※今回、若干グロい表現があります。苦手な方はスルーしてください。
13.それでも僕はやってない。
『ナタリア』でいいじゃない、と先生は言うけど、なんとなく嫌なんだよね。別人だとわかっていてもゲームでの手のひら返しっぷりとか思い出しちゃうし。それにぶっちゃけ同名の人がいるとモノローグの中で混乱しちゃう……何言ってんだろ、俺。電波でも飛び込んできたかな?
ちなみに今は買い物中。ナタリア(仮)のおしめやら色々と入り用なので、面倒を宿の主人の息子の嫁…この場合、若女将でいいのか? が見てくれるというので遠慮なく頼み、レン先生と手分けして買出しに出かけたんだけど……
また迷っちゃった。てへ☆
って冗談じゃねえぇぇぇぇぇぇぇ!! 流石に2回目は笑えねえよ!
どこだここ!? 前回はまだ街の中だったけど、目の前に広がるのは広大な海。少し離れたところには、港の明かりが見える。…バチカル港のはずれに出てしまったようだ。
流石天然要塞バチカル。土地勘のない人間にとっては迷路同然だぜ。
……本当だよ!? 方向音痴を誤魔化そうとしてる訳じゃないよ!?
って俺は誰に言い訳してるんだ?
それはともかく、ここから宿へ戻る道を聞くべく、辺りを見回す。
流石港のはずれ、見事に人気がない……ん?
目を向けた先には海を眺めているのか、何をするでもなく海辺に佇んでいる女性がいた。
おお、ありがたい。あの人に道を聞こう。どんな目で見られても酒場の女将さんとレン先生の呆れと蔑みの視線で鍛えられた俺には痛痒も感じぬわ! ふはははは!! …おや、目から汗が。な、泣いてなんかいないんだからねっ!
そんな思いを打ち消し、声をかけようと忍び寄る……足音と気配を殺しているのは趣味だ。特に意味はない。
そうして後数十メートルほどまで接近したところで、女性が動いた。
身体全体を傾げるようにして、海へとその身を投げたのだ。
えええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!???
ちょ、何で!? せめて道を教えてからにして…って混乱してる場合じゃねえよ!
俺は荷物を放り出し、すそが長く、水中での動きを阻害しそうな上着を脱ぎ捨てると、引き上げるべく海に飛び込んだ。
ああくそ! 俺が声をかけようとする人間はどうしてこうも厄介な奴ばっかりなんだ!? 俺か? 俺のせいなのか!? また引き篭るぞコンチクショー!!
数十分後。
どうにか助け出した女性(二十代前半くらいの金髪美人だった)と俺はずぶ濡れのまま、港湾警備の兵隊に保護され、説教を喰らっていた。……何で俺まで説教されているのか理解に苦しむものだったが、兵士たちの説明によるとこの時期のバチカル近海は潮の流れが読みにくく、下手に素人が海に入ると危険な上、水死体もなかなか上がってこないらしく、子供の癖に無茶なことをするなとしかられた。なるほど、それなら納得だ。……危うく死ぬとこだったのか。怖っ。
……それと、どうでもいいことだが、どうも兵士たちは俺のことを女の子だと勘違いしていたらしい。そりゃ確かにチビで細いし、この世界では珍しくないとはいえ髪も肩にかかる程度には長いし、服装もゆったりしたものを着ているし一人称は私だけど……って勘違いされる要素満載じゃねーか。そういや、故郷でもネフリーにお下がりを着せられた記憶が……考えるのはよそう。悲しくなる。
閑話休題。
で、服を乾かしてもらう間に用意してくれた風呂で温まり、湯気をほこほこさせて風呂から出ると、嘆息混じりに「何故あんなことをしたのか」と問いかける兵士と、助けられてから俯き、無言を貫いたままの女性がいた。
んー。ここまで頑なだと、強引に聞き出そうとするのはかえって逆効果かな?
