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No.26123の一覧
[0] 戦トロルと三つ目の悪魔[Genitivi](2011/04/11 01:06)
[1] 2[Genitivi](2011/02/24 23:11)
[2] 3[Genitivi](2011/03/17 00:04)
[3] 4[Genitivi](2011/03/17 00:03)
[4] 5[Genitivi](2011/03/21 22:09)
[5] 6【第一部完】[Genitivi](2011/03/29 00:50)
[6] 予告&あとがき[Genitivi](2011/04/01 00:14)
[7] 【短編】十年越しの花見酒[Genitivi](2011/04/11 00:35)
[8] 【短編】心が折れる音[Genitivi](2011/04/25 00:46)
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[26123] 5
Name: Genitivi◆c32eea94 ID:95ec37dc 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/03/21 22:09
「で、そこでこの俺が言ってやったわけだ、俺こそはゲラン・グロカーシュ、俺の首をとって名を上げたい命知らず共は、掛かってこい!ってな」

 そう言ってゲランがよく通る胴間声で笑いながら語ると、チキンソテーを噛みちぎりながらフィリップが身を乗り出す。

「で、かかってきやがったわけか、その「勇者様」は?」
「おうとも。事前に嫌ってほど情報を流してやったからな、俺達グリデン同盟を纏めてんのはウランフ氏族の筆頭参謀だってな。実際、グリデンの中核戦力をなしていたのは俺達トロル同盟傭兵団だったわけだ。奴らが目的をスマートに達成する方法はそれだけだった。男爵の軍は俺達に粉砕されて、後退していた同盟軍は俺達と合流しつつある。帝国軍はこんな小競り合いで大きな損害を出すわけにも行かないが、なんせこっちには俺達がいた」

 そう言って視線を隣の従者に向けると、自前のナフキンを首から下げて優雅にナイフとフォークを操る三つ目の悪魔は、特大のハンバーグを小さく切り分けて口に運びながら肩を竦めた。

「当初、グリデン国王はトロル傭兵団の助力が得られるとは思ってもいませんでした。北部からの圧力を増すシュティルゲン盗賊男爵と、その背後から糸を引くインペリウムにいち早く気がついたグリデン王は、自らの領地と領民を守ろうと鬼気迫る勢いで四方八方に救援の急使を送りました。その候補先の一つに一番近くのトロル傭兵団の郷であるウランフ氏族があったのですが、当然ながら族長ベリバランは一考に価するとも思いませんでした。その考えを改めさせたのがご主人様です」
「俺はそれを聞いた瞬間に思ったね、こいつはチャンスだ!ってな。俺達トロル傭兵団は確かに強い、一騎等百は確実にある。だけどな、いかんせん俺達のオツムがよく働くのは戦の時だけだ……俺以外は特にな。其れ以外の時……そうさな、日常生活での商取引なんかは苦手だったよ、俺以外はな」
「ウランフ氏族に出入りしていた商人の何人かがご主人様に不正を見破られて首を引っこ抜かれてからは、殆どなくなりましたが、最初は酷いものでしたよ」
「ああ、アレはなかなか痛快だったな!」

 ガハハ、と愉快げに笑って黒ビールを飲み干すと、陽気な戦トロルは空のジョッキを突きあげて「おい、もういっぱい追加!」と注文した。

「で、だ。なんで俺がこれをチャンスだと思ったかだがな、まあアレだ、近所付き合いも大切にって奴だ。何にせよ、一番近くの国にパイプを作っておくって言うのは悪いことじゃない。買い付けなんかも新しいルートができるからな」
「そして、ご主人様と私が骨卜師を説得し、その後に私たち三人が族長を説得しました。最初は渋っていた族長でしたが、ご主人様が他のトロル三氏族……つまり「レッドアックス」「オックスボウ」「シャープランス」を説得してこの依頼に参加させるという条件の下に承諾を得ました」
「説得は、まあそう大仕事じゃなかった。なにせどいつもこいつも血の気が多いのが集まっていたし――――圧倒的劣勢の小国グリデンに攻め入る大軍! そしてその背後から後詰として迫り来るインペリウムレギオン! 最早グリデンの命運は風前の灯……という所に颯爽と横合いから突撃するトロル傭兵団! 壊乱する敵軍と、戦線を押し上げるグリデン同盟軍! そして、後詰から救援に駆けつけるインペリウムレギオンとの正面決戦!!……………………というシナリオを語って聞かせたら俄然乗り気になった。まあ、それだけじゃあ決定打にならないから、俺の秘薬の知識と医療の知識を分けると言って最後の一押しにしたがな」
「……本当に、惜しげもなく教えましたよね」

