帰りのショートホームルームにおいて、千冬は生徒達に向かってこう切り出した。「さて、昨日までの段階で、クラス代表選考戦参加者が一通り戦い終えたわけだが……」「いやあ、予想外に皆さんハイレベルで、先生達ビックリしました。」 千冬の話に、山田先生が合いの手を打つ。「超高難度技能である個別連続瞬時加速……ですよね、あれ? ともかくとっても難しい筈の連続瞬時加速を当たり前のように使いこなせてしまう織斑君と御門さんに、その猛スピード相手に攻撃を当てられたデュノア君とオルコットさん、そしてそのデュノア君やオルコットさんを下したボーデヴィッヒさん。 現時点の段階でも1組の評価は非常に高い物と言って良いでしょう。」「……とはいえ、それは1年生の1学期の頭にしては、という話だ。 この5人より強い生徒など、上級生にはゴロゴロいる。 それに、それぞれに反省点が無いわけではない。」 そうして千冬が各人に対して論評を始める。「まず織斑と御門。 お前達、あのスピードを出せていながら何故被弾する? 錬度が低すぎるぞ。 まだISを始めて身に着けて一ヶ月の初心者だから錬度が低いと言うのは分かるが、だからといってISアリーナにはそんな事を気にして加減してくれるようなマヌケなどおらん。 相手の攻撃を読んで回避しろ。 ISは敵のロックオンやエネルギー充填に合わせて警告を発するから、出来ん話ではないはずだ。 それと、もし接近さえすれば勝てるなどという間抜けな考えを持っているなら捨てろ。 確かにお前達のISは接近戦しか出来ないが、接近戦しか出来んからといって接近戦では強いと考える事は間違いだ。 白式や銀華自体の接近戦能力は非常に高いが、実際には中身のド素人共に足を引っ張られるから、マトモにやっては砲撃戦用装備の量産機にも普通に負けるぞ。 ならば特訓して少しでも相手の技量に追いつければ、などという甘い考えも捨てろ。 ド素人のお前達と代表候補生やそれ以上の間には、埋める事など事実上不可能なくらいの差がある。 ……だが差が埋まらんと言っても、訓練しなければその埋められん差が広がっていき、お前達の勝ち目が無くなっていくばかりだ。 だから訓練は絶対に怠るな。」「あの……接近戦しか出来ないのにその接近戦でも技量差のせいで負け濃厚で、特訓しても追いつけないじゃあ、俺達にどうやって勝てと?」「自分で考えろ馬鹿者。」「続いてオルコットとデュノア。 先ほどの織斑や御門に対する話と矛盾するようだが…… お前達、連続瞬時加速が出来る織斑や御門に辛うじて攻撃を当てる事が出来て、それで奴等を遠距離に縫い付けていられたつもりになっていたようだが、奴等が被弾上等で突っ込んできた場合、対応しきれたと自分でも思っているのか? 奴等自身にはその自覚が無かったようだが、攻撃回避の体の良い練習台にされていただけで、お前達が奴等の動きを拘束できた瞬間などほとんど無かったぞ。 それに相手は接近戦仕様とはいえ、中身はド素人だ。 代表候補生のお前達なら接近戦に持ち込まれても、迎え撃って勝ってみせろ。 代表候補生としての訓練に耐えてきたお前達になら可能な筈だ。 もし出来ないというのであれば、じきに来るデュノア対織斑戦、オルコット対御門戦でも、またド素人相手の敗北という恥を曝す事になるぞ。」「それとオルコットに関してはもう一点。 なんだあのレーザーライフルの展開の仕方は。 ちゃんと敵に銃口を向けた状態で展開しろ。 一夏がブレードの威力を抑えていたから良かったようなものの、そうでなければ展開の隙をついた最初の一撃で全てが終わっていたぞ。」「え?」 セシリアが間の抜けた声をあげる。 千冬はそのセシリアの様子を見て、咳払いをして話を続ける。「……白式に装備されている近接戦用ブレードは『雪片弐型』と言ってな、かつて私が使っていたブレード『雪片』の後継で似たような機能を有している。 