終幕:『壊れた幻想、打ち砕かれた宿命(ブロークンファンタズム、ブロークンフェイト)』
巴マミ、そして霊体化して姿を隠したアーチャーに守られながら、マミの「魔女退治」を見学するまどかとさやか。
非日常の世界の恐さを体感すれば、平和な日常の尊さを大切に思えるはず……というマミ達の思惑と裏腹に、ふたりの少女は徐々に「魔法少女」という存在に魅せられていく。
あるいはそれは、マミがあまりに華麗かつ堅実に戦い過ぎたせいかもしれない。そのおかげでまどか達は、目の前の命をかけた死闘に対して「恐怖」を感じるよりも、彼女に対する「憧れ」を強く抱くようになっていたのだ。
確かに客観的に見て、巴マミは同世代の少女の羨望を集めて然るべき存在ではあった。
可憐な容貌と大人びた雰囲気。
中学生とは思えぬ見事なプロポーション。
普段のおっとり優しげな雰囲気と、戦闘時の凛とした振る舞いのギャップ。
兄弟姉妹のいないマミ自身も、まどか達を妹のように感じて接しているせいか、「ひとつ年上の綺麗で優しいお姉さん」に対して、14歳の多感な少女達が憧憬を抱かない方が、むしろおかしいとも言えるだろう。
そして、マミ(及びアーチャー)の目を盗んでキュウべぇが、主にまどかをターゲットに事あるごとに勧誘していることや、その目的がハッキリしない謎の魔法少女、ほむらの存在もあって、彼女達は「魔法少女となってマミと共に戦う」ことを検討し始めていた。
──そして、運命へと繋がる扉が開く。
「今回の獲物はわたしが狩る……貴女達は手を引いて」
「そうもいかないわ。美樹さんとキュウべぇを迎えに行かないと」
黒髪の少女の主張を、色々な点からマミは飲むことはできない。
隙をついて、魔力で作り出したリボンで彼女の身体を拘束する。
「ば、バカ! こんなことやってる場合じゃ……」
「もちろんケガさせるつもりはないけど……あんまり暴れると保証はしかねるわ」
『──マミ』
その時、パスを通じてアーチャーがマミに声がかけてきた。
『どうしたの、アーチャー?』
『その娘のことは任せてくれ。適度に暴れれば拘束が解けるようにしておいてくれれば、私が霊体化したままその後の行動を探ってみよう』
『オッケー、わかったわ。いい加減、この子の思惑も知りたいしね』
『ああ。それから、マミ。後輩(いもうとぶん)にいい格好をしたいのもわかるが、キミもゆめゆめ油断せぬようにな』
『! そんなコト……いえ、そうね。約束する、慎重にいくわ』
そして迎えた「魔女」との決戦。
「──ティロ・フィナーレ!」
いつも通り、それで終わりのはずだった。
マミがその魔力で作り出せる最大規模のマスケット銃による、まさに「最後の一撃(ティロ・フィナーレ)」を、回避したならともかくまともに食らって斃れなかった魔女は、それまで存在しなかったのだから。
背を向けて立ち去りかけたマミの脳裏に、しかしつい先ほど聞いたふたりの人物の言葉が甦る。
──今度の魔女はこれまでのヤツらとはワケが違う!
──キミもゆめゆめ油断せぬようにな。
無意識に振り返ったマミは見た。ティロ・フィナーレで撃ち抜いたはずの「魔女」の身体から生まれ、より凶悪な姿に変貌した「魔女の影を!
頭を噛み砕こうと迫るそれをかわせたのは奇跡に近いが、それでもマミは、反射的に顔をかばってあげた右手の手首から先を食いちぎられるハメになった。
「くぅっ……」
「ま、マミさんっ!!」
彼女が普通の女の子であれば、その痛みとショックだけで失神していただろう。しかし、幸か不幸か、彼女「普通の」少女ではない。
家族を喪い、自らも命を半ば落としかけた事故の際の痛みの記憶や、魔法少女としての戦いの日々で傷つき血を流すことに慣れてしまっていた経験が、皮肉なことに今、マミの身を救ったのだ。
二度目の急降下を転がるようにしてかわしつつ、マスケット銃を撃つが、有効なダメージを与えているようには思えない。
「あきらめる……もんですか!」
それでも、マミの目から闘志が失われることはない。彼女の後ろには、まどかとさやか──大事な「妹」達がいるのだ。いま、マミが斃れたら、間違いなく「魔女」の毒牙はふたりに向かう。
そんなコトを許すわけにはいかなかった。
三度目の突進への反応が、右手の痛みで一瞬だけ遅れる。
「……ッ!!」
先刻以上に大きく、ほとんど120度近くまで開かれた「魔女」の顎がマミを飲み込もうとした瞬間も、彼女は勝負を捨てていなかった。
自らの周囲に10を超えるマスケット銃を用意する。
(外からの攻撃が効かなくても、内側からならっ!)