 そう言って、額の目も合わせてじっとりと恨みがましい目でレーゼは彼の方を見た。
 見られた方は鼻で笑って蕎麦粉のクレープをむしゃむしゃと齧る。

「お前が無償で教えるなと子供の時からガミガミ言うから、あんな遅くになったんだぞ。本当ならもっと早くに広めたかったんだ。まあ、それはもういい。それでさっきの大合戦につながるわけだが、その前にあの同盟軍の歓待ぶりの凄かったの何の。へへ、俺なんてめちゃ美人の王女様にキスされちまった」

 そう言ってやに下がるゲランをレーゼは冷ややかに睨みつけながら、八つ当たり気味に鉄板皿に残ったハンバーグをかっ込むと、たまたま通りすがった胸の大きい金髪のウェイトレスに空の皿をずいとさし出して「同じモノを」と怒りの篭った声色で注文した。
 フィリップは冷え冷えとした怒りの気配に首をすくめながら、笑顔で注文を受け取るウェイトレスに尊敬の念に近いものを抱いた。
 プロ根性此処に極まれり。
 以前の自分ならいざしらず、彼女の凶悪な姿を目の当たりにした今となっては尻尾を巻いて逃げ出したい気分だった。

「ええ、そうでしたね。とっても、素晴らしい歓迎で、ご主人様もご満悦でした」
「何だ、悪いか、人間からああいう扱いをされたのは久しぶりだったんだよ。他の同胞も初めてだってヤツのほうが多かったから、うん、まあ、俺の狙い通りだった」

 そう言ってニヤリと笑ったゲランが山盛りの唐揚げをもりもりと減らしていくのを見ながら、正面に座るフィリップはフライドポテトをケチャップで合えながらなるほどと首肯する。

「疎まれながら大金でこき使われるのと、大歓迎されながら少ない金で働くか……まあ、人によるだろうが士気の上がり方は違うだろうなぁ」
「俺達が契約金を絶対に値引きしないって言うのはな、別に種族全体が守銭奴の集まりってわけじゃない。単に自分の腕に絶対の自信を持っているプロの集団は、己の腕を安売りしないってことだ。だけど、あの時ばかりは族長を説き伏せて契約金の後払いを呑ませたかいはあったな。
 秘密裏に同盟に加わった俺達は、同盟側からあらゆる援助を受けて、主戦場の東にある小高い山裾の森に夢幻界の魔道士一個中隊を混じえて隠れた。魔道士達は総勢1000人のトロル傭兵団を完全に隠し切った。気配も、臭いも、何もかもな。そうして、山裾から見える平原で始まった合戦をよそに、俺達は最高のタイミングをまんじりとせずに待った。
 ……そして、とうとうその時がやって来た。同盟の前線を構成する重装歩兵がジリジリと下がり、それにともなって後衛の部隊が逃亡し始めた……ように敵には見えただろう。後詰のトヴィールッツ将軍は罠だと気づいてたみたいだが、伝令は間に合わず、功を焦った男爵は全軍突撃の指示を出した。
 戦場を迂回したランス騎兵隊の突撃は前線で必死の防衛戦をしていた重装歩兵隊の横腹を突いた。
 普通ならばここで彼らは壊乱するだろう。男爵もそう思っただろうし、騎兵隊の指揮官もそう思っただろう。だが、そうは問屋が卸さない。
 突撃した騎兵隊の指揮官は我が目を疑っただろう、正面を向いていたはずの横隊の一部はいつの間にか彼らの方を向いて、不退転の決意を持って斜めに傾いだパイクの群れが突撃を迎え撃ったんだからな。
 突撃に呑まれず、足を止めて決死の任務に命を賭けた重装歩兵。……そんな奴らのほとんどが、元は市民兵だってんだ、信じられるか?
 騎兵が乱戦に飲み込まれて失策を悟った男爵が次の指示を出そうとしたその時、戦場に岩喰い鬼の角笛が高らかに三度響き渡った。
 「トロル傭兵団、突撃(チャージ)!!突撃(チャージ)!!」
 焦らしに焦らされた千人の戦鬼の軍団は、退くも進むも行かなくなったランス騎兵隊を背後から粉砕した! たぶん、突撃して殲滅するまで5分もなかった。
 ああ、あの時の奴らの慌てぶりと味方の歓声を今でも思い出せる。戦場に《赤き戦斧》《鋭き槍》《闘牛の弓》そして《八本牙》の戦旗が翻った瞬間、男爵軍の軍勢は恐慌状態に陥った。へっ、まあ、そりゃそうか、俺達ときたらまるでフサンの婆さんが糞を垂れるくらい速く戦場を横切って横撃したからな。気づいた時には、もう遅い」
「かぁー! スゲェなぁ、俺もその場で観たかった!」
「どっちだ? 超絶美人の王女様か? それとも俺達が奴らの軍勢を横腹からズタボロにするところか?」
「どっちも」
「そりゃあそうだ」

