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No.26038の一覧
[0] 東方ギャザリング (東方×MTG 転生チート オリ主)[roisin](2014/11/08 16:47)
[1] 第00話 プロローグ[roisin](2013/02/20 07:12)
[2] 第01話 大地に立つ[roisin](2012/07/01 17:54)
[3] 第02話 原作キャラと出会う[roisin](2012/07/01 18:01)
[4] 第03話 神と人の差[roisin](2012/07/01 18:05)
[5] 第04話 名前[roisin](2012/07/01 18:08)
[6] 第05話 洩矢の国で[roisin](2012/07/03 21:08)
[7] 第06話 悪魔の代価[roisin](2012/07/01 18:34)
[8] 第07話 異国の妖怪と大和の神[roisin](2012/07/01 18:39)
[9] 第08話 満身創痍[roisin](2012/07/01 18:44)
[10] 第09話 目が覚めたら[roisin](2012/07/01 18:51)
[11] 第10話 対話と悪戯とお星様[roisin](2012/07/01 18:57)
[12] 第11話 大和の日々《前編》[roisin](2012/07/01 21:35)
[13] 第12話 大和の日々《中編》[roisin](2013/01/05 19:41)
[14] 第13話 大和の日々《後編》[roisin](2012/07/01 21:37)
[15] 第14話 大和の日々《おまけ》[roisin](2012/07/01 21:37)
[16] 第15話 鬼[roisin](2013/02/20 07:27)
[17] 第16話 Hulk Flash[roisin](2013/02/20 07:27)
[18] 第17話 ぐだぐだな戦後[roisin](2012/07/01 17:49)
[19] 第18話 崇められて 強請られて[roisin](2012/07/01 17:49)
[20] 第19話 浜鍋[roisin](2012/07/08 19:48)
[21] 第20話 歩み寄る気持ち[roisin](2012/07/08 19:48)
[22] 第21話 太郎の代わりに[roisin](2012/09/23 03:40)
[23] 第22話 月の異名を持つ女性[roisin](2012/09/23 03:39)
[24] 第23話 青い人[roisin](2012/07/01 17:36)
[25] 第24話 プレインズウォーカー[roisin](2012/07/01 17:37)
[26] 第25話 手札破壊[roisin](2013/02/20 07:23)
[27] 第26話 蓬莱の国では[roisin](2012/07/01 17:38)
[28] 第27話 氷結世界に潜む者[roisin](2012/07/01 17:39)
[29] 第28話 Hexmage Depths《前編》[roisin](2013/07/24 23:03)
[30] 第29話 Hexmage Depths《中編》[roisin](2012/07/01 17:42)
[31] 第30話 Hexmage Depths《後編》[roisin](2012/07/01 17:42)
[32] 第31話 一方の大和の国[roisin](2012/10/27 18:57)
[33] 第32話 移動中《前編》[roisin](2012/09/20 20:50)
[34] 第33話 移動中《後編》[roisin](2012/09/20 20:50)
[35] 第34話 対面[roisin](2012/07/08 20:18)
[36] 第35話 高御産巣日[roisin](2013/07/25 23:16)
[37] 第36話 病室にて[roisin](2012/07/08 20:18)
[38] 第37話 玉兎[roisin](2012/07/08 20:18)
[39] 第38話 置き土産[roisin](2012/09/20 20:52)
[40] 第39話 力の使い方[roisin](2013/07/25 00:25)
[41] 第40話 飲み過ぎ&飲ませ過ぎ《前編》[roisin](2012/09/20 20:52)
[42] 第41話 飲み過ぎ&飲ませ過ぎ《後編》[roisin](2012/07/08 20:19)
[43] 第42話 地上へ[roisin](2012/09/20 20:53)
[44] 第43話 小さな小さな《表側》[roisin](2013/01/05 19:43)
[45] 第44話 小さな小さな《裏側》[roisin](2012/10/06 15:48)
[46] 第45話 砂上の楼閣[roisin](2013/11/04 23:10)
[47] 第46話 アドバイザー[roisin](2013/11/04 23:10)
[48] 第47話 悪乗り[roisin](2013/11/04 23:11)
[49] 第48話 Awakening[roisin](2013/11/04 23:12)
[50] 第49話 陥穽[roisin](2013/11/04 23:16)
[51] 第50話 沼[roisin](2014/02/23 22:00)
[83] 第51話 墨目[roisin](2014/02/23 22:01)
[84] 第52話 土地破壊[roisin](2014/02/23 22:04)
[85] 第53話 若返り[roisin](2014/01/25 13:11)
[86] 第54話 宝物神[roisin](2014/01/25 13:12)
[87] 第55話 大地創造[roisin](2014/01/25 13:12)
[88] 第56話 温泉にて《前編》[roisin](2014/02/23 22:12)
[89] 第57話 温泉にて《後編》[roisin](2014/02/23 22:17)
[90] 第58話 監視する者[roisin](2014/02/23 22:21)
[92] 第59話 仙人《前編》[roisin](2014/02/23 22:28)
[94] 第60話 仙人《後編》[roisin](2014/03/06 13:35)
[95] 第??話 覚[roisin](2014/05/24 02:25)
[97] 第24話 Bルート[roisin](2014/10/26 18:27)
[98] 第25話 Bルート[roisin](2014/10/26 18:28)
[99] 第26話 Bルート[roisin](2014/10/26 18:29)
[100] 第27話 Bルート[roisin](2014/10/26 18:29)
[102] 第28話 Bルート[roisin](2014/10/26 18:30)
[103] 第29話 Bルート[roisin](2014/12/31 18:15)
[104] 第30話 Bルート[roisin](2014/12/31 18:15)
[105] 第31話 Bルート[roisin](2014/12/31 18:16)
[106] 第32話 Bルート[roisin](2014/12/31 18:17)
[107] 第??話 スカーレット[roisin](2014/12/31 18:22)
[108] ご報告[roisin](2014/12/31 18:39)
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[26038] 第54話 宝物神
Name: roisin◆78006b0a ID:ad6b74bc 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/01/25 13:12






 いつかはこの時が来るだろうとは思っていたが、二日と空けずに出会ってしまった……こうも早いのは予想外。

 もう少し……せめて一週間とか、それくらいの時間は掛かるものかと考えていたのに。彼らの行動の早さを見習うべきなのかもしれません。



「各大聖を含む、タッキリ山の制圧は滞りなく。……と、申しますか、そも、そのタッキリ山が消え去っているのですから、魔窟が滅んだと喜ぶべきか、雄大な自然が消失してしまったと嘆くべきか、生命を尊重する面の強い私共としましては、複雑な心境ではありますなぁ」



 星と月の光は、夜であっても相手の顔の皺まで視認出来るほどに降り注いでいる。

【メムナイト】と共にダン・ダン塚の出入り口へと躍り出てみれば、そこには一人の男。やや離れたところに飛翔戦車を待機させている、宝物神クベーラが単独で佇んでいた。

 神聖をまとった鎧。右手に身の丈ほどの華燭な棍を持ち、左手にどっかで見たような宝塔を持つ姿は、何処かの神殿に祭ってあっても何ら不思議ではない姿をしていた。

 微笑みを絶やさぬ表情は、初めて出会った頃と同一の余裕を感じさせる。数刻前の、苦虫を噛み潰したような顔は見る影も無い。

 どうやら笑顔を再び装備しなおしたらしい。ちょっとやそっとじゃ外せない雰囲気がチラチラと零れているのは、こちらに対する威嚇でもしているんだろうか。良い度胸だ、受けて立とう。……マナが回復し切った時にでも(汗



「これでこの地を脅かす妖の者は居なくなり、残るは、雑多の一言で片付けられる者達ばかり。他の神々を始め、インドラ様も、“その点につきましては”大変感謝しておられる。現状彼らは事後処理に腐心しており、持ち場を離れる事は叶いませんで心苦しくはありますが、私めが代表としてお礼を申し上げると共に、九十九様のご意向に沿うよう、事を運ばさせて頂きます」



 そうして、頭を下げるどころか、腰を折って体を九十度に曲げる神の姿を見る事になる。



(その点以外は思うところ在りまくりなんですね、分かります)



