍛錬中や組み手中にお体を傷めてしまう事は以前にもありました。 ですから、そこまでお気になさらないで下さい。」「……その割に史ちゃん、大分怒ってない?」 史の視線は思いのほか痛い。 やはり千早が負傷したという事実は、彼女にとってかなりの苦痛であるようだ。 その苦痛が、史の視線を通して一夏にも伝わってくる。 そんな痛みに耐える一夏に対して助け舟を出したのは千冬だった。「それで束、白式の追加装備と言っていたが、それは一体どのようなものなんだ?」「あ、えーと……ちーちゃん人払いお願いできない?」=============== 千冬の人払いにより、ハンガーに残った人影は千冬、一夏、束、箒、史の5人のみとなった。 盗聴器の類も残されていない事を確認した束は、おもむろに白式の追加装備について話し始めた。「んで、白式の追加装備の話だったよね。 今、作っている白式の追加装備の名前は、非固定浮遊部位型追加スラスター『銀月』。 名前の通り銀華のデータをフィードバックしてるから速度が速くなるだけじゃなくて、白式でも鋭角機動が出来るようにするものなのだよ♪ 銀華みたいに設計段階から組み込まれているものじゃないから、角度は最大150度くらいで、178度ターンが出来る銀華には敵わないけれど、まあ運動性が大幅アップ! ってことには変わりないから。 しかもしかも、太陽炉へのステップその1として開発した試作型量子波動エンジンを搭載しているから、白式の燃費問題も解決してくれるのだっ!! ……ちょっと問題があって、いっくんが『量子波動エンジンさん、動いて!!』って思っている間しか動かないんだけどね。」「量子波動エンジンって……っ!? ちょっと待ってください姉さん、ステップその1って……太陽炉?」「……あー、そーいやお前ガンダム00見てないんだっけ?」「は?」 このIS世界でガンダム00を視聴したければ、織斑姉弟が束から渡されたDVDを見るほかない。 そしてそのDVDは千冬の部屋にある。 まさかアニメを見るために鬼教官と恐れられてもいる千冬の部屋に行く者がいるはずもなく、IS世界の人間でガンダム00を見た事があるのは束と織斑姉弟だけのはずだった。「私がちーちゃんといっくんにあげたDVDじゃないと見れない、超レアでお姉さんイチオシのアニメだよ! 後で見せてもらってね♪」「は、はあ……それと一夏の追加装備と、どんな関係が?」「……この阿呆はそのガンダム00に出てくるガジェットである純正太陽炉とやらを作りたいらしい。 その手始めが、今回の量子波動エンジン……という事だな。」「さっすがちーちゃんってばご明察!」「あ、アニメに出てくる動力炉ですか……」「そういうな。ISの時点で大概だろうが。」「それはそうですが……」 箒は呆然としてしまった。「量子に関しては元々ISでも色々利用してたから、量子波動エンジンの理論構築は結構楽だったよ。 太陽炉に辿りつく為の取っ掛かりとしても良い感じぃ♪」 一方、束の中では既に太陽炉実用化までの道筋が見えているようであった。 しかしあれはGN粒子なる粒子を発生させ、エネルギーや武器に転用するもの。 千冬は量子波動エンジンからどうやって太陽炉に辿りつくつもりなのかが、良く見えなかった。 ともあれ、これで白式の追加装備『銀月』についての話は終了した。「それで銀華用にも追加装備を作ってたんだけど、こっちは目新しい技術なんて全く使ってないから片手間で作ってたのにすぐ出来上がっちゃって、それで今回の銀華破損でしょ? だから今日は、本当ならふーちゃんの作ったシミュレータを渡すだけのつもりだったんだけど、せっかくだから修理がてらその追加装備を銀華にくっつけてみたの。 あ、ちなみに今回ふーちゃんは私の助手って事で連れて来てるから。」「あの、ふーちゃんはお止め下さい。」 史は自己主張の控えめな反論をする。「? 銀華用の追加装備は良いとして……史ちゃんが作ったシミュレータ?」「うん、ちょっと凄いよふーちゃん。 私がISについてちょこちょこ教えただけで、ソフトウェア方面に限っては世間一般に知られていることくらい完璧に近くなっちゃったから。」