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No.26037の一覧
[0] 【ネタ】トリップしてデュエルして(遊戯王シリーズ)[イメージ](2011/11/13 21:23)
[1] リメンバーわくわくさん編[イメージ](2014/09/29 00:35)
[2] デュエルを一本書こうと思ったらいつの間にか二本書いていた。な…なにを(ry[イメージ](2011/11/13 21:24)
[3] 太陽神「俺は太陽の破片 真っ赤に燃えるマグマ 永遠のために君のために生まれ変わる~」 生まれ変わった結果がヲーである[イメージ](2011/03/28 21:40)
[4] 主人公がデュエルしない件について[イメージ](2012/02/21 21:35)
[5] 交差する絆[イメージ](2011/04/20 13:41)
[6] ワシの波動竜騎士は百八式まであるぞ[イメージ](2011/05/04 23:22)
[7] らぶ&くらいしす! キミのことを想うとはーとがばーすと![イメージ](2014/09/30 20:53)
[8] 復活! 万丈目ライダー!![イメージ](2011/11/13 21:41)
[9] 古代の機械心[イメージ](2011/05/26 14:22)
[10] セイヴァードラゴンがシンクロチューナーになると思っていた時期が私にもありました[イメージ](2011/06/26 14:51)
[12] 主人公のキャラの迷走っぷりがアクセルシンクロ[イメージ](2011/08/10 23:55)
[13] スーパー墓地からのトラップ!? タイム[イメージ](2011/11/13 21:12)
[14] 恐れぬほど強く[イメージ](2012/02/26 01:04)
[15] 風が吹く刻[イメージ](2012/07/19 04:20)
[16] 追う者、追われる者―追い越し、その先へ―[イメージ](2014/09/28 19:47)
[17] この回を書き始めたのは一体いつだったか・・・[イメージ](2014/09/28 19:49)
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[26037] 風が吹く刻
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Date: 2012/07/19 04:20










からんころん、と。

店のドアに取り付けられたベルが気味のいい音を立てながら揺れた。

条件反射の如く、未だ元気な老人の声が店内に響く。



「いらぁーっしゃい! ホ?」

「邪魔するぜい!」



カウンターから声を張った武藤双六の声に応えたのは、背の低い少年。

海馬モクバであった。

パソコンを片手に抱えて入ってくる様に、双六は首を傾げた。

店内の様子を軽く見回すと目当ての人間がいないと知り、モクバは双六に向き直った。



「遊戯たちは?」

「遊戯なら部屋におるぞ。みんなと遊んどる」



これでな、と双六が持ち上げたのは新発売のカードパックのBOXだった。

それを訊いたモクバは一言礼を言うと、勝手に店の裏の家に上がり込む。

双六は特にそれを咎めるでもなく、モクバの背中に声をかけた。



「どうじゃ! モクバくんも一箱くらい買ってかんかぁ!?」

「遠慮しとくよ!」



階段を駆け上がり、二階へ。

勝手知ったる人の家と言わんばかり、遊戯の部屋へと辿り着く。

突然開かれたドアに驚いたのか、全員モクバの方に注目していた。



「いたいた! なあ遊戯、この前の事なんだけどさ……」

「っておい! モクバ、何おめー勝手に人の部屋に入ってきてんだよ、ノックくらいしろっての」



床に座っていた城之内が立ち上がり、ずいとモクバの顔に指をつき付けた。



「べっつに城之内に言われる筋合いはねーだろー」

「んだとぉ」



ぬぎぎ、と睨み合う二人が鼻先で押し合い圧し合い。

そんな様子を気にしていない遊戯が、モクバへと声をかけた。



「アメリカから帰ってきてたんだね。どうしたの、モクバくん」

「っと、そうだった」

「をっ!?」



押し合うのを止め、城之内を避けて部屋の中に入る。

と、バランスを崩した城之内はそのまま廊下へと転がった。

後ろで盛大に転ぶ音がしたのも構わず、モクバは脇に抱えたパソコンを起動して遊戯に見せつける。



その画面をずいと眼の前に突き付けられ、遊戯は少し後ずさった。

そして空いた隙間から覗き込むように、近くにいた本田ヒロト、真崎杏子、獏良了が首を延ばしてくる。

ディスプレイに映っているのは白いドラゴンのようだ。

見た事もないドラゴンの画像に、三人の視線がそのまま遊戯へシフトした。



「これは……」

「遊戯は知ってるの?」

「うん。この前デュエルした人が使ってたモンスターだ」



杏子の質問に応え、遊戯はモクバに顔を向けた。



「これがどうかしたの?」

「どうもこうもないぜ。こいつ、使ってた奴はどんな奴だったんだ?

 こんなモンスター、海馬コーポレーションのサーバーに登録されてないんだ」



呆れるように首を振ったモクバ。

その言葉に、遊戯と杏子、そして本田の首が横に傾げた。

対し、獏良はパソコンのディスプレイを指さしてモクバに疑問を投げかけていた。



「つまり、こんなモンスター存在する筈ないって事?」

「ああ。うちのデュエルディスクは、ディスクにセットされたカードに埋め込まれたとICチップを解析。

 その情報を元にメインサーバーに照会して、ソリッドヴィジョンとパラメータをロードしてるんだ。

 だから間違ってもこんなモンスター、デュエルディスクで使える筈ないのに」



はぁ、と溜め息を一つ。

要するに、と。



「そいつは自分で使ったニセモノカードを使ってたって事か?」



本田が今のモクバの言葉を要訳して簡潔に問う。

訊かれたモクバも事実の把握はできていないのだ。

むぅと小さく唸って両手を上げた。



「それが分からないから調べてるんだよ」

「でももう一人のボクと彼がデュエルした時は、普通に召喚できてたよ?

 それに……」

「それに、オレが見た限りじゃああいつはそんな卑怯な事するデュエリストじゃあなかった」



声は廊下の方から。

モクバに突っ込み、転んで廊下で転倒していた城之内であった。

起き上がった彼はゆっくりとこちらに向かってくる。

彼が言うその言葉を微妙な顔で聞いていた本田は、顎に手を宛がって俯いた。

そのまま数秒待ち、顔を上げた本だは城之内に問う。



「どうして分かるんだよ」

「そう言ってやがるのさ。オレの、デュエリストとしての勘。って奴がな……」

「遊戯。で、そいつはどんな奴だった?」

「うぉおおおおいっ!」



ふ、と微笑んで言い切った城之内から全員が眼を逸らす。

視線を向けられた遊戯は困ったように笑いながら、頬を掻くしかできなかった。

モクバは見せつけるように大きく溜め息を吐くと、城之内に視線を向ける。



「お前の勘なんか訊いてないんだって」

「へっ。じゃあお前、それを調べて何か分かった事があるのかよ?」

「……だから、今調べてるって」



バン、と壁を思い切り叩いて城之内は拳を握る。



「こういう時は勘を信じるもんなんだよ!

 オレのデュエリストとしての勘が言っている……あいつは悪い奴じゃあない!」

「はぁ……まぁいいや。で、遊戯。

 そいつが使ってたのはこのカードで全部か?」



力説する城之内に疲れたのか、モクバは遊戯にカードの一覧を見せる。

一番上から眼を通していけば、それは間違いなくあの時のデュエルで使われたカードの目録だ。

念のため、心中で今の話を聞いていた相棒にも確認を取る。



「――――うん。これで、全部合ってると思うよ」

「そっか。じゃあこれで……」

「何するんだい?」



獏良がモクバの後ろに回り、パソコンを覗き込む。

すると幾つものウィンドウが出ては消え、出ては消えと画面が目まぐるしく動いている。

ゲーム運営の都合、こういう機器に触れる事も多い獏良だ。

それなりに分かるつもりであったが、こうも手際よく済ませているのにはついていけなかった。

御伽くんなら分かるのかなぁ、なんて思いつつモクバの顔を覗く。



「デュエルリングサーバーのバンクからこのカードのデータを全部削除するんだよ。

 ペガサスの方でも知らないカードだって言うし、本来は必要ないデータなんだから」

「え? でもそんな事したら、その遊戯とデュエルしたって人がそのカードを使えなくなるんじゃ……」



杏子の声に若干声を荒立たせつつ、モクバが応える。



「もともと使える筈ないカードなんだって。

 そいつ以外に持ってる奴がいない筈のカードなんだし、ある方がおかしいんだよ」



そう言って、モクバはパソコンの実行キーをカタン、と。

押し込んだ瞬間にピーと鳴る警告音。

モクバが眼を見開いて、画面に見入ってしまう。

どうかしたかと全員が揃ってモクバの後ろからそれを覗き込む。



「なんだこれ……」

「どうしたの、モクバくん…?」

「ありえない。海馬コーポレーションにこの端末からアクセスできないなんて…」



呆然とパソコンの画面とにらめっこしているモクバ。

その後ろで、5人は顔を合わせて一斉に首を傾げた。



「つまり……そのカードのデータが消せないって事?」

「そうじゃない、そうじゃないんだ。

 そもそもここからじゃ消せない。

 お前たちに裏をとったおれの連絡を受けて、社内にいる奴らが消去を実行する筈だったんだ」



モクバが瞳を揺らしながら、しかし鋭く研ぎ澄ませてカタカタとキーボードを叩く。

幾秒か目まぐるしく指を動かしそうしていたものの、エンターキーを押せば矢張り警告音で終わる。



「……もっと根本的な話だ。

 海馬コーポレーションのネットワークが完全に外部から切り離されてる……!

 ―――――そうだ、デュエルディスク!

 おい城之内! なんでもいいからデュエルディスクにカードをセットしてみろ!」

「へ? なんで?」

「いいから!!」



言われた城之内はぶつくさと呟きながら仕方なくディスクを腕に装着した。

てし、とデュエルディスク上に置かれるカード。

ディスクの起動とともにソリッドヴィジョン投影システムが始動し、

城之内の前にワイバーンの戦士の姿が現れ……



「あん?」



なかった。

ザザザ、と本来ソリッドヴィジョンが映し出される筈の空間がざわめく。

それだけで、普段見慣れたモンスターの姿はいっこうに現れない。



「――――サーバーとディスクの連絡も断ち切られてる……!」



モクバが窓へと走り寄り、思い切り開け放った。

そこから覗くのは当然、いつも通りの童実野町の姿――――

その中に、幾つかおかしなものが交じっている。

今城之内がやって見せたような、ぶれたソリッドヴィジョンの出来損ない。

ここから覗く光景の数カ所にそれがあった。

どれもデュエルディスクを使ってデュエルしている人間のいるところだ。



「これは……」

「何かあったんだ、海馬コーポレーションでっ!」

「モクバくんっ!?」



絶句する五人の前で、モクバが踵を返して走り出す。

五人はともに顔を合わせて肯き合い、その後を追った。











「どうした、応答しろ――――く」



ブルーアイズ・ジェットで飛行している海馬瀬人は顔を顰めた。

もう海馬コーポレーションは視認できる距離だ。

頂点の闘技場エイベックス・アリーナ

社の屋上に設備されたそこへ着陸する手筈が、社員との連絡がつかず果たせない状態になっている。



「どういう事だ……!」



上空で旋回しつつ瀬人は自身の会社を見下ろす。

着陸するのも不可能ではなかろうが、この機体に余り無茶をかけるのも気がひける。

そう考えながら小さく唸る瀬人の前で、信じ難い事態が巻き起こる。

――――鈍く低い音が轟く。

分かり易くどんな音だったかと言えばまさにドカン、であった。



海馬コーポレーション本社の一部で、小規模ではあるものの爆発が発生した音だった。

息を呑みながらその光景に見入っていた瀬人が、

本社ビルの砕けた窓の奥に覗く一つの影を捉えた。



「あれは―――――!」



即座にブルーアイズ・ジェットの機動をオートに。

オートパイロットのスナップスイッチを起こし、即座にその近くにあるキャノピー解放のスイッチを押しこんだ。

バシュッ、と空気が暴れる音とともに開くキャノピー。

オートパイロットによって自動に動くジェットの中で立ち上がり、シートを足場に直立する。

最新鋭の戦闘機をも凌駕するスペックのブルーアイズの飛行中だ。

膨大な風を浴び、常人であれば普通に立つ事すら完全に不可能だろう。

だが海馬瀬人はそんな風の影響などまるで受けてないかのように、軽々と立ち上がってみせる。

更にその体勢で腕にデュエルディスクを装着し、腕を組む程度の余裕を見せつけた。



ブルーアイズが本社ビルに接近する一瞬を見極め、彼は跳ぶ。

200キロで走ってるバイクなどとは比べ物にならぬほど危険な行為である事は違いない。

減速など一瞬たりともなく、ただ飛ぶだけのジェット機から瀬人は悠々と飛び降りた。

飛び降りるだけにも関わらず、反動で瀬人の身体はミサイルよろしく射出されたかのようにすっ飛ぶ。

弾丸の如く迸ったそれは、窓ガラスを突き破って社屋へと文字通り突入した。



廊下にしては空間が広大なのは流石の大企業か。

窓ガラスの破片を撒き散らかしながら突っ込んだ瀬人は、そのまま華麗に着地を決める。

ガラス片を踏み砕きながら、バサリと白銀のコートを靡かせた。



――――瀬人自身がジェット機の中で見つけた人影は真正面。



突如の闖入にぎょっと眼を見開く不審者。

魚雷の如く人が飛んでくれば誰だって驚くのが普通だろう。

そして果たしてその正体は、黒いコートを着た天馬に他ならなかった。

その影を見つめ、瀬人は小さく鼻を鳴らす。



「ふぅん。月行……いや、夜行の方か。

 なるほど。この騒ぎ、さしずめ貴様が企んだことだろう」

「海馬瀬人……!」

「目的は……オレがペガサスが受け取ったあのカードと言ったところか」



瀬人は視線を這わせ、夜行の手に在るアタッシュケースを見ている。

それは厳重に保管していた筈のケース。

氷結界の龍 グングニールが格納されている特別製だ。

瞬く間に状況を看破された夜行の表情が曇る。

その様子に小さく嘲笑し、瀬人は夜行を指差した。



「兄に劣る貴様らしい低レベルな考えだな。

 大方、強力なカードを手に入れて兄の鼻を明かそうとしたのだろうが……

 貴様如き弱小デュエリストが他者から奪い取ったカードで強くなった気分を味わおうなどと考えるなど、

 恥を痴れッ!!」

「それを貴方が言うか……青眼ブルーアイズを奪うに等しいやり方で手に入れた貴方が」

「ふぅん。最強のカードは常に最強のデュエリストの手中に収まる……

 元よりオレと貴様では天と地ほどに差があるのだと自覚するのだな。

 弱小デュエリストが強がる手段としてカードを奪い集める事と、

 宇宙最強のデュエリストであるこのオレの手に、絶対無敵にして最強無比のカードが舞い込む事を一緒にするな!」



まるで悪びれる事などない。

当然だと言い切った瀬人の腕に装着されたディスクが、その雄叫びに呼応して展開する。

逃げる事を考えていたのだろう、視線を彷徨わせていた夜行が表情を変えた。



「欲しいと言うのであれば、このオレから力尽くで奪ってみせるのだな。

 いや、今貴様のデッキに入れたければ入れるがいい。

 貴様がオレの海馬コーポレーションにハッキングしたあげく、金庫を爆破までして奪おうとしたカード。

 その程度のモンスターなど、オレの青眼ブルーアイズの前では雑魚同然だという真実を見せてやる」



すぅ、と眼を細める夜行。

懐へと手を忍ばせ、引き抜くのは白いカード。

今し方海馬コーポレーションの金庫から強奪した、氷結界の龍。

それを手に、小さく笑う。



「いいのですか? このカードの力は、貴方も理解している筈だ」

「御託は後にしろ。まずは――――

 その身に、我が最強の僕によりて、真の絶対的な力というものを骨身に刻んでくれるわ――――!」



夜行が腕を上げれば、デュエルディスクが駆動し唸りを上げる。

展開状態となったディスク二機が通信し、

決闘の幕開けを告げるブザーを高らかに響かせた。











最早それはそれであるというだけで脅威。

存在自体が悪意と恐怖の具現。

その呼気は嵐の如く吹き荒れ、地上の生命を根からこそいで死滅させる。

爛々と輝く真紅の眼光に捉えられた決闘者は例外なく、

自らの深層からマグマが如く噴き出してくる恐怖に呑まれ、絶命する事だろう。

ああ、だがそれでも遥かに凌駕する嚇怒がある。



グリップに力を籠め、スロットルを解放してモーメントエンジンを咆哮させる。

遊星号のボディが風を切り、眼前に君臨する邪神を目掛けて加速した。

愚かにも反逆する微風を、紅の眼光が侮蔑するかのように見下ろしている。

緑色の筋肉が脈動し、張り付いた骨格の鎧が軋みを上げ――――

悪魔の頂点、魔神が歓喜の断末魔を轟かす。



「さあ、行くぞ! バトルフェイズ――――侵略せよ、ドレッド・ルートォッ!!」



王者の発破に応え、邪神の双眸が妖しく輝く。

筋肉の収縮に合わせて骨格が軋み、

弾けるように解放された力が瘴気となって溢れ出す。

ビリビリと肌を叩く波濤を受け、しかし遊星は退く事なく前へと進む。



「ドリル・ウォリアー失き今、貴様を守るモンスターはいないッ!

