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No.26123の一覧
[0] 戦トロルと三つ目の悪魔[Genitivi](2011/04/11 01:06)
[1] 2[Genitivi](2011/02/24 23:11)
[2] 3[Genitivi](2011/03/17 00:04)
[3] 4[Genitivi](2011/03/17 00:03)
[4] 5[Genitivi](2011/03/21 22:09)
[5] 6【第一部完】[Genitivi](2011/03/29 00:50)
[6] 予告&あとがき[Genitivi](2011/04/01 00:14)
[7] 【短編】十年越しの花見酒[Genitivi](2011/04/11 00:35)
[8] 【短編】心が折れる音[Genitivi](2011/04/25 00:46)
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[26123] 【短編】心が折れる音
Name: Genitivi◆c32eea94 ID:28bc3285 前を表示する
Date: 2011/04/25 00:46
 サビエリはうんざりとした態度を必死に押し隠しながら、主人の前で跪いていた。
 太り過ぎのオーガでもこれほど醜くないだろうと思わせるような、超肥満体の豚が彼女の前でキーキー声をあげて怒鳴り散らしている。
 殆どその言葉を右から左に聞き流していた彼女であったが、その言葉の中から5%ほどの有用な内容を引き出して要約する。
 どうやら、彼女の主である無能で怠惰でクソにも劣るアホは、十数年前に切り飛ばされた己の右腕が痛むらしい。知るか、死ね。
 そして、哀れなほどにすっからかんな脳味噌を持つ糞虫は、その傷を作った鬼子を己の前にひっ立ててこいと、彼女に命令しているようだ。豚が、テメェで行け。
 と、突っぱねてその脂肪の塊を切り刻むことはなんでもないが、その依頼内容については非常に興味を惹かれる。
 とりあえず、最近戦争続きで血臭のこびり付いた影界にはこれ以上居たくはなかった。
 シャドーバインダー崩御の報が影界を駆け巡ったとき、それが嘘かホントかという事実の確認は一切無く、そのまま影界は血で血を洗う大戦争に突入した。
 歴代のシャドーバインダーと違い、先王はシャドウスポーンにあるまじき治世の長さを誇っていたため、そのクソッタレな阿呆王子共は影界中に散らばって地盤を築き、この最悪な運命の日をひたすら待っていたのだ。
 サビエリの仕える豚は一応王族の血を退くド低脳のクソッタレだが、サビエリがいるおかげでアサシンのたぐいは全て排除されている。
 が、それを別の言い方で表すなら、彼女がいなくなれば豚を守る壁は一切なくなるということだ。
 一山幾らの警備兵ならいくらでもいるが、そんな雑魚で妨害できるほどあの兄王子達の暗殺者は甘くない。
 彼らはこの目障りな糞豚を始末したくて仕方がない様子であったので、彼女が城をでた途端に暗殺者の集団が押し寄せてくるだろうが……知ったことか。豚は死ね。

「■■■■■■■■■!!!」
「御意……」

 まだなにか豚が叫んでいたが、彼女は無視して踵を返した。
 背後で閉まった扉の音に、《凶眼のサビエリ》は口を嘲笑に歪める。その口に収められた歯は、子供が怖い怪物を描いたかのような、冗談のように尖った牙のズラリと生えたものだった。

「さて……どうなることやら」



――――――――――――――――



 凶眼のサビエリはシャドゥスポーンの中でも腕っ節に重きをおいた種属であるグナイゼ属である。
 四本の腕と、四つの瞳。
 攻撃こそ最大の防御、その言葉を極限まで追い求めた、修羅の悪魔たちだ。
 フード付きマントを身につけ、目深まで下ろしたフードと首元で止められたマントのお陰で彼女がグナイゼ属だとは一見して分からない。
 だが、一見して剣呑な雰囲気をまとった彼女の姿に、聞き込みをした地元民は一様に青ざめた顔だった。
 そして、辿り着いた「爆心地」で、サビエリは溜息をつく。