 やたらそこにニュアンスを置いての発言だから、こちらに責を求める気はあるんだろうが、んなもん知ったこっちゃありません。自己防衛を主張します。例の如く、そこに過剰が付くのは避けられないだろうけど。



「ここに感謝を。我ら神々はあなた様に多大なる恩恵を授かりました。民が滅び、大地が枯渇し、空が紅に染まったとしても、私共は九十九様の武功を忘れず、語り継ぎ、恩義に報い続ける所存」



 笑顔、ではなかった。

 決して外せないだろうと思っていた仮面は、綺麗サッパリ無くなっている。

 体を起こし、至極真面目な表情を浮かべていたクベーラの目は、真剣そのもの。非難も憎しみもない、清んだ瞳であった。



「―――つきましては、我らと共に、人々の光とならん道を創ろうではありませんか。もしご快諾いただけたのであれば、東の神々にはこちらから話を通しておきましょう。無論、それ相応の対価はお渡し致します。天を裂く剣、地を割る槌、不老不死の霊薬らを始めとした、宝具や秘術の数々を」



 額面だけを見て判断すれば、強引な勧誘としか思えない。

 主神インドラ、と、クベーラは言った。

 幾らその手の知識に乏しいとはいっても、各神話の主神クラスならば、流石の俺でも記憶している。



(やっぱここ、インドだったか)



 牛魔王に次ぎ、今度は西の神話とご対面。実際には違うけれど、インドと中国の全面戦争とも思える出来事に、自分の中の神話に対するあれやこれが瓦解していく気がした。



(……あぁでも、こっちの神様が名前とか姿を変えながら、日本の方にまで伝わって来るものなんだったか)



 となると、もしかしたらこのクベさん(暫定)も、ゆくゆくは何かの神に名を変える前神なのかもしれない。

 好感は持てないが、無碍にするのも得策ではないか。

 接し方を敵対から無難に移行。少なくとも口調は丁寧なものへと定めておこう。

 日本に関わらない存在ならばどんなに楽だっただろうと、甘い思考に逃げながら、



(……あ、これ良いんじゃないか?)



 ふと思いついた……我ながら結構良い線いってそうな案に、自画自賛を贈りたくなった。

 クベーラは表情にこそ出さなかったものの、必死、の二文字すら透けて見える態度での勧誘であったのは間違いない。

 最大の問題点の一つであっただろう妖怪達の討伐は終えたらしいのに、それでも俺を誘う理由は何か。

 そりゃ、据え膳喰わねば。という線もあるだろうが、誤解中とはいえ、こちらを東の神と認識していても尚、クベさん側に引き込みたい意図とは何だろうか。

 大聖達を下し、他に侵略でも仕掛ける風もなく。もはやそこまでの力は必要無いであろう事を鑑みると、原因もおのずと絞られる。

 その自分が考えられる中で、最も正解に近いであろう答えは……マッチポンプ以外の何であるというのだろう。



「……俺に、何をさせる気ですか?」



 とはいえ、ドヤ顔でそれを尋ね、それが外れても格好が悪い。確認の意味合いを込めた疑問を口にする。

 何秒かの沈黙の後、乾き閉じてしまった口を舌で湿らせながら、クベーラは何かを諦めるような……もう誤魔化し切れない。とでも言いたげな態度で、言葉を発した。



「―――大地の、修復を」



 やり過ぎたか。そんな思考が俺の脳裏を掠める。

 一体どれくらいの規模であったのかは最後まで見ていなかったので把握してはないが、十や二十のキロメートルでは治まらないだろう範囲が失われてしまった事だけは分かる。

 これを人々が暮らす土地で行ったのであれば、人類史始まって以来の大虐殺者となるのは必須。それくらいの広さ。それくらいの威力を見せ付けたカード、【ハルマゲドン】であったのだから。



「今、インドラ様指揮の下で、我らの大半が身を粉にして再生に勤めております。……が、それでも数十年は掛かるだろうとの見通しが立ちました。しかしながら、それではあまりに気の遠くなる作業。時間を掛けるだけならまだしも、幾人かの神が見守っていなければ、修復どころか維持すらままらぬとは、九十九様のお力を垣間見るに足る事柄で御座います」



 どうやら、【ハルマゲドン】の効果は今現在も進行中なようで。

 とは言っても、カード自体の効果は既に終了している。ニュアンスから推測するに、余波のようなものだろう。

 微妙な想像だが、波打ち際で砂の城でも造っているようなもの、なのかもしれない。

 神様達は今それを懸命に修復中だが、直しても直しても波が押し寄せ破壊されてゆく……ような感じを思い浮かべる。何もせずに手を拱いていたのなら、被害は拡大する一方なのだろう。

 おまけにその手の修復作業にあたっているのが、本来別件を進めていた者達であるので、人員不足に陥ってるようであった。



「……平天めより、あなた様のお力の一端は窺っております。それを何度か……いえ。一度だけでも構いません。大地創造のお力を、何卒―――」



 神の懇願とは、そうそうあるものではないだろう。

 しかしながら、気持ちに余裕が生まれた身としては、この態度には色々と思うところがある。

 クベーラの苦渋の顔も見たし、現状はどうなってるのかは知らないが、牛魔王にも一矢報いた。リンの命を奪った睚眦は既に傀儡と化しており、ウィリクも全快に近づいている。

 やるべき事はまだ残ってはいるが、こいつへの仕返しは既に済ませている。

 よって、年上に頭を下げられる場面―――それも必死に―――とか、居心地が悪いったら、ありゃしない。

 という事で、先に思いついた案を述べる。この様子なら、断られるという事は無い筈だ。



「じゃ、リンとウィリク様と、ここに居る奴らの面倒をお願いします」



 近い内に居なくなる身としては、アフターケアが行き届かない可能性がある訳で。

 ならいっそ、その手のものは神様に叶えてもらおうじゃないの。と、神頼みをする方法を思いついた。

 レイセンの時と対応が似通ってしまうけれど、月であってもこの手法は通用した。こちらの力を知らしめた後では、効果抜群の方法であるのは疑いようも無い。

 それに、俺個人では中々に骨が折れる件であったのだが、人でも妖怪でも妖精でも無く、願いを叶える存在という面の強い、神様が相手なのだ。幾ら原作知識の無い状態だとはいえ、それなりに期待は出来るだろう。



「彼ら……。ウィリク様の民達も、ではないのですかな?」



 と、クベーラは首を傾げながら尋ねて来た。

 むむ。そういやそういう約束をしたんだったか。確かに繁栄を約束させるような事は言ったが……。



(あ~……でもなぁ……)



 しかし、今までの過程を思い返し、あれらを支援する気が全く起きない……というより、嫌悪感しか沸いてこない。

 というか、そもウィリク様が……リンが幸せになれるのなら。という目的の為の提案なのだ。

 食った飯は美味かった。酒も趣のある味だった。人々もそれなりに優しくはしてくれた。

 けれど、炎天下の公道を黙々と進むリンに対して向けられていた侮蔑の視線は、今でも脳裏に刻まれている。



(そりゃ、誰しも善悪は持っちゃいるけどさ……)



 見知らぬ相手と、見知った相手。

 どちらに比重を置くかなど、自分の利の為に妖怪達へと【ハルマゲドン】を撃ち込んだこの身であれば、今更考えを巡らせるまでもない。

 差し引き、ゼロ。積極的に手助けもしないし、進んで危害も加えない。俺の思考はそういう結論で落ち着いた。



「ええ、違います。あそこに住んでた人達には、別に何も。―――俺……私が指すのは、ここに居るダン・ダン塚の悪食ネズミ。五十万と……あれ、幾つだったか……いやそもそも参戦してない奴らも入るだろうし……。あ~、兎に角、ここに住んでる全員です」

「……なる、ほど」



 不愉快な相手が不愉快な思いをしてくれるのは好むところだが、既に【ハルマゲドン】とタッキリ山の妖怪を受け持たせた事で終わらせたと思っているこちらとしては、重々しく返された納得の言葉に不安が混じる。