 ダイレクトアタックで果てるがいいッ!!」



膨張した筋肉、拳を握りしめて邪神が躍る。

一個の肉塊と化した拳を振り翳し、その衝撃でスタジアム全域を鳴動させる―――!

ソリッドヴィジョンと認識しているにも関わらず。

その衝撃は畏怖に値し、迫る死という根源的な恐怖に匹敵する。

風を壊し、意識を委縮させるだけの威力。

それらを全て物理的な破壊力に転換し、叩き付ける絶滅の奥義。



「フィアーズ・ノックダウンッ!!!」



名と同時に振り抜かれる絶望の拳。

その名の通り、遍く全てを恐怖の内に打ち伏せる絶大なる一撃。

この恐怖を浴び、威力を受け、生存できる見込みは0。

例え命が千切れかけた雑巾のように残ろうと、

恐怖と絶望は精神を折り、砕き尽くして終焉させる。

そんな、一撃を前に――――



「プレイヤーへのダイレクトアタックが宣言されたこの瞬間!

 オレは手札から、モンスター効果を発動ッ!!」



遊星号の真横に光の球体が出現する。

それは、デュエリストの手から放たれたカードに封じられた魔物が現出する予兆。

――――バァ、と炎が噴き出す。

噴出した炎の華が光球を内側から裂き、内部からモンスターの姿を掻き出した。



さながら、ロケット花火のように飛び出す影。

金属のフレームで組み上げられた、機々械々なかかし。

それは炎を噴き出し、速度を上げて、遊星を追い抜き前へと躍る。

迫りくる邪神の拳の前に飛び出すかかしの、バイザーに隠された眼光が輝いた。



「速攻のかかしの効果発動ッ!

 相手のダイレクトアタック宣言時、このカードを墓地へ送る事でその攻撃を無効にし、

 バトルフェイズを終了させるッ!!」



内部から炸裂するかかしのボディ。

無数の金属片と火の粉を撒き散らしながら果てる人形。

迫撃する邪神から見れば、それは突然目の前に現れた盛大な目晦まし。

紅の眼光が見据える先にいた筈の遊星の姿は、散らかされた白煙の向こう。



――――咽喉の奥で怒りの雄叫びが木霊する。

僅かな戸惑いを薙ぎ払い、振り抜かれる悪魔の一撃。

その衝撃で散在するかかしのデブリを吹き飛ばし、

真正面にいた筈の敵を目掛けて拳を叩き込む―――!



轟音とともに着弾する一撃が、コースを破砕し大地を揺るがす。

視界を塗り潰された上で、半ば八つ当たりのように放たれた一撃は、

目標を捉える事なくただ戦場を蹴散らすに留まった。

白煙の残滓を潜り抜け、遊星は邪神の見当とはまるで違う場所を走りくる。

ズ、と邪神の魔貌が激情に歪められた。



車体を反転させ、ジャックが遊星のその様子に鼻を鳴らす。

残り1枚となった手札の最後をホルダーから引き抜き、ディスクへと走らせる。



「フン、ならばオレはカードを1枚伏せ、ターンエンドだ」

「オレのターンッ!」



速攻のかかしが巻き起こした煙幕が、風の中に拡散して明けていく。

それそのものが恐怖を掻き立てる怨嗟の唸り声を上げながら、邪神は身を引く。

デッキの上にかけた手をカード1枚とともに抜き打ち、

遊星はアクセルを噴かす。

互いのスピードカウンターが4を刻む。



「この瞬間! 除外されたドリル・ウォリアーはフィールドに舞い戻るッ!」



遊星号の横。

爆走するDホイールに追従するように、コースが盛り上がり罅割れていく。

くぐもった破砕音は地下より沸き上がる大地の悲鳴。

一際大きな音とともに、アスファルトの地面が内側から炸裂した。



現れるのは黄金の双眸。

赤茶けたボディには埃一つ、傷一つついていない。

全身のドリルの回転で地底を切削していた機兵が、いまフィールドに再臨する。



「ドリル・ウォリアーの効果はこれだけで終わらない!

 更に、この効果で特殊召喚した時に墓地からモンスターを一体手札に加える!

 オレが選ぶのは、速攻のかかし!」



迸る光は、遊星号のセメタリーからのもの。

遊星の宣言と同時、内部に収納されていたカードが1枚スライドして出てくる。

それを摘まみとり、ホルダーへと挟み込み、前を走るジャックを見据える。



「そして、ドリル・ウォリアーのもう一つの効果を発動!

 攻撃力を半分にする事で、相手へ直接攻撃することができる!」



ドリル・ウォリアーが右腕を大きく掲げ、その回転を増していく。

その破壊力は削岩は当然として、風すらも圧砕する。

回転に巻き込まれた烈風を圧縮し、巻き込む風の弾丸と化す。

瞳に輝く黄金の光。

軋むほどに充足した力を手に、螺旋の戦士が声ならぬ回転音で咆哮する。







「よし、これなら!」



二人のデュエルを観客席で見守っていた氷室が、その状況を見て喜色の歓声をあげる。

嬉しそうで結構なのだが、俺は内心穏やかじゃなさすぎて反応できない。

完全に、もう完膚無きまでに俺の知るデュエルじゃない。

ドレッド・ルートがいなければまだともかく、これはもう―――

俺の知る、フォーチュンカップ決勝とは完全に乖離したデュエル。



「よしこれならって……でもまだジャックには邪神がいるじゃん!

 遊星のモンスターじゃ勝てないよ!」



龍亞が眼下、スタジアムで聳える邪神を指差し叫ぶ。

観客席にいてなお分かる。

あの邪神は絶対的な恐怖を周囲に振りまいている。

こうして見ているだけならまだしも、正面で睨まれるなんて絶対に勘弁だ。



「いや。遊星のモンスターはドリル・ウォリアー、それに手札に速攻のかかし!

 このコンボなら、邪神ドレッド・ルートがどれだけ凄くても関係ないんだ!」

「へ? そうなの?」



氷室の方を見て叫んでいた龍亞が、正反対の方向から天兵に声をかけられ振り向く。

うん、と肯いてみせる天兵。



「手札を1枚捨てる事で次の自分のターンまで除外され、

 その上墓地のモンスターを回収できるドリル・ウォリアー。

 それと、ダイレクトアタックされた時に墓地ヘ捨てる事で、バトルフェイズを終了させる速攻のかかし。

 この二体を組み合わせれば、どんな強力なモンスターだって攻められない!」

「うーん、そりゃどういう事なんだい?」



二人の少年の後ろから矢薙が首を出し、訊ねる。

その言葉を継ぐのは天兵ではなく、氷室であった。



「つまり、今遊星の場にいるドリル・ウォリアーは、ジャックのターンにはフィールドには存在せず、

 除外されているという事さ。

 いかに強力な効果を持つ邪神だろうと、除外されたモンスターを攻撃する事はできない」

「でもそんな事したらあんちゃんのフィールドがガラ空きじゃないか!」

「そこで速攻のかかしの出番ってわけだ。

 ダイレクトアタックされた時、こいつを手札から捨てる事でそのターンのバトルを無効にしてくれる。

 次の遊星のターン、ドリル・ウォリアーはフィールドに戻ってきて、

 その時に墓地ヘ捨てた速攻のかかしを回収する事で、何度でも効果を使う事ができる」

「でもでも! それじゃ逃げ回ってるだけで邪神を倒せないよ!」

「倒す必要はないのさ。

 何せドリル・ウォリアーは攻撃力を半分にする代わり、ダイレクトアタックができる効果を持っている。

 邪神の効果と合わせて攻撃力は600まで下がるが、

 それでもこのループコンボを破らない限り、ジャックは毎ターンのダイレクトアタックを受ける事になる!」



氷室は自信満々に言い放つ。

いやまあ、その通りだと思うんだけど。

まったくもって破られない気がしない、というか。

みたいな感じで苦い表情をしていると、龍可に声をかけられる。



「どうしたの?」

「いや、うん……ジャックがそう簡単に、っていうか」



何故俺はこっちにきてしまったのか。

別の席にいけばよかった。

俺の呟きを聞いた氷室も、一瞬悩むような素振りを見せて肯く。



「確かにな。だが、この布陣をその簡単に崩す事は…」



ぶつぶつと呟くように悩む氷室を尻目に、状況は動いていた。







「行け、ドリル・ウォリアーッ! ジャックへダイレクトアタック!」



回転する螺旋の角は風を帯び、それを弾丸として纏っている。

そんな腕を振り回すように肩から大きく反らせ、解き放つべく引き絞る―――

ガチガチとドリル・ウォリアー自身の装甲が軋みを上げて、

間接へのダメージを訴えかけてくる。

ただでさえ目前に聳える邪神は脅威。

対峙し、攻撃を交わしあう事はなくても、ただそこに在るだけで絶大な過負荷になる。



頭部で黄金の双眸が輝きを増し、その光の眼で以て正面を見据える。

狙うは邪神のそれでなく、その奥に在るジャック・アトラスに他ならない。

振り翳した腕を、捻り上げた上体を解放すると同時に、全力で肘を伸ばし切る。



「ドリル・シュートッ!!」



――――迸る風の弾丸。

それは軌跡となった地面のコンクリートを盛大に削り、巻き上げながら一直線に獲物を目指す。

凝縮された風は、邪神に反応すら許さぬ速度でその足元をすり抜ける。

擦掠し、身体を撫でる風の叫びを聞いて、ようやく邪神が動く。

だが無駄だ。

邪神を無視した攻撃は、そのまま走るホイール・オブ・フォーチュンを捉えた。



炸裂する暴風。

激しく揺さぶられるDホイールを毅然と抑え付け、何でもないかのように振る舞う。

王者の所以か、分かり切っていたとばかりに超然と余裕を見せつける。

低下するライフカウンターの数値は2200。

自らの効果に加え、邪神のフィールド制圧影響下にある、ドリル・ウェリアーの攻撃力は600。

単純に考えるのであれば、あと4度同じ攻撃が通ればジャックのライフは0だ。

速攻のかかし、そしてドリル・ウォリアー。

二体のモンスターが織り成すコンボは、相手の攻撃を封じてこちらの攻撃を確実に当てる。

が――――



ジャック・アトラス、そう簡単に行く相手ではない――――



「フン、なるほどな。

 更にこのバトルフェイズが終了した瞬間、再びドリル・ウォリアーの効果を使うわけか。

 貴様らしい実にせせこましい戦術だ。

 だが、こんな小細工がこのオレに通用するとでも思っているのか――――!

 オレはこの瞬間、伏せリバースカード発動オープン!」



ジャックがその指先を奮い、自らの軌跡に隠されたカードを開く。

伏せられ、コースに敷かれていたカードのソリッドヴィジョンが現れ、光を放つ。

小さく鼻を鳴らすジャックの前方。

カードから光とともに衝撃が迸り、遊星のフィールドに控える戦士に向けて放たれた。



自らを襲う衝撃波を察知したドリル・ウォリアーが、眼光を照らしてその力を奮う。

掲げられた腕のドリルが回転し、真正面から迫るそれを迎え撃つ。

鋼の咆哮、唸りをあげる螺旋が臨界に狭り、火花を散らして軋みたてる。

あらゆる障害を粉砕するドリルに、放出された衝撃波が牙を剥く――――



衝突し、裂けるのは――――放たれた衝撃の塊の方だった。

真正面から螺旋の槍に叩き込まれたそれは、千々に裂かれて飛び散る。

弾ける力場が周囲を包む霧となり、ドリル・ウォリアーの中心に凝っていく。



「これは――――」

トラップ発動! ショック・ウェーブッ!!」



王者の宣告が空を裂き、同時に天から破滅が降る。

周囲に満ち満ちていた霧が渦を巻き、ドリル・ウォリアーの身体を巻き上げた。

烈風の檻は地を制する戦士に抗う事すら許容しない。

ただ動かすだけでメキメキと軋む首を動かし、螺旋の戦士は天を仰ぐ――――



迫るのは圧倒的な気流の暴力。

凝縮された勢いは、軌跡を呑み干しながら標的に向かい、留まる事無く殺到する。



―――――直撃。

所作を奪われた戦士の末路は、ここに決する。

装甲が拉げ、砕け、撒き散らしながら潰れていく螺旋の槍。

その貫通力すら凌駕する圧力の前に、それは負けて折れる以外に結果がない。

瞬く間に圧壊する身体が炎を噴き、光と共に散華する。



「ドリル・ウォリアーッ!」

「自身のライフが相手のライフを下回る時、フィールドのモンスター一体を破壊し、

 その攻撃力分のダメージを互いのプレイヤーに与える。

 それこそがショック・ウェーブの効果!」



ジャックが大仰に語る効果。

その解説に合わせるように、爆炎と光の中から潰れて裂けたドリルの破片が飛来した。

前を征くジャックに、それを追う遊星に。

二人のDホイーラーの身体に傷を刻む、鉄屑となり果てた戦士の形見。

それを受け、遊星のライフは2200に。

そしてジャックのライフは1600まで減少した。



「くっ……!」

「よもやオレが何の理由もなく、貴様にライフを自由にする権利を与えたなどとは思ってはいまいな!

 このターン、貴様が行った行動は全てオレの予測の範疇!

 この程度の粗末な戦術でオレが倒せるとでも思ったか!
 さあ、遊星! 貴様の底の底、その全てを見せてみろッ!!」



チェンジ・デステニーの発動。

それは攻撃を防ぐばかりではなく、このトラップの発動にも関わっていたという。

くっ、と小さく咽喉を鳴らして遊星は遊星号の制御に意識を傾ける。

高らかに吼える鋼獣と身体を一つにし、見据えるのは前を走る王者。



「オレはこれでターンエンド……!」

「フン、ならばオレのターンッ!」



宣誓と同時にその指先がカードを捉え、抜き放つ。

同時にカウントアップするスピードカウンターは、互いに5つ。

そのカードを一瞥だけして、口角を歪めた。

抜いたカードをその手のままに、ジャックは自らに侍らす邪神に命令を下す―――



「邪神ドレッド・ルートよ、行けッ!」



それを待っていたとばかりに、真性の恐怖が溢れ出す。

滞留していた闇色の感傷、恐怖の濃霧を撒き散らしながら躍動する四肢。

思い切り振り上げられた掌で、地を這う敵を押し潰しにかかる。

迫る絶望の圧力を前に、遊星の腕が動く。



引き抜くは先に手札ヘと入れたカード。

速攻のかかし。



「手札から、速攻のかかしの効果を発動ッ!

 ダイレクトアタックを無効にし、バトルフェイズを終了させる!」



遊星の指から流れるようにセメタリーへ。

その瞬間墓地から溢れ出す光が、金属製のかかしを投影した。



炎が噴く。

バーニアの光芒を引き摺りながら、そのかかしは正面に聳える邪神を目掛け舞う。

頭部に装着されたサングラスの奥で煌々と光る瞳。

レンズの瞳は正確に、絶望の霧の向こうで君臨する邪神の姿を捉えている。

迷う事なく、その末尾から吐き出す炎で軌跡を描きながら舞い上がるボディ―――

それは、邪神が振り下ろさんとしていた掌の中央へ吸い込まれるように突っ込み、

あえなく爆散した。

フィールド全体に満たされる破壊の痕跡たる爆煙。

濃密に散布された煙は邪神から視力を奪い、その攻撃から目標を奪い取る。



―――後方がその爆煙に満たされるのを見取り、

ジャックは手にしたままのカードをホイールのスリットへと差し込む。



「カードを1枚伏せ、ターンエンド!」



華麗に繰るり、ホイール・オブ・フォーチュンの車体を反転させる。

はっ、と大きく高らかに嘲笑う声。

スタジアムを反響するキングの圧倒に、観客が沸き立つ。

それを――――爆煙を、哄笑を、風を断ち切る閃きで立ち向かう。

周囲に散る砂塵をカードドローの衝撃で薙ぎ払い、赤のホイールが追走する。



「オレの、ターンッ!!」



閃くカードがその閃光のままに、ホイールのディスク部へと滑り込む。

遊星号の前方に展開される光の球体。

そこから飛び出すように現れる、橙色の装甲を纏った機械の戦士。

不動遊星のデュエルを、それたらしめる調律師。

背後にエンジンを背負った、小柄な機械の体躯を精一杯躍動させ、意志を示す。

その名を――――!



「ジャンク・シンクロンを召喚ッ!!」



マフラーが靡く。

風の中で吼えるエンジンの怒号が嵐となり、フィールドを震動させる。

メタリックな色を見てとれる腕を撓らせ、掌を掲げて広げ、

その先に光の渦を産み落とす。



冥府と繋がるワームホール。

極めて限定的ながら、既に破壊され埋葬された同胞を呼び戻す事を可能とする術。

科される条件とは、レベル。

ジャンク・シンクロンのスペックで呼び戻せるのは、レベル2以下に限られる。



「ジャンク・シンクロンの効果! 墓地から、レベル2のスピード・ウォリアーを特殊召喚ッ!!」



舞い戻る疾走者。

ジャンク・シンクロンの創り出した孔から、光を纏って現れる影。

――――先に、ビッグ・ピース・ゴーレムとの戦闘で破壊されたスピード・ウォリアー。

その姿を呼び出して、やるべき事は決まっている――――!



ジャンク・シンクロンがその手を背負ったエンジンのスタータにかける。

思い切り引き起こされるスタータ、起動するエンジンが高鳴り、駆動音を響かせた。

震え立つ橙の機甲。

それは解れ、砕けていくように三つの光となって散らばった。



「レベル2のスピード・ウォリアーに、レベル3のジャンク・シンクロンをチューニングッ!