「はぁ……こりゃ確かにひどいなぁ」

 呆れたようなため息を付いて、サビエリはその惨状を見渡した。
 彼女が今足を踏み入れているその場所は、玉座の暴君が最後に遺した影界の鬼子、最強のシャドウスポーン、レーズスフェント・ラーテランが最後に確認された戦場だった。
 そう、戦場。
 たった一人と数千の追っ手が殺しあい、双方が骨も残さず消え去った、呪われた古戦場。
 地元の者は視覚化されるほどの怨念と呪いが渦巻くこの地を忌避し、話題に上らせることすらしない。
 ぐるりと見渡すかぎり、荒涼とした大地と炭化した木々の名残が広がっている。
 第一皇子が放った腕利きの刺客達との最後の死闘。
 その凄まじさを直接伝えるものはいない。なぜならば報告すべき目撃者は一人残らず命を落としてしまったゆえ。
 しゃがみ込み、惨劇の中心地に焼け残っていた金属製の焼け残りを拾い上げると、それは彼女の手の中で砕けて散った。
 その光景に、彼女は四つの瞳を笑みの形に細める。

「影鉄鋼を焼いてしまうなんてね……はてさて、一体どんな高温を出せばそんな芸当ができるのやら」

 少なくとも、太陽の温度には達している。
 最強のシャドウスポーン……ただの根も葉も無い噂ではなかった。
 暴君の魔道資質を最も純粋に受け継いだ、影界最強の魔道士。
 じっと己の掌の上で風に揺れる消し炭を眺めながら、彼女は周囲を囲む異音に得心がいったように頷いた。

「なるほど、地元のが近づかない理由は、これも……」

 顔を上げた彼女の目に写ったのは、信じられないほど巨大化した地獄蟲の群れである。
 その身の丈、ゆうに10フィートはあるだろうか。
 一つとして同じ形状を持つものは存在せず、この場に満ちた魔力と瘴気で巨大化したそれは、なるほどたしかに腕利きの兵士でもなければ太刀打ち出来ない害虫だろう。
 彼女の周囲を伺うようにうろつく地獄蟲に、影界で最も好戦的な悪魔はギザギザ歯をニヤリと笑みの形に剥きだして、ゆっくりと上腕二肢をマントの前から抜き出した。
 上腕二肢はそのままフードをゆっくりと下ろし、更に突き出した下腕二肢は首元のマント留め金をかちりと外した。
 現れた頭部には紅玉のように燃える瞳が四つ。比喩ではない、グナイゼ属の瞳の中にはその属性に相応しい擬似魔道が常に開いているのだ。彼女の瞳は常に炎熱の魔道につながり、真実「燃えている」。
 その燃え盛る瞳は常人のあるべき場所に二つ、余人にはない額に二つ。ぎょろりと見開かれたその顔貌は正しく異形の悪魔。
 乾いて固まった血の色をした髪の毛は、首筋で綺麗に切りそろえてある。
 するりと地面に落ちたマントの下には、シルヴァライト銀鋼の胸甲と臑当、肘までを覆うガントレット。
 まるで拘束衣のように全身を隙間なく締め付ける暗褐色のベルトは、影界の魔獣アストラルハウンドの鞣し革で作られた丈夫な革鎧。
 上腕二肢はそのままゆっくりと両肩口に収まった剣の柄を、下腕二肢は両腰に収まった剣の柄を掴んだ。

「ヒヒヒ……来なさい。グナイゼ属の戦い方をご教授して進ぜるわ」

 抜き放たれた剣の鞘走りと、蟲達の甲高い声はほぼ同時。
 俊足の踏み込みで振り下ろされた上腕の一撃が敵の攻撃腕を叩き切ると、間、髪を入れない下腕の左右からの薙払いが装甲の薄い敵の腹部をぶち割った。
 地獄蟲の体液にまみれながら、修羅の悪魔は戦の雄叫びを上げる。
 掛かって来い、掛かって来い、この私に挑んでこい。
 歓喜と狂気のウォークライ。
 曇天の薄闇に銀光が閃くたび、地獄蟲の断末魔と悪魔の咆哮が響いた。
 ほんの数分で、巨大な地獄蟲の群れは汚らしいヘドロ状の体液を荒れ果てた大地にぶちまけて絶命していた。
 動くもののいなくなった死地で、サビエリは口の中に入った体液を不味そうに吐き出した。

