この僕、ヨヒアム・フォン・フレーゲルが実は転生者であり、なおかつ原作である銀河英雄伝説の知識をある程度持っていることが判明したのは、10歳の誕生日のときのことであった。
物心ついてから今まで、僕は何故かブラウンシュバイク本邸で暮らしていた。
前世知識が覚醒するまで疑問にすら思わなかったが、よく考えれば――よく考えなくてもおかしな話である。
「おお、ヨヒアム。今日は実にめでたき日だな、お前が生まれて実に10年になる」
原作のブラウンシュバイク公を思えば妙な話だが、僕の誕生日は何故か彼の家族だけで行われる。
公自身や、夫人なんかの誕生日は派閥の貴族がわんさか集まってのパーティになるのに不思議である。
その辺りは覚醒前から少し疑問に思っていたものだ。
さて、僕とこの伯父上の関係であるが、実に良好である。
理由は単純で、僕がこの年齢の貴族にしては賢かったからだ。
まあ、原作でもよくわからんレベルで仲がよかったが。
「これならば、将来フレーゲルの……ヨヒアム? どうした――! ――!」
と、ここで僕の前世知識が覚醒したわけだ。
僕自身は一瞬の出来事のように感じたわけだが、実際には30分ほど意識を失っていたようである。
気がついたら自室のベッドに横たわっていた。
お抱えの医師に加え、心配そうに僕のことを見る伯父夫婦。
原作から考えれば誰てめぇ状態である。
まあ、疲れがたまっていた――みたいなことになって伯父上たちが部屋から出て行く。
その際に、無理はするなよとか言われた。
正直、夢だと思いたい。
「よし、金髪を殺そう!」
自室のベッドで気がついてからおよそ3時間。
原作知識を頼みに、僕はフレーゲル男爵がどうやれば生き残れるか結構必死にシミュレートする。
よりにもよって原作で死亡するキャラに転生してしまったのである。
寿命で死ぬならまだしも、錯乱して部下に撃ち殺されるとか、マジ勘弁である。
尊敬する先人、ヘイ○ンさんのようにラインハルトに付くことも検討したが、立場的に不可能であると断念した。
運良くラインハルトと友誼を結んでも、今度は逆に伯父上に殺されかねん。
資産を持ってフェザーンに逃亡する案も、おそらく黒狐にいいように利用されるか、禍になるからと門前払いの可能性が高い。
同盟まで逃げても、結局先延ばしにしかならなそうだ。
つまり、この僕、フレーゲル男爵が現状を維持した上で生き残るためには、ラインハルトをどうにか殺さなければならないわけだ。
「幸い、リップシュタット戦役まではかなり記憶が残っている。その後の知識は金髪が死んだら無意味だしな」
さて、フレーゲル男爵であるが、原作においてはラインハルトに敵愾心を抱き、幾度となく殺そうとしては失敗している。
「たしか、第五次イゼルローン攻略の最中とかなんかのパーティの帰りとかだったか……いや、そのへんはベーなんとか夫人だったか?」
ぱっと思い出したのがそのふたつ。
記憶が確かであれば、ラインハルトはかなり九死に一生だったはずだ。
困ったことに、原作でフレーゲル男爵がラインハルトを殺そうとした事件が思い出せない。
そして記憶が確かな方も、第五次イゼルローン攻略の時期が分からない上に、原作でラインハルトよりも階級が下であったフレーゲル男爵がその時期に何かできるとは思えなかった。
「となるとあの襲撃事件か……時期は、カ、カ、カリオストロだっけ?」
カストロプであった。
原作でキルヒアイスが活躍した後の事件だったはずである。
「あの襲撃に便乗すれば多分やれるな……よし、決まり!」
死亡キャラに転生したと分かったときにはどうなるかと思ったが、ラインハルトさえいなければどうにでもなることに気がついた。
アスターテはラインハルトがいないとやばそうだが、殺すのはその後だ。
アムリッツァは焦土作戦をやれば、ラインハルトじゃなくても大丈夫だろうし。
その後は、イゼルローンを落とせないんだから膠着状態になる。
「つまり、僕が老衰するまで現状維持になるに違いない! あー、疲れた。寝よ」
つい数時間前に発生した悩みが解消した僕は、10歳児らしくクタクタになった脳の求めるままに睡眠に入る。
まあ、所詮10歳児の浅知恵だったわけになるのだが。
僕はそれに気づくことなく10年以上の時を過ごす。
話は一気に飛ぶのだが、前世知識が覚醒したからといって出来ることが増えたわけではない。
故に大したことは出来なかったし、大したことも起こらなかった。
あれから2年後に他の貴族と同じように幼年士官学校に入ったが、伯父上の威光で相当楽をしたと思う。
卒業後は伯父上の私兵の所属である。
伯父上のお零れに預かろうとする取り巻きとともに帝都で門閥貴族らしく暮らし、ミュッケンベルガーのおっさんに引き抜かれるまではイゼルローンまで行ったこともなかったほどだ。
さて、ラインハルトであるが、10歳のときに殺すと決めた上に元々嫌いなキャラではなかったため、僕は彼に構わなかった。
そのため原作でのフレーゲル男爵のかわりをコルプト子爵の弟が務めたようである。
子爵の弟とその取り巻きがラインハルトにかまうのに出くわすたびに、僕の取り巻き立ちが便乗しようとするのが多少鬱陶しかったが、
「まったく、寵姫の弟にかまう暇があったら、庶民からいかに搾り取るか考えるのが貴族でしょうに」
そういうようなことを言うと、僕の取り巻きたちは一斉に僕を支持した。
本心では便乗したかったのであろうが、僕がしないのでそれに従う。
伯父上のお気に入りである僕に従うことで、将来の利権を見据えている筋金入りの門閥貴族の子弟たちだ、恐ろしくこういった空気を読むのが聡い。
そのくせラインハルトの実力は一切認めないからな、見たいものしか見ないんだろうけど。
そういう僕も今では立派な門閥貴族の一員である。
ここで言い訳をさせてもらえれば、10歳までに貴族としての下地が出来すぎたとしか言いようがない。
正直、尊敬するヘ○インさんがあそこまで庶民体質を維持できたのが信じられないくらい、門閥貴族は居心地がよい!
ラインハルトを殺す理由が、生き残るためからこの生活を維持するために変わったぐらいだ。
そんなこんなのうちに、ラインハルトは戦果を上げ昇進を重ね、僕も戦場に出ぬまま階級だけが上がっていった。
帝国暦486年3月、ブラウンシュヴァイク公爵の私邸において門閥貴族の親睦パーティーが行われた。