両者とも展開中は使用者のシールドエネルギーを削っていく性質を持っているんだが、その分高威力だ。 お前とやりあった時、織斑はシールドエネルギー減少という性質を嫌って『雪片弐型』の機能を制限していたんだが、そのせいでせっかくの『雪片弐型』が単なるIS用ブレードに成り下がってしまってな。 攻撃力がかなり低下してしまっていたんだ。 ……つまりお前は、本当ならあんな癖一つで、初心者に瞬殺されていた所だったんだぞ。 直せ。」「あの、それでは一撃でシールドエネルギーを殆ど失ってしまったのは、一体どういう事なのでしょうか?」「絶対防御が発動したからに決まっているだろうが。 どこをやられたのか忘れたのか? 首だぞ首。」「最後にボーデヴィッヒだが。 お前のシュヴァルツェア・レーゲンのAICが強力な事は分かったから、もう必要な時以外には使用するな。 敵を静止させられるというのは確かに強力だが、それに頼り過ぎると技量の低下を招くぞ。 実際、前より攻撃精度が落ちていないか?」「……了解しました教官。」「さて、こんな所か。」「……辛過ぎますよ、織斑先生。」「私は事実を言っただけだ。」 悪びれもなく、そうのたまう千冬。 一方、生徒達は非常に辛口の、特に一夏、千早、セシリアに対する有り得ない辛さの辛口批評に絶句していた。 しかし一部の強者は。「はあ、千冬お姉様にあんな風に罵ってもらいたい……」などと、危ない妄想に思いを馳せていた。===============「と、いう事があってな。」「な、情け容赦もへったくれも無いわね、千冬さん。」「そりゃまあ、ちょっと訓練した位で素手でマシンガンやショットガンを制圧できるような奴等相手にガップリ四つで勝てるわけが無いって事ぁ分かってたけどさ、ああもハッキリと言われるとなあ。」 放課後、一夏と鈴音はそんな話をしていた。「ところで一夏。」「ん? どうした千早?」「僕は何でこんな所に連行されてきているのかな?」 2人は、否、もっと多くの生徒達は、千早を調理室へと連行していた。 半軍学校と言ってよいIS学園ではあるが一応は女子校である為、このような設備も存在し料理研究部の類も存在する。「ああ、いや、昼飯の時、箒と鈴にお前の料理が美味いって言ったら、誰かがそれを聞きつけたらしくてよ。 是非食わせてくれ、だってさ。」「そうなんだ……」 まあ、千早も料理をするのは好きな方である。 しかし「誰かの為に」というモチベーションがあったほうが、千早にとっては好ましいのだ。 彼には世話好きの母性的な一面が存在するからである。 と、周りの女生徒達から、是非料理を教えて欲しい、調理している所を見せて欲しいというリクエストが千早の元に殺到する。 まだ入学式が行われて間もないとはいえ、一夏と千早がIS学園に来て1ヶ月以上経過しているのだ。 唯一の男性IS装着者とされていた一夏は勿論の事、千早の御伽噺のお姫様のような美貌もIS学園内では有名であり、憧れる者も多い。 その美貌の少女が料理にも長けているというのであれば、是非指導してもらいたいと思う少女がそれなりにいるのは当然と言えた。 また、料理を教えてくれとやってきている女生徒の中にはセシリアやシャルルの姿もある。 箒もその中には加わらなかったが、調理室には来ているようだ。 彼女達のリクエストに答えるのも、悪くは無かった。=============== 千早は流れるような手つきで調理を進めていく。 その手際の良さは、料理のプロである食堂のおばさん達にも匹敵し、彼女達を除けばIS学園内で千早に並ぶ者は無い。 千早は、料理を教えて欲しいと言ってきた少女達に優しい女の子声で、柔らかな物言いで、しかし正確・的確な解説をしながら手を止める事無く調理を進める。 それでいて。「さて皆さん。