「いっ!?」「なっ!!」 その一言に、織斑姉弟は絶句する。 彼女はISが存在しない世界の人間であり、ISについての知識を身につけるための時間など無きに等しい筈だった。 束から直接教えを受けたとしても、尋常ではない。「……私が胸を張って千早様に勝っているといえるのは、コンピュータ関係の取り扱いだけですから。 それ以外の、本来の侍女としての仕事は掃除も洗濯も料理も全て千早様の方がはるかに上で、ふと気が付けば全ての仕事を千早様が片付けてしまわれている事も珍しい話ではなく……」「……世話好きのご主人様ってーのは、考え物かもしれないなぁ。」 一夏は史のため息を幻視したような気がした。「それでね、ふーちゃんってばちはちゃんのお役に立ちたいっ!! ってね、一生懸命ISについて勉強して、こんなの作ってきたんだよ。」 ちはちゃんって、千早の事なんだろうな。 などと思いながら、一夏は束が持ってきたバイザーを受け取る。「これが、史ちゃんの作ったシミュレータ?」「はい。それはISの一般的な追加装備であるハイスピードバイザーを改造した物で、テレビゲームで言えばコントローラー兼モニターに相当する子機になります。 本体はこちらになります。」 そう言って史が指差した物体は、一見して大きめのゲーム機のように見えた。「……ゲーム機?」「はい、その通りです。 ゲームに出てくるロボットや戦闘機とISで戦う事が出来る、そういうシミュレータです。」 史はあっさりと肯定した。「つまりコレでゲームをしろと?」「ISを動かしての擬似戦闘になりますので、戦闘訓練にはなるかと思いますが。」 ちなみにバイザーを介してゲーム上の敵機の映像がハイパーセンサーに送られ、本体が敵機と使用者の機動や被弾時の挙動を計算して両者の位置関係を割り出しリアルタイムで反映、被弾判定を受けた際にはエネルギーシールドが内側に向かってはじけて衝撃を受けるらしい。 その際エネルギーシールドは二重になり外側のエネルギーシールドがはじける為、機体を損傷したり中身が大怪我をする事はないが、ハッキリ言って相当痛いことが向こうの世界でテストを行った千早の又従兄弟の鏑木瑞穂の証言で判明している。 また、攻撃の際にもエネルギーシールドが刃に負荷をかけ、手応えを再現しているそうだ。 ちなみに零落白夜の一撃必殺は反映されず、「少し強力なビームソード」として扱われるらしい。 駆け引きを憶える為には、一撃必殺で話が終わってしまったら元も子もないからだ。 ……ちなみに瑞穂は何故女の子にしか使えないはずの物のテストに自分が駆り出されたのかと、非常に納得のいかないものを感じていたらしいが、彼は女性に痛い思いをさせるという事が出来ない人であった為、結局自分でテストする事にしたらしい。 また、このシミュレータは使用者の戦闘データを蓄積し、15戦ごとにその戦闘データを反映した使用者のISを敵機として出してくるらしい。 それによって敵の立場から自分(の戦闘データ)と向き合い自分の癖や隙を実感しやすくし、その修正に役立てる事が出来るのだという。 使用者の戦闘データは15戦ごとにリセットされ、常に最新のデータが反映されるようにもなっている。「ちなみに、現在入っている戦闘データはこのようになっております。」ナインボールオニキス(ゲームそのままの戦闘データ。機体の大きさは人間大に縮小。)ナインボール(同上)ナインボールセラフ(同上)プロトタイプネクスト(同上)ナインボールオニキス+(中身が史の知り合いのACシリーズ上級者の戦闘データ)ナインボール+(同上)ナインボールセラフ+(同上)プロトタイプネクスト+(同上)首輪付きVer1~9(同上。また、ヴァージョンによってアセンブリと戦術が異なる)ラストレイブンVer1~9(同上)nemoVer1~9(中身が史の知り合いのエースコンバットシリーズの上級者の戦闘データ。機体は1mほどに小型化。ヴァージョンによって使用機体が異なる。)ブレイズVer1~9(同上)メビウス1Ver1~9(同上)円卓の鬼神Ver1~9(同上)凶星Ver1~9(同上)ジェフティ(最高難易度をノーダメージでクリアできる上級者の戦闘データ。