どごんと爆音を立てて仁美が殴られ、吹き飛ばされるのを見た。
なすすべもなく、軽々と、まるで人形を殴り飛ばすかのような気軽さで仁美が飛んでいく。
現実感の伴わない光景。
だが、間違いなく現実。
「あれでは死んだかな」
マッスル神があからさま挑発の言葉を吐き、まどかを見やる。
「あ、ああ……うあああああああ!!!」
獣の咆哮。
まどかは自分が許せなかった。
なぜ黙ってみていた。
友人を見捨ててしまったのか。
自分の力は何のためにあったのだ。
頭の中で響いている。
何かがささやく。
力を解放しろ。
すべてを解き放ち、暴力を衝動のまま解き放て!
まどかはこのとき、生まれて初めて本当に本気の殺意というものを得たのかもしれない。
同時に、これこそがまどかの恐れていた感情。
「そうだ。
怒れ。
怒りをぶつけてみろ」
「があああああぁぁ!!」
拳が砕かれているのにも関わらず、衝動のままマッスル神に全力の右ストレートを叩き込む。
それは今までとは比べ物にならない。
マッスル神にあたったその余波で周囲のものが吹き飛ぶくらいである。
かくいうマミとキュウベエもその余波に吹き飛ばされ、パンチラしたり潰れたり、石が頭上に落ちてきてぐおーぐおーと悶絶するさやかがいたりといろいろあったがすごくどうでもいい。
「まだ足りんな。
友を失う恐怖でも足りんのなら徹底的に痛めつけてみるのもありかもしれんな」
限界をはるかに超えた一撃にもマッスル神は僅かに体が揺らぐだけで、まるで痛みを感じることなくまどかに語りかける。
「ああああああ!!」
恐怖を振り払うために逆手で拳を叩きつけようとして、軽く払われ、がら空きになったまどかの腹部にマッスル神の拳が突き刺さる。
「ごふっぅ!!」
たったの一撃。
それだけでまどかの口からは夥しいほどの血がこぼれる。
そして、追撃の一撃がまどかの頭部に振り下ろされようとした瞬間……。
「まどか!!」
……時が停止した。
全てがモノクロになり、何も動かない世界の中でたった一人だけ動く姿……暁美ほむらがいた。
誰がどう見ても絶体絶命の危機を救うべく、ほむらは寸前で時間を停止し、まどかをマッスル神から引き離す。
時間停止中に筋肉で重くなったまどかを動かすのはとても大変だったが、ほむらは必死でがんばった。
視覚的にも、感触的にも、これはまどかの体なんだと言い聞かせて。
きっとマミあたりなら、うんそれ無理とかいってきっとあきらめていたに違いないが、ほむらは必死にがんばったのだ。
実に健気である。
「ぬ……、消えた……。
いや、この現象は……」
時は動き出し、マッスル神は己の拳が突然空を切るのに驚きを覚えるが、過去の経験からどこかで味わったことのあるものだと直感する。
ちなみに、このときほむらは何十と銃弾をマッスル神に撃ち込んでいたが、当然現代の重火器類が通用するわけもないので、詳細は割愛させてもらう。
「え?
何が……、まさかほむらちゃん?」
まどかは確実に自分が死んだと思った。
しかし、今死なずにマッスル神とは別の場所に移動させられ、生きている。
この現象を引き起こせるのは一人しかいない。
彼女は“それを知っていた”。
「時間操作能力か!
小ざかしい!」
マッスル神は過去の幾多もの戦闘経験によっていくつかの可能性を割り出し、時間の遅滞、もしくは停止だと気づく。
この経験こそが彼の力を支える骨子でもあり、最強足らしめる要素であった。
過去に似たような能力をもった存在と戦ったことがある。
その経験から導き、最適解を瞬時に出してマッスル神は邪魔なほむらを屠るために動く。
その速さは正に神速。
視認などできない。
そう、たしかにほむらの持つ時間操作能力は最強に近い能力の一つであろう。
だが、最強ではない。
あくまでも最強に近い能力でしかなく、欠点は時間を操作するには術者の認識が必要とされるのである。
マッスル神が導いた答えもそれだった。
どれほどほむらの反応速度が速かろうと、人間である限り脳髄からの指示や視認してからの反応ではマッスル神の超スピードの前では無意味。
ここが限定された魔女空間ではなく、外界であったのなら逃げることなど容易かったであろうが、ここは違う。
ここは彼の空間。
どこにも逃げ場はない。
それ以上に、ほむらには逃げるなどという選択肢はない。
どれほどに絶望的な力の差があろうと。
「くぅっ!」
時間停止を駆使し、ほむらはかろうじてよけ続けていた。
マッスル神が消えたと思った瞬間に時間停止を繰り返しているが、パターンが読まれ始めているのか、何度かマッスル神の拳がかすっている。
ただかすっただけで、ほむらの腕は赤黒くあざになっており、下手をしたら皹くらいは入っているのかもしれない。
なぶり殺しと変わらないほどの公開処刑。
結果のわかりきった詰め将棋。
己の持つ攻撃手段では傷一つつけられないとわかりきってるのに逃げられない理由は……。
「まどか!