 陽気な笑い声を上げて、赤ら顔の戦トロルはまたしてもジョッキをカラにして「おーい、樽ごと持って来い!」と注文を叫ぶ。

「あれ、ちょっと待てよ。さっき秘密裏に同盟に加わったって言ったか? でも、それだと情報を流したっていうのと食い違わないか」

 そう言ってフィリップが首を傾げると、小型の樽ごとテーブルに置かれたビールをジョッキについで、ゲランはしたり顔で頷いて見せる。

「ああ、流す経路が違うんだ。男爵軍には極限まで隠密で事を運んだが、帝国軍のスパイ共にはこれでもかってほど教えてやった。結果、トヴィールッツ将軍のもとには俺達トロル傭兵団がぞろぞろと入城したって言う危険極まりない情報がじゃんじゃん入って来るって言うのに、男爵の手元には欠片も入ってこない。将軍は警告するだろう、だが男爵はいくら調べたってそんな情報は手に入らない。
 ここで、男爵と帝国の間に横たわる政治・軍事的緊張感が落とし穴となるわけだ。男爵は帝国の力は借りたいが、その属領になるのは何とかして回避したい。そのためには今回の侵攻戦を帝国の力を借りることなくやり遂げないといけない。ところが、帝国側は南部への足がかりのために男爵領を橋頭堡にしたがっている。帝国はもしこの戦いで男爵が無様を示せば、圧力を加えて男爵の首をちょんぎって違う首を挿げ替える気満々ときた。
 さて、これらの背景を下にして、この情報量の差と将軍の忠告を聞いた男爵はどう考える?」

 その問いに、レモン水を飲み干したレーゼが答えた。

「疑心暗鬼に陥った男爵は将軍からの情報を「最初から自分達が戦列に加わって戦訓を横取りするための偽報」であると断じました。将軍は恐らく精鋭の魔法騎士隊だけでもいざという時のために男爵軍後衛に配すように助言をしたのでしょうが、己の権勢を犯されかけていると信じきっている男爵の耳には将軍の助言も忠告も己を陥れるための甘言にしか聞こえなかったでしょう。
 男爵は後詰の位置をほとんど後詰として意味のないような後方に配置し、余計な手出しをさせないようにしました。その配置は「帝国の援護を得た男爵軍」というよりも「男爵軍と帝国軍」というものであり、つまり戦場においては最も避けねばならない戦力の無意味な分散を招いたのです。
 そして、ご主人様と私たちは参謀たちは、そんな隙をみすみす見逃すほど馬鹿ではない。総数に於いて劣る我軍は、こういった状況に於いて常套手段である、敵軍の分散と各個撃破という作戦に戦闘前から成功していました」
「うわぁ……えげつねぇ」
「がはははは! 戦争って言うのはそういうものだ! 戦場で決まるのは全体の三分の一だけだ。他は戦の前と後にどうするかにかかっている。そして、焦りで眼の曇った男爵にはそれが疎かになった」

