ある魔法先生の手記:後編その2
○年×月△日
クルセイダーとの話し合いは呆れるくらい簡単に終わった。
英雄に封印された吸血鬼が学園と英雄の息子を狙っているという荒唐無稽な話でありながら疑う事無く、全力でその野望を砕くために力を貸してくれると言う。
涙が出そうなくらいありがたい話だった。
それだけネギ君の周りの状況は異常であると、誰が見ても明白な事なんだと改めて認識した。
だからこそ誓う。
闇の福音よ。
この学園都市もネギ君もお前の好きにはさせない。
命を懸けてだ。
情報を送ったクルセイダーからの指示は、さらに詳しい情報と闇の福音を始末するために使う罠の設置だった。
これはかなり困難を極めた。
なにせ闇の福音の情報の収集など、命がけで行ってもまだ足りず、相手に悟られずに行わないといけないのだ。
600年を生きて用心深いの上に慎重を重ねたような大妖怪に悟られないのはどれほどの難事か。
それでも、魔法先生は誰もがその任務に志願した。
それを見て胸が熱くなる。
闇の福音よ。
お前は確かに最強だろう。
私たちなど塵のようにしか見えないだろう。
だが、その塵芥にも誇りはあるのだ。
お前の力にも恐怖にも、私達魔法先生は誰も屈しない。
そして、必ずこの学園をお前の毒牙から開放してみせる。
○年×月△日
この日は闇の福音の家に情報端末を設置する作業を行った。
隠密行動に長けている魔法先生がそれを行った。
クルセイダーはメールによる指示だけだ。
これは仕方ない。
彼らが動くと闇の福音に彼らの存在を教える可能性がある。
もし、見つかっても私達だけなら、まだ誤魔化しも効く。
私達だけで行わないといけない。
それでも彼らは吸血鬼退治の専門家だけはあった。
その指示は的確であり、渡された諜報道具に唸らされた。
私達だけではこれらを設置することなど出来なかっただろう。
だが、設置は無事に行われ、吸血鬼のさらなる詳細な情報を得ることができるようになったのだ。
「家の中でも、尻尾は出さないんですね。」
「ああ、それだけ用心深いのか。
さすが、600年を生きた吸血鬼だ。
考えたくは無いが、情報端末の存在に気が付いており、演技している可能性もある。」
「私達のしたことを知っているのですか!?」
「相手はあの闇の福音だ。
クルセイダーが吸血鬼を知るように、闇の福音がクルセイダーの打つ手を熟知していて不思議はあるか?」
「闇の福音。
どこまで怖ろしいのでしょう。」
「ああ。
その怖ろしい相手に私達は挑まなければならない。
決して負けられない戦いを。」
震える手に力を入れながら、ささやくように呟いた。
○年×月△日
この日はマホラにある教会に聖なる結界を張る準備をした。
これは数日かかった。
何せ、この教会の内部を完全なる神の空間へと繋ぎ、邪悪な魔法を一切使用できないようにしなければならない。
まだ準備段階だと言うのに、教会は聖なる力に満たされた。
その神々しい力に私は涙した。
ふと、隣りの深山先生を見ると同じように、頬に流れる涙が見えた。
「この神の力が私たちの希望なんですね。」
「そうだ。
神よ。
私達に力を貸してください。
邪悪な吸血鬼を倒して、学園に平和を。」
「「アーメン。」」
私達は祈った。
神よ、最悪、私達魔法先生は全滅してもいい。
だから、せめて、生徒達だけでも貴方の慈悲によってお救い下さい。
○年×月△日
いよいよ決行の日となった。
決行は高畑先生が出張に出た日に行われることになった。
海外にいるクルセイダーが高畑先生の帰国の妨害(転移符など)をすることになっている。
学園長はクルセイダーの高位者数人によって結界に閉じ込め、反対派の先生達はクルセイダーと私達で無効化。
無関係の生徒は守りと眠りの結界で保護した後、吸血鬼が別荘から出てきた時点で教会に転移。
