「それでね、うちのボンクラ息子、度胸試しだーとか言って、人様がやってる掲示板だかかわら版だかの裏に、昔の偉いさんをネタにした小話だかなんだかを載っけて貰ってるらしいんだけどね。
どうにも性根がモヤシって云うかなんていうか―――。
感想がこなければ凹むくせに、貰ったら貰ったで、やれ『詰まらないとか言われたらどうしよう』とかなんとか、脂汗やら冷や汗やらなんだかよくわからない汗やらダラダラで、開封するまで一騒ぎさ。
何とかなんないもんかね~、アレ」
「あ~、私の知ってるのにも、そう云うの居ますね~。
感想返しした方が良いのか―――とか、本文に書くと流し読みしてる人には感想催促してるみたいに見えないか―――とか、感想掲示板に書いて、自分で感想数を水増ししてるなんて思われたら―――とか。
本文書くだけで精一杯の奴が十年早いっての。
この前だって、『完結前に改定とか始めるとエタるから、先ずは完結! 習作だから多少は大目に見てもらおう!』とか言ってたくせに、とうとう手を出しちゃったしね」
「まぁ、『読みづらい文章を我慢して読んで、そのうえで『詰まらない』じゃなくて『読みづらい』って言ってくれた!』 とか、そんな感じに発奮したらしいけどねぇ。
そもそも、『あんまり真面目に推敲すると、こんなものを投稿して良いのか? とか、これ、果たしてホントに面白いのか?って疑問に思っちゃって、怖くて投稿できなくなるからホドホドに!!』
なんて言ってる時点で十年早かった気がしないでも無いんだけどねぇ」
「ほんとに―――。てか、何処にでも似たような困った人って居るもんですね」
「あらやだホント! はぁ、まったく何時になったら確りしてくれるものやら………。
いっそ出来た嫁さんでも貰って身を固めてくれれば安心できるんだけどねぇ………。
ねぇ、ふたばちゃん。―――あんたうちに嫁に来てくんないかい?」
「御免こうむる」
「「あははははははははは」」
隣の店先で、なにやら女主人と和気藹々と笑いあうふたばの声に、朱里は商品を検分していた顔を上げそちらを見やった。
「はぁ、すごいなぁ………」
自分も雛里も、わりと何処ででも可愛がって貰えるのは旅に出てみて判った。
どうやら子供か孫のように見られるらしく、思うように育たない我が身の数少ない利点ではあるのだが、やはり子供と見られたのでは思うように聴き出せない話というのもある。
子供は子供なりに、有用な情報を引っ張り出している朱里や雛里と、大人と扱われてても全く役に立たない話しかしないふたばとでは、前者が優れているのは言うまでも無いのだが、そこは知らぬが花。
「それじゃーまたー」
朱里が見ていることに気づいたふたばが女主人との会話を切り上げる。
おっと、早く選んでしまわなければ。
これとこれと、あとこれも。
「ごめん朱里ちゃん。またせちゃった?」
「いいえ、実はまだ選んでるところです。なんだか笑い声が聞こえたものですから」
これと、あとこれも。
「すみませんふたばさん。私だと、子供には難しいからって売って貰えないものですから………」
そう言って店の奥、こちらに怪訝な視線を送ってくる青年を見る。
「いいって。それにしても、今回はいっぱいあるんだね」
「はい。じゃぁこれ、お願いします。お代はこれで」
「はいはい。んじゃ、ちょっと待っててね―――。すみませーん」
このあと。
滅多にお目に掛かれないすこぶる付きの美少女が、大量に買い込んだ艶本でナニをするのかと想像してしまった本屋の若旦那が、出血多量で数日生死の境を彷徨ったのは、全くの余談である。
北郷ふたばは、まだこの国の文字が読めないでいた。
「いっつも思うんだけど、朱里ちゃんも雛里ちゃんも偉いよねー。こうして行く先々で本集めて勉強してさ」
ふたばが各地で(鼻)血の海に沈めてきた本屋の若旦那の数も、とうに二桁を超えていた。
その為、一部業界では『訪れた店に死を運ぶ(死んでません)艶本少女』なる噂が流れており、恐れられたり、あるいは被害者が皆幸せそうな表情で事切れていた(死んでません)事から、うちにも来ないかと待ち望まれたりしていた。
ひょんな事から朱里と雛里の耳にもこの噂は届いていて、自分達の真理探究の尊い犠牲となった謎の少女に密かに涙したりもしたのだが、本人はそんな事は露知らず。
二人も、彼女に悟られるような事はしない。
「学問は日進月歩ですから。水鏡先生も、私と雛里ちゃんが卒業したら、明―――元直ちゃんを連れて最新の学問を学び直す旅に出ようかっておっしゃってた位なんですよ」
「はー、すごいねぇ」
悟られるような事はしないが、無垢な信頼が痛い。
痛いがしかし!!
