第一幕:『狙撃手は最高の射手を師に仰ぐ』
リビングのテーブルをはさんで腰かけたふたりの男女が、静かにお茶を飲んでいた。
ひとりは14、5歳くらいの少女、巴マミ。明るい栗色の巻き毛と、年齢に似合わぬ卓越したプロポーション(とくにバスト)を持つ、この家の主だ。
彼女と向かい合って座っているのは、赤い外套(?)をまとった長身の青年。浅黒い肌と灰にも似た白い髪が特徴的な彼は「アーチャー」と自称している。
無論、本名ではない。本人も「まぁ、通称のようなモノだ」と認めている。
おっとりと優しげな女子中学生と、どこか危険な香りのする20代後半に見える青年。普通なら接点などおよそあるはずがない組み合わせに見えるのだが……。
「……いい香り。シロウさん、また腕を上げましたね。ちょっと悔しいかも」
「喜んでいただけたようで、光栄だよ。なに、キミの味覚とセンスがあれば、すぐに私なぞ追い越せるさ。
紅茶を入れるために必要なのは、定められた手順(ゴールデンルール)を守ることと……」
「飲んでもらう相手のことを想うこと、ですね?」
マミの答えに、アーチャーは出来のよい教え子を見守る教師の目で頷いた。
「それがわかっているなら、私から教えることは、なにもない」
「フフフ、ありがとうございます♪」
* * *
さて、今でこそ、こんな風にのどかなやりとりをするふたりではあるが、出会った当初は、これとは真逆の、むしろ殺伐といってすらよい空気に包まれていた。
もっとも、ソレはどちらに責任があるというワケでもない。
マミは、その穏やかな雰囲気とは裏腹に、「魔女と戦い、平和を護る」ための「魔法少女」などという非常識な職業(?)に就いている。
その関連で超常的な現象に対する理解や耐性は、常人より高い方ではあったが、その彼女をしても目の前に現れた男の話は眉唾モノだった。
なにせ、ココとは異なる異世界──あるいは並行世界から来た、「魔術使い」で、しかも「すでに死んで英霊となった存在の分身」だというのだから。
実際、彼女以外の魔法少女にそんな説明をしても、狂人の戯言と一蹴されるか、もしくは「魔女」の手先か何かだと勘違いされて戦いになっただろう。
しかしながら、マミは他の魔法少女とは少々毛色の違う娘だった。
「魔法少女」は、グリフシードを得るために「魔女」と戦う──いや、戦わざるを得ない。
そして、彼女達の大半は、戦いをグリフシードを得るための手段と割り切っている。時には、同じ魔法少女同士で、グリフシードを巡って戦うことさえあるのだ。
しかし、巴マミの場合、そういう側面がないワケではないが、むしろ「魔女の手から、平和な世界を護る」という義務感、責任感によって動いている面が大きかった。
あるいは、それを「正義感」と呼び変えてもよい。
だからこそ、マミは胡散臭さ120%な正体不明の男、アーチャーに対しても、まずは対話を望み、会話を糸口としてある程度の相互理解に至ることができたのだ。
数時間にわたる相談の結果、マミはアーチャーの存在を受け入れ、アーチャーは巴家の世話になることになった。
もっとも、年頃の女の子の家に、(外見だけとはいえ)若い男が暮らしているという風聞がたつのは、あまり好ましくない。
アーチャーのスキル「霊体化」で他人に見えないようにするという手段もあったのだが、マミがそれを望まなかった。
──おそらく、彼女は「家族のぬくもり」に飢えていたのだろう。
そこで、「両親を亡くした未成年のマミの事情を心配した親戚の中から、又従兄であるアーチャーが保護者として同居することになった」というカバーストーリーをデッチあげることになった。
翌日、アーチャーは「巴シロウ」という偽名を名乗って、周囲に挨拶回りをしている。その際、普段の皮肉屋な印象が嘘のような「好青年」を演じてみせたおかげか、近所の評判も上々だった。
* * *
アーチャーにとって、巴マミという少女は、極めて好ましい人物である同時に、どこか古傷が疼くような懸念を抱かせる存在でもあった。
平素のマミは、(一部の身体的特徴を除いて)以前のマスターであり、かつての旧友でもある少女・遠坂凛を思わせる、心優しく穏やかで優雅な、絵に描いたような「優等生」だ。
しかも、凛のアレが日常を無難に過ごすための外部に対する仮面(ねこかぶり)の意味合いが強かったのに対し、マミの場合はほとんど素に近い「いい子」なのだ。
無論、彼女とて人の子、他人には隠しておきたい嫌な面、暗い面のひとつやふたつはあるのだろうが、少なくとも「裏表がある」という評価とかけ離れた性格であることは間違いなかった。
しかし。
問題は、「魔法少女」としてのマミだ。
いや、決して魔法少女としての彼女が、不真面目だったり、利己的だったり、不必要に好戦的だったりしたわけではない。むしろその逆だ。
「この日常のすぐそばに、それをたやすく破壊しかねない非日常の──悪意の牙が潜んでいる」。
「そして、それに対抗できるのは、「魔法少女」となった自分達だけ」。
「だから──戦う」。
ここで、何の気負いもなくその結論に至れる人間がどれだけいるだろうか?
