いつかの、時。どこかの、空。
星が落ちてきそうなくらい大きく、月が太陽と見間違えてしまう程に眩い……明るい夜。名も知れぬ小高い丘の頂には、二つの影。
小さな影と大きな影は、互いに向き合い、何やら話をしていた。
それ以外、周囲に人影はない。
あるのはただ、その二つの人影を遠方で見続ける、純白の四獣のみ。
僅かな寒さを含む微風が、もう間もなくの、秋の到来を告げていた。
「―――という訳で、今だけで構いませんから、諏訪子さんのニックネームはリリーって事で。『春ですよー』の方じゃありませんよ? あ、ちなみに俺はリチャードです」
「ですよー……? ……色々と突っ込んでおきたいところではあるんだけど……にっくねーむって、何?」
「スルーしていただき、感謝感激。ニックネームっていうのは……えっと、愛称とか、別称とか、あだ名とか。そんなもんだと思っておいて下さい」
「その割には、名前は勿論、何一つ私とは関係なさそうな呼び名だけど」
「そもそもが、和名どころか、おもっくそ外国語ですしね~……。ただ、今回ばかりはその辺りどうかご勘弁を。そこんとこ納得していただかないと、先に進み難くなりますんで」
「はいはい。釈然としないけれど、それで納得してあげようじゃないか。りちゃー、ど?」
「ありがとうございます。リリー、さん?」
一体、何のやり取りなんだか。
どちら共に苦笑。しばし、二人は芝居がかった空気を楽しんだ。
「……うっし」
男は咳払いを一つし、瞑目。
大きく深呼吸を繰り返し、唇を湿らせ、何度も手を開き、握り、自らの意思を研ぎ澄ます。
少女も、既に何が行われるのかは感づいている。
頬が熱い。男の仕草に自身の胸の高鳴りを感じながら、静かに、静かに。何かを待ち望む風な視線を向けながら、その顔に柔らかな微笑みを浮かべていた。
「―――初めての時は、ただただ圧倒されるばかりでした」
そう、ポツポツと語り出す。
「息も出来ないくらい苦しくて。指一本も動かせないくらい荘厳で。卒倒しそうなくらい神々しくて。それまでは、神様はもちろん、妖怪どころか、猛獣にすら遭遇しない生活を送っておきましたから。今更ながら、あの場で意識を失わなかった自分を褒めてやりたいくらいですよ」
「まぁ、あの時は私も威嚇というか、そっちに合わせたところはあったからね。ギリギリを見定めて、精神を追い込んで、その心中を吐露させるのに……えっと、なんて言ったっけ。さむち? を削るのは常套手段な訳さ」
「ありゃ。元々が意識が保てるくらいに調整されてたんですね。……うへぇ、初見で神様の眼力を耐え切った自分に自信持ってたんですが、今の発言でそれもボロボロッス。心の支えが一転して恥部に早変わりとか……泣けるぜ……」
「ははは。落ち込まない落ち込まない。取ってつけたようであれだけど、それでも、この乾神の神通力を乗り越えたんだ。自分の限界に挑み、それに勝った。それは誇って良いものだと思うけどね」
「唐突に挑まれた身にもなって下さいよ……。勇丸なんて、決死の覚悟で事態の回避を計ってましたし」
「大丈夫。それは既に謝罪済みだから」
「それ俺知らない……ん? 俺だけ何のフォローも無しだった訳ですか!?」
「だって、つく……チリャードだし」
「凄く理不尽なのに、凄く納得出来るのが悔しい」
『―――これも日頃の行いというものだ、人間』
「……だから、急に神様モードにならんで下さいって。頭ん中に声が反響してビビるんですが」
「えへへへ」
ガクリと肩を落とす男に、後ろで手を組みながら、少女は無垢な笑みを向ける。
本筋から話が逸れてしまった事実に気がついた男は、軽く咳払い。それに少女も習い、声を止めた。