ちらりと横目でふたばを見る。
ふたばの、ふにふにで、たゆんたゆんな、朱里と雛里があこがれて止まない二つの決戦兵器。
『あれ吸ったらもうちょっと大きくなるかな?』
かつて聴いたふたばの言葉が脳裏に蘇る。
「ふ、ふたばしゃん!!」
「ん~?」
「が、がんばりましゅ!」
「うん、がんばれ」
「さて、そろそろお昼だし、切り上げていったん帰ろうか」
「はい、みんなお腹すかせてるでしょうね」
『数え役満☆しすたぁず』も雛里も、午前の予定を片付けて帰って来ている頃だろう。
「午後は人に会いに行くんだっけ?」
「いえ、会って貰う約束をしに行くんです。まぁ多分そのまま会って貰えるとは思いますけど。先方もその心算でわざわざ陳留からいらしてる訳ですし」
「陳留? あれ、聴いたことあるな………」
「もう、ふたばさんが気にしてる曹操さんのところですよ。ここから幽州の劉備さんの所まで行くついでに、ちょっと寄ってみようかと思うんです」
「ふ~ん」
話しながら、朱里はふたばの表情を観察した。
ふたばがなぜ曹操を気にするのか、それを知るための陳留行きなのだが、当のふたばにはこれといった反応は無い。
ということは、ふたば自身が曹操個人に興味があるわけではなく、あくまで天の知識に由来する何かが曹操を意識させていると見るべきか。
だが何故だろう? 曹操の何がふたばを警戒させるのだろうか?
文武に優れた能吏であるとは聞く。
だがまた、彼女も諸侯の例に漏れず、近年頻発する小規模な反乱に手を焼いていたはずだ。
今日は東で明日は西といった風に、あちこちで発作的に起きる反乱は、一つ一つは取るに足らない、それこそ計略など振るう間でもなく、力ずくで揉み潰してしまえるようなものでしかない。
だが、問題は頻度と、それによって発生する距離だ。
戦の際の最大の敵、行軍距離。
それによって発生する、戦わずにすり減らされる戦力、戦費。
いっそ何処かの誰かが纏め上げてくれれば、一思いに叩き潰してしまえればどれほど楽かと、諸侯も、彼ら彼女らに仕える軍師たちも思っているだろう。
計略など振るう間でもなく、と言うのは正確ではない。
むしろ、振るいようが無いと言ったほうが正しいのだ。
そんな、真綿で首を絞められるようにじわじわと疲弊していく諸侯の中に有って、数少ない例外として勢力を維持しているのが、元から莫大な財力を誇っていた袁家の二人と、騎兵による電撃戦を得意とする公孫賛、馬騰、董卓だった。
ふたばに『気になる人は?』と問われた時にこの五名の名を上げたのは、そんな訳も有っての事だったのだが。
朱里にとっても雛里にとっても、曹操とは、勝って当たり前の相手に勝ち続けながらも緩慢に弱っていく、ごく有触れた諸侯の一人でしかなかった。
だからせめて、この目で直接見て、彼女の何がふたばを意識させるのか確かめようと思ったのだ。
さらに、行きがけの駄賃として『数え役満☆しすたぁず』の公演を行い、資金の調達と、昨夜から早速作り始めている『劉家軍ぴーあーるそんぐ』による『ぷろもーしょん』の試験運用を目論んでいたのだが、この分では視察のほうは成果は期待できないかもしれない。
ふたばは以前から、天の知識について口ごもることが偶にあった。
それは、天の法に触れるか何かの理由で口に出来ないのではないかと雛里と二人で疑っていたのだが、どうも違うかもしれない。
ふたば自身が自身の知識に絶対性を感じていない、あるいは既に食い違い始めていて、予断を与えることがむしろ害になると感じているのではないだろうか。
それは裏を返せば、朱里と雛里なら正しい情報があれば正しい判断が下せると、自身の天の知識よりも二人の方をこそ、信じてくれていると云う事ではないか?
