さて、前回ラストの火曜日朝から時間を巻戻し、月曜日クラス代表選考戦終了直後。 本日のメインイベントである超高機動戦闘が終わりはしたものの、まだ少女達の大半はアリーナの観客席に留まっている。 今日はクラス代表選考戦以外にもイベントがあったからだ。 世界唯一の第四世代IS『紅椿』のお披露目である。 生身の千冬と箒がアリーナ中央に立ち、千冬が箒に紅椿を出すよう指示する。 箒が紅椿を渡されたのはつい昨日の話である為、専用機の展開には慣れておらず少し手間取ってしまった。 空間が歪み、紅のISが少女の身に纏われる。 兄弟機と見られる『銀華』や『白式』と違い、大きな脚部パーツを有する標準的なスタイルのISである。 ……なぜ、千早が一夏とおそろいの小型スタイルで、自分はそうではない標準スタイルなのか、多少納得できないものを感じる箒。 一瞬、千早を男呼ばわりした姉の話を思い出し、「もしかしたら二人は男性だから女性とは異なるスタイルになっているのかもしれない」と、ふと思ってしまうが、精神衛生上非常によろしくない為、脳内から削除する。 実際には運動性を重視した為特異なフォルムを得るに至った白式や銀華と、万能型故に標準スタイルに落ち着いた紅椿の差なのだが、その事に箒は気づかなかった。「さて、機体と同封されていた簡単な説明書には、紅椿の特徴は『あらゆる面で既存の全てのISを凌駕するけど、その代わり燃費が少し厳しい万能型。』とあった。 にわかには信じがたいが、何しろあの束が作った代物だからな。 とりあえず加速性能と減速性能、最高速度辺りから測定するぞ。 篠ノ之、私が合図をしたら最大速力で飛べ。」「分かりました。」 そして千冬が合図した直後、轟音が響き渡る。 紅椿が壁に激突した音だった。「……は?」 千冬の、否、その場にいた殆どの人間の目が点になる。 この時測定された紅椿の速度は、時速870km。 白式が連続瞬時加速を駆使して実現させている、本来の最大速度を大きく上回る戦闘速度、時速850kmさえも凌ぐ速度だった。 そんな速度を何の予備知識もなく直径400mしかないアリーナ内で出せばどうなるのか、考えるまでもない。 紅椿が壁に激突したのは当然の帰結だった。「な、何が……」 壁にぶつかってもそこはIS。 紅椿は無傷であり、箒も平気だった。 とはいえ、あっという間の出来事であった為、彼女も呆然としている。「篠ノ之、瞬時加速を使った覚えは無いか?」「ありませんが。」 つまり、紅椿は素でこの高速を叩き出せるという事だった。「という事は、紅椿は連続瞬時加速を使わずとも、白式対銀華のような高速機動戦闘にも対応できるという事か。 だが、中身が追いついていないな。」 とはいえ、コレにいきなり対応しろというのは、千冬の基準においても洒落にならないほど酷である。「篠ノ之、とりあえず速度を落として運用しろ。 白式や銀華のあんな馬鹿げた高速戦闘の事は一旦忘れて、訓練を繰り返して速度を少しずつ上げながら紅椿のスピードに自分を慣らせ。」「分かりました。」 千冬はそう指示するほかなく、箒も素直に応じるしかない。「続いては運動性能と言いたい所だが、最大速度も迂闊に出せんとなると測定が難しいな。」 とはいえ……銀華が存在するこの世界の紅椿は、「インフィニットストラトス」の「紅椿」にはない銀華のデータもフィードバックされてるんだろうな。 千早はそんな事を思いながら、一夏と共にアリーナの様子を眺めている。 傍にはセシリアやシャルルの姿もあった。「瞬時加速なしであれって、すんごいスピードだな、おい……」「でも中身の箒さんが追いつけていない。 何だか、銀華や白式のスピードについていくのに苦労したのを思い出すね……」「ああ……」 一夏と千早が遠い目をして、自分達のISの性能に振り回されていた3月上旬頃の事を思い出していた。