 集いし星が、新たな力を呼び起こす!」



スピード・ウォリアーを取り巻き、破壊し、再生する光点。

通常のモンスターをチューナーモンスターが調律し、

それこそ、レベルと言う名の規則でもって再構成するデュエルモンスターズの奥義。



「シンクロ召喚!」



束ね上げた光を鎧と化し、五つの星は一体の戦士と成り得た。

青色の装甲を紡ぎだし、機械の体躯の戦士が躍り出る。

風に流れるマフラー、胴より太く肥大な右腕、赤いレンズの瞳を照らして召喚される。

名を―――――



「出でよ、ジャンク・ウォリアーッ!!」



くず鉄の戦士は空を翔け、遊星と並ぶように追走する。

その、自らの相手が呼び寄せたモンスターを一瞥し、ジャックは失笑した。



元々の紺がかった青色の装甲の戦士の身体は、その表示形式を示すように空色に染められていく。

ジャンク・ウォリアーの攻撃力は、たかが2300。

その状態でなおかつ、邪心の恐怖支配を受けて1150まで低下している。

まるで届かない。

故に守備表示にして耐える以外ないのだ。

だが、とジャックは眼光を引き絞る。



「オレはこれでターンエンド」

「オレの、タァーンッ!」



刻まれる速度の印、スピードカウンターは互いに7。

引き抜かれるカードに眼を通し、そのままホイールへと叩き込む。



「オレはSpスピードスペル-シフト・ダウンを発動!

 スピードカウンターを6つ取り除く事で、カードを2枚ドローする!」



ジャックサイドのSCの表示が7から1へ。

その代わりに得るのは、2枚のカード。

一気に手に加えたカードを見て、1枚をホルダーへ、そしてももう1枚をホイールへ。



ジャックの眼前で光が渦巻き、モンスターの姿を構成していく。

奮う両腕には長大な槍。

頭蓋骨を模した兜の中で真紅の眼光を燃やし、悪魔が出でる。

腰部から垂らした血色の布をはためかせ、見据えるのは拳を構える戦士。



「オレはランサー・デーモンを召喚! そしてバトル!!」



闇が幕を開ける。

悪鬼の咆哮とともに噴き上がる邪悪。

邪なる神はその闇霞を食み、自らの拳に力を結集させていく。

邪神の名に相応しく、それは絶望を糧に恐怖を齎す。

そして齎された恐怖が希望を呑み下し、絶望に塗り替える無限の悪夢。



恐怖の根源たる羅刹は、遂に獲物の首に手をかけた事に歓喜する。

正しく歓喜の断末魔。

聞いただけで精神を擦り潰されるような悪意が凝り、恐怖と化して降り下る。



「邪神よ、ジャンク・ウォリアーを滅殺せよ!」



邪神の鉄槌――――

万事を滅ぼす悪意の結晶が、ジャンク・ウォリアーを目掛けて放たれた。

滞空していたジャンク・ウォリアーは背負ったブースターに火を灯し、浮力を生み出し舞い上がる。

真正面から迫る力の権化を、大きく全身をバレルロールさせながらスライドし、躱してみせた。

自身の真横を通り過ぎていく濁った緑色の拳。

その圧力を浴びながらも、ジャンク・ウォリアーに退去などという選択肢はない。

ばばば、と背後で炎を吹かして舞う。



拳撃を放ち、伸ばし切った腕を薙ぐ。

筋肉の塊は、ただその一閃で全てを薙ぎ払う暴虐となる。

受ければ一撃。

その名が示す通り、ジャンクと化す事は想像に難くない。

だが、



「ジャンク・ウォリアー!」



主の声に応え、レンズが光を放つ。

赤い赤い光の閃きと同時、バーニアが今まで以上に力強く炎を噴く。

生み出す機動性は全て邪神の一撃を躱すためにこそ行使される。

高速で奔る体躯は、邪神の攻撃を躱し得る速度での運動を可能とし――――



――――ガギャ、と。

金属が叩き付けられた音とともに、その全てを失った。

邪神の動き、そこに全能力を集中させていたジャンク・ウォリアー。

その隙を突き貫く、槍の一撃。

ランサー・デーモンの手から投擲された銀色の刃が、ジャンク・ウォリアーの胴体を貫いていた。

ばちばちとスパークする胴体部、ちかちかと明滅するカメラアイ。

バーニアからは炎が失せ、消える。

それはつまり、迫りくる邪神の一撃を浴びる以外にないという事実。



「ランサー・デーモンの効果発動!

 ランサー・デーモンは自軍のモンスターが、守備モンスターを攻撃した時、

 その守備力を攻撃力が上回った場合、その差の分だけダメージを与える効果を与える効果を持っている!」

「くっ……! ジャンク・ウォリアーの元々の守備力は、1300……!

 邪神の効果によって、750まで低下している……!」



絶え間なく明滅し、今にも完全に消灯してしまいそうなカメラアイ。

その眼が捉える、迫撃する豪腕。

――――全速で振り抜かれた腕は、ジャンク・ウォリアーの身体すらも、

何の障害でもないかのように速度を落とす事無くスイングを果たした。

薙ぎ払われた機械の身体が砕け散る。

空で咲く黒煙混じえた炎の華、飛び散る破片。



「ジャンク・ウォリアーッ!!」

「そして! 貫通ダメージを受けてもらおうか!!」



爆炎の中から飛び出す、灼熱に炙られた槍。

ランサー・デーモンが投擲し、ジャンク・ウォリアーに突き刺さっていた凶器。

それが、今こそ遊星のライフに止めを刺すべく殺到する。

――――その威力は3250ポイント。

2200まで削られている遊星に耐える事など不可能。



目前まで迫った槍を前に、遊星の指先が奔る。

カチリ、と叩かれる伏せリバーススイッチ。

展開される伏せリバースカード、叫ぶ声はそのカードの名。



トラップ発動、ガード・ブロック!!」



遊星の雄叫びに感応したか、自らが止め切れなかった攻撃を止めるべく炎が灯る。

爆炎の中から躍る機械のボディ。

完膚無きまでに破壊したと、そう確信していた邪神の相貌が歪む。

最大の特徴と言えた右腕は肩口から無くなっていた。

ブースターのノズルも片方は折れ、無軌道に炎を撒き散らすだけのただの花火だ。

だがしかし、槍によって開けられた孔も、邪神に粉砕された身体も、

今のジャンク・ウォリアーを止める原因となるには弱すぎる。



高速で飛行する槍を、全速で追いかける。

吐き出す炎が暴発して、歪んでいた片足の根元が爆散した。

後方へと吹き飛び転がっていく脚。

死に体の身体はびっくりするぐらい脆く、それは簡単に折れて転がっていく。

もう役に立たない脚など捨て、1万分の1秒でも速く、辿り着く為に――――



ブースターのノズルが弾け飛び、本格的に背中に火が付いているだけの状態。

片手片脚で臨むのは、主を守護するための飛翔。

――――推進どころか今にも胴体が炸裂しそうな大破状態。

だが、それでも。

残っている手を伸ばす。金属のフレームしか残っていない左腕。

歪んだフレームは動くたびに、ギチギチと悲鳴を上げる。

悲鳴ならばまだいける、悲鳴が上がるうちはまだ動けてる証拠だ。

ああ、もうジャンクでしかないこの体躯。

まだ動けている内に、最後を迎えてしまう前に叫びを上げろ。



レンズの奥で真紅が発光する。

その光こそが最期の耀き。

この屑鉄が高らかに雄叫ぶ、鋼の断末魔――――!



バーニアの残骸から炎を貰った胴体が最期を叫ぶ。

爆発する胴体。

後ろ半分が消し飛んだ鉄人形が、最期に生んだ絶滅と引き換えた圧倒的な加速。

それが、槍を追い抜くための命を懸けた爆進。

飛びかかる、というには余りにもあんまりな無様な格好。

それは最早ただの残骸で、ただのジャンクでしかない。

金属製のフレームから伸びる五指が躍動し、飛翔する槍を掴みかかる。

擦過し噴き出す火花。削れていく指。

終わりを告げる身命、全てを擲ち果たし遂げる事を望む。

その意志は、主の死守に他ならない。



槍の勢いが昇華し、力を失う。

同時に、ジャンク・ウォリアーの中の全てが燃え尽きた。

掴み獲った槍と共に崩れ落ちる身体。

最期の爆炎と残骸を散らし、戦士はここに絶命する。

文字通りの死力、死守。

一撃で遊星を屠るにたる一撃を、その身で守り抜いたジャンク・ウォリアー。



そして、己らの同胞が果たした栄誉が士気を昂ぶらせる。

湧き立つ意志は光と成って、デッキに宿る。



「ガード・ブロックによりダメージを無効にし、カードを1枚ドローする!」



ドローブースト。

カードに宿る英傑らが、士気を奮って高らかに叫びを上げる。

そしてそれらを従えるデュエリストは呼び声に応え、力とする。

ジャンク・ウォリアーが繋いでくれた命と力。

それを手にし、闘志の漲る眼光で邪神を睨む。



相対すれば恐怖に呑まれ、破滅する。

絶大なる邪神を前にしかし、闘気に満ち満ちた決闘者は微塵たりとも退く事はない。

力をぶつけ合う事を望み、真正面から迫撃する。



その遊星を背にし、王者の嘲弄が風に舞う。

風と共に奔るのがその決闘者だと云うならば、

風ごと粉砕して走破するのが絶対王者。



「フン、邪神の攻撃を躱したのはよし。

 だが、それで終わりなどと思ってはいまいな、遊星!」



爆炎、爆風に巻き上げられた長槍が空を舞う。

ジャンク・ウォリアーが死力を尽くして抑えた一撃。

巻き上げられたそれの許へ、悪鬼が奔る。

騎士然とした異形。

悪魔の槍騎士は自らの四肢を以てして跳躍し、手放した槍まで辿り着く。



眼下にするのは自らの王に刃向かう叛逆者。

神の供をし、王の下僕たる、槍騎士は空中で槍を引っ掴んだ。

途端溢れる真紅の眼光。その光が見下すのは王者に叛く無謀。

両腕に構えた槍を振り翳し、悪魔が降る。



「くっ……!」



怨念の如き邪気を纏った槍が、遊星の脳天を目掛けて突き出される。

時速200キロで流れていく風の中、身を切る烈風を槍撃で引き裂いて、命を穿つべく放つ一撃。

鎧に覆われているにも関わらず細い四肢を繰り、放たれた悪魔の牙。

暴れるマントを引きずり、風にガチガチと打ち鳴らされる鎧。

中身が入っているかさえ疑わしい悪魔騎士は、風に揺れる自身の体躯を自在に誘導し、

正確に遊星を目指し、捉えている。

怨々と、まるで泣き声のように響く鋼の叫びと共に奔る閃光。



「ランサー・デーモンにより、ダイレクトアタックッ!」



咄嗟に、遊星号の舵を取る。

バゥ、と嘶く鋼の馬が車輪から火花を盛大に噴き出して、減速した。

眼を上に上げる。

空には太陽、その黄金の光点の中心辺り。そこに、跳ね躍る悪魔の騎士を捉える。

頭上から迫る悪鬼は首を無軌道にぐらぐらと動かし、赤い光を零していた。

回避という行動に意味などない。

そう宣言された以上、遊星のライフは減る。

だが本能が察知する。あれは、避けねばならぬ類だ。

邪神の攻撃となんら変わりない。当たれば避け得ぬ破滅。



――――太陽から散る残照のように、天上から悪鬼が速度をより増し迸る。

突き出される格好の槍の切先の狙いは、変わらず遊星の脳天。

遊星号が火花を散らし、アスファルトのコースを削りながらスリップしたかのような勢いでロールする。

耳障りな金切り音。ガリガリ削れていく遊星号の塗装。

限界以上に車体を倒し、そうでありながらなお転倒する事なく槍を擦り抜ける。



ソリッドヴィジョンで投影された悪魔の槍が、肩を僅かながら掠めていく。

ず、とまるで本物の刃で切り裂かれたかのような灼熱感。

事実、切り裂かれてなどいない。傷など負っているものか。

焦がされていく肩の痛みは、現実などではあり得ない。

だがけして錯覚でもあり得ない。

ただ事実として、遊星の身体は激痛に苛まれている。

悲鳴を堪え、漏れそうな叫びを嚥下しながらDホイールを繰り、体勢を立て直す。



「ッ――――!」



こちらに牙を剥いた悪魔の騎士。

彼は自らの槍が遊星を捉えたという手応えを得ると、ガチャリと鎧を擦り鳴らしながら後ろに跳ぶ。

直撃だとか、掠めただけとかは関係ない。

当たった以上、その攻撃力分だけライフを失うのが決められたルールだ。



ランサー・デーモンの槍には攻撃力にして1600、それだけの力があった。

だが、その背後に控える邪神の影響はフィールド全てを席巻する。

それは、自らの臣下であろうと例外はない。

だがあの凝り沈殿する邪悪の中で息をすれば、如何に悪魔だろうとその生態が崩れるのは必然。

ぬめるような邪念の中で、悪魔の攻撃力は800まで低下していた。

故に遊星のライフカウンターが示すのは、残り1400。



「フハハハ! オレはこれでターンエンド。

 さあ――――苦しめ、足掻け、絶望の中で希望に縋れ!

 それを踏み躙るのが、この絶対王者だ!」

「――――オレの、ターン!」



スピードカウンターが8に。

直前に消費したジャックのそれは2。

スピードの上であれば、勝るのは遊星だ。

アクセルを全開にし、遊星号が出し得る最速を放たせる。

この速度、今この時ならば、前のターンに大きく減速しているホイール・オブ・フォーチュンに匹敵するだろう。

加速―――スピードが落ちているジャックを追随し、やがて追い抜く。

自身の前に躍り出た遊星に眼を細めるジャックの前で、遊星はデッキへと手をかけた。



絶望の中で縋る希望というのなら、それはデュエルにおいてドローに他ならない。

光の軌跡を描き、カードがデッキから引き抜かれる。

遊星の手札は、先のガード・ブロック分を併せても3枚。

下手を打てば、一撃の許に勝負を決する邪神は目の前に。

だが、その眼に宿る闘志は一分たりとも薄れてはいなかった。



「オレはカードを1枚セット!

 更に、トライクラーを守備表示で召喚!」



青い車体が現れる。

下半身は二つの車輪、かかしと変わらないような上半身のメカ。

悪魔らに対抗するには余りにも小さい力。

キュルキュルとホイールを回し、トライクラーは遊星の前を行く。



自身の前に出たからと言って、それが強さの証明であるわけがない。

前を奪われたからと言って、自身の優位―――否、覇権が揺らぐわけではないのだ。

このフィールドを制圧し、席巻するのは絶対王者たる自身。

自信以上に確信。それ以上に確定している事実だ。

その目前に展開される弱々しい、脆弱な陣営を王者は鼻で笑う。



「そのような雑魚、壁にすらならん!

 オレのターン! 行け、ドレッド!・ルートォッ!!」



ジャックの号令に応え、邪神が動く。

王者の前を行く不届き者に神罰を下すべく、それは動き出した。

指一本でトライクラーの総身を凌駕する腕。

悪魔の鉄槌が降り注ぐ。

泡を食って玩具のような車体が、その攻撃から逃げ出すべく車輪を転がす。

―――瞬間、別の悪魔が放つ閃光が、トライクラーの胴体を穿った。



「この瞬間、ランサー・デーモンの効果を発動!

 今この時、邪神に守備モンスターを攻撃した時、守備力を超過した攻撃力の分だけ、

 相手プレイヤーにダメージを与える効果を与える!」



槍の悪魔が投擲した槍は、またも遊星のモンスターを貫いていた。

オイルと火花を散らしてゆらめくトライクラー。

頭部のセンサーが明滅し、訴えかけてくるのは必死の危険信号。



―――振り抜かれる腕。

広げた掌でトライクラーを張り倒すような格好での一撃。

例え握り締めた拳でなかったとして、それがトライクラーを爆砕するだろう事は明白だ。



「トライクラーは戦闘によって破壊された時、別の雑魚モンスターをデッキから特殊召喚する。

 だが、この戦闘による貫通ダメージは受けてもらうぞッ!!」



―――ドレッド・ルートが腕を振り抜いた。

吹き荒れる烈風、炸裂する機械の破片。

そして、遊星を目掛けて弾き飛ばされるデーモンの槍。

その貫通力は遊星の心臓を貫き、命を奪う程度の威力は十全と持っている。

故に、この場を生き抜く事を望むのであれば、それは防ぐ以外にない。

そんな事は理解している。

だからこその、伏せリバースカード。



トラップ発動! スピリット・フォースッ!!」



遊星号のセメタリーゾーンから光が噴き出した。

その光は車体を呑み込み、全体を覆い尽くしてみせる。

その領域にはけして踏み込ませぬように広がる結界。



―――ガギン、と。

内包した威力を数値化すれば、LPに与えるダメージにして3850。

ほぼ一撃で初期ライフですら削り切れるほどの威力。

その槍が、遊星の眼前から広がる境界に遮られ、停止していた、



「―――――!」



ジャックが僅かに口許を歪める。

顰めた顔で見るのは、遊星が展開した魂の力場を生じさせているカード。

それは、遊星号のセメタリーから排出された1枚のカードだった。



「スピリット・フォースは相手ターンの戦闘ダメージを無効にし、

 その後、墓地から守備力1500以下の戦士族・チューナーモンスターを手札に加える。

 オレが手札に加えるのは、ジャンク・シンクロン!」



墓地から溢れる光の正体を、遊星はその指で挟み取った。

再び手に戻ったカードをホルダーに納め、腕を振り上げ次なる戦果を告げる。



「そして、破壊されたトライクラーの効果発動!

