「知らない天井だ」
目が覚めると、自然とそんな言葉が口から飛び出した。
しかし、この表現は正しくない。
天井は無かった。
というか屋内でもなかった。
「え?」
目が覚めたらそこは深い森の中だった。
分厚い枯葉の絨毯の上で、俺は横になっていたらしい。
当然頭上には深い木立に囲まれているだけであり、天井などという上等なものはない。
傍らには杖のような物と背嚢らしきものが置かれている。
「えーっと、とりあえず落ち着け俺、俺落ち着け」
言葉に出すだけでは足らず、手足を忙しなく動かしつつ精神の均衡を保てるように必死になる。
直前に覚えていることはなんだ?何をしていた?
通勤だ、たしか会社へ行こうとして玄関を出たはずだ。
それから?それからバスに乗り、最寄り駅から電車に乗った。
覚えているぞ、さすが俺、覚えているじゃないか!やれば出来る子だって小学校の先生も言ってたもんな!
それでどうした?何をした?会社に入って、同僚に挨拶をして、タイムカードを切った。
そうだ、それでそれで?タイムカードを切って、席について、どうなった?
「それから先なんて、何も無かったじゃないか」
椅子に座った直後からの記憶が全く無い。
俺はいきなり有給を取り、会社を出てどこか遠くへ行き、森の中で横になっていたとでもいうのか?
疑問は尽きないが、呆けていても始まらない。
ここがどこなのか分からない以上、安全なのかどうかも分からない。
周囲の安全確認、避難経路の確保。
会社の防災訓練でもやっていたじゃないか。
「おいおい、これってライフルじゃねーか」
周囲の状況を再確認しようと、とりあえず杖らしきものに手を伸ばした俺は思わず呟いてしまった。
鉄製の筒、頑丈な木材で作られたストック。
それは、ライフルというよりは、いわゆる火縄式鉄砲と呼ばれるものに酷似していた。
点火こそしていないものの火縄らしきものはあるし、銃身の下には弾丸と発射薬を突き固めるためのさく杖がある。
再度火縄を確認し、恐る恐る銃口を除いてみた感じでは、どう見ても本物のようです。
それはさておき、俺はこのタイプの銃の扱い方は知らなかったはずだ。
それなのに、どうして現在の状態も含めて使い方が理解できているのだ?
手に持っている火縄銃は本物で、状態が良く、名前は鉄製の火縄銃(レベル1)である。
「オーケイ俺、落ち着くんだ。
こいつは本物の火縄銃で、使用可能な状態だ。
それでいいとして、ここはどこなんだ?」
改めて頭上を見る。
木々の隙間から見える空は、奇妙なほどに澄んでいるように見える。
俺の知っている空は、ここまで綺麗なものだったか?
改めて視線を巡らせると、森の木々も見覚えがあるものではない。
それが木であることはさすがに理解できるが、全く見覚えがない。
「ヒャッハー!新鮮な肉だぜぇ!!」
周囲を見回していると、急に元気の良い声で呼びかけられた。
新鮮な肉、つまりフレッシュミートか、そこはかとなく不安を覚える呼び方だな。
「え?」
声のするほうを見た俺は、思わず言葉を漏らしてしまった。
そこにいるのは、控えめに言って盗賊だった。
モヒカン、毛皮の粗雑な腰巻、錆の浮いた手斧。
その数三名。
全員が生理的嫌悪感を感じさせる笑みを浮かべて武器を構えている。
視界の端にメッセージのようなものが見えるが、なんだこれは。
*****盗賊が三体現れた!*****
どう見ても友好的ではなさそうなヒャッハーさんのお出ましだ。
ここが異世界だろうと現実世界だろうと関係ない。
この種の人物には関わってはいけない。
「まままままて!話せばわかる!分からなくても分かってくれ!」
慌てて逃げ出そうとする。
例えこれがテレビ番組でもいい、全国の皆様の笑いものになってもいい。
とりあえずこれ以上この場に居たくない。
「ヒャッハー!どこへ、行くんだよ!」
足に衝撃。
世界が回転し、俺は顔面から地面へと着地した。
気のせいか、視界の端でゲージのようなものが減っていくのが見える。
*****左足に重大な損傷!歩行不可!*****
視界に映るメッセージに絶句する。
まるで一昔前のRPGじゃないか。
だが、湧き上がってくる痛みはこれが幻覚や夢ではない事を教えてくれる。
まあ、世の中には幻痛というものもあるので断言はできないが。
「いいてぇええええええええええええええ!」
痛い痛い痛い!
恐る恐る足を見ると、投げつけられたらしい手斧が刺さっている。
冗談じゃないぞ!殺されてしまう!本気で足が痛い!