「ペッ……不味い……」

 ぶつぶつと咒言を呟いて頭上に真水の球体を作りだす。
 それをそのまま下降させて全身についた返り血を洗い流すと、二本の直刀と二本の弯刀を鞘に収めた。
 そして先程まで立っていた、レーズスフェントが生き絶えたであろう場所に胡座をかいて座る。
 そのまま四つの瞳を閉じてずっと精神を凪の状態に近づける。
 やがて、ゆっくりと目を開いた彼女は面白くてたまらないというふうに爆笑した。

「ヒ、ヒヒ、ヒヒヒ……久々にワロタ、頻繁に影界に魔導を開いてあわよくば何か手に入れようって人間がうじゃうじゃいたのが昔の影界なのよね。最近は影界に魔導を繋ごうっていう度胸のある人間がいなくなって困る」

 そう言って暫く含み笑いを漏らした後、サビエリはマントを身につけて消し炭の中か立ち上がった。

「人間界かぁ……素晴らしい幸運ですよ、殿下。そして、彼女を召喚した名も知らぬ魔道士は……はて、どんな数奇な運命を辿ったことやら」

 影界から人間界に、直接こちらから干渉することは出来ない。
 気も遠くなるような昔に複数の領界神によって作られた障壁は、他領界からの干渉がなければ影界の生物は外に出ることが出来なくなった。
 今でも大概であるが、昔のシャドウスポーンは世界征服を本気で考える痛い奴らが揃っていたからだ。
 そして恐らく、いまこの障壁がなくなれば嬉々として攻めいるような馬鹿共の方が大多数だろう。
 千年経とうが万年経とうが、シャドウスポーンは歴史から学習などしない。

「うーん、さて、どうしようかな」

 障壁があるから、人界にはいけない。
 かと言って、あの豚の下に戻ったってどうせもう死んでいるだろう。
 何処の勢力が討ち取ったか知らないが、そいつの下でまた戦働きをするのも性に合わない。
 今でこそ戦神のごとき異名をもっているサビエリであるが、元は象牙の塔で書物に埋れていたいと願うような種類の悪魔であった。

「さて、となると、裏技を使おうかしら」

 四つの掌を体の前で擦り合わせながら、サビエリはぺろりと唇を舐めた。
 影界から人界への干渉は出来ない。
 だが、影界から他領界への干渉は、コツさえ掴めば比較的簡単だ。

「うーん……この場所だと…………うぅ、やっぱり流血界か」

 千人を越える流血と呪いが染み付いたこの場所で最も障壁の綻んだ領界といえば、そこしか無い。
 どうせなら炎熱界とかが良かった……と愚痴りながらも、その四本の腕とそれぞれに生えた六本の指は複雑な印をしきりに結んでいく。
 そしてその口からは朗々とした低めのアルトで咒言を織り込んだ歌が紡がれる。


 天からの剣 大地からの鎧 
 おお 見よ、戦士たちよ
 伝説の丘の上で佇むは 汝らが求めし王たる王 
 隊伍を組め 槍を掲げよ
 旗を掲げ 儀仗兵よきたれり
 おお 見よ、戦士たちよ
 ただ流血を恐れぬなら さあ 剣を抜け
 友を守れ 母を守れ 父を守れ 王を守れ
 我ら 人界の影よりいでし 影の悪魔
 戦え 戦え 戦え 戦え!
 いつか戦乱の絶える 約束の日まで!
 ガデスの御意のままに 流血の果てる日まで!
 我こそ 玉座の主の後塵を拝す者なり!