和んだ空気に、鋭くも熱い色が取り込まれ、話し始めた頃の雰囲気へと戻る。
けれど、完全に。とまではいかなかったようだ。男の頬には、緊張による朱以外の、気恥ずかしさによる赤い色が混じり込んでいた。
「あぁ、もう。今ので寝る間も惜しんで考えてきた台詞、全部飛んじゃいましたよ……」
「……かっこわるーい」
「……すんません」
一拍の間。
気まずそうに肩を竦める男に、少女はジト目を向けた。
「……それで?」
「……うっす」
少女の言わんとしている事を、男は分かっている。
ならば止めてしまうのか。
そう口には出さず、どうするのかと、続きを促す事で先を求めた。
「……切欠は、神奈子さんとの大戦で、胸を貫かれてるのを見た時です。
自分でも信じられないくらいに感情が沸き立って、痛みとか辛さとかが全部どうでもよくなって。心頭滅却すれば、なんて。まさか自分が経験する日が来るとは思ってもみませんでした。この先が無くなったっていい。ただただ、この胸に滾った怒りをぶつけたくて仕方ありませんでした。
苦しくて。悲しくて。辛くて。そして、生きていてくれていた事が何より嬉しくて。
あの頃から今この時まで、色んな問題にぶち当たって来ましたけど、あそこまで感情を爆発させた事なんて、あの時の一回こっきりで。
……もう、イヤなんです。あんな思いは。あんな気持ちは。
失ったもの。手放してしまったもの。過ぎ去ってしまった時。それらの殆どを取り戻せる力はあります。
―――でも、失ったという記憶はいつまでも俺の中に残り続けますから。いくら蘇るとはいえ、いくら巻き戻せるとはいえ、そんな経験はもう二度と許容できそうにありません。……ほら、俺って、すっごく我が侭ですから」
だから。
「朝起きたら隣に居て下さい。眠る前には傍に居て下さい。
歩く時は手を握って。ご飯を食べる時には向かい合って。
笑う時は二人で。泣きたい時も二人で。
下らない理由のケンカもいっぱいしましょう。どうでもいい事で喜び合いましょう。
一言足りないだけの些細なすれ違いも、一緒に居るだけで感じる胸の温かさも。
同じ場所に在るだけで息苦しくなる辛さも、同じ景色を見ているだけで心が弾む楽しみも。
たくさんの……数え切れないくらいの多くの思い出を、二人で創っていきましょう」
男は腰を落とし、片膝を突きたてながら、目線の高さを少女よりやや下へと合わせ。
「―――健やかなる時も、病める時も。
喜びの時も、悲しみの時も。
富める時も、貧しい時も。
あなたを愛し、あなたを敬い、あなたを守り、あなたを支え。
この命ある限り、真心を尽くす事を誓います」
言葉を区切り、胸いっぱいに、大きく息を吸い込んで。
既に、愛称で呼び合う。との考えは頭から抜けていた。
あるのはただ、己の本心を、嘘偽り無く伝えるという気持ちのみ。
「洩矢諏訪子さん。俺と―――結婚して下さい」
それは、誓いの言葉。
幾千、幾万もの人々がそれを口にしてきた……使い古され過ぎて、擦り切れてしまっているのではないかと思えて成らない程に耳にする、誓約の文言。
しかしそれは、どれだけ年月を重ねても、どれだけ環境が変わろうとも、万人の心の奥底に語り掛け、感銘や共感をもたらす―――人々の心に響き続けているという、真理の一つに違いない。
「……―――ッ」
二人の間を、夜の穏やかな風が吹き抜ける。
分かっていたはずなのに。予測していたはずなのに。
春の訪れが冬の雪を溶かすように、ゆっくりと。告げられた言葉の意味が、胸の奥底にまで染み込んでいく。
「ぁ~……ぅ~……」
