「はあ……」 金の髪の、見事なプロポーションの少女がシャワーを浴びながらため息をついた。 白人女性としてはやや小ぶりの胸をしていたが、その事がかえって全体のバランスを整えている。 彼女の名はセシリア・オルコット。 1組所属の代表候補生の1人である。「織斑……一夏……」 彼女は今日の一夏との模擬戦と、その後一夏に言われた事を反芻する。 一夏に言われた事はこれまで些細な問題として捨て置いた物だったが、一夏は的確にそこを衝く事で、自分との技量の差を見事に埋めてみせた。 ……いや。 技量はさして高くないのは確かなのに、どういうわけか原理上不可能な筈の連続瞬時加速などというとんでもない芸当を当たり前にやってのける人間だ。 それによる圧倒的な優速。 性別が男だからという、ただそれだけで侮ってよい相手ではない。 侮ってよい相手ではないのに侮り、その為、順当に負けた。 それが今日の模擬戦の全てだった。 既に黒星が二つ。 これ以上は負けられないが、残る対戦相手はどちらもかなりの強敵だ。 十中八九負けは決まっていたが、戦う前から諦めたくは無かった。 シャルルの方は、技量の面で自分より上だと認めざるを得ない。 一夏が語った欠点を的確に突き、彼の言った通りセシリアを七面鳥撃ちするだろう。 そして千早。 まだISを触って1ヶ月ほどだというが、銀華などという危険物をああも使いこなしている時点で、ド素人と侮れる相手ではない。 もし仮に、あの悪夢のような高速鋭角機動を前にしてブルーティアーズ制御の為に動きを止めようものなら、次の瞬間にはシャルルと同様一撃の下に意識を刈り取られてしまう。 そして、その悪夢の運動性を前に、大型のレーザーライフルなどどれほど役に立つか疑問であった。 どちらも厳しい相手だった。 そして、千早に関してはもう一つ思う所があった。「御門……千早……」 彼女は一夏に常に寄り添う銀の少女。 2人のISは、まるで騎士とそれに守られる姫君のように見えた。 セシリアは千早の事を、「男を立てる女」などというこのIS学園には似つかわしくない生き方をしている少女だと思っていた。 だが……「女として……わたくしは……」 彼女に何かで絶対的に負けている。 容姿でまるで勝ち目が無いのは確かだが、それ以外にも何かで女として自分は彼女に圧倒的に負けている。 セシリアはそう感じていた。 一夏にも惹かれるものはある。 今のご時世、あんなにも強い意志を瞳に宿した男など殆どいない。 男といえば父のように、何かを諦めた陰鬱な瞳をしている者や考える事をやめてしまった愚鈍な瞳をしている者ばかりで、例外的に瞳に力強い意思を感じさせる者も薄汚い野心や碌でもない欲望を優先させる不快な光ばかりを放っている事が多かった。 だから男は嫌いだった。 しかしそんな薄汚い欲望の光とは異なる、一夏の瞳の意思の光。 セシリアは、その意志の光に強く惹きつけられる自分を感じていた。 もしかしたら初恋なのかも知れなかった。 ……が。 彼に常に寄り添う銀の少女に、自分は女として全く敵わない。 彼女と互角とは言わないまでも、彼女に少しでも近づくべく女を磨かなければならない。 そうしなければ、自分が一夏の眼鏡にかなう事は無いだろう。 そうセシリアは感じていたが、そのための努力はとても困難な道のりのように思えた。「わたくしは……何でどれほど貴女に劣っているのでしょうね……」 千早が聞けば奈落の底に落ちるほど落ち込むような悩み事を、セシリアは抱いていた。=============== 翌日。 セシリアは明らかに前より気落ちした雰囲気を身に纏っていた。「なんだアイツ、俺に負けたのがあんなにショックだったのか?」 そんな口調ではあるが、一夏は心配そうな視線をセシリアに送っている。 ……少し耳をそばだてると、「いい気味」という台詞が僅かながら聞こえてくる。 女尊男卑の今の世の中の基準に照らし合わせても、彼女の男に対する暴言に対して不快感を覚える少女は多かったらしい。 彼女達にも父親がおり、また兄や弟がいる少女も多いのだ。 男を見下す心は彼女達の中にもあるのだろうが、それでも男を全て、つまり彼女達の父親や兄弟までも全否定するかのようなセシリアの物言いを、良しとしない者がいるのは当然だった。 あのまま男に対する傲慢な態度を改める機会に恵まれなければ、彼女は本格的にクラスで孤立していたのかも知れない。 それを思えば、一夏に負けた事は良い機会だったかもしれなかった。 そんな事を話題に一夏と千早が話し込んでいた。「にしても、IS学園なんていう女尊男卑の総本山みたいな女子校で孤立するほどの男嫌いって相当だよな…… 男のくせに男嫌いって奴と良い勝負だぜ。」 と言いながら、一夏は千早を見る。 そこで、一夏は気付いたかのように言った。「なあ千早。 男嫌い同士ウマが合うかも知れないから、セシリアに話しかけてやれよ。 いい気味だって言ってる奴もいる以上、このままじゃアイツ、クラスで孤立するぞ。」 