 このカードが戦闘で破壊され墓地に送られた時、デッキからヴィークラーを特殊召喚できる!

 来い、ヴィークラーッ!!」



かつてトライクラーを構成していたパーツが散る。

無数の破片と火花、霧散していく爆煙。

その中から、マフラーから濛々と排気ガスを捨てる車体が飛び出してきた。

色はトライクラーとは違い基本が黄。よく似た、しかし異なる意匠。

怒るように煙を噴く二輪車は、そうして遊星の前へと出現した。

表示形式は当然守備。

黄色いボディを薄い青色に染め、主を守るために立ちはだかる。



―――だが、それもただの時間稼ぎだ。



「フン、ならば! ランサー・デーモンッ!!」



遊星の直前で弾き返された槍を空中で掴み獲り、悪魔が動く。

目掛けるのは無論、新たに遊星の場に現れた二輪車。

―――ランサー・デーモンの齎す貫通効果の付与は、1ターンに一度と制限されている。

故に、先に邪神の侵略に使った以上もう使えない。

だが、破壊するだけならば容易い事この上ないだろう。



僅か守備力100の車を、攻撃力800の槍が貫き通す。

つい先刻散ったばかりのトライクラーのように、

ヴィークラーの身体は一際眼をびかびかと光らせたかと思うと、その活動を停止させた。

思い切り敵の車体を貫いた槍をそのまま掲げ、ランサー・デーモンが頭蓋の中で妖しく嗤う。



―――槍に突き徹されたヴィークラーの身体を器用に蹴り、吹き飛ばす。

勢いよく地面に叩き付けられた機体が炎を噴き、

まるで爆竹か何かのように断続的な破裂音を響かせ、やがて最期と爆発した。



だがその最期は、再び新たな力を呼び寄せる。



「ッ――――! ヴィークラーの効果発動!

 戦闘によって破壊され、墓地に送られた時、デッキからアンサイクラーを特殊召喚する!」



その爆煙の中から転がり出てくる赤い機体。

ヴィークラーやトライクラーとは意匠の趣が違う、より玩具然とした外見。

脚部の代わりに一輪を持つ小さな機械は、遊星の許まで慌ただしく転がってきた。

体勢を立て直し、守備表示で遊星の前を走るこの一輪車こそアンサイクラー。

ジャックの侵略を耐え切り、遊星が唯一フィールドに残したモンスターの姿。



「―――フン、ターンエンド」

「オレのターンッ!!」



自身に立ちはだかる小さな存在を一瞥し、エンド宣言を下す。

その瞬間、遊星の反逆が開始する。

カードをドローすると同時、遊星のスピードカウンターは10に。

引いたカードを見留め、それをディスクへと投入する。



Spスピードスペル-エンジェル・バトン発動!

 スピードカウンターが2つ以上ある時、デッキからカードを2枚ドローする!

 その後、手札からカードを1枚選択し、墓地ヘ捨てる。

 オレは手札からボルト・ヘッジホッグを墓地ヘ!」



流れるような手捌き。

デッキからカードを手札に加え、それを手札ホルダーへと移動させ、そしてその中から1枚を墓地ヘ。

3枚の手札を見究め、一度小さく息を吐く。

そして、デッキへと視線を送る。

一瞬だけ抱いた迷いを振り切り、ただ前を見る。

先日のデュエル。流れてしまったとはいえ、それが齎した影響は深い。

だが、それ以上に。それを凌駕するだけの感情が、今の遊星にはある。



「――――行くぞ、ジャック。これが、オレがお前に示す力だッ!」

「ほう? 吼えたな、遊星。ならば見せてみるがいい、貴様の言う力とやらを!」



―――――手札から1枚を引き抜く。



「アンサイクラーをリリースッ!」



一輪車が虹と化し、光のタマゴを形作る。

その中から孵るが如く、それの体積を上回る巨体が内側から這いずり出てきた。

海のような体色を持つ巨漢。

背負っているのは、巨大なリールから伸びる太く長いチェーン。

それを両腕で大きく振り回しながら、遊星の許に生まれ出でる。



「サルベージ・ウォリアーをアドバンス召喚ッ!

 そして、サルベージ・ウォリアーの効果を発動!

 このモンスターのアドバンス召喚に成功した時、

 手札または墓地から、チューナーモンスターを特殊召喚する事ができる!

 オレが喚ぶのは――――!」



ぐるぐると回していたチェーンを思い切り横に投擲。

すると、そこに海溝でもあるかの如く、チェーンは空間を越えて沈んでいった。

その力は名の示す通り、没した存在の引き揚げだ。

リールが騒々しく金属音を立てながらチェーンを引き出していき―――

ほんの数秒で、ガキンと目的のものに引っかかった。

沈めた時に倍する速度で巻かれるチェーンが、海溝から思い切り引き揚げられる。



その先に引っかかっていたのは、機械の小兵。

頭部から突き出る角のようなドリル、両腕も同じように螺旋の槍。

脚部のキャタピラと焦茶のボディ。

それは、先のターンシンクロ召喚に使われたチューナーに他ならない。



「墓地から、ドリル・シンクロンを特殊召喚!!」



遊星の言葉に応えて、ドリル・シンクロンが再起動する。

幾度かの瞬きの後、三つのドリルを回転させて飛び跳ねた。

引っかけられたチェーンの拘束を無理矢理解き、解放される小さな身体。

そうして出揃うのは、レベル5、そしてレベル3のチューナーを含むモンスター。



「合計のレベルは―――8。来るか、貴様の言う力とやらが」

「レベル5、サルベージ・ウォリアーに、レべル3、ドリル・シンクロンをチューニングッ!」



ドリルが回る。チェーンが唸る。

自らを象徴するパーツを掲げ、二体のモンスターが星へと還る。

八つの星が無軌道に遊星を取り巻き、整列していく。

五つの星は直列に。三つの星は円環を描き、直列の星群を囲うように。

――――生誕するのは紅蓮の力、鮮烈なまでに力の化身。



「王者の鼓動、今此処に列を成す――――天地鳴動の力を見るがいいッ!!!」



星が融け合い、器を成し上げていく。

捻じくれた角を三本生やした悪魔が如き相貌が、顎を開き灼熱の咆哮を上げた。

その姿。竜と呼ばれる存在に抱くイメージとはおおよそかけ離れているだろう。

力強く張られる胸板、赤黒い筋肉が織り成す腕部――――

翼を広げ、尾を牽き、首を長蛇と伸ばし、牙並ぶ顎から炎を燻る。

その姿は正しく竜で、しかし竜と乖離していた。

人という名の設計図を汲み、創り上げられたかのような造形。

四肢の構造は人のように振る舞う事を可能とする。

それは正しく振る舞う為。



「シンクロ召喚――――!」



――――王者として、雄々しく、猛々しく、烈火の如く。

胸を張り、王者の降臨を遍し世界に知らしめる。

黄金と輝く相貌が睨むのは、聳える恐怖と邪悪の根源。

高らかに響く咆哮が、天地総てを鳴動させる。



「王者の魂! ―――レッド・デーモンズ・ドラゴンッ!!!」



風を灼き、炎熱に変えて自らに纏う。

焦熱に晒されながら、その身は紅蓮に彩り照らされる。

―――炎とは、劫火とは、地獄とは、嚇怒とは――――

その身の如く、かくあるべきと。

宿した怒りが熱量に転じ、周囲の風景を瞬く間に焦土へと変えていく。

大きく開いた翼が火の粉を舞き、フィールドに炎を塗りたくる。

果ては当然、地獄絵図。

――――王が神を裁くべく彩る、悪魔の戦場。



「レッド・デーモンズ……」



その場に在って、僅か王者の視線が揺らぐ。

自らの前に降り立つ龍を見留める眼。

―――ほんの一瞬だけ震えた瞳孔は、しかし瞬き一つの間に消える。



地獄で対峙する二体の視線が交差し、烈火を散らす。

高速で流れていくその舞台の風に、弾ける火の粉が交じって煌々と輝いている。



その絶対的な力を見る人は、彼の紅蓮魔龍を讃えて破壊神と呼ぶ。

絶対的な破壊力。キングの従えるこの龍から逃れ得るモノなど存在しないのだから。

渾名されたところによる破壊神は邪神に臨み、

―――だからどうした、と。

邪なる神はそんな矮小なる偽神を嗤う。

神の呪縛は絶対だ。生物だろうが無機物だろうが、同格の神であろうが――――



「邪神は総てを恐怖させる――――たかがレッド・デーモンズが!

 我が邪神ドレッド・ルートと張り合う心算か!」



邪神の眼光は恐怖そのものであり、相手の確固たる決意すら揺るがす。

燃え立つ心に冷や水をかけるが如き恐怖の奔流。

射竦められればどのような存在でさえ、自身の裡から湧く弱さの氾濫に心を千々と乱すだろう。

紅蓮の龍とて例外であろう筈がない。

弱さは力を縛り付け、肉体の強度すら奪い尽くす。

本来ならば3000を誇る攻撃力は1500に、守備力もまた同様に半減する。



「フン、力以外の取り柄も持たぬ分際で! 怯える龍など豚にも劣るッ!!

 故に! 二度と刃向かえぬように、骨の髄にまで真の恐怖を刻んでやろう――――!」

「恐怖か……」



意志に反し、身を竦ませるレッド・デーモンズ。

愉快そうに自らに刃向かう龍を睨み据える邪神。

その位置取りを見てジャックは笑い、遊星は眼を瞑った。

大きく息を吐き落とし、心を整えるように静かに言葉を紡ぎ出す。



「確かにオレは恐れていた。お前と再び会う事を。

 お前と再び会う時、オレが向き合わなければならない罪で―――傷付く事を恐れていた」



脳裏に過る、過去の自分達。

その姿、その笑顔に偽りはなかった。

――――偽りがなかったからこそ、自分は苦しまねばならないのだと、気付いてしまった。

あの邪なる眼は、そう訴えかけてくる。

苦しめと、思い悩めと、そして潰れてしまえと――――

絶望に引き摺りこむ闇の手を差し向けてくる。

その手に全身を掴まれているかのような錯覚、這いずる手は貪欲に遊星を引き摺りこもうとしてきた。



――――瞼を開く。
そこに見えるのは、ジャック・アトラス。

己の友で、仲間で、好敵手で――――何より大事な家族だった。

強い絆を結んだ、そんな男だったのだ。



「だがオレは今、そんな恐れより遥かに!

 傷付く痛みを受けてでも、失ってはいけない大切なものを前にしている!

 それがお前との絆だ、ジャックッ!!!」



自身に纏わりつく恐怖の呪縛を振り払い、ジャックを見据える。

恐怖を乗り越える為の、たった一つ譲れないもの。

絆を繋いだ心を手繰り寄せるため。遊星は、この決闘へと挑む。



「なに?」

「お前を――――その邪神から取り戻すッ!」



遊星の闘志に呼応する。

その心を火種にし、あらゆるモノを焼き払う業火を滾らせる。

恐怖の呪縛を引き摺って、しかし翼はただ前へと羽搏いた。

突き進む。ただ前へ。

立ちはだかる森羅万象を灰燼に。

如何なる障害だろうと、眼前に在るのであれば蹂躙する。



その―――――



「レッド・デーモンズの攻撃!」



――――絶対の力で。



雄々、と雄叫びをあげて翼を広げる。

けして速いわけではない。

ただ、ひたすらに力強い羽搏き。

風を潰し、反動で大地を陥没させて、それは瞬く間に飛来する。

轟く大地は謳う。揺れる天空は啼く。

――――その龍の力を識るが故に。

決定打を待たず、約束された勝利の凱歌を最強の龍へと奉る。



―――― 一つ、羽搏きの後に悪魔龍は空を翔けた。

僅か十数メートルを隔てて相対する悪魔を目掛け。

目標とされたのは、槍をぶら下げた小悪魔だ。

頭蓋の中で揺れていた光をざわつかせ、一歩引いて身構える。

構えた二槍に隙はなく、それが故に技量の高さが証明されている。



槍を振るえばその怨霊、百戦錬磨の騎士と遜色ない。

無駄を極限まで削ぎ落とし、有利を磨いて研ぎ澄ませ。

これ以上ないところまで完成した悪魔の騎士。

だからこそ――――

存分に発揮すればいい。

究極に達したその妙技、その絶技。槍に繰るって戦えばいい。

極限だと云うのなら、あるいはあの剛翼を折り得る力だ。



突き詰められた距離。

些か以上にゆるりと、余裕をもって腕を掲げるレッド・デーモンズ。

その様子の仔細を見極めるべく、悪魔の騎士は意識を向けた。

掲げられた右の掌に凝縮される熱量。

燃え滾る力の奔流、アブソリュート・パワー・フォース。

一撃必殺。そう語るに相応しい絶大な威力を誇る、まさしく必殺技。

浴びれば当然の如く必死。

一撃を潜り抜け、隙だらけな胴体を槍で穿つ――――

それだけが槍騎士に行える、逆転の戦術だ。



――――槍の柄を握る手に自然と力が籠る。

そうやって握り締めればキシリ、と確かな鉄の感触が……

返って、こなかった。

代わりにあった感触は、熔解した鉄がかたちを失って崩れていく絶望感。

紅蓮魔龍が身に纏う太陽の如き熱量。

それは、奮われるまでもなくランサー・デーモンを熔かし始めていた。

鎧に籠った怨霊は、鎧が壊されればその力を失くす。

一刻も早くこの熱源から離れ冷却されなければ、存在がこのままあっさりと熔けて無くなる。



だが―――――

退く為に踵を返すなんて、どうやって。

目前のレッド・デーモンズから眼を切れば、その途端に薙ぎ払われるだろう。

腕を掲げた魔龍はゆっくりとその腕を近づけてくる。

それをどうやって潜る。

腕を躱したとして、どうやって退く。

この身は翼に依る侵攻などされるまでもなく、口腔から吐き出される火炎であっさりと蒸発する。



片槍が柄だけ残して液状化した。

柄が残っていられるのはガントレット部と癒着しているからだ。

次は肩ごと熔け落ちるだろう。

いや、その前に握りつぶされるか。

――――決定的なのはランサー・デーモンの死だ。

どう足掻いたところでもう覆らない。



――――そうして覚える。

これが、恐怖だ。

緩慢にさえ見える動きで差し向けられる灼熱の腕。

迫りくるそれは、間違えようもない死の気配。

恐怖で一歩、脚が下がる。

途端に鎧の股関節がまるで飴細工のように拉げ、崩れ折れた。

死から少しでも遠ざかるべく、くず折れる身体を後ろへと投げだす。



だが、そんな事に意味はないと。

灼熱の腕がランサー・デーモンを掴み取った。

――――劫火に抱かれ、断末魔と諸共に焼き払われる怨念。

それが輪郭を保っていられたのは1秒足らず。

まるであっさりと、それは完全に消滅したのであった。



一瞬で融解した敵の残骸は、既に蒸発しきって跡形もない。



「ランサー・デーモン撃破!」



――――翼を張る。

巻き起こった風が灼熱を散らし、熱波となってフィールドを薙ぎ払う。

高温の風圧はジャックを直撃して、そのライフを奪っていく。

ランサー・デーモンの800に対し、レッド・デーモンズのそれは1500。

攻撃力の差は700。

ルールに従い、当然その分だけライフは削られる。

ジャックの残るライフは900。

残りライフが4分の1を割るという、危機といっていいだろう状況。

言うなれば、ジャックは追い詰められている。



そうだというのに、そこに焦燥など微塵たりともありはしない。



「フン……雑魚モンスターを相手にオレのライフを僅かばかり削る。

 そんな戦術でこの絶対王者キングを追い詰めた心算か!?

 攻めると云うならば、一撃を以て相手の命を下してこその攻撃!

 オレの場にランサー・デーモンという弱小モンスターがいた先刻のターンこそ、

 貴様に与えられた必殺必勝の機会であったと言うのにな!」

「確かに、オレの攻撃一度でお前を倒し切る事はできなかった。だが!」



遊星号から光が溢れる。

その光を放つのは、車体のディスク部に設けられた一つのスリット。

セメタリーゾーン。

本来、使用されたカードが送られるそこから、逆にカードが排出される。

それを二本の指先でつまみ、引き抜き出す。



「墓地のネクロ・ディフェンダーの効果!

 このカードを除外して、次のお前のターンのエンドフェイズまで、

 レッド・デーモンズは戦闘で破壊されず、戦闘ダメージを0にする!」



レッド・デーモンズが暗い紫色のオーラを纏う。

冥界の暗光に守護された魔龍に対しては、如何に邪神であろうと無力だろう。

これで、レッド・デーモンズを次のターンに破壊する事はできない。



「一撃で届かないというならば、何度でも叩き込む!

