貴族な勇者様4
「どういうこった?」
勇んで取引場所に向かった俺を待ち受けていたのは屍の山だった。
誘拐犯と思しきゴロツキ共が無残に殺されている。一目では生存者は見当たらない。
既に別の奴が助けたのだろうか。俺は手前にあった死体を観察する。
(違うな・・・)
殺害要因である傷痕から、明らかに人外の力が加わっている事が分かる。
斬られた箇所、寧ろ削られていると言う方が正しいか。丁度脇腹の辺りがごっそりと無くなっていた。
普通の人間にはまず出来ない芸当である。例外として化物染みた人間もいるにはいるが、少なくとも奴らはこんな所にはいない。
恐らく、いや確実に魔物だ。しかも、かなり上位の種族の可能性が高い。
ざっと見ただけだが、死体の主は相当に鍛えられた身体をしている。そんな強者を周辺の雑魚共が圧倒出来る訳が無い。
臭い。真剣で臭っせぇ香りがぷんぷんしやがる。
これは領民云々言ってられる次元じゃない気がする。下手すりゃ命に関わりかねん。
矢張り帰ろう。あっさりと方針転換した俺は元来た道を戻ろうとする。
ぐにゃり。何かを踏み付けた感触が伝わる。
視線を下げて見るとそこにも野郎が転がっていた。ああ糞、ブランド物の靴が汚物で汚れる。
俺は靴の価値を下げてくれた塵を蹴り飛ばし、今度こそ岐路に着こうとするが・・・。
「―――う、ぅぅ・・・」
か細い、爺婆には聞こえない程度の弱々しい声が鼓膜に流れ込んで来た。
どうやら未だ生きていやがったらしい。下手に衝撃を与えたせいで起きてしまった。
仕様が無い。情報収集と報告の為に色々聞いて置くか。
いやいや転がした男に近付き、つま先で軽く小突く。
「起きろ」
ガスガスと打擲を続けると男の身体が徐々に揺れ始め、やがてゆっくりと目蓋が開かれた。
「こ、こ・・は?」
「レーベ東の平原だ。それより何があった」
暫く現状認識に勤めていた男だったが、やがて意識がはっきりしてきた様だ。
俺の言葉を咀嚼し、自分達の身に訪れた災厄を徐々に思いだし・・・
「そうだお嬢! お嬢は無事なのか!?」
途端に跳ね起きる。決して軽傷と言えない身体で中々のタフネスがあった。
それにしてもお嬢だと? ゴロツキの一味に女も混じっていたのか。
だがそんな事はどうでも良い。俺が真っ先に知りたいのは攫われた娘の行方だ。死んでるのか、生きているのか。
「知るか。それより、てめぇらが拉致った女は如何した? 死んだか?」
屈強なゴロツキ共が嬲り殺しにされる位だ。まず生存は期待できないだろうな。
辺りを見回しても女の死体は無い。喰われちまったのかも知れん。
「あ? 娘・・・。いや、違う! それは違うんだ!!」
猛烈に首を振り、否定を続ける男。何がだよ。
すっかりテンパってやがる。今いち訳が分からんので俺は男の胸倉を掴もうと腕を伸ばす。
「何を言って―――」
突如背筋に走る寒気。
俺は身体を駆け抜けた直感と言う名の電流に逆らわなかった。
あたふたするゴロツキ男に前蹴りを入れてふっ飛ばし、そのまま空中で回転する。
直後、今まで俺達が立っていた直線上を赤色の閃光が駆け抜けて行く。
あと少しでも反応が遅れていれば、俺はともかく男は蒸発していただろう。まだ、死んで貰う訳には行かない。
一捻りして着地。後ろに向き直った俺が目にしたのは。
(勘弁してくれよ。本当に)
嫌~な予感ってのはどうしてこう的中するのか。どうせなら、ギャンブルの時に発揮して欲しい。
1、2、3・・・合計4つか。俺からすれば大した労力じゃないが、この辺の冒険者に取っては絶望出来る光景。
「おお? よーく避けたなぁぁあ?」
中央の、有り得ない程に全身の筋肉が膨張した男が喋る。
エリミネーターだと? 俺を怒らせるのも大概にしろ。
どう考えてもアリアハンに出て来ていいレベルじゃないだろうが。A級クラスだぞ。
周りの取り巻きも異色だ。ガルーダに、キラーエイプ、魔女。さっきの熱線はこの婆か。
「有難てぇ~~。まぁた玩具が寄ってきやがったぁあ♪」
それは嬉しそうに斧を取り出し、舌舐めずりをするマッチョ野郎。
こびり付いた赤い染みが全てを物語っていた。こいつだ。
「あ・・あいつだ。あの野郎が、皆を!!」
後ろのゴロツキ男が同意する。震えながら指差す方向は俺と俺と同じ奴を捉えていた。
どういう事だ。何故、こんな奴らがこの地に出て来れる?