このままでは埒が明かないと思った俺は、いい加減じれてきたのか声を荒げようとする兵士と女性の間に割り込み、まずは兵士を宥めにかかる。
「まあまあ、少し落ち着いてください。この人もまだ心の整理がついていないのでしょう」
傍から見ていただけですが衝動的なもののようでしたし、と付け足してやると、兵士もばつが悪そうに押し黙る。
そこで俺はすかさず女性に向き直り、できるだけ警戒させないように口を開いた。
「ところで、お願いがあるんです」
で。
「ええと……なんでこんな事になっているのかしら……?」
俺と女性(まだ名乗ってすらくれない)はバチカルの町並みを歩いていた。
隣を歩く女性の顔には「わたし困惑しています」といった表情がありありと表れている。
俺は彼女に顔を向け、
「私が『宿まで連れて行って欲しい』とお願いしたからですね」
「だから、なんで……」
「あのまま無駄に拘束され続けるよりかはましでしょう?」
そういうと、女性はひゅっと息を呑んだ。視線を彷徨わせ、しかしすぐに一点に注がれる。
「でも、この状態は……」
そう言いながら向けられる視線の先には、がっちりと繋がれた俺と彼女の手。
「いわゆる保険ですよ。何せ目の前であんなものを見せられた後ですから」
あんなもの、というのが己が衝動的にやってしまった身投げのことを指しているのだと理解した女性は「う゛ぅ………!」と唸って押し黙ってしまう。
「何があったのか、なんて聞くつもりはありません。宿に着いたら、お茶の一杯でもご馳走しますよ」
「いえ、結構よ。そこまでしてもらうわけには――」
「言い方が悪かったようですね。『散々な目にあって気分が悪いからお茶に付き合いなさい』…命令です。お解りですね?」
「うぅ~……!」
涙目になってうーうー唸る女性の表情は本当に俺より十近くも年上なんだろうかと思わせるのには充分なもので、正直ちょっと萌えた。
もうちょっといぢめt……もとい、いじり倒したい衝動に駆られたそのとき、ゾクリと肌が粟だった。
辺りを見回すと、見覚えのある風景に気がつく。どうやら宿の近くまで戻ってこれたらしい。
安堵の息を吐きかけ――しかしそれを吐き出すことはできずに飲み込んだ。
視線の先には、宿屋の入口。そしてそこに仁王立ちで立ちはだかるナタリア(仮)を抱いたレン先生。
先生は周りに殺意の波動というかラスボスオーラと言うか、目には見えないけど確かに圧力として存在を感じる邪悪なナニカを撒き散らしており、正直めっさ怖い。
「サフィール……今度は女の子をお持ち帰り…? ナタリア(仮)もほったらかして……しかもこ、恋人繋ぎとか見せ付けてるの!? 貴方の目的は私の身体(の異常を治すこと)でしょう!?」
なんか変な誤解してる――!? 指を絡めてるのは容易に逃げられないようにするためで、そういう意図はないし、あと人前で言いにくいの判るけどそのぼかし方は誤解を招くからやめて――!!
そこで俺の隣の空気が変わる。そこにいたのは案内を頼んでいた女性だけど…っておい!?
「う……っうわあぁぁぁぁぁぁ――――――っ!!」
今度は女性が泣き出した――!!?? いや確かにあのレン先生はちびりそうなくらい怖いけど、このタイミングで泣かれると俺が泣かしたみたく見られるから泣き止んで!?
「サフィール――――――ッ!!!!!」
レン先生が穏やかな心を持ちながら激しい怒りによって目覚めた伝説の戦士もかくやという叫びと共に音素を撒き散らす! まさしくあれぞ伝説のスーパーレプリカ人……ってそれどころじゃねえよ! いや、怒りで無意識に譜術を使おうとしてるのか!? あんた最悪音素欠乏から来る飢えでバーサク入るんだから落ち着きなさいって!!
ああ……光が集まって……飲み込まれていく……
「ギャ―――――――っ!!!!!!!!!!!」
ほんとに俺が一体何をした? 誤解と冤罪がタッグ組んで俺をいじめに来てるとしか思えないこの状況に、ちょっとだけこんな世界滅んじまえと思いながら、心の内で(体中痛くて声なんか出せやしない)ありったけの思いを込めて叫ぶ。
俺は、悪くぬぇ―――――――――!!!!!!
……ちょっとだけ、アクゼリュス直後のルークの気持ちがわかったかもしれない。何万分の一、何百万分の一くらいかもしれないけど、こりゃキツい。やっぱ可能な限り、助けてやりたいよなぁ……。
14.遠くて近い未来を思う。
正直俺の2度目の人生もここで終わりかと覚悟したが、流石にナタリア(仮)が泣き出したので経験値が不足しているレン先生はすぐにあたふた。俺もダメージが抜けきっておらず難儀していたところを助けてくれたのは意外にもさっきまで泣きじゃくっていた女性だった。
どうやらナタリア(仮)は空腹だったらしく、正直俺もおしめかミルクのどっちかだろうなとは俺も見当がついたんだがその女性は迷うことなく自分の乳房をポロンと出し、ナタリア(仮)の口にその先端を含ませた。思わず凝視しちゃったよ。いや、胸そのものじゃなくてその手馴れた動きに。
ちなみにそのときレン先生が「サフィールは見ちゃいけません!」って俺の目を塞ごうとしたんだけど、指を立てるなよ! それ明らかに潰しにきてるからね!? あと少し反応が遅れたら取り返しの付かない事になっていたという事実にこの人は気づいているんだろうか。
で、満腹になったナタリア(仮)は軽く背中を叩かれちゃんと小さなげっぷをして、今は女性の腕の中で気持ちよさそうにすやすやと寝息を立てている。……俺も子守りスキルにおいてはかなりのものと自負していたが、この人スゲーわ。
あれ?
ミルク(この世界にも赤ちゃん用のそれはある。保存の関係から粉末ではなく固形で、お湯で溶くのだが溶けにくくよほど母乳の出が悪くない限り使用しないらしい)でもなく、母乳が出たってことはこの女性、人妻な上に子持ち!? ちょっとショック……じゃなくて。
なのに身投げなんかしやがったのか…………!