 更にカードを1枚伏せて、ターンエンド!」



ターン進行がジャックの手に委ねられる。

スピードカウンターはこのターンで5つ目。

対する遊星のカウンターは11。

小さく舌打ちするとともに、カードを1枚ドローする。

引き抜いたカードをそのままフィールドへ。



「カードを1枚セット!」



鼻を鳴らし、伏せたカードが風景に溶け込むのを見届ける。

如何に邪神ドレッド・ルートであろうとも、今のレッド・デーモンズは打倒し得ない。

身を取り巻く暗紫のヴェールは、どれだけ強かろうと力で引き裂く事は敵わない。

故に、できることはエンド宣言を下し、その効力の時間切れを待つ事のみ。

だが、敢えて手札を切る。



「更に、手札からチェーン・リゾネーターを守備表示で召喚!」



じゃらり、と連ねた金属の擦れる音。

紛れもなくそれは鎖の奏でるメロディー。

その音源。名の通りに鎖を背負った悪魔の姿が現れる。

触覚のようなものが二本飛び出た頭巾を被った、音叉を持つ小悪魔。

リゾネーターに名を連ねる者に違わず、その力は調律師としてのもの。

だが、それの力はそれだけではない。



悪魔龍の熱気に中てられたが如く、忙しなく飛び跳ねる鎖。

それは唸りをあげながら回転し、中空へと舞い上がった。

天へと昇った脈打つ鎖を指で示し、ジャックが声を張り上げる。



「チェーン・リゾネーターの効果!

 相手フィールド上にシンクロモンスターが存在し、

 このカードの召喚に成功した場合、デッキから他のリゾネーターを特殊召喚できる!

 出でよ、ダーク・リゾネーターッ!!」



鎖が渦巻き、その円環の内側を白光に染めていく。

光に塗り潰された空間から染み出すように、黒く小さい影が落ちてきた。

チェーン・リゾネーターと外見に大差はない。

彼らこそ、リゾネーターと呼ばれる種族であるが故に。

手にした音叉を打ち鳴らしてから、その身体を青く染めていく。



降臨した二体の守備表示モンスター。

だがそれは、レッド・デーモンズの前に敷くには余りに弱い壁。

赤き竜の一片。

紅蓮の魔龍の圧倒的破壊力を何より知っている筈のジャック。

その戦術としては余りに―――



「オレはこれでターンエンド」

「――――オレのターン、ドロー!」



遊星のスピードカウンターがカンスト。

12の値を刻んだそれは、頂点だ。

遊星号の猛りは既に絶頂で、それ以上ないほどに回転している。



目的を果たした闇色のカーテンは晴れ、レッド・デーモンズは解放された。

つまり、邪神の攻撃を受けるわけにはいかない実情。

残るライフポイントは1400。

ここから先、一度とコース取りを誤ればクラッシュする未来は、想像に容易い。



――――ジャックは何故、わざわざこのタイミングでチューナーモンスターを……



引いたカードを確認しつつ、頭の中を過る思考に悩む。

基本的にチューナーモンスターがする事は一つ。

言うまでもなくシンクロ召喚だ。

あるいはそれらのモンスター効果によって、様々な恩恵をプレイヤーに与える事はあるだろう。

だがリゾネーターたちにそれを期待している様子はない。

守備表示で召喚した以上、レッド・デーモンズの餌食だ。



――――だが、それは奴も分かっている筈。



手札ホルダーへと視線をやり、先刻回収したカードを見る。

ジャンク・シンクロン。

その効果を活用すれば、手札がこれ1枚であっても即シンクロ召喚に繋ぐ、遊星の力のピース。



――――確かに邪神は強大だ。

――――だが、今ジャックのライフは900ポイント。

――――邪神が一時でも排除されれば、決定的な隙を見せる事になる。



故に、それができるモンスターへの対策として壁を欲した。

ジャック・アトラスは不動遊星のデュエルを誰より知っている。

デュエルスタイルも、デュエルの癖も、そして使うカードの事も。



――――ジャンク・アーチャー。



自らのエクストラデッキに眠るカードを想像し、眼を微かに眇めた。

その能力は、相手モンスター一体を、一時的に異次元へと放逐する矢。

例え邪神であろうともその影響を受ける。

そうなってしまったらガラ空きのフィールドをレッド・デーモンズ、ジャンク・アーチャーに攻め込まれる。

故にこその対策。

それと、更なる伏せリバースカードこそが最終ラインだ。



――――確かにジャンク・アーチャーならば、邪神を無視して勝負を仕掛けられる。



だが邪神を無視した攻撃は、リスクも大きい。

もし凌がれれば、次のターンに復活した邪神の反撃をもろに受けてしまうと言う事だ。

そして、更に言うのであれば――――



「邪神を相手に、退く気はない!

 Spスピードスペル-アクセル・ドロー!!

 自分のスピードカウンターが12かつ、相手のスピードカウンターが12を下回る時発動できる!

 このカードの効果により、デッキからカードを2枚ドローする!!」



重ねて2枚のドローカード。

手に入れた札の正体に小さく口許を緩めて、手札ホルダーへと。

そして、入れ替えるようにホルダーへ収められたカードを抜く。

引き抜いたカードをDホイールへと。

火花を伴ってディスクに叩き込まれたカードが読み込まれ、その内容を再現すべく機器が駆動する。



「ジャンク・シンクロンを召喚ッ!」



呼ばれたのは、橙色の鎧の戦士。

子供のように小さい身体を奮い起し、その身を再び戦場に立たせた。

肘の関節。鉄のフレームが駆動し、大仰なまでに掌を翳す。

開かれるのは小さいながらも冥界の門に相違ない。

形成された現世と冥界を繋ぐ回廊は、間違いなくジャンク・シンクロンの能力。



「その効果により、墓地よりレベル2以下のモンスター。

 スピード・ウォリアーを特殊召喚ッ!!」



境界を打ち貫き、現世に舞い戻る痩身。

くすんだ白色の全身で風を受け、風の戦士は疾走する。

一度は打ち砕かれたその身で、王者に対してなお立ち向かう為に。



「そして、手札よりSpスピードスペル-ヴィジョン・ウィンド!

 発動ッ!!」



風が舞う。

流れていくだけだった筈の風が、明確な意志の許に暴れてみせる。

光さえ遮るほどの濃密な風の奔流。

渦を巻くそれが竜巻を生じ、その中から一つの影を産み落とした。

―――小さな、玩具のような機械人形。



「墓地から、レベル2以下のモンスター―――

 チューニング・サポーターを特殊召喚!」



鍋のような形状の頭部を揺らし、機械の人形は跳ね回った。

行き先は当然、己らを調律する腕を持つ者の許へ。

ジャンク・シンクロンが掲げた腕に集う力たち。

力は募った。

星となるのが風の戦士と機械人形の役目。

星を整律するのが調律を成す戦士の役目。

後は、それらを束ねる調律の号令こそが鍵となる。



「チューニング・サポーターの効果!

 このモンスターはシンクロ素材となる時、レベルを2として扱える!

 レベル2のスピード・ウォリアーとチューニング・サポーターに、

 レベル3のジャンク・シンクロンをチューニング!!」



風の中で、橙色が躍動する。

腰部のリコイルスタータを起動し、背負ったエンジンに火を入れた。

生み出す力は体内を駆け巡り、宿す熱量を膨張させる。

内側から溢れる光に、張り詰めた風船のようにジャンク・シンクロンの姿が弾けた。

溢れた光は三つの星に。

それに呼応するかのように、追従する二つの影も光に変わっていく。

重ねる星の数は7。



「集いし怒りが、忘我の戦士に鬼神を宿す! 光差す道となれ――――!!」



七つの光が密集し、凝って形をなしていく。

構成される巨躯は真紅の鎧に包まれて、その威容を見せつける。

羅刹の如き表情の頭部。その奥で、濁った緑色の光が揺らめいた。

奮われるまでもなく剛力と理解できる、

真紅の巨腕がぶらさげているのは、その身の丈を越す長大な戦斧。



鬼神の口。

咬み合う牙の造形された口がゆっくりと開いていく。

軋みを上げる古木のように、枯れた唸り声が底から轟いてくる。

あるいは、レッド・デーモンズにすら匹敵するだろう破壊者。

機械の狂戦士が、産声を高らかに――――



「シンクロ召喚――――吼えろ! ジャンク・バーサーカーッ!!!」



吼えた。

フィールドを震撼させる衝撃となり、轟く号砲。

正しく鬼神の有様で、その戦士は大地へと足を降ろす。

途端に罅走り、陥没して捲れあがっていくライディングコース。



相対するのは恐怖の根源。

万物に恐怖を降り注ぐ悪魔の神を前にすれば、戦士の宿す狂気すら恐怖へと変わる。

本能で動く暴風たるバーサーカーでさえ、それの前では怖じるだろう。

だが――――







「行けるぞ!

 ジャンク・バーサーカーは、墓地のジャンクと名のつくモンスターを除外する事で、

 除外したモンスターの攻撃力分、相手モンスターの攻撃力を下げる事ができる!

 遊星の墓地にはジャンク・シンクロンとジャンク・ウォリアー。

 合計の攻撃力は3600。これで邪神の攻撃力を下げれば――――!」



氷室が身を乗り出し、解説をくれる。

ジャンク・バーサーカーの攻撃力は2700。

邪神の影響を被っている今は1350だが、それでも相手の攻撃力を400まで下げられれば。



まったくもってそうなのだが、それを見るジャックに焦燥はない。

追い詰められている。

傍から見ればそうなのだが、それでも攻め切れるだろうという確信が抱けない。

遊星が勝利する、という確信に匹敵するほど、王座に転覆はないと本能が納得している。

ただ自分がどう思っていたとしても、どうしようもない。

今はただ目を細め、二人の戦いをただ見守るしかできないのだから。







「ふん――――! トラップ発動ッ!!」

「!?」



ジャックの。ホイール・オブ・フォーチュンの前でセットカードが開く。

開かれたカードが発光し、遊星の目前までスライド移動していく。

一息に目前まで滑り込んできたカードに息を呑む遊星。

そして発光しているカードの正体を見て、一瞬だけ絶句した。



「――――チューナー・キャプチャーっ…!」

「貴様がシンクロ召喚に成功した時、起動するトラップ

 そのシンクロ召喚に使用されたチューナーモンスターを、オレのしもべとして奪い取る!!」



カードのイラスト部からマジックハンドが飛び出してきた。

アームの二本角が軋みを上げつつ開き、遊星号の前にワームホールを開けた。

思い切りアームが伸びて、爪がその中へと埋没していく。

中から何かを探すように揺れて数秒。

目的を見つけた機械の腕が猛りながら、穴の内から引き抜かれる。



二本の爪で摘ままれているのは、

ジャンク・バーサーカーを導く為に星と化し、消費された調律師。

橙色の装甲にエンジンを背負った戦士、ジャンク・シンクロン。

それが引き抜かれて、ジャックのフィールドに向けて放り投げられた。

他のチューナー、リゾネーターたちと同じように青くなって転がる身体。



「ジャンク・シンクロンを貴様の墓地から守備表示で特殊召喚!」

「くっ……!」



唇を噛んで、その光景を見据える。

邪神の力を奪うべく立てた戦略、その一歩目を踏み潰された。

これでは、ジャンク・バーサーカーの効果で邪神の攻撃力を削り切る事は敵わない。

ジャンク・ウォリアーを除外しただけでは、その攻撃力を1700余す事となる。

表情を苦くしたまま、デッキの上へと手をかける。



「チューニング・サポーターの効果、このカードがシンクロ素材になった時、

 デッキからカードを1枚ドローできる!」



引いたカードを手札ホルダーへと収め、追走するジャックへと視線を走らせる。

確かに一歩目を崩され、押し切る事はできないだろう。

だがそれでも、退く事などあり得ない。

その意志に呼応して、狂戦士が動作を開始する。



「ジャンク・バーサーカー、効果発動!

 墓地のジャンクと名のつくモンスターを除外する事で、除外したモンスターの攻撃力の分だけ、

 相手モンスターの攻撃力をダウンさせる!!

 ジャンク・ウォリアーを墓地から除外、邪神ドレッド・ルートの攻撃力を下げるッ!!」



鬼神が動く。

虚ろな瞳の中で緑光を茫然と揺らし、呻きのような声を漏らす。

胴体より太かろう巨腕を振り上げ、それを大地に叩き込んだ。

岩盤を捲り上げ、その中で眠る同胞の残骸を引き摺り出す為に。

引き摺り出されるのは、青い装甲のかつて戦場で散った戦士。

既に機能を停止させたそれを、乱雑に握って振り回す。

絞り出されるのは、地の底から轟くような雄叫び。

それと同時。狂戦士の手から屑鉄の礫が解き放たれた。



原型こそ残っていても、それは最早ジャンク・ウォリアーなどではない。

潰れ、拉げた鉄屑の弾丸は超速で、狙い過たず邪神に命中した。

邪神が咄嗟に突き出した右腕を、根こそぎもぎ取るだけの威力を以て、その戦闘力に致命的な欠点を創り出す。

欠損した腕から瘴気が溢れ、空に散っていく。

怒鳴り立てる怨嗟と嚇怒の叫びが、フィールド全域を震撼させた。



「チッ――――!

