8.己の汚さを知った日
きっかけは、なんだったのか。
譜術の講義(ジェイドの一件以来、ネビリム先生が再発を懸念して講義をすることになった。ジェイドだけでは不公平なので皆に初歩の理論を教える形になる。勿論、実践はない)で、譜術適正を調べたときに、ジェイドに第七譜術の素養がないと判明した事か、それともジェイドにないその才能がほんの僅かとはいえ俺にあったことか。
ジェイドはネビリム先生の忠告も聞かず、第七譜術を行使する術を求め、他の音素を触媒に、無理矢理第七音素を制御する術式を編み出し――暴走させた。
己の成果を見せ付けるためか、多くの人々(とはいえ、殆どは私塾の生徒だ)がいる中での暴走は、第七譜術とは正反対の破壊の力として顕現し、ジェイドを中心にそれを撒き散らす。
そして皆の避難を終えたネビリム先生にそれが直撃し、まるでそれが合図だったかのように暴走は収束していく。
やがて完全に収束した破壊の跡には倒れ伏した先生と、呆然とするジェイド、それを見ていることしかできなかった俺だけが残っていた。
とにかく、どうにかしなくてはと思いだけが上滑りする思考で、先生を見る。
――!
ぱっと見だが、わかる。ほぼ虫の息で、危険な状態だがけして助からない傷ではない。多少の後遺症は残るだろうが、命を助けることはできる。
それを確認した俺の思考は霧が晴れたようにクリアになり、応急処置のために動き出す。
失血を防ぐための止血を大きな傷に。手足など末端の傷は覚えたてのファーストエイドで治療する。効果などたかが知れているが止血程度になら俺のしょぼい譜術でも充分だ。
傷が傷だから背負っていくのは避けたいが、ここではこれ以上の処置はできない。
暴走の際の破壊でできた人一人くらい乗せられそうな木片を視界の片隅に見つけ、そいつで先生をそりのように運ぶ事にする。雪国にちょっと感謝だ。
木片を拾ってくると、先生の傍にジェイドが移動していた。…何かを言っているようだが…。
っ! レプリカ情報を抜く気か!?
「やめなさい! そんなことをしたら先生が死んでしまいます!」
俺の叫びに振り返ったジェイドは、シニカルな、しかし引き攣った冷笑を浮かべ、いっそ傲慢とも言えることを言い放った。
「死ぬ? まさか僕が先生を攻撃しようとしているように見えるのかい? 僕はむしろ先生を助けようとしているのに。心外だなぁ」
言外に「これだから洟垂れは」とでも言いたげなジェイドだが、今はそんなことに構ってはいられない。
「レプリカ情報を抜こうというのでしょう? ですが、健康体ならいざ知らず、今の先生は重傷を負っています。そんなことをすれば体力の消耗から一気に容態が悪化し、最悪、助かるものも助からなくなってしまいます!」
自分がやろうとしていることをこちらが理解していた事が意外だったのか、それとも俺の言った科白の後半に本気で気がついていなかったのか、鼻白んだ表情を見せたジェイドだったが、すぐに表情を取り繕う。
「別にいいじゃないか」
なに?
「レプリカとはいえ怪我のない、健康な身体を取り戻せるんだ。誰も困らないだろう?」
こいつは……何を言っているんだ? 理解できない。いや、理解を俺の中の何かが拒んでいる。余りにもふざけた考えを許容できない。だってそれは、
「ジェイド……それであなたの失敗が帳消しになると、本気で思っているのですか?」
それは、乱暴な例えだが盗んだ品物の代金を払えば罪ではないと言っているのと同じだ。
何をしようとジェイドが故意でないにしろ先生を傷つけたのは事実で、覆せない。
「失敗? 違うよ、これは事故だ。僕の責任じゃない」
こいつは……ここまで来ても自分の罪から逃げようとするのか。
言い返そうとしたがしかし、先生の身体から光のような何かが抜け出るのを見てそれはできなかった。代わりに口から出た言葉は、
「まさか、抜いてしまったのですか!?」
こちらの叫びにジェイドはニヤニヤと笑みを浮かべ、手元の光――ネビリム先生のレプリカ情報――を玩びながら見当違いな優越感に浸った科白を吐き出した。
「ああ、これで先生は助かるんだ。きっと感謝してくれるだろうね」
そもそもお前の軽率な行動のせいでこんなことになっているのに、何処からそういう結論が出るのか問いただしたい気分だったが、それどころではない。
俺は先生を木片の上に横たえると、ジェイドに見向きもせずに先生を運んだ。後ろでジェイドが何か言っているようだったが、聞く気も起こらなかった。
そして、先生を施療院に運び込み、治療術師とともに手を尽くしたが……先生は、助からなかった。
鬱々とした思考の中で、考える。
どうしてこうなった?
