「……120%」
マッスル神の筋肉がさらに蠕動し、巨大に膨れ上がっていく。
「それ以上の力は!!」
まどかにもその変貌がどのような意味を持っているかがわかっていた。
彼はこの戦いに命を捨てる覚悟なのだと、限界を超えた先にあるのは自滅。
一時的に強力な力を得たところで長くは続かない。
一種のドーピングのようなものでしかない。
「この身がどうなろうといまさらかまわん。
貴様に勝てるのならばな!」
全身を筋肉が蠢く。
先ほどの100%とは比較にならないほどの圧力。
互角だった力の均衡は間違いなくマッスル神に傾いている。
「きゃあ!」
まどかは見えない弾丸に弾かれ、苦痛の声を漏らす。
「これは!?」
見えない弾丸の正体がわからず、体を固めてガードする。
わずかな腕の隙間から前方を覗き見たまどかはマッスル神が“空気を指で弾いていた”のを見た。
指弾!?
本来は硬いものを弾いて行う技を空気で代用し、弾いてくるなどまどかには想像すらつかなかった。
やはり長期戦になればなるほど戦闘経験の差は著しい。
まどかにもやろうと思えばできることも、圧倒的に強者との戦闘経験がない彼女には思いつきもしないのだ。
「よそ見していていいのか?」
ガードを固め、戦況の打破を考えようとしていたまどかはいつの間にか至近距離までマッスル神に近づかれているのに気がつく。
指弾に気をとられている間に無防備に接近を許すなどなんという不覚。
その思考すらマッスル神からすれば油断も甚だしい。
「しまっ……がふうっ!!」
腹部を殴打され、血を吐き出しながら、たたらを踏む。
ひざを突かなかった自分をほめてやりたいとすらまどかは思う。
思えば、これが100%状態になってからの初めての有効打だったのかもしれない。
なんどか体勢を立て直し、目をむければそこには拳が迫っている。
「くっ!」
持ち前の身軽さを利用しての回避。
頬にかすり、皮膚が裂けて血が噴出す。
その程度の傷などいまさら気にならない。
すでに全身はぼろぼろ。
痣になっていないところなどないほどに殴られた。
多少の傷など気にしたところで意味はない!
これこそが好機!
下手に追い討ちをしようとして勝負を急いだのが運のつきだと、逆境を利用する。
マッスル神の伸ばしきった腕をまどかは“駆け上がった”。
「何ぃ!?」
「えりゃああああ!!」
駆け上がった勢いのまま、全力で、さらに足の筋力を強化して顔面を蹴り飛ばす。
普段、上半身を支えている足の筋力は腕の数倍。
その力を利用できないかと彼女は考えた。
殴っても効かないのなら、蹴るしかない!
単純明快だが、わかりやすく有効な答え。
それがまどかの出した答え。
しかし、まどかには根本的な格闘技能というものが存在しない。
殴るというだけなら、持ち前の筋力を駆使してタイミングよく当てればそれだけで必殺なりうる。
尤も、同格相手ならばその殴打の拙さは致命的であり、マッスル神にも付け入られる隙となってしまった。
逆に、まどかに最適な体の動かし方という知識が備わっていたならばもっと違った結果があったのかもしれない。
それゆえに、彼女は蹴りを確実に当てるために動かなければならなかった。
普通にやっても当てられない。
「もういっちょぉ!!!
これでどうだあああああぁぁぁ!」
ならば限界まで引き付けたうえで蹴り飛ばす!
蹴りによって上半身が揺らいだマッスル神を追い、重力に任せるまま思いっきり逆の蹴り足を振りぬく。
「があああああぁぁ!!」
これにはさすがのタフネスを誇るマッスル神もたまらない。
上半身を崩されたところで、さらに必殺の威力をこめた蹴り。
無防備なところへの二連撃は確実にマッスル神へとダメージを与え、地面をバウンドするように跳ね飛ばした。
「はぁはぁ……。
これでダメなら……」
もう余力なんてわずかしかない。
お願いだから立ってくれるな。
そう、まどかは残り少ないエネルギーのほとんどを必殺の蹴りに込めたのだ。
だからこその威力であり、切り札。
もはやこれを上回る手は存在し得ない。
「見事だ。
肉を切らせて骨を絶つ。
覚悟してもそうできることではない。
女だてらに見事なものだ」
悪夢だった。
マッスル神はゆっくりと起き上がる。
万事休すと、まどかの思考によぎる。
余力なんてものは存在しない。
それでも負けるもんかと構えなおす。
「お前を見てると“あいつ”を思い出す。
その気の強さはそっくりだ」
マッスル神はまどかと正面でにらみ合う。
「なんでもう終わったなんて思っているの?