そんな怒りに支配された思考で女性を睨む。だが、その瞬間その怒りは霧消してしまった。
だって。
ナタリア(仮)を見つめる女性の眼差しは慈しみと、とても深い悲しみに彩られて、いたから――。
しばらくして、女性はぽつぽつと自分のことを話し始めた。
自分には子供がいたこと。
しかし、預言を盲信した母親によって手の届かないところへと連れて行かれてしまったこと。
悲しみにくれても子供は帰ってこず、海を眺めていたが衝動的に身を投げてしまったこと。
そこで俺に助けられ、気を強く持とうと思っていたが、レン先生が抱いていたナタリア(仮)を見て、また悲しみがこみ上げてきてしまったこと。
その話を聞いていたレン先生は涙と鼻水をドバドバ垂れ流して「なんてひどい……!」とか憤っていたが、アンタは俺に対して行った酷いことに対して反省しろ。マジで殺す気か。
そういや、譜術を使ったのに体調に変化がないようだが……興奮して自覚してないのか、影響が然程無かったのか…検査しなきゃな。ナタリア(仮)のこともあるんだから手間をかけさせないで欲しいものだ。
そんなことを考えている間にも二人は盛り上がっていたらしく、ナタリア(仮)を起こさないように悲嘆にくれると言う器用な真似をしていた。……すごいんだか、すごくないんだか判断に迷うな。
「ああ…っ、私のかわいい子、メリル……!」
ゑ?
背中に嫌な汗がじっとりと浮かんでくる。まさかこの人……マジで? 流石にそれは出来過ぎじゃね?
「と……とにかく、今日はもう帰られた方が……旦那さんも、心配しているでしょう」
喉が上ずって、震えそうになる声を必死で抑え、できるだけ平素に、しかし気遣った声を意識して話しかける。
しかし、女性はこちらの気遣いに微笑み、
「いえ、夫は仕事でバチカルを空けておりまして………家に帰っても、母と顔を合わせるのが苦痛で」
自分は預言に従ったのだと、あの子は幸せな居場所を得たのだと誇らしげに言う母親を見ていると憎しみを抱いてしまいそうで辛いのだと言われてはこちらも返す言葉も無く、レン先生は「わかるっ! わかりますよぉその気持ちっ!!」とたちの悪い酔っ払いのような漢泣き――アンタ一応女性でしょうに――して役に立たない。
しかしバチカルを空けるような「仕事」をしている夫って……これはもう決まり、だよなぁ……。
意を決して女性に一つの提案と問いかけを送る。答えはほぼ判っているけど、万が一、億が一の確率でいいから外れてくれないかなー、と信じてもいない神様と、多分俺を困らせて楽しんでいるのであろう【カミサマ】とローレライにすがる思いで祈りながら。
「では一晩。この子の面倒を見る代わりにここで泊っていかれては? ……ええと失礼ですが貴女のお名前は……?」
その俺の問いに女性は自分がまだ名乗っていなかったことを思い出し、深く頭を下げて謝罪を入れた後、どこか誇らしげに、綻ぶ花を思わせる少女のような笑みと共に自己紹介をした。
「申し遅れました。私は砂漠の獅子王、傭兵バダックの妻、シルヴィア・オークランドと申します」
――ああ、やっぱり。うすうす感づいてはいたけどまた厄介な人とめぐり合わせたものだ。とはいえ、ここでこの人と出会えたのは大きい。この人の死を回避できたこともそうだが、うまく立ち回れば【六神将・黒獅子ラルゴ】をヴァンの手駒から消せるし、こちらのスパイとして潜り込んでもらうという選択肢も増える。というかそうでも思わないとやってられない。約2年後に迫ったホド戦争の介入と違って個人のゴタゴタに巻き込まれるのは、正直言って遠慮したい。したいんだけど……まあ、仕方ない。
さて――気合を入れよう。
ここでの動き次第で、未来の自由度とルークたちの難易度が変わってくるからな……!
15.横暴エゴイズム。
とはいえ、まずは様子見だ。まだシルヴィアさんに事実を告げるべきではないだろうし、それを知ってナタリア(仮)の存在をキムラスカ上層部に知らされるわけにもいかない。
扱い次第で味方にも敵にもなり得る厄介な人物だが、今なら然程かかわりを持たずに、ラルゴが敵に回ることを阻止できるかもしれない。高望みはせずに、そこらへんを目標に設定しておくべきか?
……と、思っていたんだが。
シルヴィアさんの境遇を不憫に思ったレン先生が勝手に「じゃあここに居ればいいわ」とか言っちゃうものだから、思惑を表に出せないこちらとしては「バダックが戻ってくるまで。ナタリア(仮)の体調が安定次第ベルケンドに戻る」と期限を切ることしかできなかった。
ちなみにシルヴィアさんにはナタリア(仮)のことを「死に掛けていたところを助けた病弱な赤子」と説明し、名前は考え中で、あくまでも仮のものあると言っておいた。
「まあ……流石に王女殿下と同じ名前をつけるのは畏れ多いですからね」
そういうシルヴィアさんの顔はいまいち表情の読めない、複雑そうなものだった。
まあ当人にしてみれば【ナタリア】が元気に生まれてさえいれば自分の子を取り上げられることも無かったと思うのだろうから当然か。そこにいるのは本人なのだが知らぬが花、という奴だ。
実際のところ、それでも預言遵守派によって始末されかねないのだが、教団の闇を知らない一般人にすれば、預言に詠まれていたとしてもそう思わずにはいられないのだろう。
ゲームとしてとはいえ、下手に世界の裏側を知っていると要らん気苦労が多いな。のんびりのほほんと人生を過ごしたいと思っていた頃が懐かしいぜ。
そんなある日のこと。
乳母代わりをしてくれているシルヴィアさんにナタリア(仮)を預け、あーでもないこーでもないと名前を考えていた。
感傷とも言える個人的なこだわりでしかないが、レン先生の場合とは違い、やはり元の名前との繋がりを残しておいてやりたいものだ。
今の所浮かぶ候補は三つ。
1.後ろの方をちょっといじって、ナタル。
2.頭の文字を削って、タリア。
3.更にもうちょい削って、リア。
……1と2が、下手に軍にでも入ろうものなら上司に恵まれずに不遇の死を遂げそうだと思ってしまうのは気のせいではあるまい。しかも適当に考えていただけなのに両方とも種系列、しかも艦長というのがなんとも嫌すぎる。というかここまでくると3もなんだか幸薄そうな名前に思えてくるから不思議なものだ。……か、考え直した方がいいか?
