貴族な勇者様9
アリアの剣は実の所、非常にシンプルだ。
計三種の太刀により確実に敵を追い込み、勝利する。
大抵の雑魚は「始め」で。出来る奴でも「追」で。一流所でも「終」の前に沈む。
親父に教わったと言う基本の型を毎日繰り返して身体に叩き込み、遂には必殺剣まで昇華させた。
やってる事はそこらの門下生と同じ事。だが、剣速・呼吸の次元が違い過ぎるので誰もが錯覚する。アリアは魔剣を持っていると。
俺ですら三本、十合前後耐えられるかどうかなんだから無理も無いが。不愉快此処に極れりだが、剣の才だけは完全に妹が上だった。
だが、その剣姫をして。アリアハン歴代最強の剣士の技を持ってしても。
「何なのよ、あの化け物」
苦笑いを浮かべるレミィ。癪で仕様が無いが、今回ばかりは激しく同意せざるを得ない。
一体、奴の反射神経はどうなっているのか。ブロードソードの連撃をロングレイピア、2メートルを超える長物で完全無欠にいなしていた。
頭・心臓・股間。狙われたら誰もが一瞬躊躇する個所への攻撃を事も無く捌き続ける。
それも、軌道を読んでいる訳じゃない。明らかに放たれてから反応していた。奴の動体視力はどうなってやがる。
アリアにはアクセラレータは掛かっていない。軽く、一段階ステータスを増した程度だ。
が、それでも先程の俺に迫っているのだ。糞腹立つが。
100は下らない重量の鎧を身につけて置いてあの動き。魔族ってのは心底卑怯な連中って事を確信する。
此処まで差があるとマジで笑いが込み上げて来る。認め難い事に直面すれば自棄を起こすのが人間だ。
「アンタ、良くあんな奴と独りで戦えたわね。弱みでも握ってたのかしら?」
それは俺様が天才である事に他ならないからだが。もう一度やれと言われても困るけど。
思わずレミィと軽口を叩きあう位には気が動転していた。俺は予想以上に宜しく無い状況と悟り、一層深い瞑想に入る。
「兎に角、あいつの足を止めろ。魔力の続く限りぶっ放せ」
「分かってるわ、よ!」
少しの休憩を挟んでいたレミィは再び詠唱を始める。
工程を大幅に省いた初等魔術、メラビット。威力は塵だが速射・連射用としては効果的だ。
こうなったら消耗戦だ。弾薬が尽きるま撃ちまくるより他は無い。
一刻も早く大砲の準備をしなければならない。未だに砲台が確保出来ていない現状は非常に不味い。
右手の杖をより一層強く握り締める。この俺が杖に頼るなど、屈辱なんて言葉では言い尽くせないが文句を垂れてもいられない。
「ふえええん。疲れますぅぅう」
頭上で息絶え絶えに弱音を吐く僧侶には、常時回復呪文を使わせている。
いくら弾丸の装填が完了しても、動く事の出来ない戦車に意味は無い。出来る限りアクセラレータの反動を軽減しなければ。
我武者羅に剣を振るい続けるアリアにエールを送りつつ、俺は杖先に魔力を集束させていった。
呆然と立ち尽くした女魔族、アレアは妹の渾身の斬撃を無防備に受け入れた。
足下に着弾した火球に気を取られたか、初めて生じた決定的な綻びを逃すアリアじゃない。
何処を狙うべきか。件の魔神の鎧は盤石で、一見、1ミリの穴も無いように見える。
だが、如何に呪鍛装具が強固であろうと所詮は造り物だ。許容を超える速度・膂力が合わさる事で破壊は可能である。
特に繋ぎ目の多い頭部は得てして脆い。フルアーマーの戦士を相手取るなら頭を狙うのが必定だった。
アリアもそう踏んだのだろう。最速を誇る一の太刀をヘッドに叩き込むと決めていたらしい。
縮地により懐に潜り込んだアリアは迷い無く最上段目掛けて剣を振り抜いた。
幾ら人知を超える魔族とは言え、体勢が大きく乱れた上に重厚な鎧と長刀。俺は先の超回避が発揮されない事を只管祈った。
普段全く神々を崇めていない俺もこの時ばかりは祈ったものだった。そして、日頃極めて良い行いを繰り返す俺の願いは天に届く。
ガキャッ!!