有り得ない事だ、と思考する。別に魔物の生息地が厳格に区分けされているのでは無く、純粋に異常だった。
此処、アリアハン大陸に張り巡らされた結界は世界最高の精度だ。
過去を遡る事数百年前。
当時、魔物の進攻に頭を悩ませていた王が大賢者に創らせた聖障壁は、D級以上の魔物を締め出す事に成功した。
それ以来強力な魔物が侵入できた事は一度も無い。俺をして、解析し切れない緻密な術式なんだからな。
(結界が破られた? いや、基点には魔の者は近付けない筈だ)
では何故。どうしてエリミネータークラスが存在できる?
ますます以って分からない。俺は更に思考の海に埋没しようとし―――
「なぁーに俯いてんだぁ? ビビって固まっちまったかぁぁあ」
耳障りな声が響く。顔を上げれば、気持ち悪くなる筋肉野郎が腕を振りかぶっていた。
取り敢えずは此処までか。後は、殺した後にじっくり考えよう。
敵は大体B級前後。俺は即座に相応の術式を展開し、呪文を唱えて行く。
「逝って来ぉぉおい!!」
野太い腕が振り下ろされる。同時に左右の魔物が一息に俺達に飛び掛かってくる。
俺は左手で剣を引き抜き、一瞬だけ後ろを振り返る。
「死にたくなけりゃ走れ。全力でな」
「あ、あんたは。おい、まさかこいつらと・・!?」
お人好しなのか単なる弱気か。殺され掛かったんだから恐らく後者だろうが。
俺はそれ程に筋肉質って訳でも長身でも無い。初見で俺を戦う者と判断するのは難しい。
が、今長々と説明するのは自殺願望豊富な奴だけだ。忠告を果たした俺は前に向き直る。
既に俺の意識からゴロツキは完全に葬られていた。一直線に近付く化け物共のみに注目する。
50、40、30メートル。常軌を逸するスピードで距離を詰めて来る魔物。流石はB級。
そしてその時が来る。残り十数メートルの所まで敵が踏み込むと同時に・・・
「―――イオラ」
編んでいた術を発動する。
思わず目を覆いたくなる様な白色の光りが、全てを飲み込んで行く。
見事に直撃だ。どれ程身体能力に優れ様が所詮は畜生。
当然の結果に俺は満足する事は無い。爆発も納まらぬ中、猛烈スピードで敵陣に突っ込む。
「死ね、死ね、死ね!」
消滅し掛けていた魔物を細切れにしながら進む。
遠くで馬鹿、という声が聞こえた気がした。まだいたのかあの男。
心配するのは勝手だが、全く無意味だと言って置く。己が展開した術の影響を受けるなど2流以下の魔術師位だ。
遠方で砲台に徹する魔術師とは違い、俺の様な魔法剣士には組み込んでおく戦術の一つだ。一見、暴挙と思える行動に呆気に取られている隙に―――
「こんにちわ。―――そしてさようなら」
ミスリル製の名剣を思い切り振り抜く。
刀身をメラミでコーティングされた炎閃は、筋肉の鎧をあっさりと突き破った。