 だが、貴様のフィールドのモンスターでは、今なお邪神は打倒不能!」



邪神の攻撃力は1700まで低下し、だが今もなお1700を誇っている。

破壊神と称されるレッド・デーモンズですらその攻撃力は1500。

片腕を失い、流れ出る瘴気に弱った邪神が相手ですら、

紅蓮魔龍の力では倒す事は敵わない。



「それは――――どうかなッ!」



魔龍が咆哮する。

紅蓮の翼を張り、風を圧して身体を空に跳ね上げた。

掌の熱を凝らせ、咽喉の奥に炎を滾らせ、天空を翔けぬける。

その黄金の瞳が捉えるのは、邪神の姿。



口腔から溢れ出す炎を束ねて熱線とし、その熱量でもって敵性を薙ぎ払うべく解放する。

ビームさながらにドレッド・ルートを目掛けて迸る力。

ギリ、と牙を擦り合わせて憎悪を噴き溢しながら、邪神はそれに即座に対応した。

もがれた腕の肩口から手を離し、熱線を片手の掌で受け止める。

膨大な熱量を肌で受け、刹那歪む邪神の相貌。



解き放たれた熱量はその余波だけで周囲を焦がし、融かしていく。

ソリッドヴィジョンは現実の光景は塗り替えるが、現実に干渉するわけではない。

見た目熔解したコースは、その実何の被害も負ってはいない。

Dホイールでは本来走破できないだろうその悪路も、問題なく通り過ぎた。



大地を震撼させる邪神と、空を翔ける魔龍の衝突。

それを前にし、ジャックの顔に走る小さな驚きの色。

そして、龍の意志に応えるかのように、遊星はフィールド全てにその声を響かせた。



「レッド・デーモンズ・ドラゴンで、邪神ドレッド・ルートを攻撃ッ!!」

「な、にっ……!」



黄金の双眸が輝きを増し、同時にその火力も増加した。

迸る火線を収束させ、受け皿となった掌ごと焼き破る為に威力をかける。

濃い緑色の皮膚を粟立たせ、咽喉の奥を鳴らす邪神。

――――片腕を失い、残る腕にこれだけ熱量を注がれてもなお不沈。

指の隙間から溢れた熱に貌を、胴を、脚を焦がしながら一歩たりとも退きはしない。

邪神の身に退避はなく、その身体は魔龍と向かい合い続けている。



血の代わりと吐き出され続ける瘴気を祓い、空気を灼く光芒。

灼熱のクリムゾン・ヘルフレア。

そう渾名される熱量を凝縮したブレスの一撃は、

時間を経る毎に弱まるどころか加速度的に破壊力を増していく。



自らを焼く炎に、邪神の怒気が発奮する。

周囲を取り巻く熱波を無視し、翼を限界まで広げて吼え立てた。

空間ごと捻じ伏せる咆哮。

物理的な威力を伴って吐き出されたそれが、熱を孕んだ風をも砕き、霧散させる。

ところどころが爛れた皮膚が黒煙を噴き、剥がれている。

本来己の足元に屈していなければならない分際に、これほどまでに傷付けられた。

その現実に、ずるりと眼光が鈍く尖った。

空に座すレッド・デーモンズを目掛け奔らせた視線が、標的を確実に捉える。

瞬間。大地に君臨していた魔王が、空へと進出した。



圧し迫る邪神の姿に、レッド・デーモンズが首を奮った。

中断したブレスの残照を吐き捨て、身体を翻す。

自身の身体を覆うように翼を畳み、振り抜かれる拳の一撃に対し備える。

―――ゴッ、と魔龍が身構えるのとほぼ同時。

邪神の拳が、翼の上から強かにレッド・デーモンズを打ち据えた。

肉体に奔る衝撃に軋み、悲鳴を上げる骨格。

咽喉の奥から立ち上ってくる苦痛の叫びを呑み干し、その破壊力に全身を懸け耐え抜く。



弾き飛ばされ、大地に向かって墜ちていく巨体。

爆発的な加速の勢いで叩き付けられた真紅の龍が、僅か苦悶の声を漏らし―――

しかし、すぐさま烈火の如く炎と奮い立つ。

翼を広げると同時。巻き起こす熱風が砕き散らしたアスファルトを熔解させる。

立ち位置を中心として、大地を溶岩へと変えていく魔龍の姿。

それを苛立たしげに見下ろす邪神が、残った片腕を大きく振り上げた。

震動し、猛る骨の爪。肉に張り付いたその骨格が伸長し、凶器へと変貌する。



空気すら怯えるほどの狂気が奔る。

翼が羽搏き、風を圧し出す―――

翼で空を切るというより、その力に空が委縮し空を滑らせているかのように。

それは自由落下に十倍する速度で降る勢いで、眼下の全てを薙ぎ払う。



空を発破し、殺到する巨神を前に、魔龍が翼を羽搏く。

羽搏きとともに巻き上げられる地上の溶岩。

地上から天空へと逆流する灼熱の瀑布は、壁が如くそそり立ちレッド・デーモンズの周囲を包む。

一瞬眼を窄めた邪神が、翼をピクリと揺らす。

だが、その戸惑いなどなかったものと、その直後に更に速度を倍する。

例え視認できなかろうと、そこにいるのならば怯む必要などない。



鈍重の見た目に反する速度でもって、溶岩の壁を上から捻じ伏せ――――

降る重圧を跳ね除けるかのような、強い声が轟いた。



トラップ発動、スキルサクセサーッ!!」



壁を打ち抜く邪神の拳。

灼熱に炙られながら、しかし微塵もぶれぬその一撃は確実にレッド・デーモンズを捉え……

ガツン、と。

同時に、レッド・デーモンズが放った拳撃と空中で交わって見せた。

反動で膨れる筋肉。はち切れそうなほどに膨張した互いの腕が発揮する威力は、互角。



――――そう、互角だ。



スキルサクセサーの効果。

攻撃力400ポイントアップの効果を受け、レッド・デーモンズの攻撃力は3400。

ドレッド・ルートの恐怖支配影響下においてなお1700。

今、魔龍は邪神自身と同等の威力を維持できるだけの力を有している。



その不遜を目掛け、憎悪が迸った。

自身の半分以下のサイズしかない魔龍の拳に弾かれ、邪神が空へと舞い戻る。

それを追い飛翔する真紅の翼。

ばかりと大きく口を開き、咽喉の奥から溢れる火炎を収束した弾丸が連続して吐き出される。

乱雑に吐かれた火炎弾は、邪神の巨大な図体から外れず全てが着弾し、爆炎と熱風を噴き出した。



莫大な熱量に包囲され、焼かれていても邪神は揺るぎない。

むしろその翼を奮ってわざわざ動きを停止し、全ての熱弾を真正面から受け止めている。

焼け焦げた皮と肉に構わず、そんなものは通用しないと誇示するように。

事実、たかが肌を焼く程度ではそれの打倒など不可能に決まっている。



――――故に。

大きく腕を振り翳し、掌の乗った熱を凝縮していく。

絶対の破壊を齎す威力の波動。

それを直に叩き込み、その身を砕く以外に勝利はあり得ない。

翼が風を叩き、巨体を加速させていく。



相手が全力で放つ一撃だというのであれば、それこそを真正面から砕く意味がある。

ドレッド・ルートが腰を捻り、身体を大きく逸らせた。

握り締められた拳からは瘴気が立ち上り、大気を腐食させていく。

憎悪に歪む邪神の貌。その意志を代弁するかのように、ジャックが歯を軋らせた。



「おのれ……! 龍如きがっ……!」



ジャックの腕が赤黒く発光し、龍の翼を模した紋様が浮かぶ。

それは僅かばかり赤く揺らいだかと思うと、すぐさま黒く染まっていく。

立ち上る光は最早邪神自身が放つ瘴気と何ら変わりない邪悪。

闇を帯びた腕でスロットルを解放し、加速を増す。



鋼の咆哮を轟かし、回転数を上げるモーメントエンジン。

ホイール・オブ・フォーチュンに内蔵された、その動力炉が猛り狂う。

虹色の燐光が闇色一色に塗り潰され、機体外部に光を放出している。

ざくざくと溢れる闇色の光。

それは相対するもう一つのモーメント、遊星号に伝播していく。



「……ッ! なにっ!?」



ジャックの許から遊星号まで伸びる、闇の奔流。

それは瞬く間に遊星へと辿り着き、その身体を押し流した。

ぐ、と小さく苦悶の声を上げ、しかし即座にそれを呑み込む。

左右にぶれる遊星号の舵を抑え込み、体勢を保つべく専念する。

肌を粟立たせる邪気の礫を全身に浴びながら、遊星は眼を眇めた。



「これが、ジャックを狂わせた邪神の力――――その元凶!」



見えている。

天空で燃える王者には、それが見えている。

自らの王を惑わす邪悪が。その根源が。

魂の奥底で燃える力は、王者たるという誇りであればこそ―――



レッド・デーモンズ・ドラゴン。

キング―――ジャック・アトラスの最強にして無二のしもべ。

その力は絶大にして無敵。

あらゆるモンスターを破壊し尽くすその炎は、何であろうと滅ぼす。

―――故に破壊神。

力の化身にして権化。暴力の結晶なるその身には、恐怖で以て仇名される。



だが、しかし。



誇り高き王者、ジャック・アトラスに従うその姿こそ。

王者の許で侵攻し、万難を劫火で焼き払うその力こそ。

王者に刃向かう者どもを、一歩も通さず君臨し続けるその有様こそ。

舞台を眺める観客が、挑みかかる敵対者もが讃える。

正しく龍の王者であると。



ジャック・アトラスがキングたらんと磨き上げてきた全て。

その精神を王者たらしめる意志。

王者が王者たる所以、その技能を継承する者スキルサクセサーこそが、この魔龍に他ならない。



なればこそ、レッド・デーモンズがそんなものに臆する筈もない。

噴き上がる瘴気は、魔龍が嚇怒の炎を燃やす油と同じだ。

爆音にも似た咆哮を轟かせ、レッド・デーモンズは遊星に求むる。

下せ、と。

最後の引き金を引き、この力をあれへ叩き込めという命を下せ。



抱く気持ちは遊星とて何ら変わりない。

一度大きく息を吐き、拳を構える邪神を見据える。

もう何も恐れるものはない。

恐怖の根源を、王者の怒りが焼き払う――――



遊星が右腕をハンドルから放し、拳を握り締める。

瞬間、周囲を取り巻く黒光を薙ぎ払う赤光が溢れた。

浮かび上がるのは赤き竜の痣。

竜の尾を模したそれが輝きを増し、闇を掃う閃光を解き放つ。

指揮棒さながらに己の腕を奮い、邪神へとその腕を向ける。

と、同時に放たれる号砲。



「レッド・デーモンズ・ドラゴンの攻撃―――!

 アブソリュート・パワー・フォォオオオオオオオオスッ!!!」



発破する。

灼熱を掌に凝縮し齎す破壊を、思い切り身体をスイングし、真っ直ぐと伸長した腕で相手に向かって叩き付ける―――

名に示す通り、絶対の一撃。森羅万象を悉く灰燼に帰す破壊。



滂沱と火の粉を零しながら突き進むレッド・デーモンズ。

狙いはぶれる事なくドレッド・ルートと定め、翼で風を打ち舞い躍る。

相対する邪神は、その吶喊を真正面から受けて立つ。

何があろうと、それを前にして退く事など許されない。

その炎が王者の魂だというのなら、この瘴気こそが邪なる神威だ。

狂気に彩られた恐怖と悪意の権化。

それは遍く世界を震撼させる邪気であり、王権如きに退くなど在り得てはならない。



<――――――ッ!>



声は低く、地上に沈澱して腐っていく。

濃密な殺意の波動そのものであるそれを吐き出し、瞳から黒々しい闇紅の眼光を飛ばす。

空を灼く咆哮とともに翔ける身に、拳を溜めていた邪神が神罰を下した。

引き絞った肩の筋肉を破裂させる勢いで突き出される左の拳。



互いの腕が中空で交わり、炎と闇を爆ぜさせる。

それは王者と邪神の争いであると同時に、

遊星とジャックが宿すものの競いでもあった。



「行け、レッド・デーモンズッ!!」

「捻じ伏せろドレッド・ルートォッ!!」



全身に広がる光。

赤と黒の光は対照的ながら、しかし同規模に膨らんでいく。

どちらもが相手を喰らう為に、赤が黒を、黒が赤を貪る光景が繰り広げられる。

巨神たちがその身をぶつけ合う許で、二人のデュエリストの視線が交錯した。



「取り戻せジャック! お前の、本当の魂を!!」

「ぐぅっ……!」



黒く染まった竜の痣から、徐々に赤い光が溢れてくる。

遊星の宿す同質の力に感応し、それは外圧を跳ね除け今にも溢れだそうとしている。

それを抑え込むのは黒い邪念。

遊星の力と拮抗しながら、ジャックの力を封印しながら、

しかしその邪悪は今なお力を保っている。



「小癪な真似をォ――――!

 この程度でオレの邪神を打倒し得るとでも思ったかァッ!!

 トラップ発ッ!?」



ジャックの瞳が黒く染まり、その腕がDホイールの伏せリバーススイッチに伸ばされる。

が、その腕は途中で停止していた。











「―――――っ、っ!」



突然、龍可が声を上げて右腕を抑え付けた。

抑えても服越しに浮かび上がる赤き竜の痣。

その光は収まるどころか加速度的に明度を増していく。



「龍可ちゃん、そりゃあ……」



矢薙が茫然と呟く。

いきなりそんな光を見せられれば、それが当然の反応だろう。

俺は一度龍可に目をやってから、再び二人のデュエルに視線を戻した。



「感じる……遊星とジャックが、戦ってる」

「そんなの見りゃ分かるじゃん?」



光に魅せられながらも、龍亞はフィールドでデュエルを続ける二人を指差した。

そうだけど、と言葉を濁す龍可。

その言葉にどんな真意を感じたか、デュエルから目を逸らさぬまま氷室が口を開く。



「いや。このデュエルは普通のデュエルじゃない……

 龍可はその赤き竜の痣を通じて感じているのかもな、あのデュエルの裏側を」



ひっそりと眼を眇め、フィールドを睨む氷室。

紅蓮と暗黒乱れる決戦場。

邪神ドレッド・ルートとレッド・デーモンズ・ドラゴンの激突。

その瞬間に溢れ出した光の渦は、留まる事を知らぬように膨れていく。



―――――龍可が、小さく呟いた。



「くる……!」











「これ、は……!」



十六夜アキは不動遊星とのデュエルを敗北という形で終え、

アルカディア・ムーブメントのサイコデュエリスト用調製槽で休んでいた。

遊星と交わしたデュエル、言葉を反芻しながらも、しかし忘れようとしていた彼女に突如変化が現れた。

彼がいう絆の証。自身が称して忌むべき印。

赤き竜の痣に、光が灯っていた。



「くっ……!」



その光は念じても消えるどころかより強まり、

制御できないままに膨らんでいく。

数秒もすればそれは眼を潰すには十分な光源となり、アキの身体全てを包み込んでいた。











「始まりましたか」



二人のデュエルを見下ろしながら、レクス・ゴドウィンは呟いた。

後ろに組んだ手を強く握り締めながら、その光景を前に微笑む。

厳重に保管してある“あれ”も、このデュエルに感応して力を放っている事だろう。

ジャック・アトラス、不動遊星、十六夜アキ、龍可――――

そして、もう一つ。

五つの痣がこの場に揃い、そして覚醒する為の舞台は整えられた。



組んでいた手を放し、ゆっくりと前へと差し出す。

それはまるで眼下の光景を自分の掌で包むかのように。



「さあ、今こそ目醒めよ。赤き竜……!」



その独白と同時、スタジアムが光に満ちた。











隻腕の邪神に立ち向かうレッド・デーモンズが、真紅より赤い光に纏われていく。

その光は、赤き竜の力の断片に相違ない。

――――ドラゴン・ヘッド、ドラゴン・ウィング、ドラゴン・クロー、ドラゴン・レッグ、ドラゴン・テイル。

それらの光が遊星とジャック、二人の身体を通してレッド・デーモンズに雪崩れ込んできていた。



――――レッド・デーモンズ・ドラゴンはいわば分け身だ。

オリジナルである赤き竜の力の一部を持つ、攻撃性の象徴。

その分身にオリジナルと同等の力が流入するとなれば、崩壊は必然。

ドレッド・ルートとの決着を待つまでもなく、レッド・デーモンズは滅びかけていた。

互角であった戦況は邪神側に大きく傾き、崩れ落ちていく。



――――攻撃力を射程に捉え、相討ちに持ち込んで、互いに滅びる。

それでジャックの心が取り戻せない事は分かっていた。

先のデュエルで、それはとっくに証明されていた。

だからこそ、勝つしかない。

数値では測れない、デュエル、そしてカードに宿る魂の領域であの存在を駆逐しなければならない。

それが敵う手段はたった一つ。



邪神に圧され、崩れていくレッド・デーモンズ。

その身体は赤い―――遊星粒子となって宙を舞う。

自らの拳で粉砕した、わけではない邪神の貌が歪む。

大気の中を舞う赤き粒子へと眼を這わせ、苛立たしげに咽喉を鳴らした。

遊星粒子と化したレッド・デーモンズは変わっていく。

その意志を以て、意志を力に変える遊星粒子の中で、変わっていく。



―――――超新星にも似た、遊星粒子の爆発が巻き起こる。

レッド・デーモンズのカタチを失った王者の意志が、断片を繋ぎ合わせて再編されていく。

――――象られるのは赤き竜。

シグナーからの力の逆流を一身に集め、神さびる龍を現世に再現せしめる。



それは立ち上る深紅の光で描かれた龍。



「な、にぃ……!?」



天空を覆い尽くすかというほどに膨れ上がった光。

描かれた龍はスタジアムの中には収まらず、その姿をこの空域全てに曝け出した。

ジャックの口から零れた動揺。

それを哀しむように、光は澄んだ色の声で高く叫びを上げた。

クォオン、と響く声。



――――それを前に、邪神が一歩退いた。

焦がれた全身を小刻みに揺らし、一歩後ろに引かれる脚。

それを自身で理解した瞬間、邪神の凶貌が色を失う。

恐怖の根源と仇名される魔神が、よりにもよってそれに、“恐怖”を覚えている。



事実を悟った瞬間、口腔から吐き出される憤怒の吐息。

ありえない、あってはならない。恐怖の具現が恐怖を覚えるなど。

それはこの存在が名だけの虚飾である、というにも等しい。

左腕を振り翳す。

闇色の眼光を差し、天空に坐す神龍をその場から引き摺り降ろし――――



遊星粒子の伝える感情の波に乗せ、神は云う。

神である事など関係ないと。

恐怖の感情の化身に恐怖を齎すのは、恐怖を乗り越え立つ人の意志だと。

王者の意志を波濤と響かせる雄叫びが、赤き竜の顎から轟いた。

爆発的に広がっていく閃光の渦。

遊星粒子の奔流は向かってきていた邪神を易々と呑み込み、瞬く間に蒸発させた。



同時に、世界がその姿を変えた。











―――――Dホイールが走る為に敷かれた光の道。

周囲は夜景か、宇宙か。

無数の星が浮かび、鮮烈なまでの耀きを放っている。

疾走するDホイールから見れば、相対的に背後へと流れていく箒星。

光の激流の中を走っているかのようなその世界で、二台のDホイールが追走していた。



「ここ、は……!?」



茫然と遊星が呟いた声は、星と共に流されていく。

その遊星の背後につけたジャックが、顔を手で押さえていた。

口許以外を覆い隠すヘルメットに遮られ、直接触れる事はできない。

だが、そんな事を気にする様子もなくジャックは表情を強く歪めていく。



「ぐっ……! オレ、は……!」

「ジャック! 大丈夫か!?」



かけられた遊星からの声。

はっとした様子でそちらを振り向くジャック。

その瞳に邪悪な光はなく、腕で輝く紋章は赤一色。

捻じ伏せられた邪神の残照は、彼を見る限りどこにも見つからなかった。



「元に戻ったのか、ジャック!」

「元に、だと? ――――っ!」



その脳裏に焼き付くのは、自身が邪悪に染められていた光景。

まるで夢を見ているかのように擦掠するヴィジョン。

自分の思考が挟まっている筈のないそれに、

しかし身の覚えと現実感だけがこびり付いている。



「ぐっ……なんだ、これはッ……!

 オレは、なに、を……! このオレが、このカードに! 操られていたとでもいうのか!?」



ダン、と。

ジャックの拳がホイール・オブ・フォーチュンを叩く。

そのまま掌でディスクを薙ぎ払い、邪神ドレッド・ルートのカードを弾き飛ばす。

虚空に消えていくカード。

その様子を見ていた遊星が口許を引き締め、己のディスクに嵌められたカードを抜きだす。



「ジャックッ!!!」

「――――!」



遊星の怒濤に反応し、ジャックの視線が遊星へと引き込まれた。

瞬間、遊星の手元からカードが放たれる。

危うげなく、自身を目掛けて放たれたカードを二指で以て掴み取る。

そのカードの正体に息を呑む。



「デュエルの続きだ! ――――オレたちのデュエルの!!

