貴族な勇者様12
封建制度で飯を食っている身だが、偶には文句も言いたくなるというものだ。
共和国と違って上が黒と言えば真っ白でも頷かなければならない。権力を行使するという事は、その逆も受け入れる必要がある。
餓鬼の頃より叩き込まれた基本原則だがどうしても耐えられない事もある。筆頭たる国王様の他にも俺の血管を突いて来る奴は存在した。
貴族にも格があって、残念な事に我が家は頂点に位置してはいない。上から二番目の侯爵位に留まるのは別の理由もあるのだが。
それを思い出すと血圧が限界を突破するので置いておく。問題なのは上司、公爵位にはパーフェクトノーブルの俺でも逆らえない事だ。
現在俺をこめかみを痙攣させる原因は、公爵の中でも抹殺ランキングトップ(俺が独自に選出)に君臨する女だ。
アルストロメリア・ヴァレリオ。アリアハンの全軍を統括する将軍閣下であり身分を越えたあらゆる階層から絶大な支持を集めている女傑。
軍籍ではない俺は全く尊敬してないが公式・非公式を問わず、多数のファンクラブが存在するらしい。蔭口の一つでも叩けば、親衛隊により葬られるとの噂はあながち冗談じゃない。
圧倒的な軍才(個人戦で俺様に及ばない事は言うまでもないが、軍略の類は国内最高峰)に加えて貧富で差別をしない人格者、止めに超絶美形と来れば人気が出ない筈が無かった。
次期国王最右翼とも取沙汰されるが巫山戯るなと言いたいね。民衆の味方だか知らないが、そんな惰弱な支配者が生まれて見ろ。貴族制度延いては王制の根底を揺るがすよ。
王は畏れられよ。どこかの哲学者も主張したがその通りだ。俺達は舐められたら終わりなんだ。絶対至上の存在として搾取しなければならない。
「んぐっ、ぷは―――糞忌々しい」
蔵から引っ張り出したドンぺリをグラスに注がずに直飲みする。酔わなきゃやってられん。
あの尼、絶対に犯す。ぶっ壊れるまで姦して尊厳という尊厳を奪い尽くしてやる。人らしく死ねると思うなよ。
断罪の邪魔をしたばかりでなく、所領の暫定統治だと? あれ程見事な越権は御目に掛かった事が無い。
確かに目に余る大虐殺だとか度の過ぎた経営をしたなら認めよう。甘んじて罰を受けるが今回は不可抗力、寧ろ被害者と言って良い。
我が領地の経済規模はアリアハンでも有数であり、民の平均収入も治安も上位。昨年の幸福度は1位にもなった。
「これは陰謀だ。国王もグルになって俺を嵌めようって腹かよ」
糞糞糞王の署名付きの令書は本物だった。現状において俺は領主としての地位を失ったのだ。
乱暴に酒を煽る。空腹と相まって更にむかむかする。・・・母様まで抱き込みやがって、一体どんな手で懐柔したんだ。
まさか紅茶じゃないだろうな。嗜好品大好きなあの人なら頷きかねない。御爺様も根を上げた自由人だし。
唯一の戦力に期待出来ない以上、アルス包囲網は盤石になってしまった事になる。同士に俺以上の力を持つ者はいない為援助は見込めない。
『事態が解決するまでは唯の勇者でありなさい』
余裕たっぷりに足を組んだヴァレリオは嘲笑うかの様に俺の権利を奪いやがった。
なぁにが愛が足りないだ、平民と共存しろだ。貴様等のような屑貴族がいるからカス共が付け上がるんだよ。
アリアは他人を殺す覚悟も無い甘ったれだがヴァレリオは正真正銘の偽善者だ。全力で貴族・平民の格差是正に熱を上げていた。
典型的な腐れ貴族、私腹を肥やす事しか頭に無い所謂豚と呼ばれる連中は徹底的に粛清された。資源を食い潰す塵に同情などしないが奴らの失態が敵の勢力を強大にしている事は無視出来ない。
その点で俺が下手をこく事はないが、消された貴族が平民を異常に蔑んでいる事は共通している。
家の乗っ取りまで想像するのは飛躍が過ぎるかも知れないが、俺の古典思想を捻子曲げようとしている事は確実。
勇者への就任をゴリ押ししたのもあの女だ。平民との距離を縮める事で意識改革でも狙ったか。
「どいつもこいつも。・・・舐めやがってぇぇえええええええ!!」
飲み干した酒瓶を思い切り叩き割る。粉々になった硝子片と残液が絨毯に染み込んだ。
全て気に入らなかった。あいつと同じ名であることすらも。出来るなら今すぐ改名したい所だ。
アルス、正式にはアルステットだが、は俺に授ける名を迷ったオルテガにヴァレリオが主張したらしい。「弟が欲しかったのよ」とかほざいていた。
「随分と回りくどい事をしてくれるじゃないか。俺をそうさせたのは貴様等だろうに―――!」
激情に駆られて振り抜いた拳は卓上のアンティークを一網打尽に破壊する。中には苦労して競り落とした逸品もあったがそんな些事はどうでも良かった。
このまま終わると思うな。必ずや返り咲き、貴族の面汚し共を駆逐してやるからな・・・!