誰のせいで?
何が悪かったんだ?
疑問符ばかりが浮かぶが、答えなど初めからわかっている。
俺だ。
この世界がゲームと多少の誤差があるからと、楽観していたから。そして、心のどこかで先生が死ななければ生体レプリカの研究が始まらないと考えていたから。
そう、例えジェイドがやった事だとしても、結末を知っている以上、結局先生を見殺しにしたのは俺なんだ。
なんてことはない。結局一番罪深いのは俺だったんだ。
この世界に生きている人はゲームなんかじゃない。そう、知っていたはずなのに。
俺は自分の、自分だけの幸せのために他人を蹴り落とした。
競争社会の前世でも、流石に人の命を左右するような選択はなかった。
誰かの命を背負って生きていけるほど、俺は強くない。
「命は重い」なんて、小学生でも知っている言葉を、初めて実感した。
これは、余りにも重過ぎる。
自分が何処までも汚く惨めな人間に思えてきて、俺は笑った。泣きながら、笑った。
消えてしまいたい。
死にたい。
生きていたくない。
でも死にたくない。
一度死んだからこそ、また死ぬのが怖い。
なんて無様! なんて滑稽!
自分の汚さ醜悪さに嫌気がさすけど、それを肯定する事も、否定する事も、切り捨てる事すらもできない。
死ぬ事も、生きる決意もできないままに俺は涙を流しながら笑い続ける。
どうかこのまま、涙や声が枯れると共に、俺と言う存在も消えてくれないかと思いながら。
9.けじめはつけなきゃなりません。
先生が死んでから、色んなことがあった。まず、ジェイドが先生のレプリカを作った。
当然と言うべきか、レプリカネビリムは音素欠乏に陥り、正気を失って制御不能の化物と化した。
当初はジェイドの失態を公にすまいと街の大人たちが隠蔽を図っていたらしいが、ついに人間の犠牲者が出たことによってマルクト国軍に討伐を依頼、公に知れることとなった。
軍は甚大な被害を出しながらもレプリカネビリムの封印に成功。製作者のジェイドは首都に連れて行かれた。その頭脳が惜しまれたらしい。きっとそのままカーティス家の養子に入るのだろう。
それから程なくしてピオニーも首都へ向かった。なんでも皇帝の後継者争いが激化した挙句、上位継承権持ちが共倒れしてピオニーが暫定三位だかになったらしい。それだけならまだしも預言にピオニーのグランコクマ行きが詠まれ、ろくな準備もないままに出立したらしい。
らしい、と伝聞形なのは、ネフリーから聞いたからだ。
俺はあれからずっと家に引き篭ったままだった。
そんな俺を心配してか、ネフリーはことあるごとに俺を訪ね、近況を聞かせてくれた。
しかし、正直なところ、俺にとっては煩わしいだけだった。
俺には――やらなければならない事が、あるのだから。
そして、数ヶ月後。
俺はロニール雪山に来ていた。
封印されたレプリカネビリムに持ち込んだ機器を繋ぎ、半覚醒状態にする。
「……う……うぅ……ん、あと5分……」
低血圧だったんですか? 先生。それともこれが劣化なのだろうか? 半覚醒状態とはいえ、まさかこんな寝言(?)が飛び出るとは予想外だった。
「…………、ええと、あ~」
一気に気が抜けてしまい、何しにここまで来たのか忘れそうになった。
「ふぁ……あ、あら? 貴方……サフィールね?」
「!?」
レプリカは基本真っ白な状態で生まれてくる。基本知識ならともかく、刷り込みでオリジナルの記憶を入力するなんてできるのか?