 ここでNOと言われた場合、最も難題になるのは食料の確保。【禁断の果樹園】ですら何度か出現させなければ五十万匹の維持はままならなかった。

 それが、今ではそれ以上を賄わなければならない可能性が露見している。解決策の発見は早めに行っておかなければ。



「やはり―――」



 無理ですか、と。

 自ら聞きだすのも怖かったのだが、一向に二の句を紡がない神様相手に不安は募り、こちらから問い掛けを行った。



「いえ、無理ではないのです、が……」



 即否定で答えた割には、続く言葉は尻すぼみ。複雑そうな事情がある……ようなのは理解出来る口調である。



「ご存知の通り、我らは、神。正義を掲げ、善を説き、光を象徴します。……しかしながら、ここに住まう者達……彼らは妖怪寄りの存在。それに手を差し伸べる行為は、ゆくゆくは九十九様の契約を果たす事も叶わなくなりそうでして……」



 色々と省き過ぎな印象は受けるけれど、イメージ的には、警察が犯罪者に恩情を与え続けているようなもんだろうか。人々が受ける印象は、決して良いものではないだろう。

 知ったこっちゃねぇ。と一蹴するのも出来るが、それでは将来、ネズミ達への支援も滞ってしまうので宜しくない。

 ならばどうすりゃ良いのかと、それについて考えようとした途端。



「違うので御座います。そのご懸念は見当違い。……一番の問題は、我ら自身にあります」



 クベさんの察しが良いのか、俺が顔に出やすいのか。こちらの思考を読み取ったのような言葉を付け足される。

 相手神様だし、多分前者だろうと思いながら、首を傾げて言葉の続きを促した。



「関係を悟られずに施しを与える手段は幾つかありますが……それは同族……我ら神々同士には通用しません。……何と申しましょう。我らは、ネズミ達に対して快い感情を持ち合わせていないのです。その内、私を始めとした数名はそうも嫌悪感は抱いておりませんが、他の神々はそうも行かず……」

「えぇ~……」



 もっと複雑に入り組んだ事情の絡み合いの末の、言葉に窮する。かと思っていたのが、ただ単に身内の問題であると聞いて、ここの地の神様に対する印象が、元より下がっていた数値とはまた別の数値が、幾つか下がった気がする。

 何というか、こう、強力な独善者から、足の引っ張りあいをする力ある者、的な。



(……例えになっておりません、っと)



 要約能力の無い頭を振り被り、クベさんの話に耳を傾ける。

 とつとつと語る神様の暴露話……身内ネタに、変な親近感を覚え始めてしまうのは、こいつの策略か何かなんだろうか。



「―――そのせいか、最近は頭皮を覆う命達の数に心許なくなっておりまして……」

「髪の毛ですか……。あぁ、それなら今度、月で知り合った高御産巣日っていう奴が居ましてね? そいつが提案してくれたものに、確か毛生え薬が―――」



 ……ん?



「………待て! 何かズレてきてないか!?」



 はい? と小首を傾げられるが、それをしたいのはこっちだっつーの。

 ハッと何かに気づいたように慌てやがってからに。お茶目路線でも狙っているのかと尋ねてみたくなるけれど、こっちにはそこまでボケを拾う余裕も、フォローする優しさも持ち合わせていない。



「……おほんっ。そうでしたな。そのお方とはまたの機会……おほんッゲフンッ! ―――他の同族を説き伏せられるなら良し。そうでなければ、一時の繁栄だけしかお約束出来ません。……申し訳ない」

「は、はぁ……そうですか……」



 一転して真面目モードで結論を言われたのだが、それには言葉に詰まるものがある。濁すような口調での相槌が精一杯であった。

 嫌いな相手にでも、それを行動に表す事無く、誠意を以って対応して欲しい。

 イメージ的には飲食店の接客業か、お役所仕事。余程の事が無い限りは、どんなクレームにも笑顔で対応、スムーズな接客。迅速かつ適切な処理。求める結果はそのようなもの。



(よりによって、あんまり相手にしたくないものを相手にしなきゃならなくなるとは……)



 神を始め、あらゆる知的生命体の胸の内にある―――その相手の名は、感情。

 思うがまま、感じるがままに流動する存在。その者が培って来た全てが即座に反応し、示す、答え。

 力押し不可能な存在とか、ガチンコ方面以外の知識が乏しい力を扱うこちらとしては、御免被る対戦相手である。

 ただ。



「……それ、お前がやるもんなんじゃねぇの?」



 声を落とし、脅し半分、疑問半分の口調で問い掛けた。

 何も、それをこちらでやる理由は無い。本来なら、それ込みでの助力の懇願である筈なのだから。

 しかし。



「……その通り、では、あるのですが……」



 苦々しい返答から、どうやら、何も案が思いつかないらしい事は察せられる。

 怒りを覚える云々の前に、自分の口からは溜め息しか出てこない。ここで感情を爆発させても、事態は何も好転しないのだと、心の何処かで理解している為だろう。

 数刻前に、平天大聖と共謀してこちらの足止めを謀った一件を思い出し、これもその手の類なんだろうかという念が沸き起こるが、それを確かめる術は無さそうで。

 マナは無し。カード枚数も残り一枚じゃあ、今の俺には何も思い浮かばない。



(せめて1マナ……【テレパシー】でも使えりゃあなぁ)



 使えないのが現状なので……というか、この手の能力は孔明先生に難色示されてたんだった。使えたとしても十全な効果を見込むのも難しく、それを十二分に活かす術も知識も持ち合わせていないのだから、当然といえば当然か。これはさっさと選択肢から外し、他の方法を考えるべきだ。

 やはり夜の砂漠は冷える。肌寒さを凌ぐ為に、外套ごと体を抱き込むように羽織り直し、はぁと一息。満天の星空を見上げ、吐息をこぼし……一時ほど。



(……これ、ダメじゃね?)



 心の中で白旗を上げた。

 考え事がただでさえ苦手なのに、正解の無さそうな答えを導き出さにゃアカンとか、難易度が高いにも程がある。

 なぁなぁではなく、求める答えは、恐らくベターなヤツ。その場凌ぎではダメな回答。

 むんむん唸り、数十秒。秒から分の域に差し掛かっただろう頃合で。



「クベさんや」

「……ワタクシの事、で御座いますな。はい、何でしょうか、九十九様」



 何処ぞの水戸のご隠居的な風に名を呼んでみたのだが、ツッコミが返ってこないところを見るに、どうやら主導権はこちらが握っているらしい。

 いつもなら喜びを覚えているところだけれど、今回、その権利を手にした者には、もれなく感情を説き伏せるという難題が付属している。嫌な権利だ。誰か貰ってくれないだろうか。

 軽く脇道に逸れかかった思考を正し。



「無理。お手上げ」



 こちらの結論をサクっと述べた。

 困惑の表情であったクベーラは、その言葉を皮切りに一変。

 瞬きの間にまとう雰囲気を入れ替え、呼吸が苦しくなるほどの重圧を放ちながら、握る武器に力を入れていた。

 こちらの世界に来たばかりの頃なら、これだけで心肺停止状態になっていただろうが、現状は『きっつ』と一言、内心で呟く範囲に留められる程度のもの。

 諏訪&神奈+綿月家らの経験値によって、主に精神面での対・聖属性の耐久値は、中々に高くなっているようだ。



「ただし!!」



 腹の底から声を叩き付ける。

 僅かに体が硬直する素振りを見せたクベーラは、その反応に従うように、ピタリと動きを静止させた。

 火の付いた……付けた爆弾を鎮火させるべく、間髪入れずに続きを話す。



「それは俺自身に対しての事。三人集まれば……寄れば? いや、寄らば、だったかもしれん……―――文殊の知恵とも言うし、自分だけで駄目なら他人の力を借りましょう。というか頼りましょう、という事で」

