壁を突き破って突入してきた誰かが、レミィの銃を弾き飛ばす。
綺麗な長い黒髪に、意志の強そうな眉毛が印象的な女の子だった。
その手には、これまた馬鹿デカいサバイバルナイフが握られている。
「朝倉涼子」
有希ちゃんがその名を教えてくれた。
「彼女も宇宙人なのか?」
「そう。わたしのバックアップ」
一体この学校だけで何人いるんだよ……。
「……遅刻だヨ、リョーコ」
「おあいにくさま。もう下校時刻よ」
デザートイーグルを失い、徒手になったレミィと対峙する朝倉涼子ちゃん。
その頼もしい後ろ姿にオレは安堵する。
「……苦しい」
「えっ、あ、ご、ゴメン」
そういえば、ずっと抱きしめたままだったな。
オレは腕の力を緩めるが、有希ちゃんの怪我はまだ治る気配がない。
「……修復の進行速度が上がらない。このままでは戦闘への復帰は困難」
「ど、どうすりゃいいんだ?」
彼女はオレの問いには答えず、涼子ちゃんの方に視線を向ける。
「朝倉涼子」
「はいはい。何秒稼げばいいのかしら?」
「1分」
「……30秒じゃダメ?」
「1分」
「うぅ……わかったわよ」
溜め息をついてナイフを構え直す涼子ちゃん。
って、彼女でも時間稼ぎしかできないのかよ!?
「アタシ相手に1分?ホントにダイジョーブ、リョーコ?」
「……無茶でもなんでも、やるしかないでしょう」
対するレミィは、両手を腰に当ててまったくスキだらけの格好だ。
それほど余裕があるんだろう。
「ふーん……それじゃ、楽しませてネ、リョーコ♪」
「っ……!!」
狩りが始まった。
「アハハハハハハハハッ!!いいヨ、その調子だヨ、リョーコ!!」
「くううっ……!?」
レミィの拳が、蹴りが嵐のように襲いかかる。それをナイフで何とか捌き続ける涼子ちゃん。
戦闘用というだけあって、やはりレミィの方が上手なようだった。
恐らくは遊んでいるのだろう。
1分後を指定した有希ちゃんの策を待つために。
「有希ちゃん、まだか!?このままじゃ……!」
「もう少し」
「くそっ……何かオレにもできることはないのかよ!?」
「無い。……ここにいて」
オレは自分が情けなかった。
有希ちゃんはオレを守るために傷付いた。
涼子ちゃんも必死に戦ってる。
オレだけが何もしていない。何もできない!!
「ちくしょう……!!」
拳を強く握り締める。
何が『鍵』だ。
こんな時に何もできない。
「……大丈夫」
血がにじむほどきつく握ったオレの拳を、有希ちゃんが両手で包み込む。
まだ動くのもつらいだろうに。
「あなたは死なない」
いつもの静かな声で告げる。
何も心配はいらないと。
「あなたは一人じゃない。わたしがいる。朝倉涼子もいる」
オレを守るために、その小さな身体で。
オレを勇気付けるために、その小さな掌で。
全力で戦うからと。
「あなたは何もする必要は無い………まだ」
「……!?」
「もう少し、待って。あなたも一緒に戦うために」
「……有希ちゃん」
「だから、ここにいて」
(人が死に物狂いで戦ってるのに何イチャついてるのよあいつらはぁぁぁぁぁっ!?)
(ア、アレ?急にリョーコがちょっと強くなったヨ?)
