貴族な勇者様5
フェリクス家史上ではお祖父様に次ぐ才能の持ち主である俺だが、死を覚悟した事が2回程ある。
1回目はお祖父様に本気でお叱りを受けた時。これはマジ泣きする位に恐ろしかった。
普段は聖人の様に優しかっただけに、あの時は心臓が止まりそうな恐怖を覚えたものだ。俺が敵わないと思う人間の一人である。
そして2回目は・・・。余り言いたくないが己の限界を知った時だ。
如何に人間が矮小な存在であるかを知りたければ、魔族と戦ってみると良い。軽く心が砕かれるぞ。
初めてランクがB級になった時だ。腕利きのS級と連れ立って討伐に行った相手が運悪く魔族だった。
あの時の絶望感は記憶に刷り込まれて一生離れそうにない。
瞬殺だった。一太刀も入れる事も叶わず、一歩も動けずに首を刎ねられた。
当時最強の名を欲しいままにしていた傭兵が、だ。
未だに俺が何故生きていられたのか分からない。余りの無様な姿に殺意がそがれたのだろうか。
魔族はやたらとプライドが高いと聞く。糞尿垂らして泣き喚く糞餓鬼なんぞに殺す価値を見出さなかったのかもな。
何度思いだしても首を吊りたくなるが、それでも俺はラッキーだと思っている。
危くもう少しで、最も忌むべき糞親父殿と同じ未来を辿る所だったからだ。あの屑平民と同じ末路など、成仏出来た物じゃない。
以来、俺は極力危険な任務は避けて来た。
S級確実と期待されながら、昇格に必要なA+レベルには一切手を付けずにB級以下のそれに甘んじた。
お陰で妹にも追い着かれる始末だった。俺が正勇者になれない根底はそこにある可能性もある。
アリアと同格である事は屈辱でしか無かったが死ぬよりマシだ。蛮勇に身を喰われた馬鹿共の様になるつもりは無い。
「そう、思ってたんだがな」
何時の間に歯車が狂ってしまったのだろう。
無性に酸素を寄こせと喧しい心臓を黙らせ、大きく息を吐く。
脚を大きく開き、身体を地面擦れ擦れまで傾けた獣の様な前傾姿勢。何時でも反応出来る様にステップを踏む事も忘れない。
コンチクショウめ。高が村女を助ける程度の話じゃ無かったのか。それなのに―――
「そろそろ終わりにしましょうか」
ふさぁ、と髪を掻き上げながら煩わしそうに俺を見る。
実際、蠅位にしか思っていないんだろう。魔族からすれば人間なぞ羽虫程度の認識だろうさ。
だが気に喰わない。非常に気に喰わない事だ。
「五月蠅ぇよ・・・。あの女と、妹と同じ面で見下ろしてんじゃねぇよ!!!」
全身を有りっ丈の魔力で覆い、俺は超スピードで女魔族に特攻した。
― 一時間前 ―
エリミネーターから聞き出した情報に依れば、敵は誘いの洞窟に巣を張っているらしい。
矢張り敵は結界に気付いていた様だ。誘いの洞窟は聖障壁を支える基点の一つが設置されている。
どうやってかは想像が付かないが、何らかの手段で封印を破ったのだ。それこそ、魔の者に寝返る様な馬鹿人間がいない限りは。
だがそれは無い。拷問をし終えた俺は即座に王宮に戻り問い合わせた所、鍵はしっかりと管理されていたそうだ。
封印の間への最後の関門には王家の鍵が必要となる。当時のアリアハン王は念には念を入れて何重にもセキュリティを施している。
全くと言って宜しい予感がしなかった。明らかにイレギュラーな事態が発生している。
俺は陛下に言った。これ以上はキツくね? と。
確かにレーベは家の所領地だ。自分の土地の問題は自らで解決する必要がある。
しかし貴族にも限界はある。己の手で捌き切れない時は頼ってもいいのだ。その為の、国であり王じゃないか。
今迄培ってきた話術を総動員して説明した。
A級の魔物が出現した事、想像以上に苦戦した事(嘘)、魔力が底を尽き掛けている事(たんまりあるけど)・・・。
アリアを呼び寄せるべきだ。妹に押し付ける事が最善だと何度も主張したのだが。
「―――貴公が、行くのだ」
余程糞陛下は俺の人生を終わらせたいらしかった。既に0に迫っている俺の忠誠は更に下がる。
流石に王命を出されては逆らう事は出来ない。俺は全力で嫌だったが大人しく首肯する。
「仰せのままに・・・」
その場に跪いた俺の両眼は床を貫かんばかりに睨み付けていた。
「うわ、マジに生きてやがった」
ゴロツキの言う通り、村娘は殺されていなかったらしい。
魔の瘴気に当てられてぐったりと項垂れているものの、命に別条は無さそうだ。
俺はこれでレーベに無茶振りが出来ると安心し、横のゴロツキにぼそりと呟く。
「良かったな。惚れた女が無事で」
「ばっ、何言ってんだ!!」
すぐ傍でお嬢お嬢と喧しかったので言ってみたが、やはりホの字みたいである。
遠目ではっきりとは分からないが、娘はそれなりに整った容姿をしていた。
程良く肉が付いたメリハリのある身体にバランスの良い目鼻立ちだ。男どもが放って置かないだろう。
これ位なら貴族の目に留まる事も―――
(それはないか)
想像し掛けた可能性を却下する。真性のロリぺド揃いの豚共の食指はそそるまい。
俺は下らない妄想を中断し、現実世界に戻って来たオッサンと目を合わせる。
「そろそろ踏み込むぞ。1・2・3だ」
真顔に戻った俺にオッサンも気合いを入れる。頬を一発パンと張り、
「お、おう。分かった」
「じゃぁ、行くぞ。1・2―――」
三を数えた所でダッシュ。進路を塞いでいた魔物共を葬りながら確保に向かう。
彷徨う鎧、幻術師など群がる雑魚を敵を斬り捨てながら娘へと近付いて行く。
「メラミ!」
最後の敵を骨まで燃やす。
轟々と火柱を上げて空気に溶ける化け物を尻目に俺は男に振り向き、
「おら、とっとと女を助け・・・」
返事は無かった。いや、する事が出来なかった。
何も無いのだ。本来ならあるべき場所にそれが無い。
ゆっくりと倒れて行く。頭一つ分軽くなった男の身体が。
「困りますね。勝手に贄を持ち出されては」
開いた口が塞がらない。そのまま顎まで持って行かれそうだ。
驚愕は二つあった。この俺が、全く知覚出来なかったという事が一つ。そして・・・
女だった。首を刎ね飛ばされたおっさんの後ろに、一人立っている。
一体いつからそこにいたのか。まるで何百年も前から存在したかの様に、余りに自然とそこに在った。
馬鹿な。何で、お前が此処にいやがる。
俺は辛うじて唇を動かし、どうにかして目的の名を呟く。
「あ・・り、あ・・・?」
似ているとかそんな次元じゃ無い。まるであいつの顔を剥ぎ取ってそのままくっ付けたかの様に。
どんな名画家でも、モシャスの達人でもコピーし切れない程に。
唯一つ違う事は尋常じゃない魔気を放っている事だけ。兄である俺ですら、その点でしか区別出来そうにない。
「アリアでは無く、アレアです」
女神の様に穏やかな微笑と共に女は言った。無造作に剣を引き抜き、俺の喉に突き付けて。
「貴方の魂を陛下に届ける者ですわ。―――お兄様」
俺を兄と呼んだ女は。無駄な殺生が一切出来ない妹と同じ面の女は何でもなしに言ったのだ。
お前を殺す、と。