「……申し上げ難いので御座いますが、我らでは―――」



 首を振り、クベーラの言葉を遮る。

 申し上げ難い。とか言い出した時点で、どうせ我らじゃ無理だとか、それに類似する意味合いの話になるだろう流れは、想像に難くない。

 それは今までの―――これからの歴史。聖と魔の交わる物語が存在しない……しなかった事が証明しているのだから。

 接客態度を幾許かランクダウン、お客様からお客さん……の更に下へと格下げした。それに合わせ、口調もそれに準ずるものとなる。

 ようは、タメ語であった。



「兎に角、明日。明日まで待て。それでも駄目なら、【土地】だろうが楽園だろうが創るから」



 今一つ釈然としない顔を向けながらも、クベーラは静かに両の腕から力を抜いてくれた。

 とりあえず。ではあるけれど、待ちの方針を採用してくれたようだ。ぞんざいな口調なのに何も咎めない様子を見るに、こちらの態度も黙認してくれるらしい。

 今は体を……マナが全快するまで休息に当てておくとしよう。



「……あれ。そういや英招様は?」



 寝るかと思って踵を返そうとしたのだが、ふと、この場に居る筈のお方の姿が見えない事に疑問を抱く。

 そうも長くは一緒に居る事はないとは思っていたけれど、勝手に居なくなるようなお方じゃなかった筈だとの思いを込めた問いを、クベーラへと投げ掛けた。

 暗に、お前行方を知ってるだろう。との、若干の詰問が入っておりますが。



「この場はワタクシめが受け持ちまして、英招様は 槐江(カンコウ)の地へと戻られました。幾年か空けていた事でやや荒れてはおりますが、あのお方でしたら数年以内には平穏を取り戻されるでしょうな。そして、言伝を預かっております。『最後まで共に居れず心苦しく思うが、何卒、許して欲しい』と」



 そういや強制的に連れて来られた……睚眦に使役されてたとか言ってたっけか。

 すぐにでも戻りたかっただろうに、それを一時とはいえ付き合ってくれたのだから、こちらが感謝こそすれ、相手に許しを乞われる理由などあるものか。



「気にしないで……ってお前に言ってもしょうがねぇか……。カンコウだかカンコクだか……戻った先が何処かは知らないんだが、英招様に伝言とか頼めるか?」

「神速であられる英招様を見つけるにはお時間が掛かりますが、九十九様が感謝していた。と、お伝えする事は可能で御座います」



 察しが良いのは助かるが、それをもっと別の方面でも発揮してほしい身としては、色々と考えさせられる反応だった。



(ってか、英招様、喋れたんですね……)



 月で【吸血鬼の呪詛術士】にからかわれた時を懐かしむ。

 出来れば話の一つや二つしたかったけれど、あの時は色々と切羽詰っていたし、仕方がなかったと思う事にした。

 いずれ機会もあるだろうと未来に期待しながら、リン達の待つ穴倉へと戻る為、やや後方にて控えていた【メムナイト】に騎乗する。

 何度目かの行いであったので少し慣れたかと思いながら、唐突に沸き起こった懸念によって、俺は動きを止めた。



「……なぁ、クベーラ」



 緊の文字を浮かび上がらせながら、宝物神はこちらを見る。

 そういう意味合いで名を呼んだ訳ではなかったのだが、どうやらクベさんはそう受け取ってはくれなかったらしい。



「……はい。何で御座いましょう」



 何を言われるのか。そこに全身系を集中させいるのが分かる。

 ……その気構えは取り越し苦労であると分かっている身としては、若干心苦しさが先に立つ。

 いっそ発言内容を変更するかとの誤魔化しが脳裏を掠めるが、数瞬の間では妙案なんぞ出る筈も無く。地雷を踏みに行く気構えで、元々言いたかった事を口にした。



「答えは明日……って言ったけど…………。やっぱ一週間くらい後……とかじゃ、駄目?」



 自ら宣言した期間を反故にする。大した理由でもない……期間は長い方が良いだろう、という考えの下に。

 借金の返済日を先延ばしにしてもらう心境を味わいながら、唖然とするクベーラと、何だか呆れられた気がしないでもない【メムナイト】の視線が印象的な一晩であった。
















 晴れて、翌日。既に日は真上に差し掛かり、緩やかに傾きを開始していた。

 直射日光が露出している肌を焼き、それでも足りぬと瞼越しでも目をチカチカさせる太陽は、こちらを殺す気満々なんじゃねぇかと思うのですが、その辺、各方面の太陽神達に是非とも尋ねてみたい気持ちにさせてくれる。

 吹き出る汗を払いながら、こりゃ堪らんと、ダン・ダン塚の出入り口付近にある岩陰に移動。クベーラの姿は無いが、もうしばらくしたら来る筈。結果の如何は別として、そういう取り決めとなっている。



「……ダルい」



 全快には程遠い俺の体は、泥のような。なんて表現が良く似合う愚鈍さを体現していた。

 一歩一歩が足取り重く、今何処かの劇でゾンビ役でも任せてもらえれば、最優秀賞を狙える自信がある死体っぷりだ。

 これまでの出来事に加え、さっきまで中々の体力を消費していたのだから、これは仕様なのだよ。とか、意味不明な理由を自分自身に言い聞かせてみたり。



「大丈夫かい?」



 本心からだと分かる、リンの労いの言葉がありがたい。

 元々の美声に加え、それが俺を労わる様な口調なのだから、男としては、がんばらざるを得ないだろう。

 同時、また苛めてみたい。なんて悪戯悪魔が目を開きかけるのだが、二人きりならまだしも、今は駄目だろうと良心天使が一蹴。

 邪念悪魔を追い払い、リンの気遣いに応答する。



「……何とか。今なら一分以内で意識を手放して、その後は三日三晩寝っぱなしで居られる自信があります」

「うーん、それは中々に困ったものだね。他の人なら軽口を装った空元気と取れるけど、君の場合は本当にそうだから参るよ」

「参っているのはこちらでござい。もう少し親身になって、同情とか労いの言葉とか『キャー! 九十九様カッコイイー!』とか黄色い声なんぞ掛けてくれても、罰は当らねぇと思うのですが」

「……そうしたいのも山々なんだけど、ね」



 不安に曇る表情には、明るい色は見て取れない。懸命に圧し掛かる重圧に抗っている様が分かる。

 どうやら、突っ込み返す気力も無いらしい。いつもならそれなりに辛辣な言葉が返って来ていた筈なのだが、切れが悪いどころか、返答すらままらぬとは。

 いやはや、俺が思っているよりもリンはかなり気負っているようでして。昨日までならどうやって不安を取り除こうかと頭を抱える出来事ではあるけれど、昨晩からは、その心配は無用のものとなっている。



「大丈夫よ、リン。もし駄目でも、私は何も気にしないもの」

「でも、お母様……」



 落ち着かないリンの手を、ウィリクが横からそっと握り込む。

 縋るような目をするネズミの少女が顔を向けるが、それ以上は何もしなかった。ただ黙って、母の優しい言葉に耳を傾け続けている。



「かの地の英霊たる、魏と蜀の為政者達の妙案ですもの。例え神相手であっても、遅れを取る事は考え難いわ」

■■■■

 ―――クベーラを残し、穴倉へと戻ったこちらに対して、女の肌を見た云々……と食って掛からんとするリンを諌めながら、一連の出来事を切り出した。

 そっと目を閉じ思案するウィリクと渋面を造るリンは、今後の未来を必死で思考している様子であった。

 俺が全て話し終えた頃には二人の答えはある程度まとまったらしく、各々の希望を口に出し、なるべくそれに近づけるよう持っていく方針を固める事になり。

 ウィリクについては、リンと一緒に居れさえすれば特に何も無いとの事だったので問題はなく。対してリンは色々とした事情が絡み合っているようで、母に楽な思いをさせてあげたい事と、この塚で暮らすネズミ達の面倒を見て欲しい事の二つが最優先となる条件、という事で落ち着いた。

 とつとつと話し出したリンの会話の内容に、ここの巣穴の運営状況は結構切羽詰っていたものだと理解させられる事となりまして。

【メムナイト】が通過可能な坑道があったりと、かなり巨大な塚であるのは薄々感じていたが、それでも一極集中型の塒の弱点として、生命線たる食料の確保が非常に困難なものとなっていたらしい。

 水の方はまだどうにかなりそうであったのだが、食べる物はそうもいかず、死を覚悟してタッキリ山へとおこぼれを漁りに行くのが常と化していたのだとか。

 あまり大勢で行っては妖怪達に目を付けられ塒を壊されかねず、それをせずしては、ここに留まり続ける限り、餓死の道しか残っておらず。

 にっちもさっちも……、とはこの事か。

 最悪、共食いすら在り得た可能性が見え始めた矢先の俺からの援軍要請に、『リン様のお願いならば』『どうせ散る命なら』と、助力の申し出を受諾してくれたんだそうだ。



(で、戦略的な結果は大勝利だったものの……)