むーん、と唸っていた俺の耳に、不意にその声は飛び込んできた。
ナタリア(仮)を抱き、あやしていたシルヴィアさんが、
「――メリル」
そう、腕の中のナタリア(仮)に呼びかけたのだ。
気がつけば、俺はシルヴィアさんからナタリア(仮)をひったくるようにして奪い取り、キッと睨みつけていた。
「え……ええと、あの……?」
突然のことで状況を把握できていないのであろうシルヴィアさんがおろおろと意味不明の身振りを―おそらく、自分でも解ってはいないだろう――をするが、こっちは彼女に気を遣う気にもなれない。
「――帰って下さい」
自分の口から、己のものとは思えないほど冷たく、刺々しい声が出るが、そんなことはどうでもよかった。
「え……?」
「これ以上、貴女をここに置いておく訳にはいきません。お帰りください」
「待っ……待って。何でそんな、いきなり……」
「これ以上は何にもならないからですよ。この子にとっても……貴女にとっても」
「何を……ッ!」
「貴女は今、この子を『メリル』と呼んだ……それがこの子を『メリルの代替品』に貶めていると、何故気付かないのですか」
自分でもどうしてここまで、と思うほどの激情を押さえきれず震える声をごまかすように、大きく深呼吸を一つ。
「この子には確かに今、仮の名前しかありませんが、その名前でこの子に呼びかけることだけは決してしてこなかった。それは、たった一つの、この子だけの名前を決めてから、そう決めていたからです」
「そ、れは」
「この子は他の誰かの代わりではない、この子自身になる。その権利がある。貴女がいてはこの子はメリルの影を背負わされてしまうし、貴女もこの子を見るたびにメリルの幻影を追ってしまうでしょう。それはどちらにとっても良いこととは言えません」
「だからって……!」
納得がいかないのであろうシルヴィアさんの姿に苛立ちが募る。
「大体、忘れてはいませんか? 私たちはバチカルを訪れているだけの旅行者です。この子のこともあって長居していますが、落ち着き次第ベルケンドへ帰る人間ですよ」
「なら、この子は私が引き取ります! それなら……」
「話してあると思いますが、この子は身体が弱い。おそらく血中音素濃度が不安定なためと思われますが、その詳しい検査、治療のためにも機器の揃っているベルケンドへ連れて行くほうがこの子のためなのです」
シルヴィアさんにもそれはわかるのだろう。わ、という声を伸ばした叫びと共に、泣き伏した。
そう。それこそがシルヴィアさんにナタリア(仮)を預けられない最大の理由、その一つなのだ。
医術の心得の無いシルヴィアさんにこの子を預けても、容態が変化したとき、しかるべき処置を行えない。それでは多少の誤差が生まれただけで、死の予言を覆したとはいえないだろう。
それに、この世界では誕生日などに預言を詠んでもらうのが一般的であり、数少ない例外がシェリダンやベルケンドといったダアトに思うところがあり、預言を重要視していない風潮の強い都市の住人や、定住しないが故に定期的に預言を詠んでもらう機会の乏しい旅人といった身分なのだ。
とはいえ、シェリダンやベルケンドに住むものが皆そうだと言う訳ではないし、旅人も己の旅の無事を知るために出発前に呼んでもらうことがある。もう少し未来の話になるが、ホド戦争の後、しばらくすれば皇帝に即位したピオニーによってマルクトの政治は預言から離れるが、民の生活から切り離すまでには至っておらず、そうするには、預言はあまりにも長い間、浸透してしまっていた。
ようは、「ナタリア(仮)の健康」と「預言を呼んでもらわなくても怪しまれない言い分」が両立していればいいのだから、少しの間ベルケンドで過ごし、ホド戦争直前にマルクトに戻るというのが俺の新たに立てた計画だった。
死の予言を覆した人間の預言がどうなるのかが判ればそれに越したことは無いのだが、新たに書き換わるならともかく、そのままなら教団に付け狙われる可能性もあるからな。危ない橋を渡る真似はできない。そこをシルヴィアさんに説明するのは……かなり難しいし、正直めんどい。
それでも、俺は何も反発心だけでこんなことを言っているわけではない。
この子が【ナタリア】だったとか、そういうのは後付けの理由に過ぎない。
成り行き上、気まぐれに近い形で救ってしまったのだとしても、俺はその命に対して責任がある。
俺は、この手に掴んだ命を手放すことはしないし、したくない。例えそれが、誰かの希望になり得るものを潰すことになったとしても、俺のやりたいようにやらせて貰う。
それが、誓いというにはあまりにおこがましい、俺の自己満足とエゴに満ちた行動原理だ。
それを少しでもわかってもらおうと――いや、押し付けようと口を開きかけたそのとき、
「失礼する。ここに妻が世話になっていると聞いてきたのだが……」
そういってこの空間――とはいえ、何の変哲も無い宿屋の一室だが――に入ってきたのは、発育不良気味の俺からすれば、天を突くような――とまでは行かないものの、熊ぐらいは充分にありそうな巨体をがっしりとした鎧に包んだ男だった。
男――髭も無く、だいぶ若いがこいつこそ若き日の黒獅子ラルゴ、バダック・オークランドその人だろう。面影がある。
バダックはドアを開けた状態のまましばし硬直し、「ふむ」と鼻から抜けるような声を出すと、
「人の妻に何をしとるか小僧ぉ――――――!!!!!」
空気どころか建物全体が揺れそうな大音声で叫ぶと、曲刀(名前はよく覚えてないが、確かカタールだかショーテルだかと言う類の奴だ)をこちらに向けてきた。
いやなんか、最近こういう展開ばっかりじゃね? 流石にこれっきりにして欲しいわ。
俺はそうぼやくことしかできなかった。
16.名前決定。
俺目掛けて振り下ろされた曲刀は、がぎんっ!! という重い鋼同士がぶつかった音と共に止められた。……冗談のように長大なスパナによって。
れ………………
レン先生えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!