 そう言ってゲランがジョッキを呷るとちょうど、「特大ハンバーグお待たせしましたぁ」という甘ったるい声と共にさっきのウェイトレスがじゅうじゅうと湯気を立てる鉄板皿をレーゼの前に置くと、線の細い外観に似合わず肉っ気の多い食事が好物の彼女は、微かに口元をほころばせながらチップの大銀貨をウェイトレスのポケットに無造作に突っ込んでナイフとフォークを手にとった。

「ご主人様、このハンバーグ美味しいですよ。今度ウチでも作りますね」
「おお、お前がそこまで言うのは珍しい。そんなに美味いか? どれ一口くれ」

 そう言ってゲランは自分のナイフでハンバーグの三分の一ほどをバッサリと切って、そのままがぶりと一息で口の中に放り込んだ。

「全然一口じゃないですよ!」
「おお、たしかに美味い! レシピ分かるか?」
「聞いてませんね…………はあ、大体は分かります。何回か食べて覚えないと隠し味が……」
「よしよし、レパートリーが一つ増えるな。また肉料理ってのがちょっとアレだが、うむ、まあたしかに美味い。ただ、さすがに次は魚料理にしてくれ」
「川魚でよろしいですか」
「おう、おう、そうだ、芋酒と芋膾がいいな」
「鯛も鱸も手に入りませんから、川鯵でも?」
「アジか! ううむ、いいぞ、米を買わないと」

 食い気談義にホクホク顔のゲランと、穏やかな微笑を浮かべながらそれに応じるレーゼをよそに、話を中断された形のフィリップはそわそわとして続きを待った。

「なあ、それで、例の魔法騎士隊にいた「勇者様」御一行との血闘はどうなったんだよ」
「おう、そうだったそうだった! それでな……」

 続きを話そうとしたゲランの視線が不意に他所へ逸れると、ある一点を見て目を瞬かせた。
 「こいつは珍しいな」と小さく呟くと、ゲランはフィリップの方に視線を戻して申し訳なさそうに肩を竦めてみせる。

「悪いな、話は今度だ。仲間が来た。おおい! こっちだ」

 そう言って手を振ると、塗笠を小脇に構えたまま滑るような足運びでロクシーがやって来る。
 まるで幻の如き美貌の剣士を目の当たりに、フィリップはぽかんと口を開いて彼女を見ていた。
 何やらやつれた様子のロクシーは空いていた椅子に座ると、やれやれとため息を付いてから、丁度よく料理を持ってきた胸の大きい金髪のウェイトレスに声をかける。

「ああ、ちょいとよござんすか」
「はぁい、ご注文お聞きしまぁす」
「ええと、あさりの酒蒸しとホタテのバター焼き、それからゲソの唐揚げ、あと秋水横一文字を燗で一合」
「はぁい、少々お待ちくださぁい」

 注文を伝票にサラサラと書き付けると、ウェイトレスは大きな胸とお尻を揺らしながら厨房に戻っていった。
 そのゆらゆらと揺れる腰つきをゲランとフィリップはじっくりと鑑賞し、互いに頷きあう。

「……うむ、イイ」
「ああ、グッと来る」
「はあ、まあたしかに男好きのする身体つきでござんすねぇ。しかもありゃあ骨格が随分細っこい、ああいう女の肌は、こう、まるで吸盤みてぇに肌に吸い付いてくるもんでござんす」
「ほう、味わったことがあるのか、ロクシー」
「あの女じゃござんせんが、まあ、昔ね、帝都に住んでた頃にああいうのと何度かね」

 そう言って、半霊半魔の剣士は正面に座るフィリップの目の前に置かれていたほうれん草のグラタンを皿ごと取ると、ゲランの皿に突き刺されたまま放置されていたスプーンを拝借してモリモリとかっこみ始めた。
 眉目秀麗な幽玄剣士が作法も何もなく酒場の料理を貪るさまは、なんとも言えない違和感と居心地の悪さを感じる光景であったが、そんなモノおかまいなしといった風情で彼女はグラタンをさも美味そうに平らげた。