「何故……貴女が私を知っているんですか? レプリカネビリム」
引き篭っているうちに、一人称が『私』に変わった。もう、子供として振舞うことは許されない、そう思ったから。
「夢を……見たのよ」
彼女は語った。
生まれてから、幾度か夢を見たこと。
それらが生前のゲルダ・ネビリムの記憶らしきこと。
しかし夢を見た直後は酷い渇きに襲われ、正気を失ってしまうこと。
そして今回の目覚めで、記憶がほぼ全て補完され、オリジナルの人格を得た(本人にとっては、レプリカの身体を得たと言うべきか)こと。
俺はそれを信じられないような心地で聞いていた。
「まさか……そんな」
一つだけ心当たりがあった。それは、大爆発と呼ばれるオリジナルとその完全同位体にのみ起こりうる現象。
あれならレプリカにオリジナルの記憶が宿ってもおかしくない。……ってことは完全同位体なのか? この世界のレプリカネビリムは。
「それで……貴方は何をしに来たの?」
考え込んでいた俺に先生(と呼んでも差し支えないだろう。身体はともかく、人格はオリジナルのそれなのだから)が声をかける。
そう、俺にはやる事がある。
酷く、不恰好な笑みを浮かべているな、と自覚しながら死神のように平坦な声音で要件を告げる。
「貴女を救いに………そして、貴女を殺しに」
俺はあれから、レプリカネビリムの破壊衝動を抑える研究をしていた。
最初はただ鬱々と引き篭っているだけだったんだが、地の底に沈んだようなテンションを何日も維持していた反動か、はたまた沈みすぎて逆にハイになったのか妙なテンションになった俺は「よし! レプリカネビリムを仲間にしよう!」と思いつき、彼女の音素欠乏を治すことにしたのだ。
これはうまくいけば将来、レプリカルークを助けたりできるかもしれないし、応用の余地は充分にある研究だ。
……しかし、思い返すと酷いなこれ。動機と言うかきっかけと言うかいろいろと。もうちょっとシリアスになれないのか自分。……3秒で答えが出ました無理ですね。自分のことは自分がよくわかる。元々怒りとかのネガティブな感情を維持するのが苦手な俺が慣れないことしたんだ。こうもなるわな。
転生特典込みでも年単位で掛かるかと思ったが、ネフリーがジェイドの手記を持って来てくれたおかげで一年弱で形になった。これだけはネフリーに感謝だな。
そんなわけで改めて先生に説明をする。
先生の音素欠乏を防ぐ研究が実を結んだこと。
しかしまだ完全ではないので、別途用意した音素を補充する薬と併用する事で万全とし、代わりにデータを取らせてもらい、いずれは薬なしでも大丈夫なようにしたいこと。
そしてゲルダ・ネビリムは記録上死人であり、レプリカも一部のマルクト軍人の覚えがよくないため、『ゲルダ・ネビリム』を殺して別の人間として生きてもらうこと。
そして、告げる。
「これは、契約です」
その対価として、俺に同行してもらうこと。と言っても、薬のこともあるし、研究を完全にするためにも先生は俺から離れられないだろうけど。
「それで……あなたの目的は? 何がしたいの?」
「私は……預言を覆したい。その為に、預言に詠まれないレプリカである貴女の存在は利用価値がある。それだけです」
そう、俺は預言を覆したい。髭のような愚策でなく、地道に、けれど少しでも多くの人を預言から解放したい。もうこの手は汚れているんだ。そのためにならなんだってやるさ。
「……それなら、私でなくとも新しい、暴走しないレプリカを作って使えばいいんじゃないかしら? 貴方ならそれができるはずだわ」
「……………確かに、そのほうが楽でしょう。ですが……そのためだけに命を生み出そうとするほど、傲慢になった覚えはありません。そうですね……あえて言うのならば、あの時先生を見殺しにしてしまったことに対するけじめ、でしょうか」
それが自己満足に過ぎないとわかっていても、オリジナルとレプリカは違う個なのだと知っていても。
それでも、そうしなければ前に進めないと思った。
そう言い放つこちらを、先生はどこか悲しそうな笑みをたたえて見つめ、
「――いいでしょう。その契約、結びましょう」
こうして、契約は成った。
10.コーディネートはこーでねーと(殴)もしくは、旅立ち。
とりあえず先生の処置を済ませ、簡単な問診をした後に、下山して人目につかないように家に戻る。