 種族的には唸りたくなる戦果となってしまったのは、戦に参加してくれたネズミ達の数が全く減らなかった事に起因する。

 ……あぁいや。減るには減ったのだが、その減った分をしっかりと戻してしまったのだから、差し引きゼロ。ぶっちゃけ、貪欲な胃袋の間引きに失敗してしまったのだと……かなりの数の命を失っておいた方が良かったのだという、黒い正解が導き出されてしまった。

 しかも、最大の食料地帯であるタッキリ山を始めとした周辺の土地は【ハルマゲドン】によって焦土……どころか消え去っている。

 妖怪達が人間を始めとした無数の命を襲い、殺め、その食いカスをあやかる事で種の存命を成していたネズミ達にとっては、まさに悶絶級の未来となってしまい、それを伝えた直後の洞窟内を思い返せば、刹那的な思考である彼らですらも、その動きやら鳴き声やらに不安の色が見て取れるほどにか細いものであった。

 勝利したのに恩賞を与えられない。日本史でもそんな話が幾つかあったかと、参考になりそうでならなかった史実を、かぶりを振って払う。

 一昨日くらいにこの話題が出ていたのなら、俺としても言葉に窮していたのは間違いないけれど、その点の食糧事情はクベーラが充分に補えるとの事で、解決策に一歩近づいた形となった。

 よっしゃと事態の好転を実感出来た……までは良いものの、それでは同族に受けが宜しくないとの事。

 何となく、分かる。一人だけでは仕事が回らないように、良い顔されないだけならまだしも、非協力的な人間関係では、その先の未来は想像に難くない。

 神様ちっちぇえ! と思うのも吝かではないのだが、これまでの善悪な関係に加え、どうにも生理的に受け付けないらしい面もあるとクベーラは言っていた。

 すぐに理解させるのは無理か。と、自分の中で結論をまとめ。



(【魏の参謀、旬彧】さんと、【伏龍、孔明】先生のお二方にご登場頂きましたよ、っと)



 合計7マナ。勇丸と合わせれば8マナの維持という、骨の折れる疲労具合であったけれど、その分の成果はしっかりと残せた筈だ。それを確かめるのが今からだとしても、あの案なら神々を納得……まではいかずとも、理解させられる事は可能だろう。

 ……まぁ、二人の顔合わせの時には結構心臓に悪かったんだが、それは忘れる事にしておきましょう。



「お陰で、残り1マナしか使えないんだ。困ったもんだよなぁ―――クベーラ」



 ギョっとするリンと、すぐさまそちら―――前方をしっかりと見据えるウィリクに応えるように、にこやかな笑顔を造る宝物神は、いつの間にやらこちらの眼前に佇んでいた。

 元々疲労で半眼となっていたのが幸いした。視認すら難しくなって来ていた白日の下であったけれど、クベーラが静かに上空から降り立ったのが見えたのだから。



「イチマナ、とは何の事で御座いましょうかな?」

「教えねー」



 これはこれは、と。

 軽くおどけてみせる褐色中年オヤジは、元より深く追求する気は無かったんだろう。それっきり、追求の手を伸ばさなくなった。



「本日は、あの銀馬は居られらないので?」



 牛魔王の時にもそれっぽい事を言われたけれど、ロボットなんて知る筈も無い方々から見れば、鉄馬―――【メムナイト】は、そういった類のものと認識しているんだろう。



「さってな。隠れてるのかもしれないし、どっかに還ったのかもしれないし。まぁ、良いじゃない。これからするのは話し合い。力の強さとか足の速さなんて関係ないだろう?」

「ええ。そうで御座いますな。“話し合っている内であれば”、大地の消失も、大聖の頂点を下す力も、全く無縁のものに御座いますなぁ」



 こちらがクシシと意地汚く嗤えば、あちらはハハハと朗らかな笑顔で応答する。

 不敵に、掴みどころなく、謎めいていて。

 底が見えない。と、それっぽく思わせれば対話は有利に運べる場合が多い。との、二大軍師からのご指導&ご鞭撻によって、今の俺は雑多な事では動じない自信がある。今のところ実践出来てはいるだろうが、出来れば早めに切り上げたい。



(かなり疲れてるんで、動じるだけの心の余裕……体力が無いのが最大の理由なんですけどね……)



 瀕死の二、三歩手前くらいにならないと効果を発揮してくれない月の腕輪でありますので、この程度の疲労では一切起動してくれません。

 もう少し制限の緩和を願いながら、これからするべき事を思い、少し、心が軽くなる。

 疲労によって頭の切れも悪くなるけれど、記憶していた条件を読み上げるだけで良いのだから、楽なもの。それに、これでもし駄目になった場合には、早急に応えずとも良い、との結論も出ている。

 食糧事情は由々しきものだが、俺が居る限りは迅速に対処しなくてはならない問題ではない。それ以外で至急の用もなく、後は、相手の出方次第。

 今回の場合は、時間は味方。

 もったいぶって、重々しく頷きながら、『うむ。慎重に検討しよう』とかそれっぽい口調と態度で言いつつ、家に帰ってゆっくりと内容を吟味すれば良いのだから、これが楽でなくて何だというのだろう。



「それでは」

「ああ」



 クベーラがこちらにやって来て、すっと腰を落とし、胡坐を組む。それに倣う形で、俺やリン、ウィリクも後に続いた。

 砂漠のど真ん中の岩場地帯ではあるけれど、影の下であればそれなりに涼しく……涼しいと感じられる温度であり、どうせダン・ダン塚の内部にこの潔癖症な神様は入ってこないだろうから、ここが話し合うにはベストな場所である筈だ。

 変に取り繕った言葉は、もう止める。丁寧語だの尊敬語だのに比重を置くよりも、これから……今からは、如何に相手へこちらの方法を正確に伝えるかに掛かっているのだから。



「宝物神、クベーラ。あんたは人間達の信仰を得たい。―――これに間違いは無いか?」

「それだけではありませんが、その面が強いのは事実で御座いますな」

「その方法ってのは、信仰者の願いを叶えたり、って方法。―――これも間違いは無いな?」

「はい。仰るとおりかと。ただ、お言葉を付け加えさせていただけるのならば、人間のみから得ている訳では御座いません。数が多く、我らを信仰するに足る知性を持ち合わせている種族であるが故である。との補足をさせて頂きましょう」



 クベーラの言葉を噛み砕いて若干の悪意をトッピングしてやれば、『人間は俺に相応しい奴隷だぜ』なんて言葉にも聞こえるけれど、虫や動物が神などを信仰しないように―――もしかしたらしてるのかもしれないが―――何かを信仰するという行いは、一定以上の知性を持たなければしない行動であったかと思い当たり、納得する。

 不純なものだから持たなかったのか、必要になったから行うようになかったのか。その辺について討論すれば良い暇潰しにはなりそうであるが、この場ですべき事ではないので、それらは置いておくとして。



「じゃあ、その信仰を得る行動ってのは、あれか。雲の上とかで民草に耳を傾けながら、何をすれば僕達を崇めてくれるのかなー、とか考えて実行する。そういった事か?」

「雲の上ではありませんが……よくご存知で。お知り合いに、我らの地に住まう同族でもいらっしゃるのですかな?」



 ここの神様に知り合いは居ないが、別の神様になら知人&友人はそれなりに。

 神様と知り合いだとか、昔の俺が聞いたなら、有名な精神科医が在中する病院のパンフレットを一束くらい贈りつけていていた事だろう。

 諏訪や大和で行って来た事と、漠然とした神様なイメージと照らし合わせ、それらを混ぜたり省いたりした意見を述べてみただけなのだが、まさか寸分違わず、っぽく正解になるとは思わなかっただけだ。



「この地じゃないけどな。ちょっと前まで似たような事やってたし」

「それは良い。知らぬ者と知る者との差は、顕著に現れるものですからなぁ」



 ちょっとこっちの苦労が分かってくれそう。そんな思考がチラと見て取れるクベーラに、半分同意し、半分苦笑する。

 ある程度の苦労は分かるが、今回はそこに付け入る側となる面が強い。

 とはいえ、苦渋を味あわせる訳ではない。これが成功すればWIN&WINな関係に治まってくれる可能性が高いのだ。結果良ければ、な言葉もある事だし、決して悪い話では無いと思う。



