木曜日の放課後。 クラス代表選考戦4戦目直前。 シャルロットは千早に対して未だ煮え切らない気持ち、端的に言えば信じたいのにどうしても不信感が拭いきれない気持ちを振り切れないでいた。 「インフィニットストラトス」なる小説の存在を信じられないこともある。 だが、その小説の実在を認めた場合、今度は千早自身の事を、シャルロットは信じたいのに信じられなくなってしまう。 小説の話など嘘と思いたかったが、どうせ嘘をつくのであればもう少しバレ難い嘘をつくはずだった。 一方で、彼女は一夏に対しても思う所があった。 「織斑 一夏」などという言い方をした以上、彼は「インフィニットストラトス」の存在を疑ってはいないようだった。 ならば何故一夏は、自分が主人公の物語の概要を知る千早を、どうして自分の傍に置き、ましてや恋人などにしているのだろうか。 シャルロットには、そんな自分の先の人生を知っていそうな相手と共にいるのは、まるで物語を間近で見る傍観者の視点で眺められているようで、あまり気持ちの良いものではないように思えた。 一夏には千早とは違い、純粋に感謝の念を感じている。 シャルロットの偽らざる本心である。 彼が千冬にかけあってくれた結果、千冬自身を始めとするIS業界全体が総出で彼女を守ってくれるという話になったのだ。 それというのも、かつて一夏が誘拐された折、「IS装着者にいう事を聞かせたければ人質をとればよい、などという風潮が生まれては、全世界の全てのIS装着者にとって計り知れないほど大きな不利益となる。」という話になって、IS装着者に違法行為を強要する輩にはIS業界が一丸となって制裁を加えるという決定がなされたらしい。 今回は、それに基いてシャルロットをデュノア社から保護するという話になり、シャルロットの身の安全は保障されたというのだ。 今回、一夏はただ単に千冬に話を持って行っただけである。 だが、その「だけ」があるとないとでは大違いであり、千冬も「まず悲鳴を、SOSを出してもらわねば、こちらとしても助けるのが困難になる。 まず、拙い状況にあることすら、知らずに済ませてしまう恐れがあるからな。」と言っており、千早と一夏に相談したのは間違いでなかったと思っている。(でも、御門さんは……最初から僕の窮状を知っていて、それなのに…………) 確かに彼女の言う通り、自分の人生の何もかもが「インフィニットストラトス」の通りではない。 もしそうであったなら、そう思うとゾッとする。 本当に何もかもを把握されているという事なのだから。 だが……大筋では違っておらず、彼女はもっと以前の段階で自分に手を差し伸べる事も出来たのではないか…… もう既に千冬に救われている身で何を今更と思ってしまうが、どうしても千早に対してはこの疑念を捨てきれない。 だが、彼女が作ってくれたお菓子を作っている様子に、台所に立つ母の後姿を思い出し、お菓子の味に、かつて母が作ってくれたお菓子を思い出した事もまた事実。 確かに彼女は愛情を込めてお菓子作りをしていたのだ。 その愛情込めたお菓子作りは、IS学園、否、この世界にいる自分以外の全ての人間を虚構の存在と思っている冷たい人間には、到底不可能な芸当のように思えた。「……っと、気持ちを切り替えないと。 銀華には敵わないって言っても、白式だっておかしい位の高機動機なんだから。」 今は一夏との戦いにだけ向き合おう。 そうシャルロットは気持ちを切り替える。 いくら感謝してもし切れない相手とはいえ、勝負には関係ない。 むしろ手心を加えたほうが怒るような相手だった。=============== 一夏VSシャルロットは、下馬評の通り、シャルロットのワンサイドゲームで終了した。 いくら白式が高速で飛びまわり狙いを付け辛いと言っても、その白式には射撃が出来ないのだ。 距離が開いていれば、それだけでシャルロットには非常に有利だった。 その上、一夏が接近戦をするために突っ込んで来た所に合わせてショットガンを撃ち込むだけで、白式の速度分だけショットガンの威力が強化され、大幅にシールドエネルギーを削る事ができる。 ショットガンが間に合わないなら、非固定浮遊部位のシールドを前面に出せば、一夏の突貫を牽制する事が出来る。 