入学式の翌日。 1年1組で専用機同士が合い争うクラス代表選考戦が行われている事が、既に学校中に広まっていた。 代表候補生が戦う様子が見られるとあって、希少価値でしかない男性IS装着者の事は既に半ば忘れ去られているようだった。「落ち着いてくれたか。 まーこっちの方が気楽だわな。」「「インフィニットストラトス」では割かし長い期間凄かったらしいけど、そうならないですんで一先ずは安心か。」 何がどの程度凄いのか。 間違っても体験したくは無い千早と一夏だった。「んで、俺も出んのかよ。 思いっきり事後承諾じゃないか。」「……それでもこの時の「インフィニットストラトス」の「織斑 一夏」に比べればマシな待遇だと思うよ。」「どんな状況だったんだよ……主役補正の代償ってか? 物語の主人公って奴は楽じゃねえのな。」 と、そこへ2人の少女が言い争いながらやって来る。 巨乳のポニーテールと貧乳のツインテール。箒と鈴音だ。 一夏は妙な組み合わせだと思った。 彼の知る限り、この二人に面識は無かった筈だからだ。 一夏達の所へやって来た彼女達は、凄い剣幕で一夏に詰め寄る。「「一夏!!」」「な、何だよお前等!?」「この女は何者だ! お前の幼馴染だとほざいているが、私は知らんぞ!!」「こっちの箒っていう子こそ何者なのよ!!」 2人とも、IS学園に入学するまで存在すら知らなかったお互いが、一夏の幼馴染である事に納得がいっていないらしい。「……あのな、言っとくけど、お前等両方とも俺の幼馴染だぞ?」「は?」「へ?」「ほら、箒、お前子どもの頃に引っ越しただろ? その後、入れ替わりで鈴がやってきて、去年まで一緒だったんだよ。」 一夏の説明に、それなら自分が会った事のない少女でも一夏の幼馴染であってもおかしくは無い、と納得する。「ええと、話はそれだけか?」「いや、もう一つお前に聞きたい事がある。 そこの御門 千早という女は何者なんだ?」 一夏は遂に来たかと思った。 いつかはされるだろうと想定していた質問だったからだ。「あー、コイツが男だっていう話よりも信じられない荒唐無稽な話になるぞ。 多分正直に話しても信じられないと思う。」「ほう、どんな話なんだ?」「……俺が、いや「織斑 一夏」が主人公の「インフィニットストラトス」っていう小説がある世界から、束さんの手でこの世界に拉致されてきた異世界人だ。」「……一夏、あんたあんな事させられたから疲れてるのよ。」 この鈴音の反応は正常なものだろう。 しかし、束を直接知っている人間の反応は違った。「いや……あの女の、姉の行動パターンと能力から言って、その位はやりかねんな。」「え゛?」「少なくとも御門が男だという妄言よりは、はるかに信用できる話だ。」 驚愕する鈴音の隣で、千早が女の子座りで座り込んで床に手をつけて落ち込んでしまう。「まあ確かに御門さんが男って言うのよりは、御門さんが異世界人って言うほうが納得いくけどさ。」 鈴音が千早に追い討ちをかける。「そ、そんなに信じられないのか……僕が男だっていう事は…………」 そんな風に落ち込む千早を余所に、箒が一夏に質問する。「なあ一夏。 何故、御門は拉致されなければならなかったんだ?」「さあ? 千冬姉の話じゃ、束さんはコイツを俺のライバルとしてあてがいたかったって言ってたみたいだけど。」「ライバル?」「ああ、束さんが言うには「インフィニットストラトス」には「織斑 一夏」とお互いに高めあうライバルが足りないんだと。 周り中格上ばっかで、高め合うって関係が成り立ってないらしいんだ。」 まあ、当然っちゃ当然だけどな。 そう、一夏は続けた。「た、たったそれだけの事で?」 箒は唖然とする。 昔から人の迷惑を顧みない姉ではあったが、そんな訳の分からない理由で人一人を拉致したのかと。「……まあ何しろあの人だからな。 「織斑 一夏」って奴はお話の主人公らしく素質にゃ死ぬほど恵まれていたらしいけど、そもそものスタートが遅すぎて結構続いている話の主人公なのに未だに誰よりも弱いんだと。 んで、一緒になって競い合い高めあうライバルがいればその状況も多少はマシになる、って束さんは考えたらしいんだ。 ……そんな話、現実の俺に当てはめるのもどうかと思うんだけどな。」「そこで白羽の矢がたったのが御門さん……と。」「……大変なんですよ。