貴族な勇者様10
ずっと分からなかった事がある。何故、俺では無いのか。
別に執着があった訳じゃない。寧ろ選ばれなくて清々した位だった。が、納得はいかなかった。
勇者とは国の、世界全ての人類の希望だ。決して潤沢とは言えない国家予算を切り取り、市民に負担を強いてまで祭り上げるのだから生半可な力では務まらない。
最強などと驕るつもりはない。そんな物、とうの昔に吐き棄てた。故に理解出来ない。
俺は頂点ではない。だが少なくとも同世代に先を行かれた経験は無い。なのにあいつが称号を手に入れた。
確かに妹は、アリアは強い。俺をして全力で臨まなければ瞬殺されるだろう。獣染みた反射神経・知覚能力、何よりあの悪魔的な剣術。
英雄の素養は十分だ。順当に成長すれば教科書に名を刻む位にはなるかも知れない。しかし、伝説になれるかと言われれば首を傾げざるを得ない。
完璧と言って良い妹に唯一欠ける才能。魔力、勇者を名乗るのに絶対条件と言われる第二の神経があいつには無かった。
別に魔力位とほざく奴はアカデミーからやり直した方がいい。これの在る無しでは最終的に、大人と子供程の差が生じて来るのだ。
例えばだ。一般的な人間の力を10とする。そして、それを補う魔力も10としよう。単純計算するとその人間の戦闘力は20となる。
では魔術が行使出来ない場合はどうか。考えるまでも無いだろう。仮に天賦の才能が備わっていても技術の寄与など精々が3か4程度だ。
魔力による強化(ブースト)を選べない時点でハンディを背負っている。未熟な内なら目立たないが、扱いに慣れて行く内にみるみる突き放される。
有り得ないのだ。アリアに勇者になれと言う事は、父親の後を追えと死刑宣告をするのと変わらない。
当然抗議した。死にたがりの馬鹿の命を惜しんでではない。有限の税を無駄にするなと王に掛け合った。
結果は知っての通りだ。あの糞王は貴重な国庫金を溝に棄てる事を宣言しやがった。人格だの、品性だのといった下らないプライドに俺達は負けたのだ。
「何、ですって?」
圧倒的優位に立ちながらその女の腰は引けていた。
最強の種族と言っても過言では無い超生物、その中でも屈指の力を持つ(と思われる)魔族は知らずの内に後退している。
あいつが一歩踏み出すに合わせて一歩、また一歩と。大して広くも無い洞窟だ、直ぐに足は止まった。
女魔族が浮かべるのは根源的な恐怖。明確な理由がある訳じゃない。が、生物として無意識にそれの怖ろしさを自覚しているのだ。
「どうなってるの・・・?」
掠れ声に振り向けば、何時の間に復活していたレミィが驚愕を顕わに呟いている。喜びよりも疑問が勝った形だ。
アレアに迫る女、勇者アリアは満身創痍の身体を引き擦りながらも立っていた。ピクリとも動かなかった四肢は金色の迸りに包まれている。
分かっているのは俺だけらしい。だが俺としてはこの阿呆みたいに口を半開きにしていたかった。合点したくなかった。
「結局、偽物だったって事か」
馬鹿馬鹿しい。余りにも己が滑稽で、剣を握っていればその場で自決していたに違いない。
だってそうだろう。散々見下していた妹が、平民出の雑種が伝説の勇者だったのだから。
デイン。存在しないと言われる五大(火・炎・爆・空・冷)外の攻撃魔術。行使するそれ自体が証左だ。
単純な攻撃力だけじゃない。魔の者に対して絶対的優位に立つ神聖電撃は神の怒りを彷彿させるには足るインパクトを存分に備えている。
黄金の雷を纏う神々しさ、正に代行者の如きなり。ボロボロになるまで読み込んだお伽話の一番の見せ場の節だ。
「糞が・・・」
こんな光景、見てるだけで鬱になる。惨めで仕方無い。
だと言うのに目が離せない。それ所かアリアの一挙手一投足を食い入る様に見つめる俺がいた。
疾風迅雷。芸が無いがそうとしか言いようが無いスピードだった。最早俺の目では捉える事が出来なかった。
壁際に追い詰められたアレアとの距離を一瞬でゼロにしたアリアは金電を纏った剣を振るった、と思う。
実際は肩が震えた様にしか見えなかった。完全に人類の限界を超えた妹は瞬く間に敵の鎧を分解していた。
漆黒に覆われていた魔族の身体が忽ちに肌色を取り戻して行く。必死に避けようと試みるも傷付いて鈍った体力では僅かに時間を稼ぐ程度にしかならない。
成す術無しとはこういう事を言うのだろう。魔神の鎧は遂に全装甲を剥ぎ取られ、繋ぎのラバーを残して塵と帰る。
「くっ」
