まどか、マミ、さやかの三人はこのとき、完全に油断をしていた。
まどかは対魔女戦における知識や経験がないがゆえに。
マミとさやかはまどかのあまりのマッスルぶりに呆然としてたがゆえに。
三人の意識が逸れている間に、四散していた黒蛇……、魔女・シャルロッテの欠片がうごめき出す。
そう、まだ魔女は死んでいなかった。
いつものマミなら気づいていただろう。
だが、今のマミは平常ではなかった。
それこそ、“展開していた魔法を全て解いてしまうほどに”。
「あ……!
マミさん、危ない!!」
一番初めに気づいたのはさやかだった。
さやかだけは距離が離れていたことでマミとまどかの足元に転がっていた魔女の欠片が蠢き、再び一つになって襲いかかろうとしていたのに気がつけた。
「くっ……!?」
「マミさん!」
マミはまどかを。
まどかはマミを。
互いに互いを庇おうと動き出すが、それはあまりに遅く、奇襲に対応し切れていない。
「いやあああああ!!」
さやかの絶叫が響き渡る。
もうだめだと、誰もがあきらめそうになったとき、再び奇跡……否、遅れて役者が揃った。
『油断がすぎるわね』
再生を終え、マミとまどかに喰いつこうとした黒蛇は突然全身を連鎖爆発によって崩れ落ちた。
「覚えておきなさい。
この手の魔女は本体を叩かない限り、いつまでも終わらないわよ」
ストンと、軽やかにまどかのそばに降り立った美しい黒髪をたなびかせた少女……ほむらは手にした手榴弾のピンを引き抜き、椅子の上に乗った本体を振り向きもせずに吹き飛ばし、今度こそ魔女の統べる空間を崩壊させるのだった。
「ふう……。
ぎりぎりだったわね」
言葉通り、ほむらが間に合ったのは紙一重といえた。
マミに拘束された戒めが解け、駆けつけてみればそこには二人を襲おうとした魔女がいて考えるまもなく介入したのだ。
それよりも、ほむらには気になっていることがあった。
そう、それは今ここにマミが生き残っていることだ。
巴マミはこの戦いにおいて“死んでいなければ”おかしい。
拘束が解かれた瞬間、“歴史どおり”マミが死んだと思って駆けつけてみればマミはまだ生きていた。
ならばなぜ拘束が解けたのか。
彼女には知る由もないが、拘束が解けたのはマミが一瞬とはいえ死を受け入れたことと、まどかのありえない姿を見て思考を放棄(当然である)したという偶然が重なったからだ。
そんなことがわかるはずもないほむらは何かイレギュラーが起きたと予想をつけているが、まさか自分の敬愛するまどかが“マッスル化”したからだとは想像の埒外であった。
「ほむらちゃんありがとう!
……でも、どうしてむこう向いているの?」
……というよりも、ほむらは気づかない振りをして現実逃避しまくっていた。
魔女を吹っ飛ばした瞬間にちらっと見えたまどかの“たくましい筋肉”などただの見間違いである。
ありえない。
ありえないったらありえない。
まどか可愛い。
まどかたんはぁはぁ。
だからうちのまどかたんがこんなに逞しいはずがない。
思いっくそ自己暗示100%である。
二階堂平方・心の一方も真っ青になるほどの自己暗示っぷりであり、今の彼女になら某剣客漫画の鵜堂さんにもきっと勝てるであろう。
ぶっちゃけ、思い込みで現実を見ないようにする気満々である。
「礼には及ばないわ」
表面上は冷静に、しかしまどかには一度も視線を向けずに去っていく。
そんな態度を一貫して崩さないクールビューティなほむらの思いはたった一つであった。
……帰ったら泣こう。
「ほむらちゃーん!
ありがとーー!!」
その背に向かって可愛らしい声を上げて腕を振って見送るまどか。
振るっている腕の影が“妙に筋骨隆々で異様にぶっとい”なんてありえない。
ありえ……ない……んだよぅ……。
「どこで間違えたんだろ……」
泣いてない。
泣いてなんてないもん!
必死に自分に言い聞かせながらほむらは静かに涙を流し続けた。
『本当にわけがわからないよ』
テレパシーで届いた諸悪の根源の呟きに今だけは心から同意したいほむらであった。
あとがき
ほむほむほむほむ