「その効率。もっと上げたいとは思わないか」



 沈黙は……さて。どれくらいの時間続いたのだろうか。

 つうと一筋。俺の額から滑り落ちる玉の汗。

 頬を通り、顎へと至り、飽和の限界を迎え、地面へと染み込んだ頃合に。



「……それは難しいでしょう。彼ら……ネズミ達はどの種族からも好意的には認識されていない。それが現れればたちまちの内に嫌悪の感情を顕わとし、手に鋤や鍬や棍棒を持ち、行動に移す事でしょう」



 こちらの意図をしばらくの沈黙のみで察したクベーラは、流石神様、と言わざるを得ない。

 ―――つまりは、ネズミ達に民草の願いを聞いて神の元へと届けて貰おう。というのが今回の案である。

 思うがまま、感じるがままに流動する存在、感情に対しての働きかけが主な命題となっていた一件であったが、誰しも、それを統べる力を持ち合わせている。

 名を、理性。

 沸き立つ怒りを、滲み出る憎しみを、溢れ出る悲しみを律し、手綱を握る理。

 早い話、ネズミさん達が凄く有能な存在であると知らしめられれば、多少……かどうかは知らないが、納得せざるを得ない土台を作ってしまえば良いのだ。

 本当に神が生理的に無理だとかいうのであれば、それこそネズミという種族は既にこの地から滅せられていただろうし、それでも生き残っている現状を鑑みるに、幾許かの交渉の余地はあると見た。

 どんなに嫌いな奴でも、いけ好かない者でも、必要であると周りに認めさせてしまえば、決して無碍には出来なくなる。



(……まぁ、それの大半は不快な思いをするのが殆どだったけど)



 旬彧が、死刑囚―――嫌われまくりな人物達を用いて、敵軍を打ち破る武功を成した人物の話をしてくれたけれど、そこに些細な修正を付け足したのは、リンでもウィリクでも、ましてや孔明先生でもなく、俺自身。

 まさかこんなところで上司やら後輩やらの苛めについての知識が役立つとは思わなかった。そして、その手を選ぶ自分にも。

 ただ、この際四の五の言ってはいられないので、出来る範囲での最善だと思われる方法を選択&実行する。

 因果な生き物だ、と自嘲的に笑ってみるが、悪意を振り撒いていた側と同じになってしまった気分になり、ちっとも心は晴れなかった。



「クベーラ。お前達が信仰を得たい……信仰をしたいと思っている人物は、どんな奴らだった?」

「……裕福な上流階級であればあるほど、死から遠ざかる為でもあり、そういった意識は薄れていく傾向が強いものでは御座います。死に際にはそうでもありませんが、貴族や豪族達からの信仰を獲得し難い。何より、願いの力が弱くあります。よって―――」



 正解ではないにしろ、こちらの言わんとしている事を察し始めたらしい。

 一を言えば十を知る、であったか。爪の垢でも飲ませて欲しいくらいに羨ましい頭だ。無論、実際に飲ませようものなら右ストレートを叩き込むが。



「……ですが、それは何もネズミ達でなくとも。例えば……そう。空を翔ける者達が我らの使いとなる事は多く、事実、それらは信仰の獲得に一役買っております。天より来る者、其は正に天の使い為り。などという風に」



 なのでネズミ達に出番は無い、と。そう言いたいのだろう話は、最後まで紡がれずに、そこで止まった。

 言いたい事が分かるが、それに関しては―――これに関してだけは、何処に目を付けているんだと言いたくなる。

 元々嫌悪していた存在なので、その手の方面に視野を向けてこなかったせいでもあるんだろうが……。



「けど、それはあくまで飛ぶ者から見た視点だろ。視覚の広さは負けるとしても、多さで勝てる奴なんぞ居るもんか。昆虫じゃあこの寒暖の激しい土地じゃ生活範囲は狭くて、鳥じゃあ上空からの視野しか持ってない。他の奴らじゃ数が足りず、体が大き過ぎたら難しい」



 この売り込みに、ネズミ達の今後が掛かっている。

 こういった緊張感は未だに慣れないものだと思いながら、声が小さくならぬよう、一言一句、しっかりと叩き付ける様に。



「対して、ネズミ達はどうよ。居ない場所なんて、それこそお前達神様の住んでるところくらいじゃないのか? 貧困に喘ぐ家の中、無数の死が立ち込める墓所、日夜問わず存在する眼でもって、最も救済が場所には必ず在る、命綱」



 捲くし立てるように、つらつらと。

 一度も噛まずに言えたのは、しっかりと暗記していたから……などではなく、本心でそう思っているから、それを吐露するだけで良い為である。

 セールストークとSEKKYO交じり合った売り文句に口を挟む機会を与えず、畳み掛ける様に、リンの背中を軽く押し出し。



「……って事で、その口利きとして、こいつを推す。最低五十万……百万以上の監視の目と、それを束ねる、小さな小さな司令官。錬度も抜群、下手な人間の軍隊より誇れるくらいの勇ましさだ。すぐにってのは難しいだろうが、季節が一巡するまでには、誰もが唸る成果を上げるだろうよ」



 憎き相手の元で働く。

 誰が言い出した訳では無い。リン自ら、そうすれば事が丸く収まるだろうとの進言からであった。



『なに。今の僕には君の後光があるんだ。居心地は悪いだろうけれど、無体な扱いは受けないだろうさ』



 何かを振り切るように言い切った言葉には、やってやれない事はない。と、自信満々の中に僅かな不安を紛れ込ませたものであって。

 それにもしかしたら、この幼……女の子がゆくゆくは『ナズーリン』に改名するのかもしれない可能性もある。

 ……本音を言えば、そうであって欲しいと願う俺の、思い入れやら肩入れやらテコ入れやらの、入れ入れ尽くしな思惑が強いせいではあるけれど。

 もしナズーリンとなる人物であるのなら、いずれこの子は毘沙門天という大御所の神に仕える事になる……かもしれないのだ。それまでの下積み時代だと考えれば、良い経験になるのではないかとも思ったが故の推挙でもあった。



「―――ふむ……期間を設け、その間に成果を……―――先の見える期限内であれば我慢も……数も膨大……―――」



 こちらの存在など忘れてしまったかのように、顎に手を当て、自らの思考の海に漕ぎ出してしまったクベーラは、しばらく戻って来る様子が無さそうで。

 目の前でブツブツ呟かれ、ちょこっと気味が悪いのだが、それがこっちの利になるものだと分かっているだけに、止める訳にも逃げる訳にもいかず、固唾を呑んで見守り続ける。

 凛と―――少なくとも表面上は姿勢を正すリンであったが、視線が一点に定まっていない眼光を見るに、その内心は不安に揺れているだろう動揺が察せられる。



(『しばらくお待ち下さい……』とかクベーラの頭上に見えてきそ……)



 なるべく早く終わらせたいところではあるが、こればかりは相手の対応次第。

 しかし今は、リンの傍にはウィリク様が居る。

 手を握るでも、優しい声を掛けるでも無いけれど、ただそこに居るというだけで、今のリンにとっては何よりの支えになる筈だ。

 俺には無理な方法である事に対して、みみっちい嫉妬感が込み上がるのを、一笑。身の程を弁えろと活を入れる。

 そして。



「―――分かりました。そのご提案、承りたく思います」



 四択クイズ番組に出演しているみ○もんたも真っ青の溜め具合を経て、クベーラは了解の意を告げて来た。



「では、細部を詰めたいと思いますが……その前に、一つ」



 尋ねたい事がある。

 それなりに真剣な表情を向けるクベーラの視線は、俺でもリンにでもなく、その背後に居る人物……ウィリク様へと向けられていた。



「そちらの……」



 しばしの沈黙の後。



「……そちらの女性……いや。“少女”は……ウィリク、様……で、御座いますか?」

「今更かよ!?」



 思わずノリ突っ込みなぞしてみたものの、幾ら神様とはいえ、これまで……昨晩から今朝に掛けての短期間の経緯など知らぬだろうから、当然な質問であった。

 クベーラと相対する前から、ウィリク様はその容姿である。

 齢、大よそ二十と少し。

 無色と白髪の入り混じった頭髪は全てプラチナへと変色し、罅割れ、乾燥し切った大地を思わせていた褐色の肌も、生まれたての赤子に迫る瑞々しさを感じさせる小麦色のそれへと変貌を遂げていた。

 適度な大きさの母性が二つ。ネズミ達が何処かで入手した旅人用のやや濁った白のサリーを押し上げ、その存在を主張している。

 下半身の肉付きは、平均以上。直立以外の体勢を行おうものなら、衣類が肌に密着し、その肌触りすら想像出来るであろう肉質を浮き彫りにさせる事だろう。

 ただし。



『懐かしいわ……。十五、六の時に戻った気分……』



 リン共々、あんぐりと口を開けて反応する羽目になった一言は、今も俺の脳裏にこびり付いている。

 とても十代の半ばとは思えない、二十代過ぎたくらいが適切な妖艶さであるのだが……当人がそう言うのだから、そうなのかもしれない、と納得しておく。

 人間の記憶の曖昧さとか、自分勝手な美化路線とか。色々と疑って掛かっていたのだが、若返り中のウィリク様を見ていたリンが『あぁ、なるほど』と素直に納得していたのを見るに、虚言とか妄言では無さそうなので、信じる事にした。



(その方が浪漫がありますしね!)

