貴族な勇者様7
正直、驕っていた面があったかも知れない。
合理的な行動を心掛けていたつもりだったけれども、何処かに油断があった。人間が魔族に勝てる訳が無いと。
実際そうだった。私が今迄に葬って来た者達は何れも取るに足らない存在だった。
軽くなぞっただけで手足は千切れ、大分間を置いて動いたにも関わらず私を捉える事が出来ない。
初めは特に意識する事は無く、淡々と任務をこなしていた。
人間は脆弱な生き物であると学んでいたし、出世の踏み台に過ぎないと思っていた。
だけど、私は戦士だった。赤子の頃から鍛え上げた技術を目的達成の道具として腐らせたく無かった。
何時の間にか私は戦闘に快楽を見出す様になっていたのだ。数多の同胞たちと凌ぎ合っている内に、これ無しでは生きていけなくなっていた。
気付いた時には、私はハンデを背負いながら戦いに臨む様になっていた。
時には目を瞑り時には片腕片足で。少しだけ制約を課しただけで、驚くほど愉しむ事が出来る様になった。
今回もそうだ。何時もの様に片腕落ち、武器無しで戦闘力を落とし込んだ。
対象は勇者だった。陛下が仰るには稀代の才を持った天才らしい。
油断するなと言付けられた物の、私は特に意識する事無く戦場に赴いた。
英雄と呼ばれた人間に幾度も失望させられていた私は、この男も所詮は人間と高を括っていた。
その結果がこれだ。私は仰向けで洞窟の冷たい地面に横たわっていた。
胸から太股に掛けて広がった裂傷によって、絶え間無く血液が流れ出している。
如何に魔族とは言え不死身では無い。己の限界を超えれば当然に死の抱擁が待っている。
(ありがとう御座います)
それでも私は感謝していた。この様な機会を与えてくれた陛下に、そして―――
冷酷な目で私を見下ろす人間、勇者アルスにニコリと微笑む。
漸くです。一時間と持たない満身創痍の身となって漸く、私の願いは果たされる。
「装具〈カヴァー〉」
一言、呟く。魔術の才の無い私に使える唯一の文言を。
暗雲が私の全身を包み込み、数瞬後には漆黒の鎧を纏っていた。
これで私と貴方は対等。今迄の無礼はこの身を以って詫びさせて頂きます。
召喚した愛刀、地獄のサーベルを杖にゆっくりと立ち上がる。さあ、存分に殺し合いましょう。
(マジでヤバイ)
幽鬼の如き足取りで迫るアレアに、俺はそこはかとない危機感を募らせていた。
あいつの装備。あれは非常に不味い代物、魔神の鎧だ。
武具の中に呪われた装備ってのがある。元使用者の怨念が籠った迷惑極まりない欠陥品だ。
通常、こういった武具を使いこなす事など不可能だ。誤まって触っちまったら即座に境界に掛け込むしかない。
高が人間如きが数十・数百年も増幅して来た負の念に抗える訳が無い。どれだけの性能を誇る装備だろうが、触らぬ神には何とやらだろう。
でも魔の者は違う。元々が同じベクトルである異形達には呪いなど効果がある訳が無く、寧ろ力を増す事が出来る。
ダークドワーフの中には、敢えて呪いを込めて武具を鍛える職人もいるそうだ。死ねばいいのに。
薄れ掛かっていた魔気が跳ね上がった事からも間違いないだろう。アレアが着込んだ鎧も確実に呪鍛装備の類。
何? 何故こうなる前に殺さなかったかだと?
馬鹿野郎。出来たらとっくにやってるってんだ。俺の現状を考えて見ろ。
俺はだらしなく地面にヘタリ込んでいた。情けない話だが腰が抜けちまったらしい。
このタイミングじゃなくても良いだろうと思わせる絶妙な時にアクセラレータの効果が切れちまった。今の俺を殺す事なんぞスライムでも出来る。
参った。これは本格的に詰んじまったじゃないか?