口を開けば先に進めるかと思ったけれど、それも尻すぼみで終わってしまう。
少女の顔から火が出そうなほどに熱が集る頬は、朱。
さらに熱はそこだけに留まらず、頭の天辺から爪先にまでじわりじわりと広がりをみせ、これまでの、どこか優しく見守るような慈愛の瞳は変容し、恋する者の、それとなる。
何をしている。早く、返事をしなければ。
頭ではそう理解しているのに、それが口から出てくれない。
決して短くない生を歩んで来た。故に、様々な色恋沙汰も知っているし、その手の信仰は司っていないとはいえ、相談も受けてきた。応えもした。
なのに。なのに。なのに。
「―――……」
それが我が身に起こった途端、この体たらく。
なまじ長年見聞きしてきた故に、“こういうものだろう”という憶測の……根拠の乏しい強固な安心感は、一瞬にして雲散霧消と化す。
何も応えられるまま、とうとう視線を下げて、両の手で被っていた帽子を深くかぶり直してしまった。
嬉しくて。恥ずかしくて。嬉しくて。でもやっぱり恥ずかしい。
民の命が掛かっている訳でも、国の命運を分ける訳もない。気負う必要などまったく無い筈だ。
一言でいい。たった一言でいいのだ。
だというのに、それが出来ない自身の不甲斐無さ。何たる事か。
培って来た経験など、積み重ねてきた人格など、今のこの場では、如何程の役にも立ってはくれなかった。
―――故に。
その変化は、外よりもたらされた。
「―――んっ」
重なる影。少女からこぼれる吐息。
月の光が照らし出すのは、二つの影が一つへと合わさった光景であった。
「ぁ……」
少女の名残惜しげな声。瞬きほどの時間。
触れ合うだけの温もりは。しかし、少女を冷静にさせ、痛いくらいの胸の鼓動を落ち着かせる効果を生んだ。
不思議なものだ、と少女は思う。
話に聞いていたところでは、これは、胸を高鳴らせる効果があるものだと思っていたのに。
涙となって零れ落ちそうなくらいであった心の大波が、小波へと収まっていくのを感じながら。
「……九十九ってば……そんなに強引な性格だったっけ?」
いくらか冷静になった頭で、何とかそう返事をする。
目尻にわずかな涙を溜めつつ、離した顔に小さな笑みを浮かべ、そう、若干の困惑を含む口調で目前の男へと投げ掛けた。
「いえ、まったく。……ただ、これでも男ですから。好きな人の前では、そりゃあもう格好つけたい訳でして」
本来ならば、男もこの手の行為には奥手であった。相手が違ったのであれば、上擦った声で右往左往の道化を演じている事だろう。
けれど、目の前に自分以上に困っている人が居て、それが最愛の者であれば、その限りではない。
いつだって、カッコつけたい場面では見栄を張ってきた。
それがどちらに転ぶのかまでは……あえて追求はすまい。
だが、懲りずに、諦めずに、何度も、何度も。そういう機会が訪れた時、男はそれをやってきた。
その方がカッコイイから。
そんな、男なら誰しも持ち得ている小さな小さな……しかし、絶対に拭い去れない信念に基づいて。
「……」
……最も、それが貫き通せないのもまた、その男である。
無言のまま、どこか余裕を持っていた男の態度は徐々にその姿を変えてゆき、少女が持っていた熱を丸々と移し変えられてしまったのではないかと思える程に、その顔が赤く染まっていく。
「……?」
額が汗ばんでいる。呼吸が不規則になってきた。顔だけは向き合ったままなものの、視線が上へ下へと泳ぎに泳ぎ、明らかに冷静ではなくなっていく様が手に取るように分かる。
一体、どうしたというのだ。
男の変化に一瞬疑問を持った少女であったが……。
(……うん?)