「ふぅ、いやいや、人心地ついた」
「欠食児童かお前は。最近は大家さんに飯も頼んどらんし、金がないのは首がないのと同じとは言うが、お前の場合首がなくったって生きて行けるだろうから難しいな……いやいや、それはどうでもいい。で、珍しく正装じゃないか、仕事帰りか」
「ええ、まあ」

 そう言って、ロクシーは言葉を濁す。

「ふうん、じゃあ今日の支払いはテメェで出来るんだな? そういやここのツケはどれだけたまってたか」
「あ、イタタ、ちょいと兄さん、そいつはいけずってもんじゃごぜぇませんか。兄さんこそ、こんな酒宴を開いているからには、今日はどっと稼いだに決まってるでしょう。あっし一人の飲み食いくらい、訳もねぇ額でござんしょう」
「おお、たっぷり稼いだとも。だがな、ロクシー、俺はこれから方針を変えることにした。お前は甘やかすとどんどん駄目な奴になっていくから、ここいらで一つ突き放さないと…………と、レーゼが言ってたんでそうする」
「な、なんだって」

 そう魂消てロクシーが青ざめた顔を隣のレーゼに向けると、アセイル属の悪魔は本気の怒りを込めた笑顔をして見せる。
 ぶるりと背筋に走る危険信号に、とっさに逃走しようとしたが、自分の手の中にはすでに空にしてしまったグラタン皿がある。最早、逃げ場なし。
 がっくりと項垂れたロクシーは、懐から紙入れを取り出すと、中に仕舞ってあるなけなしの硬貨を一枚一枚数えた。

「ううう、ちょいと、そこの新顔の坊や、ちょいと金を貸しておくんなし」
「は? いや、別にいいけど――」
「駄目です」

 ピシャリと遮るレーゼの声。
 その剣幕に首をすくめるフィリップ。
 途端にロクシーの顔が絶望に染まる。

「そ、そんな、このグラタンとさっきの注文で足が出ちまうよ」
「おい! なんでそんなカツカツなんだ! こないだ俺の貸した金はどうしたっ」
「ああ、そいつは闇鴉の砥ぎ賃と服代に消えちまった」
「服だぁ? お前が着流しと羽織袴以外を着ているところなんて見たことないぞ」
「おや、絹襦袢姿もご覧になったでござんしょう」

 レーゼが椅子を蹴倒して立ち上がる。

「ま、まてレーゼ! 落ち着け!」
「私はこれ以上なく落ち着いています――ええ、問題ありませんとも。ご主人様の交友関係に、従者如きが、口出しなど、しませんとも。なんの、問題も、有りません……ッ」

 極太のボルトで床に打ち付けられたテーブルがみしみしと軋み音を立てている。
 第三の目は危険なほどに魔力を滾らせて赤く光っていた。
 冷や汗を流しながら必死にそれを落ち着かせようとするゲランの横で、そもそもの発端を作ったロクシーはニヤニヤと笑いながらゲランのジョッキを拝借してグビリと喉を鳴らした。

「や、兄さん、古女房は大事にしねぇといけねぇよ」
「ばか、俺はレーゼを蔑ろにしたことなんて一度だってない」

 きっぱりと言い切ったその言葉に隠しもしない真実の臭いを感じ取ったのか、途端に怒りの萎えたレーゼは溜息を一つついて椅子に座ると、じろりとロクシーを睨んだ。

「で、仕事に行ったはずなのにどうして素寒貧なんです。もうどこかで使ってしまったんですか」
「いやぁ、確かに仕事にはいった、いったが……うむ、成功したとは一言も……」
「はぁ……」