その合間に色々と話をしたんだが、ネビリム先生にとって俺は『何か隠し玉を持っていそうだけど、基本大人しい子供』という評価だったらしく、ジェイドと同等の頭脳を持っていたことに大層驚いていた。
いや、買い被りですよ? 単に人生経験が多くて転生特典でチート入ってるだけですから。
…と正直に言う訳にもいかず、努力の末の偶然の結果だったということで何とか納得してもらった。
まあそりゃ12歳の俺が14歳のジェイドでさえ匙を投げた問題を解決しちまったんだもんな。どんだけ天才だって話にもなるか。思いつきで行動するべきじゃなかったか? 本編の5年前くらいに封印とくとか。
ま、やっちまったものはしょうがない。
「これから旅に出るわけですが、先生はマルクト軍の一部とダアトではそれなりに顔が売れています。と言うわけでキムラスカに行きましょう。一応、変装をして」
「旅券は?」
キョトンとした顔で先生が尋ねてくる。
「死人の旅券なんて発行されませんよ。……不法入国に決まってるじゃないですか」
「どうやって?」
「ここのところ、国境周辺で小競り合いが頻発しているようですからね。隙を突いてひょいひょいと。ああ、名前も決めなければなりませんね」
こちらの言うことに何を思ったのか、先生は頭痛をこらえるように額に指先を添えて唸りだした。
「この子、こんな大それたことをさらりと言う子だったかしら……?」
「失礼な。元からこんなものですよ」
すると先生はますます顔をしかめ、重く長いため息を吐くと、
「……変装と名前も全部貴方に任せるわ」
と、手をひらひらさせながら投げやり気味に言い放った後、「少し寝るわ。決まったら起こして」と言ってばたりとソファに突っ伏した。
なんなんだ一体? てか、名前くらい自分で決めましょうよ、先生。
さて。
名前……名前ねぇ。
自慢じゃないけど、俺のネーミングセンスは壊滅状態なんだよね。
ベタなので行くと、本名をもじるってやつか?
うーむ。
ゲルダ…ゲルダ…ゼルダ…、何処の姫だ。却下だな。ゾルダ…ライダーかよ。却下。
ゲルダ…ゲル状…スライム…スラりん…ホイミン…何か妙な方向に向かいだしたし、何より先生に殺されかねん。本名をひねるのはやめておこう。
次はイメージから攻めてみるか。
先生…女教師…テイルズ……うん、「リフィル」か「ミラルド」だな。つまらないから却下。
ただ先生って言うのはいい。名前を呼ばずに先生でも通じるからな。となると……。
んー…あれでいいか。元ネタも程よくマイナーだし、覚えやすい。
となると服はあれとそれとこれ、ああ、あっちのあれも要るな。…しかし、何故こんなものが我が家にあるんだろう? 少なくとも俺は関与していない。あ、こっちのブツは俺の私物だ。他意はない。ただ持っていただけだ。
……しかし、やっぱり俺にはシリアスは似合わないな。ちょっとお気楽なくらいが丁度いい。
ある程度揃ったところで、先生を起こす。
「………んう~…ん!」
大きく伸びをしているが、まだ眠そうだ。ホント寝汚いな、この人。
「おはようございます。飢餓感やその……渇きは感じますか?」
「おはよう。今のところは大丈夫みたいね。……それで、決まったの?」
先生の答えに安堵を、問いには頷きを返す。
「はい、先生。先生の名前は、レン。【レン・アンバー】です。これからは『先生』または『レン先生』と呼びます」
「シンプルで、覚えやすいわね。わかったわ。【レン・アンバー】。それが私の名前ね」
「……で、着替えはあちらに」
「わかったわ」
そういって先生は移動した。何でも着替える前にシャワーを浴びたいらしい。寝る前に浴びればいいのに…。
しばらく後、着替えを終えた先生が出てきた。…不機嫌そうな顔で。
「……何? これ」
そういう先生の姿は、用意した俺が言うのもあれだが一種異様な組み合わせだった。
髪染めで焦げ茶に変えた髪を後ろでひとまとめにしてリボンでくくり、ビン底のような丸眼鏡をかけ、旅装束の丈夫な革のドレスの上に白い割烹着を着込み、腰には太い革ベルトを斜めに通し、そこには拳銃ならぬ様々な工具が差し込まれ、足元は丈夫な編み上げブーツ。
そして手には冗談のように巨大なスパナ。ちょっとした杖くらい長い。
「……髪と眼鏡と服はまだわかるわ。でもこのエプロンと工具とスパナは何?」