 目の前に、噎せ返るような血臭に満ち満ちた流血の魔道が開く。
 何の躊躇も見せず、サビエリは頭から飛び込んだ。



――――――――――――――――



「これはもうだめかもわからんね」

 たった今殺したばかりのテンタクルローパーの肉を切り分けながら、サビエリは心なしかやつれ始めた顔でポツリと呟いた。
 ローパーから食べられる部分を切り取ると、食料袋の中に詰め込んでいく。
 右上肢で肩越しに袋を担ぎ上げながら、左上肢でさっき切り分けたローパーの肉を齧る。
 生きている時にはぶよぶよとした肉だが、死ぬと急速に硬くなってチーズのような味がする。意外と美味だ。
 だが、ビタミンが足りない。

「……柑橘類が食べたい……」

 思わず漏れた泣き言にため息を付いた。
 そのまま拠点まで歩く。
 こんな地下に誰が作ったのか知らないが、天然温泉掛け流しの素晴らしい水場がある。
 ここが薄暗いダンジョンで、ここが一体何階のどの辺なのかすら分かれば、さらに言うことはなかったのだが……。

「畜生……あのブラッドメイジ……!」

 ケチの付きはじめは、流血の魔道を進んでいる途中にはち合わせたブラッドメイジだった。
 彼女を見るなり突然意味不明な罵り声を上げるやいなや、安定していた魔道をめちゃくちゃに歪めてあちらこちらに穴をあけ始めたのだ。
 突然のことに対応できず、転がり落ちた先がこの薄暗いダンジョンの中。
 ここが人界であることは分かった、それはまだ幸運だった。もしこれが死界や幻影界なら、生きたまま死者になったか永遠に幻の中を彷徨うことになっただろう。
 が、そこで彼女の幸運は尽きた。
 このダンジョン、余りにも広い。
 階段は幾つも見つけたが、下に降りる階段が大量にあり、上に登る階段は登っても直ぐに行き止まりだった。
 もしや、一旦下に降りてから上に上らないといけないのか?
 そんなふうに考えながら、彼女は絶望と共にさっきの呟きを漏らしたのだ。
 これはもうだめかもわからんね。

「冒険者……なんでここまで来ないのよ、なんで諦めるのよ、もっと頑張りなさいよ、なんで諦めるのよ一つ上の階で、もうちょっとでしょうが、後もう一歩をなんで諦めるのよ……」

 恐らく、自分がいるのは最下層付近だろう。彼女はそう考えていた。
 出現する化け物の力量からして、並の戦士では返り討ちに合う。
 今まで彼女がこの階層をうろうろして目についた冒険者は、ほとんどが連戦を重ねて疲れ果てており、彼女が駆け寄るやいなや泡を食ったように転移の魔法具を使って逃げ去ってしまう。
 それを思い出し、ぎりぎりと歯ぎしりをする。
 その顔貌を丸出しで迫るから逃げられるのだが、長引く地下生活で精神の磨り減った彼女は気がつかない。

「豚のところにいた時のほうが生活に潤いがあるってどういう事なの」

 ちくしょう、ちくしょうと涙を流しながら鎧と下着
を脱ぎ捨て、湯溜まりのプールにざぶりとつかる。
 湯溜まりは幾つもあるので、飲料用と洗体用を分けて使っていた。
 体の芯まで染み入ってくるような薬湯に、ふやけた喘ぎ声を漏らしながら首まで浸かる。
 ダンジョン内で見つけた茸や苔をすり潰して混ぜてから、麻袋に詰めて湯船の中に浮かべているため、元々の温泉の効能と合わせて薬湯としても非常に素晴らしい物になっている。
 二本腕で顔をゴシゴシとこすりながら、他の二本腕で頭を洗う。
 体中の毛穴に薬湯を馴染ませるようにこすると、薬効成分の代わりに疲労が抜けていくような快感が身体に充満する。

「あぁーー……なんかもう、レーズスフェント殿下なんてどうでもいいわー、温泉まじ気持ちイー、このまま死んでもいー」

 青菜が手に入らない代わりに水と食料ならたっぷりある。
 半ば本気で永住しようかと、サビエリは完全にふやけた頭で考えていた。
 さっきまで潤いがないだの言っていたその口で、早くもこの発言である。人間だろうと悪魔だろうと、文字通り心地よいぬるま湯が身近にあると現状打破の気概など失せる。
 と、湯煙で真っ白になった室内で彼女の細長い耳が足音と会話を聞きつける。

