エルゴンで味方艦隊と合流した僕らを待っていたのは、遠征軍司令官が意識不明の重体という僕にとって意味不明の事態であった。
どうも皇帝陛下崩御の知らせを聞いてぶっ倒れたらしい。
キルヒアイスがいないから疲労でもたまっていたのだろうか?
とりあえずシューマッハさんたちに艦隊を任せ、僕はファーレンハイトさんとオーベルシュタインを連れてブリュンヒルドに向かった。
「卿らはここまできて引くというのか! この先の叛乱軍を打ち破れば首都星系まで遮るものはないのだぞ!」
僕らが会議室に入る直前、ビッテンフェルトの怒声が響いた。
「いい加減、考え無しに口を開くのをやめろ! 我らが好き好んで引くと言っているとでも思っているのか!」
そして、それに対する怒声を上げたのはメックリンガー。
ちょっとイメージが違う感じもしたが、こんな感じに激しい人だった気もした。
どうも僕らが来るまで方針を検討していたみたいだ。
「二人とも落ち着け、それを決めるのは我らではない。副指令と、今到着した参謀長殿の仕事だ」
と、激昂している二人を抑えていた双璧の片割れ、ロイエンタールが入室した僕らを意味ありげに見た。
なんというか、おまえ、妙に僕に絡んでくるな?
さて、今後の方針を決めるわけだが、出征前のイゼルローンでの会議を思うと人減ったなあ。
メルカッツ艦隊からは、メルカッツさんだけ。
ゼークトのヒゲおやじはフォーゲルといっしょに艦隊を再編しているらしい。
シュターデンはなにやらショックで放心してしまったとのこと。
ローエングラム陣営は、双璧にビッテンフェルトとメックリンガー。
そして僕らのとこからはオフレッサーのおっさんの代わりにオーベルシュタインが来たが、それにファーレンハイトさんと僕の三人である。
おっさんはラインハルトが倒れてめでたいと、部下と酒盛りだ。
イゼルローンのときにいた門閥貴族の大半は、ヒルデスハイムと同じく戦場に散り、残りも実戦の恐怖に怯え部屋に篭ってしまったらしい。
なんとも情けない話だが、いないほうが話が進むのでこの際問題なしとする。
「オーディンからの続報はありますか?」
とりあえず僕は聞いていないが、旗艦はここなので最新情報があるかもしれないと尋ねる。
が、続報はなし。
まあ、あれから一日たってないしそんなもんか。
「では、今後の方針ですが」
「前進あるのみだ! ここで引いてどうする、最早叛乱軍は押せば倒れる老木のようなものだぞ!」
メルカッツさんに確認をしたのだが、ビッテンフェルトに遮られた。
うん、興奮してるのは分かるが、実にうざい。
「うん、ビッテンフェルト中将の意見は分かった。決定は皆の意見も聞いたからにしたい。副司令はいかがか?」
またもやメックリンガーが激昂しそうだったので、さっさと次に進める。
「……出征前の約束はいかがしますか?」
……忘れてた。
あー、そういやそんなん言ったわ、僕。
色々あって忘れてた。
そうなると決定権はローエングラム陣営なんだが、
「……」
「……」
またビッテンフェルトとメックリンガーが睨み合ってる。
んで、双璧はといえば、
「……」
「……」
ミッターマイヤーはむすっとした顔で、ロイエンタールはどこか楽しそうな顔でこちらを見ていた。
「総司令が倒れたのに併せ、此度の急報。無かったこと、という方向でいいかな?」
僕の言葉に四名はそれぞれ異なる表情を浮かべながらも頷いた。
「それでは、副司令はいかがお考えで?」
「私としては撤退を推したい。この先、皇帝陛下崩御の報を止めておくのは不可能だろう。兵の士気が崩れる前に引き上げるのが良いと思う」
うん、理由は違うが退きたいのは僕も同じだ。
「では、オーベルシュタイン准将。副司令も前進は困難とお考えのようだ、例の方針でいこうと思う」
実はここに来る前にオーベルシュタインが今後の提案をしてくれたのである。
「はっ、フレーゲル閣下。それでは……」
まあ、オーベルシュタインが提案したのは、簡単に言えば叛乱軍の追撃を受けないよう撤退しようということである。
まず大量の欺瞞情報で、この先にいる叛乱軍に決戦を挑むために進軍するかのように見せかける。
その間に一部の艦隊を先行させて、アスターテ・ヴァンフリートの駐留艦隊を合流させイゼルローン方面に帰還させる。
ここは通信を傍受されないよう、先行させた艦隊を直接合流させる。
そしてゲリラ戦術で後背を脅かすホーウッドの艦隊を、欺瞞情報で決戦の最中に後背をつけるような位置を取れるよう誤認させ、誘導する。
最後に、決戦にむけ進軍したと見せかけた後、徹底した通信遮断をしつつイゼルローンに帰還。
といった感じだ。
「……了解した」
オーベルシュタインの発言中、真っ赤になっていたビッテンフェルトだが、いつの間にかに近づいていたファーレンハイトさんがなにか口にすると急に平静になり、素直に方針に従うと口にした。
なに言ったんだろう?
結局、双璧は何も言ってこなかったがどうしたんだろう?
まあいい。
いったん方針が決まれば即座に動き出せる面子ばかりなので、決定した後ははやかった。
オーベルシュタインとフェルナーくんが情報関連の統括に決まり、メルカッツさんは残存の12000を率いてアスターテ・ヴァンフリートの駐留艦隊と合流すべく出立した。
アスターテにはケンプ、ワーレンの8000と、ホフマイスターさんの3000。
ヴァンフリートはケスラーの2500。
ホーウッドの艦隊はルッツの奮戦で12000ほどに減少しているらしいので、万が一遭遇したとしても勝てるだろう。
そして、ローエングラム・ブラウンシュバイク両艦隊の逃げ支度も完了した。
もっとも僕らの艦隊は合流前にある程度準備していたのであるが。
先行するのはローエングラム艦隊23000。
アップルトン、アル・サレム艦隊に、ビュコック艦隊、ルッツの戦死したホーウッド艦隊も含めれば実に総計65000の叛乱軍を相手にしたといっていい。
それで初期に50000だったのが、33000も残っているのだからとんでもない。
対する叛乱軍は半数以上をうしなっているのだ。
そして殿は僕らである。
数は32000。
殆ど戦闘をしていないし、こんなもんであろう。
古来より困難極まるとされる撤退戦だが、オーベルシュタインの策が功を奏し、僕らは無事イゼルローンに帰還した。
途中、先行したローエングラム艦隊とホーウッドの艦隊が偶発的に遭遇、色々溜まっていた諸将が鬱憤晴らしとばかりに奮戦し一蹴するというハプニングもあったが、概ね予定通りであった。