「それはエプロンじゃなくて割烹着ですよ。まあとある地方のエプロンですから間違ってはいませんけど。工具類は必要になることも後々あるでしょう。そのスパナはメイスの代わりです。そうそう戦闘をするつもりはありませんが、自衛手段は必要ですし、流石に堂々と武器を持ち歩くのは目立ちますから。譜術は使えませんし」
こちらの説明に先生は虚を突かれたのか、
「使えない?」
訝しげにそういった。そういえばその辺の説明はまだだったか。
「まだ研究は完成していません。譜術を使った拍子に体内の音素まで消費してしまう可能性もあります」
「ああ、そうね…。それはわかったわ。で、このカッポーギ? の意味は?」
「白衣代わりです。工具を持っていても、流石に白衣や作業ツナギで旅をするのはどうかと思いますし、その点それならエプロンよりも覆う面積は広いですし、街に入ればさほど目立ちません」
無論、これらの説明はでたらめで、屁理屈もいいところだ。何しろ、名前の元ネタの格好をさせようとしているだけだからな。だが先生は不承不承と言った表情で、
「……まあ、納得いかないけどわかったわ」
どうにかわかってもらった後、いよいよ旅立つ。夜明け前、街の人に知られないように生まれ育った街を後にする。ちなみにと言うべきか、俺は変装していない。服装も丈夫さを重視した厚手の黒いシャツとズボン、黒のロングコートという、黒尽くめであること以外は特に変わったところもない格好だ。
「……と、その前に」
とある一軒の家の前に立ち寄り、ドアに手紙を挟む。その家を見て、先生が口を開く。
「バルフォア家……その手紙は?」
「ネフリーにです。色々世話になりましたし、黙って街を出て行くお詫びを」
「直接言えばいいのに…彼女、悲しむわよ?」
「そうかもしれませんね。私は弟のように思われていたようで、随分と構い倒されていましたから」
そういうと先生は目を見開き、次いで首を振りつつ、
「鈍感……」
何か言ったようだが小声すぎてよく聞こえなかった。
一方的に別れを告げる。卑怯だがきっと知れば彼女は反対するだろう。こちらに対して妙に過保護なところのある彼女なら。
だから、さよならは言わない。言える筈がない。
そうして、俺たちはケテルブルクを出た。
11.こんにちは赤ちゃん。
マルクト脱出に成功したディストこと俺です。対外的にディストって名乗れるようになりました。所詮偽名だけどな! でもこっちの方が言いやすいよね。前なんてネフリーに「サヒーりゅ」って噛んじゃったの聞かれてすごいからかわれたりしたしなぁ。
キムラスカに不法入国してあちこちを転々としながらこれからどう動くか、その為に何が必要かを考え、その結果としてシェリダンとベルケンドに行くことにした。レン先生に音機関の技術と医療技術を学ばせるためだ。俺がやると、感覚的な説明になりがちでちゃんと教えられる自信がないと言うのもある。俺の脳みそに収められたボキャブラリーが乏しいともいえるが。
何故レン先生に医療技術を求めるかと言えば、それは数年後にホド戦争が迫っているからだ。 秘預言に崩落が詠まれた島。その地に住まう人々を一人でも多く救うためには医者は一人でも多い方がいい。しかし、この世界にはそもそも医者の数が少ないし、比較的医者の多いのはキムラスカ側なのだが、医術スキル持ちの上キムラスカからマルクトへ人助けに行くような酔狂な人物など更にいないだろう。
ま、俺もやることあるんだけどね。
ベルケンドに腰を落ち着けて数ヶ月。
俺とレン先生はバチカルに来ていた。
この世界のキムラスカ上層部の情報を得るためだ。何しろゲームではインゴベルトの影は薄いし、二次創作では名君だったり預言べったりの愚王だったりと様々なので、本人に会わないまでも、街の人々の話からどんな人物なのか探りを入れておこうと思ったわけだ。
結果………よくわからん。
ここのところのマルクトとの小競り合いで国民感情はどうも不安定になっているらしく、『戦争さえ起こらなければ、自分たちに被害が来なければいい』と言う声が殆どだった。政策が預言重視なせいか、目を見張るような政策も無ければあからさまな失策も無く、あえて言うなら税率が上がりそうだと言うのが国民の不満らしい。
なんだかなーと思い、夜の街を散策する。
特に意味はない。ただ眠れなかったからなんとなく、だ。
ふと辺りを見回すと、まるで見覚えの無い場所にいることに気がついた。
……あれ? もしかして俺、迷子?