 ジャンク・バーサーカーで、ジャンク・シンクロンを攻撃ッ!!」



例え世界が変わろうと、例えここが見当もつかない無限の地平だったとしても。

戦場の様相は、フィールドは変わらない。

スピードを力に変え、カードの剣で闘い抜くライディングデュエル。

その中にいる事を示す、遊星の発破。



ジャンク・バーサーカーはその手に握り締めた戦斧を振り上げ、碧眼で相手を睨みつける。

戦闘せよと命じられたのは、キャプチャーされたジャンク・シンクロン。

例え元自軍のモンスターであったとしても、そこに手加減など微塵もない。

狂戦士は背中が反るほどに斧を振り上げ、調律者へ向かって疾走する。



ウィングを展開し、奔る巨体。

それは両腕を胴の前で交差させ、守備姿勢のジャンク・シンクロンに殺到した。

轟く咆哮とともに一閃。

頭上から振り抜かれた戦斧がその矮躯を蹂躙する。

力に任せて鈍く閃いた刃が、強引に機兵を両断した。

帽子のような形状のヘルメットから、股下まで一気呵成に斬り抜ける。

切り口から噴き出すスパーク。

直後、ジャンク・シンクロンの身体が盛大に爆散した。



「ぐっ……!」



爆風をもろに浴びて僅かに揺れる一輪の車体。

あやふやな頭の中。

邪神ドレッド・ルートを手にしてから、曖昧にぼやけた記憶。

だが、今この場で一つだけ。確信できるだけの現実感がある。

闘志漲る戦場の中で。風の舞う戦場の中で。

今自分が、デュエルをしているのだという確信。



「―――――!」



一度眼を閉じ、全ての光景を追いだす。

ほんの5秒に満たないそれを経て、瞳に力を取り戻す。

――――開眼する。

そこにはもう、先刻までの動揺など微塵も残っていなかった。

戦場を検分するその眼光は、正しくキングのそれである。



――――いいだろう。このデュエル、確かにこのジャック・アトラスが受けて立つ―――!!



「オレの、タァアアアアンッ!!!」



ホイール・オブ・フォーチュンのモーメントエンジンが轟いた。

白鉄の機獣の雄叫びが地平線を歪ませる。

遊星号とは比べ物にならないパワーの発揮。

嘶き一つで速度は倍し、瞬く間に離された距離を詰めていく。

ドローカードは閃光ひらめき。周囲の星に勝る耀きを以て、ジャックの手に依り抜き放たれる。



「チェーン・リゾネーターをリリース! バイス・ドラゴンをアドバンス召喚!!」



鎖を背負った小悪魔がキシシと嗤う。

その命を糧とし、より大きな力を呼び出す供物となる。

虹色の光に還元されたチェーン・リゾネーターを引き継ぎ、現れるのは紫紺の龍。



それはゴァアアッ、と咽喉の奥を転がすような叫びを上げて降臨した。

身体全体のバランスを見れば、それは頭部の過剰な大きさが見て取れる。

頭部に限らず手も足も、一部分だけに肉が凝り固まった偏重。

歪んだ皮膚を張り付けたその異常体躯を繰り、ジャックの背後に控える悪魔と並ぶ。



「――――レベル5、バイス・ドラゴンに、レベル3、ダーク・リゾネーターをチューニングッ!!」



そうである事が使命であるかのように、龍と小悪魔は並び立った。

互いが互いに解れる身体と、進んで混じり合うその行為。

光は新たに生まれる王者を現世へ導く道標。

二体のモンスターが融け合った場所には、八つの星が爛々と輝いている。

ジャックの手の中で、先程遊星から受け取ったカードが脈動した。



「レベル8――――くるのか!」

「王者の鼓動、今此処に列を成す―――――天地鳴動の力を見るがいいッ!!!」



八つの星は星座を描く。

頭部から走り、胴体を受け、二枚一対の翼が広がって、両の腕に炎を凝らせ、漲る両脚で大地を踏み砕く。

灼熱が星を繋ぎ、その星座に肉を与えていく。

真紅に彩られた溶岩石のような体躯は、龍か、悪魔か――――

否。王者に他ならない――――!



「我が魂―――――レッド・デーモンズ・ドラゴォオオンッ!!!」



瞬間、世界が炎に包まれる。

灼熱の波濤は瞬く間にこの宇宙を舐め尽し、背景をも火炎の衝立で覆い尽くす。

人と同じ構造を持つ破壊の龍。

黄金の双眸から光を発し、背筋が盛り上がるほどの力が籠められる。

その力と意志に呼応し広がる紅蓮の翼。



「レッド・デーモンズ・ドラゴンよ!

 ジャンク・バーサーカーを粉砕しろ!!」

「くっ――――!」



先刻まで隣合い、同じ敵と戦っていた筈の二体のモンスター。

しかし彼が本来の持ち主の手に戻った以上、この衝突は必然だ。

狂戦士は戦斧を両手に構え、龍との相対に備えて力を蓄える。

それに反し、レッド・デーモンズは炎すら伴わず、翼で風を打ち飛翔した。



迫る龍の迫撃は真正面から。

ジャンク・バーサーカーは腰を捻り、横合いに向け戦斧を振り被った。

例え共に戦った存在であろうと、容赦をするに足る理由ではない。

一度の羽搏きで間合いを無きものとする飛翔。

それに詰め寄られたその瞬間、狂戦士が咆哮した。



――――奔る戦斧。

首を落とす為に閃く一撃は大気を砕き、レッド・デーモンズを目掛け殺到する。

どれほどの装甲であろうが、その腕力に任せた圧力の前では無意味。

刃の前には万物を斬り捨て、刃を通さぬ堅牢は力で以て圧砕する。

これを前に守りに入ろうものならば、それは命を捨てるに等しい行為だ。



――――だが、今狂戦士の前にいるのは同じく、守りを解さぬ真正の破壊魔龍。

ガァン、と。鋼が鋼を打ち据える金属音。

ジャンク・バーサーカーの振り抜いた戦斧が、静止していた。

刃が打ち据えたモノは魔龍の首ではなく、その腕。

首を狙った刃の前に突き出された紅蓮の腕が、無造作に巨大な刃を片手一振りで受け止めていた。

その手に力が籠められればメキ、と圧壊する戦斧。



「ッ、ジャンク・バーサーカーッ!」

「味わうがいい――――これぞッ!!!」



尾が撓る。

大木のような紅蓮の尾が狂戦士の胴体を殴打し、弾き飛ばす。

それと同時に捻り上げるよう戦斧を掴んだ腕に力が入る。

戦斧を圧壊させるのみならず、それを掴んだ両腕ごと引き千切るレッド・デーモンズ。

引き千切られた両の肘から先。

無理矢理千切られた中身が電光を放つその様相に、狂戦士の悲鳴が響く。



奪い取った相手の武器と腕。

それを何の事もなく投げ捨てて、そのまま腕を腰溜めに。

途端に潜めていた熱量が溢れ出し、レッド・デーモンズが燃え盛る。



「アブソリュートッ……!」



両腕を失った今、ジャンク・バーサーカーに成す術はない。

だがそれでも、と。

叫びを上げようと身体を前に突き出す。

その意志、戦意を真正面から受け止めたレッド・デーモンズ・ドラゴンが、迸る。



「パワァアアッ・フォオオオオオスッ!!!!」



突き出される。

灼熱を凝縮した掌が、向かってきた狂戦士に向けて。

それは相手が最期の咆哮を上げる前に胴体を貫き、威力を余すことなく昇華した。

暴走する熱量がジャンク・バーサーカーの体躯を蹂躙する。

体内に直接注がれた力は、瞬時に鋼の身体を伝播し、全身を融解させた。

爆散する事も、霧散する事もなく、その存在は半秒待たずに蒸発する。



――――狂戦士を相手に、その姿は一切ぶれる事なく最強を誇る。

王者に違わぬ威風堂々を見せしめて、魔龍は一際大きく翼を広げた。



膨大な熱量を孕んだ風が吹き荒れ、遊星を襲う。

小さな苦悶の声を零したのは、けしてそれに怯んだからではない。

攻撃力3000のレッド・デーモンズに、攻撃力2700のジャンク・バーサーカーに破壊された。

その差分、300ポイントのダメージにライフカウンターが削られる。

だが、それだけには留まらない。

威力に見合った実像の衝撃が、遊星の身体を舐め上げる。



「ぐっ!? ぅ……! これは……!」



自身のライフカウンターが1100に。

徐々に追い込まれていく現状以上に、その衝撃に遊星は驚愕していた。

遊星を襲ったのは、仮想衝撃などではなく実体の衝撃波。

邪神の軛より離れてなお、それは継続されていた。

――――原因不明の……いや、赤き竜が起こす現象に相違あるまい。

導かれるように訪れたこの戦場。身体を襲う実際の衝撃。

その痛みを噛み締めて、しかし揺らぐ事無く前を見続ける。

このデュエル、勝敗の決着以外で止まる事などありえない。



「カードを1枚伏せ、ターンエンドッ!」

「オレのターン! ドローォッ!!」



引き抜いたカードをそのまま保持し、手札の中から更なる1枚を引き抜いた。

その内の1枚をセメタリーゾーンのスリットに差し込み、もう1枚をフィールドへ。



「手札のターボ・シンクロンを墓地ヘ! クイック・シンクロンを特殊召喚ッ!!」



光が溢れ、その中でキザに決めつつ姿を現す銃士。

頭に乗せたカウボーイハットを指で弾き、赤いマントを翻す。

まるで見せつけるように、腰のホルスターから引き抜いた拳銃を、器用に指で回して見せた。



「更に! 墓地のボルト・ヘッジホッグの効果、発動ッ!!」



クイック・シンクロンがマントを繰る。

まるで自分の身体をすっぽり覆い尽くすように囲い、1秒。

バサリと広がったマントの中から黄色いネズミが現れた。

背中からボルトを生やしたネズミは、銃士に張り付くように控えている。



「自分フィールドにチューナーが存在する時、ボルト・ヘッジホッグが墓地より特殊召喚できる!」

「フン――――」



それがどうした、と言わんばかりに鼻を鳴らすジャック。

邪悪な意志から解き放たれた以上、相手は真の王者。

今まで以上に、死力を尽くしてかからねばならない相手である事に違いない。



「レベル2、ボルト・ヘッジホッグにレベル5、クイック・シンクロンをチューニング!!」



マントが靡き、その胴体に取り付けられた三色のシグナルが発光した。

投影される光のルーレット。

名だたるシンクロンが映像として浮かび上がり、それが高速で回転を始める。

手の中で遊ばせていた拳銃を握る。即座に構えられる銃口には、迷いもぶれもありはしない。

ガンッ、とマズルフラッシュと同時にルーレットの一部に穴が空いた。

撃ち抜かれた映像は、ニトロ・シンクロン。



「集いし思いが、此処に新たな力となる――――光差す道となれッ!!」



身体が燃える。

燃えて崩れるようにボルト・ヘッジホッグ、そしてクイック・シンクロンは星と化した。

炎を人型に圧し固める星の光が、やがて新たなモンスターの姿として確固としたものに変ずる。

体色は緑。臀部に爆発物のタンクを吊り下げた、昆虫か悪魔に近しい風貌。

凶悪な顎から力を抜き、ゆっくりと開いた。

吐き落とす息は火薬の臭いを孕み、赤銅色を帯びている。



「シンクロ召喚――――! 燃え上がれ、ニトロ・ウォリアーッ!!!」



炎を掌握するのは、筋肉を押し固めたかのような両腕。

角張ったその両腕は、立ち塞がる障害を打ち砕くべく発達した唯一無二の凶器。

その戦闘能力はシンクロンが導く戦士たちの中でも指折り。

攻撃力にして2800を誇る高水準の基本ステータスは、並みのモンスターを一撃で粉砕する。



「だが! 貴様が相手にしているのは我が魂レッド・デーモンズ――――!

 ニトロ・ウォリアー如きで、倒せるものではないわッ――――!!」

「それはどうかな―――――!」



ホルダーから手札を切る。

指先で摘まんだカードを翻し、表向きにカードスリットへと差し込む。

途端に光りを増す遊星号のモニター。

光っているのは、フィールドに示されたスピードカウンターの表示。



Spスピードスペル-アクセル・ドローッ!!」



遊星号の全身を満たす光が伝播し、デッキをも包み込む。

その光の導きに従い、抜き放つ2枚のカード。



「自身のスピードカウンターが12、相手のカウンターがが11以下の時、

 デッキからカードを2枚ドローする!!」



遊星のカウンターは12。対するジャックは8。

速さを上回る遊星には、それに見合う優位が与えられる。

引き抜いたカードを一瞥し、ホルダーに挟む。

直後、遊星の許で爆炎が噴き上がった。

――――発生源は見るまでもなく、爆炎の闘士。ニトロ・ウォリアーに他ならない。



「カードを1枚セットッ!

 そして、ニトロ・ウォリアーの効果!

 魔法マジックカードを使ったターンのバトルフェイズ、ダメージ計算時に攻撃力を1000ポイントアップさせる!

 この効果により、ニトロ・ウォリアーの攻撃力は3800!!」



臀部から炎を噴き上げ、飛び上がる緑色の体躯。

握り込まれる拳の破壊力を増加させるのは、その炎が生み出す爆速。

悪魔の雄叫びと爆炎の咆哮。

重ねて放ち、空高く舞い上がった身体を反転させる。

目掛けて飛ぶ。真正面に見据えるのは、レッド・デーモンズ・ドラゴン――――!



「行けッ! ニトロ・ウォリアーで、レッド・デーモンズを攻撃ッ―――――!

 ダイナマイト・ナックルッ――――!!!」



それはさながら流星が如く降り来る。

臀部から吐き出す炎はより勢いを増し、留まる事なく噴き出し続ける。

加速は止まらず、100分の1秒ごとに速度は倍になっていく。

真っ直ぐと突き出した拳が空気を爆破し、大気を外へと押し遣り退けた。

速度が増せば、自然と攻撃力もまた上がる。

その数値は今や、レッド・デーモンズの3000すら凌駕する3800。

上空から来る炎の星に、レッド・デーモンズは反応すら許されず――――



「とったぞ、ジャックッ―――――!」

「などと――――思っているのかァ!!!」



瞬間、レッド・デーモンズが裂けた。

二つの光となって、真っ二つに分かれる龍の身体。

ニトロ・ウォリアーもその魔貌に驚きを張り付けて、しかし乗せに乗せたその速度は翻せない。

片方の光を守るように前へと出てきた光に、双拳を全力を以て叩き付ける。

――――返ってきたのは直撃の感触。そして、破壊出来ぬという確信だった。



目の前の光景に、遊星の顔が歪む。

ニトロ・ウォリアーが仕掛けた瞬間、レッド・デーモンズの姿は消えていた。

代わりにあるのは二つの光。

その光も徐々に晴れ、それが孕んだ中身の姿をおぼろげながら見せつけた。



「シンクロ召喚を、解除したッ……!?」

トラップカード、チューナーズ・マインド!

 自身のフィールドに存在するシンクロモンスターをエクストラデッキに戻し、

 そのシンクロ素材として使ったモンスターたちを、墓地から呼び戻す。

 更に! このターン、貴様の攻撃はこの効果で特殊召喚されたチューナーモンスターが引き受ける。

 つまり……!」



光が晴れ、ニトロ・ウォリアーの拳を受ける小悪魔の姿が露わになった。

その身体に叩き付けられた、単純な威力であれば邪神のそれに匹敵する一撃。

しかしそれを真正面から受け止めた悪魔は、砕ける事なく魔物としての形状を保っていた。



「ダーク・リゾネーターッ! 戦闘による破壊を一度、無効にするモンスターだ!

 貴様が知らぬ筈もあるまいッ!!」

「くっ……!」



守備表示で特殊召喚されたダーク・リゾネーターは、ニトロ・ウォリアーの攻撃を受け切った。

ニトロ・ウォリアーの爆発力は尋常なものではない。

邪神に比する攻撃力に加え、更にモンスターを破壊した時誘発する、

守備モンスターを強制的に攻撃表示にし、連続攻撃を叩き込む連鎖爆撃効果。

だが全ては、起爆できねば意味がない。



攻撃の起点が潰れた遊星に出来るのは、ターンを終了させる事。



「そして! オレのターンが訪れたこの瞬間ッ!!!」



ダーク・リゾネーターが弾け飛ぶ。

同じく、チューナーズ・マインドの効果で特殊召喚され、背後に控えていたバイス・ドラゴンも。

組み上げられる八つの星は溶け合い、紅蓮の魔龍を再びフィールドに呼び醒ます。



「再臨せよ――――我が魂! レッド・デーモンズ・ドラゴンッ!!!」



ダイナマイト・ナックルをダーク・リゾネーターに叩き込んだ姿勢で硬直するニトロ・ウォリアー。

それを襲うのは、紅蓮の大火。

ジャックの許に再召喚されたレッド・デーモンズが、首を大きく反らせて顎を開く。

途端に咽喉の奥から溢れ出す紅蓮。

それは半秒の間に極大まで膨れ上がり、牙の間から灼熱の燐光を零し始めた。



「バトルッ!

 レッド・デーモンズよ、ニトロ・ウォリアーを薙ぎ払えッ!!

 灼熱の――――クリムゾン・ヘルフレアァアアアッ!!!」



勢いよく開かれる顎。

口腔に蓄えられていたそれは、瞬間に荒れ狂う業火として解き放たれた。

今度は、ニトロ・ウォリアーにこそ反応する暇も与えぬ暴力。

灼熱の氾濫は逆らう事すら許さずに、緑色の悪魔戦士を呑み下した。

その存在ごと呑み込まれたニトロ・ウォリアーが、炎の渦中で最期を示す爆発を起こす。

臀部に蓄えた爆発物に引火し、空を揺るがす大爆発と化す戦士の身体。



その爆発から押し潰されるかのような衝撃を受け、遊星号の車体が揺らぐ。

同時に下降していく遊星のライフカウンター。

遂には1000を切り、900という数値を示す。

揺らぎを伝えるハンドルを強く握り返し、持ち前のテクニックで車体を繰る。



「ぐっ……! うっ……」

「カードを1枚セットし、ターンエンドッ!」



譲渡されるターン。

瞬く間に撃破されたニトロ・ウォリアーを偲ぶ間もなく、追い詰められていく状況を打開すべく頭を回す。

デッキの上に手をかけ、次の一手を抜き放つ。



「オレのターン、ドローッ!