――――そして、1分が経過した。
「きゃあああっ!?」
涼子ちゃんが大きく吹き飛ばされる。
有希ちゃんはまだ起き上がれない。
「フゥ……(ごにょごにょ)ちょっと危なかったヨ……」
パンパンと手を払うレミィ。
未だにその余裕は崩れていないように見える。
「さて、ユキ。次はどーするのカナ?」
「……」
「有希ちゃん……」
オレは彼女の身体を抱く腕に力を込めた。
せめて、その策が為るまではオレが彼女の盾になってやるために。
「また援軍?それとも身体を治す目処がついたカナ?どっちにしてももうムリだと思うけどネ」
レミィがこちらに一歩近付く。
そこで、世界が崩れ始めた。
「No kidding......!?(ウソでしょ)」
さっきまでの歪んでねじくれた空間が、上の方から崩壊していく。
レミィも驚きに目を見開いている。
……そして。
「お待たせしました、藤田さん」
最強最後の援軍が現れた。
「琴音……ちゃん……!?」
「はい」
そう、そこに現れたのは我らが超能力少女、姫川琴音ちゃんだった。
「………コトネ」
「ここまでです、宮内さん」
レミィの眼が鋭く尖る。
対する琴音ちゃんは至って冷静だった。
「まさか、こっちの空間閉鎖を無理矢理こじ開けるなんてネ……」
「私だけの力じゃありません。有希ちゃんのおかげです」
「ユキの……!?」
そこで、有希ちゃんがオレの肩に掴まってよろよろと立ち上がろうとしていた。
オレは慌てて彼女の身体を支えて立たせてやる。
まだつらそうだけど、オレは止めなかった。
「あなたは非常に優秀。だからこの空間にプログラムを割り込ませるのに時間がかかった。崩壊因子を組み込んでも、朝倉涼子一人を通すのがやっとだった」
「………そうして作った綻びを、コトネのPsychic powerで広げたってわけネ」
頷く有希ちゃん。
「でも、どうして琴音ちゃんがここに?」
「実は部活の後、有希ちゃんと一緒に藤田さんの後を追ってたんです」
「えっ!?」
「あなたが朝、レミィ=クリストファー=ヘレン=宮内からの手紙を受け取った時からこの事態を予測はしていた。しかし確証がなかったため、後手に回らざるを得なかった。そのせいであなたを不要な危険に晒してしまった。ごめんなさい」
「…………」
まあ、レミィがオレを殺そうとしてるから会うな、なんて言われても信じられなかっただろうけどな。
「それで?次はコトネがお相手してくれるのカナ?」
「はい」
「それじゃあ……行くヨ!」
そう言って飛び掛かろうとするレミィ。
……しかし。
「残念ながら、もう終わりです」
「ぐぅぅッ……!?」
レミィの身体に、紫色に光るオーラがまとわり付く。
琴音ちゃんのサイコキネシスだ。
あのレミィまで止められるのか。………スゴいな琴音ちゃん。
「違いますよ藤田さん」
「えっ?」
「私一人じゃ、力を使う間もなく宮内さんに殺されてます。これも有希ちゃんと朝倉さんのお陰です」
「Pardon...!?」
「姫川琴音はこの空間に入る前から力を展開させていた。わたしや朝倉涼子に気を取られていたあなたはそれに気付かなかった。言わば、わたしは最初から囮に過ぎない」
なるほどな……。
琴音ちゃんと一緒にオレの後を尾けてたってことは、始めから有希ちゃんはこの瞬間を狙ってたのか。
「……といっても、実は全力使ってやっと宮内さんの動きを止めてるだけなんですけど」
「なにぃっ!?」
実はそんなに有利になってるわけでもなかったらしい。
「なにボーッと見てるのよ。ほら」
「えっ?」
いつの間にか涼子ちゃんがオレの傍らに立っていた。
その手にレミィの落としたデザートイーグルを持っている。
「それには対インターフェース処分用の弾丸が込められているわ。彼女に撃てば全部終わりよ」
「終わり、って……」
「それで射殺しなさい」
「んなっ………!?」
殺せ……ってのか!?レミィを、オレが!?
「わたしと朝倉涼子にはそれを撃つための体力がもう無い。姫川琴音はレミィ=クリストファー=ヘレン=宮内の動きを止めるので精一杯。あなたにしかできない」
淡々と有希ちゃんが告げる。
「この先も彼女のような敵性存在が現れないとも限らない」
「…………」
「その処分を、あなたが決めて」
有希ちゃんがオレの目を真っ直ぐ見つめて告げる。
………これが、一緒に戦うってことなのか?