流石に傷を治す事は叶わかったんだろう。覚束ない足取りの魔族だが、それでも着実に前進していた。
このままでは、後少しもしない内に殺される。これまた怨念が染み込んだドス黒い剣に貫かれる事だろうよ。
本格的に命の危機が迫る。だが、俺に出来る事は無い。
呪を紡ぐ事は何とかなるかも知れんが、全く足腰が機能しない。魔法剣士としてはもう終わっている。
では魔術師にクラスチェンジすればと思うだろうが、あの鎧を見ればやる気も奪われると言う物だ。
今の俺に行使可能な魔術は精々が中級程度。最高の威力を誇るメラミでさえも魔神の鎧の前では肉球パンチみたいなもんだ。
剣を握る事も逃げる事も出来ない。唱えられる呪文も効果が無い。
いよいよ進退が極ったのか。俺の規範的な行動の何処に落ち度があったと言うのだろうか。
何もかもがあの糞王のせいだ。聖人は権力者に忌み嫌われると言うのは本当だったか。俺は現宗派の開祖の最後を思い出した。
次第に距離が短くなって来きやがった。漆黒の輪郭が徐々に明確になって来る。
50、40、30と。俺の魂を冥府に送付する死神が鎌を揺らしながら近付いて来て・・・。
「余裕のつもりですか?」
ぴったりと鼻先に剣が添えられる。禍々しい瘴気に吐き気を催しそうになる。
何故か俺を殺す事を躊躇う魔族。サーベル状の剣をしならせながら俺とのリターンマッチを望んでいた。
阿保が。戦いたくても立てねぇんだよ。殺るならさっさと殺りやがれ。
糞っ。確かに一矢報いはしたものの、まともに入ったのは最後の一太刀だけだ。とてもじゃないが借金を返せたとは思えない。
プライドをズタズタに引き裂いた上に、母様から与えられた身体をタコ殴りにされたんだ。顔面変形する位は嬲りたかった。
何か、何か無いのか。この状況を打開する、ロイヤルストレートフラッシュ的なアイデアは。
奴が勘違いしている今がチャンスだ。考えろ、考えるんだ俺。
表面上は嘲笑を浮かべながら、内心は破裂しそうなハートを抑えながらバックパックを弄る。何ぞおらんか。
記憶と感触だけでアイテムを思い浮かべる。
あー、拷問用の毒蛾のナイフに接近戦のパワーナックル。突っ込み用のハリセン・・駄目だ。
ならばアイテムはどうだ。すごろく券にゴールドパスだと? ああそうだ。今度ギャンブルに出掛ける予定だった。
だが賭け事に勤しむ為には今を打開しなければ。最後の最後、アクセサリーに望みを掛ける。
ん? この感触は何だ。・・・ガーターベルトだと!? 誰がこんな物を!!
俺はニーソ派だと何度言わせれば。ええい、そんな事はどうでもいい。碌な物が入ってやしない。
駄目か。アリアハンの至宝たるアルスの命も此処までと言う事か。
こうなったらいっそメガンテでもぶっ放してやろうか。最後の命の灯火を燃やし尽くすべきか。
自分を犠牲にするのは大嫌いだ。俺は古文書を読み漁ってあらゆる呪文を極めて来たが、その類の物は覚えようとしなかった。
傷ついた己を回復するホイミ系はともかく、ザオラルなどの蘇生魔術は一切手を付けようと思わなかった。
メガで始まってザルで終わる呪文など最も忌避すべき選択だ。旺盛な知識欲にきつく言い聞かせたものだった。
それよりも俺が選んだのは自爆だった。死ぬのは嫌だが敗けるより数百倍はマシだ。
人生に一度しか機会の無い禁魔術を使う時がやって来たという事か。ああ、死ぬのは嫌だなぁ。
何が嫌かって、この俺が糞平民勇者のアリアに劣ると思われる事が何より嫌だ。客観的に見れば、俺は誘いの洞窟如きで死んだカスって訳だし。
しかし、他に方法は無い。殺されるなら殺した方が、一緒に死んだ方が遥かにマシだ。
覚悟は決めた。後は、唱えるだけ。終焉のキーワードを。
さようなら母様。天国のお祖父様、今そちらに向かいます。・・・糞親父、テメェには絶対会わん。
唇を噛み破り、垂れ流れる血を咀嚼する。魔力を一切要しない代わりに、この呪文は血液を媒介にする必要がある。
これで準備は整った。感謝しやがれアリア似の糞ビッチ魔族。超高貴族の俺様と逝ける事を。
「メ、ガ―――ぶるぉぉあああああああああ!?」
「無事ですか!? 兄様!!」
ンテと言おうとした所で。
突如、壁をブチ抜いた怪力女―――言わずもがな我が妹―――によって決起を阻まれる。
腰の入った強烈な正拳突きは、俺を遥か天空へと錐揉みダイブさせる結果となった。
・・・やっぱり殺す。絶対に殺す。