 

 美少女が美女へと上り詰める……あぁいや、今回の場合は逆なのだが……その過程の光景がスッパリ抜けているのを一頻り悔やんだ後で、渋々ながらクベーラと出会った事を話し合ったのだった。



「……どうやらその通りであるようで。……それも、九十九様のお力で?」

「それをあなたに話す必要を感じません。ヴェラ」



 キッパリと。けれど、何処か相手をからかう声色を以って、褐色の女性は楽しげな笑みと共に答えた。

 クベーラという神であるのは既に知っている筈なのに、過去の偽名で名を呼ぶのだから、これは彼女なりの嫌味の一つと捉えるべきか。



「……これは手厳しい」

「これからどんな間柄になるのか、とても興味があるわ。叶うならば、あの頃の関係には戻りたくありませんものね」



 ウィリク様イキイキ。リンちゃんニコニコ。クベさんタジタジ。

 楽しそうな元女王様の反応に、俺も釣られて楽しくなっていたのも、僅か。何だかクベーラの背後に、尻に敷かれる男の未来を垣間見た気がして、どういう訳か、俺の心が痛くなった。



(毛生え薬、本気で考えといてやるか……)



 あれだ。多分、見ず知らずの他人であっても、股間を強打された男を同じ男が見れば、思わず内股になってしまう心境に近い。

 それに、担がれたような形にはなったが、仮にも平天大聖以下の妖怪達を受け持ってはくれたのだ。これくらいのプレゼントは構わないだろう。



「……ところで、クベーラ」



 ここまで事が運んだのだから、すぐさま反故にされる事も無い筈だ。

 そんな気持ちから、なるべくすぐに終わらせようとの思考が呼び起こされて。

 言葉は無くとも、顔がこちらに向けられた。話を聞いてくれるようだ。



「お前、治癒とか得意か?」



 ふむ。と唸り、数秒の後。



「殆どの病や傷は治せるものではありますが、それが九十九様にも適応されるかどうかは、言葉に詰まるところがある……というところが、正直なところで御座いますなぁ」

「素直に微妙って言ってくれよ……」



 それが何か。と顔で尋ねるクベーラに答える形で、話の続きを再開する。



「それが出来るか否かで、大地の修復作業……速度が四、五倍くらい変わってくるからさ」

「!?」



 一瞬の驚きは、次の瞬間、熟考という形に取って代わる。

 ぶつぶつと高速で口元を動かすクベーラを見るに、手がない訳でもなさそうだ。

 ……ただ、これに関しては、別に回復や治癒なんぞ無くとも使える事は使えるのだ。

 千を超え、万に及ぶMTGのカードの種類の中には、当然ながら類似品―――亜種を始め、上位、下位効果を持つものも多く、これから使う予定であるカードは、それら様々な亜種や変種の元になったものの内の一つ。

 使用コスト、たったの1マナ。【土地】を出す、という一点において、出し易さ、制限の軽さを含む総合評価が群を抜いて高い―――他の追随を許さぬ性能を秘めたものである。










『Fastbond/素早い支配』

 1マナで、緑の【エンチャント】

 かなりザックリと内容を省いて要約すると、望む枚数の【土地】を手札から出す事が出来るもの。その際にはダメージを受けるペナルティが発生する。

 正式な文面は下記に。ほぼ複写。

 あなたはあなたのターンの間に、追加の【土地】を望む枚数だけ出しても良い。あなたが【土地】を出す度、それがこのターンにあなた出した最初の【土地】でない場合、【素早い支配】はあなたに1点のダメージを与える。

 登場した時代が古く、日本語表記のカードが存在しない。

【土地】を出すだけ。と、侮る事なかれ。MTGの基本である『【土地】は一ターンに一枚のみ場に出せる』というルールをここまで無視するカードは非常に少なく、事実、様々な公式大会で禁止カードに指定されている。




 





 完全に安全を確保してくれるのなら、【素早い支配】の亜種を用いて事に当たるのだが、それが保障されてくれないのならば、数日間掛けて【土地】を生成し続けるしか考え付く方法は無い。

 

「過ぎたる力は身を滅ぼす―――。古事にはよくある文句だけれど、ツクモさんには尺度が違っているのかしら」

「あぁ、そういえば……お母様はこれの大地創造術を知らないんだったね。見掛けに騙されるといけない、という事例を体験させられる能力だったよ」



 これ、とは俺の事かおチビさん。

 良い度胸だ、受けて立とう。今なら心の余裕も相まって、出されたものなら何だって平らげてしまいそう。

 保護者同伴……というより真ん前だろうが、その程度で俺が自重するなどと思うなよ!



「人を指してコレとか言うんじゃありません!」

「うにゅ!?」



 お父さん許しません! なんて心の中で呟いてみたり。実際に口に出すと、必然、ウィリク様に失礼になるので言いませんが。

 片手で両の頬を摘むように挟み、ひょっとこのような顔にさせる。

 これで二度目か。可笑しく歪む表情と、面白い口調になる声が楽しくて、もう一度やってみたくなったのだ。

 右手を顔にアイアンクロー。左手を後頭部に添えて、後方に逃げられないようガッチリホールド。元々ちっちゃな体であるので、顔の半分以上がこちらの手の平に収まってしまっている。

 抗議の声をうにゅうにゅと口にはしているが、それが言葉……意味を成す事はない。よって、俺が静止する理由にはならない。



「わっしゃっしゃっしゃ! 人型になってしまった自分を恨むが良い!」

「にゅー! むにゅー!」



 わっしゃっしゃと奇怪な笑いを上げてしまったのは、きっと性悪な牛魔王の呪いか何かに違いない。

 うにゅ、とは何処ぞの八咫ガラスの少女から聞きたい台詞ではあるけれど、可愛い相手は何をやらせても可愛いもんだ。これはこれで楽しいのです。

 ウィリク様は『まぁまぁ』と困った風な表情こそ浮かべているが、静止の声は掛かってこない。こちらの悪戯……教育方針に賛同はしてくれているようだ。

 色々解放された気分に便乗して、こちらの自重精神までリミットブレイクしてしまったらしく、もう少しくらい別の事をやっても良いのでは。などと悪意が顔を覗かせた途端。



「ん?」



 するり。ズボンの足の隙間から潜り込む、小さな毛むくじゃらの感覚。

 くすぐったい。こそばゆい感覚に従って、それを止めるべく、自然とそこに―――リンをホールドしていた左手が、自身の内股へと伸びてゆき。



 ―――がぶり。

 そんな音など聞こえていない筈なのに、俺の耳にはしっかりと、自身の肉体が欠損する信号が伝達された。



「―――ッ!?!?」



 洒落にならない痛覚が、悲鳴すらもシャットアウト。というか、喉が引き攣って肺から噴出しそうな空気を遮断してしまっている。

 瞬時に額から滲む脂汗と、瞬く視界が俺の世界の全てとなった。

 患部、左足付け根……の内側。人体の構造上として、外側から外れれば外れる程に脆弱なる。

 二の腕などが良い例か。

 外側を摘めば『イテテ』程度で済むかもしれないが、それが内側となれば、外の何倍もの痛覚が働き掛けてくる。そして今回も、それに例外は無く―――。



「豆腐は……大豆やねんで……」

「……そうかい」



 想像を絶する痛覚によって、こちらの思考が何十も通行止めになってしまった影響か。絶叫や苦悶の声どころか、別の記憶と繋がってしまったらしい。

 我ながら意味不明な発言であったのだが、それは相手にとってみれば、俺以上に意味不明であるのは疑いようも無く。

 さっきまで苛めていたリンであっても、とりあえずの同意をしておきたくなる位な状態になっている俺は、入った時と同様、するりと足の裾から抜け出る小さな影を捉えた。



「あの一件から、親しくなってね。あまり回数は重ねていないけれど、もう、僕の友人だよ」



 とても嬉しそうに。楽しそうに。リンは、初めて手に入れた友という名の宝物を誇っている。

 両の手を伸ばし、その上に乗る小ネズミ―――【鬼の下僕、墨目】の能力を使用する際に投擲した灰色の存在は、ルビーの色をした瞳をクリクリと動かしながら、何処となくこちらを見下している態度を取っていた。