数瞬前の自分の様子を思い返し。
「……恥ずかしい?」
「…………………………かなり」
もしかして。と思い尋ねてみれば、その答えはまさに、であった。
「ぷっ」
小さく噴出す。
なんだかもう、色々と馬鹿らしくなって来た。
一度崩れた流れは、山を転げ落ちるように勢いを増して。
腹を抱えてワッハッハ。満天の星空に響き渡る幸せの声。
もう少し気を抜けば、そのまま地面に寝そべり笑い転げてしまいたくなるのを我慢しつつ、何とかそれをやり過ごす。
「……諏訪子さん?」
突然笑われた事に不安を覚えた男が、その気持ちの乗った言葉を向ける。
赤から一転、青色へ。その顔からは、段々と血の気が引いていく変化が見て取れた。
よくもまぁ、そうコロコロと顔色を変えられるものだ。
小さな罪悪感。それのお陰で、手放してしまった落ち着きを取り戻す。
「はははっ―――。うんうん。やっぱり九十九は九十九なんだなー、と思っただけだよ」
それを悪い意味で解釈した男の顔が、みるみる内に曇ってゆく。
悲しみを通り越し、呆然の文字が見て取れる表情へと移りつつある顔色は、白。
人間の秘めた可能性を、こんな場面で見る事になるとは。
ただ、それを悠長に観察している時間はないだろう。
この分では『そう、ですか……』などという言葉の後に、諦めを受け入れる発言をしかねない。
それを変化を察した少女は、男が次の行動に移る前に。
「―――んっ!」
「んんっ!?」
乾の―――怨恨を司る神が、受けた恥辱を抱えたままでいるなど、在り得る筈もなく。
一瞬で重なり、一瞬で離れた。
あまりに自然に。あまりに迅速におこなわれた行為に、男は呆気に取られる。
「―――不束者ですが、どうぞ、宜しくお願いします」
腰に手をあて、堂々と胸を張り。満天の笑顔で、態度からは真逆の言葉を言い放つ。
そこでようやく、男は我が意が叶った事実を受け入れた。
「へぐっ……うぅ……」
張り詰めていた心に亀裂が入り、とうとう涙を流し始めた男に、少女は苦笑を浮かべる。
その様子に文字でも書き加えるのだとすれば、やれやれ。などと付け足されていた事だろう。
(真剣に……やるつもりだったんだけどなー)
途中までは良かったのに。
隣に寄り添い、よしよしと男の背を擦りながら、少女はこの締まり切らない現状を、胸の奥から込み上がる幸福感と、少しの諦めと一緒に噛み締めた。
まぁ、九十九だし。
そう、男の全てを受け入れながら。
(……ま、私が妻になったからには、この辺もキッチリ直しておこうかな)
そんな、恐らくこれまでで最大の命題になるだろう覚悟と共に。
そして。
「何というか……その……ご迷惑をお掛けしまして……」
「私の胸の高鳴りを返して!」
再び肩を落とす男に、追撃だとばかりに少女は言葉をぶつける。
カラカラと笑う少女であったので、その意味合いには、からかいの色が顕著に現れていた。
遠方で見守っていた……周囲から“お目付け役”などと称されている忠犬、【今田家の猟犬、勇丸】の頭をグシグシと撫でながら、「酷いよねー?」と、同意を求めている。
その意に肯定を示す形で、勇丸も言葉にこそしないものの、目を細めて男を見る。色々と言いたい事はありますよ、と。その眼力が如実に物語っていた。
「うぅ……すいません……」
「うむうむ。以後、精進するように。私じゃなかったら、まず断られていたかもしれないんだからね」
暗に、『他の女では無理だ。私だからお前の全てを受け入れられたのだ』とのニュアンスが含まれているのを、男は素直な謝罪という形で返す。早くも、少女の独占欲が顔を現し始めていたのだが、男にはそこまで読み取る事は出来なかったようだ。
「ん?」
と。
クイクイとシャツの裾を加えて一度引く勇丸に、何か言いたい事があるのかと男は顔を向ける。
この両名の間でのみ、会話―――もとい、念話での意思疎通が出来る筈なのに、わざわざ行動でする意味とは何だろうか。
そこまで考え。
「……あ」
ここに来て、男はようやく目的の一つが達成されていないのではないかという可能性に思い当たった。
最大にして最重要な告白は果たした。受け入れられもした。