正直今まで「この人を連れて歩くメリットってあるのかな?」とか思っていたけど、こういう時のためだったんだね! 初めて貴女がいてくれて良かったと心の底から思ったよ!
………今までのことを思えば全然割が合わないことはこの際無視しておこう。そうするべきだと俺の本能が叫んでいる。
そんな風に意識を飛ばしている間にレン先生とバダックはたった一度、お互いの得物をぶつけ合っただけだというのに何か通じるものがあったらしく、ニヤリと男臭い笑み――いやだから先生、アンタ一応女でしょうが――を浮かべ、昔の不良漫画みたいな友情でも芽生えたのか、バダックはとりあえずこちらの話を聞いてくれる事になった。
……スゲー納得いかないんだけど、突っ込んだら負けだと俺の中のナニかが訴えてくるのでやめておく。
んで、メリルのことやら身投げのことやらを知ったバダックは可哀相なくらい恐縮しきって平身低頭、頭をぺこぺこ下げてきた。
ま、その程度じゃ許しませんがね(外道)。何しろこっちは殺されかかったんだからな!
まあそれじゃ話も進まないので適当に弄ったあとにシルヴィアさんが泣いた理由の件まで話すと、バダックはいかつくも眉をハの字にした情けない表情から神妙な顔へと表情を一変させ、しばらく黙りこくると、
「………あなた方の判断が、おそらく正しいのだろうな」
重々しい口調で語り始めた。
「俺は傭兵なんて仕事をやっている関係上、家を空けがちで、シルヴィアが臨月になってもバチカルに帰れず、出産にも立ち会えなかった。挙句今回の義母上の行いも止められず、危うくシルヴィアまで失うところだった。父親…いや、夫失格だな」
バダックは自嘲交じりに呟き、身を竦めるように肩を落とす。
そしてナタリア(仮)を引き取る気は無いと断言した。
「あなたっ!?」
自分の味方をしてくれると思っていたらしいシルヴィアさんは責めるような眼差しを向けるが、バダックは揺らがない。
「その子の身体的な事情もそうだが、俺は……その子を愛する自信が無い。今はまだいい。だがこれからその子が成長して俺たちとは似ても似つかない容姿になった時、その子を素直に愛してやれるのか、メリルの影を追うあまり、謂れの無い憎しみを抱いてしまわないか、八つ当たりと判っていてもその子に辛く当たってしまいそうで怖いのだ」
滲み出る苦悩を隠しもせずに、バダックの懺悔じみた告白は続く。夫婦だけあって夫がどれだけ悩み、苦しんでいるのかわかるのだろう。シルヴィアさんはただ静かに涙を流し、いたわるように夫を抱きしめた。
あー。こういう空気苦手だわ。被害妄想かもしれんけどさりげなく俺が悪者っぽいポジションに追いやられてるし。俺正論言っただけなのになー。あぁ欝だ。何かもうやる気とか起きな…く?