これ以上無いクリーンヒット。
バイキルトにより強化されたアリアの腕力は、魔神の鎧のHPに打ち勝ったらしい。
視界用の穴あき部分を中心に、徐々に兜に亀裂が入って行き―――金属片がバラバラに飛び散った。
よっしゃと思う反面、俺はとても嫌な予感を覚えていた。何故、反応しなかったのか。
アレアは全く動かなかった。回避が間に合わない風でなく、全然動こうとしなかったのだ。
大したダメージが無い事が分かっていた? いや、それなら受けた直後に反撃に出る筈。
でも奴は何らの動作に及ぶ事が無かった。唯、頭を垂れ下げて俯くばかり。
アリアも不可解なんだろう。追撃の手を止めて、どういう事だと観察に努める。
「・・・はは」
嗤った。何分程経った頃か、聞き洩らす程に微量な声が流れ出る。
初めはその程度だった。酷く薄い声量でアレアは嗤う。やがて、
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」
狂笑という言葉がしっくり来るだろう。
およそ、正常な思考の奴が発する事の無い勢いでアレアの超嗤が響き渡る。
尋常じゃない寒気が走る。追い詰められた獅子が牙を剥いた様な感覚。とにかく異常なヤバさを醸し出していた。
距離のある俺ですらこうなのだ。至近距離で叩き付けられたアリアはその比じゃないだろう。
何とか鼓膜が破れる事は避けたが、無傷とは行かずに耳を抑えて後退する。心なしか、膝も笑っていた。
「矢張り、貴方は最高ですお兄様。私の欲しい物を二つ、同時に与えて下さるなんて!!」
それはそれは嬉しそうに嗤い続けるアレア。女の笑顔は見ていて嬉しくなる物だが、如何せん瞳孔が開き切っていた。
怖い。俺は只管に恐怖を味っていた。女に此処まで後退りするのは母様を除けば初めてである。
「それで、勇者アリア?」
ゆっくりと頭を引き上げる。鎧を纏って以来、初めて見たその顔はこれ以上無い位に愉悦に彩られていた。
二対の視線が交差する。鏡に映した様な全く同じ造形の目鼻立ち。
違いがあるとすれば、両者の感情をを顕す表情が決定的に異なると言う事。
一つは、悦び。そしてもう一つは―――
ハッとする。何故俺は忘れていた? 妹が、俺と同じ状態に陥らないと如何して思えた?
常に冷静だから、勇者だから? とんだ大馬鹿野郎だ。
もしも行き成り自分と同じ面の野郎が前に出て来たら、誰もがそうなるだろうに。
「私を、―――覚えているかしら?」
「馬鹿野郎! 避けろぉぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
それは余りに致命的な隙だった。
如何なる達人とて、ほんの僅かなぶれが死に直結する。それが戦場と言う物だ。
分かっていた。予想出来ていた筈なのに。
「う、そ・・・」
掠れる様なレミィの声。驚愕に震えるその視線の先には。
握力を失った指先から剣が抜け落ちる。広く開けた空間内に、乾いた音が静かに響いた。
アリアは。全国民の期待を一手に背負う勇者は。黒塗りの刃に胸を貫かれ、力無く膝を付いていた。
「―――さて」
深々と突き刺したサーベルを妹から引き抜いたアレアは、その視線を此方に向ける。
支えを失ったアリアは静かに地に身を横たえた。貫かれた箇所を中心に、ゆっくりと赤い染みが広がる。
「今度こそ終わりにしましょうか。その身体ではもう動けないでしょう?」
流石にバレるよな。この状況で胡坐をかく奴は余程の大物かド阿呆だ。それこそ何か問題でも無い限りは。
参ったな。僧侶の魔術で握力は戻った物の、下半身の感覚が曖昧だ。尻を上げようと思っても反応がまるで無い。
カツカツと。鋼鉄の足装甲が奏でる無骨な金属音は死の宣告にも似て・・・。