荒海でクジラに呑まれたピノキオよろしく、マミが「魔女」に丸飲みにされようとしたその瞬間!
『やれやれ、無茶をする……』
マミの頭上10数センチのところに、直径2メートル近い花弁を重ねたような盾が出現していた。
その盾にはばまれて、「魔女」は口を閉じることができない。噛み砕こうとしているようだが、どれほどの強度があるのか、それもままならないようだ。
「戦いに於いて残心を忘れるなと、日頃から言っているだろうが」
「アーチャー! 来てくれたのね!!」
「ああ、何せ私は「巴マミの正義の味方」だからな」
軽口めいたことを言ってはいるが、アーチャーの視線は油断なく「魔女」の動向を窺っている。
「どうする。その手では無理なら、私が片付けるが」
「……いいえ、あんな風に自信満々にあの子にタンカを切った手前、せめてわたしがケリをつけないとね。アレをやるわ。アーチャーはふたりを守ってあげて」
「! アレはまだ……いや、いいだろう。マミ、君の全力を見せてくれ」
魔力で作ったリボンで簡単な止血をすませたマミは、左手で自らのソウルジェムを掲げる。
次の瞬間、マミの左手には、通常のマスケット銃の銃身を切り詰めた、あたかも拳銃のような銃が握られていた。
ようやくアーチャーの作りだした盾──ロー・アイアスを吐き出すことに成功した「魔女」がいったん離脱し、勢いをつけて巴マミに迫るが、それすら意に介さず、マミは手中の銃に残った魔力を注ぎ続ける。
「──ロトゥーラ・ファタル」
ティロ・フィナーレとは異なり、高らかに叫ぶのではなく、静かにその言葉を呟いた瞬間、勝敗は決していた。
マミの短銃から射出された魔力の弾丸は、襲いかかる「魔女」を無視し、緩やかな弧を描いて飛ぶと、少し離れた場所にある一見無関係な、あるいは無害な人形とも見えるソレを撃ち抜いたのだ。
その直後、手を伸ばせば触れるような位置まで迫っていた「魔女」は溶け落ちるように崩れ落ちた。
あの「人形」こそが魔女の本体だったのだ。
* * *
「バカな……巴マミが勝った?」
遅ればせながらその場に駆け付けた黒髪の少女──暁美ほむらは自らの目を疑っていた。
巴マミが魔女シャルロットと戦えば、「必ず敗北し、命を落とす」はずなのだ。
だからこそ、ほむらはマミに代わって自らが戦うことを主張したのだから。
それが、かろうじて逃げのびたというならまだしも、右手と引き換えとは言え完膚無きまでに勝利するとは。それに……。
「あの男、何者?」
マミの傍らにいる青年にも、ほむらは見覚えがない。
「何が起こっているというの……?」
困惑する少女を尻目に、眼下では、まどかがわんわん泣きながらマミに抱きつき、さやかは突然現れたシロウ(アーチャー)に食ってかかるカオスな光景が繰り広げられていた。
少女は、ひとりの男の助けを得つつ、自らの「宿命」を乗り越えた。
それは、滅びを定められた世界に投げかけられた小さな波紋。
しかし、それが後々大きな波へと成長し、「結末」と言う名の船を想像もつかない場所へと漂着させることになるのだった。
-fin-
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以上で、「サギタリウス・マギカ」、ひとまず完結です。
オリジナル技のロトゥーラ・ファタルとは「運命の破壊」の意。語感的には、「ブロークン・ファンタズム」っぽいですが、能力としてはむしろ「赤原猟犬(フルンディング)」や「刺し穿つ死刺の槍(ゲイボルグ)」に近いもので、必ず敵の急所に当たるというもの。ただし、破壊力自体は、ティロ・フィナーレに及びません。
まどかは、マミの傷ついた姿に「強くて華麗な無敵の魔法少女」という幻想を打ち壊されることになる……というのが最終章のタイトル前半の意。後半分は言わずもがなですね。
あ、無論、マミさんの手は魔法で直せる……と想定しています。
では、拙いこのSSを読んで、感想を下さった皆様、まことにありがとうございました。
ドキドキびくびくしつつ、私も今後アニメ本編の展開を見守らせていただきます。