そのとき、全く関係ないけど唐突に一つの言葉が頭に浮かんだ。周りの事も忘れ、俺はナタリア(仮)の、まだちゃんと開いていない瞳を覗き込むように見つめる。
「貴女の名前は『アリアナート』にしましょう。というか決定です。ハイ拍手」
最後の一言はひしと固く抱きあう夫婦と、もらい泣きしてるレン先生に向けたものだ。
数秒ぽかんとしていた彼らは、まばらに拍手をするとおや? と首を傾げ、ツッコんできた。
「このタイミングでか!? 唐突すぎだろう!」
「えっと、今は私たちの感動の夫婦愛タイムのはずじゃ…………」
これはオークランド夫妻の言。シルヴィアさんが戯言をいっているが無視だ無視。
「古代イスパニア語で【孤独を癒すもの】、【夜を照らすもの】などの意味ね。あとマイペースすぎるわよサフィール?」
レン先生は名前の説明のあとに投げやり気味に呟く。へえ、語感重視でつけた名前にそんな意味が……【闇に潜むもの】とか【腋の臭いを嗅ぐもの】なんていうイタい意味だったり変な意味じゃなくてよかった……。
女の子なのに自分の名前の意味を調べたら【腋の臭いを嗅ぐもの】とか、人生丸々かけた、壮絶なイジメだよなぁ……。俺なら鬱になって引き篭るね。うん。
そんなアホな思考を表に出すことなく、頭の片隅で考えていたことを口に出す。
「アリアナート・ネイス……愛称はアリア、でしょうかね」
「あら、ネイス姓を名乗らせるの?」
「ええ、義妹ということで。別に養女でも構いませんが私は一応まだ被保護者ですし」
あくまでも表向きの話で実際は違うけど。幾ら義理でも肉体年齢的にこの年で子持ちってのも世間体的にマズそうだしなぁ。
それに、レン先生のアンバー姓は今の所偽名でしかない。世界観は独特なくせに戸籍制度は割ときっちり整っているから、暫くはネイス姓を名乗り、ホド戦争のあとで難民ということにして適当な家名をでっち上げるという手もある。島ごと消えるんだから公文書も偽造し放題だ。まあ、あくまでも暫定的な措置で、あとからどうにでもできるからこその決断だ。
改めて、腕の中のアリアナートを見つめる。おそらくこの子の人生は常人の比ではない困難が待ち受けているだろう。
一国の王女として生まれながらも、その場所を生まれてすぐに追われ、病弱な身体と、預言から外れた宿命を背負い、挙句の果てには俺のような人でなしのエゴイストや、レン先生のようないい加減な人が家族になる。……殺気が感じられるのは気のせいだと思いたい。
だけど、それでも。
この子に優しくないこの世界で、僅かでも幸いを感じられることがあればいい。
そして、その手助けを少しでもできたのなら、俺は……いや、それを望むのは傲慢だな。そもそも、この子には己の生まれた場所から遠ざけられたとして、恨まれ、憎まれたとしても仕方のないことなのだから。彼女にはそれをする権利も、資格もある。
津波のように押し寄せるとりとめの無い様々な思いを胸に、アリアナートに囁く。どうか幸せに、健やかな人生を歩めるように、と。
シルヴィアさんがぼそ、と呟く。
「あれ…何か無理矢理いい話風にまとめようとしていませんか……?」
ちっ、ばれたか。
えくすとらさいど2:レン・アンバー(レプリカネビリム)の場合。
私はレプリカとしてこの世界に生みだされた。オリジナル――ゲルダ・ネビリムの代替品として。
生みの親…というよりは製作者といった方が正しいのか、オリジナルの教え子であった、ジェイド・バルフォアは私を失敗作と判断し、見向きもしなくなった。いや、生体レプリカのデータ収集のためだけに生かされる存在となり、私自身を見なくなったというべきだろう。
あるいは、彼の中で私は最初から生き物ですらないモノでしかなかったのかもしれない。
生まれてすぐに存在を否定され、どうすればいいのか分からなくなった。生まれたばかりの私に頼れる人は彼しかいなかったのだから。
それから私は必死に「ゲルダ・ネビリム」になろうとした。例えそれが上辺の行動をなぞるだけのものでしかないと判っていても、そうしなくては、ジェイドに私の存在を認めさせなくては何のために生み出されたのかすらわからない。
レプリカという出自ゆえに親も、頼れるものもない私には、例え失敗作と見捨てられても、それでもジェイドしかいなかった。彼だけが私と世界を繋ぐものだった。それはまるで人が預言に頼るかのような、信仰心に近いものだったけれど、当時の私にはそれを気付く余裕も、またその知識すらもなかった。
そして私は不意に、いえ以前から少なからずあった渇きに耐えられず、人を殺めた。
最初は、喉が渇いたのかと思い、腹が膨れるほど水を飲んでも癒されることはなく、その正体に気付いたのは小動物を殺してその生き血を、正確にはその中の音素を啜り、僅かだが渇きが癒されたときだった。
私は恐怖した。これは知られてはならない。人間は、「ゲルダ・ネビリム」はこんなことをしない。していると知られれば、ジェイドは完全に見切りをつけ、私を捨てるだろう。
「夢」を見るようになったのはその頃からだった。「夢」を見た後は決まって酷い渇きに襲われたけれど、それすらも嬉しかった。
だってそれは、自分が「ゲルダ・ネビリム」に近づいている証のように思えたから。