「僕に言わせればあんな短期間で、あの超高機動で戦えるようになっている一夏たちの方がおかしいと思うけど。」 シャルルが、代表候補生になるまでの過酷な訓練の日々を思い出しながら、ジト目で一夏と千早を見る。「まあ俺は小学生の頃、千冬姉とかおじさん……箒の親父さんとかに鍛えられてたからな。 もうすっかりなまっちまって、今の俺と小学生の俺とで勝負したら間違いなく今の俺の方が負けちまうけど……千早と訓練漬けになってたおかげで昔の勘が少し戻ってきてるから、それでなんとか白式の機動について行けてるって感じだな。」「……どのような小学生でしたのかしら?」 セシリアが呆れた様子で言う。「いくら高校生対小学生のガタイの差があるって言っても、バイトに明け暮れて全然鍛えてなくて、鍛えていたのはここ1ヵ月半でしかない高校生と、千冬姉とかにバリバリ鍛えられて剣道の全国大会優勝も余裕だった箒を一方的に蹂躙できる小学生だからな。 そりゃ小学生の方が強いに決まってるだろ?」「そ、そうなんだ……」 千早はそういえばと、「インフィニットストラトス」において、「一夏」が「箒」に小学生の頃より格段に弱くなっているとなじられるシーンがあった事を思い出す。 どうやら、一夏自身も「箒」と同様の評価を自身に下しているらしい。「それで御門さんの方は?」「ああ、こいつの方は素の身体能力が馬鹿高くて、反射神経の方も元々その身体能力に鍛えられてたみたいなんだ。 俺と違ってキチンと武術を修めていて、全然なまってもいなかったし、俺より先に高速機動に順応してった感じだったな。」「それにした所で、白式より100km近く速くて鋭角機動をする銀華についていくのは大変だったけどね。」 と、そこまで話した所で、「篠ノ之さんが武装を『展開』しましたわよ。」 セシリアの台詞で、千早達は再び箒と紅椿に注目する。「へえ、二刀流か。」 一夏の言う通り、箒の、紅椿の手には二振りの刀が握られている。 IS用の武装の常として、刃渡りがかなり長い。 千冬が説明書の記述を読む。 ちなみに説明書部分は棒読みである。「篠ノ之、その二振りにはそれぞれ違う機能が割り振られているようだ。 右の『雨月』は『対単一仕様の武装で打突に合わせて刃部分からエネルギー刃を放出、連続して敵を蜂の巣に!』とあるな。 射程はアサルトライフルと同程度とある。 では篠ノ之、上空に向け雨月での打突を繰り出せ。」「分かりました。」 箒は地面に背を向けた仰向けの状態になると、上空、真正面に向かって突きを繰り出す。 それと同時に雨月周辺の空間にレーザー光が幾つも出現し、現れた順に光の弾丸となって空の彼方に飛んでいく。 この時射程の測定が行われ、そして実際にIS用アサルトライフルと同程度の射程である事が確認された。 威力の方も、連射系の武器とは思えないほど強大な破壊力を有しているようだ。「ふむ、一動作が居るのが面倒だが、流石の高威力だな。 通常のアサルトライフルでは真似できん。 束が第四世代と大口を叩くだけの事はあるか。」 その威力を見て、千冬はそう漏らす。「さて、次は左側の『空裂』だ。 こちらは『斬撃に合わせて帯状の攻性エネルギーをぶつけるんだよー。振った範囲に自動で展開するから超便利』とあるな。 篠ノ之、振ってみろ。」「はい。」 先ほどと同じく、上空に向けて空裂を一閃する箒。 その斬光がそのまま飛び道具になったかのようなエネルギー刃が空に向かって飛んでいった。 こちらの方も攻撃力は凄まじいようだ。 だが……「これだけ高威力の武装だと燃費がどうしても悪くなるようです。」「それは仕方がないな。 飛び道具がある分、織斑や御門よりマシだと思え。」 どうしても燃費が問題になる。 『絢爛舞踏』によってその燃費の悪さをカバーするというコンセプトのようだが、単一仕様機能に依存する事が前提と言うのはコンセプトとしてどうかと千冬は思う。 使いこなせれば最強。 