機体は人間大に縮小)ネイキッドジェフティ(同上)アヌビス(ゲームそのままの戦闘データ)アヌビス+(最高難易度をノーダメージでクリアできる上級者の戦闘データ。機体は人間大に縮小)アーマーンアヌビス(同上)「シミュレータに過ぎないとはいえ、それなりに歯ごたえがあると思います。」「とはいえ……所詮はゲーマーの強さ、それもタダのデータだな。 現実で身体を張って戦う高レベルのIS装着者に及ぶ強さだとは思えないが。」 箒が口を挟む。 ちなみにこちらの世界にはアーマードコアシリーズもエースコンバットシリーズもZ.O.Eも存在しない。 もっとも存在していたとしても、箒がそれらの事を知っているかどうかは疑わしかったが。「だけど、相手を探さなくてもいつでも訓練できるってーのはありがたいぜ? 機体や身体を壊さない為の手加減も完備みたいだし。」 何時も一緒に訓練している相方である千早が寝込んでしまっている一夏にとっては、このシミュレータはありがたかった。 それに……「千早の奴からは、いっつも読み易いって言われてばっかだし、自分の戦闘データと戦えてその読み易さを客観的に見れるってーのは結構ありがたいと思うぜ?」「ほう、分かっているじゃないか。」 珍しく純粋に褒める口調で千冬が言う。「だがきちんとした評価は、後で実際に試してみてからにしておけよ。」「分かってるよ、千冬姉。」 しかしこの場でシミュレータを試すわけにも行かない。 史の説明によれば、このシミュレータはISを実際に動かして使う物だからだ。「やっぱり向こうとこっちとじゃ発想力が違うよねぇ。 今回のシミュレータだって、公開情報の範囲内で充分作れる物なのにこっちじゃ全然見ないし。」「……お前が知らんだけかも知れんぞ?」「そうかな? 私に知られないほどの機密にする必要なんてなさそうだけど。」 束の台詞には頷かざるを得ない。 確かにたかだか戦闘シミュレータの存在を束ですら察知できないほどの機密情報にする必要などどこにもない。 まして……束は自らの発想を超える他者に餓えている。 こちらの世界で今回の発想の戦闘シミュレータが作られたなら、彼女がそれを察知しない訳がなかった。「ところで束さん、銀華にも追加装備があるんですよね?」「え、うんそうだよ。 銀華って接近戦仕様なのに斬り払いとかできないでしょ? だから束さん特性のブレードを持たせてあげたの。」 そう言う束が銀華を指差すと、その腕にIS用ブレードが取り付けられているのが見えた。 刃渡りは1mにも達しておらず、IS用ブレードとしては多少小ぶりである。「非固定浮遊部位として腕の周りで自由に動かせるアンロックブレード『銀氷』。 これはこれで銀華のパーツの一つだから、拡張領域は要らないって寸法なのだよ。 柄に当たる部分を基点に自由な角度で回転させる事も出来るから、通常のブレードとは比べ物にならないくらいフレキシブルに振るう事が出来るのだー。」 完全に既知の技術しか用いられていないが、類型の装備は見られない。 なるほど、束ならば思いついたその場でほんの数時間足らずでも作ることが出来るものだろう。 しかし銀華の恐ろしさを誰よりも知っている一夏ならば分かる。 この単純なブレードがどれだけ銀華の戦闘力を跳ね上げてしまうのかを。 そもそも、今回の対ラウラ戦における千早の敗因は、熟練度の差も確かにあっただろうが、装備の差も同様に大きかったのだ。 ワイヤーブレードやプラズマ手刀を切り払えない。 この一点がどれほど千早の動きを制限し、AICを当て易くしたのか想像も出来ない。 プラズマ手刀に関しては千早とラウラの戦闘技量の差も反映されてしまう為、『銀氷』が存在していたとしても気休めにしかならないかもしれなかったが、その気休めが勝負の分かれ目になることもあるのだ。 そして普段の一夏との模擬戦や前回の対一夏戦においても、千早は雪片弐型を避ける他なかった。 それでも千早の方が勝率が上だったのだ。 斬り払いという選択肢を新たに得た銀華の戦闘力は、接近戦において正に無敵とさえ思えた。