男の身で女子校に放り込まれるっていうのは。」 千早が弱弱しい口調で訴える。「いや、その物言い物凄い違和感あるから。」 それを鈴音は斬って捨てた。「でも今の話が本当だとすると、もしかして彼女があんたといつも一緒にいるのって、彼女があんた達姉弟の保護下にあるから?」「まあ、そんなとこかな? 俺達っつーよか、千冬姉だけど。」「なら、お前と恋人同士という話も間違いか?」「……俺としては、逆になんでそういう話になったのかが詳しく聞かせてもらいたいんだが。」 その一夏の一言に、少女達は安堵のため息をつく。 一夏争奪戦において、彼女は余りにも強敵過ぎる。 戦線に参加していないのなら、それに越した事は無かった。「話は変わるけどさ、今1組じゃ面白そうな事やってるみたいじゃない。 ウチは代表候補生があたししかいなかったから、クラス代表がすんなり決まっちゃったけど。」「……こっちも代表候補生がクラス代表になりゃあ良いと思うんだけどな。」「……そーいやアンタ、代表候補生を妙な目で見てたっけ。」「昨日のことは思い出させないでくれ。マジで地獄だったんだぞアレは。」 一夏は昨日の制裁を思い出すだけで、ゲッソリしてしまう。「乙女にあんな事いう奴には似合いの末路だったけどね。」「……昨日のグランド2周の発端は私も聞いているぞ。 いかに強い事が良い事とされるIS装着者に対して言った事とはいえ、お前年頃の娘に怪物は無いだろう怪物は。」「……褒めたんだけどなあ……」「言葉を選べ、言葉を。」 箒はあきれ返った口調で言った。「全くアンタって。 そんな様子じゃ、あたしとの約束も忘れてるんじゃないの?」「え? ええと、お前との約束って酢豚を作る腕が上がったら、毎日酢豚をおごってくれるっていうアレか?」 その一言に鈴音は凍り付き、箒はその真相を瞬時に察する。 恐らく鈴音は「毎日お味噌汁」と同じノリの告白として、毎日一夏に酢豚を作ると言ったのだろう。 それがこう返されては報われなかった。 その箒の洞察は正確な洞察だった。 だが。「そ、そうよね。あんたそういう奴だったわよね……」 鈴音は気持ちを切り替えた。 一夏にこの告白が通じる位であれば、彼は今頃何股かけているか分からない。 それが、未だに彼女がいないという事は、彼女の告白が通じるわけが無いのだ。 昨年まで一緒だった鈴音は、一夏の生態を学校の誰よりも把握していた。 そのあたりの事情は大体理解できる。出来てしまっている。 だが、感情では到底納得のいくものではなかった。「ど、どうしたんだ、鈴?」「なんでもないわよ。 あんたがどういう奴だったのかって、思い出してただけだから。」 血の涙でも流しそうな様子で、鈴音は一夏に返答した。 何故かは知らないが、鈴音が落ち込んでしまっているらしい。 そう察した一夏はこう言った。「なあ鈴。昨日の分の模擬戦じゃどのISも損害が軽微で、今日もクラス代表選考戦をやるんだってよ。 今日は俺も出るから応援しに来てくれないか?」「ふぇ? い、良いわよ。応援に行ってあげるから。」 どうせ、元より見に行くつもりだったのだ。「まあ俺と千早じゃ千早の方が強いから、昨日の方が見ごたえがあったと思うけどな。」「良いの良いの。あたしはあんたを応援しに行くんだから。」 と、そこで箒が一夏の耳を引っ張る。「いて、何すんだよ箒。」「鼻の下が伸びているんじゃないのか、一夏。」 そうして始まるラブコメ展開。 千早は男として羨ましいような、そうでないような気持ちを抱きながらそれを眺めていた。=============== そして放課後。 学校中から専用機同士の戦いを見学するべく、多くの生徒が集まっていた。 1組の人間しかいなかった昨日とは偉い違いだ。 一夏は思う。 なんだか場違いな晴れの舞台のような気もするが。 男がどうの、何時も恋人と一緒にいて破廉恥だのとのたまっている目の前の金髪は、どれほど格上だろうとぶちのめさなければならなかった。 性別など生まれた時に勝手に決まる物。 そんな自分で決められない範囲の物事で、そこまで貶められたら堪らない。 それに貶められている事には腹は立つが、感慨は無い。 彼女はとりわけ酷い部類ではあるが、彼女の同類にはこれまでにも何度か出会った事がある。 不快な記憶ではあるが、多少は慣れた。 個人的には姉や箒、鈴音や弾などの親しい人間を糾弾されるほうが、男だからと蔑まれるより腹が立つ性分だ。 