かつて鈴音がクラス内で孤立していた事を思い出した一夏は、そう千早に提案した。 一夏と同じくセシリアを孤立させるのは良くないと思った千早は、快く彼の提案に乗ってセシリアに話しかける。「セシリアさん、今日はどうしたんですか?」「……御門さん?」「名前でも構いませんよ。」「……千早さん。 わたくしは……」 セシリアは一旦言葉を切り、うつむくと意を決したかのような顔で千早を見る。「千早さん。 わたくしを女性として鍛えてはくれませんか!?」「……は?」 千早はセシリアが何を口走ったのか理解できなかった。 目が点になる千早を余所に、セシリアは続ける。「わたくし、正直貴女のような「男を立てる女」などというものは時代遅れの代物だと思っておりました。 ですが、何か……わたくしは貴女に女として何かが絶対的に劣っているのです!! 貴女ならそれが分かるような気がして……あの、どうかしましたか、千早さん?」 千早はセシリアの今の台詞によって、奈落の底に叩き落されていた。「……あの……セシリアさん。 僕の性別は……男なんですが……」「あの……千早さん、大丈夫ですか? ご自分の性別まで間違えてしまわれるなんて、酷く錯乱しているみたいですけれど。」 と、そこで今日の授業が始まるのだった。=============== 昼休み。 一夏と千早は珍しく別々に食事を取っていた。 一夏は箒や鈴音と、千早はセシリアと食事を取っている。 とはいえ、一夏も箒も鈴音も、耳をそばだてて千早とセシリアの会話を一字一句逃すまいとしていた。 一夏は男嫌い同士でどのような話をするのか気になっていたから、箒と鈴音は千早がセシリアに伝授するであろう女らしさの極意のような物を聞き逃すまいと思っていたからだ。 と、千早がセシリアに話を切り出す。「セシリアさん。今朝の話なんですが……」「何か教えてくださるのですか!?」 セシリアと、そして箒と鈴音が身を乗り出すように話を聞こうとする。「……貴女が僕に劣っていると感じているものは多分内面的なものですので、それについてアドバイスする為には、貴女の背景や人格についてある程度知る必要があります。 幼少時の頃の話や代表候補生になった経緯など、あなたの過去を話してはいただけませんか?」「っ!! ……分かりましたわ。」 そうして始まったセシリアの身の上話は、千早が知っている「インフィニットストラトス」の「セシリア・オルコット」のプロフィールと大体一致していた。 元々良家の娘であり女尊男卑になる前から家を守ってきた一家の大黒柱だった母親と、彼女に養ってもらっていた婿養子の父親。 元々やや度の過ぎたカカア天下だったその夫婦関係のバランスが、IS登場による女尊男卑思想の台頭で振り切った針のように狂ってしまう。 また、女尊男卑思想が浸透していくにつれて、父親を始めとする周囲の男性の瞳が卑屈に濁っていくのを、彼女は感じていた。 セシリアの脳裏には強い母に逆らえない父の姿がインプットされ、また、もともと母が忙しくしていた為に、碌に一家団欒を過ごす事が出来なかった寂しさも彼女の中に植え付けられた。 彼女はヘコヘコと母に従う情けない父親が嫌いで、そしてその父親の名誉回復の機会は母親と同時の事故死によって永遠に失われてしまった。 両親は愛し合っているようには感じられなかったのに、何故最期の時だけ一緒だったのだろうという疑問もまた、父へのわだかまりと共にセシリアの中に残った。 両親の死後、セシリアの周囲には彼女の母が残した遺産を狙うハイエナが寄り付くようになり、彼女は彼等から母の遺産を守る為にIS装着者への道を選ぶ。 そして実力をつけることによって、代表候補生まで上り詰める事によって、周囲に自分を認めさせてきたのだった。「ああ、そりゃ初めてIS装着して2ヶ月経ってねえ俺に負けたら、へこむはな。」 聞き耳を立てていた一夏が、ポツリとそう呟いた。「……話しましたわ。」「すみません、辛い話をさせてしまって。」「いえ、わたくしが貴女に聞いて頂く必要があると思って話した事ですわ。 お気になさらないで下さい。」 そして、セシリアは真剣な表情で千早を見つめる。「それにしても父親が嫌いで、それが高じて男嫌いですか。 僕と一緒ですね。」「へ?」「僕も……父が嫌いなんです。生きてますけどね。 それに僕の父はどちらかというと貴女のお母さんに近い人で、仕事人間。 情けない所なんて見たことが無いですけど、その代わりに家庭を顧みるという事をしない人で……だから嫌いなんです。 そして僕は……自分自身も嫌いなんです。」「ちょっ、ま、ほ、本当なのですか!?」「……ええ。 それで、僕自身と父だけが嫌悪の対象だったのに、今じゃ男性全般がダメで…… おかしいですよね。 自分自身が男のくせに男嫌いだなんて。」 千早は寂しげに微笑む。「……なぜご自分が男性という前提でお話されるのですか? 男性の男嫌いなど、非常に無理のある話だと思うのですが。」