「ほら早く。彼女もそろそろ限界よ?」
涼子ちゃんの言う通り、琴音ちゃんの顔には脂汗が浮いている。
確かにもう時間はなさそうだった。
オレは有希ちゃんを彼女に預け、その手から銃を受け取る。
オレはレミィに近付いて、銃を構えた。
「ヒロユキ」
「………なんだ」
「気にしなくていいヨ。言ったでしょ?アタシは死っていう概念がよくわからない。物を処分するのと同じだヨ」
「…………」
「ホラ、早くしなヨ。コトネの力が切れたら、もうアタシ止められないヨ」
「…………」
「アタシはまだヒロユキのこと殺そうとしてるから。撃たなきゃ死ぬヨ」
「…………」
「Good-by,ヒロユキ。アオイとお幸せにネ」
…………………。
「有希ちゃん」
「……なに」
「レミィを殺さずに処理できるようになるまであとどのくらいだ?」
有希ちゃんは今までにないくらい目を見開いていた。
そんなに驚いてくれるとはね。
「……どうして気付いた?」
「へっ、あんまりオレを舐めない方がいいぜ?」
有希ちゃんは、オレに『処分を決めろ』と言った。
『殺せ』とは一言も言ってない。
殺すのも処分の方法の一つだろうが、あの言い方だと他の方法もあるってことになる。
彼女は溜め息をひとつ吐く。
うんうん、だんだん表情豊かになってきて先輩は嬉しいぞ。
「……あと5分。肉体の損傷が酷過ぎるので、先にそれを修復しないと無理」
「そうか。琴音ちゃん、どのくらい持ちそう?」
「……精々、1分ですね」
「わかった」
つまり、本来なら殺すのが一番確実かつ安全な処分方法ってことではある。
……だがしかし。
オレは銃を置いて、レミィの顔を見据える。
「じゃあレミィ、あと5分ぐらい動かないでくれ」
「…………ヒロユキ、本気?」
「おう、本気だ。お前だって死ぬよりかは生き続ける方がいいだろ?」
「アタシが言うこと聞くと思ってるノ?すぐ殺すヨ?」
「よく言うぜ。初めっからそんな気なかったクセに」
今度はオレ以外全員ビックリしてた。
わははは、いい気味だ。
「………まさか全部お見通しなんてネ。さすがヒロユキ」
そう言って諦めたように苦笑するレミィ。
「あれで気付かない方がおかしいぜ」
思えば、レミィがオレに攻撃を加えたのは最初の一発だけで、それ以降は一切手を出してこなかった。
チャンスなんざそれこそ山ほどあったのに、だ。
そもそも最初のだって明らかにわざと外してたしな。
大方、『鍵』として今後も危険に晒されそうなオレを思っての、鍛えるなり覚悟させるなりのための行動だったのだろう。
なんだかんだ言ってレミィとも一年以上の付き合いだ、だいたいわかる。
「ちょ、ちょっと待ってよ!私あんだけボコボコにされたわよ!?」
「そりゃそうヨ。ヒロユキ以外は本気で殺す気だったからネ♪」
「んなっ!?」
「大丈夫。朝倉涼子」
そこで有希ちゃんが涼子ちゃんの肩を叩く。
「死ななきゃ安い」
その通りだ。
「えぇぇ……」
そうこうしてるうちに5分経過。
「はぁ。まったく、こんな甘い奴が『鍵』で大丈夫かしら……」
「失礼な」
「甘いのはアタシも同意見だけどネ。ヒロユキ、そのうち死ぬヨ?」
「心配ない」
静かに、しかし力強く断言する有希ちゃん。
彼女はこの場にいる琴音ちゃん、レミィ、涼子ちゃん、そして自分を順に指差して宣言する。
「わたしたちが守るから」
その言葉に涼子ちゃんは呆れ、レミィはにこやかに笑い、琴音ちゃんは優しく微笑むのだった。
「ありがとな、有希ちゃん」
「……別に、いい」