彼女のラファールリヴァイヴカスタムⅡには、そのシールドが4枚装備されており、死角を突くのは困難を極める。 根本的な技量においてもシャルロットの方が一夏を凌いでいたため、焦る事無く迎撃に徹していれば彼女に負ける要素は無かった。「いや、やっぱ強ぇわ、お前。」「まあこの位は出来て当然だよ、一夏。 接近戦しかできない相手限定だけど、迎撃に徹していればその相手が織斑先生や更識先輩のような国家代表みたいな、すっごい格上でもなければどうとでもなっちゃうもの。 寄ってきた所を、良く狙わないでも当たるショットガンで迎撃すれば良いだけだからね。」 むしろずぶの素人のハズなのに、倒す為には待ちに徹しなければ困難だった一夏。 シャルロットから攻める素振りを見せれば、白式の高速機動に振り回されてしまうし、零落白夜のまぐれ当たりが当たる余地も大きくなる。それでも五分以上の勝率ではあっただろうが、敗北の可能性がより大きかったのは事実だった。 無論、これは高機動を実現させる白式の高性能による部分が大きいものの、それにした所でその性能を十全に引き出すのは中身の方にも相応の能力が要求される。(そう考えると、あの姉にして、この弟ありっていう事なのかな?) シャルロットは胸の内でそう呟いた。=============== 続いて、千早VSラウラ。 銀色に輝く髪を持つ者同士の対決である。 一見小柄な少女にしか見えないラウラだが、その実態は正真正銘の生物兵器。 強力な兵器であれと生まれた頃から望まれ、地上最強の生物である千冬に憧れ、彼女に習い地上最強の兵器でありたいと望んでいる少女だった。 その為、15歳の現時点で既に常人ならば一生届かないであろう程の戦闘力を有する。(……流石に銀華相手に片目を塞いでいるのは愚の骨頂か。) 千早は超高速機動戦闘を得意としている。 ならば。(この忌々しい金の瞳も、今が使い所という事か。) ラウラの瞳に埋め込まれた、彼女の動体視力を引き上げる為の擬似ハイパーセンサー、ヴォーダン・オージェ。 しかしそれは彼女の肉体に適合せず、彼女の左目を金色に染めたばかりでなく、制御不能になり、彼女は暴走する動体視力の為に思うように動けなくなり、訓練で遅れをとるようになった。 試験管の中で兵器であれと望まれて生まれ、兵器としての有用性を訓練で示すことこそを存在意義としてきた彼女にとって、ヴォーダン・オージェにまつわる過去は忌まわしい記憶であり、この金の瞳はその烙印。 だが……常軌を逸する機動を見せる銀華の動きを捉える為になら、この出来損ないの瞳も役に立つはずだった。 ラウラは普段左目を隠している眼帯を取り去る。「前に宣言したはずだったな、御門 千早。 織斑 一夏を血祭りに挙げる前に、奴の女である貴様を始末しておくのも悪くは無いと。」「……軍人がド素人を挑発するのはみっともないですよ。 後で相応の振る舞いというものを習得しておいてください。」 銀華を使いこなしている奴の言う台詞か。 ラウラはそう思ったが、口に出すのは躊躇われた。 彼女の力を認めているような発言は、この場ではしたくなかったからだ。 今は、自分の優位を示す時だった。 ほどなくして、千早VSラウラの戦いの火蓋が切って落とされる。 最高の高速と、1組の中でも最優の技量の対決。 結論から言えば、最優の技量の勝利。 やはり先のシャルロット同様、待ちに徹した事とAICの威力がモノを言ったのだ。 まして彼女の技量はそのシャルロットさえも凌ぐ。 また、ヴォーダン・オージェの存在も大きかった。 その鋭敏過ぎる動体視力から見ても千早の機動は規格外であったが、それでもヴォーダン・オージェがなかった場合との差は歴然としていた。 さらに言えば、AICは銀華にとっては一発でも致命的だった。 何故ならば……「ぐっ!!」「ふん、いい格好だな、御門千早。」 AICを受けて動けない千早に対し、銀華の短射程衝撃砲の届かない程度に近づいたラウラはワイヤーブレードを射出し、そのワイヤーを千早に巻きつけて拘束する。 こうして千早は翼をもがれた鳥同然の状態になってしまう。 AICが解除されれば飛行そのものは出来るだろうが、銀華は何しろ運動性全振りというコンセプトで作られたIS。 馬力でシュヴァルツェア・レーゲンに敵うはずがなく、ワイヤーの拘束から逃れる術もない。 