そんな物を初心者とさして変わらない箒に渡してどうする。 白式や銀華の時もそうだったが、紅椿に対しても同じ感想を抱く千冬だった。「ああ、そうだ。 その二振りを通常のIS用ブレードとしても使えるかどうかも試してみろ。 接近戦をしているつもりが振り回すたびに飛び道具として暴発していては、エネルギー管理が難しくなるからな。」「分かりました。」 箒が雨月を突き出し、空裂を振るう。 今度はどちらも攻性エネルギーを発することはなく、普通に振るわれていた。「二振りとも、通常のIS用ブレードとして使用可能なようです。」「そうか。」 続いて、束的にはメインとなる新機軸装備『展開装甲』についてであった。「……どうも装甲各部が展開するように出来ていて、展開した隙間からエネルギーを放出する事により、そのエネルギーを攻撃・防御・機動に使用することができる、という代物のようだ。 ……どう考えても燃費に問題があるな。」 そう言った後、とりあえず右腕部パーツの装甲を展開し防御用に使ってみるよう箒に指示する千冬。 すると紅椿の右腕部パーツの装甲のつなぎ目がパックリと開き、そこから金色のエネルギーが放出され、そのエネルギーが右腕に纏わり付く。 防御用エネルギーフィールドという事らしい。「ふむ、この機構が全身にあるわけか。」 今度は左腕で攻撃用と試すと、金色のエネルギーがビームソード状になったり、光弾となって飛んで行ったりした。「……全身がああなのか、紅椿って…………」「ハリネズミかなんかか、アレは……」 紅椿の攻撃能力を想像してゾッとする1組専用機持ち達。 さらにその運動性がとてつもなく高い事を思い出した一夏は、更に寒い気分に浸ることになった。 恐らくは銀華に迫るかそれすらも凌駕する運動性を持つ機体が、強力な火器としても使える二振りの刀を持ち、全身に武器であり盾でありブースターであるという展開装甲がついている。 今はまだ中身である箒が機体に振り回されているようだが、完璧に使いこなせれば文字通り最強であった。 一方で、千早達とは別の所から見ていたラウラのみが、自分なら中身の性能差で勝つ事が出来ると思っていた。==FIN== 番外編ですが、本編中であった出来事です。 まあ、ほぼ3巻の紅椿初登場時のコピペと思っていただいて構いませんけど、銀華のデータも使われている為、運動性能もチートになってます。 一夏ですが、おとボク主人公であるちーちゃんとマンツーマンで鍛えてますのでそれなりには強くなっていますが、年単位で恐らくは地獄のように厳しい軍事訓練を受ける事によって強くなっている代表候補生達には及びません。 代表候補生達が入学前に積み上げた努力はどう考えても尋常ならざるものでなければおかしいので、いかにチートの代名詞おとボク主人公であり若い衆を数人纏めてなぎ払えるちーちゃんといえども、彼女達とガチれるほどではありません。 IS学園入学前の彼女達の生活は地上最強の生物・織斑 千冬を目指してとにもかくにも強くなる事だけに人生の全てを捧げ尽くした日々だった筈なので、その地獄のような日々を潜り抜けた代表候補生達に一夏やちーちゃんが追いつく事は、普通に考えれば主人公補正込みで考えても不可能に近いと思います。 実際、「インフィニットストラトス」の「織斑 一夏」はチートそのものの尋常ならざる才能を持っていながら追いつけていません。 ……その割に代表候補生達の感性が割と普通の少女なのが謎なんですが。 まあそれはおいとくとして。 主人公補正を持たないただの剣道少女である箒が、代表候補生などという強くなる事だけが存在意義の戦闘民族に混じって戦うには、紅椿くらいのチート機がなければどうしようもないでしょう。 「インフィニットストラトス」での「箒」の惨状は、恐らくは他のヒロイン達との絶対に覆しようのない差から来ているのではないでしょうか? ……代表候補生を強く見積もりすぎでしょうかね?