洗脳を受けているだろうネギ君とその従者をクルセイダーが抑えることになった。
私は無理を言って教会を担当させてもらった。
クルセイダーは私が呼んだのだ。
その結果どうなるかを見届けなければなるまい。
戦闘で足手まといになるとクルセイダーに言われたが、見届け人に徹すると説得し受け入れられた。
「いよいよ、作戦開始ですね。」
「ああ。
これで学園都市は救われ、正常に戻る。」
「ネギ君達は大丈夫でしょうか?」
「力こそが最上であると洗脳されている気配がある。
だが、幸いにして魔法や薬による物ではないようだ。
健康診断と偽った検査でそれは判明している。
何、根気良く教育していけば元に戻るさ。
たちの悪いカルト教会の洗脳のような物。
ゆっくりと治せば良い。
それこそ、何年かかっても。」
「そうですね。
それが先生としてのやるべき事なんだから。」
「教育者としての先生としても、魔法使いの先生としてもな。」
「はい。」
私達は決意を込めて見つめあった。
「始まるぞ。」
クルセイダーの一人が叫んだ。
その声に転移の魔方陣が輝き出す。
クルセイダーが神への賛美歌を歌い出す。
ズン。
圧力が増し、神の力に空間が満ちる。
「くっ。
これが神の力か。
これを感じれば自分がいかに小さな存在か良くわかるよ。」
「ですね。
でも、今は頼もしいです。
あ!!!!!!!!!
あそこに!!!」
「闇の福音だ。」
小さな子供の姿が魔方陣の中にあった。
その姿は本当に小さな物で、見た目で判断すれば本当に闇の福音かと疑っていただろう。
だが、私達は知っている。
その身体には膨大な力が蓄えられており、その力を振るえばこの学園都市を氷の底に沈めることすら出来るであろう事を。
「闇に蠢き、人を糧にし、邪悪を振りまく者よ。
ここは神の御前にして聖なる場所。
お前の邪悪な力は全て封じておる。
長きに渡って行ってきた悪の清算をする時がきたのだ。
本来ならば問答無用で滅殺すべき所だが、神の身元である。
慈悲の心にて、懺悔を許す。」
「ふん。
神の犬が何を言うかと思えば、慈悲だと? 懺悔だと?
私は誇り高い悪だ。
この心に一片の悔いもなかろうが。
神の犬よ。
好きにするが良い。」
ふてぶてしい態度だ。
この絶体絶命の状況でその目はまだ死んでいない。
何か手はあるのか?
その手は一体何だ!?
どーーーん。
凄まじい音と共に両開きの入り口の扉が吹き飛んだ。
慌ててそこを見ると、闇の福音と外見年齢の変わらない少年の姿が!
これか!
これが闇の福音の策か。
クグツにした英雄の卵をここで使うのか。
その為にネギ君を手に入れたのか。
「どうして、ネギ君が。
クルセイダーはどうしたの?」
「恐らく、従者の機能を使ったのだろう。
AF自体には神の御業を行うことのできる物すらある。
つまり、神の結果内でも使用可能だ。
だが、安心してくれ。
魔法世界の記録を見たが、ネギ君の基本は闇の魔法。
また、普通の魔法ですら、この神の空間内では使えない。
クルセイダーによってすぐに取り押さえられるさ。」
「坊や。
遅いぞ。」
「すいません、マスター。
すぐに助けます。」
闇の福音の声に答え、ネギ君はクルセイダーに突っ込んだ。
「馬鹿な!?
何だあの強さは!!!!?」
「嘘!!!?」
悪夢のような光景だった。
ネギ君の力によってクルセイダーの人達が次々と宙を舞う。
「少年。
その者は邪悪な吸血鬼だ。
神に逆らってまで助けるのか!?」
「知ってます。
でも、僕にとっては大事な師匠なんです。
だから、助けます。」
まさか、ここまで迷いなく言い切るとは、闇の福音の洗脳の力を甘く見ていた。
それにしても、魔法の力を封じられたネギ君のこの戦闘能力はなんだ!?