となると、千早にできる事はこのまま拘束された状態で接近戦を挑む事のみだが、何をどうすれば身体がマトモに動かない状態で、格上とのがっぷり四つの接近戦が可能だというのだろう。 この時点で千早の敗北は確定しており、千冬がそれを理由に試合終了を宣言しようとしたその直前、ラウラは射出させずに残しておいたワイヤーブレードを射出・操作し、千早を拘束するワイヤーに絡ませて左右に引っ張っていった。 千早を締め付けるワイヤーは左右に引っ張られ、千早自身をも左右に引き裂こうとその締め付けを瞬間的に強くする。「っ!!!!!」 千早は気丈にも悲鳴をあげずに激痛に耐えるものの、その表情は苦悶そのもの。 すぐさま千冬がラウラを制止させたおかげで大事には至らなかったものの、この時千早に刻み込まれたダメージは決して小さくはない。 千早はピットまでは自力で戻ったが、そこから先は担架で保健室へと運ばれていった。 ……このクラス代表選考戦は全校生徒の前で行われていた。 その為、1年生を中心に、多くの生徒がこのラウラの凶行に引き、戦慄したのだった。=============== 一夏は保健室のベッドに寝かされている千早と話し込んでいた。 見れば保険医であろう女性が、中空を虚ろな瞳で眺めながらブツブツと独り言をしていたが、今は千早の心配をしていたかったので後回しにした。 ちなみにこの女性「ありえないありえないありえない」「あれが男? 嘘よ嘘。嘘に決まっているわ」「なんでどうして……」などの言葉をランダムに口走っており、どうも千早の容態を確認し治療する過程で千早が男性である証拠を目にしてしまったらしい。 一夏としては、こういう状態の女性に対処する術が分からなかったので、放置を決め込むしかなく、千早の容態の心配をするほか無かった。「お前、あちこちの骨にヒビが入ってるんだってな。」「まあ、僕は前に一夏の関節を壊してしまったから、その時の報いだと思えば……くぅっ!!」 迂闊に身体を起こしたせいで痛めた箇所に激痛が走ったのか、千早は苦悶の表情を浮かべ、アバラを抑える。「おいおい、寝てろよ。 いくら活性化治療があるったって、治療中に痛めれば長引いちまうぞ。」 一夏は千早の身体をベッドに寝かせ、布団をかけなおしてやった。「……活性化治療か。 本当ならISと同じ位注目されていたっておかしくない筈の技術なのに……」 何しろ、今回の千早程度の負傷であれば、完治までに一週間もいらないのだ。 この技術の存在で助かった人間の数など、それこそゴマンといる。 そして、今も研究している者がおり、洗練と進歩を繰り返しているのだ。 活性化治療の人類に対する貢献度では、いかに強力ではあっても一軍事兵器でしかなく、しかも厳しい数量制限が科せられているISなど比較にもならない。 このように医療分野においても、千早が元いた世界を大きく上回っているインフィニットストラトス世界。 だがここでは、他の如何なる分野でどのような発表が行われようとも、ISが話題の全てをさらっていってしまう。 それは女尊男卑と同じ、ISによってもたらされた世界の歪みだった。「……他でどんな技術が生まれようとISが注目を全部持ってっちまう、それが束さんの嫌がってたこの世界の歪み、の一部か。 あの人が太陽炉を作りたいって言ってたのは、そんな歪みをガンダムに断ち切ってもらいたいとか、そんな思いが込められているのかね。」「文字通りの快刀乱麻、世界の歪みを断ち切る剣としての太陽炉搭載機……00世界の、ガンダム。 この場合、彼女自身が断ち切られるべき歪みの根源なのが皮肉だけれど……確かにそうなのかも知れないな。」 と、一夏が思い出したかのようにDVDを取り出す。 今、千早との話題に上った「機動戦士ガンダム00」の物だった。「腕一本動かすのもキツいんなら、電話帳も持てないだろうし、しばらくヒマだろ? これでも見てろよ。」「すまない。気が効くな。 でも、とりあえずは劇場版だけで大丈夫だ。」 千早がそういうと、一夏は劇場版のみを残して、他をしまう。「それにしても、お前も結構人気者なんだな。」 一夏は千早の枕元に大量に置かれた見舞いの品々を眺める。 定番の花束やリンゴなどの果物から、ケープなど変わった物も見受けられる。 その総量は、どう見てもクラスメイト達からだけのお見舞いでは到底集まらないような量だった。 