 大きな溜息と共に肩を落とすレーゼの向かいで、ジョッキにビールを継ぎながらゲランが爆笑する。

「なんだ、またプー太郎に逆戻りか! よしよし、なら久しぶりにパーティを組むか、ええ?」
「はぁ……そりゃあ構いませんがねぇ、前みてぇに無茶苦茶は御免被るんで、お忘れにならんでくだせぇよ」
「無茶苦茶ってのはどいつのことだ?」
「本気で言ってやがるんで」
「どれの事だかわからん」
「畜生ッ、だから兄さんと組むのは嫌だってんだ! カタコンベの最深部にたった四人でカチコミするなんざ正気の沙汰じゃねぇ! 頼むからもうあんな無茶はゴメンでござんす!」
「ああ、ありゃあさすがの俺も肝が冷えたな。ガハハハ!」

 肝が冷えたのはこっちだ、とブツブツこぼしながら、ロクシーは運ばれてきた燗酒を御猪口に注ぐとぐいぐい流し込み始める。
 一緒に運ばれてきた肴に舌鼓を打つと、もとより透き通りそうな肌は酒気を帯びてあっという間に桜色に染まり始めた。

「ああ、そうそう、もうすぐもう一人やってくるんで、そっちの呑み代は持ってやってくだせぇよ」
「あん? 誰だ」
「っと、噂をすれば影って奴で。おうい、こっちこっち」

 そう言ってロクシーが手を振る。
 他の三人が一つ目巨人亭の入り口を振り返ると、そこにはララク初等学校の紺色をした指定コートを着て、同色のベレー帽を被った一人の少女が、さも手持ち無沙汰といった体できょろきょろと辺りを見渡していた。
 身長は4フィートもないだろう。ベレー帽から溢れる蜂蜜色の髪は緩やかに波打ちながら彼女の腰元まで伸びている。
 まるで生きたビスクドールのような少女に不埒な視線を向ける者が大勢いたが、それが招かれているテーブルを見た瞬間に光の速さで眼を逸らした。
 さもあらん。もし手を出せば、死よりも恐ろしいことになるだろう。
 少女はざわざわと騒がしい店内でようやくロクシーの呼ぶ声に気がついたのか、花が咲くような笑顔を浮かべてちょこちょこと可愛らしく小走りで店内を横切っていく。
 本来ならば忙しく立ちまわる店員とだらし無く足や武器を投げ出した冒険者によって、足の踏み場もないほど混雑する店内であったが、少女が駆ける道先はまるで定規で線を引いたかのように障害物がなくなっていく。
 顔を青くしたむくつけき大男どもがすぐさまその道を譲っているからなのだが、とうの少女はそんな事には全く気がつかない。

「はぁ……はぁ……ロクシー様、伝言ありがとうございます。おかげでむだ足をふまずにすみました」
「ああ、いいってことよ。愛しの叔父様はすぐにやってくるからよ、とりあえず、ほら、駆けつけ三杯」
「まあ、東方のお酒ですの? これ、わたくし大好きなんです」
「おお、知ってるよ、ほら、ぐっと」

 そう言って、まるで小動物のように小さな手で御猪口を持つと、少女は少し温くなり始めた熱燗をゆっくりと胃の中に流し込む。

「ふぅ……もうしわけありません、けっこう強めのお酒ですね、三杯はごかんべん下さいまし」
「いや、そもそもその年で一杯だろうと飲むのはどうかと思うがな」
「あ、ゲラン様、あいさつもせずに、もうしわけありません」
「ああ、いや、まあ、気にするな。学校は、どうだ?」
「みなさん、とても良くしていただいています」
「そうか、うむ、良かった」

 如何にも「何を喋って良いやら分からん」と顔に書いているゲランに、他四人は笑みをこぼした。
 ここに揃った大人共は、揃いもそろって擦れた人生を送ってきたものだから、こういう純粋な好意を向けられると一瞬どうしてよいやら分からないのだった。

「ところでロクシー様、おじさまはいつごろ来られるのでしょう?」
「ま、気長に待ちなせぇ。ほら、何でも好きなもん頼みなよ」
「テメェの金じゃねぇがな」
「兄さんの金でもねえでござんしょ」
「何をこいつ」
「兄さんの財布は、こういう時は古女房に握られてんじゃァごぜぇませんかね」

 むっと不機嫌な顔付きでゲランは押し黙ると、クスクスと楽しげに笑う少女と従者に挟まれて、八つ当たり気味に新しいビールの樽を注文するのであった。


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