今のうちに逃げて!
私がひきつ……きゃあ!」
時間停止が破られるのは時間の問題。
端から見れば何が起きているのかもわからないが、唯一つこのままではほむらが死ぬという歴然とした事実。
どうしてこんな絶望的な戦いに身を投じることができるのか。
どうして戦えるのか。
どうして私を庇うんだろうか。
“いつだってそうだった”。
ずっと私は守られていた。
だから力がほしいと思ったのに。
力を手に入れたのに。
今立たなかったらいつ力を使うんだ。
「うあああああああああああぁぁぁ!!」
咆哮。
それは恐怖じゃなかった。
何かを吹っ切ったような声。
まどかはほむらの前に立ち、マッスル神と正面から向き合う。
その目は第二ラウンドだと語る。
ここからが本番だ。
今面白いものを見せてやるから待っていろと、にらみつける。
対するマッスル神も何をするのか楽しみなのか、立ち止まって攻撃をやめる。
「ほむらちゃん、ありがとう。
もう大丈夫だから」
「まどか?」
もうまともに動かない片腕を抱え、神経をすり減らし憔悴した表情でほむらはつぶやく。
「私に任せてほしい。
今度は私が助けるから!」
「そんなの無理よ!
さっきだって……!」
「まだ使ってない力がある。
それを解放すればもしかしたら……」
言い募るほむらを制し、まどかは言う。
「まだそれ以上の力があるっていうの?」
さきほどまでのまどかの化け物っぷりを十分に見ていたほむらは信じがたいという表情を浮かべる。
なんとなくまどかならありそうかもと少しでも思ってしまうのはやはりマッスル効果であるのは間違いない。
「だけど、これを使っちゃったら私もどうなるかわからないの」
「そんな……」
「ほむらちゃん……。
もしさ、私が怪物みたいになって元に戻れなくなっちゃっても友達でいてくれるかな?」
80%を解放しているまどかはどう見てももう化け物であるが、それを突っ込むのは無粋というものだ。
「待って!
まだ方法はあるかもしれないわ!
きっと何とかなるから!」
いやな予感が止まらなかった。
ここで行かせてはいけないとほむらの本能が止めろとずっと警告している。
これ以上、人間離れさせてはいけない。
きっと耐えられない。
自分が。
「ごめんね。
ほむらちゃん……。
もうこれしかないんだ」
まどかはほむらの頚動脈を優しく締めて意識を落とす。
「……まど……か、どう……も、と……だちだか……」
最後の力を振り絞り、ほむらは言葉を伝えた。
どんな姿になってもまどかは友達だと。
だからきっと帰ってきてと、薄れ行く意識でまどかを見送った。
今の……80%の姿でも正視できたのだから、きっと大丈夫と己を必死に言い聞かせて……。
「ありがとう、ほむらちゃん。
あんまり一緒に遊べなかったけど、それでも私はほむらちゃんが大好きだよ」
ずっとほむらがまどかを見守ってくれたことは知っていた。
自分に危険がないようにしてくれていたのを知っていた。
だから、あまり能力を使わずに済んだ。
なんでほむらがここまで影ながら助けようとしてくれたのかはわからない。
だけど、理由なんてもうどうだっていい。
私は覚えている。
全てを思い出している。
何度も、何度も繰り返された時間の中でほむらが命を投げ打ち、守ろうとしてきたことを。
だからこそ、力を求め、そして得た。
そう、このまどかの力は全ての次元のまどかの想いによって作られた。
ほむらを助けたいと願う心から生まれた力なのだ。
その力がほむらを守るために使われて何の不満があろうか。
今こそ、真の力を解放するべきなのだ。
私がほむらちゃんを助けたいと思う気持ちに偽りなんてないのだから……。
偽りのない願いが形になる。
ほむらが本当に救いたかったものが何であるかも知らずに……。
「……100%」
世界が鼓動した。
『今、まどかの筋肉はエントロピーを凌駕した!』
「キュウベエ、あなたは本当に遠いところに行ってしまったのね……」
生暖かくキュウベエを見守るマミの目はまるで菩薩のように優しかった。
人はそれを諦念と呼ぶが、この世界において彼女の役割はそんなものである。
あとがき
ムリヤリwww
ほむらがはじめて活躍したんじゃね?
時間操作については適当ですwww
ちなみに、杏子と上條くんの生死についてですが、彼らは無意識にマッスルバリアーを張っているので大丈夫です。
マッスルに不可能はありません!
生きてるんです!
魂の搾取なんかにマッスルバリアーは負けません!!