やっべ、先生に怒られる……はよ帰らな。一応表向きは先生が俺の保護者(実際は俺が保護者で主治医なのだが普通信じてもらえない)だしな。
何かの影が動いたのを見つけ、道を聞こうと思い声をかけ……ようとして気付く。
あれは…神託の盾兵だ。数は二人。一人が何かを抱え、もう一人の足元には穴とそれを作るために掘り返した土が盛ってある。
闇夜の中、何かを抱えている方の腕の中のものの一部がちらりと見えた。
とても小さな……人の、手!?
気がついたら二人の神託の盾兵を倒していた。…息はあるようだ。
前世でもろくに喧嘩すらしたこと無いのによく勝てたな、俺。
とりあえず二人の怪我の回復と証拠隠滅、そして、
「任務は無事成功。何事もなかった。任務は無事成功……」
寝てる二人の耳元で延々と囁き続ける。自慢じゃないがこういう催眠暗示は割と得意だ。ピオニーにかけてブウサギにしてやったことがあるが、誰もツッコミを入れなかったな…って話が逸れた。
ついでにオマケとばかりに酒を飲ませ、迷ってる途中で見つけた酒場の近くの路地に捨てておく。
さて、あとは……。
見下ろすのは俺の腕の中で、弱弱しい寝息を立てる赤ん坊。さっきまで仮死状態だったが、酒場の女将さんに「死に掛けてる捨て子がいた」と嘘をついてお湯と治療の場所を貸してもらい、どうにか蘇生したのだ。女将さんは疑わしげにしていたけど、医者の卵で、先生もいると説明し、さらに蘇生に成功するところを見たからか、信じてくれた。
……ついでに、迷子になったことも伝えてみたら、もの凄い呆れた顔をされた。
でも、今夜一晩泊めてくれる上に、簡単な地図も書いてくれるらしい。
ありがたやありがたやって拝んだら、
「べ、別にアンタのためじゃないよッ! その子に夜風はきついだろうと思っただけなんだからね!」
って言われた。
女将さん(おそらく二十代後半から三十代前半。女ざかりってやつだね!)……ツンデレ?
結局俺はその夜「一体何処で女将さんのフラグを立てたのか」という疑問と赤子の夜泣きでろくに眠れなかった。
翌朝。
女将さんにもらった地図を頼りに宿屋に帰ると、おっそろしい形相のレン先生が待ち構えていた。そして俺の手の中の赤子を見るや、
「さ、サフィールが朝帰りの上子供こさえて帰ってきた――――!?」
流石に一晩じゃ子供は出来ませんて、レン先生。あと俺ディストね。
12.君の名は。
それからがもう大変だった。混乱する先生をなだめて落ち着かせたあと、昨夜のいきさつを話して、
「なに神託の盾兵と揉め事起こしてんのよ――!!」
結局怒られました。最初は普通にお説教だったんだけど、ヒートアップした先生が、アイアンクローかましてきたりで、ホント酷い目にあった。しかもすげえ痛くて、何で? って思ったら先生、キャパシティコアつけたままだったんだよ。そう、あの各ステータス上昇値が最高の奴。トゥッティ、だっけ? そりゃ痛いわ。無くても痛いだろうけど。よく考えれば道中モンスターと出くわしても(とはいえ、なんでか遭遇率は低かったし、弱い奴ばかりだったが)、先生のスパナで片がついていたな…あのスパナ、それなりに頑丈だったが、一体攻撃力はどのくらいなんだろう…? 謎だ。
それはともかく。
そこから俺のターン! って思ったら赤子がぐずり始めてさあ大変。最初先生があやそうとしたんだけど、首も据わってない子を抱かせるには余りにも危なっかしい手つきだったんで、見ていられずにバトンタッチ。前世では妹の面倒も見ていたし、抱き方に気をつけてさえいれば、あとは手馴れた物だ。
赤子が落ち着く頃には話を混ぜっ返す様な気力も無く、二人ともグロッキーでしたよ、ええ、ほんと。
「…………で、どうするの? その子」
疲れを声に滲ませ、先生が問うて来る。どうするってもねぇ……。
「引き取るに決まってるじゃないですか」
何言ってんの? ってな勢いで即答する俺。先生はそれが意外だったのか、
「……理由を、聞かせてもらえるかしら?」
そう、聞いてきた。