そう考えると、朱里はなんだか嬉しくなってしまうのだった。
『陳留はやめておけ。曹操が手薬煉引いて待ち構えているぞ』
「えっ?」
不意に耳元で聞こえた声に、ふたばは思わず素っ頓狂な声を上げた。
「どうかしましたか、ふたばさん?」
「えっ?」
そして、朱里の声にもう一度。
彼女には聞こえなかったのだろうか、と尋ねようとして気づいた。
声は左の耳元で聞こえた。
それはまさに今、自分の左を歩いている朱里の頭上数センチが声の発生源だったことを意味している。
見上げる朱里の瞳には『鳩が豆鉄砲を食らったみたいな』という表現をそのまま形にしたような自分の顔が映っていて、それを何処か他人事のように見つめてしまう。
『何処を見ている。そら、こっちだ』
「わぁっ?!」
「はわわっ?!」
再び、今度は目と鼻の先から聞こえてきた声に反射的に後方に飛び退る。
咄嗟に朱里を抱きかかえたのは、無意識の反応としては上等だったろう。
往来での突然の奇行に周囲の目線が集まるが、そんな事を気にしている場合ではなさそうだ。
師から聞かされた話に、雑踏の中で特定の相手だけに聞かせる発声法というのがあった。
いま聞こえたのがそれとは限らないし、天和達を狙う輩が邪魔なふたばを亡き者にしようとしているなら、それこそ問答無用で矢でも射掛けてくるのだろうが、何れ思惑の知れない相手に一方的にロックオンされているのは良い気分ではない。
先ずは朱里の安全を確保するべきだろう。そのあとで………
「ふ、ふたばしゃん、少し腕を緩めて………」
「ごめん、ちょっと我慢して。どっかから狙われてるかもしんないの」
『俺が用があるのは北郷ふたば、貴様だけだ。孔明はそこに置いておけ。手出しはせん』
「はわっ?! ふたばさん、今のは?!」
先ほどと違って抱きしめているからだろうか? 今度は朱里の耳にも届いたらしい。
腕を緩めてゆっくり朱里を下ろす。
『そうだ、それでいい。そのまま顔を上げろ』
「ふたばさん………」
朱里が不安げな表情で手を握ってくる。
抱き上げたまま一気に逃走を図るなら兎も角、下ろしてしまった以上片手がふさがるのは得策ではない。
可哀想だが、一度強く握り返して手を離す。
『そのまま通りを真っ直ぐ歩け』
声の命じるまま、歩き出す。
一瞬、雑踏の向こうに白髪の少年の紫の瞳が見えた気がした。
「ふ、ふたばさんっ!」
普段の彼女からはまるで信じられない、精気の無い足取りで歩き出したふたばに声を掛ける。
三姉妹と身近に付き合うようになって、妖術というものにも親しむようになったつもりでいたが、甘かったと言わざるを得ない。
彼女らが扱う拡声の術と似たようなものなのだと見当は付く為、不用意に恐れることこそしなかったが、だからといって対処できるわけでは無かった。
「ふたばさわぷっ?!」
もう一度声を掛けようとしたその時、突風が吹いた。
反射的に目を閉じてしまった朱里が恐る恐る辺りを見回したとき、既にふたばの姿は何処にも無かった。
「んっ?!」
突然吹き付けた風に顔を背け、再び目を開けると、辺りの景色は一変していた。
背の低い樹木に薄紅色の花が咲いていて、それが辺り一面に。
手近な枝に手を伸ばす。
「これって………、桜―――じゃないな。桃の花?」
花の季節はとうに過ぎている。
街中から一瞬で場所を移したことからして、尋常な事態ではないだろう。
或いは中国風の世界だけに、本物の桃源郷にでも誘い込まれたのかしらん。
「お~い、さっきの人! 居るんでしょ?」
『ああ、居るとも』
「うひゃぁっ?!」
ダメ元で呼びかけてみたら返事が返ってきて、思わず悲鳴を上げる。
慌てて辺りを見回しても、やはり姿は見えない。
「ちょ、ちょっとぉ! 顔ぐらい見せたらどうなの! 姿も見せずに覗き見とか、趣味が悪くない?!」
『趣味の悪さは否定はしない。貴様が無様に慌てふためくその姿、実に愉快だ。日頃の溜飲が下がる。今日まで生きてきた甲斐が在ったというものだ』
「そ、そこまで?!」
声が何処から発せられるのか、何とか突き止めようにも手掛りが無い。
『そら、さっさと歩け。俺の顔が見たいのだろう?』
「そ、そんな事言ったって、どっちに行けばいいのよ!!」
『自分の足に聴くんだな。適当に歩けば正解なんじゃないか?』
「なによそれー!!」
覚悟を決めて動くべきか?