「ま、まあ使いこなすまでには時間が掛かりそうだし……」「お前が銀月を使いこなすまでにもな。」 結局、お互い追加装備が追加された後でも、その直後は現在とさほど変わらぬ強さに落ち着くようであった。=============== ハンガーを出てアリーナに向かう一夏の隣には、千冬の姿がある。 今は束が1人で銀華の整備を行い、史は束から護衛を頼まれた箒と共に千早の見舞いに行っていた。「さて、織斑。 今回のクラス代表選考戦だが、既に御門とデュノア、オルコットが脱落している。 よって、次のお前対ボーデヴィッヒが事実上の、代表決定戦となる。」「へ? なんでシャルル……じゃなかったシャルロットが?」 負傷して戦えない千早や3敗を喫したセシリアはまだ分かるが、シャルロットが脱落せねばならない理由はないはずだ。 彼女の勝ち点は2。 非常に低確率ながらも、次の対ラウラ戦で一夏が勝てば、ラウラと一夏は彼女と並ぶ。 脱落せねばならない理由はないはずだった。「学籍をシャルル=デュノアからシャルロット=デュノアに変更する手続きが存外に面倒でな。 クラス対抗戦に間に合わんのだ。」「そんな理由でかよ。 強ぇのになんかもったいないような気がするな。」 とはいえ合点がいく話ではあった。「それで織斑。 無理を承知でお前に頼みたい事がある。」 千冬が真っ直ぐに一夏を見る。 思えば、姉を頼るばかりであった自分が、こうして彼女に頼み事をされたのは初めてだったかもしれない。 それほど経験のない状況だったので、一夏は呆然と千冬の顔を見返す。 彼女の表情は真剣なものだった。「な、なんだよ千冬姉、俺なんかに頼み事なんて。」「……お前の勝ち目が薄い事は百も承知だが……ボーデヴィッヒに勝て。 あれに今一番必要なのは、格下相手の敗北だ。 そして今の状況でそれができるのはお前しかいない。」 千冬は真っ直ぐ一夏を見据えて続ける。「あれは軍人だ。そこが他の代表候補生とは違う。 だが……今のアイツは周りに自分より低レベルの者が多い環境下で、調子に乗ってしまっている。 調子に乗った軍人など……足元をすくわれた時の被害を思えばこれほど危うい者もいない。 ましてアイツは部下を抱えている身だ。 下手をすればその部下達にまで累が及ぶ。」「だから今、俺で比較的安全に転んでおけと?」「そういう事だ。 万全のボーデヴィッヒが相手ならばお前には万に一つも勝ち目はないが、幸い今の奴は油断と慢心で本来の半分以下の実力しか出せておらん。 それでも勝ち目は少ないが……決して0ではない。 だからその勝ちを手繰り寄せて見せろ。」「お、おう。」 絶対的にラウラの方が強いと認識しているのにもかかわらず、一夏に勝てという千冬。 相変わらずの無茶振りだなと思いながらも、一夏は頷くしかなかった。「まったく、挫折と敗北を知っているはずの奴が、こんな所で調子付く等というマヌケをさらすとは…… ボーデヴィッヒにも世話が焼ける。」 そう言う千冬の横顔は、純粋に姉として相手を心配している顔だった。 そういえばラウラは1年間、千冬に鍛えられていたという話だ。 その1年の間に、千冬の方も情が移ったのだろう。 一夏はとても馴染み深く、それでいて初めて目にする気もする千冬の表情にそんな事を思ったのだった。 ともあれ、他ならぬ姉の頼み、しかも常ならば自分ごときに頼み事など絶対にするはずのない千冬の頼みである。 達成できる確率は低くとも、なんとか千冬の願いに応えたいと思う一夏だった。 その後、一夏はアリーナでシミュレータを使用し「仮想ラウラならば、同じく相手の動きを止められるジェフティかアヌビスが良い」という史のアドバイスに従ってアヌビスやジェフティを対戦相手に選び続け……「な、なんで戦闘プログラムがこっちの動きを読んでるんだぁぁぁぁっ!!」 ひたすらボコられ続ける羽目になった。 いくらAI制御とはいえ、上級者の戦闘データである。ISの素人である一夏には流石に厳しい相手であった。 しかもシミュレータ上の機体の運動性や反応速度は、白式や銀華に合わせて非常に高く設定されている。 