「げぇ、ま、まず!」

 桃色に火照った身体を慌てて引き上げて、マントをバスローブがわりに羽織って荷物を引っ掴み、ぼたぼたと水滴をタイル床にこぼしながら近くの柱の陰に隠れると同時に、かけておいたはずの鍵を外からガチャリと開けて冒険者の一行が中に入ってきた。
 まず警戒しながら入ってきたのは、身長6フィートほどの黒髪の騎士。
 盾は持たず、両手に持った刀を構えたまま軽装ゆえの身軽さで室内に飛び込んでくる。
 その鎧の中心には何処かの紋章が象嵌されていたが、サビエリには理解出来ない。

「……大丈夫だ、ピピン、頼む」
「はいよー!」

 軽快な返事と共に室内に入ってきたのは、身長4.5フィート程のハーフリングの男。
 明るい茶髪が鳥の巣のようにモジャモジャとパーマがかかり、素早い手並みで周囲の罠を調べている。

「うーん、大丈夫みたい。みんな入ってよ」
「分かりました」
「うむ」

 更に二人。
 一人は輝く美貌の金髪をした魔道士。上等な魔道士のローブとその洗練された立ち居振る舞いを見て、サビエリはこの美女が宮廷人だと看破する。
 そしてもう一人は真っ白の顎髭を垂らした神官戦士。フード付きのチェインメイルの上から胸部鎧と神官用のサーコートを羽織り、左手にカイトシールド、右手にモーニングスターを握っている。
 騎士、盗賊、魔道士、神官。
 バランスのとれた腕利きの冒険者である。
 翻ってこちらといえば、全裸にマントを羽織った変態フォームである。
 見つかったら、いろいろな意味でただでは済まない。

「うお……これまさか温泉か!?」

 黒髪の騎士が嬉々とした様子で彼女がさっきまで使っていた湯船の縁に両手をついて覗き込んでいる。
 自分が使った湯を異性にまじまじと見つめられるという初めての経験に、サビエリは何とも言えない気恥ずかしさに身をよじる。
 やめて! まじまじと見ないで!

「うーん、そうみたい、なんだか凄くいい香りがするね」

 そう言ってハーフリングが同じように湯船を覗くと、その後ろから魔道士が身を乗り出す。

「あ……この香り、宮廷でも使っていたハーブの入浴剤を思い出します」
「おお、そうだそうだ、どっかで嗅いだ覚えがあると思った。そうそう、これだよこれ、この薬草袋を……」

 そう言って騎士が彼女お手製の薬草袋をお湯から引き上げると、一瞬にして四人の顔が引き締まる。

「……使って、たんだけど。こんなところで……?」
「……誰が、入浴してたんでしょうか……?」
「ふむ、どうやら先客がいるらしいな」

 そう言って、神官戦士の老人が見覚えの有り過ぎる剣帯と胸甲、そして外した状態だと変わった形の革ベルトの束にしか見えない革鎧を持ち上げて見せる。
 そこで漸くサビエリは、自分が引っ掴んで来たのが食料袋とキャンプ用品の入った袋だけだということに気がついた。幾ら何でもたるみ過ぎである、サビエリは己の馬鹿さかげんに悪態を付いた。
 一方冒険者たちは警戒態勢に入っている。
 ヒソヒソと囁く声が彼女の耳に入る。

「まさか、こんなところで暮らしてんのか?」

 騎士が眉根をひそめる。

「ハイウェイマンのたぐいでしょうか?」

 魔道士が杖を構えてささやく。

「それこそまさかだよ。こんな深いところで、普通の人間は暮らせない。ソロの冒険者って線も、まず無いよ。こんな軽装で潜れるもんか」

 ハーフリングがキョロキョロと周囲を警戒する。

「……そう、普通の、人間、ならばな」

 最後に重々しくつぶやいた老神官の言葉に、全員の顔に何かを悟ったような色がよぎる。

「まさか、噂だろ?」

 騎士が、そうは言いつつも警戒のレベルを上げていく。
 隣の盗賊も鋭い目付きで周囲の床を調べ始めた、不味い、彼女の濡れた足あとがそのままだ。このままでは遠からず見つかるだろう。