言葉に従って適当に向きを決めてみれば、それで良いのだろうか?
いざ踏み出そうとしても躊躇してしまう。
『桃華源の話は聞いた事はないか? 貴様らの国だと浦島太郎とか言ったか。違う時間が流れる世界に紛れ込む話を聞いたことがあるだろう。
あまりもたもたしていると、老いぼれた孔明と再会する破目になるかも知れんぞ?
あるいは老いぼれるのは貴様かもな』
「ふざけんな―――っ!!」
躊躇してる余裕なんてなかった。全力で駆け出す。
『無論、嘘だが』
そして思い切り転倒した。
『はっはっはっ。年頃の娘が下着を晒すなど恥ずかしくないのか? 少しは慎みを持ったほうがいいと思うがな』
ぐぬぬ。
「あ、あんたねーっ! 人をおちょくって楽しいかー!!」
『だからさっきも言っただろう。実に痛快だ。貴様の兄にはさんざん煮え湯を飲まされたが、まぁその八つ当たりだとでも思っておけ』
「八つ当たりなら本人にしてっ!!」
『おまえは阿呆か? 本人にしたら八つ当たりとは言わん、ただの復讐だ。よく言うだろう、復讐は何も生まないと』
「八つ当たりだって何も生まないわよっ!!」
『ふっ、貴様がなんと言おうとも、俺の心に確かに宿るこの喜びは否定させん!』
「かっこよく言ったって貴方、言ってることサイテーだからね?!」
『そら、さっさと立って走れ。日が暮れるぞ』
「絶ッ対ぶん殴ってやるからねーっ!!」
今度こそ何も考えず、ふたばは足の向くまま走り出した。
だが、すぐにその足が緩んだ。
確かに声の言うとおり、歩き出してみれば何故か進むべき方向がわかる。
この先に、この先に、この先に―――、引き寄せられるように足が勝手に進んでいく。
この先だ、この先だ、この先だ―――、この先に、なんだ?
『お気に召したようで何よりだ』
酔ったような心持で歩みを進めていたふたばは、再び聞こえてきた男の声に現へと引き戻された。
「なんなの、ここは?」
『なに、昨日招待した客人には女を誘うには趣が足らんと不評だったのでな。趣向を凝らしてみたのだが』
「30点」
『む』
「その人、女の子だったんでしょ。他の女の話なんてしちゃイ・ヤ♪」
『ふむ、覚えておこう。あと、貴様は俺を笑い殺すつもりか?』
「ならせめて笑って―――、笑いなさいよ―――」
『はははははははははっ』
「あんたを殺して私も死ぬわ」
『なるほど、それが今流行のヤンデレとやらか』
「だれがヤンデレかっ!―――あんた、妙なこと知ってるのね」
『役目柄、な。………そら、その先だ』
「何がよ? え、ちょっと………っ」
不意に、何かが傍から離れていく気配を感じた。
今までそんな物を感じた事は無かったのだが、いざ消え失せてみれば、その喪失感が逆説的に、確かにそれまでそこに何かが居たのだと感じさせる。
その無くなった物こそが、ふたばを監視していた術の気配だったのだろう。
それが此処に来て解かれたという事は。
「ゴールに到着、ってことか」
一面の桃の園に在って、その一角だけは小さな宴席であれば設けられそうな広場になっているようだ。
そして、そこに一人の影。
地面に直接腰を下ろし、背の低い桃の幹に体を預ける少年とも青年ともつかぬ姿。
ふたばは広場に踏み込もうとして、そこで躊躇した。
何かが気にかかる。
辺りを恐る恐る見回してみるが、何が気に掛かるのかがサッパリ判らない。
「心配しなくとも伏兵などおらん。さっさとこっちに来い」
小馬鹿にした声音にムッと来て目をやると、青年がこちらを見ている。
先ほどまでの声はやっぱりコイツか。
弱気なところなんて見せてやるものかと対抗心を掻き立て、ズカズカと踏み込む。
近付くにつれ、むかつくニヤニヤ笑いを浮かべた顔の細部が明らかになってくる。
なってくるが、おや?