その一夏にとって、彼女の、セシリア・オルコットの物言いなど、安い挑発に過ぎない。 千早と一緒にいることが、恋人同士のいちゃつきと思われる事も心外だった。 一応、一夏は千早を男性と認識しているのだ。「まったく、さっきから聞いてりゃ男だから弱い? 素人だから弱いんだよ、俺は。 アンタと俺の差は男と女の差じゃない、熟練者と素人の差だ。」「あなたが素人なのも、あなたが男だからではなくて? 所詮は、IS装着者たれと英才教育を受けられる女と、ほとんどがISを動かす事も出来ず、動かせる者も経験不足で常に女より弱い男では勝負にもなりませんわ。」 この台詞を聞いた時、一夏はある決意をする。 ああ、俺は「織斑 一夏」みたいに長々と最弱の座にいちゃいけないな、と。 何故ならば「織斑 一夏」こそは、最強の才能を持ちながら経験値不足のせいで最弱になっている「織斑 一夏」こそは、まさに今セシリアが言った経験不足で常に女より弱い男そのものだったからだ。 だから一夏がいかに才能で「織斑 一夏」に負けていようとも、彼のようにはなってはならなかった。 一刻も早く「織斑 一夏」よりも、そして彼よりも強い代表候補生達のうち、さしあたっては最も弱い者よりも強くならねばならない。 幸い、そのための味方として、千早がいてくれる。心強かった。 それに男が女より弱いという前提は、既に一夏の中で崩れている。 男性でありながら代表候補生であるシャルルと、そのシャルルを打ち倒した千早がいるからだ。 後は、自分が目の前の女を倒すだけだった。「国家の代表の座を目指す代表候補生様の割に良く回る口だ。 そんな大物だったら、もっとドッシリ構えろよ。 そして、そんなに強いだ弱いだってのも口で言うもんじゃないぜ。 黙って俺が弱っちい男でお前がお強い女だって事、証明してみせろよ。」「そうさせて頂きますわ。」 それが試合開始の合図だった。=============== セシリアが何故か銃口を横に、あさっての方向に向けた状態でレーザーライフル・スターライトmkⅢを出現させ、銃口を一夏に向けようとしたその時には、一夏の刺突がセシリアの目前に迫っていた。 一夏がレーザーライフルの出現位置を察し、改めて銃口を一夏へ向けるまでを付け入るのに充分な隙と判断し、突っ込んだ為だった。「っ!!!」 セシリアは首をずらして切っ先を避けるが、次の瞬間、その刃は進行方向を変えて彼女の首に襲い掛かる。 その斬撃によって、ブルーティアーズは一気に弾き飛ばされるように飛んでいった。 白式のIS離れした小さな体躯からは想像も出来ない強力な馬力と、少しでもダメージを軽減させようと身体を引くブルーティアーズの機動が合わった為だ。 首を襲った激痛に耐えながらシールドエネルギー残量を確認するセシリアはギョッとした。 たった一撃でシールドエネルギーがほとんど持っていかれていたのだ。 いくら当たり所が悪かったからといっても、白式が手にしている刃渡り2mほどの刀が、ただのIS用ブレードでない事は明白だった。 一夏を単なるザコから倒すべき敵と認識する為の授業料としては、いささか高すぎた。「くっ、いきなさい! ブルーティアーズ!!」 セシリアは機体名の由来となった特殊兵装・ブルーティアーズを射出する。 浮遊砲台であるブルーティアーズによる多角攻撃ならば、銀華ほどではなくとも高速がウリの白式の動きも封じる事が出来るだろうという目算だった。 一夏の動きは早いが、動く速度はその最高速である850Km近辺ばかり。 銀華のような異常な鋭角機動をする事もなく、中身の一夏は所詮素人である為、代表候補生であるセシリアならばその動きを読むことは不可能ではない。 よってセシリアが一夏にレーザーを当てる事は困難ではあったが出来ない相談ではなかった。 何しろレーザー。弾速が光速なのだ。 引き金を引いた瞬間、銃口の先に一夏がいさえすれば、すなわち照準が合いさえすれば一夏に避ける術はない。 それでもカス当たりが多いのが気になったが、カス当たりでもシールドエネルギーは削れている筈だった。(突然の事で泡を食ってしまいましたが、このまま距離を詰めさせなければ勝てますわね。) しかし、その余裕も次第に消える。 一夏の動きに緩急が生まれ、狙い辛くなっただけではない。 