千早は苦笑して応じる。「……あの時の校内新聞のせいだよ。 僕としては、あんまり強くも無いのにああも持ち上げられるとむず痒くて仕方がないんだけど……」「まあ、独り歩きを始めちまった情報なんつーのは、ものによっちゃあ千冬姉や束さんですらどうにもできない代物だからな。 その辺はある程度割り切るしかねーんじゃないか?」「はは……」 千早は乾いた笑いで応じるしかない。「まあ箒さんや鈴さん、あとセシリアさんは、僕じゃなくて「僕を見舞いに来るであろう一夏」が目当てだったように見えたけどね。」「お前いくらひねてるからって、見舞いに来てくれた奴にそれはないだろ? それに俺は「織斑 一夏」じゃないんだ。 そんな無茶なモテ方するかよ。」 一夏は自らを、少女達ごと一刀の下に斬り伏せた。 その一夏の物言いに苦笑いを浮かべた千早は、しばらく一夏と談笑した後、一夏の背中を見送った。=============== 千早との談笑を切り上げ、廊下に出た一夏は保健室の前で膝を抱えているシャルロットに出くわした。 ……実は一夏は、保健室に入る前にもこうしているシャルロットの姿を見ている。 一夏には彼女がそうしている理由が分からず、一緒に見舞いに行こうかと誘っても応じなかったので、仕方がなく一人で千早の見舞いに行っていた。「シャルロット、お前何時までそうしているんだ?」「……」 シャルロットは返事をせず、うつむいたまま。 一夏は質問を変えた。「お前は何で……千早のことが心配なのに、千早との接触を避けているんだ?」「っ!!?!」 シャルロットはその質問に、搾り出すように訴えた。 千早と小説「インフィニットストラトス」に対して抱いていた、葛藤と疑念を。 そして彼女は逆に一夏に問う。 小説「インフィニットストラトス」の内容を把握している人間を傍らに置く事に抵抗は無いのかと。「それは……」 一夏は千早と初めて出会った時の出来事を思い出す。 あの時、千早は間違いなく一夏と「織斑 一夏」を同一視していた。 そうでなければ男性である一夏と出会う為に、女子校であるIS学園の入試試験会場になど行く筈がないからだ。 その行為と動機は一夏を助けようというものであっても、そこに一夏を物語の登場人物と捉える冷たい視点がそ存在していた事実は誤魔化しようがない。「……そういや、なんでなんだろうな。 考えた事もなかった。」 だが、それでも一夏はこの件に関して千早に悪い感情を持っていない。 彼が千早に対して恨みつらみを言うのであれば、お互い一次移行も済ませてない段階での模擬戦において、右腕と両足を持っていかれた時の激痛に関するものくらいだった。「考えた事もなかったって……」 シャルロットは絶句する。「多分、この一ヵ月半くらいの間、ずっと俺と一緒だったから、俺の事を「織斑 一夏」なんていう虚構の存在じゃない生身の人間なんだって確信してくれたのかもな。 いや、多分俺1人だけじゃない。 この学校にいる、小説なんかじゃモブで済まされる先輩方一人一人も、それぞれの人生を背負った人生の主役だって思えたのかもしれない。」 シャルロットには一夏の話が、単なる千早擁護に聞こえない。「それに、「インフィニットストラトス」云々を別にすれば、アイツほど信頼できる奴はそういないと思うぜ。 実際、お前だってアイツの事、信じたくてしょうがないんだろ?」「……」 シャルロットは多少逡巡した後、頷いた。「なら、俺はそれでいいと思うぜ。 お前が四月の今の時点でここにいる以上、もう小説通りにも行く筈がないしな。 ……って、どうした?」「いや、そんな風に恋人の一夏に信じてもらえている御門さんがとても羨ましく思えて……」 その後、一夏はその誤解を解くべくシャルロットへの説明を小一時間繰り返し、どうにか恋人であるという誤解だけは解く事が出来た。 この時、シャルロットは「一夏に彼女がいないんなら、僕がそうなってもいいよね?」 などと思ったのだった。==FIN== とりあえずシャルロットプッシュしてみました。 ちーちゃんと一夏ですが、現時点ではこれが精一杯です。 戦闘描写、手抜きですみません。 しかし……緊縛されたちーちゃんハアハア。 見た目がお姫様だからなのか、こういうポジションも栄えますな、ちーちゃん。