紫の切れ長の瞳といい、スッと通った鼻梁といい、ほっそりとした輪郭といい、あれ、あれれれ?! ちょっとかわいくない?!
ど、どうしよう?!
と、とにかく第一印象が肝心よね!
「私を此処に呼んだのはキミ?」
「今更猫を被ったところで無駄だぞ」
「判ってたわよ! 夢ぐらい見させなさいよ!! ばかー!!!」
フーッ、フーッ!!
毛を逆立てて威嚇するふたばだったが、青年、あるいは少年は涼しい顔でニヤニヤ笑いを崩さない。
「フッ、気は済んだか? ならば招待した用件のほうに入りたいのだが」
「その前に、あんた誰なのよ? なんか妙に突っかかって来るけど、ひょっとして前に会った事ある?」
「ああ、あるとも。一度だけだがな」
「ああ、やっぱり! あんたのその無駄にエロい声、どっかで聞いたような気がしてたのよね」
「なん……だと……」
「貴様っ! この俺の『碧緑に光り輝く川面のように涼やか且つ艶やか』と讃えられた美声を、言うに事欠いて無駄にエロいだと?! 断じて無駄などではない!!」
「え?! あ、ごめんなさい」
「ふんっ、この俺としたことが無様に取り乱すとは………兄ばかりかその妹まで仇為すというのか。つくづく憎らしい血統よ」
とりあえず落ち着いたらしい青年、いや感情を剥き出しにした表情が意外に幼かったから少年か? に改めて声を掛ける。
「あんた、兄さんに何されたのよ?」
「聴きたいか? 簡単に言うとだな、アイツが女をとっかえひっかえした所為で生まれた修羅場の後始末を延々とやらされた」
「うん、殺していいわ」
怒って当然だった。
「理解頂けて歓喜の極みという奴だ。折を見て実行させてもらうとしよう。
それはさて置くとして、だ。貴様と以前会った事があるか、だったな。
―――俺が貴様をこの外史に招いた。そういえば判るか?」
「ってことは、あんたが貂蝉?」
「断じて違う!!!!!!!
誰が『一目見たなら眼が潰れ、二目と見るくらいなら己が眼を抉るっ! 歩く姿は目に厳しく、笑い声は耳を腐らせる二足歩行型スタングレネード』か!!!」
「えっ?! あれっ?! 重ね重ねごめんなさい?!」
「貴様ら兄妹は、いちいち俺の逆鱗に触れなければ会話も出来んのかっ?!」
「いや、そんな事言われても、あんたが逆鱗だらけで会話もままならないんじゃないの?
ってか、スタングレネードで思い出したけど、あんた資料館に入った泥棒の人よね? あれで私を気絶させて攫ってきたの、あんたなんでしょ!」
「変わった思い出し方をする奴だ」
少年は呆れたように肩をすくめた。
「言っておくが、あれはそんな物ではない。あの時確保しようとしていた鏡の力が開放されたためだ。
あの資料館にあった銅鏡の一枚が、あの世界と此処とを結ぶ門の鍵になっていてな。それが何らかの拍子で開放されれば今回のような事態になる。
それを防ぐために秘密裏に確保しようとしていたのだが、手をかけたところで貴様らに襲われて、結果あのざまだ」
「秘密裏にって………そっか、こんな事に成るなんて誰も信じないか。
そりゃ盗み出すしかないよね―――。その―――なんていうか、ごめんなさい」
なるほど、誰もが信じられないような災厄の種を、人知れず刈り取るのが彼の仕事だったのか。
知らなかった事なのだから、いくらでも自己正当化のしようはあったのだが、それでもふたばの心に申し訳ない気持ちが沸いて来て、自然と頭が下がる。
「なに、無事に確保できたら貴様に使う心算だったから詫びる必要はない」
「詫びて損した!!!」
「それで、私に使う心算だったって事は、私に此処で何か用があるの?」
もはや何度目になるか―――ふたばは気を取り直し、問いかけた。
今度こそ冗談もはぐらかしも無しよ!
その視線の意味を正確に理解したのだろう。
少年は飛びっきり人が悪い笑みを浮かべ、
「いかにも―――。
貴様には曹孟徳を倒してもらう」
そう言い放ったのだった。