「最下層の悪魔……噂ではなかったかもしれませんわ」
「チッ……厄介な」

 どうしようどうしようどうしよう!
 凶眼のサビエリ、実はこういった唐突な不意打ちのプレッシャーに弱かった。
 そんな時、盗賊の「あった」という言葉に心臓が口から飛び出そうになる。

「足あとがあるよ。湯船から飛び出して、そのまま――」

 全員の視線が、彼女の隠れた石柱に突き刺さっているのが分かる。
 その後ろで、サビエリは緊張で体中を真っ赤にしながら三角座りをしていた。

(ややややややばいやばいどどどどどどうしっどどどうしたららららあわわわわはわわ!)

 思考が千々に乱れて纏まらない。
 完全に沸騰した頭で、サビエリはじっと息を潜めた、どうか、早くどっかいってください!
 おいおい、冒険者に来いと言ってただろう、ともし彼女の思考を覗ける者がいれば思わず突っ込んでしまうようなことを必死に願っていた。
 ギャンブラーも思わず呆れの溜息をつくであろう体たらく。

「……おい、そこに誰かいるか」
「だ、誰もいませんよ!」

 緊張で裏返った声に、室内を何とも言えない沈黙が満たした。
 サビエリは自分が緊張のあまりしでかした行為に身悶えている。
 どうしようどうしよう、と柱の後ろでグルグルと回っていると、若干気の抜けた声で再度騎士が声をかけた。

「あー、何だ、その、俺達は怪しいもんじゃない、そっちに敵意がないなら出てきてくれないか」
「う、うぅう……」

 マントの前を確りと合わせて、フードを目深にかぶったままゆっくりと半身だけを柱から出す。

「か、かか、か、返してください、そ、そそ、それは私の、で、でしゅ」

 噛んだ。
 冒険者達からみるみる敵意とやる気が引いていくのが分かる。
 何処か彼女の冷静な部分が、「あ、もうダメだ、切腹しよう」と「グナイゼ属の誇り終了のお知らせ」を高らかに叫んでいた。
 恥ずかしすぎる。
 サビエリは思わず上腕二肢で顔を覆って俯いた。

「え、あーその、えーと――」
「リュージ様、ここは妾にお任せ下さい」
「……頼む、シア。こんな時なんて言ったらいいか分からん」

 刀をだらりと下げて構えを解いた騎士の横を進み出て、魔道士の美女がこちらに歩み寄ってくる。

「こんにちは、妾の名はシアと申します、突然の来訪をお詫びいたしますわ。もしや貴女はここに住んでおられるので?」
「う、うぅ、い、いや、ち、ちが、そ、そそそその」

 全く舌が回らない。
 安心させようと、したのだろう、シアと名乗る魔道士が更に一歩踏み出す。
 その瞬間、彼女の戦士としての機能が叱咤の声を出した。
 このボケナスが、なんてザマだ!
 この「距離」は知っている! 行け!

「ッ――!」
「あっ!」

 条件反射の速度でマントを翻して跳躍する。
 上腕二肢で魔道士の杖を弾き飛ばし、その口を抑える。
 下腕二肢は魔道士が身動きできないように抱きすくめた。

「うううぅううう、うごくにゃぁ!」

 また噛んだ、死にたい。

「シア!!」
「畜生、やっぱ魔物だ!」
「姫様! おのれ!」

 一斉に獲物を構える冒険者たち、だが人質のせいで身動きは取れない。
 そしてサビエリは咄嗟の判断にしては上手くやったものの、この体勢はどういう事だと茹だった頭で憤っていた。
 普通、人質にとるときには相手に向けて抑えつけるだろうが!
 なんで正面から抱きすくめてるの? 馬鹿なの死ぬの? 

(かかか、かおがちかいちかい、ちょ、ちょちょ、いいい、いきが、ややややばいししししんぞうがばくばくいっててててて、ここ、これ間違いなくききききこえてる!)