明らかにセシリアが攻撃しようと思った瞬間に突然白式の進行方向が変わり、照準から外れてしまう事が多くなったのだ。「何がっ!!」「いくら中身が代表候補生なんて化け物じみた代物でも、機体の方がこんな欠陥品なら俺の勝ちだ!!」「わたくしのブルーティアーズを愚弄するつもりですか! 欠陥品は接近戦しかできないあなたの方でしょう!!」「コツさえ掴めば発砲のタイミングが分かっちまう射撃武装よりかはマシだろ!!」 セシリアは、今なんと言われたのかが分からなかった。 その一瞬の動揺を衝かれて、白式に距離を詰められてしまう。「くっ!!」 セシリアは手元に残しておいた2機のミサイル搭載型ブルーティアーズからのミサイルで、白式を迎撃しようとする。 今まで速くはあっても直線的なレーザーばかりを相手にしていた所へミサイルを撃ち込まれれば多少は泡を食う筈だった。 だが、一夏は時速900Kmオーバーを叩き出し、悪夢じみた鋭角機動を行う最速のISと共に訓練に明け暮れた身。 ブルーティアーズに搭載できるたかが知れた量のミサイルに対応できない筈も無い。 ミサイルは避けられ、あるいは……「なっ!!」 白式がブルーティアーズの陰に隠れ、ブルーティアーズを盾にする事で防がれる。 自ら放ったミサイルに体勢を崩されるブルーティアーズ。 その隙を一夏が逃す筈もなかった。「ブルーティアーズ、シールド残量0。 勝者、白式。」「なんで、こんな……」 そう呟くセシリアに、プライベートチャンネルで一夏が話しかける。『あんたのビットな、あれ動かしてる時、あんた自身の動きが止まってただろ。 相手が接近戦しか出来ない俺だから良かったようなものの、あれじゃ射撃武器持ってる奴には七面鳥撃ちしてくれって言ってるようなもんだぜ。 それとレーザーライフル。いくらなんでも白式みたいな高速機相手にあんなデカブツ、中身がド素人の俺でも当てるのは難儀しただろ? もうちょっと装備を考え直してもらうんだな。』『……アドバイス痛み入りますわ。』(さて、何とか勝てたけど、今回は最初の奇襲がでかかったな。 アレが無ければ多分……) 自分は負けていた。 そう思う一夏であった。=============== 機体性能が物を言った一夏VSセシリアとは打って変わり、シャルルVSラウラは中身が技量の限りを尽くす名人戦となった。 シャルルは遠距離でのラウラの攻撃手段がレールガンのみと判断して、距離を保ちながら射撃。 そのシャルルにラウラが追いすがるという展開である。「あれ、昨日あんなに速かった御門さんに当てていたシャルルさんが、大分外してますね。 ラウラさんはあんなデタラメな速さじゃないのに。」「ああ、あの2人は相手の照準をひきつけて避けているんだ。 相手が発砲するその直前に合わせて回避行動を取る事で、弾丸を避ける。 それができてこその代表候補生。 だから、連中の回避能力が、銀華を持つ御門とさして変わらんのも当たり前なんだ。 逆に御門のように速さに任せて照準を振り切るのは、ISでの戦闘では限界がある。 ……まあ銀華はその限界を突破しかねない代物だがな。」 そう千冬は生徒に説明する。「つまり、相手の射撃のタイミングを見切ることが重要と?」「まあ、弾丸を出しっぱなしにするガトリングガンやアサルトライフルもあるから、一概には言えんがな。」 ちなみに弾丸をばら撒くそういった系統の火器には、銀華のように高速で飛び回るのが最善である。 シャルルVSラウラは結局ラウラの勝利となった。 相手の動きを封じられるAICの存在はやはり大きかったらしい。 AICの範囲に入るまいと逃げ回っていたシャルルではあったが、狭いアリーナの中では早々逃げ続ける事も出来ず、追い詰められての敗退となった。=============== 今回は昨日と異なり、どの機体も損傷具合が大きい為、次の試合は来週に回される事になった。 そして組み合わせは……・第一回戦 シャルル VS セシリア・第二回戦 一夏 VS 千早 と決まったのだった。==FIN== 一応、一夏の方もちーちゃんと渡り合えるくらい強い為、セシリアには普通に勝てちゃいました。 うん、やっぱちょっと強くしすぎたような。 本人は勝てた理由はビギナーズラックだと思っています。 そして次回のクラス代表選考戦は、主人公対決となります。