素晴らしい。最高だ。今なら有頂天を通り越し、外宇宙にまで飛び出していけそうなほど。
感無量。俗物的に言うのなら、ヘヴン状態というヤツだろう。
しかし、その次いでである―――大多数にとってはそれが喉から手が出る程に欲しい―――ものの達成の有無が確認出来ていない。
「諏訪子さん、自分の体に変化とか違和感とかって感じます?」
その言葉に、少女は僅かに思案を巡らせる。
こてんと小首を傾げ、少し。
これといって思い当たるものはないのだが……。
(あっ)
尋ねられた問いとは別の……。何やら、良からぬ事を思いついたようだ。
意味有り気な笑いを口元に作った後。
その、触れれば蕩けてしまいそうな薄紅色の唇にひとさし指を当てながら。
「……体が……」
小さく顎を引き、上目遣い。
何かをねだる視線を向けて。
「―――火照ってるくらい……かな?」
言葉の裏に別の意図が透けて見える、蟲惑的な声色で囁いた。
「ほてっ!?」
声が裏返る。男の脳内に一瞬にして桃色の思考が充満するが。
「あ”あ”ッ! うぉッほんゲフンゲフン!!」
強引に咳き込み、それを無理矢理捻じ伏せる。
嘘は言っていない。ただ、それは先程、少女が混乱の極みに陥った時の名残なだけである。
けれど、それをどういう形で伝えるかで、その意味は状況報告にも殺し文句にもなるのだから……それが分かってやっている少女は、とてもイイ性格をしているのだと分かるものであった。
咳き込む男。それをニマニマとした薄い笑いで楽しむ少女に、男はからかわれているのだと―――そのままいくとこまでいけそうな気もするが―――思う事にして、何とか先程の会話の続きを再開する。
「……あの、さっきのリリーとかリチャードとかの下りを思い返してもらって、それを含めてもう一度告白させてもらって良いですか……?」
一風。
桃色に突入しかけた空気は変わり。
「ぇー……」
少女の耳には、国民的アニメちび○子ちゃんで見られる、顔や背景に縦線が走る効果音が辺りに響いた気がした。
グダグダながらも満足な内にまとまった思い出を穢される気がして、その顔にはありありと、やるせなさが浮き上がる。
それを拝み倒し、何とか了解の貰い。
「リリーさん、俺と結婚して下さい」
「……分かった。受け入れよう。リチャード」
とりあえずは真面目にこなしたものの、何だかなー。と言いたげな少女であったのが。
「―――――――――ッ!?!?」
一瞬にして、自分の中に一つの世界が創られたのを理解した。
『Proposal/プロポーズ』
4マナで、白の【ソーサリー】
Richard(リチャード)はLily(リリー)にプロポーズする。このプロポーズが受け入れられた場合、両方のプレイヤーが勝利する。戦場に出ているカードと、双方の【ライブラリー】と、双方の墓地を混ぜ合わせ、共有のデッキとする。
・経歴
MTGの原案者であり、製作者であるリチャード・ガーフィールド氏が、後のリリー夫人にプロポーズをするために製作したカード。実際にカードとして存在するわけではなく、既存のカードに貼り付けて使用するシールの形で製作された。
リチャード氏の希望によって、その画像は公開されていないものの、「私がQuinton Hoover(絵師)氏にオーダーしたのはお姫様のように着飾ったリリーの前に、正装の私が膝まずいて『結婚してください』とプロポーズしている絵」とのコメントを雑誌の取材で漏らしている。
画像検索などでそれらしい絵柄は表示されているのだが、「どう見てもQuinton氏の絵柄じゃない」という意見もあり、おそらくはデータの据わりをよくするために適当なイラストを当てはめただけのニセモノであろうと思われる。あるいは本物かもしれないが、真相は誰にも分からない。
リチャード氏は実際にこのカードを忍ばせたデッキでリリー女史と対戦してプロポーズしようとしたものの、対戦が不利になる構成はゲーマー魂が許さず1枚しか入れなかったため、引き当ててプレイしたのは3ゲーム目であったと言われている。もちろん、リリー女史は快諾したとのこと。