魔法少女と縁が深い白い獣をして、「珍しいタイプ」と言わしめるその心映えは、あるいは人としてみれば立派ではあったかもしれないが、同時にどこか危うい。
そのコトを、かつて「正義の味方」の道を志した者のひとりとして、アーチャーは嫌というほど理解していた。
無論、マミは衛宮士郎とは違う。彼ほど空虚な人間では、決してない。
しかし……それでもどこか歪(イビツ)に感じられるのは、先入観故か。
マミ自身から聞いた「彼女が魔法少女になった経緯」もまた、その印象を強めているのかもしれない。
家族を失い、自身も瀕死であったところを魔法の力に救われ、自らもそうあらんと志す。
細かい状況こそ違えど、字面だけ見ればそれは、衛宮士郎の過去そのものではないか!
ふと、アーチャーの脳裏に、自分とは異なる道筋を辿ったもうひとりの自分──「とある世界の衛宮士郎」の言葉が浮かんできた。
「やくそ…する。オ…は、……だけの……味方になる」
もはや細部の記憶は擦り切れ、曖昧だが、それでもその意味するところは十二分にわかる。
(そうか、エミヤシロウは「どこかの誰かの正義の味方」以外の何者かにもなれたのだな)
答えは得た。凛に告げたその言葉に嘘はない。
ならばこそ……と、アーチャーは考える。
この少女が「世界を守る正義の魔法少女」であると言うなら、自分は彼女の身と志を守る「巴マミの正義の味方」になろう、と。
それが、あの日、彼女の血吐くような心の声に召喚(よ)ばれた自分の責務だろう。
当初、マミの事情を聞いたアーチャーは、「自分が代わりに戦う」から「これ以上マミが戦う必要はない」と主張したのだが、少女は困ったように微笑んで、首を横に振った。
これは「自分(わたし)」の「義務(やくそく)」なのだから、と。
押し問答の末、見かけによらず強情な家主に対して、アーチャーはふたつの条件のもと、譲歩せざるを得なかった。
ひとつは、マミが戦う際、いざと言う時のため霊体化して身近に控えていること。
もうひとつは、過酷な運命に負けぬよう、彼が彼女の戦闘技術を鍛えること。
共に暮らし始めて数日が経過し、ある程度の信頼関係は築いていたため、マミも、躊躇いながらもアーチャーの提案を受け入れた。
「じゃあ、お手柔らかにお願いしますね、センセ♪」
魔法少女としてのマミの主戦法は、魔力で生み出す幾十幾百のマスケット銃による遠距離戦だ。
それは双剣使いとしてのアーチャーの戦法とはかけ離れていたが、幸いにして彼は、彼女のソレと似た、そしてより強力な戦い方を心得ている。
「無限の剣製(アンリミテッド・ブレードワークス)」。
本来は彼の心象風景を現実に投影する禁忌の大魔法であるが、そこまでに至らずとも、全投影連続層写(ソードバレルフルオープン)でも、マミと同様の戦法は再現できる。
そして、この戦法の長所も短所も、彼は誰よりもよく知り尽くしていた。
無論、抑止の守護者として幾多の戦いを超えて来たアーチャーの有する戦闘経験もまた、魔法少女としてはかなりの実力と実戦経験を持つマミと比較してさえ、桁違いだ。
孤独だった魔砲少女は、ある意味、最高の師を得たと言えるだろう。