「この子は、神託の盾に殺されそうに……いえ、彼らはこの子を死んでいると思っていたようですから、始末されそうに、ですかね。まあ、そんな感じでした。で、何で彼らが出てくるのか? ……十中八九預言、しかも秘預言がらみですよね。しかも、かなり重要な人物の」
「……? 何故、そこまでわかるの?」
「いくら秘預言が絡んでいるといっても、神託の盾がただの一般人にそこまでするとは思えません。ところで、外が騒がしいと思いません?」
「ええ……それは、確かに……」
「昨夜、王妃が子を出産されたそうです。女の子で、『ナタリア』と名づけられたとか」
「……! ま、さか……」
「もし、王女の死産が詠まれていたら? もし、死んだはずの王女に代わり、王女となる預言が詠まれた子供がいたら? そして、その為にすり替えが行われ、死んだと思われた皇女の亡骸を――まあ、実際のところは仮死状態だったわけですが…人目に付かないところに葬ろうとしたら?」
まあ俺はゲームで実際そうだったって知ってるんだけどさ。それを聞く先生の顔色はすでに蒼白だ。
「そんな……この、赤ちゃんが……」
「そう。――この方こそ、キムラスカ=ランバルディア王国の王女、本物の【ナタリア】様ですよ」
十中八九だけど、おそらく間違いではないだろう。二次創作だと【真ナタリア】とかいわれてる子だ。
すっかり忘れてたけど、そういやもうそんな時期だったんだよな。不覚だったわ。
「で、でもだったら尚更城に帰すべきじゃ……」
「キムラスカは良くも悪くも親預言派が幅を利かせていますし、暗殺者の危険もあります。ならば出自を隠して私たちで護った方が都合がいいですし、私は王女云々よりも、この子の死の預言を覆したいのです」
それらしいことを言ってみるが本音は別にある。要するにこれ以上の面倒ごとに関わりたくないのだ。これがもとでキムラスカ上層部やダアトの預言狂信者共に悪い意味で目をつけられたら身動きがとりづらくなる。余りにも分が悪いし、だったらこの子の面倒を見ながら放浪生活でも送っていた方が気が楽だ。孤児院に預けると言う選択肢も考えたが、あの二人にかけた催眠暗示が不発だった場合どうなるかわからないしな。
俺の言葉に先生はしばらく考え込むそぶりを見せると、
「………わかったわ。貴方の好きになさい」
どこか投げやり気味にそう言った。諦めたようだ。
「じゃあ、この子の名前、どうしましょうね?」
「え、まずそこ!?」
いえいえ先生、俺も混乱しているんですよ?
しかし、勢いで行動したら妙な展開になってきたな。これからどうなることやら。
(あとがき)
3月も三分の一近く経ってるのに雪とかどんだけー。凰雅です。
またもや中途半端なところで終わりましたが3話です。
この話、時間をそれなりにすっ飛ばせるので短文をちょこちょこ書いて繋げてという形で書いているのですが、書きやすい反面、思いついたところから書いているので時間の経過がわかりにくくなると言う欠点が難ですね。一応ちょこちょこと主人公の年齢を出してごまかしていますがもうちょっと工夫すべきかな?
で、今回レプリカネビリム(以後レン先生)と俗に言う真ナタリア(現在赤子)が出てきましたが、これはもう半オリキャラですね。最初はレン先生は出す気全くなくて9あたりで一気に飛んでホド戦争くらいの時期になる予定だったのですが、電波が来てしまったので諦めてください。
さて、この真ナタリアですが、まだ名前をどうするか決めてなかったりします。
と言うのもそのまま『ナタリア』だと、本編の時間軸に突入したとき、ナタリアと取り違えて混乱しそう(読者の方が、ではなく私がというのが我ながら情けないのですが)だという本当にアレな理由ですが。
まあ、次までにどうするか決めようと思います。いい加減他のも書かなきゃ忘れられそうですし。
更に暴走と妄想の激しいカオスな駄文となっていくこの話ですが、楽しく読んで(もしくは「こいつまたバカなこと書いてんな」と思って)いただければ幸いです。