「おやおや、男のヒステリーはみっともないよ?」
程良く熱が退いた所でドアが開く。遠慮なく入室したのは蒼髪をベリーショートに整えた麗人だった。
キッチリと着こなした燕尾服は執事の証。十六にしてフェリクス家使用人のナンバー2、第二執事であると同時に俺の専属でもある。
「入室を許可した覚えは無いが、まぁ良い。それよりも資料は用意出来たんだろうな?」
俺の復権の鍵は結界の修復。それさえ元に戻ればすまし顔の将軍殿を追い出す事が出来る。
言葉の上では容易に見えるがこれが相当に難儀な代物で、以前と同等の力を取り戻すには既存の術者では不可能だった。
何せ構築者が伝説の賢人方だ。八賢と呼ばれた化物達が十数年の歳月を掛けて組んだ魔方陣をそこらの凡人に再現出来ようも無い。
「僕を誰だと思っているんだい? 見つけたよ、存命の使途をね」
自信満々に差し出された書類を確認すると、丁寧なゴシックでこう記されていた。
ヨハン・メサイア。最後の賢人、クラリスの弟子にして後継者。本名は不明。【洗礼者】に【救世主】とは、半端じゃ無いナルシストだな。
年齢・性別・出身地も不明。現在はテドンにて隠居生活を営む―――っておい。
「ドヤ顔になっている所に水を差すが本当に調べたんだろうな。適当に想像したと言われた方が自然だぞ。その上テドンはねぇだろ」
既に地図上から消え去った村だ。何でも対魔族の秘密兵器を温めていたと聞くが真偽は分からない。
「酷いな。それが寝る間も惜しんで愛しい君の為に働いた幼馴染に掛ける言葉かい? 抱き締めてキス位くれても良いんじゃないか?」
それに信憑性があれば舌まで入れてやるがな。三文作家だってもう少しまともな創作をするぞ。
胸を張る執事をジロリと睨め付けてやると、何を勘違いしたのか肩を抱いて頬を赤らめたではないか。
「そんな、流石に未だ早いよ。幾ら僕が劣情を誘って堪らない身体と言っても恥じらいって物をだねぇ・・御免冗談だよ。謝るから火の玉を消してくれないか」
頭上に特大のメラミを展開した俺は無言で続けろと顎をしゃくる。次に戯言を抜かしたら愛犬の餌にしてやる。
こほんと咳ばらいした執事は、テーブルの上の資料を手に取りクリップされたページを何枚か捲る。
「いいかい? 君の言う通りテドンは確かに滅亡した。魔物が多くて正規軍は近寄れないが、冒険者達の話では無人の廃墟があるだけ。一見、テドンと言う名はこの世から消え去ったと言えるだろう。だけどね」
執事が指差した箇所を見ると、二つの風景画がある。一つは荒廃した人里、もう一方は青緑が美しい秘境に佇む家々。
何が言いたいんだと頭を傾げると同時に引っ掛かる物がある。この対照的な絵には何処となく共通点がある様な気がするのだ。
「気付いたかい? これは同じ場所で摸写したテドンだよ」
指摘に目を凝らせば、原形を留めていないが建物の配置、薙ぎ倒された木々の群生地は非常に似通っている。同村と言われれば納得は出来た。
いや待て。だとすれば何故この写生画は一枚の羊皮紙に描かれているんだ。滅亡前後に同一者が同じ用紙で摸写したと言うのか。俺と目が合った執事はにやりと笑った。
「ついでに補足するとテドンが滅びたのは十年以上前だよ。だけど、紙質を見て分かるようにこれが描かれたのはごく最近。反論は無いよね?」
仮に此処がテドンだとすれば驚愕に値する。過去と未来が同時間に存在している事になる。
時に干渉した? 時間に関する神秘は長年のテーマだが、誰一人として解明出来た者はいない。現存する旅の扉すら原理不明なのだ。
「無くなった筈の村が蘇る。そんな離れ業が出来る人、あるいはシステムなのかも知れないけど、がいるんだ。確かめる価値はあると思わないかい?」
執事のしてやったりな顔にはイラっと来たが、ガセ情報の可能性は大分減った事は間違いない。