私はまだやれるよ!」
強がりなのが見え見えだった。
手足は震え、かろうじて立っているようにしか見えない。
けれど、戦意だけは失わない。
「本当にそっくりだ」
敬意を持って、マッスル神は拳を振り下ろす。
これが決着だ。
まどかはそう語る拳の前に目を閉じた。
ごめんね、ほむらちゃん。
がんばったけど、私の負けかな。
悔しいな……。
ぽろりと一筋の涙が零れ、終わりを待つ。
「ん……、え?」
いつまで経っても終わりは来ない。
いくらダメージがあるとはいえ、真正面から拳を打たれてこんなに遅いなんてありえない。
まどかは目を開けると、そこには拳を振り下ろしたまま寸前で止まっているマッスル神がいた。
「俺の勝ちだ」
そう告げたマッスル神の表情は穏やかだった。
「どう……して……」
何がなんだかわからない。
どうして自分は殺されないのか。
ここまでの戦いで彼が容赦などないことはわかっている。
それならば、なぜなのか。
「意味などない。
ただ単純に敬意を表したくなったのさ」
彼が思いとどまったのはただそれだけのこと。
過去を夢想し、“彼女”を思い出したことがきっかけだったのかもしれないが、彼には敬意を表するだけの強さがまどかにはあった。
「マッスル神さん……」
呆けたような表情。
間違いなく、敵に向ける表情ではない。
「そんな顔をするな。
俺はお前の敵でしかない。
だがな、お前は俺の好敵手だ。
初めて戦いに満足した。
こんな充実した戦いは俺が人間であったとき以来だ。
その礼とでも思えばい……ぐっ!
ぐうううぅぅ!!」
ふっと、マッスル神は笑い、拳を下ろそうとしたとき、マッスル神が突如苦しみだし、全身の筋肉という筋肉に亀裂が走る。
「マッスル神さん!?」
「限界を超えたツケというやつだ。
気にするな」
全身を襲う苦痛の中でもマッスル神は穏やかだった。
「あなたはなぜそんなにも力を欲したんですか!?」
まどかにはわからない。
同じだけの力を持ちながら、力に呑まれるということを。
「……ただの意地だ」
「え?」
「だからこそ、貴様には神の座はくれてやらん。
最強の座は俺のものだ。
修行して出直してくるがいい」
にやりと、泣く子が見たら卒倒しそうなほど凄みのある笑顔を見せる。
過去に起きた悲劇の復讐のために力を求めた。
その先に何もないことを、“奴”と“彼女”に教えてもらった。
だけど、それでも今ここで戦いを求めているのはただの意地でしかない。
どんな間違いがあったとしても歩んできた道に後悔はなかったんだと証明したいだけの意地でしかない。
最強であるのはそれゆえでしかない。
「はい!」
まどかは力強く返事をする。
たしかに彼は敵だった。
だが、敵であると同時に尊敬できる相手だとわかった。
「さらばだ」
マッスル神が差し出した手を握り返し、まどかは笑顔を浮かべる。
そして、マッスル神は自壊するかのように粒子となって空間ごと消えるのであった。
「敵わないなぁ……」
まどかの浮かべる笑みはどこか清清しく、とても可愛らしいものであった。
「なんで少年漫画的展開――――――!?」
『マミ、感動的な戦いだったね。
互いの意地と意地のぶつかり合い。
もうエネルギー回収なんてどうでもよくなっちゃったよ』
「意味わかんないけど、なんかさらっと大事なこと言った―――――――!?」
最後までマミはマミだった。
ちなみに、ほむらとさやかは80%まどかに笑顔で追いかけられる夢を見ながら悪夢にうなされていて現状を把握すらしていなかった。
「お願い助けて……」
そして、壁にめり込んだままの仁美は人知れず泣き続けていた。
あとがき
決着です。
実にさわやかなマッスル神でしたw
思い出したのは当然あの人ですw
今回は一挙に二話分更新です。
最後まで突っ走ります!
次回、最終回です。
※最終話の掲載の際にチラ裏からその他板に移動しますので、次回更新はその他の方でお願いします。