その鎧が肉体を強制してしていたのか、防具が無くなったアレアは遂に膝を付く。剣を刺す事で辛うじて倒れずにいる。
最後の一薙ぎ。必殺の状況となった敵の首を刎ねるべくアリアは刃を立てる。
「な、めるなぁぁああああ!?」
鼬の最後っ屁か。倒れ込みながら斬り上げたアレアの最後の足掻き。
黒剣は神の加護を貫く事は出来ず、微塵に砕かれ。それでも若干の威力を殺す事に成功した結果は。
「ぎぃ、ぁぁぁあああああああああああ!!!」
魔族とは言え女だ。妹と瓜二つの端整な芸術に欠陥が生じた。
恐らく二度と塞がる事は無いであろう深く、致命的な傷が真一文字に刻まれる事になった。
果たして生死の程は。確かめたかったが俺の意識はそこで途切れる。マジックロスト(ガス欠)だ。
「陛下、失礼致します」
一礼して入室したのはフォーマルな燕尾服を纏った壮年の男。
私は口をつけようとしたティーカップを一度置き、来訪者に振り返って出迎える。
「あらセバスチャン、いらっしゃい。でもここでは人間よ。気を付けなさい?」
私も、貴方もね。全く形態の異なる種族が異郷で暮らすのは簡単では無く、ボロが出ない様に仕草一つにも注意する必要があった。
鮮やかな銀髪を撫で付けるオールバックは、「申し訳御座いません」と恭しく訂正した。そんなに畏まる事は無いのにね。
それで何なのかしら? 楽しみのアフタヌーンティーを邪魔する理由は一体。私は直立不動で控える執事に促した。
「御曹司の件ですが。先刻、御令嬢の魔力が途絶えまして御座います」
ああ、その事ね。態々言わなくていいのに。子供達の事は私が一番分かっているのだから。律儀ね。
傍の執事は優秀なのだけど、頭の固い所が玉に瑕。悪い言い方をすれば少しくどい。些細な問題も見逃さないのは美点だけども。
「ええ。アルスは無事に勝利を納めた―――あら、何か不満がありそうね?」
苦虫を噛み潰した風なセバスチャン。如何にも納得が行きませんと顔全体で主張していた。
「そんなに予想外だったかしら。私は確信していたんだけど」
まぁ、仕方が無いかもね。古参の特にセバスチャンみたいなタイプは血筋を何よりも重視する傾向があるから。
アレアは私と、ある魔族の間に生まれた直系だった。魔術そのものには恵まれなかったけど、近接戦闘能力では地上軍でも有数だった。
「は。半魔族【ディフェクト】が魔族を打倒するなど「大蛇」
「腸を引き摺り出されたくなくば、二度とその名で息子を呼ぶな」
流石に聞き流せない発言だった。無意識に魔力を解放した私の周囲は真っ白に塗り潰されていた。
ディフェクト(出来損ない)とは魔族にも人間にもなれない半端者と言う蔑称。遊び半分で生み出された子供は魔族にこそ多い。
「気を付けなさい。次は見逃さないわ」
「申、し訳、御座いません」
セバスチャンは只管に平伏し、一向に顔を上げなくなってしまった。少し大人げなかったかしら。
可哀想になったので無理矢理起し、根に持っていない旨を伝え、それでも微動だにしなかったので閃光呪文を叩き込んでやった。
「まぁ、それは兎も角として」
こほんと咳払いをして話を戻す。覚醒したセバスチャンは黒焦げの服を払って佇まいを直した。
「どんな形であれ、あの子はアレアを退けた。それは認めなさい」
「本当に御曹司に任せる御積りですか。あの御方は、御令嬢の比ではありませぬ」
仏頂面を取り戻したセバスチャンは、最終確認といった風に切り出した。分かり切っているけども確かめずにはいられないとばかりに。
そこまで分かっているなら良いじゃない。私の意志は変わらない。例え天上の神々を敵に回してでもとも成し遂げて見せる。
「限界なのよ。あの死に損ないの老いぼれに弄ばれるのは。同じ空間に存在するだけで虫唾が走る」
力があれば何をしても良いのか。他者の運命を捻じ曲げる権利を与えられると言うのか。
断末魔を、絶望を至高とし蹂躙する事にしか意義を見出せない哀れな成れの果て。私は認めない、認めて堪るか。
「言ったでしょう。私ではゾーマを殺せない。その為のあの子なの」
念の為の保険も用意してある。あれを発掘するのに要した時間と犠牲は決して少なくない。
・・・喋り過ぎたわね。疲れたので下がって頂戴。セバスチャンに背を向けるのと彼が退室するのはほぼ同時の事だった。
「御心のままに。バラモス様」
恭しい礼の後に訪れる静寂。窓から吹き込む柔らかな風に身を任せた私の目に、夫の遺影が映った。
貴方は私を恨んでいるかしら。それでも私は―――