高速で外着に着替えた俺は立て掛けた愛剣を腰に下げ、一張羅を引っ掛けてワックスで髪を逆立たせる。
家で燻ぶっているよりも遥かに有意義だ。目指すはテドン、旅客船の予約をして置かなければ。
自室を出ようとドアノブに手を掛けると肩をチョンと叩かれた。振り返ると両眼を閉じて唇を突き出す痴女の姿があった。
「―――バギ」
突っ込みと言う名の寵愛をして颯爽と飛び出した。少し魔力を注ぎ過ぎたかな。
「痛っ。おいおい、さっきから揺れ過ぎだろ。何だこの安馬車は」
尻の痛くなる座席に天井の無い箱体。一雨降ったら風邪をひいてしまうじゃないか。
隣の御者に愚痴るもぶすっと頬を膨らませて無視される。ムカついたのでほっぺたを引っ張ってやると「いひゃいじゃにゃいか」と反応があった。
「仕方無いだろう。今の君は家の財を動かせないんだ。ポケットマネーを捻るしか無いじゃないか」
渋々と答えた御者、昨日の突っ込みで後頭部を腫らした執事は不機嫌を体現する様だった。だってお前とキスすると唇がふやけるまで放さないんだもん。
ヴァレリオめ、このアルス・フェリクスに庶民と同じ環境を強いるとは何て冷酷な女だ。やはり奴には相応の対応をしなければなるまい。
「大体君は散財が過ぎるんだよ。用途も無い骨董品を幾ら増やしたら満足するんだ。この間メイド達もぼやいてたよ」
何にでも理由を付けたがるのは心に余裕がない証拠だ。嗜みに金貨を積める位で無ければ貴族とは言えん。
「大体、ルーラがあるのに態々車や船を用意しなくても良いだろう。その方が余程早いし」
執事の態度に俺は嘆息した。何と風情の無い奴なんだ、これが俺の専属だと思うと先が思いやられるぞ。
世界旅行を何度も経験している俺は大抵の地域にマーキングがある。ルーラを使えば一瞬で移動できるのは確かだ。
「分かってないなぁレイよ。馬車や船舶が生まれたのは移動を助けるのが主題だが、旅に華を添えるという一面もあるんだぞ」
ストレス極まりない管理職を務める俺には息抜きが必要なのだ。ゼンマイ仕掛けの人形の様に農工作業に従事する平民と一緒にしないで欲しい。
家の危機には違いないがそこまで余裕が無い程でも無い。ならば急くよりもゆったり着実に事を進めた方が良い筈だ。
ガタガタ揺れる背もたれに寄り掛かる。衝撃干渉の魔術で全身をコーティングすれば騒音も気にならなくなる。
俺は目的地に到着するまで仮眠を摂ろうと目を瞑った。馬力を計算しても港まで1、2時間は要するだろう。
「――る。アル。ちょっと良いかい?」
「んあ? もう着いたのか」
以外に早かったと身体を起すと節々が痛んだ。椅子の固さまでは無視出来なかった。
眼前に広がるのは一面の蒼海。潮の香りが鼻腔を刺激する、という事も無く。馬車は最低限に舗装された荒野を疾走していた。
「何だよ、そんなに構って欲しかったのか? まだ道半ばじゃないか」
目蓋をごしごし擦りながらレイを軽く睨むが、従者はごめんと軽く謝罪して受け流し、後ろを指差した。
面白い物でも見つけたのかと指先を辿る。寝ぼけ眼に入り込んだのは馬鹿でかい土煙だった。
凄まじい振動から察するに相当な質量が駆け抜けている事は分かった。が、やや距離があって詳細は確認できない。
「視てみたんだけど、魔物の狩りだね。人間を追い駆けてる」
鷹の目は相変わらず。俺の視認限界は精々が1キロだがこの従者はその数十倍の距離を網羅する。
へー、と感心しながら発生源を見つめているとレイは俺の顔を見つめて手綱と鞭を握った。命令次第で馬車は瞬く間に方向を転換するだろう。
歴戦の騎乗兵の如き手綱捌きは見事と言う他は無い。本当に有能な女だ。
「気にするな。飛ばせ」
まぁ助けないんですけどね。今の俺は唯の貴族なので例え領民だろうと手を貸す義務も義理も無い。
やっぱりねと溜息をついた執事は馬の前足に鞭を打つ。俺の指示通り、馬車は前方へ急加速をしたのだった。