「……そりゃ……良かった、な……」

「……思ったよりも被害は大きそうだね」



 普段なら嫌味などの追撃も行って来る筈なのだが、同情の色が濃い視線から判断するに、どうやら俺の思っている以上に俺の格好は宜しくないらしい。

 まぁ、それもそうかと自らがとってる格好を思い出し、納得する。

 脂汗に涙目。血の気が失せて視界に星が瞬き、股間を蹴り上げられたように内股となっているのだから、見苦しい事この上ない筈だろう。



「もう言わなくても分かってくれただろうから、これ以上は口を噤んでおくよ。それに、僕も調子に乗った。ごめんよ」

「……いや、いいッス。こっちも悪かったッスから……」



 ここまでしっかりと噛まれたのは勇丸の時以来か。

 あの時の歯型はニ週間程度で消えたから良いものの、今回の場合はどうだろうか。

 少なくとも、しばらくは確実に残るんだろう。と、心の深くで静かに涙する。



「あらあら。リンはツクモさんと、こんなに親しくなっていたのね」



 ニコニコするウィリク様であるのだが、その表情にはからかいの文字が浮かび上がっている。こちらの事情をしっかりと認識した上で、冗談を述べているようで。

 からかわれるのは嫌いじゃないが、今はもう少し同情が欲しいところです。



「……いや、自業自得、自業自得……」



 自己暗示も兼ねて、二度ほど詠唱。

 因果応報を噛み締めて、



(―――次はもっと上手くやる!)



 噛み締めたものが栄養となるのは、ヒジョーに時間が掛かるだろうと、第三者のように感じた。



「……うっし。……そういや、そいつに助けてもらったところもあるんだよな」



 あの時からお礼の一言も告げていなかったと思い返し、膝を折り、リンの両手に乗る小ネズミと目線を同じにする。



「……あの時は助かった。お陰で、無事、こうしてみんなで居れる未来を掴み取れた。―――どうもありがとう」



 チュウ、と一声。

 すんすんと宙の匂いを嗅ぐ動作の後に、リンの服の中へと走り、消えてしまった。



「ははっ。人間にお礼を言われるなんて思ってもみなかったんだろうね。恥ずかしい、ってさ」

「そっか。そりゃ、悪い事をしちまったかな」



 体を小ネズミが這い回る感覚によって、くすぐったいと僅かに体をくねらせるリンに、見た目の年齢相応の、暖かいものを見た気がした。可愛いものだ。このままこねくり回してしまいたくなる程に。



(……勇丸ぅ)



 そんな戯れる光景を見たせいか。今は遠き、愛犬……もとい、忠犬の名を思い返した。

 感触を思い出すように宙を掻く手は、虚しく空を仰ぐばかりで。



「……でも、次からはもっと女の子の扱いは心得て欲しいよ。ツクモはその辺りの気概が皆無だから、この先も不安でしょうがない」



 とりあえず、の抗議の声。

 郷愁の念を振り払い、内心を誤魔化すように、からかい半分、本心半分の、ふざけた言葉を口にする。



「そりゃ、こんな可愛い女の子ですもの。苛めたくなるのは男の性ではねぇでしょうか」



 数日前なら顔を真っ赤にしてくれたんだろうが、まんざらでもなさそうな表情で苦笑する様子に、この手のやり取りに慣れてしまったのだと判断する。



「うぅ、悲しいぜぃ。少し前はあんなに可愛げのあった娘が、今じゃこんなに……」

「君の娘になった覚えはないんだけど……。ま、君の後光があるのなら、それも悪くは無いかな。―――お母様にさえ手を出さないのなら、ね」



 にんまり哂うネズミ妖怪様に、へいへいと微妙な返答を行い、肩を竦める。

 いつの間にか心を立て直した小ネズミがリンの肩に出現しており、同意するように鼻を動かしている。



(……あ、これ、『ナズーリン』っぽい)



 記憶にある絵図には遠いが、何割かが合致し始めている現状に笑みがこぼれた。

 後は青いネックレス……ペンデュラムと、尻尾の籠に、方位ロッドを持てば完璧か。



「どうしたんだい?」

「んー? 答え合せっぽい展開になって来て、ちょっとドキドキしてるだけー」



 何言ってるんだ気持ち悪い。

 ジト目な、そんな表情が見て取れるネズミ少女様ではあるけれど、俺の内から込み上がって来た興奮は、冷める様子を見せない。しばらくは続きそうだった。

 ふと視線を動かせば、自己の世界に閉じこもってしまいそうな位に熟考しているクベーラを、微笑ましいもの見る目で眺めるウィリク様が印象的で。



(近しい……でも相容れない隔たりを感るッス……)



 男と女だ。一瞬、それな連想が脳裏を過ぎるが、ウィリク様の顔があまりに楽しそうなものだから、すぐさま否定されられた。

 その辺りは女王―――女王様のような気はするが―――としての気質なんだろうとか強引に納得する方針で眼を背け、事態の進展を図るべく、思考を働かせる。



「これで、後はクベさんの……神様達の出方次第、か」

「うん……。そうすれば……そうなれば、お母様だって……」




 リンと共に過ごすと宣言した女性は、しかし、その具体的な案を提示してはいなかった。

 周囲はだだっ広い砂漠であり、水源は岩肌剥き出しな、このダン・ダン塚だけ。唯一の食料源確保なタッキリ山は消滅し、この場に留まれば死、以外の何も無い。

 ……と、思っていたのは俺だけだったようで、親子水入らずで旅をするのも悪くない。との考えを持っていたウィリクに逞しさを覚えたのは記憶に新しい。

 多少の武芸は心得ているらしく、自分と娘の命を守る程度なら大丈夫との事。



『妖怪相手だと難しいけれど、人間であれば、何人掛かって来ても、切り飛ばして差し上げられますよ』



 そういや出会ってすぐに、俺の首を一閃しようとしていたのだったかと、沈殿した記憶が蘇ってきた。

 暗器使いなのだろうか。しかも切るだけではなく、飛ばすとはこれ如何に。

 それなら大丈夫ですね、と笑顔で相槌を打ちながら、身震いする体を落ち着かせるのに一苦労でありました。



「……ってか、クベーラ、熟考し過ぎじゃね?」

「気のせいか、頭から湯気が見える気がするよ」



 心無しか、神様のおめめがグルグルと渦を巻いている気さえする。

 自分と無関係の相手であれば楽しい有様だが、これがこちらの未来に直結する……してしまうのだから、指を咥えて眺めている訳にもいくまい。



「―――そうかっ! これならばっ!!」



 今までの喧騒を一刀両断する、我悟りを得たり。なクベーラの歓喜。

 孔明先生とか文若さん還したのは早計だったかと思い掛けていたのだが、クベさんの喜ばしい態度を見るに、どうやら杞憂で済みそうだ。



「それでは九十九様、参りましょう!!」

「……はっ?」



 全く触れられた感覚は無かったというのに、気づいた時には、俺の体は飛翔戦車の上に乗っていた。



「え?」

「しっかりお掴まり下さい―――はぁ!」



 神速とは、文字通り、神の速さの比喩である。

 リンも小ネズミも、ウィリク様すら疑問の声を上げる間もなく拉致られた俺は、嬉々として空を翔ける戦車の上で、しばらくの間呆け続けるのだった。




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