その為、時速850kmの優速にも平然と対応されてしまい、むしろそれ以下のスピードを出した時に速さで圧倒される有様。 トドメにジェフティとアヌビスは共にゼロシフトというワープ能力さえ持っていた。 上級者から得られた戦闘データによって操られるジェフティとアヌビス。初心者にとっては文字通りの無理ゲーである。 その後、自分の戦闘データとの対戦で、あまりにも隙がなさすぎたアヌビスやジェフティとの対比で隙の塊のように見えた敵白式の姿に、一夏は非常に落ち込んだ。 アヌビスやジェフティの挙動そのものはゲーム上の見栄えを重視したもので、それ自体は隙だらけである。 だが回避・攻撃・防御などの行動を起こすタイミングが非常に巧みで、回避を許さぬタイミングでの攻撃や必殺の間合いを軽やかに避ける回避などを繰り返されてどうしようもない。 その後、一夏は体力が尽きて眠りに落ちるまでひたすらシミュレータのジェフティとアヌビスにボコられ続けるのであった。=============== 一方、史達が保健室に着いた時、千早はすやすやと眠っていた。 夕日に照らされて銀糸の髪が輝き、その輝きに勝るとも劣らぬ美貌はまさに姫君と言った所だった。「……千早様。」 道すがら史の素性を聞いていた箒は、史の声色に千早を気遣う物が含まれているようにも思えた。「まったく我が姉ながら、あの人のする事は無茶苦茶だ。 千早さんもISが存在しない世界に帰れると分かったなら、姉さんなどに付き合ってIS学園に留まる事もなかったろうに。 そうすればこんな怪我もせずにすんだんだ。」「ですが千早様は……ああ見えて男性的な矜持をお持ちです。 女性にばかりこのような怪我をする恐れのある事をさせ、自分は安全な所でそ知らぬ顔をするという事は、性格上出来ないものと思われます。」 思えば、彼が「母さんを守る」と言い始めたのは何時の頃だっただろう。 彼が「女性は守るべきもの」と考えているのは確かだった。「男性的な矜持……か。」「女性にしか使えないISの圧倒的戦闘力による女尊男卑が罷り通るこちらでは、もう廃れてしまっている考えかも知れません。」「ああ、実際廃れているよ。 それを持ち続けている男は、私は一夏しか知らない。」 地上最強の生物とまで呼ばれる女性を姉に持ちながら、そして実際彼女には遠く及ばない戦闘力しかもっていないのに、よくもまあそんな考えを持ち続けることが出来るものだ。 箒は、それだからこそ一夏に惹かれている自分を意識した。「史……かい?」 千早の顔がいつの間にかこちらを向いていて、その神秘的な双眸が開かれている。 史達が話している間に目を覚ましていたようだ。「千早様……」「なんでIS学園なんかに?」「千早様がお怪我をなさらぬよう、訓練用のシミュレータを作って束様に連れて来て頂いたのです。」「そう……少しタイミングが悪かったみたいだね。 でも嬉しいよ。僕が強くなれるよう作ってくれたんだろう?」「千早様……史にはコレくらいしか出来ません……」「そう落ち込まないでくれないかい。こんな所だから、怪我もすぐに治るしね。」 千早の役に立ちたいというオーラがありありと見える史と、その史を優しく受け止める千早。 まるで優しい姉と姉思いの妹という姉妹の図に見える光景であった。 その後、史からシミュレータの詳細を聞かされた千早は、戦闘データのあまりといえばあまりのラインナップに絶句し、1人でボコボコにされ続けているであろう一夏の無事を願わずにはいられなかった。==FIN== ちなみにこのシミュレータ、代表候補生辺りでも問答無用でボコられる強さですww 対銀華用に鬼反応仕様にしてありますので。 そんなもんを素人にぶつけた史ちゃんってば鬼畜☆ 一応戦闘訓練を生徒会長や千冬にやらせてみるというのも考えたんですが、彼女達は彼女達で忙しい立場だろうという事でスルーしました。 ある程度自力で強くならなければ、彼女達の指導についていく事さえ困難でしょうし。 そして束さんのちーちゃんへの呼称ですが、「ちはちゃん」に決定しました。 しかし……ラウラはちょっと極端にしすぎちゃったかな?