「……セシリアさん…………僕、今までに何回男だって言いましたっけ? いい加減信じてください。」 シリアスな空気が台無しになった。「そんな男嫌いの貴女でも、織斑……一夏さんとは何時もご一緒しておりますわよね。 男嫌いの貴女にとっても、不快ではない相手なのですね。」「……まあ彼は父のように家族を大切にしない人の対極ですし、人の性別間違えてナンパしてくる人達のような不愉快な人でもないですからね。 場所が場所だからとはいえ、僕のような捻くれ者の友人もしてくれていますし。」 その千早の台詞に、箒と鈴音、そして他ならぬセシリアに動揺が走る。 特に箒と鈴音は「やっぱり千早にも、しっかりフラグを立てているではないか!!」と異口同音に心の中で叫んでいた。「まあ、一夏についてはその位にしておきましょう。 今は貴女について、です。」「……分かりましたわ。」 そこですかさず聞き耳の感度を高める箒と鈴音。「まず、僕の印象としては……貴女自身も世間の女尊男卑思想の犠牲者のように感じました。 下手したら、男の人達と同じ位の。」「え…… いえ、そうかも知れませんわね。」 両親の立場のバランスを歪になったのは、女尊男卑思想のせいだった事は覚えていた。 だから、セシリアは千早の指摘を肯定した。「女尊男卑に苦しめられながら、自分もまたあそこまで女尊男卑に染まってしまっていた。 貴女自身が僕に劣っていると感じているのは、この事に由来する歪みなのではないでしょうか?」 歪み、か…… 千早は自分で言っていて思う。 自分もまた歪んでいる。 その自分が、セシリアの歪みをどうこうする事が出来るのか。 それ以前に彼女にこんな指摘ができるほど自分は大層な人間なのかと。 しかし、セシリアの相談には乗らなければならなかった。「……歪み…………」「元々、女尊男卑思想は「ISは男性には使用できない」という事が原因で発生したものです。 ですが、世の中にはIS装着者以外にも職業があって、その職業に誇りと情熱を傾けている人達が沢山います。 例えば、この校舎を建てる建設業者の方々がいなければ、僕達はこの校舎で学ぶ事ができません。 そしてその建設業者の皆さんも、建築物を建てるには材料や機材を必要としていて、その為の建機や資材を売る業者がいて…… そんな風にして、お金のやり取りをしながら皆で助け合っているのが世の中なんです。」 千早は今、自分の口をついて出てきた言葉に驚いた。 IS学園は閉鎖環境とはいえ殻に閉じこもりがちな千早にとって新鮮な場所で、ここに来たことが彼の殻を破り、視野を多少広げる事に繋がっていたらしい。 本人でも気付かなかった事だった。「……その中で、男性はIS装着者という道だけは選べないっていう、それだけなんですよ。本当は。 それに母親が一家の大黒柱としてバリバリ働いていた貴女には分かり辛いかも知れませんが、昔ながらの女性の役割、育児や家事を行い家を守るという事も、とても大切な仕事なんです。」 この千早の台詞の最後の部分で、セシリアは悟った。 自分に何が足りないのかを。「あの、千早さん。 わたくし分かりましたわ。 何がわたくしに致命的に欠けていたのかが。」 母の事は尊敬している。 けれども、彼女は「母親」という役目を充分果たしていただろうか? 答えは、否。 だから、自分には「わたくしには母性が足りないのですね。」 母親に「母親」として接してもらう機会が少なすぎた為に、自分はそれを母から学ぶ事が出来なかった。 セシリアはそう結論付けた。「……全てはあなた自身の内面の話です。 心理学を欠片も齧っていない僕には、貴女のその結論が正解かどうかを判断する術はありません。」「いえ、わたくしの不躾な相談に乗っていただいて、本当にありがとうございました。」 しかし母性など、どこでどう学べばよいのだろう? ふとそう思ったセシリアだったが、目の前に母性の塊と思える女性がいた。 彼女を参考にすればよかった。 トコトン千早のSAN値を削るような思考をしているセシリアだった。 ちなみにセシリアの相談に乗っていた時の千早の声は途中から女の子声になっていたのだが、本人はその事に全く気付いていなかった。===============「母性ねえ。確かにアイツ、家事万能みたいだけど。」「そうなのか!?」「いっぺんアイツの料理を食った事あったけど、マジで美味かったぞ。 お前等も今度食わせてもらえよ。」 セシリアが千早を母性の塊と感じたのは正解だった。 しかしその事実は後々判明する事実であり、この時点ではIS学園でもっとも千早と親しい一夏ですら知らない事だった。==FIN== いや、一夏にフラグは立っちゃいるんですよ、セシリア。 でもちーちゃんがいるので、将を射んとすればまず馬から、という事でターゲットとなりました……違うか。 でもちーちゃんは母性的で世話好きで優しいと思います。 あの外見でそんな面を丸出ししたら、ますます男だと信じてもらえなくなる事請け合いですがw