合計9枚が製作され、1枚はガーフィールド氏本人が所有、1枚はイラストを描いたQuinton Hooverに送られたが、盗難により紛失している。 残りの7枚は結婚パーティで友人に配られ、現在も大切に保管されているという。
・ゲーム性能
額面通りに解釈すれば、あなたがリチャードで対戦相手がリリーでなければ意味は無い。しかし“本名でなければならない”とは記載されていないので、ニックネームだとでもしておけばゴールインである。
また、リチャードとリリーは【プレイヤー】でなければならないとも書いていないので、横にリチャードとリリーという観戦者が居たりしたら、その人達にプロポーズをさせる事もできる。物凄く迷惑な使い方ではあるが。
そして、受け入れられたら受け入れられたで、戦場のカードがその人達のデッキとなって没収されるのである。
リリー側は「プロポーズを受けるか受けないか選択可能」なのに対し、リチャード側は「プロポーズすることは強制」である。ただし投了はいつでもできるため、リチャード側は「プロポーズより敗北を選ぶ」事が可能。このカードの効果はあくまでプロポーズまでなので、その先にある実際の結婚まではこのカードは関知しない。
プロポーズが成功したあとで、前言撤回して結婚しなかったとしても、あくまでMTGのルール上においては適正。ただし世間のルール(法律)的に適正かどうかが問題になる。いくらMTGでは「カードはルールに優先する」と言っても、各国の裁判所が許してくれるかは保障できない。
同じく、婚姻が実行不可能である場合(年齢的な問題、近親者である、同性である、など)にも、世間のルールが優先される。もっともこちらの例の場合は、MTGのルールでも「不正な対象になにか実行させることはできない」が適応される。……かもしれない。
何はともあれ、これを使うからには、自身が一生を幸せに過ごせるよう、また、パートナーが生涯を幸福に送れるよう、弛まぬ努力を続けていく覚悟を持つ事が大事。
これを使う者の未来に、幸あらんことを。
何が何かも分からぬままに誕生した新たな自分とでも言うべき内面に、自分で自分を抱き抱えるように腕を回し、それでも弾けそうになる内なる何かに耐え切れず、とうとうその両膝を地に突いた。
「大丈夫です。落ち着いて、ゆっくり、ゆっくり。まずは深呼吸から始めましょう」
その体を優しく、しっかりと抱き込みながら囁く男の言葉に、辛うじて残っていた自我を保ちながら、焦点の定まらぬ視線のまま、何をしたのだと、その視線で男に問い掛ける。
「前々から……出会った頃から、勇丸とか【ジャンドールの鞍袋】とか【稲妻】とか、俺が使って来た色んな力を疑問に思っていたじゃないですか」
僅かに、溜めて。
「それを、これからお話します。……ただ、まずは落ち着いてからにしましょう。時間は……たくさんありそうですから」
それから、しばらく。
二人は小高い丘の近くにあった岩へと移動し、男はそこに背を預け、両の足を放り投げて座る。
少女を抱き抱える様に乗せながら、説明というよりは何処か、思い出話を語る風な口調で。
―――さてと。何処から話そうか。
手を伸ばせば届きそうな程に、真ん丸で大きなお月様。手を伸ばしてみれば、やっぱり届かなくて。
それでもそれを掴んでみようと、五指を開いたり閉じたり。考えを纏めながら詮無き行為を一頻り。
今後どうなるのかは分からない。ただ、これをしてしまったからには、自分の知識のそれから大きく外れる道に向かう事になるだろう。
けれど、構わない。この幸せがあるのなら。
批判や糾弾の声があるとするのなら、地獄にでも言った時に聞くとしよう。だから、今は押し通す。
そこまで考え、男は一端の思考を止め、しばし。
(星……綺麗だな……)
告白をし、それが受け入れられたという幸福感もあってか。目に映る全てが輝いて見えた。
(だったら)
こんなに綺麗な夜なのだ。それら照明達の美しさに敬意を表し、気取った風に始めてみるの一興だろう。
そうだな。まずは―――そう―――。
「―――ようこそ。多次元宇宙へ」
そう、切り出す事から始めた。