クッキーは結構色々な物でトッピングできるんですよ。 例えば……そうですね、何が使えると思います?」 などと、女生徒との会話をも挟んでいた。 その姿は紛れも無くお料理教室の先生であり、まだ少女といって良い外見なのにお母さんと呼ぶに相応しい雰囲気を纏っていた。 しかしまだ千早は高校一年生。 お母さんと呼ぶのは躊躇われ、あえて呼ぶのであればお姉さまであった。 そしてほどなくして。 千早はクッキーを中心にすえた、家庭で作れるお菓子類を完成させた。 それを口にした生徒達からは、「うう……部長としての自信を無くすわ…… お料理も指導も無茶苦茶上手いじゃないの……」「何これ。 こんなに美味しいクッキー今まで食べた事無いわ!!」「こっちのマフィンの美味しさもただ事じゃないんだけど……」 などなどの大絶賛が寄せられた。 勿論その中には一夏や箒、鈴音もいて「な、俺が言った通り美味いだろ? ん? どうしたんだ鈴?」「う、ううん……何でもない……」(す、酢豚だけで敵う相手じゃない……)「しかしあの声、あの物腰、あの口調。 元々どうして彼女が男性を自称するのかさっぱり分からないというのに、余計に分からなくなるな。 アレで男と言うのであれば、私など一体なんだと言うのだ。」「ああー、それ本人の前では言わないでやってくれないか? 死ぬほどへこむから。」「そうは言うが、彼女ほど女らしい女性を私は見た事が無いぞ。」 そんな風にワイワイと食事をしていると、何故だかシャルルの目から涙がポロポロと溢れ出していた。 一夏と千早はそんな彼女に同時に気付く。「おい」「あの」 一夏と千早は同時に二人に話しかけようとしてしまい、言葉を切ってしまう。 アイコンタクトの結果、シャルルには千早が話しかける事に決まった。「あの、シャルルさん。どうかしたんですか?」 千早は女の子声で優しくシャルルに尋ねた。「あ、あの……なんだか、料理している御門さんを見ていたら……料理してくれている亡くなったお母さんの後姿を思い出して………… 出来たお菓子も、お母さんが昔作ってくれたもので…… 美味しくて……その………… お母さんがお菓子を作ってくれた……事を、思い出して……」 シャルルは涙ながらにそう答えた。「そう……亡くなったお母さんを思い出させてしまうなんて、辛い思いをさせてしまったかな?」「い、いえ……お母さんが生きていた頃の………… 思い出を思い出して、悲しいけれど幸せで……」「……そう。」 シャルルに向ける千早の眼差しは、とても優しい物だった。 そんな千早とシャルルの様子を見ていたセシリアは「これがいわゆるお袋の味というものなのですね…… 確かに愛情が篭っていて素晴らしい味わいですわ。」 と、千早の料理に舌鼓を打ちながら感動していた。 そして「はあ、あんなに綺麗なのにこんなに母性的なんて反則よね。」 という女生徒の声を聞いて「やはり千早さんが母性的な方だというわたくしの見立ては正しいものでしたわ。 今日の彼女のような、内面の優しさがにじみ出るような柔らかな振る舞い。 困難ですけれど、修得に挑戦する価値はありますわ。」 と、千早の母性を見習おうと決意を新たにしたのだった。==FIN== 料理の描写はもっと詳しい方がいいんだろうが、おとボク2本編レベルなんて俺には無理だ…… ちなみにこれで一夏はシャルルの母親が死亡していることを知りましたが、未だに彼女のことを男の子だと思っています。 もうたった1人で女子寮に放り込まれて、色々な意味で大変なんだろうな。 それをおくびにも出さないなんて、見た目によらずタフなんだな。 と思っています。 実際には彼女自身女の子なんで、全然平気なだけですがw そして千早と2人でアリーナでIS着込んで寝ている一夏に「一夏」のようなラッキースケベイベントは起こり辛く、その意味でもヒロイン達にとってはハードモードですw