吸血鬼専門のクルセイダー達が弱く見える。
これが闇の福音の欲しがった英雄の力か。
これほどと知っていたなら、危険を冒してでも手に入れようとするのは十分に理解できる。
もし、魔法を使えていたらどれほどの力を発揮するのか。
「少年を止めろ!」
「はっ。
お任せををををおおおおおおおお!?」
「ダメだ。
止まらん。
何をやっておる。」
「神よ。
お力をををををおおおおおおおお!?」
そうこうしている内にネギ君は闇の福音の前に立った。
もう少しで手が届きそうだ。
闇の福音がネギ君に手を伸ばす。
駄目だ。
その手を取らせてはいけない。
「ナギ・スプリングフィールドの名を汚すのかネギ君!!!!!!!!!!!!!」
気が付いたら大声で叫んでいた。
「えっ!?」
呆然としたまま、こっちを向いた。
「ナギ・スプリングフィールドが、何故、闇の福音を封印したのか。
闇の福音が危険だからだ。
父親がした英雄としての仕事を、君は邪魔するのか!?」
「ち、違います。
父さんは、そんなことのために封印したんじゃ。」
「君がその手を取ると言う事は、ナギ・スプリングフィールドの名前に傷をつける。
君は父親を汚すのか!?」
「ち、ちが・・・・・僕は・・・・・・・父さん。」
ネギ君が一瞬正気に戻った。
そうだ。
この間が欲しかったのだ。
「がふ。」
小さな呻き声が教会に起きた。
その声に振り返りネギ君が見ると、闇の福音の胸に聖別された木の杭の先が突き抜けていた。
「破門だ。
馬鹿弟子。
所詮、人間か・・・・・・・・・・・偽善者め。」
その言葉が最後だった。
バサッと音がして灰になる。
しかし、神の力に満ちた聖なる場所は穢れた灰の存在を許さなかった。
雪が解けるようにその灰は宙に解ける。
「これでマホラは救われた。」
私は神に感謝しながら安堵に胸を下ろしたのだった。
ネギ君は呆然とし、力なく跪いている。
何、洗脳の元凶は滅んだんだ。
やがて、本当の魔法先生として正気を取り戻すだろう
○年×月△日
高畑先生が出張から帰ってきた。
「出張お疲れ様でした。」
私はにこやかに微笑みながら出迎えの言葉を言った。
「何を言っているんですか?
エヴァは?
何が起こったのです?」
「闇の福音は滅びました。
学園長も正気に戻り、ネギ君たちも解放されました。
もう、福音の恐怖に怯えることもないんですよ。」
「馬鹿な。
何を言っているんだ!?」
高畑先生は理解不能といった顔でこちらを睨んできた。
はて?
何が言いたいのかはこちらの台詞のようだが。
分かっていないようなので、初めから説明を始めた。
ネギ君の初日からの行動。
それに対する学園長への不信。
調査によって分かる闇の福音の悪事。
話していく毎に顔が険しさを増していく。
「話は分かりました。
学園長はどこです?」
「学園長室にいますよ。」
「ありがとうございます。
では学園長に話があるのでこれで失礼します。」
「分かりました。
改めて出張ご苦労様でした。」
高畑先生は駆け足で学園長室に向かっていった。
私はそれを見送る。
「先生。
さようなら。」
生徒が笑顔を浮かべて帰路を歩いていく。
それを見て改めて自分が闇の福音の悪事を阻止できたことが実感できた。
本当に良かった。
帰路に着く生徒達に、気をつけて帰るんだぞと声を掛けながら私は微笑むのだった。
これでおわりですw
後は、エヴァの手記とおまけの予定ですw
ここまでありがとうございました。