 事実、まるで小動物のような速度で早鐘を打つ彼女の鼓動に、抱きすくめられたシアは困惑の表情である。

「はははは、はやく、そそ、その鎧をこっちに放りなさい! はやく! はやく! ここここ、こいつを殺すわよ、マママママジで殺すから、ぐぐぐぐずぐずしないで!」

 そう言って、魔道士の首もとに突きつけられたのは、どう見ても食事用のスプーン。
 フォークでもナイフでもない、スプーンである。
 冒険者達の間に「どういうことなの」という空気が漂う。
 ピピンなど「テンパリすぎだろ……」と思わず呟いた。
 だが、相手は四本腕に四つ目の化け物である。
 もしかしたらスプーンで人間を殺せるくらいの力は持っているのかも知れない。そう思ったのか、騎士は両手をこちらに見せるようにして「分かった、彼女と交換だ」と言い放つ。
 と、その時。

「貴女……」

 耳元で、鈴を転がすような囁き。
 ゾクリと背筋を何かが這い回るような感覚。
 いつの間にか、シアのほっそりとした両手が彼女の背中の素肌を撫で摩っていた。

「ななななんあんああな、なににに、なにをししし、して!?」
「凄く……きれいな肌をしていらっしゃるのね……それに、引き締まった…戦士の身体つき…」
「ちょちょちょちょ、ちょっとととと、ななんななななにを!?」
「ふふ……可愛い」

 桜色の唇が彼女の首筋にキスをする。

「くぁsうぇdrftgyふじこlp;@!!???!!?」

 ぐぎゃあぁあ、とまるで断末魔のような悲鳴を上げて魔道士を引き離そうとするも、信じられない力で逆に抱きすくめられる。
 馬鹿な! グナイゼ属と力勝負で勝つなんて! ありえない!
 実際は無意識のうちに彼女が手加減しているせいだったが、混乱の境地に達した彼女には理解不能の恐怖である。

「ひ、ひぃぃぃ! あっちいけよぉぉ!」
「あら、お待ちになって、妾久しぶりに燃えてきましたわ。これからご一緒にお茶でもいかが? そのあとは妾のベッドの上で親睦を深めましょう」
「いやあぁぁぁぁ! はなしてぇ! 深めたくないッ! 全くこれっぽっちも深めたくないから! お願いだから私を放っておいて!」
「ふふふ……可愛い、ああ……ごめんなさい」
「な、なに?」
「濡れてきたわ」
「タスケテーー!! 襲われる! 犯される!」
「あらあら、人聞きの悪い。でも安心なさって、最初はみんなそう言うけれど、最後には自分からおねだりしてくるわ」
「本物だ! 畜生! ごめんなさい! 人界なんかにやってきてごめんなさい! 謝るからもう帰るから!」
「ふふ、うふふふ、ふふふふ……」
「もうやだこの領界! 帰る! 影界に帰る!」

 やめろ離せ、助けて、あらあら可愛い、敏感なのね。
 恐ろしいダンジョンの最下層で、腕利き魔道士と影界の悪魔の会話とも思えぬ会話が水場に反響する。
 涙目で助けを求める悪魔に縋り付かれて、騎士リュージは深く深くため息を付いた。

「どうしてこうなった……」
「姫様……おいたわしや……あの時の戦場の狂気にあてられて……うう!」
「いや、俺があった時からこんなんだったんだけど、この変態姫様」
「わ、この薬湯美味しい。悪魔の出汁が取れてるや。高く売れそうだね」
「の、飲むなぁああ! ひゃん!」
「あら、性感帯発見」
「うわぁぁぁあぁん!」

 仕舞いには号泣し始めた悪魔を、何故か一番の敵のはずの神官戦士が慰めていた。

「う、うう……」
「……」
「帰る……影界に帰る……うぅ……もう嫌だ……」
「リュージ、彼女はそう言っているが?」
「……なんか弱い物いじめしてる気がしてきたし、見なかったことにして帰ろうぜ」