 相手フィールドにモンスターが存在し、自分フィールドに存在しない時。

 手札のスニーク・ジャイアントは、墓地のレベル1モンスターを自分フィールドに特殊召喚する事で、

 リリースなしで召喚する事ができる!

 オレはレベル1のターボ・シンクロンを特殊召喚! そして、スニーク・ジャイアントを召喚ッ!!」



光の道に黒点を穿ち、先んじてターボ・シンクロンが躍り出た。

緑色の車体を揺すり、先導されるのは岩色の巨体。

遊星は前で居並んだ二体を見据え、続く指示を叫ぶ。



「レベル5のスニーク・ジャイアントに、レベル1のターボ・シンクロンをチューニングッ!!」



風の中で解け、加速とともに崩れ落ちていく。

解れた欠片は星と成り、光の尾を牽き円環を描いた。



「集いし絆が、更なる力を紡ぎ出す―――! 光差す道となれ!!」



光を編上げ再構成されるのは、赤で彩るスマートなボディ。

胴体部のライトを明滅させ、背中から伸びるマフラーからエクゾーストノートを轟かせる。

左右の腕からは、鋭利に澄んだ刃の如き五指が尖っている。

五つの指先を閃かせ、星の残光を引き裂いて、フィールドへと舞い降りた。



「シンクロ召喚ッ! 轟け、ターボ・ウォリアーッ!!」



――――ターボ・ウォリアーの攻撃力は2500。

その加速力を活かした衝突は、上級モンスターの中でも一廉の威力を誇る。

が、それは上級モンスターの中での事。

最上級モンスターの中でも一線級の力を持つレッド・デーモンズの前では、それは何の意味も持たない。

だが、ターボ・ウォリアーの真価はそこだけにはない。



「ターボ・ウォリアー、対シンクロモンスターか―――!」



真紅の戦士の真骨頂。

それは対シンクロモンスターに特化したその効果にある。

戦闘を仕掛ける際に放つ、特殊効果ハイレート・パワー。

相対するシンクロモンスターの攻撃力を半減させるその力は、上級と最上級という壁をも覆す。



ハイレート・パワーを浴びれば如何なレッド・デーモンズとはいえ、戦力低下を免れない。

その力は攻撃力にして1500。

下級モンスタークラスまでの攻撃力低下を強いられるのだ。

そうなれば攻撃力の差は歴然。

1000ポイントもの攻撃力が生まれ、ジャックの残り900ポイントのライフすら削り切る。



「これでッ――――! 行け、ターボ・ウォリアーッ!!

 レッド・デーモンズ・ドラゴンに攻撃ッ!!」



刃の五指を折り曲げて、四肢に力を注ぎこむ。

その意志に呼応したかのようにマフラーは煙を噴き、力強さを見せつけた。

一際強烈な嘶きを轟かせ、真紅の肢体が風を裂く。

息を吐く間もなく、その躍動は魔龍の懐へと侵略した。

薄赤い、仄かな光を纏った爪を揃え、魔龍の腹へと叩き付ける――――!



「ハイレート・パワーッ!!」



ドウッ、と思い切り叩かれたレッド・デーモンズが半身分、吹き飛ばされた。

ターボ・ウォリアーの能力を受けた紅蓮魔龍は、この一瞬の交錯に全力を注ぐ事が敵わない。

それだけが勝ち目、狙い目と正しく理解している。

即座に自身も半身を引き、両手の五指を揃えて貫手を構えた。

相手は紅蓮を滾らす悪魔龍。

幾ら全力を尽くせぬとはいえ、真正面から競り合えば不測の事態も有り得るだろう。

ならば狙うべきは、絶大な破壊力を持つ吐息を放つ、咽喉。

右半身を前に。照準器が如く右腕を前に突き出し、間合いと狙いを確定させる切先に。

左半身ごと後ろに引いた左腕は、番えられた弓矢さながらに、解放の瞬間を待ち焦がれている。



レッド・デーモンズが体勢を立て直す。

だが、遅い。

既に攻撃対象として状態を掌握し、後は左腕の一撃を放つだけで自身の勝利。

相手がその腕に炎を焚くより速く、咽喉の炎を掬うよりなお速く。

神速の戦士はその侵攻を完了させる――――!



瞬時に奔る。

槍が放たれるような苛烈さと俊敏さを発揮し、真紅の腕は過たず解き放たれた。

全てのシンクロモンスターを駆逐するその一撃は――――



「貴様が攻撃宣言したこの瞬間、トラップ発動! ハーフorストップッ!!」



王者の裂帛に阻まれた。

外部からの圧力で急停止させられるボディ。

反動で引き千切られそうになりながらも、真紅の戦士はその身を静めた。

それを成したのは、ターボ・ウォリアー、そしてレッド・デーモンズの間に立ちはだかった、一体のモンスター。

名はジャッジ・マン。

彼を前に白か黒か、二者択一の選択で日和った答えは許されない。

その手には黄金と白銀、二つの斧が握られている。

選べ、と。

感情を覗かせぬ白い瞳が絶対の強制力を働かせ、そうと迫り寄ってきた。



「ハーフorストップは二つの効果を持つ。

 一つ目は貴様のバトルフェイズの強制終了効果。

 そしてもう一つは、貴様のモンスター全ての攻撃力を、エンドフェイズまで半減させる効果。

 選ぶのは遊星、貴様だ! さあ、選ぶがいいッ!!」



表情を固くし、その言葉の真意を探る。

ターボ・ウォリアーの特性、ハイレート・パワーが作動するのは自身から攻撃を仕掛けた時だけだ。

このターンの勝機を逃し、反撃を仕掛けられれば、そのまま敗北する事になるだろう。

ならば……



「オレが選ぶのは、攻撃力の半減――――戦闘は続行だ!」

「フン、いいだろう!」



ジャッジ・マンが白銀の斧を振り降ろす。

この裁判官の怪力の成せる技か。

光のコースを一部分爆砕し、その衝撃波でターボ・ウォリアーを一度大きく後退させた。

体勢をすぐさま直すも、衝撃に揉まれた身体は機能不全を患った。

一時の休息をとれば快復するだろう。

だが、そんな猶予など残されてはいない。

再び両腕に力を充足させ、距離を取る事になったレッド・デーモンズを睨み据えた。



「オレはこの瞬間、墓地のスキルサクセサーを除外する事で、

 ターボ・ウォリアーの攻撃力を800ポイントアップッ!」



遊星号のセメタリーから排出されるスキルサクセサーのカード。

それを取り除き、自身の上着に滑り込ませ除外する。

その瞬間、ターボ・ウォリアーの全身が炎に覆われ、力を漲らせていく。

指先に集った力は威力に変わり、敵を打倒すべく尽くされる。

背部から伸びたマフラーから、力強い嘶きと爆煙を解き放った。



縮こめた全身を駆動させ、破竹の勢いで以て進撃する。

衝撃に空けられた間合いを一足で無かった物とし、レッド・デーモンズの懐へ。

引き絞った爪を薙ぎ払う。

目掛けるは、胴から長く伸びた無防備な首。



「切り裂け―――アクセル・スラッシュッ!!!」



半減した攻撃力は1250。

本来、1500まで下がったとはいえ、レッド・デーモンズの相手など不能。

だがそれを別から補えば、ターボ・ウォリアーは攻撃を2050まで取り返す。

スキルサクセサーの恩恵を受け、増加した攻撃力は550ポイント上回る。

ジャックのライフを削り切れはしないが、確実にレッド・デーモンズは仕留め――――



「そのような手を、このオレが読んでいないとでも思ったかッ!

 トラップ発動、覇者の呪縛ッ!!」

「なにっ!?」



レッド・デーモンズの足許から鎖が立ち上った。

周囲を囲われた魔龍を前に、ターボ・ウォリアーの動きが一瞬鈍る。

生まれたのは10分の1秒に満たない隙間。

その瞬間、鉄鎖の檻の中から、無数の鎖の断片を身体中に吊るしたレッド・デーモンズが躍り出た。

不意を衝かれたターボ・ウォリアーが、しかし即座に両腕の指を揃えて構え直し――――



ずん、と。

鎖の檻が視界から隠していた魔龍の尾が、横合いからターボ・ウォリアーを襲った。

半身を前に突き出す格好で備えていた真紅の戦士は、背中から強打を受けてくず折れる。

拉げたボディでライトが何度か点いては消え、やがて完全に消灯した。



「覇者の呪縛は発動後、装備カードとなりモンスターに装備される!

 装備したレッド・デーモンズの攻撃力は700ポイントアップ!」



相手の効果を受け、1500となっていた攻撃力が2200まで上がる。

全身のいたるところが鉄鎖に締め付けられ、膨張しているその肉体。

余した鎖をじゃらじゃらと垂らし、擦らせながら尾を張った。



折れ曲がった上体を起こそうと死力を尽くす機械戦士。

その身体を、魔龍の大木のような尾が、下から掬うようにかちあげる。

跳ね上がる真紅のボディ。

トラックを模した胴体部は中心に線を引かれているかのように、盛大にへこんでいた。

――――その存在を、軽くあしらうかのように奮われる左の裏拳。

腰部を正確に打ち据えたそれが、確かな力を発揮する。

腰から真っ二つに裂け、千切れとぶ真紅の身体。

泣き別れした上半身と下半身は、それぞれ別の方向へと吹き飛び、1秒後に空中で炎の華と化す。



攻撃力は互いに2200、そして2050。

その差150ポイントのダメージが遊星を遅い、ライフを750まで削り落す。



「くぅっ……!」

「ふっ、貴様の攻撃パターンなどこのキングにはお見通しという事だ!

 さあ。ターンを続けるがいい!」



バトルが終了し、同時にレッド・デーモンズの攻撃力も変わる。

ターボ・ウォリアーの科した軛を離れ、攻撃力は3700。

もし、このターン攻撃を躊躇していれば、その攻撃力を通常時のターボ・ウォリアーで受けなければならなかった。

そうなれば敗北は必定。今回は臆さぬ攻めが、功を奏したと言える。

一瞬だけ顔を歪めた遊星は、ディスクの伏せリバースカードを起動した。



「ターボ・ウォリアーが破壊されたこの瞬間!

 トラップ発動、スクランブル・エッグ!

 自軍のモンスターが破壊された時、手札・デッキ・墓地からロードランナーを特殊召喚する!

 オレはデッキからロードランナーを守備表示で特殊召喚!」



卵が浮かぶ。くらくらと揺れたそれは殻を割り、中から一羽の鳥を生み出した。

遊星の目前に現れるのは、ピンク色をした鳥類。

デフォルメされた鳥の雛のようなそのモンスターは、身体を青くし蹲る。

疾走するための足は、今回使われない。

この場に呼ばれたのは、その盾としての能力を存分に発揮するべくして。



「カードを1枚セットして、ターンエンドッ!」



呼び出されたモンスター、ロードランナーを見やると、ジャックが懐かしげに小さく呟いた。



「ほう、ロードランナーか。懐かしい奴だ。

 そいつの能力は、攻撃力1900以上のモンスターに破壊されない効果。

 だが、忘れたわけではあるまい」

「―――――っ!」

「オレの場にいるのが、レッド・デーモンズ・ドラゴンであるという事を!

 オレのターン、ドローッ!!」



引き抜いたカードをそのままスロットへ。

それはスピードカウンターを参照して、発動される魔法効果。



Spスピードスペル-エンジェル・バトンを発動ッ!

 自身のスピードカウンターが2以上存在する時、デッキからカードを2枚ドローし、その後1枚を墓地へと捨てる!

 オレは手札からシンクロ・ガンナーを墓地ヘ!」



高速で入れ替えられる手札。

その手札をディスクへと差し込み、無手となった腕を高く振り上げる。



「カードをセットし、バトル!!」



その命令に従い紅蓮魔龍が動く。

主の動作に倣うよう、右腕を高く掲げる。

その掌には凝る爆炎が渦を巻く。

収束した火炎を掌に集わせ、相手に直接叩き付ける絶技。

名はアブソリュート・パワー・フォース。

だが最早、あのようなか弱いモンスターに直接叩き付ける意味などない。

破壊神を破壊神たらしめる所以。あらゆる守りを破壊し尽くす地獄の業火。

解き放つのはまさにそれ。



「レッド・デーモンズ・ドラゴンは、守備表示モンスターを攻撃した場合、

 フィールドに屯する全ての守備モンスターを一切合財焼き尽くす!

 それは戦闘破壊を避けるロードランナーであろうと、関係なく蹂躙する絶対の炎!

 とくと味わうがいい――――デモン・メテオッ!!」



掌が光のロードに叩き付けられる。

途端、遊星と並んで身体を丸めていたロードランナーの下から、炎が轟然と噴き出した。

瞬く間に、悲鳴を上げる暇さえなく蒸発する小さな身体。

攻撃力1900以上のモンスターに破壊されない特性を持っていても、

それはあくまで戦闘による破壊を無効化する能力だ。

レッド・デーモンズの、デモン・メテオによる効果破壊はけして避けられない。



残滓すら残さず燃え尽きたロードランナーがいた場所を見やり、息を呑む遊星。

その遊星に対し、ジャックからの言葉が飛ぶ。



「オレはこれでターンエンド! さあ、次はどうする遊星ッ!

 よもやまだこの程度の応酬を繰り返させる心算ではあるまいなッ!!」

「なんだと……?」

「このオレを! レッド・デーモンズを!

 あの邪神などというモンスターと同列に考えてはいまいなっ!

 邪神如きを倒した程度で、オレの全力を測り知った心算か!

 見せてみろ貴様の全力を! それを―――――!!」



鎖を垂らした翼が広がる。

咽喉から溢れ出す叫びは、王者としての誇りと矜持を孕んだ凱歌。

その雄叫びを耳にして、ジャックは王然と言い放った。



「このオレのレッド・デーモンズが打ち砕くッ!!!」



噴き上がる炎は闘志の顕現。

宇宙を紅蓮に燃え盛らせて威風堂々と構える様は、圧倒的で超然としている。

――――そんな言葉を投げられて。

そんな言葉と意志を向けられて、滾らぬ心など遊星は持ち合わせていなかった。



「オレの―――――タァアアアアアンッ!!!」



引き抜いたカードをすぐさまディスクに投入する。

手札は今引いたそのカード、たった1枚。

発光する遊星号に記されたスピードカウンター。




Spスピードスペル-シフト・ダウンを発動ッ!

 スピードカウンターを6つ取り除き、デッキからカードを2枚ドローする!」



確かめるまでもなく、そのカードが遊星が望んだものであった。

2枚のうち1枚を指に挟み、それを大きく高く掲げ上げる。

疾風が如くフィールドゾーンに差し込まれるカード。



「デブリ・ドラゴンを召喚!」



白銀の竜が翔ける。

胴体部分の琥珀色の結晶部、角のように尖った頭部の先端。

緑色の瞳をした寸胴の竜は翼を広げ、遊星に並び追走していく。

その両腕が大きく掲げられ、冥界とのワームホールを目前に創り出す。

黒い孔は些か以上に小さく、そこを通り抜けられるのは、逆に非力なものだけだ。



「その効果により、攻撃力500以下のモンスターを特殊召喚する!

 オレが特殊召喚するのは、攻撃力300のトライクラーッ!!

 更にトラップ発動! エンジェル・リフト!

 この効果でオレが特殊召喚するのは、レベル1のチューニング・サポーターッ!!」



デブリ・ドラゴンを取り巻く二つのちいさな影が現れる。

それは二体の機械人形。

青い三輪機械に、二頭身ほどの鍋を被った小さな人形。

それらを並べたのは他でもない。

不動遊星が、ジャック・アトラスの魂に唯一対抗できるモンスターを呼ぶ為だ。

大きく掌を広げ、前へと向かって突き出した。

それと同時に、シンクロ召喚の成就に向け動きだす三体。



「レベル1、チューニング・サポーターと、レベル3、トライクラーに!

 レべル4、デブリ・ドラゴンをチューニングッ!!」

「レベル8……遂にくるか!」



三体の身体は縺れ合い、光となって散華する。

零れ落ちた八つの星が描くものこそ、彼らが導く力の光。



「集いし願いが、新たに輝く星となる―――――! 光差す道となれッ!!」



八つの星が星座を描く。

奔る光は尖鋭な頭部を描き、胴体の中にサファイヤの輝きを生み、二枚一対の翼から星屑を降らせ、

白銀の腕を光に染め、両脚で光の道筋を大きく踏み込んだ。

この宇宙に輝く無数の星々の中で、一際輝く最輝星。

星の光に染め上げられたその体躯は、研ぎ澄まされた一陣の風。



そうして今、この瞬間。

無間に広がるこの宇宙そらに、力に満ちたかぜが吹く―――――!





「飛翔せよ―――――! スターダスト・ドラゴンッ!!!」











後☆書☆王



SSの書き方よく覚えてない。

どうやって書いてたっけな。

続きは…タッグフォース7が出たら本気出す。


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