私の中で次第に生き物を襲って音素を奪う行為への抵抗は薄れ、自分から嬉々として襲い、奪い、あれほど嫌悪していた生き血を啜るという行為にも何の抵抗も感じなくなった。むしろ行為を繰り返すうちにもっとも効率よく音素を吸収することができると喜んだほどだ。
そしてある日、今までになく強い渇きに襲われた私は熱病に浮かされるように襲い掛かり、渇きが治まって愕然とした。
人を襲ってしまったからではない。
人を殺しても何の感慨もなく、むしろ人を襲ったほうがより多くの音素を得られる事に気付き、何故もっと早くこうしなかったのかとさえ思ってしまった事に、私は震えが止まらなかった。
この身どころか、心すらも既に人のものから外れ、化け物に成り下がってしまったのかと。
それからマルクト軍との争いを経て、私は封印された。
私は私の生まれた意味を得るために必死で抵抗し、何人もの軍人を殺めたが、その一方で、心のどこかで安堵もしていた。
ああ、私はこれ以上、人を殺さなくてもいいのだ、化け物にならなくてもいいのだ、と。
長い眠りの中で、また夢を見た。「ゲルダ・ネビリム」の記憶を。私と「ゲルダ・ネビリム」の境界は曖昧になり、溶け合うようにして私は、「今の私」になった。
「今の私」は間違いなく「ゲルダ・ネビリム」だろう。しかし、私(レプリカネビリム)だった頃の記憶に引きずられているのか、消えゆく私の妄執が焼きついたのか、「今の私」の根底には熾火のような衝動がくすぶり続けるようになった。
自分の生まれた意味を知りたい。己の存在した証を証明したい。誰かの代替品でなく、私自身として生きた証が欲しい。
それは、普通に親の腹から生まれ、己の存在に何の疑問も抱かず、今まで――特にダアトを追われてからは惰性のように生きていた「ゲルダ・ネビリム」には持ちようのない欲求だった。
ならば「今の私」は「ゲルダ・ネビリム」でもレプリカネビリムでもない新しい誰かとなったのかもしれない。
焼け付くような衝動は、熾火から炎に変わりあの渇きと同じ、或いはそれ以上の強さで私の意識を焦がしていくが、未だ眠り続ける私にはどうしようもなく、ただ焦燥感ばかりが募っていった。
どれだけの月日が経ったのか、私は倦怠感を覚えながらも、覚醒した。
目覚めた私の前には無表情ながら脱力した雰囲気を漂わせる小柄な子供。その子は「ゲルダ・ネビリム」の記憶の中にもいた子供だった。あまり外見が変わっていないので、ひょっとしたらそんなに長いこと眠っていたわけではないのかもしれない。
「ふぁ……あ、あら? 貴方……サフィールね?」
「!?」
欠伸交じりに確認も兼ねてそう言うと、サフィールは目玉がこぼれ落ちそうなほど大きく目を見開いた。
あらかわいい。こうして見るとこの子もやっぱり子供ねぇ。
場違いにもそんなことを思っているとサフィールが震える声音で問いかけてきた。
何故……貴女が私を知っているんですか? レプリカネビリム」
この子は私がレプリカだと思っているようだ。いえ、オリジナルと混同していない時点でこれは異常なことなのかもしれない。
「夢を……見たのよ」
私は正直に語った。
生まれてから、幾度か夢を見たこと。
それらが生前のゲルダ・ネビリムの記憶らしきこと。
しかし夢を見た直後は酷い渇きに襲われ、正気を失ってしまうこと。
そして今回の目覚めで、記憶がほぼ全て補完され、オリジナルの人格を得た(正確には二つの人格が統合され、蓄積された経験の差でオリジナルの人格がベースになっていると言うべきなのかもしれないけれど、子供の彼に話しても理解できないだろうと思い話さなかった)こと。
けれど彼はそれを信じられないような心地で聞きながらも、
「まさか……そんな」
何か心当たりがあるような呟きをもらしていた。
「それで……貴方は何をしに来たの?」
考え込んでいたサフィールに私が声をかけると、彼は酷く不恰好な笑みを浮かべ、少年らしからぬ決意とどこか悲しげな雰囲気を感じさせる平坦な声音で要件を告げた。
「貴女を救いに………そして、貴女を殺しに」
その言葉を聞き、身構える私をよそにサフィールはあらぬ方向へ遠い目を向けると長いため息をつき、へら、とどこか壊れたような笑みを浮かべる。
え、ちょっとなにこの子。大丈夫なの?
私が別の意味で身構えていると彼は急にこちらに向き直り、説明しだした。
私の音素欠乏を防ぐ研究が実を結んだこと。
しかしまだ完全ではないので、別途用意した音素を補充する薬と併用する事で万全とし、代わりにデータを取らせてもらい、いずれは薬なしでも大丈夫なようにしたいこと。
そしてゲルダ・ネビリムは記録上死人であり、レプリカも一部のマルクト軍人の覚えがよくないため、『ゲルダ・ネビリム』を殺して別の人間として生きてもらうこと。
……正直、信じられなかった。この子は神童とうたわれ、2歳上だったジェイドですらあきらめたことをまだ完全でないとはいえやり遂げたのだ。しかし彼の目は真剣そのもので、嘘をついている様子は微塵も感じられなかった。
そして、硬質な声音で彼は告げる。
「これは、契約です」
その対価として、サフィールは自分に同行することを求めてきた。けれど、薬のこともあるし、研究を、ひいては私の身体を完全にするためにも私は彼から離れられない。なのに何故そんなことを言うのだろうか?