 可哀想な生き物を見る顔でそう彼が言うと、先程まで彼に叱られていたシアが身を乗り出す。

「あら、それはダメよ。リュージ様、影界に魔道を繋ぐのは、人界の魔道士しかできないのです。生界と死界の領界神が太古に作った障壁が、影界の悪魔が魔道を通ろうとすると遮断してしまうのですわ」
「つまり、この姉ちゃんは人間に協力してもらわないと駄目ってわけだ、ズズズ……あ、やっぱり美味しい」
「ええ、でも影界に魔道を繋ごうなんて命知らずは、今の世の中で探そうと思うなら、砂漠から一粒の砂金を見つけ出すようなものですわね」

 その会話を呆然とした様子で聞きながら、凶眼のサビエリはぺたりとタイル床に座り込んでガックリと肩を落とした。
 本来の計画通りにレーズスフェントが通った魔道を見つけられていれば、魔道士の助けなしに帰れたのだ。が、全てはあのブラッドメイジのせいで御破算である。
 その痛々しい様子に、シュージは二度と故郷に帰れぬと宣告された己の昔を思い出したのか、片膝をついて優しくサビエリの背中をそっと撫でた。

「故郷に帰れないって言うのは、やっぱりきっついよなぁ。でもさ、こっちの世界にもいい所はいっぱいあるんだぜ。だからさ、とりあえず前を見て歩いてみたらいいんじゃないかな」
「…………それはもしかして私を慰めているのかしら、人間?」
「そうさ。ま、とりあえず生きてるんだ、これからのことは後で考えたらいいさ」

 そう言って、黒髪の青年はニカッと太陽のような笑みを浮かべた。
 暫し呆然とその笑顔を眺めた後、サビエリは疲労の果てに浮かぶような自棄っぱちの笑みを浮かべた。

「暫く、世話になるわ。人間」
「ああ、ようこそ、この素晴らしくクソッタレな世界へ」

 これが、《凶眼》と呼ばれた悪魔と《勇者》と呼ばれた青年の出会いであった……。



























――――――――――――――――
武田竜司
・正統派熱血主人公。最終的に魔王とか倒したりするような人材。
 一応は帝国魔法騎士隊に籍を置いているが、名誉職のような扱い。
 今日も世界のあちこちをフラフラ。
 騎士にして炎熱界の魔道士。凄腕。

シアルフィ・ヴィ・ランテマリオン
・帝国のお姫様。周りがドン引きするような変態性癖の持ち主。両刀使い。
 戦場の空気に興奮して濡れる。とんだド変態姫。
 竜司に惚れているが、自分の性格が性格なので浮気に凄く寛大。むしろ混ぜろ。
 幻獣界の魔道士。触手とか触手とか触手とかを召喚しては戦闘とは全く関係ない用途に使う。

ピピン・セヴァック
・小さい人(ハーフリング)の盗賊。快楽主義者で楽観主義者。楽しければ何でもいい。
 どんな時でも笑顔を絶やさないムードメーカー。小粋な冗句と小話がいくらでも湧いて出る。
 パーティの財布を握り、いつの間にか何倍にも増やしては「企業秘密です」と笑っている。
 《Negotiator/交渉人》 である。何気に一番活躍する縁の下の力持ち。

ヴァーグナー・ドルッツェ
・変態姫のお守り役兼教育係。姫が幼い頃から厳しくしつけていたが、彼に見せる裏側で順調に育っていた変態性癖を全く見抜けなかった可哀想な人。
 生界の神官戦士。癒しの魔法で味方を助け、時にはその身を盾にする。
 最近、姫が自分の性癖を全く隠す気がなくなってきたことに頭を痛めている。

サビエリ
・剣の腕だけを見るなら、竜司に圧勝する腕前。ただ、安心と安全の豆腐メンタル。
 不意打ちにこれでもかというほど弱い。
 身体能力も人類と比べものにならないほど高いが、一度心が「ぽきん」となると立ち直るのに時間がかかる。
 ポンコツ状態になった彼女にはシアが腕力で勝てるほど戦闘力が低下する。








第二部? プロットもろくに出来てないよ! しばらく短篇集とか日常編で我慢してね!


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