血が出てるし手斧は刺さってるし足は動かないし痛いしやつらはせまってくるしだれかたすけて!
「ヒャッハー!こいつが持っているの、銃だぜ!」
モヒカン2が叫んでるけどなんなんだよ!畜生!これ絶対テレビじゃないぞ!
銃?銃だって?そうだよ本物の火縄銃だよ!畜生!痛い!
「ヒャッハー!お前英雄気取りかよ!銃なんてもの、普通の人間が使って役に立つわけが無いじゃないか!」
畜生!銃をなめやがって!足が痛い!
こいつら、殺してやる。
*****装填チェック。問題なし、発砲可能!*****
どこかで自分ではない自分が動き出している。
丸く固められた装薬を入れ、弾丸を入れ、さく杖で素早く押し込める。
スーツのポケットに入っていたジッポライターで火縄に火をつけ、銃を構える。
全くもって驚くべきだが、この間に体感時間で十秒程度しかかからなかった。
火縄銃の装填にはもっと時間が必要だったはずだが。
それ以前に、俺は一体いつ火縄銃の使い方を覚えたんだ?
「ヒャッハー?」
不思議そうにこちらを見るモヒカン1の頭に狙いをつける。
痛みのせいか照準がふらつくが、丁度良いところで引き金を絞る。
轟音、煙、肉と骨が砕ける音。
今更気がついたが、モヒカン1の頭上にある体力ゲージらしいものが凄まじい勢いで減少し、消滅する。
*****即死ダメージ!モヒカン1の頭部を粉砕!*****
鬱陶しいメッセージを信じつつ、二発目の装填に取り掛かる。
俺とモヒカンたちの間には、発砲に伴う煙が立ち込めている。
しかし、煙は視界を妨げてはくれるが、物理的な障壁とはならない。
*****装填チェック。問題なし、発砲可能!*****
再びメッセージが現れる。
その内容は先ほどと同じだ。
装填動作を行い、晴れ始めた煙の向こうにいるモヒカン2を狙う。
意識ははっきりしているつもりだが、妙に照準がブレるな。
まあいい、ちょっとだけ待ち、筒先が良いところを向いたところで引き金を絞る。
再び轟音。
手斧をふりあげてこちらへ駆け出そうとしていたモヒカン2の額に大穴があいた。
*****即死ダメージ!モヒカン2の頭部を粉砕!*****
飛び散る肉片がはっきりと見えた。
奴も殺せたのだろう。
さあ、最後の一発だ。
*****装填チェック。問題あり!*****
「マジかよ」
メッセージに思わず反応してしまう。
こちらが狼狽している貴重な時間を、モヒカン3は呆けたような表情で過ごしていた。
至近距離で二度も発砲され、さらに仲間がいきなり即死したことに反応できないのだろう。
とにかく相手が反応する前に再装填だ。
筒先を下に向け、強く叩いて詰め込んだ銃弾を発射薬ごと地面に落とす。
落ちたのを確認すると素早く再装填。
*****装填チェック。問題なし、発砲可能!*****
狙いをつけて、再度発砲。
今度は相手の胴体に当たったが、問題は無い。
モヒカン3の背中から、内臓を含む多くの肉片が飛び散る様が見える。
「なんとか、勝ったか」
吹っ飛ぶモヒカン3を見つつ、俺の視界は暗くなっていった。
視界の端に、何か文字が見えた気がしたのだが、もう意識を保っていられない。
おやすみ、俺。
*****レベルが2に上昇!ステータスポイントを5入手!*****
*****小銃スキルが2に上がりました!【銃撃スキル:スピードローディング】を取得!*****
*****小銃ポイント5を入手。装填速度が向上。照準速度が向上。装填成功率が80%に上昇!*****
*****耐ダメージスキルが3に上がりました!あなたは刃物に対する耐性が上がりました!*****
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名前 :****
HP :5(現在1) → 9
MP :5 → 8
筋力 :2
持久力 :1
素早さ :3
知力 :7*******(現代知識・高等教育・政治・経済・歴史・軍事・科学・化学)
器用さ :3
運 :0
残りポイントは 5 です
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装備 頭 :なし
首 :なし
肩 :なし
胴 :普通の布製の背広
腰 :損傷した布製のスーツのズボン
足 :普通の革の靴
右手 :火縄銃(残り四発)
左手 :なし
予備武器:なし
指 :なし
背中 :なし
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【レベル・称号】
・チーター レベル0 称号『普通の人』
・冒険者 レベル2 称号『雑魚冒険者』
・拠点 レベル0 称号『ホームレス』
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