「それで……あなたの目的は? 何がしたいの?」
そう問いかける私にサフィールは感情の読めない無表情で答える。
「私は……預言を覆したい。その為に、預言に詠まれないレプリカである貴女の存在は利用価値がある。それだけです」
しかしそれでも私の疑問は解消されない。
「……それなら、私でなくとも新しい、暴走しないレプリカを作って使えばいいんじゃないかしら? 貴方ならそれができるはずだわ」
「……………確かに、そのほうが楽でしょう。ですが……そのためだけに命を生み出そうとするほど、傲慢になった覚えはありません。そうですね……あえて言うのならば、あの時先生を見殺しにしてしまったことに対するけじめ、でしょうか」
それが自己満足に過ぎないとわかっていても、オリジナルとレプリカは違う個なのだと知っていても。
それでも、そうしなければ前に進めないと思った。
そう言うサフィールの目は、悲しみと罪悪感に溢れていた。
そして、理解する。この子の目は、声は生きる事に疲れた老人のような虚無感と、放り出しことの許されない重責を背負った者特有の緊迫感を孕んでいる事に。そしてこの子はそんな自分の心に気付くことなく、身を、魂をすり減らしているのだ。
ああ、ゲルダ・ネビリムの死は、この子の心に消えることのない深い傷を残し、その傷口から今もなお血を流し続けているのだ。
かつての死の間際に見た光景を思い出す。
拙い譜術で止血を行い、施療院に運ばれる間も運ばれてからもずっと「死ぬな」と必死に呼びかけ続けていた声を。それは紛れもなく目の前にいる子供のもので、それからずっとここにいた私がオリジナルでないと承知の上で私を助ける為の努力を続け、ここに来たのだ。――それが、罪滅ぼしというのもおこがましい自己満足だとわかっていても、そうせずにはいられなかったのだ。
この子は私の罪の証でもあり、そしてこの子は私のせいで背負ってしまった、本来ならば背負う必要のない己の罪から逃げることなく立ち向い、ここにいるのだ。
ならば私はこの子のために生き、この子のために存在しよう。
この子を護る盾となり、この子に害をなすものを滅ぼす剣となろう。
今までの何もかもを捨て、この子の傍にいることを自身の贖罪としよう。
かつて私が命を奪ってしまった者たちには悪いけれど、そうすることが私のなすべきことだと、素直にそう感じられた。
いつしか、心の奥底の炎は消えていた。私は、私の生きる意味をここに見出したのだ。
言葉は、流れるように自然に出た。
「――いいでしょう。その契約、結びましょう」
こうして、契約は成った。
その後、処置を受けてとりあえずの音素欠乏の渇きは解消されたものの、「ゲルダ・ネビリム」の記憶の中で明らかにならなかったこの子の本性というか本質に脱力したり、ノリと勢いだけでマルクト脱出させられたり、トラブル引っ張ってくるし揉め事起こした上に厄介な出自の赤子拾ってくるしで気の休まる暇はないけれど、それでもこの子がこんなだから、私もあまり気負わずにいられるのだろう。
私の名前はレン・アンバー。
ディストことサフィール・ワイヨン・ネイスの患者にして医術の弟子。そして彼の守護者。
ゲルダ・ネビリム、そしてレプリカネビリム。
かつての私たちへ。
私はこの世界で、この名前で、この子の傍で今、笑えています。だから――
「レン先生ぇー、アリアのおしめ持ってきて下さぁーい」
…………人が物思いに耽っている時に………………!!
「サフィール――――――ッ!!!!!」
かつての私たちへ。
私はこの世界で、この名前で、この子の傍で今、笑えています。だけど――
時々投げやりになるのは仕方ないわよね?
(あとがき)
調子に乗って本来書く気の無かったえくすとらさいどを追加して宣言したのに間に合わなかった阿呆こと凰雅です。すんませんした。
今回、真ナタリアの名前が決まったのでその由来を解説します。
ナタリア→ナト・アリア→アリア・ナト→アリアナート
はい安直ー。ちなみに最初はアリア・ナト・ネイスと後半部がミドルネームになる予定だったのですがネイス姓は一時的なものになりそうだったのでくっつけちゃいました。
あとレン先生は、レン先生というオリエンタルブルー 青の天外(GBA)というゲームに出てきたキャラから名前と外見を、アンバー姓は和服(っぽいの)プラス割烹着→琥珀さん(月姫)→ほうき少女マジカルアンバーという連想ゲームとジェイド(翡翠)に対するアンバー(琥珀)の言葉遊びのダブルミーニングです。間違っても洗脳探偵ジェイド・カーティスとか想像してはいけません。正気を疑われます。
話は変わりますが今マクロスFのネタが脳内に浮かんでいて、それを書くかどうかで悩んでいます。いろいろと問題点が多く、誰か代わりに書いてくれないかなーとか思ったり。ていうかね、劇場版見れてないし、ラブコメ書こうとした結果がアレ(3/25に投稿した短編参照)だしシリアス書こうとしてもおちゃらけたくなるしで書けない要素のほうが多いという有様。ちなみに内容を一言で言えば、
「メカ設定にFSS(ファイブスター物語)とコールド・ゲヘナ(三雲岳斗著、電撃文庫)の設定を足して2で割って劣化させたような感じ? を追加。で、アルト最強(?)もの」
う~~ん、需要がなさそうだ。ていうか読みたいですか? これ。一応メカ設定的なものだけはまとめてあるんですけど。
読みたいor書きたいという方は感想掲示板のほうへご一報を。万が一書きたい方がいた場合は次回のあとがきにネタ設定を書きます。
今回もいつものごとくバカな駄文ですが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。